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北 帰 行

 

今日で2月が終わる。
今年の2月は、雪が少なかった。2月だけでなく、この冬の積雪が少なかった。
野原や田圃などでは、枯れ残ったままに佇立してるアワダチソウの姿が目立ち、見苦しい景色になってる。
冬の田圃は、やはり見渡すかぎりまっ平らな雪原が、雪国に似合う景色である。

なのに、今年ははやばやと黒い土が見え、ハクチョウたちの北国への移動も早めだった。
「クワッ クワッー」っと鳴き合いながら、追いかけごっこ?したり、真っ白い大きな羽を広げ、なにかを語り合う姿に、なぜか癒やされる気分だった。
北帰行は、体力を消耗する旅になるだろう。


   ハクチョウ北帰行、少雪で早め 県内で最盛期
                        2019年02月21日 山形新聞より転載

 越冬のため県内に飛来していたハクチョウの北帰行が本格化している。遊佐町などでは20日、編隊を組みながら北へ向かう姿が見られた。気温が上がったここ数日で、最盛期を迎えたとみられる。

 日本白鳥の会理事の角田分さん(71)=同市本楯=が19日朝に秋田県との県境で定点観察していたところ、次々と群れがやってきて1時間ほどの間に少なくとも2000羽を確認した。例年は2月下旬に始まるため、「雪が少なく10~15日ほど早いのでは」と説明した。

 餌の豊富な庄内平野は有数のハクチョウ飛来地として知られ、毎年秋から冬にかけて酒田市の最上川スワンパークや鶴岡市の大山上池・下池が休息の場となっている。県みどり自然課によると、今年1月中旬の調査で県全体には約8500羽が飛来しており、前年より微増した。

以下は、次のサイトからの転載であっる。
                    https://www.bing.com/search?

   なぜ日本に飛来するのか
 ハクチョウの生息地はユーラシア大陸北部のツンドラ地帯。そこは冬がとても厳しく最低気温は-30C°以下。 そんな寒い土地では湖の氷が凍ってしまいます。ハクチョウの主な餌は水草なので凍ってしまうと死活問題。
 そのため水面が凍らない日本まで餌を求めてやってくる。
 シベリアから日本まで2週間。休憩しながらオオハクチョウは3000Km、コハクチョウは4000Kmを移動する。
 オオハクチョウのほうが移動距離が短いのは体が重いため。

 基本的には水面が凍ってなければいいので、体力を消耗してまで不必要に南に下ることはありません。
 ただ、日本の越冬地が豪雪に見舞わてた年などは、普段飛来しない地域まで南下したそうです。

   なぜシベリアに帰るのか
 そんな過ごしにくいシベリアに住んで大変な思いをして日本にくるなら、日本でずっと暮らせば?と思う
 のですが、やはりシベリアを生息地とするハクチョウには日本の夏は暑すぎるようです。

 もうひとつ重要なことは、ハクチョウは広い縄張りが必要なことと縄張り意識が強い鳥ということ。     この2つから特に他者に向かって攻撃的になる繁殖シーズンは、かなり広い土地でないと暮らせないようです。
 そんな土地は日本にはないのでシベリアの広大な湿地帯へと戻り繁殖するのです。


画像は、上の文とは無関係
フォルダーに残っていたシラサギと月山

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  1. 2019/02/28(木) 05:10:56|
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再会念じて



新調したカメラで撮るが、画像にゴミが写る。
特に明るい空の撮影では黒いゴミが目立って、使えない画像となる。
ということで、カメラを交換してもらった。

22日に新カメラを入手。試し撮りは、さくらんぼの剪定がまだ終わってないのでお預け。
23日は、晴れているが、寒かった。
寒いし、風もあるので、剪定は陽気の良い日に。今日は試し撮りでも、と妻が言う。

「渡りに船」と頷き、新カメラを手に外出。
さて、どこへ行こうか?
っふふ 自然のなりゆきで、例の場所へ足が向く。

ハクチョウたちは、間もなく北帰行。
見られるのは「今でしょ!」である。(笑)

というわけで、またまた白鳥飛翔を楽しんだ。
かなりしつこい、とは自分でも思う。
でも、一年を通して数回のこと。
いろいろと空想しながら、しっかりと楽しむ。

ふ~む む いくらなんでも、しつこさもこれまでだよね。
歳末になったら、またの再会をと念じて別れた次第である。

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  1. 2019/02/27(水) 05:10:23|
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白鳥飛翔 4



昨日の続きである。

ハクチョウたちもそろそろ北帰行だろう。
長旅の前に十分な体力づくりをしておかなければ・・・・・・
ということで、田圃にはたくさんの姿があった。

ハクチョウたちには、ほんとに(楽しませてもらったなぁ)と思う。
いつかも書いたことだが、シラサギとは違って、「白鳥家族」の言葉が浮かぶ。
時々諍いもするが、それがまた いかにも家族的に見え、(癒やされるなぁ)なのである。

今シーズンの白鳥もこれが見納めと思う。
12月にまた元気で再会したいものである。

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  1. 2019/02/26(火) 05:13:58|
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フクジュソウ



昨日、仙台の友を訪ねた。
2月とは思えない、まるで春のような陽気。
R48を走る。

県境のトンネルをくぐり抜け、作並温泉を過ぎると間もなく熊ヶ根。
そこの土手に、たくさんのフクジュソウが咲いてた。
「帰りに撮りましょ」 妻の言葉に頷く。

大根干し、菊芋粕漬け、茎菜煮(青菜漬を煮たもの)等を友に渡し、歓談。
息子さんが淹れてくれた抹茶を喫し、茶碗談義にも.......
アルバム「日本の陶工百人」や 国宝 天目茶碗のビデオ等を見ながら話がはずむ。

久しぶりの外出に、こころの滓も消えた気分。
帰途、熊ヶ根でフクジュソウにカメラを向ける。

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  1. 2019/02/25(月) 09:35:26|
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白鳥飛翔 3


先にエントリーした「白鳥飛翔」は、時折小雨のぱらつく雲の多い空だった。
目で見るには、それでも十分に楽しめたのだが、写真的には、やはり光の豊富な青空もほしかった。

というわけで、先日また出かける。
餌摂りの邪魔にならないように、できるだけ目立たないようにしながらのウオッチング。
カメラマンの気持ちを忖度するように 時々は美しく飛翔してくれる。(笑)

(ハクチョウさん ありがとう!)の気持ちがわいてくる。

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  1. 2019/02/25(月) 05:10:45|
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不思議な山

雲 の 山

白鳥を撮りに行った時、不思議というか、幻の山を見た。
その山は、雪で真っ白な、標高もけっこうある秀麗な山だった。

その山が、時間とともに姿を変えるのである。
はじめて見た不思議な山だった。

不動の山が、姿を変えるわけがない。
なのに、見ている間に姿を変えた。

迷いながらカメラを向ける。
カメラマンの不思議さが画像になってる。(笑)

