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雪灯篭まつり 2



28日、雪は降らなかったが、夜間は冷えた。
夕食を早めに済ませ、カメラを抱え、三脚も車に積んで出かける。
日中に下見してたし、雪像の撮影は慣れてるので、気持ちに余裕がある。

だが、素手でのカメラ操作なので、手がかじかみ、寒さの厳しさを痛感する。
それでも、好きなことをしているのだから耐えられる。
年に一度のチャンスなので、へへ 楽しい!

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  1. 2018/01/31(水) 05:14:26|
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雪灯篭まつり 



恒例になった雪灯篭まつりが、28日に各地区で行われた。
このまつりは、今年で11回目。子どもの安全・安心を願ってはじまった。
子どもたちの健やかな成長を願い、雪灯籠や雪像を作り、点灯する積雪期のまつり。

雪像や雪灯篭は、各地区の公民館広場に作られるが、その他に各家庭や事業所などでも作られる。
灯籠に灯された明かりには詩情が感じられる。大好きな被写体なので、毎年撮っている。
ということで、夜間撮影になるのだが、今年は日中にも下見に出かけたので、先ずそれを並べる。

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  1. 2018/01/30(火) 05:07:00|
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つらら 2



昨日につづいて今日もつらら
昨日は、光るつららがきれい!とカメラを向けたが、今日は つららの長いのに吃驚したので、
その証拠写真を並べる。

もっときれいに撮りたかった!のだが、ダメだった。
味も素っ気もない無味乾燥な画像になってしまった。
不満の腹が膨らんで、息苦しいが(しかたないなぁ)

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  1. 2018/01/29(月) 05:10:36|
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つらら



寒い日が続いてる。
除雪されてる農道を歩いてるが、これという被写体に出会わない。
軒下に伸びてる氷柱に射した陽光がキラリと光る。その光芒がまるで虹のよう。

つららシンフォニー 。そんなふうに見える。
だが、それがなかなかイメージ通りに撮れない。
弁解になるが、微妙な光を撮るのにはレンズ特性も関与する。

落日を撮る。水面に反射する光を撮る。氷柱に光るそれを撮る。
どれも上手くキャッチしてくれるレンズと、そうでないレンズがあるのを経験知で知ってる。
レンズ設計(構成)で、特性がきまるとか聞いたことがある。

以下に、レンズのありように詳しいサイトのそれ(部分)を引かせていただいた。

https://www.keyence.co.jp/ss/visionsystem/lenssolution/trivia/features02.jsp

  レンズの特性
  色収差
  色収差の原理
色収差とは、可視光の波長によって屈折率が異なることから、レンズを透過してできる映像がずれることを意味します。
屈折率が異なるということは焦点距離が異なることを意味し、波長ごとの色がバラバラになって映像を結び、
像がぶれたように映ります。

  色収差(軸上色収差)の仕組み
  色収差の種類
色収差には軸上色収差と倍率色収差の2種類があります。

  軸上色収差
光の波長によって屈折率が異なることで、それぞれ焦点が異なるため、全体的にぼやけた映像になる状態。

  倍率色収差
色によって映像の倍率が異なることから、レンズの端にいくほど色がにじむ状態。

  色収差を防ぐ方法
色収差の問題を解決するために、アクロマートレンズという屈折率の異なるレンズを組み合わせる方法があります。
また、レンズの材質に波長の分散が少ない蛍石(フッ化カルシウムの結晶)やED ガラスなどを用いることもあります。

  アクロマートレンズによる色収差の補正
  歪曲収差(ディストーション)
歪曲収差(ディストーション)は、レンズを通して映される映像が歪んだ状態を意味します。

実際には完璧な形状のレンズというものは存在しません。
そのため、理論的にはレンズを通過した直線光は直線のまま進むはずですが、
レンズを通過した光は外側もしくは内側に歪みます。前者は「樽形歪み」 といい、後者は「糸巻き型歪み」といいます。

歪曲収差は、広角レンズでは樽形歪みとして現れ、ズームレンズでは糸巻き型歪みとして現れます。
歪曲収差を補正するには、非球面レンズを用います。
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レンズには、それぞれの特性があって、それを「味」と表現することもある。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1054088930 では次のように言う。

  レンズのボケ味の個性を左右する要因にはレンズ構成や、絞り羽根の形状や枚数(ボケの部分に絞り羽根の形状が現れる場合があります。
  特に光が反射している部分など)などの要因があります。

  コントラスト、質感描写、残存収差、ボケ味など様々な要素によって醸し出されるレンズの個性についての、一人一人の好みや感じ方は大きく異なりますから「味のあるレンズ」とは何かを一概に論じる事は出来ません。


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  1. 2018/01/28(日) 05:02:05|
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寒波のり越え



ここ数日来の寒波は、半端じゃない。寒さが厳しいうえに、降雪が終日つづく。
連日、朝夕2回の雪掻き。作業そのものは楽ではないけれど、辛いとは思わない。運動量としては、適当な負荷とさえ思える。
それでも気詰まりを覚えるのは、雪捨場のこと。これまでは屋敷内の端っこに置いていたが、そろそろ満杯状態になってる。

