未分類日記以前の天童の家RSS|

写真には

撮り手の心が

驢 人 さんが、ブログのレスで次のように書いている。

  カメラと云うのは、何を、どう写しても、撮り手の心を映すものですね。
  いい気分で撮った写真は、いい気分を映しています。

さらりと書けるのは、(凄いなぁ)と思う。
自分の撮った写真が、なんだかこわくなる。
どう見られているのかを思うと身がすくむ。

どう写せばいいのかと迷いながら撮っていることが多い。
その迷いが写真に出てるのかも知れない。恥ずかしい。

昨日の散歩でもそうだった。ネコヤナギは比較的素直に撮った。
次のキバナノアマナは、迷いに迷った挙句に撮ったものである。

驢 人 さんのエッセイは言うまでもなく、添えられた写真が、とても佳い、味がある。
やはり、撮り手の感性やこころが写真にでるのだと思う。

ふ~む そうなのだなぁ 
写真術とかそういう次元のことではない。
考え込んでしまうなぁ
「天童の家」のブログは、写真が主だからなおさらである。

60329-10.jpg

60329-20.jpg

60329-30.jpg

60329-40.jpg

60329-50.jpg

     60329-60.jpg

60329-70.jpg

60329-80.jpg


スポンサーサイト
  1. 2016/03/30(水) 05:44:27|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

コメント

エラそうに…

いやはや、エラそうなことを断定的に云うのは、
私の悪い癖です。

私の撮る写真は、手のひらサイズのデジカメや、iiPadで撮る、オートモードの写真なので、一眼レフなど技術の必要な写真とは、元々姿勢が違うのです。
撮る人間の気分で切り取った、断片、メモ、の様なものです。

今野さんの写真をはじめ、ちゃんとした写真というのは、
そこに在るものを、在るがままに、その本質を撮る、と
いうことなのではないか、と思います。

今野さんの撮った写真には、被写体の「ありのまま」がありますが、
私が、気分で撮った写真には、私の気分・雑念、が入っています。
これは、一種の添加物のようなもので、
本当は添加物無し、の方が上等の写真なのだと思います。
  1. 2016/03/30(水) 11:21:21 |
  2. URL |
  3. 驢人 #-
  4. [ 編集]

撮り手の心を映す

驢 人 さん
仰っしゃる通り、目指しているのは、「撮り手の心を映したもの」です

どのようなカメラ(機材)であっても、そういうのが撮れたらそれでいい
ですが、なかなかそうならない

驢 人 さんのを拝見すると、そうなっている
やはり、撮り手のこころ、感性こそが、写真の出発点というか、原点ということでしょうねぇ

イメージ通りにとか、私はよく書きますが
そのイメージ通りと言うことが、撮り手の撮りたい写真(私の目指すもの)です

旅で宿泊されたところの炬燵など数々の写真は、まさにそうした優れものだなぁと羨ましく思ってます

悪い癖とは違います
写真がどうあるべきかの真髄を書かれた
それで、あのフレーズを使わせてもらったのです


  1. 2016/03/30(水) 15:41:36 |
  2. URL |
  3. こんの #-
  4. [ 編集]

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://kose99.blog32.fc2.com/tb.php/4479-0f00e4be