なお、一番下のそれは、なんの変哲もない実景である。

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  1. 2019/02/24(日) 05:10:28|
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白鳥飛翔 2



昨日の続きである。
時折、小雨の落ちる空模様だった。
晴れた空をバックに飛ぶ姿も見たかったなぁ。

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  1. 2019/02/23(土) 05:16:56|
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白鳥飛翔



今シーズン 白鳥をエントリーしたのは、12月18日の1度だけ。あれから2ヶ月あまり経った。
餌の摂りやすい、積雪のない所へ南下していた白鳥も、間もない北帰行に備え、少しづつ北国へ向かってる。
と考えて、先般 白鳥を撮った所へ出かけてみた。

案の定、たくさんのハクチョウたちがいた! 嬉しかった。邪魔っけにならない距離からウオッチング。
飛翔姿もたくさん見ることができた。

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  ↓  近くにシラサギも見られた。 シラサギは脚を伸ばし、首を縮めて飛翔する

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  1. 2019/02/22(金) 05:10:41|
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さくらんぼ剪定

農作業はじめ

2月も後半になって、春の気配が濃くなってきてる。
三寒四温をくりまえし、やがて待っていた春になる。

「今日は暖かいから、剪定はじめようよ」妻が、さくらんぼの剪定仕事を誘う。
直ぐにやらなければならない時期ではないが、早晩しなければならない作業だ。

畑にはまだ積雪があるけれど、作業に支障はないので、はじめることにした。
歳をとって、なんとなく億劫な気分もあったけれど、仕事をやりはじめると、シャッキリした気分に。

さくらんぼの木は9本しかないので、たいした仕事量じゃない。
3日か4日あれば済むはずだから、急ぐこともない。

「今日は、これで終わりにしましょ」午後3時過ぎに、妻が言う。

「慣れない仕事で、疲れたでしょ」労いの言葉に、肯定も否定もしなかったが、疲れは感じない。
(できる限り、やれることはしなきゃぁ)と思う。
(今年も、また頑張らなきゃぁ)の気持ちがわく。

夕食前の時間を歩く。
晴れた冬空の黄昏、落日にカメラを向ける。

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  1. 2019/02/21(木) 05:10:16|
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ストローク



毎日、ネットサーフィンを楽しんでいる。
内容は、たいていその時々に出合ったことが書かれてる。もちろん自分も似たようなのを発信している。
記憶にとどまらず、すぐ忘れてしまうのがある一方で、妙にはっきりといつまでも覚えてる記事もある。

次のパラグラフは、hanamomoさん『春のよき日』14日のブログ「バレンタイン」の一部である。

 デイケアではリハビリの他に入浴や手を動かす作業もあるが、片手が麻痺している母は折り紙を切ったりする細かい作業はできない。
 そんな時、スタッフが『細かい仕事だけでなく、出来上がり全体を見てくれる人もいなければならないので、それを〇〇さん(母)にやっていただきたいのです。それも立派な役目ですからお願いしますね。』と言ってくれたそうだ。
 自分には出来ることが何もないと思っている母にとってはとてもうれしい言葉だったはずだ。
 これは二週間ほど前に母が私に教えてくれた話だが、思いやりある、その人を尊重している言葉のかけ方に私も温かな気持ちになった。
 人生の最終楽章を生きる母にとって、こういう人間らしい接し方はなにより嬉しいことだと思う。
 私も母とともに日々感謝している。

幾度読んでも、その都度(そうだなぁ)とこころほっこりになる良い文章である。
ここには、交流分析でいうところのプラスのストロークが濃厚に詰まっている。
ストロークとは、人と人とが関わるとき、人間が生きるために必要な心の栄養。

hanamomoさんほど確りしたものではないのだが、妻をみてると似たようなのを感じる。
例えば、吹雪の朝、妻の言葉
「昨日でよかった。今日だったら難儀したよね」
しなければならない仕事(課題)が、吹雪の日でなく、為し終えた、昨日だったのは良い選択だった。と

たいへん(今朝は、吹雪)なことより、為し終えた昨日の天気が良かったことを思い浮かべ、口にする。
妻には、いつもプラスのストロークがみられる。ありがたいことだなぁと嬉しくなる。
自分の妻を、こんなふうに書くのは、へへ 恥ずかしさがあるけれど、わるいことではない、と考える。
のだけれど、っふふ お笑いだろうか?


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  1. 2019/02/20(水) 05:05:35|
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カワセミを

カワセミを撮りたい

Sさんといろいろ話しているうちに、話題は魚から鳥に変わった。
「あちらのこんの(近野)さんね。カワセミをきれいに撮ってた。
 カワセミを褒めたら、今度はヤマセミ撮りたいと言うのさ」とSさん。

「あぁ カワセミね。飛ぶ宝石!見たいなぁ 現物見たのは、2度しかない。
 慌ててカメラ向けたけどピンボケ。証拠写真にもならなかった」と私。
近辺ではなかなか姿を見ることができない。撮ること以前の高い壁であると話す。

「近野さんが撮った場所は、養鯉沼の点在する青柳(山形市)だ」と Sさん。
カワセミは、仙山線脇の養鯉池にいる小魚を狙っているのだそうな
「この辺では、あそこで(カワセミを)見られる」と Sさんが教えてくれた。

十数年前、雪の多い年。たくさんのハクチョウが青柳の養鯉池に飛来したことがあった。
その時は、こころ躍らせ幾度もハクチョウを見に行き、写真に撮った。
そこには、ハクチョウの他にコサギも見かけたが、カワセミの姿は一度も見なかった。

もしかしたら、カワセミが見られるかもしれない。あるいはシラサギがいるかも......
近くに、ハクチョウが飛来したことのある田圃もあるので、そこにはハクチョウの姿が
そんな期待が膨らむ。

17日(日)、妻は婦人会の総会へ出席。日曜のルチンワークである買い出しは、午後。
午前中、自由の身(笑)なので、いそいそと養鯉場が点在する青柳へ向かう。

小雪の舞う寒い日。はじめに比較的大きな池が並ぶ場所(以前ハクチョウが飛来した池)へ。
人の姿は皆無で、上空を鳶らしき鳥が輪を描きながら風に乗って滑空してるだけ
ハクチョウはいないし、サギも、カワセミの姿もなしだった。

そちこちの池を探すが、目指す鳥たちの姿は見当たらず、仙山線の電車が走る音だけ
悄気返るカメラマンを神は憐れに思ったのか?青柳行の最後にアオサギの姿を田圃に佇ませた。
っふふ 望み通りには、なかなかいかないものだが、アオサギがせめてもの救いである。 

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  1. 2019/02/19(火) 05:10:47|
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つ ら ら 