これに屋根の雪下ろしとそのあと片付けを思うと、困惑する気分がひろがる。
雪掻き、雪下ろし作業は、重労働ではない。厄介なのは、雪片付けである。捨てる所がなくなるのが困る。
これまでは、なんとかクリアーしてきたのだから、今年もそうなるだろうが、気にはなる。

何故、最近はこのように気懸かりなのか? 
うん、そう、やはり老いたからなのだろう。気力がなくなってきたから。なるべくそう思わないようにしているつもりなのだが、自然に、いつの間にか、気持ちがそっちへいってしまう。
へへ なので、こうして書くことで、弱気をやっつけようという魂胆である。

雪掻きで、感じたことがある。
雪掻きを、妻・息子・私の3人でやることがある。それぞれがスノーダンプを使ってやる。
一つの作業を3人が一緒にやる。そういうのはさくらんぼ収穫の時と、この雪掻きの時である。
っふふ「家族の絆」を感じる。

改めて書くことではない。些少というか、とるに足らないことである。けれど、わるくはない感情だ。
こんなふうに意識することで、多少はある辛さ(除雪という厄介さ)を帳消しできる気がする。

散歩がしにくい日々が続いてる。しかたないからこのような駄文を綴って気を紛らわせている。
間もなく節分であり、立春になる。それをくりかえしお経のように唱えてる。

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  1. 2018/01/27(土) 05:08:20|
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冬の境内で



今シーズン最強の寒波だという。そうかと覚悟をしてるつもりだが、降りしきる雪、嵩高く積もった雪を見るとやはりうんざりする。
23日は、雪掻きを朝と夕方、2回やった。24日も起床後のルチンワークを済ました後に雪掻き。息子の助っ人ぶりが頼もしい。

雪掻きは、道路から玄関までの庭。車庫入れのためのスペースも確保しなければならないからけっこう広く、時間もかかる。
まだスノーダンプで掻いた雪を捨てる余裕が庭に残っているからよいけれど、今後も降雪が続けばヤバイなぁと思う。
庭が済めば、次は勝手口から裏の畑端に置いてあるコンポストまで、歩ける幅の除雪。さらに漬物桶の並んでる所までの雪掻き。

除雪機があれば、雪掻き(雪片付け)も楽なのだが、まだ除雪機を購入しなくてもなんとか間に合う。
しかし、雪掻きを終える頃には、肌着が濡れる。うん(いい運動になってるなぁ)と思う。

いちばん気になるのは、やはり屋根の雪下ろし。これまでは、屋根に上るのをそれほどイヤ(こわい)と思わなかった。
しかし、この歳(78)になると、億劫に感じる。

まぁ、そう先々を考えることもないだろう。その時になれば、やるしかない。
この寒波が、はたしてどの程度の雪を降らすか?!
今シーズン最強の寒波だというからには、今回を乗り切れば、その後は節分・そして立春だ。春は少しずつ近づいてきてる。

下の画像は、風立寺境内で23日に撮った。その後の降雪で、積雪はもっと嵩高になってるだろう。
上の文とは、直接の関わりはない。

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           ↑ 再掲画像   


            
  1. 2018/01/26(金) 05:10:34|
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 笠 地 蔵



どういうわけがあったのか、自分でもわからないが、三宝岡の風立寺(山形市高瀬地区)へ行った。
三宝岡・風立寺は、「ぽっくり寺」とも称され、そのご利益があると参詣者も多い。
そこはには六地蔵、十六羅漢、水子地蔵、大日如来像などさまざまな仏像が並んでる。

この雪降りに、それらの仏像たちがどうなっているのか? そんな思いがあって、風立寺へ行ったのだろう。
「ぽっくり逝きたいから」では決してない!
今にも雪が降るような曇り空、寺に続く参道のいちばん右手前に、赤い前垂れ・赤い帽子を被った六地蔵が、雪にまみれて並んでる。

(あぁ 六地蔵だなぁ)と思う。そして難しい仏教の話ではなく、昔話『笠地蔵』が思い浮かぶ。
大好きな話である。雪まみれと赤い帽子を見て、懐かしい笠地蔵の昔話を連想したのだろう。
その話は、みんな知っている。が、念のため次に筋をウィキペディアから転載する。

 ある雪深い地方に、ひどく貧しい老夫婦が住んでいた。
 年の瀬がせまっても、新年を迎えるためのモチすら買うことのできない状況だった。
 そこでおじいさんは、自家製の笠を売りに町へ出かけるが、笠はひとつも売れなかった。

 吹雪いてくる気配がしてきたため、おじいさんは笠を売ることをあきらめ帰路につく。
 吹雪の中、おじいさんは7体の地蔵を見かけると、売れ残りの笠を地蔵に差し上げることにした。
 しかし、手持ちの笠は自らが使用しているものを含めても1つ足りない。
 そこでおじいさんは、最後の地蔵には手持ちの手ぬぐいを被せ、何も持たずに帰宅した。

