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カ ラ ス


カラスを見ない日がない。
雨の日でも、吹雪の時でさえ電線や工場の屋根に止まって周りを睥睨している。

トリメ(鳥目)というのは、夜盲症のことで、暗部の視力が著しく衰え、目がよく見えなくなる病気である。
それが念頭にあっての誤解なのだろうが、鳥は視力があまりよくないとのイメージがある。
だが、実際は逆である。鳥の目(視力)は、人のそれよりずーっとよい気がしてならない。

サギやトビなどは、遠く100m以上離れていても、こちらのちょっとした動きにも敏感に反応し、素速く逃避行動に移る。
カモやヒヨドリ、もっと小さな小鳥たちさえ、カメラを構える前に気づいて逃げてしまうことが多い。
その度に、(目がいいのだなぁ)と思う。小さな虫や木の実を目敏く見つけて捕食するのだから、鳥の視力はきっと優れているのだろう。

自然の中で生きる動物たち。彼らにも寿命があって、いつかは斃れる。
それなのに、動物たちの骸を見ることは滅多にない。象の墓場などという話を聞いたことがあるが、熊や羚羊の死骸を目にしたことがない。
斃れた動物は、他の動物たちの餌になり、直ぐに喰らい尽くされてしまうからだ、と聞いたことがある。

カラスは、死骸を見つける名人らしい。だから、弱った姿の動物を識別でき、気長に注視していると考える。
だから、カラスが近くに姿を見せ、その鳴き声を聞けば、人は(不吉!)とカラスを忌避したい気分になる。


以下は、「熊野のカラス」からの転載(抄)
http://www.y-tohara.com/kunamo-karasu.html

 カラスという鳥は、何処にでもいるわりには嫌われている。全身真っ黒ということ、甲高いばかりで声に艶がないこと、雑食で時には腐肉をあさるという悪食からかもしれない。
「カラスの鳴き声が悪いと死人が出る」「夜、カラスが鳴くと凶事が起こる]といった俗信があるように、カラスには死と結びついた不吉なイメージがつきまとっている。

 そのカラスが、熊野では神使・霊鳥として大事にされているが、端的にいえば神武東征神話にある“八咫烏”のせいであろう。
 日本書紀(神武即位前記)にいう「ヤタガラス神話」とは、『神武天皇が熊野の山中で道に迷って困っていたとき、アマテラスから遣わされたヤタガラスの先導で、無事に大和の宇陀に出ることができた』(大意)というもので、ここでのカラスは神武を先導するミサキ神としての役を担っている。


そのカラス、「天童の家」の近くで、次のような姿(パフォーマンス)を見せてくれた。
(予めお断わりだが、画像は小動物の死骸が写ってる)
滅多に見られないことだとカメラを向けた次第である。

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  1. 2016/03/24(木) 05:26:15|
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  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

コメント

こんのさん

こんにちは!

カラスは我家の回りにもいますよ!

特にゴミの日はゴミ袋をつついていたりするので蹴散らすのですが直ぐに集まってきます。

頭もいいのでしょうね。

それにしても衝撃的な写真ですね。
  1. 2016/03/24(木) 15:04:14 |
  2. URL |
  3. 溶射屋 #qbIq4rIg
  4. [ 編集]

衝撃的な

溶射屋さん
生きものは、何かを食べなきゃ生きていけない
時には、切なさを覚えることがあります

カラスも食べ物探しにひっしです
目もいいなぁと感心します

衝撃的
扱いに戸惑いを覚えました
難しいですね
  1. 2016/03/24(木) 16:22:10 |
  2. URL |
  3. こんの #-
  4. [ 編集]

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