毎日、うっすらと雪が降り積もるが、日中にほとんど消えてしまう。
降雪は少ないけれど、寒冷は例年通りで、気温は毎日氷点下になる。

つららが、こんなに伸びてる。
カメラを向けたくなる長さだ。

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氷 柱  

つららは、屋根から伝ってくる水のしずくが冷やされて、氷に姿を変えたもの

屋根に降り積った雪が、太陽熱や家の暖房によってとけて 水になる。
したたり落ちる時、水が0℃以下の空気にふれて次々と凍り、太く長く伸びる。
それが氷柱(つらら)で、その長さは、数cmから2mを超すことも

ちょっと不思議なのは、気温が氷点下なのに、雪がとけること
一方では、とけた雪が水になり、それが凍っていき、つららになる。
溶けること、凍ることが同時進行している。それがなんとも不思議に見える。

それをどう解くか? 以下のように考えればどうだろう

気温が氷点下でも、屋根に接してる面の温度は、0℃以上であるので雪がとける。
とけて水になって、氷柱を伝い落ちるにしたがい、外気温の冷えと氷柱の冷たさで
水は地上に落下する前に凍って、既存の氷柱にくっつき、氷柱は太り、長くなる。

へへ まるで子どものような疑問に ふふ 真面目に考えてる自分が可笑しくなる。


  1. 2019/02/18(月) 05:10:38|
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存在証明



降り積もった雪の上に、たくさんの足跡が見える。
足跡は、大小さまざま。形だけでなく、歩幅も多様だ。
野生動物が、よくもまぁ こんなに多く生息しているのだなぁと思う。

堅雪にさらりと降り積もった新雪についた足跡を見て、これはタヌキ、これはウサギなどと
言うのを聞くと、(凄いなぁ)と感心してしまう。
カモシカは蹄の形、サルは人の手形のような跡が。それは自分にも分かり、嬉しくなる。
しかし、キツネ、リス、テンなどになると皆目分からない。

それにしても、野生動物たちのなんと多いことか。
雪面に、足跡を残るから、姿を見なくとも、さまざまな生き物たちが生息しているのを識る。
いわば足跡は、存在証明。

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以下は、過去画像から


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 A級・B級・C級

次は、拙ブログ「冬の空」(16日)の『欠陥商品』の最後に書いたパラグラフである。

  そして、Sさんの助言に感謝する。
  Sさんは、Y電気に行く前に、私にアドバイスしてくれた人である。
  「ゴミ取りなどでなく、カメラ交換を主張すること」との助言。

Sさんは、「サクラマスのブログ」というサイトを主宰しており、私のブログへ訪問してくださり、とても博識な方である。
「このあいだはサギを上手く撮っていたね」などと褒めてくれる。
へへ、褒められれば、いくつになっても嬉しいものだ。

それで、つい、この度新調したカメラの不具合を話したところ、上掲のようなアドバイスを得、カメラ交換に
そのあたりの経緯を、もう少し詳しく見てみたいと思う。

カメラは、量販店ではなく、専門店で購入した方が良い。
製品には、いくら注意してもバラツキがでるのはしかたない。
それを踏まえ、検査部門では、製品にA級・B級・C級などと区分けする。

いずれも店頭に並ぶわけだが、D級以下はめったなことで商品としては出荷されない。
時折、なにかの理由で商品になる。それを「安い!」と購入する消費者がいる。
「こんな安価でゲットしたぜ」と得意げに自慢する人を見ると、(バカじゃないか?!)と可笑しくなる。
その製品は、どこかに欠陥があるはずだからである。

A級製品は、まさしく完成度抜群で、カメラ専門店に並ぶ。
量販店に並ぶのは、B級以下となる。値引きが行われ易い。購買層を見極めた結果からC級も並ぶことに。

似たやり方は、なにもカメラに限ったことではない。さくらんぼ、りんご等の農産物でも普通に行わてる。
例えば、さくらんぼ。1本の樹になったさくらんぼでも、南側や上部についた実などは日当たり具合によって、
色づき、大きさ、味(甘さ・酸味)なども上々のA級玉が得られる。
その樹からは、B級・C級・D級ももぎ取る(収穫する)。

りんご等の果物でも、大根などの野菜でも似たようなことだ。

品質の均一化は目指すものの、それでもバラツキは出てしまう。
中には廃棄処分品も出るけれど、廃棄するには惜しいのもけっこうある。それらもなんとかしたい気持ちも。

高価な物にはそれに見合う価格がつき、安価のにはそれだけの理由に合った値段がつくのが道理だ。
その道理を忘れずに(承知し)購入することが肝心である。

以上が、Sさんの話だった。
ふ~む むむと頷く。見失っていたことである。恥ずかしかった。


  1. 2019/02/17(日) 05:10:21|
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冬 の 空



こころに響く色はないものかと出かける。家でじーっとしててもなにも得られない。
歩くことで、少しは運動になると自分に言い聞かせて
もしかしたら、立谷川の散歩道が歩けるかもしれない
さいわい、風もなく、寒さも気にならない。

すてきな彩りに出合えるとの期待は大きくなかった。歩けるだけでいい、と思う。
川に架かる赤石橋を北から南のトンネルの方へ、空を見上げながらゆるりと移動。
太陽が、雲からでたり、隠れたりし、日差しが積雪面を舐めるように移動する。

普段と変わりない変哲もない、見慣れた風景をぼーっと眺める。
見慣れている風景だが・・・ っふふ、彩りがいいと思う。
変哲もない風景だが、ふ~む こころの響きを覚える。

青い空、白い雲、白い積雪、空色を写した水面が、音もなく流れてる
青い鳥がいる。 っふふ これこそ青い鳥じゃないのか!などと思う。(笑)

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欠陥商品

それまで格別の不具合もなかったカメラだったが、その日になにをしたわけでもないのに、なぜか気になるゴミが写り込むようになった。
3年半も使い込んだのだから、そろそろ更新もやむを得ない頃だろうと思った。
一眼レフでは、いちばん廉価のカメラ(ニコンD3300)だったが、使い勝手はよかった。

高価なカメラは、年金生活者の趣味には不要と考え、新調カメラらも廉価のニコンD3500と決めた。
カメラ専門店ではなく、これまでもそうであったように、家電量販店であるY電気に行った。
店にはD3500の在庫品がなく、取り寄せで、入手するまで10日近くかかった。

使い勝手はわるくなく、ほとんどD3300と同じ操作で撮れたし、画像の味もまぁまぁだった。
雪灯篭まつり、薄暗い場所での猫、コントラストの強いシラサギ等など、それなりに写った。
黄昏近い空での光芒、落日の情景なども撮れ、新調カメラにそれなりの満足感を覚えた。

新カメラを使いはじめてようやく慣れた頃、晴れ上がった青空をバックにした白い雲の情景がきれいに見え、
カメラを向け、何枚もシャッターをきる。
落陽近い時刻の空の彩りも美しいとカメラを向ける。
それらの画像処理で、気になる、我慢できないことを見つける。

ゴミが写ってる!
(なぜ?)と思う。
レンズ交換したのは、旧カメラからレンズを外し、それを素速く新カメラに装着した時の1回きりである。
その時にゴミが付着したのか? もし、そうだったら、レンズ交換などしたくとも出来なくなる。