 おじいさんからわけを聞いたおばあさんは、「それはよいことをした」と言い、モチが手に入らなかったことを責めなかった。

 その夜、老夫婦が寝ていると、家の外で何か重たい物が落ちたような音がする、そこで扉を開けて外の様子を伺うと、家の前に米俵やモチ・野菜・魚などの様々な食料・小判などの財宝が山と積まれていた。
 老夫婦は雪の降る中、手ぬぐいをかぶった1体の地蔵と笠をかぶった6体の地蔵が背を向けて去っていく様子を目撃した。

 この地蔵からの贈り物のおかげで、老夫婦は良い新年を迎えることができたという。
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寒波襲来の合間に出かけた三宝岡・風立寺には、人の姿はなかった。
それでも参道は、ちゃんと雪掻きがなされ、静謐な場だった。
自分としては、ちゃんと撮ったつもりだが、イメージには程遠い画像。修行が足りないなぁと思う。

散歩道からも近い所だから、また改めて行きたいと思う。

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  1. 2018/01/25(木) 05:10:01|
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霜 その3

霜が降る

さくらんぼの花が咲く頃、JAの広報車が降霜注意を拡声しながら走り回って、霜害対策を呼びかける。
霜は、春先と晩秋、そして冬に降る。春や秋の霜は、花や葉っぱに白くつき霜と分かるが、雪で覆われる冬の霜は、目にはなかなか見えない。
冬の霜がそれとはっきり分かるのは、車のフロントガラスや外気と接する窓ガラスに降った霜と限られる。

そもそも霜が降るとは、霜とはどういうことなのだろう?
以下は、 https://carmuse.jp/windshield-frozen からの転載(抄)である。
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空気中の水蒸気は、気温の急激な変化によって一気に冷やされると、<水>の状態を飛び越えて<氷>となる。氷となった水蒸気は、地面や草木花、窓ガラスに降り注ぎ、これが『霜が降りる』という現象です。

雪にも似た仕組みで、霜は、普段は冷たい上空で起こる雪が地上近くで起こった現象とも捉えられます。

昼間太陽の熱を受けて温まった地上 → 夜に気温が急激に下がる → 空気中の水蒸気が昇華 →『霜』としてフロントガラスに降りる → 霜が堆積してフロントガラスが凍る

夜に気温が急激に下がるのは【放射冷却】という現象が原因です。
熱いフライパンを放っておくと冷めますよね。温度は高いところから低いところへ放出される性質があります。これが「放射冷却」です。

気象予報でいう放射冷却も同じ原理で、昼間あつい太陽の光によって地上に蓄えられた熱が、夜には冷たい宇宙に向かって放射され、そのために地上の気温がぐっと下がること。

この放射冷却による気温の下降は毎日起こっていることなのですが、条件がそろった時にはいつもより急激に下がることに。その結果、水蒸気が霜(氷)となって地上に降ることになる。

さて、放射冷却による気温の急激な低下はどんな条件下に起こるのか。それは「よく晴れた雲のない日」です。
「よく晴れた雲のない日の翌朝」は凍結が起こりやすいので注意しましょう。
くもりの日は宇宙と地上の真ん中に雲があるため、放射冷却による気温の下降は穏やかです。雲からも熱の放出があるため、地上はその熱を受け取ることで温度を保ちます。

ですが、晴れた日は雲のフタがないので、地上の熱が宇宙へ放出され放題。気温はいつも以上に大幅に下がります。風のない日は、空気が均等に混ざらず冷えたままなのでさらに冷え込みます。

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ガラスについた霜は、光のあたり具合によってとてもきれいに見える。微妙な見え方なので、見た目通りに撮るのはなかなか難儀だ。
これと思えるようなのをゲットしたいと思うのだが...... 22日撮ったのと再掲画像を並べてみる。

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  1. 2018/01/24(水) 05:11:32|
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犬も歩けば

「窮余の一撮」

冬は、どうしても出不精になりがち。出歩けば何かを目にするのだが、家にじーっとしているものだからカメラを向ける機会がない。
っふふ「犬も歩けば棒に当たる」の諺の通り(笑)

でもね、「犬棒」のもともとの意味は、逆だったと。
本来は、「棒に当たる」とは、人に棒で殴られるという意味。

犬がうろつき歩いていると、人に棒で叩かれるかもしれないというところから、でしゃばると災難にあうという意味であった。
それが現在では、「当たる」という言葉の印象からか、何かをしているうちに思いがけない幸運があるという、反対の意味で使われている。
                     http://kotowaza-allguide.com/i/inumoarukebabou.html

でもまぁ もうほとんどの人が「何かをしているうちに思いがけない幸運がある」方の意味で使っている。
だから、「犬も歩けば棒に当たる」の諺の通りなのである。

だが、肝心の犬が歩かないのだから、どうしようもない。どんよりと曇ってる空を見上げ、(寒いなぁ)などとボヤキながら庭などをぼんやり眺めてる。

それでもカメラマン魂を失ったわけではない。何思ったかカメラを持って二階への階段を上る。
(うん、なかなかいい。捨てたものじゃない!)独り呟きながらシャッターボタンを押す。

へへ(窮鼠猫を噛む)だなぁ
通常なら、カメラを向ける気にならない裏庭なのだが、窮余の選択! 

