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過去ブログから


暇なので、「天童の家」の過去ブログをみていた。
10年前の大晦日のそれが気になった。 (あぁ そういう年だったのだなぁ)
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   ありがとう 2008年

とてもお世話になりました
よいお年をお迎えください

とうとう大晦日、2008年366日を暮らした。4年に1度の閏年、北京オリンピックがいろいろな話題を巻き起こしながら終わった。
今年は、なんといってもアメリカ発の金融恐慌風が全世界に吹き荒れ、100年に一度の恐慌と言われ、その影響は日本経済をもガタガタにしてる。
これは、第二次世界大戦の敗戦に次ぐ大試練だと考える。終身雇用制度がいつの間にか消えてしまい、数多くの労働者が路上生活(野宿)を余儀なくされてる。

野宿者は 大阪市で5千人近く、全国では3万人近いという。
第二次世界大戦の敗戦時も数多くの野宿者がいた。そのようすを『鐘の鳴る丘』などを見て身震いしたのを思い出す。
それと似たような状況が、平成のこの世にあるとは信じがたい。社会は 60年前のそれよりもさらに悪化してるのではないのか?!
大震災等による非常時のことなら理解できる。しかし、そうではない。平常時の社会のなかで、野宿しなければならない状態であるなど信じがたい。
でも、それが現実なのだ。ぞーっとすることだが、誰もが野宿と隣り合わせの社会。これが現在の社会なのである。

日本の経営者は、ずーっと社員を家族の一員として慈しんできた。日本には終身雇用という世界に誇れる文化があった。
だが、いつからか、経営者は人間を見ようとしなくなった。品物と同じ、必要がなくなれば あっさりと捨ててしまう。
労働組合も、自分たちの身が大切と、非正社員を同じ労働者と見ないで切り捨てる。それがいつしか自分たち正社員にも及ぶことを見ない。
リストラなどという横文字に安易に妥協(押し流され)してしまった労働者たち。それは『天に唾する』ことであることを忘れてる。

う~む 大晦日だなぁ 
明日から新しい年がはじまる。

     去年今年貫く棒の如きもの   高浜虚子
新年になったからといって、なにかが急に好転するわけでもないだろう。それでも、心機一転というか、人間のこころを信じたい。
グローバル化は否定できない。でも、日本が営々と作りあげてきた日本文化は伊達じゃない。
北欧あたりが、それに似た文化を創りつつあるように見受けられる。日本のお株を盗られると慌てることはない。全世界がその方向へ進めばいい。
自由競争が過ぎた結果(拝金)がこうなった。金で買えないものがたくさんある。それをみんなが大事にし、できる社会(優しさ)を創ればいい。

うう 大晦日に、ずいぶんとごちゃごちゃ言ってしまった。
旧年中(間もなくそうなる)は、いっぱいお世話になりました。誠にありがとうございます。
新年も(間もなくそうなる)どうかよろしくおつき合いくださいますようお願い申し上げます。

        「天童の家」主宰 今野幸生
                     2008年 大晦日
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12月18日で79歳になる。
69歳の時に書いた日記。なんだか自分が書いたとは思えない気がする。歳とったのだなぁ

以下は、あの3.11があった年の大晦日の日記である。


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   大晦日に思う

今日が大晦日。2011年最期の日である。当然のことながら、今日も24時間だ。
今日の残り時間がカウントダウンされ、あと00時間という言葉が繰り返される。
今日だって、いつもの24時間と同じなのに、なんだかムダな時がカウントダウンされてるような錯綜した気分になる。

2011年の最後の時(秒以下の瞬間)が来て、次に2012年の新しい時がはじまるのだが、2011年と2012年との境には何のしるしもない。
時は、見えないし、音もしない。匂いも、またそれが時だと分かるような何もない。
強いて言えば、時は時計の表示板上をよどみなく回っている秒針の流れ(動き)を見て分かるという錯覚がある。時間は、けっして秒針の動きではないのだが、ついそう見てしまうことがある。

「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。」だれも知ってる「おくのほそ道」の冒頭である。
「月日は永遠にとどまることのない旅を続ける旅客であり、この人生を刻む、来ては去り去っては来る年もまた同じく旅人である。」と評釈される。
だが、よく考えてみると、年も月日も同じ旅人と言ってるだけで、旅人がどのような姿をしており、どこから来てどこへ行こうとしているかは何も分かりはしない。

50年前 Tさんに出会い過ごしたあの若い自分、あの時の時間はいったいどこへ行ってしまったのだろう......
72になったしょぼくれ男は、これからどこへ行こうとしているのか...... 時間軸で考えると、何も明らかでない。

  放射性同位体であるセシウム137は約30年の半減期を持ち、医療技術、工業用計量器、水文学などに応用されている。
  .... 放射性同位体であるセシウム135は230万年という非常に長い半減期を有しており、セシウム137およびセシウム134はそれぞれ30年および2年という半減期である。

「地質学から学ぶ山寺の歴史」では、800万年とか10万年前の地質学を学んだ。
前段の放射性同位元素と似たような時間のそれに圧倒された。
時間とか宇宙のそれになると、もう自分の頭ではついていけない。それでも実際に「時間」は存在するのだからただ呆然とするほかない。(笑)

それはそうであっても、それでも大晦日がきて、その後に新年がうまれる。
時間自体をいくら吟味しても、なんの益もないから、ムダなことはしない。
悲しかった、辛かった過去(時間)は忘れ、新しい年(時間)に期待する。
う~む、あと00時間で、2011年が終わり、心機一転2012年の新年がくる。
そうやって人は生きる。

みなさん 2011年いろいろとたいへんお世話になりました。ありがとうございます
みなさん どうぞ良い新年をお迎えください。そして「天童の家」もまたよろしくお願いします

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ということである。
今年も間もなく、大晦日を迎える。
その前に今年の「天童の家」十大ニュースを書かねば......

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  1. 2018/12/15(土) 05:10:09|
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