そうではなくて、カメラ自体に気密性が保たれていないのではないか?
旧カメラにゴミが写るようになったのは、3年半も使ってからである。
新カメラは、使用してからまだわずか1ヶ月にもなっていない。きっとどこかに欠陥があるとしか思えない。

これは、ゴミ取りなどのレベルではない。カメラの欠陥がどこかにあって、ゴミ取りをしてもまた直ぐにゴミが付着する。
気密性なしの欠陥商品とか...... この解決策は、カメラの交換。

Y電気では、係員が店内を撮影したりし、それなりの対応をしてくれる。
その映像では、ゴミの写り込みは見つからない。

「こういう明るさでは、写らない。空を撮れば、たくさんのゴミが写ります」私の言葉に頷く係員。
「在庫がありませんので、ちょっと時間がかかりますが... できるだけ早く交換の手続きをします」と店員。
係員の応対に、(あぁ こういうトラブルが、珍しくないのだなぁ)と思う。


そして、Sさんの助言に感謝する。
Sさんは、Y電気に行く前に、私にアドバイスしてくれた人である。
「ゴミ取りなどでなく、カメラ交換を主張すること」との助言。


  1. 2019/02/16(土) 05:10:54|
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かざぐるま

水子地蔵と風車

先日、また「ころり観音」の風立寺に行く。
っふふ なんとなく行ってしまうのである。

「ころり逝きたい」と願いに行くわけではない。(苦笑)
なんとはなしに足が向く。慈母観音、六地蔵、十六羅漢、水子地蔵などを見ていると、気分が落ち着く。
不意に梵鐘の音を聴いたりしながら、静寂な気分にひたるのがわるくない。

この日は、水子地蔵尊に供えられた風車がカメラを呼んでた。
画像処理をしながら、なぜ風車なのかなぁとの思いがわいた。
例により検索。ベストアンサーのそれ(↓)に納得する。

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水子地蔵に風車が添えられているのはなぜ?

水子地蔵に風車が添えられているのはなぜですか?
小さな地蔵は水子地蔵だと聞きましたが、赤いよだれかけでは無く風車が添えられています。
風車が添えられるようになったのは何時頃からで、また、それは何故ですか。

ベストアンサーに選ばれた回答

水子とはこの世に生を享けないまま亡くった子供のことです。
お地蔵様は水子ばかりではなく、広く子供の霊を導いてくれる菩薩様です。

子供、特に幼児の玩具の定番は昔から 風車とでんでん太鼓ですからその流れからだと思います。
最近風車が目につくようになったのはプラスチック製品が普及するようになってからのことです。

青森県下北半島にある恐山では道中沿いのお地蔵様に風車が供えられており、子を亡くした親の無念さが伝わってきて胸が痛くなります。
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かざぐるま
くるくる回る風車(かざぐるま)

     雪が、しんしんと降る
     暗く深い川を埋め尽くすかのように
     雪は、はてしなく しんしんと降り続く 

     白い闇をつくるように
     雪が、しんしんと降る
     降り積もった雪は、けっして寒くはない

     でも、吹雪がやってくると
     水子供養の風車が、くるくる
     くるくる くるくる と回り

     冷たい というか 急に寂しくなる
     (間引き)という言葉も同じ
     風車が、くるくると回る 

     白い闇の中で、くるくると回る
     夕鶴の里は、雪の里  
     繭を育てた 夕鶴の里  

     繭は、まるで 雪みたい
     真っ白で 温かい    
     でも、(間引き)という言葉が寂しい      

     雪の しんしん 降る日に
     娘たちが 売られていった こともあった 
     (間引き)の絵馬がせつない
     しんしん しんしん 雪が降る

     雪深い里にも、眩しい太陽が
     きらきら きらきら 輝けば
     さみしさもつめたさもない

     きらきら きらきら 輝く
      光り満ち溢れた世界は、あたたかい
     だから、人はいつも輝く世界を求めた

     ぽかぽか ぽかぽか あたたかい世界
     きらきら きらきら 光り満ちた 世界
      きらきら きらり きらきら きらり

     温もりをもとめて
     「むかし あったげなぁ」
     母が 子に語るおとぎ話

     子は、毎晩 話をせがむ
     「それから、、、、どうしたの?」
     「続きは明日の楽しみだよぉ」
      子は、夢の中で 続きの夢を見る

      くるくる回る風車の音が消え
       あぁ 吹雪はいつしか止んでる
       雪が しんしん と降る

      誰かが、がらがら がらがら釣瓶井戸を汲む
      こんな夜更けに がらがら がらがら
       でも、決して寂しくない音

      ん? 空耳かもしれない
      今時分に釣瓶井戸など、、、、
      くわぁーっ と一声 鶴がなく   

      鶴がないたような気がした
      雪が、しんしんと降る
      風車は、もう回らない

                         2001年1月23日(火曜日)

画像以下のそれは、過去ブログの再掲である


  1. 2019/02/15(金) 05:10:41|
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屋敷の積雪

少雪のこと

今日のブログは、備忘録そのもの。可笑しさや、感動などもない。今年の冬のありようを記録しただけ。
すでに幾度か繰り返し書いたことだが、積雪が少ない冬である。しかし、これはこの近辺のことであり、
北海道では記録的な低温に見舞われたし、逆に南国ではめったに降らない雪で、ニュースは賑やかだった。

雪は、暮らしには厄介である。少ない積雪は助かる。でも、雪国の冬は、やはり積雪があると落ち着く。
少ない雪は、なんとなく気持ちまで萎んでくる。雪国の冬は、どっさりの雪が似合う気がする。
なんとも理屈に合わない矛盾した言い方だが、本音である。

平成最後の冬は、こうだったというような、いわば備忘録的な画像を残そうと、家の周りの情景を撮った。
冬はまだまだ続くし、雪もまだ降るはずだ。でも、冬真っ只中の積雪量として少ないのは事実である。

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  追 加

ちなみに2月13日、県内の積雪量(積雪深)は、次の通りである。

 1. 山形県 肘折     312cm
 2. 山形県 大井沢    239cm
 3. 山形県 小国      171cm
 4. 山形県 尾花沢    163cm
 5. 山形県 新庄     115cm
 6. 山形県 金山     114cm
 7. 山形県 向町     101cm
 8. 山形県 米沢      51cm
 9. 山形県 長井      48cm
10. 山形県 櫛引      46cm

    山形市のそれは、14cmである
     我が屋敷内は、十数cmくらい
同じ町内でも、荻野戸四辻辺りは少なく
我が家(山寺に近い)あたりはわずかに多くなる


  1. 2019/02/14(木) 05:10:49|
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クズの葉痕