「窮鼠猫を噛む」は、追い詰められたネズミが逃げ場を失った時、必死で猫に噛みつくことがあるということ。なので、これは違う。もっと適当な俚諺があるはずだがなぁ  っふふ ミスマッチ!(泣)

ふむむ 「窮余の一策」が近いかなぁ
そうだ、「窮余の選択」が当てはまる。
うふふ こんな新語はどうだろう?

「窮余の一撮」よく考えてみれば、これまでもそんな撮り方をしたこともけっこうあったような気がする。

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  1. 2018/01/23(火) 05:10:29|
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また寒波が

気がかりな降雪量

19日からの晴天で、20日も-5.5度となった。午前中は堅雪になって、陽射しもあり、月山や朝日連峰を楽しんで撮ることができた。
午後からは雲が広がり陽が陰ったが、20日が”大寒”だとは思えないような陽気だった。

12日以降の降雪はほとんどなくて、それ以前に降った雪の積雪が、2014年以来の少ない状況で、山肌の黒い土が見える場所もあるのに驚く。

しかし、22日からは、南岸低気圧が進んできて大雪になるという。南岸低気圧などという耳慣れない言葉に首を傾げる。
南岸低気圧は、九州から東海の平野部では雨が主体だが、関東甲信、東北では雪が主体となり、都心でも雪が積るという。

前回、東京都心でまとまった雪になったのは2016年1月で6センチの積雪を観測したが、今回は雪で降り続くとそれ以上の積雪となるので、それへの対応策は前日にやっておくべきとのアドバイス。

その気象情報を見ながら、気になることがあった。
屋根の雪下ろしである。屋根の積雪もトタン屋根が見えるほどに少なくなっている。雪下ろしの心配はない。
ところが、屋根にも「死角」というか、吹き溜まりの場所があり、溶けた雪が凍って分厚い氷のまま屋根に残ってる箇所があるのが気になった。

今すぐ雪下ろししなければならない状態ではないのだが、はたして22日からの寒波がどの程度のものか?
どのくらいの降雪量になるのかが気にかかる。今度の寒波は、数日間続くようだ。
2014年には2月に40cmを超える降雪が2度もあったことを思えば、同程度の降雪はあってもしかたない。

今すぐに雪下ろしをしなければならない状態ではないのだが、台所から見える吹き溜まりの積雪量は、妻にとっては大きな気がかりのようだ。
早めに下ろしてしまえば、次にも楽である。
ならばと、21日は屋根の雪下ろしをやった。


 気象庁によると、22日は本州の南岸を低気圧が発達しながら東に進む見通し。このため、甲信地方、関東や東北では昼過ぎから雪が降り始め、夕方以降に雪は強まる。
(略)
 また、23日からは寒気が流れ込み、強い冬型の気圧配置が今月末まで続く見通し。各地で残った雪の影響で路面が凍結しやすくなるほか、北日本から西日本にかけての日本海側では断続的に雪が降り、降雪量はかなり多くなるという。
                   (22日 朝日新聞デジタル )


  1. 2018/01/22(月) 10:55:52|
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凍み大根 



散歩しながら、大根を吊るしてるのを、ほっこりこころで眺める。
凍み大根を拵えてるのを見るのは、冬の風物詩である。
「天童の家」でも、過去に幾度も凍み大根を作ってる。

以下は、凍み大根つくりの過去ブログを並べてみた。(全文は、URL で読める)

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凍み大根 
2月3日が節分で、4日は立春。カレンダーのそれとはいえ、「立春」には春の響きがあり、光にも春の色がほのみえる。迎える春が待ち遠しい。
だが、北国の春は、まだまだずーっと向こうだなぁ2月は、雪国にとっていちばん寒さの厳しい月である。
この冷気を利用する食材作りがある。はい、凍み大根つくりである。
kose99.blog32.fc2.com/blog-entry-4397.html

凍み大根
今年の寒入りは、1月5日だった。20日は大寒である。みちのく雪国の冬は、雪が積って寒い。
この寒さを利用して作るのが凍み大根である。先日、高瀬地区高沢で凍み大根の写真を撮ってきた。
それを見た妻が、「凍み大根作る」という。農作業がなにもない。毎朝ゆっくりできる。雪国の冬も、わるくない。
kose99.blog32.fc2.com/blog-entry-3308.html

十大ニュース補遺
「天童の家」十大ニュースを読んだ妻が、「もっとある!」と言ってメモを差し出す。
それを見ると、なるほど、そういうこともあったなぁと頷く。妻は、日記帳を丹念に読み返しメモしてくれたようだ。以下は、妻のそれに多少文字を加えたものである。 1月 徳内祭り、写真コンテスト入選
kose99.blog32.fc2.com/blog-entry-2728.html

