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毎日の暮らし


以下は、2011/03/27(日)のブログである。

  たいせつなこと

暇さえあれば、3.11関連の放映を見ている。語弊があるのを承知で言えば、見飽きないのである。災害以外の番組も少しずつ増えている。選抜野球もちらっと見たりする。が、いつの間にかまた震災のそれに目がいく。
そして 思うのは、惰性的ともいえるあまり変わり映えのしない毎日の暮らしが、なんとも(たいせつなことなんだなぁ)という 感情がじわーっとわいてくる。
うう、なんとも次元の低いことと笑われるかも知れないが、それが正直な実感である。

2月頃に読んだ、池波正太郎著「その男」(二)文春文庫にも、そのような記述があった、とページを開いてみる。

 「おもえば、礼子と暮らしておりました約一年半の間、私は時勢のうごきなど、まったく気にかからなかったもので......。それは、いろいろと耳へ入ってくることもございましたが、もう右から左へ筒ぬけというやつ。
 ま、どちらにせよ、夫婦・親子の和やかな家庭の暮らしというものが人間には、いちばんたいせつなことなのでしょうけれども、天下の移り変わりというものは、同じ人間たちがかかわり合っていることながら、これは別ものなのでございますね。
 天下の政権をうばい合う。それがためには双方がちからのかぎりをつくして叩き合い、たがいに叩きつぶし合おうという......そのためにはもう、ささやかな庶民の暮らしなどというものが目に入らなくなる。
 前にも申しあげましたが......人間という生きものは、つまるところ、男と女がいて、子が生まれる。食べてねむる場所があって、日々を送る。これだけのことなので。
 その、人間はほんらいの有様というものが、わかっていながらわからなくなってしまう。これが政治であり戦争であるのでございましょう。
  そして、こうしたことを人間たちは、飽きもせずに、むかしむかしからくり返してきているのですね」
                                   「その男」(二)131ページ

「人間という生きものは、つまるところ、男と女がいて、子が生まれる。食べてねむる場所があって、日々を送る。」
本から、なにか教訓めいたものを得ようとは思わないのだけれど、上のようなフレーズにであうと、やはり心深く刻まれるようである。

3.11大震災により、「食べてねむる場所」を失った多くの人々の難儀をみていると、あらためてそのことを強く思わずにはいられない。
外は雪で、寒い。けれど、家の中は温かく、安穏のテレビを見ていられる。変わりない日常の暮らしが、ね なんとも ありがたいなぁと強く思える。

「食べてねむる場所」は、とてもたいせつなことなのである。いまだにこんなことを言ってと笑われようが、そういう思いが 脅迫的に浮かんでくる。

被災死亡者 10,418人   安否不明 19,768人   避難者 244,635人 (26日現在)
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今朝の気温-3度、青空も見えるのだが...... 小雪が舞う。屋根にはうっすらと雪が積もってる。

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画像は、最近撮ったものだが、いつの間にかフォルダに乱雑にたまってしまった。
脈絡なく並べる。

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