クズ葉痕を撮る

「天童の家」で葉痕を取り上げたのは、確か一昨年からで、日が浅い。
葉痕にはさまざまなのが見られるようだが、拙ブログでは、クルミ・アジサイ・クズの3種だけである。
葉痕は、晩秋に落葉したその痕跡。それが何かの顔貌に似て見える。

クルミの葉痕は、サルの顔、または ヒツジの顔に似て見える。それがなかなか可愛いのである。(笑)
アジサイのそれは、特定の動物とかではなくて、目鼻的なのがついて、なんとなく誰かの顔に見える。
クズの葉痕は、人の子ども顔にいちばん似てる。親近感がわいて愛らしい葉痕だ。

先日、宛もなく散歩に出かける。実はブログに添える画像が欲しかったのである。(笑)
カメラを向ける被写体が見つからない。(なんにもないなぁ)と
その時、たまたまクズの蔓が目にはいったので、カメラを向ける。という次第で、なんとなく申し訳ない気分。

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以下は、過去画像である。

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  1. 2019/02/13(水) 05:10:34|
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健康番組

医食同源

見出しに似た言葉に「薬食同源」がある。
というより、医食同源は中国にあった薬食同源思想から生まれた日本での造語だという。
薬食同源とは、「生薬と食物とはその源が同じ」を意味し、中国に古くからある言葉だそうな。

むむ、なんだか小難しい書き出しになった。話を戻すことにする。

雪が降り積もると、畑仕事がなくなる。まして、吹雪ともなれば暖かい部屋でじーっとしてるしかない。
為すこともないまま、TVを見る。TVはキライじゃない。仕事のある時季でも、夜の番組はみていた。

「鶴瓶の家族に乾杯」(月)、「ためしてガッテン」(水)、「日本人のお名まえ」(木)、「チコちゃんに叱られる」(金)、「ぶらタモリ」(土)などをよくみてる。

NHKが主であるが、民放チャンネルも時々みる。
妻は、民放の料理番組と皇室ものが好きである。
「パパ、これ一緒に見よう」誘われれば否やはない。

妻が誘うのは、「林修『今でしょ』講座」。「米麹甘酒で風邪・インフルエンザ・高血圧予防!」
                    「血圧上昇を抑制!血管を老けさせない!」
                    「麹菌がつくるペプチドが血圧上昇を抑制する」などを伝える。

そして、「たけしの家庭の医学」 司会: ビートたけし
さらに、「主治医の見つかる診療所」司会: 草野 仁 など、似たような番組。

大雑把にいえば、似たような健康や疾病に関する番組、そして健康維持のための料理番組が陸続と登場する。
ちなみに、健康番組を検索すると、驚くほど多くヒットする。
「身体に良い食べ物」(食材・料理)が、これも、これも、これもと登場する。

具体例で言えば、こんなふうに......

  オメガ3脂肪酸とは
  オメガ3の効果・効能
 脂肪酸は飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸に分けられます。

 不飽和脂肪酸は、その構造からオメガ3(n-3系脂肪酸)、オメガ6(n-6系脂肪酸)、オメガ9(n-9系脂肪酸)に分類されます。

 青魚に含まれるDHA・EPAやえごまに含まれるαリノレン酸は、オメガ3に分類される脂肪酸で、この脂肪酸は細胞が正しく機能するためには不可欠なものであることがわかってきました。

 オメガ3脂肪酸は青魚をはじめ、えごま油、亜麻仁油(アマニ油)、シソ油、くるみ、緑黄色野菜、豆類などの食品から摂取できます。


上でわかるように、医食同源をさまざまな手法で見せる番組が次々に並ぶ。
どのような食材を、どんなふうに摂取すれば健康でいられるか、疾病から回復できるかを伝える。

TVは、いつからこのような内容が多くなったのだろうか?

「団塊の世代」が高齢化し、医療費が急激に嵩むようになった。
団塊世代の人々が、寝たきり防止、健康志向に関心を高め、その結果がTV番組に現れてる。と妻がいう。
ふ~む、そういうことなのかぁと、大きく頷く。

妻のそれが当たっているかどうかは一先ず措いても、健康番組、健康料理はわるいことではない。
健康で生きる源は、たしかに健康料理(笑)。医食同源だろう。

ここまで書いて、新聞をみたら、一面に大きく
  堺屋太一さん死去 83歳 作家「団塊の世代」 の見出し

「組織の盛衰」(PHP研究所)は具体的でわかりやすい本。私の愛読書で今でも書棚に残してある。


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   ↑ 自家製凍み大根 (大きさが、吊り下げた時の4半分ほどに小さくなった)

   ↓ りんごの雪室保存(3 コンテナ)の中 1コンテナを掘り出す。みずみずしい!

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  1. 2019/02/12(火) 05:10:00|
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絹毛の落下傘



ガガイモの絮毛は、毎年繰り返し登場。「天童の家」の定番画像になっていた。
しかし、昨年はどういうわけかエントリせずだった。撮らないまま越年していた。
それが頭の片隅にあった。

先日の散歩で、違う場所で2回ガガイモの絮毛が風に揺れているのを見た。
っふふ 自然に、と言うか、迷わずにカメラを向けた。
これでガガイモからの借りは返せた気分。(笑)

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  1. 2019/02/11(月) 05:10:38|
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最強寒波



今シーズン最強の寒波が襲来してるようだが、「天童の家」あたりは驚くような寒さではない。
もちろん、外の気温は氷点下(-2℃・13:00)だし、寒くて散歩へ行く気がおこらない。
屋内(廊下)の寒暖計は6℃と低いが、暖房が効いてる書斎は、暖かい。

しなければならない仕事はない。ないものだから、手持ち無沙汰の感が強い。
「碁をやらない?」妻のリクエストである。否やはないので、碁盤を広げる。

妻は、碁石を碁盤の真ん中に置き、「いくつ置いていい?」と訊く。
妻のやろうとしているのは、囲碁なのか? それとも五目並べなのか?

「学童」で、子どもたちとやったのは「五目並べ」。その頃、家では”囲碁もどき”もやったものだ。
妻は、五目並べと囲碁を混同しているようだ。学童をやめてからずいぶん経っているのでしかたない。

「ママ、囲碁は陣地取りで、五目並べはどちらが早く五目になるかの勝負。
 囲碁なら(碁盤の)端の方から陣地にしてくのが通常の戦法だったよね。

などと言い合いながら、”囲碁もどき”を諦め、五目並べをはじめる。
できるだけ早く、自分の石を4×3か4×4の状態に並べれば勝ちだ。
相手になるべく石を3つ並べさせない。できるだけ先手 先手で3を連ねてくのが勝負の決め手。

へへ 小学生でも遊べる簡単な勝負。
最強寒波が襲来してることなど、しばし忘れ、老いた男と女が碁盤上で熱い戦いを演じる。
なんとも罪のない、無邪気な戦い。
っふふ 今がいちばん幸せの気分。

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ネコヤナギは、寒波前に撮った。


  1. 2019/02/10(日) 05:10:26|
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無双夕焼け空