凍み大根 2
23日のそれは、「凍み大根」だった。「みなさんのコメントが楽しみ」夫唱婦随ならぬ、「婦唱夫随」の協働作業の凍み大根作りに、妻が期待を込めて言う。
「凍み大根」に期待通りの嬉しいコメントが並び、妻は喜びを隠さない。そういう彼女の素直さ、無邪気さというか、大人になると失われやすい感情表現のあり方だが、妻は
kose99.blog32.fc2.com/blog-entry-2206.html


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  1. 2018/01/22(月) 05:10:25|
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堅雪の朝に

神ってる山

20日の朝、カーテンを開けると、また窓ガラスにいろいろな形の霜がついてた。
「今朝も冷えた! 風呂場のガラスが凍ってた」妻がいうのを聞いて、(冷えたのだなぁ)と思う。

「天童の家」の風呂は2012年2月、ユニットバスにした。風呂場が一つの独立した空間になってる。
入り口の扉と小さめのガラス窓が開閉する以外は目張りがしっかりなされ、保温が確保できる場だ。

それなのに、窓ガラスが凍ったというのだから、外はかなり厳しく冷えたのだ。-10度以下になったのか?
前日までは、3月の陽気などと言っていたが、やはり大寒に見合う寒さになった。
空は晴れ上がって、ふ~む そうかぁ 放射冷却による寒さ。

外へ出て周りを眺める。月山がきれいだ! 見えれば、眺める山だが、飽きることがない。
飽きるどころか、ますます惚れ込んでしまう山である。はい 神ってる山。おらえの山。
「おらえの山」とは、俺ん家の山であり、俺ら方の山。家族を超え、畏敬を覚えながら自慢できる山。

「月山 撮ってくる」朝食を済ませると、家を飛び出す。どこで撮ろうか? 
「芝桜 撮ったあそこ」からとの見当をつけて急ぐ。この冷え具合なら、きっと堅雪になってい、いいアングルが得られるはずだ。

その宛は的中し、積雪面は堅雪になって、抜からずにどこでも歩けた。道に限らず気の向くままに移動でき、
冬場だから得られるアングルが自由自在。

というわけで、冬場の堅雪を利用し、大好きな月山を撮った。

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  1. 2018/01/21(日) 05:19:04|
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堅  雪

かたゆき

雪の種類には、降雪時の雪の性状をあらわす淡雪・粉雪・ぼたん雪など、積雪状態のざらめ雪・堅雪・氷雪、そして降雪の時を称する初雪・根雪・なごり雪などと、多様な言葉がある。

それらの言葉の中で、「天童の家」では、堅雪を使うことが多い。堅雪が好きなのだ。(笑)
以下に「堅雪」の”さわり”部分だけを並べてみた。  (全文は、URLで読める)
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26日、立谷川の散歩道。
まだ積雪が多いけれど、厳しい寒さで堅雪になって、抜からない(沈まない)で雪面上を歩ける。
http://kose99.blog32.fc2.com/blog-entry-3902.html


3月になって、2日は一時的だが春の雪が吹雪くように舞った。
3日の朝は青空。(散歩しなきゃぁ)と立谷川沿いの散歩道に向かう。道は、まだ積雪でいっぱいだが、堅雪になっていて、歩いても抜からないで歩ける。
http://kose99.blog32.fc2.com/blog-entry-3912.html


2月になれば、積もった雪が固くなり、雪面を歩けるようになる。いわゆる「堅雪」、または「高雪」。
そうなれば、どこでも散歩道になる。積雪面がすべて歩ける。
雪は、散歩道を塞ぐこともあり、また逆にどこでも歩けるようにする特異な役者だ。
http://kose99.blog32.fc2.com/blog-entry-4386.html


良いカメラアングルを求めて道から畑にはいる。
雪面が、強い冷え込みで凍りつき、80Kgの体重でも靴が陥没しない。いわゆる堅雪(高雪)になって、どこでも歩ける。今年はじめての堅雪だ。
車に気をとられずに、勝手気ままに、雪面どこでも歩ける。とても嬉しい。
http://kose99.blog32.fc2.com/blog-entry-4406.html


16日の朝も、けっこう冷えた。
温かい日に融けた雪が凍って「堅雪」になって、積雪面を歩けた。
道でない所でも歩けるので、嬉しくなって、すこし足をのばした。
http://kose99.blog32.fc2.com/blog-entry-4418.html

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  1. 2018/01/21(日) 05:05:23|
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飛翔シラサギ

シラサギくん今年も

今年もはや20日。新年気分もぬけ、慣れた日常生活に戻った。

今シーズンの冬は、例年より早くやってきた。散歩道は降雪で早々と歩けなくなった。
ホワイトクリスマスとなり、根雪の年越しとなった。
九州や四国にも雪が降って、(今年の冬は雪が多いのか?)と思ったものである。
寒さも厳しく、-9度、-8度、-10度と低温の日が連続したのにも(イヤな冬だ)と思った。

しかし、その後、降雪も多くなく、また寒さも緩み、まるで3月ような気温が続き、積もった雪もかなり少なくなった。
それでも屋根や道路脇には雪が残っている。除雪した道はアスファルト舗装が見えてるが、そうでない農道などは歩けない(歩き難い)。

