野暮用多い
13日、蔵王へ紅葉狩りに行ったことは書いた。
毎年行く栗駒は、地震で(やばいなぁ)と思って今年は中止した。蔵王が(見頃かなぁ)と思われた時には津軽の旅をした。
そんなことで13日に出かけたのだが... やはり、一週間ほど(遅かったなぁ)だった。
青森に行く前に一度ドッコ沼に行くべきだった。うう 後悔先に立たず である。
標高1300mの片貝沼もドッコ沼も紅葉の盛りを過ぎて、三宝荒神などは完全に落葉し、白樺の枝が秋の陽を浴び白く光ってる。
三連休の最後とあってか、おおぜいのカメラマンが三脚を立てていたが、(残念でした)だったろう。
「パパ、ほらぁ 吊り橋のあるあそこに行ってみようよ」そこならまだ観られるはずだと妻が言う。
吊り橋のある所とは、蔵王坊平・御清水を仙人沢に下った場所で、たしかに標高では少し低いだろうから、今が見頃かも知れない。
蔵王坊平は、ちょうど見頃だった。場所によっては地形の関係だろう まだ尚早と言える所もあったが、吊り橋周辺はちょうどよかった。
「2時までには帰りたい」妻が言うので、未練をのこし帰途につく。出がけに布団を乾してきたし、刈り取ったソバも庭に広げてきた。
青菜の間引きをし、大根に肥料をやってからむ(土をかける)作業があると言う妻の言葉に頷いて山を降る。
撮ってきた画像処理は後回しにし、畑に向かう。青菜がびっしり窮屈そうに生えている。このままではダメなのでおろぬく(間引き)。
間引きした菜は茹でたり、煮物に、またおみづけ(近江漬)にして食べる。
母が白内障で手術(両眼)したりと、かなり弱ってきているので、畑仕事も私たちがしなければならない。
にわか百姓仕事なので、勝手が分からない。しかし、間違ってもたいしたことはないとがむしゃらにとりくむ。
紅葉の画像処理は、夕食後にやるが、っふふ 山・農作業に疲れを覚え、なかなか進捗しない。
14日、午前7時30分〜8時には四辻に立って、登校する子どもたちへ「あいさつ運動」をする。
家へ戻り、また刈ったソバを広げて乾かす。
さて朝食にしようとする矢先、来客がありしばし語り合う。
もう一度、蔵王へ行きたいのだが... 担当する門徒への書類配布もあるし、野暮用が次から次へでき、うう なかなか思うようにならない。
これが生きているということなのだろうから、仕方ない。




今朝の気温14度、晴
- 2008/10/15(水) 06:12:21|
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コメント:2
野暮用が嫌だと思うほどにやりたいことがあり、また嫌だと思うほどに野暮用という仕事が与えられているなんて、老後生活としては最高に幸せなことじゃないですかね?サラリーマン生活が終わると、他の誰とも関わることも出来ず、趣味もやりたいこともない・・・というような人もいるような気がします。
私はお金の心配などせずに、そのときやりたいと思ったこと、興味のあることを好きなだけ出来る老後を迎えるのが夢です・・・が、いざすべての時間が自由になると、だらだらしてしまいそうなので、適度に用があるのがいいんだろうなという気もしています。
- 2008/10/15(水) 20:59:44 |
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- あくあ #-
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やはりメリハリのある生活がいいですねぇ
定年後は、毎日が日曜日みたいなものですが... ふふ それでもやらなければならないことがけっこうあるものです
うう また、「老後」という感じもないですねぇ 現役的気分
- 2008/10/16(木) 06:18:10 |
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- こんの #-
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