幾度も書いていることだが、冬季の陽光はご馳走と思う。
降雪、吹雪、重くどんよりした曇り空などは、こころを塞がれた気分になる。
晴れ上がった青い空、陽光が射してくれば、美味しい食べ物を得たような嬉しい気分に(笑)

冬は、どうしても運動不足になりやすい。できるだけ歩くようにしている。
日差しがあれば、文句なく散歩日和。足取りも軽くなる。
でも、なかなか散歩日和にはならない。空を見上げたり、ナンテンの葉が揺れず無風なのを確かめ
時刻を気にせずに出かける。
寸暇を盗むようにして歩く。夕方から出かけることも少なくない。

「秋の日は釣瓶落とし」といわれるが、冬至からもうずいぶん経った今時の入日もけっこうはやい。
雲の動き、陽光の変わりを眺めながら、寒さを追い払うように、ひたすら歩く。
っふふ(もしかしたら、今日もきれいな夕焼け空が見られるかも)期待しながら西空を見上げる。

風景を撮るには、それなりの構図を考える。絵になる場所を選ぶ。
夕焼けを撮るにも、やはり適当な場所がほしいと思う。(ここなら!)という背景は少ない。
散歩コースのなかで、よいロケーションの場をあれこれ探しながら歩く。

そして、辿り着いたのは、先日と同じ場所だった。
場所は同じ所、空も同じ空、太陽も同じ(笑)なのだが、見られる夕焼けはまったく違う。
同じ夕焼けは、絶対にない。必死な気持ちでカメラを向ける。まさに無双夕焼け空である。

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  1. 2019/02/09(土) 09:02:37|
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爆弾を抱え

関心の方向転換

愚痴になりそうな気がする。愚痴はなにも生まない。愚痴ればなおさら落ち込む?
それなのに、書きたい気持ちが強い。たとえ愚痴になろうと、書いておきたい!

思い返せば、白内障手術前後あたりから気分が沈滞気味になったのだったなぁ。
術中に体験したあの得体の知れぬ薄気味悪い情景が、今でも沈殿した滓のように思い出す。
水晶体が掻き出され、人工レンズが嵌め込まれてく。光が、火花が、弾けるさまがはっきり見える。
思い出す度イヤな気分になる。細胞が、生身の自分が壊されてくような、吐き気を伴う映像に見えた。

白内障手術は、なんの手違いもなく無事に終了。術後の通院でも「きれいになってます」と医師の言。
だが、すっきり感がない。それまでの見え方と世界が微妙に違う。平らなはずの大地が、傾斜してる。
睡眠に深みやすっきり感がなく、わけのわからない不安が広がり、じーっと横になっていられない。
身体がふらつく。スリッパがうまく脱げない。脱いだスリッパが不揃いになる。なんということだ。

これが、はたして白内障手術と関連があるのか? 確かなことはわからない。
20年前、定年退職を前にして「うつ状態」になったことがある。その時に似た気分だ。
1日3回点眼するのが癪で、面倒感が強い。(いつまで点眼しなければならない?)とイラつく気分。

そんな気分がつづくある日に、親しい友の息子が膀胱癌で死亡した。
葬儀へは行けなく(行く気分になれず)妻に列席してもらった。気持ちの落ち込みがひどく深くなった。
妻には、私の落ち込みがよく分かるようで、何気ない気遣いがみられた。
妻に申し訳ない気分で、できるだけ平気、平穏でいるように振る舞った。
できれば、こうした不自然な振る舞いはしたくなかったが、妻の心配を軽減したかったのである。

味覚障害のある私の食餌について、妻はいろいろと対応してくれる。妻は、意識して味覚障害を治そうとしてくれた。
うつ状態への言及は控え、味覚障害対策を前面にだしてくれたのは助かった。妻へは遠慮なしに愚痴った。
「パパ、この頃ずいぶんと顔色よくなったね」
「うん、気持ちもだいぶ軽くなった。口(味覚)もよくなってきてるみたいな気がする」

味覚障害には、亜鉛の摂取が効果的とのことで、妻はいろいろな献立をしてくれる。
たまたま見たTVで、亜鉛含有の大なレシピがあると、翌日にはその料理が食卓に並ぶ。
関心を味覚障害に向けることで、うつ状態や身体のふらつき等を軽減へと仕向けてくれた。

新年になって、身体のふらつきやうつ気分もそれほど気にしなくてもよくなった。
1月は、充実した月として(アッ)という間に過ぎた。
そして、2月の頭に、友からのメールを読む。

そのメールには、「2月末に大動脈瘤の手術」を行うと書かれてた。
吃驚し、読み違いではないかと繰り返し読み返す。しかし、「6時間の手術」は偽りない事実だった。
うう、まるで自分が6時間もかかる大手術を受けるかのようなショックを感じ、悄気返る。
もう、食事する気がなくなった。ガックリ気落ち。
妻にも、友の手術を伝える。妻も吃驚のようす。

親しい友について、妻といろいろと話す。
友は、同年輩である。これまで親戚以上に濃い厚誼を重ねてきた仲である。
この年になってやる6時間もかかる大手術、本人はもちろんたいへんだが、奥さまの心配はいかばかりか!

「生きてくって、たいへんなことなのね」妻がしんみり言う。
「大動脈瘤ってさぁ ほんとにたいへんな病気。爆弾を抱えているようなことなんだ」
「そうなのね...... 」
「いつ爆発するかだよ」
「......」

友は、今月末に手術をうけるという。
ふ~む ふらつきだ、味覚障害だ、うつ状態だと言ってる場合じゃないなぁ

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  1. 2019/02/09(土) 05:01:27|
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いつか至る道

避難要支援者

母宛に、市役所から大きな封書が届いた。「天童市総務部危機管理室」が差出人。
避難行動要支援者の避難支援制度への登録手続きについての依頼書だった。

災害時に自力での避難が困難なため、支援を必要とする人(要支援者)の名簿作成と、
登録された人の支援計画(個別計画)のために必要な資料を得たいとの趣旨である。

以前に、民生委員をやってて、活動に際し 要支援者の資料がほしいと思ったことが度々。
しかし、個人情報保護法のもとではなかなか得られず、要支援者を把握する段階で高い法の壁に
阻まれてるのを痛感したものである。
法に抵触することなしに情報を得て、スムーズに活動できるような態勢を整えることが望まれた。

市の危機管理室では、そのための態勢(体制)作りに取り組みはじめたようだ。
なんとも緩慢と言えなくもないが、まずはホッとする。依頼状に記入はじめる。

母宛に調査が届いたのは、①高齢者 ②障がい者 ③その他 の①該当者だからである。
母は、93歳になり、介護保険法における「要介護3」認定をうけている。
自力歩行はできる。しかし、歩行補助具が必要で、その歩行器につかまりながら歩く。

居間や寝室からトイレや風呂場、仏間などへの移動は、介助者がいなくてもダイジョウブである。
おむつも使用していない。
食事は、居間で、自力で摂れる。
しかし、台所から居間へお膳を運ぶのは妻の役目。魚の骨抜きなども妻がやる。