除雪された公道だけを歩いているが、やはり慣れ親しんでる散歩道を歩きたい気分が強い。
積もった雪が堅くなって、その雪面を歩けるようになれば道を選ばず、どこでも歩けるのだが、気温が高く堅雪にならない。
未練がましく、散歩道の入り口辺りでうろうろする。

と、とうとう川の中で餌を狙ってるシラサギを見る。
っふふ こうなったら、シラサギを追いかけるしかない。

というわけで、今年はじめてのシラサギ飛翔をゲットした。
本音をいえば、ハクチョウを撮りたいのだが、近辺ではその姿が見られない。
まぁ まぁ そう欲張ってもしかたない。シラサギくん今年もよろしくね。

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  1. 2018/01/20(土) 05:10:05|
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読み違い



写真が趣味で、たくさんの写真を見てきた。また自分でも撮っている。
「百聞は一見に如かず」との俚諺通りで、写真の情報量は大きい。言葉のような明確さにはやや乏しいけれど、画像は多くのことを語る。

とは言うものの、見る人によって画像が語りかけるそれに若干の違いが生じることもある。

スマホで撮れる画像が画期的といえるほど進化し、ラインやネットで楽しめる。
1億総カメラマン時代の様相を呈してい、誰でも・何処でも・何時でも写真が撮れ、見られる。
これまで、このように画像を手軽にゲットし、楽しめた時代はなかったはず。

嬉しい時代にいきている!と思う。
だが、やはり、これだけ多くの画像が見られると、読み違い等も生じてくることも多くなる。
慌てん坊で早とちりをしょっちゅうやっているソレガシが、またまた間違った見方をしてしまう。

5枚の組写真、上からの3枚を見て、小鳥たちの餌を争うバトルと浅読みしコメントする。
撮影者から、次のようなレスポンス。

     こんのさんへ
  すみません、必死にバトルしているわけではないんです。
  ほんの一瞬の入れ替えなんですよ。
  連写のなせる技です。
               2018/01/17(水)   aoikesii

一連の画像を最後までしっかり見れば、やはりバトルではないのが明らかだ。
それを先走って、先入観をもって見てしまった。完全な読み違い!

写真はウソをつかない。見る側の感性が画像の語るそれを読み違えることがある。
「百聞は一見に如かず」であるが、浅読み・読み違いが、ややもするとウソつき画像にしてしまうから怖い。
写真は、先入観なしに、画像の語る声を慎重に聴かなければならない。それを改めて自分に言い聞かせる。


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     ↑ このフォトは、上の文と無関係で~す (笑)


  1. 2018/01/19(金) 05:10:59|
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足跡に思う



雪が積もると、それまでの景色と違って、スッキリした風景に感じられる。
樹木が落葉し、背高い雑草も雪の下に隠れ、竹林や杉などの緑を除けば、ほぼモノクロームの世界。
よけいなものが姿を消し、白の広がりを黒で締めたロケーションのスッキリ感が気持ちいい。

青空が広がれば、青、白、黒の寒色が「冬景色」をますます強く感じさせる。
いっぱいに広がる雪景色の白なのだが、空の色を反映した雪面は、やや青味がかって見える。
そうした積雪面の中で、間違いなく純白なのを見る。 動物たちの足跡である。

足跡は、あくまでも白い。その雪面の足跡の多さに驚く。足跡を残した動物がなになのかは知らない。
だけど、その形の多様さにも吃驚する。この足跡の動物たちが、姿を現し、並んだとしたら、っふふ さぞかし賑やかだろう。
そんなことを想像する(できる)のも冬だから。足跡がさまざまな形でたくさんついてるからである。

四足の動物だから、当然四肢の跡がつく。
だが、鳥たちの場合、足跡を見ることは滅多にない。
その分、上で書いたようにスッキリした景色の中で、鳥たちの姿は目立つ。

冬には、鳥たちの種類が多くなるわけだはないだろう。むしろ、少なく感じられる。
それでも、冬の景色の中では、飛び、動く、鳥たちは目につきやすい。
戸外にいる時間が、もっと長ければ、もっと多くの鳥たちにであえるような気がする。

ん? ここまで書いて、へへ 自分はいったい何を書きたかったのか?と自問する。
ふ~む 何だったかなぁ 


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  1. 2018/01/18(木) 05:10:39|
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雪景色を撮る



雪国といえば、新潟県から日本海側を北へ北海道までがイメージされる。山形県も雪国である。
しかし、山形県内でも豪雪地帯とそうでない地域があり、山形市や天童市は、県内でも比較的少ない。
もっと言えば、山形市でも積雪の多い所とそうでない地域がある。それは天童でも同じである。

山形県道111号(天童~山寺)でみても、荻野戸四辻と山寺追分では、明確に追分の方が多いのが分かる。
「天童の家」辺りでの雪景色に、なんとなく不満というか、もっと雪国イメージらしさを求める時がある。
そういう時には、「蔦の木」や「切畑」(共に山形市高瀬地区)へ出かける。

蔦の木は、おふくろの実家で、切畑は兄嫁の実家。子どもの頃には、よく川遊び等をした所で懐かしい。
そこには高瀬川(村山高瀬川)があって、イワナやカジカ、サワガニなどが捕れた。
現在は、スーパー農道が南北にのびて便利になっているが、蔦の木・切畑は、山裾に沿った集落。
いかにも雪国らしい景色がのこってる地域である。

こんなふうに......


