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野茂英雄

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野茂英雄

野茂英雄投手(39)が、マウンドから去ることが一面に(三段)大きな写真入りで報じられてる。
引退はネットで知っていたが、天下の朝日新聞の扱い方をみても彼の偉大さがよくわかる。20・39面にも記事が載っている。
以下は、新聞からの転載

   野茂の後ろに道ができた   西村欣也 編集委員

 野茂英雄らしい引退だと思う。最後の最後まであきらめず、彼はメジャーリーグにこだわり続けた。
 日米通算201勝をあげている。海を渡った95年のシーズン、新人王、奪三振王となった。日米両国で新人王を獲得したのは野茂1人だ。2度のノーヒット・ノーランも達成した。
 「ノモマニア」という社会現象も引き起こした。富も、名誉も手に入れた。しかし、彼は最後まで立ち止まることをしなかった。それがパイオニア(開拓者)としての誇りだったのだろう。
 道なき道を切り開いてきた。
 渡米自体、当時の日本野球関係者から非難の目でみられた。彼はそのとき、代理人の団野村氏に言った。「団さん、僕たちは間違ったことをしていない。進みましょう」。
 彼の後ろに道はできた。その道をイチロウが松井秀喜が、松坂大輔が歩んでいった。
 近年はひじの故障に苦しんだ。06年6月手術を受けた。07年はどこのチームにも属することができなかった。それでも、現役にピリオドを打たないのが、野茂の生き方だった。
 ベネゼエラのカラカス・ライオンズに入団した。08年、カンザスシティー・ロイヤルズとマイナー契約を結んだ。そして4月5日にメジャー昇格を勝ち取るのだ。
 10日、05年7月15日以来、1千日ぶりにメジャー登板を果たした。
 しかし、故障が完治したわけではなかった。ひじへの負担を減らすために、彼は生命線ともいえるトルネード投法を封印する。セットポジションからの投球は、直球のスピードを奪ってしまった。
 4月20日にロイヤルズから戦力外通告を受けた。
 野球とベースボールの間に大きな橋をかけた野茂英雄の名は、日米のプロ野球ファンの脳裏から消えることはない。
 燃え尽きるまで投げ続けた野茂の生き方をたたえたい。彼と同じ時代に野球とベースボールを取材できたことを心から幸せに思う。

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今朝の気温24度、雲あるが青空も見える
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  1. 2008/07/19(土) 06:12:28|
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