手が震え、箸がなかなか上手く使えなくなってる。ご飯をお握りにし、スプーンやフォークを使う。
藥の袋をうまく開封できないし、コップの水も飲み難く、服薬は妻の介助を要する。
洗顔も介助が必要、洗髪は妻がやっている。

こういう状態だから、地震や火災などの時は、もちろん要介護である。
夜間は、家族が同居しているから避難に支障はないが、日中などは不在になることもあり、心配だ。

93歳にもなる母(義母)の姿を毎日見ている。79(私)も来年は80で、まちがいなく高齢者(笑)
東京オリピックがどうこうと言っているが、へへ 母の姿を前にすると、なんとも身がつまされる。
オリンピックどころでなく、要介護者にならないかと心配しているのだ。

要支援者としての母のそれを書いているのだけれど、っふふ よく考えてみたら、自分のことを当て嵌めても
該当するのではないかと可笑しくなってしまった。
笑いを超え、ふ~むむ 悲哀の感情がひたひたと押し寄せてくる。
誰でもいつかは至る道なれど、っふふ それがしには確率高い現実として押し迫ってる気がする。(汗)

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  1. 2019/02/08(金) 05:10:56|
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飢 餓 感



下のそれは、3日「夕焼け」へのコメントとレスの一部である。

  雄大な夕景、いいですねえ。
  冬の夕景はまた格別ですね。
                  2019/02/03(日)   aoikesii

   冬の夕景
  aoikesii さん

  雪に覆われ、毎日の景色に変化が見られません
  また雪が降り、雲に覆われた陰惨な日が続きます
  こんな時季に、晴れ上がって茜色に染まてく空
  なんにもない空、ただきれいな色に感動します

  色に飢えてるようなところがあります(苦笑)
                  2019/02/03(日)   こんの


   冬夕焼
  万象の音納めたり冬夕焼   渡邊千枝子

  美しい冬の夕焼けに言葉を失いました。
  本当にきれいですね。
  大げさですが、こんなきれいな夕焼けを見たら今日も幸せだったな~と改めて思うでしょうね。
  冬夕焼は立派な冬の季語。

  色に飢えている・・・・同じ雪国の人間として深く頷けます。
  すばらしい写真です。
                  2019/02/03(日)   hanamomo
-----------------------------------------------------------------------------------

なぜ、コメントとレスを引いたかを説明したかった。

aoikesii さんのコメントに対し、私は「色に飢えてる」と書いた。

そのレスに、 hanamomo さんは「同じ雪国の人間として深く頷けます」と......

日本海側の冬は、雪に覆われ、どんよりと曇った日が多い。
いわゆる裏日本の毎日となる。雪国にとって、陽光はご馳走。
光に、鮮やかな色に、飢えた日々となる雪国の長い冬は辛い。

飢餓とは、食糧不足による栄養失調が続き、健康維持が困難になっている状態の謂であるが、
陽光不足による精神不調をも「飢餓」、色に飢えていると書いたのだった。
もちろん、おかしな表現だとは承知している。

それでも、同じ日本海側、秋田にお住まいの hanamomo さんから上のようなコメントを頂戴し、
うふ 雪国の力強い味方(同士)を得た嬉しさだった。

冬でなければカメラを向けることはないような空。
こんなありふれた空にもこころが響く。飢餓感が満たされるのである。

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  1. 2019/02/07(木) 05:10:08|
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わが道を行く



散歩で出合う身近な動物といえば、猫と犬である。犬と猫を思い描いていたら、サギとハクチョウの姿も浮かんできた。
各々の動物たちにはなんの繋がりもない。ないのだけれど、犬と猫のありようがちょっと対照的だと。
そして、こじつけかもしれないが、サギとハクチョウにも、猫と犬と似通ったありようを感じた。

猫は、「わが道を行く」という面が強いのに対し、犬は「主に従う」イメージが強い。
猫に似ているのがサギで、犬に近いのがハクチョウのような気がする。

「天童の家」で、シラサギやハクチョウを比較的多くエントリーしているからそんなふうに思うのか?
シラサギは、猫の「わが道を行く」的であり、ハクチョウは家族的な繋がりを強く感じる。
へへ これは自分独りだけの思い込みで、客観的にはそうではないのかもしれないが......

しかし、先日、たまたま猫に出合ってカメラを向ける。その画像をじっくり眺めて得た感じは、やはり上のようなそれだと再確認。
猫は、首輪で繋がれて散歩するようなことはない。が、犬は嬉々として走り回る。
猫が、服などを着装してる姿は決して見かけない。が、犬は派手な着衣で走り回る。

へへ 全部がそうだとは限らないが、そんな見方もしたくなる。(笑)
はは やはりこじつけかもだなぁ

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  1. 2019/02/06(水) 05:05:05|
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元 朝



今日は、旧正月の元日である。
今朝の空は、こんなふうだった。

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  1. 2019/02/05(火) 14:40:30|
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真冬の雨



今日は、旧暦のお正月。節分(3日)、立春(4日)に続く正月。お隣中国では春節。長い休みになるようだ。
例年なら、どこもかしこも真っ白の世界で、真冬の真っ只中なのだが、今年はようすがちがってる。
下の写真は、3日撮ったもので、(ようやくいつもの冬らしくなったなぁ)とカメラを向けた。

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ところが、3日の夜から4日の朝にかけ雨になった。3日は冷えて、凍み大根もカチカチに凍ったのに、
この雨で、吊り下げた大根が濡れてしまう。
まさか、こうまで気温が緩むとは考えなかった。降り積った屋根の雪が、自然に落下し、大きな音をたてる。

冬らしい情景が失せ、なんとなくだら~とした景色が寂しい、というか切ない気分。
立春・正月・迎春などの言葉にまつわる肯定的な気分は、やはり厳しいシビアな現実があってこそ生まれる。
正月はじめの雨は、清新な気分にはほど遠い。

もちろん、降雪や厳しい寒さは、これからもやってくるだろう。期待の春はまだ先なのは承知してる。
ただ、中途半端な、宙ぶらりん的な今の景色が堪らない。
真冬に、傘をさしての散歩など(さまにならないなぁ)である。

なにもやることがないので、こんな遊びで暇つぶし......(苦笑)

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  1. 2019/02/05(火) 05:07:50|
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チャンスは偶然に



裏庭にウメモドキの木があって、食堂と書斎のどちらからも赤い実がなってるのが眺められる。
ウメモドキの実を食べに、鳥たちが毎日やってくる。いちばん足繁く通ってくるのはヒヨドリ。

びっしりと重いくらいになってた実も、もう疎らに、残り少なくなった。
はじめ、混みあって見通しがわるかったたくさんの実が疎らになると、鳥たちの姿もはっきり見える。
カメラを向けると、敏感な警戒心をもつヒヨドリは、直ぐに姿を隠してしまって、なかなか撮れない。