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  1. 2018/01/17(水) 05:10:10|
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雪  室

今年も雪室

去年、屋根から落下してできた雪の小山を掘って、所謂「雪室」にりんごを貯蔵してみた。
これが想像以上に新鮮さがのこって大成功だった。
「今年もまたやろうね」と楽しみにしてた。

小屋の軒下に、ようやく雪室を作れるほどの雪が貯まったので、早速 とりかかる。
屋根から落下した雪は、雪室造りに丁度よい程に締まって、スコップで苦労することもなく掘れる。
コンテナ5つを雪穴に並べ、シートを掛け、その上に雪を分厚く盛って、完成。

部屋に置いてあるのを食べ尽くしたら、室から取り出して食べることにする。
部屋保存だと、水分が蒸発し、みずみずしさがなくなり、パリッとした食感がなくなる。
雪室保存では、りんごは収穫した時の新鮮さが失われず、舌触りや香りのフレッシュ感が嬉しい。

これこそ雪国に暮らす者の利得! 雪は厄介ではあるけれど、こんな喜びも味わえる。
っふふ ランニングコストがかからず、美味いものが口にできる幸せ。ありがたいものだ。(笑)

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  1. 2018/01/16(火) 05:10:05|
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祈りとは



先日のブログ「希望という虹」に aoikesiiさんから下のようなコメントがあった。

  希望は願っていれば叶うもの、私はそう思っています。
  他人から見れば些細なことでも自分にとって希望と思えればいいのでは。
                             2018/01/10(水) aoikesii

「希望は願っていれば叶うもの」
aoikesii さんのそれに大きく頷きながら、(願い)について少し考えてみた。

願いには、他人にお願いする願望と、自分自身に望む期待がある。
他人に、こうして欲しいと助力を頼む。他人の協力を得て、自分が望むもの(こと)を実現する。


 浄土真宗でいう「他力」の「他」とは阿弥陀如来を指し、「力」とは如来の本願力(はたらき)をいう。
 「本願」とはあらゆる人々を仏に成らしめようとする願いのことであり、人間の欲望を満たすような願いのことではないとされる。(ウィキペディア)

他人の力を宛にするのではなく、あくまでも自分の努力によって望みを達する願い。
その場合でも、仏や神様の前で手を合わせる。ただ安易に神頼みするわけではない。
なのに何故に、仏前や神前で手を合わせる?

その答え?は、上の aoikesiiさんのコメントに対し書いたレスポンス。

   願 望
  aoikesiiさん

  神前で願い事をしますよね
  あれは、神の前で「自分にはこういう希望があるので、その願望が叶うように努力します」と報告する
  神頼みではなく、努力を誓い、実現に向かい決意を表明する
  ということで如何でしょう(笑)

  はい 希望はもちたいですね
                             2018/01/10(水)  こんの

っふふ なんとも舌足らずで勝手な、他愛のない戯言!と笑われるかもしれないが、それはしかたない。
本人としては、真面目にそう考えているのである。

よけいなことだが、「天童の家」の宗教は、浄土真宗大谷派で、寺の世話人をやらせていただいている。

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ふ~む なんだか抹香くさいブログになってしまったなぁ
気分を変えよう。

今年の冬は、例年とちがって、荒れてる。大量の雪が降り、寒さも厳しい。
九州や四国などでも降雪で交通が混乱してるようだ。

月山の麓にある肘折温泉では、積雪が2.72m(13日現在)。
天童ももう少し降り積もれば、屋根の雪下ろしをしなきゃ

12日の最低気温が-9 度だった。
13日も冷えて-8 度に下がった。

12日に引き続き、13日にもまた窓ガラスに霜がはった。
寒いのはイヤだが、こういうきれいな霜が見られるのは嬉しい。滅多に見られない現象なのでまた撮った。

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  1. 2018/01/15(月) 05:10:19|
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初  釜



茶の湯を習ったことはない。
それを承知しておられる「天童の家」隣の茶の湯教室の先生が、初釜に招いてくださる。
今日がその日で、妻と二人、いそいそとお邪魔させていただき、楽しいひとときを得た。

茶の湯の作法は、まったく知らないけれど、教室の先生は鷹揚におもてなししてくださるから嬉しい!
「おもてなし」とは、こういうことなのだなぁ と、ありがたく思う。
写真も「存分にどうぞ」と許していただいた。

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     ↑   正面が「茶の湯教室」で、右の建物が「天童の家」

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  1. 2018/01/14(日) 17:23:39|
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撮る時を選ぶ



先日のブログで、『写真は光を撮ること』と思っているので、撮影向きの光でない時はシャッターをきらない」と書いた。
わずかな光でも、あれば物が見えるが、その物や情景がどう見えるかは多様だ。カメラを向けるのは(きれいだなぁ)と思うときである。
汚かったり、きれい!と思う気持ちがわかない時は、まずほとんどカメラを向けることはない。

