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今を生きる

こんにち只今

先日、ある方(Rさん)のブログを読んでから、こころに浮ぶ思いがある。
Rさんのご主人のお母さまが百歳になって、そのお母さまの最近のようすが、リアルに述べられている。
次に、その一部分を転載させていただく。

 過去は、それほど大切ではない様だ。
 昨日に興味はない、今日と明日、だけがあるようだ。
 今日、といっても、半日前に興味はない。
 今、と、明日、に意味があるような気がする。

100年間生きてこられた方が、関心をもつのは、「只今と明日」である、と
半日前(過去)にも興味がない、と書かれる。

それを読み、(わかるなぁ)とガッテンのいく気持ちが大きくわいた。
最近の自分のありようが重なるからである。
過去に意味がないとは言わない。アイデンティティーは過去からの延長上に成り立ってる。

自分の過去に対する自負心もある。
だが、思い出すことはできても、過去へは戻れない。
あの頃の自分に自負心があっても、それが現在の自分へつながっていなければ、単なる思い出でしかない。
現役として、現在も、過去と同様に活動・存在し続けられれば話は別であるが......

若さや、実績や、栄光が、現在只今まで継続していない過去は、興味をもっても意味がない。
むしろ、現在の衰退した自分の姿を浮かび上がらせるだけである。

こんにち、只今、こうして存在している(生きている)、ここで感じることをだいじにしたい。
「いまがいちばん幸せ」と思える、このことをたいせつにしたい。と切実に思う。

百歳までいけるとは思えない。
そういうことではない。いま、ここにいる。いて感じるこの存在感をじっくりと味わっていきたい。
深刻にそう思っているのではないが、時折そう思うので、書いておこうと思った次第である。

百歳になられたお母さまを見守っておられるRさんの優しいこころと冷静な目が、的確なエッセイになって読めるのが嬉しい。
(そうよなぁ そうなんだ!)と頷きながら、自分の姿と重ね合わせたりしてるのである。

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  1. 2016/01/28(木) 05:51:52|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:6

コメント

過去にも未来にも未練を持たない、今を正しく生きる、そんな境地に成りたいものです。が、過去に固執し、未来にさえ未練を持ってしまう、100歳の境地は、永遠の彼方です。
  1. 2016/01/28(木) 08:54:20 |
  2. URL |
  3. 幻椏 #FXGmxbjY
  4. [ 編集]

難儀で候

時田さん

誠に仰る通りです
そのように生きるのは、難儀で候
そう思います
ですが、なるべくそれを目指していきたい


ありがとうございます
  1. 2016/01/28(木) 09:37:01 |
  2. URL |
  3. こんの #-
  4. [ 編集]

100歳の境地…

拙ブログを、引用いただき恐縮しております。

実母ならば、ここまで言切いれない、かな…
などと、反省する部分もあった、一文なのですが、
少しでも共感いただけた様で、心が軽くなりました。

過去に拘らないように見えることも、
ただ、忘れているだけ⁉︎ なのかもしれず、
しかし、百歳ともなると、
忘却も達観のように見える貫禄の様なものがあり、
ひたすらに、畏れ入りました、と平伏する毎日なのです(笑)

ただ、義母本人の深いところに隠された思い、があり、
それが、どの様なものであるのか、
実は、もっと重いものであるかもしれないなあ、
などと、思う時もあるのですが…

ただ、ひとつ言えることは、「今が幸せ」と言うお年寄りというのは、
周りの人々にとって、かけがえなく有り難い宝物である、ということです。
お世話するストレスが、軽くなるのはもちろんですが、
自分自身の老いに対する、怖さや不安も、とても軽くなります。

「いろんな事が出来なくなって、いろんな事を忘れてしまっても、
大丈夫なんだ!」 と、安心することができるからです。

若輩者の勝手な解釈かもしれませんが、そういうことです。
だから、今野さんご夫妻も、いつまでも末長く、仲良くお元気で、
「今がしあわせ」、とお暮らしください。
お願いいたします。
  1. 2016/01/28(木) 16:17:32 |
  2. URL |
  3. 驢人 #-
  4. [ 編集]

よき友

時間を巻き戻すことだけは誰にもできないということを
身に沁みて感じる今日この頃です。

時折、蜃気楼のように記憶の中に現れる過ぎ去りし日の一瞬。
しばし気持ちをかき乱されつつも、あるのは今だけと思いなおし、
振り切るように今日を暮らしていたりします。

哀しみをよき友とできるようになれば、
幸せもまたよき友になってくれるような気がしている私です。
  1. 2016/01/28(木) 18:04:42 |
  2. URL |
  3. 25okurokku #AVgFLk6E
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未知のこと

驢 人 さん

>自分自身の老いに対する、怖さや不安も、とても軽くなります。

未知のこと(時)を生きるのは、少しの怖さと不安が伴います
先を歩いてる人のありようが、自分の物語を生きる参考になることもある

そんな思いで、自分の老いを素直に書こうと考えてます

驢 人 さんのすてきなエッセイから多くを学んで、老いるのもわるいことではないなぁ と

ブログ「驢馬の耳」
アクセスするのがいちばんの楽しみです
ありがとうございます
  1. 2016/01/29(金) 07:43:48 |
  2. URL |
  3. こんの #-
  4. [ 編集]

哀しみも切なさも

25okurokkuさん

仰っしゃる通りだと嬉しくなりました
楽しいことばかりの人生じゃない
だからこそ、哀しいことも、切ないことも
良き友 と思える
そうなれたらいいなぁです

ありがとうございます
  1. 2016/01/29(金) 07:49:03 |
  2. URL |
  3. こんの #-
  4. [ 編集]

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