あまつさえ、書斎や食堂からの被写体は、逆光となり、肝心の目が明瞭に写らないのに困惑。
それでも、屋内から狙える被写体は、この時季ウメモドキに来る鳥たちに絞られるから、粘って待つ。
ところが、カメラを持ってる時には、ヒヨドリにはわかるかのように姿を現さない。

カメラマンを嘲笑うように、カメラを持っていない時や撮るつもりのない時に鷹揚に実を啄んでいる。
なんとも癪に障るヒヨドリ奴。こうなったら意地でも撮ってやる!とチャンスを待つ。
......が、敵もさるもの。そうやすやすとこちらの思惑通りにはならない。(苦笑)

撮るチャンスは、偶然にやってくるのか?
(もう撮るのを諦めた)と立ち上がった時、妻がなにかの用事で書斎へ来たのにかち合う。
その時、ヒヨドリがウメモドキの木にやってき、実を啄みはじめたのに気づく。

撮るというより、盗む(スチール)という形で何枚もシャッターをきる。
その時は、構図も焦点もかまわずに只々シャッターボタンを押し続けた。
いわば、どさくさに紛れ、鳥には警戒心もなく、カメラマンには撮る意図も明確にないまま、無心にカメラを向けたのだった。

へへ 結果的には、それがよかった。
下のようなのがゲットできたのある。


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  1. 2019/02/04(月) 05:10:21|
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夕 焼 け



花火・虹の季語は夏なのを先日書いた。でも、冬花火・冬の虹は、夏のそれよりきれいとも書いた。
先日の散歩で夕焼け空を見て、(きれいだ!)とカメラを向けた。
そして、夕焼けの季語は?(秋かなぁ)と思ったりした。秋に、豪快な夕焼け空を何度も見ているからである。
画像処理を済まし、ふとまた季語が気になって、「ホトトギス俳句季題辞典」を開いてみた。
夕焼けの季語は、秋ではなかった。

  夕 焼 夏七月。夕空が茜色に染まる現象をいう。
     四季にわたってあるが、夏の夕焼はもっとも華やかで壮快である。
     
     雨晴し空の果てまで夕焼くる   能美丹詠
     夕焼の雲の中にも仏陀あり    高浜虚子

ふ~むむ 季語は季語として夏で異存はない。(笑) でも、冬真っ只中に見た夕焼が、きれいだったなぁ
こんな夕焼だった。

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  1. 2019/02/03(日) 05:10:53|
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雪  室 ・ 凍み大根

雪室を作る

「去年は、1月12日だった」妻が日記帳をめくって言う。りんごを雪室に入れた日のことである。

今年も毎日りんごを食べている。りんごはダンボール箱に詰め、上段の間に置いてある。
部屋ではどうしても乾燥してしまう。やはり雪室で保存したいのだが、今年は降雪が少なく雪室が作れない。

例年なら、屋根に降り積もった雪が落下し、屋根と地上がひと繋がりになって、雪室も簡単に出来上がる。
しかし、今年はまだこの程度の雪でしかない。

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「これから降る雪をあてにしてね、雪室をこしらえたらどうかなぁ」妻の提案。

っふふ いつものことだが、妻の「お願い」や「提案」は、「命令」と置き換えなければいけない(苦笑)から有無を言わず、二つ返事で直ぐに雪室作りに取りかかる。
なにも難しいことはない。シャベル一丁あれば十分もかからず出来上がる。

ダンボールのりんごをコンテナに移し替え、掘り上げた雪の洞穴に並べ入れ、それをシートで覆い、雪を分厚く被せれば、立派な雪室になる。
いちばん寒さの厳しい2月を雪室保存で、水分も十分、新鮮さ抜群、りんごの旨さが保たれる。
この雪室は、ランニング・コストがゼロ。こんな便利な雪室は、絶対にお金では買えない重宝物。

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凍み大根 

「凍み豆腐」という美味しい食材がある。
それに似たのに「凍み大根」がある。この食材は、自家製造ができる。

「寒さの本番は、これからよね。パパ 今年も凍み大根つくりましょ」
妻が言うのは<絶対>なので、2月1日に早速作りはじめる。(笑)

本当は、もう少し先(1月中)にやるべきだったが、妻にそのことは言わなかった。
妻は小屋から大根を6本も抱えて台所にもってくる。ふ~む、これには黙っていられない。

「ママ、それを全部吊るすの?」
「そうよ、なぜ?」
「あのね、今年の寒さね、ちょっと半端で...... 凍み大根が上手くできるかどうか? 
 ボーダーラインの寒さだし、ちゃんと凍みるかどうか...... それを勘案すれば......
 6本は、多いと思うんだけどなぁ。ママ、どうだろう半分の3本でダメかなぁ」
 
「パパは、そう考えるのね。う~ん、もうちょっと早く、大寒のはじめにやればよかったのかなぁ」
「そうだね。1週間から10日早くにね...... でも、ママの考え通りにやればいいんだけど......」
「ふ~ん、そうよね。パパ、今年は3本だけでやってみよう」
「それでも十分な量だよ。きっとうまくできると思う」

ということで、凍み大根つくりは、2月1日にやった。
はたして、美味くできるかどうか、うふふ 楽しみである。

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追 加

いちばん寒い月

一番寒い時期はいつなの何月何日?
基本的に、一番寒い時期は、1月です。

日本各地の過去30年間の各月の平均気温は、
次のようになります。
東京: 12月→ 8.7℃、 1月→ 6.1℃、2月→ 6.5℃、 3月→ 9.4℃
釧路: 12月→-1.9℃、 1月→-5.4℃、 2月→-4.7℃、 3月→-0.9℃
青森: 12月→ 1.5℃、 1月→-1.2℃、 2月→-0.7℃、 3月→ 2.4℃
大阪: 12月→ 8.6℃、 1月→ 6.0℃、 2月→ 6.3℃、 3月→ 9.4℃
広島: 12月→ 7.5℃、 1月→ 5.2℃、 2月→ 6.0℃、 3月→ 9.1℃
鹿児島:12月→10.6℃、 1月→ 8.5℃、 2月→ 9.8℃、 3月→12.5℃
沖縄: 12月→18.7℃、 1月→17.0℃、 2月→17.1℃、 3月→18.9℃

上にあげたどの都市でも、
「1月」の平均気温が一番低いことが分かります。

 POINT! 
もう少し細かくデータを見ると、
1月の下旬から2月の上旬が最も冷えることが多いようです。

また、二十四節気の一つに「大寒」があります。
最も寒い時期を指しています。
大寒はその年によって違います。
2018年(平成30年)は1月20日が大寒でした。

実は、大寒には「大寒の瞬間」というものがあります。
今年は「2018年1月20日午後12時9分」だったそうです。

https://wonder-solutions.info/2357.html  からの転載である。



  1. 2019/02/02(土) 05:10:25|
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