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その歳になって

理解の難しさ

過去のことであるが、民生委員を3期9年間務めた。定年退職して、やや間があっての時である。
地区には、870戸ほどの世帯、3000人弱の住民がおり、6名の民生委員が分担しながらやっていた。
毎月定例会をもって、情報交換しながら、さまざまなことに取り組んで、けっこう存在感ある組織だった。

あまり知られたくない情報を扱うことも多く、守秘義務の遵守が日頃の言動を抑制していた気がする。
他者に対するブレーキの反動としてか、委員同士の会話は、むしろ微に入り細を穿った内容になる。
暮らしぶり、買い物のしかた、よくもまぁそこまで知っている!と驚く内容のこともあった。

そうした情報交換のなかで交わした会話を、ふと思い出している。

「高齢者のBさんね。独り暮らしで、話し相手がいないでしょ。毎日、朝、目を覚ますと『生きている』と独り言を言うのだって。」
「なんだか侘しいねぇ。生きているっていうのは、逆に言えば、まだ死なない、死んでいない、ということね」「そうよね、毎日、死を考えるなんて、ちょっとね」
「誰でもそんなふうにはならないじゃない?」
「死を考える毎日なんて...... いやねぇ」


今思えば、当時の民生委員の年齢は、みんな70前だった。死は遠い、実感のないことだった。
Bさんの心情を理解することができなかった。

今77歳を目前にして、Bさんの感じが分かるようになった。
人は、他人を理解することが容易でないと思う。
60代、70代、80代、それぞれの年代で、考え方、感じ方が違うのだ。いまさらと、恥ずかしい気がする。


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  1. 2016/12/15(木) 05:22:28|
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  4. コメント:2

コメント

まだまだ

最近になって”普通”とか”当たり前”ということは、不変のようでありながら、実は変わってくるものだと思うようになりましたねえ~
体調でも、昔は治療すれば治るのが当たり前だったのが、今ではそれとこれから一生つきあっていかなければならないのが普通になり・・老いとはこういうものと思い知らされることばかりですね。
でもまあ、老いたりとはいえ、一日一日、生きがいを求めて生きることは”当たり前”ですから、お互い”まだまだ”と楽しんで参りましょう!!!
  1. 2016/12/15(木) 20:32:57 |
  2. URL |
  3. 阿蘇望亭 #z7TqjuIk
  4. [ 編集]

”まだまだ”

阿蘇望亭さん

仰る通りです
まだ知らないことがいっぱいあるのが楽しい
こころがだんだんやわらかくなってきてます
ありがとうございます
  1. 2016/12/16(金) 07:45:46 |
  2. URL |
  3. こんの #-
  4. [ 編集]

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