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感動を写す

時間があれば、カメラを向けている。何を撮るということなしに、気に入った被写体にカメラを向ける。
気に入る、ということはどういうことか?
自分でもよく分からないことだが、カメラを向けたくなる花や、景色や、動物や、人々が被写体になる。

コンテスト写真を撮るのとは、ぜんぜん違う。
コンテスト写真の場合は、気にいろうと、いらなかろうと、撮るべき課題は与えられている。
具体的には、『霞城公園の桜まつりを中心とした写真』とかである。もちろん撮るべき情景は多い。爛漫と咲く桜花があり、茶会の催しだったり、稚児行列を写しとるのもいい。
そうであるけれど、与えられた課題を離れた被写体は、作品として外されるのがコンテスト写真である。

自分の趣味であるカメラは、コンテスト写真とは無縁のもので、散歩や小旅行中に出合ったお気に入りの風景や記念として保存しておきたいシーン等を撮る。

何かしらの、幾ばくかの、感動を覚え、カメラに収めたいと思うのは、ある意味で気に入ったからである。
だが、いちいちお気に入りを意識してカメラを向けるわけではない。

直感で、カメラを向ける。
その気にならなければ、カメラを向けることはない。
毎日のように散歩し、約2時間弱の間に一度もカメラを向けないこともある。

敢えて言えば、お気に入りだけでなくて、ブログに添えるための写真も撮る。ふ~む、意外とその数は多いような気がする。いわゆる取材写真(笑)である。
細かく言えば、自分のこころから発するお気にいりの撮影は、約半分くらい。後半分は、ブログ用にシャッターをきる。そんな割合だろう。
と言っても、やはり何かこころの動きがなければ、ブログ用写真もカメラをむけることはない。

画像処理し、思う。
なんだかだ言っても、写真を撮り、それが自分の感じた画像になっているかどうかは、いちばん最初の感動の有無というか、その大きさ、深さ次第だと考える。
被写体を見て、カメラを向けるその時に、(これはいい!)と直感したなら、その写真はほぼまちがいなくお気にいり画像になる。

これは、確信にちかい思いである。
それを裏返しで書けば、ブログ用画像が乏しくなって、大きな感動のないままムリしてカメラを向けた写真は、やはり月次以下の画像になることが多いのである。
それなりの写真を撮るには、まず感動の大きな被写体に出合うこと、それがいちばん肝心なことだと考える。

被写体に出合い、シャッターを切り終えた時、これはいい画像がゲットできた!と直感したならば、画像処理時に、ほぼまちがいなく頷ける。
直感・確信・納得が並んだ写真になってるはずだ。(笑)
はい、そのような写真を撮りたいものだなぁと思っているのだが、へへ 実際には、なかなかそうならない。

60525-80.jpg

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  1. 2016/05/26(木) 06:33:23|
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  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

コメント

直感・確信・納得

こんのさん「食べるぶんには不足なし」に胸をなで下ろしました~((((^Q^)/゛

ハイ!
確かに「直感・確信・納得」が読み取れる写真が並んでいます(^-^ )
  1. 2016/05/26(木) 20:49:28 |
  2. URL |
  3. 阿蘇望亭 #z7TqjuIk
  4. [ 編集]

うふふ

阿蘇望亭さん

昨夜から今朝にかけ、慈雨
晴れ上がったら、消毒し、雨除けテントを張る

さくらんぼ 
6月上旬から中旬には収穫できるでしょう

写 真
撮ることが、楽しいから、楽しんでます(笑)
結果は、うふふ 
  1. 2016/05/27(金) 06:53:15 |
  2. URL |
  3. こんの #-
  4. [ 編集]

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