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同じ景色ない



寒いと散歩への腰が重くなる。最近、この傾向が強くなった。以前なら、多少寒くても、雨風があっても出かけたが、風が強かったり、陽射しがないと億劫になる。
その理由は、明らかで、歳とったからである。

他に考えられるのは、季節のせいもある。春なら、なにか新しいもの(草花とか、小動物など)に出会えるかも知れないと散歩へのモチベーションアップになるのだが、この時期にはそうした期待感がなにもない。

雪があれば、自然のかわった風景や雪面に映る樹木の影など、カメラを向けたくなる情景の一つ二つはあろうかと出かけるのだが、今はそういうものさえない。

それともう一つは、上の二つの裏返しだが、もうたいていのものは見ているという気分。これこそ老人の老いたという証左である。(苦笑)
だが、よく吟味すれば、「たいていのものは見ている」というのは、全くの思い違い。まだ見ていないものだらけかも知れない。

お馴染み pallet さんの「12/18 権現山&扇山」を拝見してたら、次のような記述にあう。

  私はここを何度か歩いているけれど下りに使うのは初めてです。
  景色の見え方が全然違うのは予想していましたが…これは…光のせいでもあるかな?
  しばし立ちまり、同じ場所から山頂方向(写真略)と浅川峠方向(同)を見てみます。

  まだ正午を過ぎたばかりなので影のできる方向は上りの時とほぼ同じですが
  眼に入る木の色(明るさ)が対照的です。

書かれてる通りだと深く共感する。たとえ同じ道を歩いても、往路と復路では見え方が違う。

だから、往路で見えなかったものが、復路で見つけ、迷いなくカメラを向けることが稀でない。
もっと言えば、同じ景色など絶対にない。季節の違いなどは別にして、同じ季節でも時間帯や空の雲の多寡によっても同じ情景はあり得ない。
だから、「たいていのものは見ている」というのは、間違った思い込みでしかない。

それを踏まえれば、「たいていのものは見ている」というのは、散歩を忌避するためのズルさ。(苦笑)
なんという思い上がり、先の見えた老人の戯言である。

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  1. 2016/12/25(日) 05:20:46|
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  3. トラックバック:0|
  4. コメント:6

コメント

私も「たいていのものは見ている」と思うようなトシになりました(^^??
しかし、これはやっぱり「驕り」なんでしょうね?!
いやはや(^^ゞ
  1. 2016/12/25(日) 17:40:31 |
  2. URL |
  3. pallet #3Nwp5rdE
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「驕り」

palletさん

「驕り」または、まちがった思い込みだと考えることにしました(苦笑)

拝借したり、コメントを頂いたり、お世話になってます
これはウソのない本当に感謝の気持ちです
ありがとうございます

  1. 2016/12/25(日) 19:10:51 |
  2. URL |
  3. こんの #-
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散歩

こんのさんでも散歩への腰が重くなったりなさることが?
いや~撮られた画像から、楽しげに颯爽と歩いていらっしゃるお姿を想像していますよ~
また雪でも降れば・・楽しみにしておりますよ~
  1. 2016/12/25(日) 19:42:47 |
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  3. 阿蘇望亭 #z7TqjuIk
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  1. 2016/12/26(月) 02:31:26 |
  2. |
  3. #
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踏み台昇降

阿蘇望亭さん

散歩を日課(仕事)にしているのですが、イヤになることあります
昨日は、迷ったあげく、室内で踏み台昇降でゴマカシてしまいました(苦笑)
ズルくなって......
老いたのでしょうなぁ

  1. 2016/12/26(月) 09:08:41 |
  2. URL |
  3. こんの #-
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鍵コメさん

諒解です
よろしくお願いいたします
  1. 2016/12/26(月) 09:13:36 |
  2. URL |
  3. こんの #-
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