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3.11から五年



  きさらぎの夜空を照らす満月は住民0町の富岡照らすや     国立市・半杭螢子

  二十年住み慣れし家荒れ果てて原発避難五年の哀し       国立市・半杭螢子

  ↑ 7日づけ朝日歌壇より

同面の「うたをよむ」に、高野選者が、次のように書いている。(抄)

  今も<余震>の中に   高野公彦

 東日本大震災の発生する前年の六月、朝日歌壇にこんな歌が載った。

  原発十基立つわがめぐり新幹線も通らぬ町に黙深く住む     福島県・半杭螢子

 原発の町・富岡町に住む作者の不安がにじみ出ている。
 翌年あの震災が起きて、作者は避難所を転々としながら、

  わが町はチェルノブイリとなり果てし帰るあてなき避難民となる

 と詠んだ。
 ちなみに震災後一年目の三月十一日、朝日新聞の記事に「死者1万5854人、行方不明者3155人、
 避難者34万3935人」とある。この数字の大きさに今も茫然となる。
 (略)
 被災地は復興しつつあるとはいえ、まだ更地のままの土地が海沿いにたくさん残っているのが
 現状である。
 そして、今なお不便な仮設暮らしの人も多い。
 (略)
  
 原発事故は収拾のメドが立っていない。
 また、今も行方不明者が 2563人もいるという。
 決してあの震災は終わっていない。五年たっても、被災地の人々は<余震>の中にあるのだ。

*
5年の歳月は、長いか短いか。
「あっと言う間だった」
「ずいぶんと長く苦しい日々だった」

その感じ方は、人それぞれであろう。
毎日が平穏な暮らしであったせいか、それとも加齢のためか、なんだか短い5年に感じる。
しかし、仮設暮らしや難民となった人々のそれは、きっと苦しく、せつなく、長い5年だったろう。

*

<3.11と今>不明の夫 いつも隣に
河北新報 3月9日より

◎追憶 大切なあなたへ  熊谷幸子さん=陸前高田市

 夫の声が聞こえたような気がした。
 <ままちゃん、頑張れっ、ふんばれっ。子供達がついて居るべっちゃ 磨(みがく)より>

 陸前高田市広田町の熊谷幸子さん(74)は、東日本大震災の津波にのまれ行方不明になった夫磨さん=当時(71)=
を捜していた。
 震災から3カ月たった2011年6月11日。遺体安置所を巡って自宅に戻ったとき、その声が脳裏をよぎった。たまたま
手元にあったカレンダーの裏に、フェルトペンで書き留めた。

 ときには隣町まで足を延ばして捜した。「きょうも見つからなかった…」。絶望のふちで自宅に戻り、「声」を書き留める。
 「磨さんが勇気づけてくれている」。捜し続ける力が湧いた。

 あの日、磨さんは市内の病院へ。幸子さんは友人に会いに大船渡市へ出掛けた。自宅は海に近い高台にあり被災を
免れた。幸子さんが戻ったのは翌朝だった。

 「磨さんがいない」。集まっていた親類や近所の人が言った。病院から戻った後、寝たきりのお年寄りを助けるため、
海寄りの家に下りていったらしい。

 幸子さんはカレンダーの裏にペンを走らせ、磨さんに話し掛ける。
 <大野海岸通り、変わりはてて戻ってこれなくなるのが心配です。でも72歳まですんでいたんだもの。大丈夫だよね>

 自宅近くの海岸周辺は更地が広がり、切り開かれた高台には真新しい住宅が建つ。磨さんに風景が一変したことを伝える。

 <2人で飲むことできないなんて自然はあまりにも無情。(中略)
チャント立派に生活して生きて死を迎えること。それが私の復讐>
 お酒が好きで、誕生日や結婚記念日には夫婦で街に出て祝杯を挙げた。1人では飲む気になれず、めっきり弱くなった。

 友人との付き合いは楽しいけれど、1人暮らしは単調だ。先のことはあまり考えず、この5年を懸命に生きてきた。

 大きな字で書き連ねると心が落ち着く。日々の出来事の報告、磨さんならこう励ますだろうという言葉-。夫婦の「会話」を
つづったカレンダーは150枚を超えた。

 死亡届は出していない。「亡くなったことは受け入れているが、届けを出したら本当にいなくなっちゃう気がする」。東京に
いる息子と娘も理解してくれている。曖昧なままでいいと思う。

 「退職した暁には、妻幸子と共に日本一周の旅行に行く事を約束します」
 10年の元日。その年末に退職を控えた磨さんが幸子さん宛てに手紙を書いた。「小樽の石原裕次郎記念館を見に行こうね」
と笑い合ったことを思い出す。

 「いつもそばで見守ってくれている。きっと、いつか帰ってくる」
 少しだけ殻を破ってみよう。春になったら北海道を旅するつもりだ。磨さんの小さな写真を携えて。

(太楽裕克)

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  1. 2016/03/10(木) 05:06:07|
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  4. コメント:4

コメント

3・11

もう5年になりますねえ~
ある記事に”3・11は記念日ではない”とありました。
これでいいのか、自分のことも含めて、いろいろ振り返り、考える日にしたいと思います。
  1. 2016/03/10(木) 15:26:50 |
  2. URL |
  3. 阿蘇望亭 #z7TqjuIk
  4. [ 編集]

早春の…

早春の花を見るたびに、
失った人、失った暮らし、を思い出さなければならない、なんて。
なんと辛いことでしょうか。

鎮魂、と、言葉ではひと言で言えるけれども、
魂とは、そう簡単に鎮まるものではない、のではないか、
と思います。
辛い事は忘れよう、前を向こう、と流されるのではなく、
この流れに逆らって、
もっと、足を踏ん張って、後ろを見る勇気が必要なのではないか、と
今更ながら考えています。
何も出来ないのだけれど、そんな事を思う今日です。
  1. 2016/03/10(木) 15:49:07 |
  2. URL |
  3. 驢人 #-
  4. [ 編集]

振り返り、考える日

阿蘇望亭さん

年に何回かは、「振り返り、考える日」をもちたい、持つべきでしょうねぇ
3.11もその日の一つとして

ありがとうございます
  1. 2016/03/10(木) 16:25:22 |
  2. URL |
  3. こんの #-
  4. [ 編集]

後ろを見る勇気

驢 人 さん

辛いことを忘れる、ことも能力の一つですね
でも、わすれてならないこともたくさんある

>後ろを見る勇気
それも大切な能力ですよね

同時に、いまがいちばん幸せとも思える能力も(笑)
  1. 2016/03/10(木) 16:30:25 |
  2. URL |
  3. こんの #-
  4. [ 編集]

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