だから散歩に行っても、こころが動かない時は、いくら物が見えてもカメラを使うことはない。
稀に、いわゆる証拠写真みたいなのを撮ることはあるけれど、それはあくまでも存在証明画像でしかない。
見た人が感動を覚えることは、まずないはずだ。

そんなことを念頭に、雪降中、手当たりばったりだが、いつも見ている散歩道入り口の景色を撮ってみた。

その画像処理では、少しも手を加えていない。トリミングもやっていない。カメラファインダーで覗いたままの景色そのまんま。
そのレタッチなしの画像を眺め、(やはり、撮るには「時を選ぶ」ことが必須だなぁ)との思いを強くする。
時を選ぶ、というよりも感動する情景に出合うことが撮影の出発点だと......

今日の画像で敢えて言えば、最後の1枚だけは、(あぁ大雪の中を電車が!)と思いながらシャッターを切ったのだった。

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上に並べた画像を撮った時は、雪が降ってた。通常ならとてもカメラを向ける気にならない空模様。
そういう状況を画像で示すために、敢えて撮ったのだった。

そういうワケなのだが、どうも落ち着かない。
昨日は昼過ぎまで陽が射し、撮影日和だった。

そして同じ場所に立ち、景色を眺める。やはり光があるのできれいだった。カメラを向ける。
先日のと並べてみる。こうである。(笑)

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  1. 2018/01/14(日) 05:10:12|
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裏日本の天気



先日の『広域農道から』へ aoikesiiさんから次のようなコメントがあった。

   山形の冬は滅多に青空が見られないと思っていますが、今野さんの画像を見るとしょっちゅう青空が出てるんですね。
   我が家で行く時はいつも曇り空です(涙)
                       2018/01/11(木)   aoikesii

ふむむ 「天童の家」の画像を見れば、たしかに(なるほど)と思われるコメントである。
並んでる写真が、そう 青空だからである。

写真はウソをつくという人がいる。へへ 私の画像はウソつかない。青空の時に撮ったのである。
カメラを向けるた時にはたしかに青空だった。けれど、ずーっと青空が続いたのではない。
青空だったのは、1時間ちょっと位で、写真を撮って間もなく雲が出て青空でなくなった。

『写真は光を撮ること』と思っているので、撮影向きの光でない時はシャッターをきらない。
並べる画像は、へへ たいてい青空ということになる。
だから、ね 「しょっちゅう青空が出て」る印象が強くなるのはしかたない。当然の帰結である。

ただし、レタッチはやっている。それはウソをつくことではない。強調するのはウソとは云わない。


   冬の青空
  aoikesiiさん

  裏日本(笑)の冬は、やはり陰鬱な毎日です
  晴れた青空は、とても少なく、晴れれば大きなご馳走

  貴重な青空を待ちに待ち、チャンス到来!とカメラを向ける
  忍耐強い待ち、それあるのみ(笑)

  撮影は、空頼み 天気まかせ
  もう使える画像がありません(泣)

                       2018/01/11(木)  こんの

今日の見出しを「裏日本の天気」としたのにはわけがある。
今では、表日本・裏日本とは言わない。昔はそう言ってた。
所謂、差別用語なのだろうか、使わなくなった。それには異存ないのだが、気分的には、やはり裏日本だなぁと思う。

特に、冬場の北日本の日本海側はいつもジメジメした裏側である。
それは北日本太平洋側と比較すれば如実である。太平洋側はお日さまマークが並ぶが、日本海側は濃い日陰。
「山形の冬は滅多に青空が見られないと思って」いた aoikesiiさんのそれは至極当然な思考(感性)である。

今年の冬は、特に降雪の日が多い気がする。
日が照れば、散歩にも行く気になるのだが、なかなか陽が射さない。裏日本の恨めしさを強く感じてる。


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  1. 2018/01/13(土) 05:10:56|
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霜 その2



今朝の気温は、今シーズン最低の-9度。窓ガラスにまた霜が張りついた。

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  1. 2018/01/12(金) 15:00:02|
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 絵  馬



散歩したくなるような天気が続かない。しようがないので ネット・サーフィンを繰り返してる。
年始ということもあって、初詣などの写真や文を読んでいる。
ネット世界は、話題が豊富で退屈しない。

絵馬の本来の絵姿は、馬である。
だが、今年の干支が戌年ということもあってか、犬の絵姿が多く目につく。絵馬でなく、絵戌。
でも、いつ頃からか、馬の絵に代わって干支の動物が見られるようになった。それで今年は戌。

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以下は、
https://takope.net/category/salarymanからの転載(抄)である。何故そうしたかは後述する。

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馬の絵の板に願い事を書いて神様に奉納すればその願いが叶うと伝えられるようになり、現在の絵馬の風習に繋がったと考えられています。

さらに、この後の話で重要になってくることなのですが絵馬のお願い事というのは基本的に他力本願の願いであるとされています。

つまり、人に見られて初めて願い事の効力が発揮されるというものです。

勘違いしておられる方も多いようですが、絵馬は人に見られることを前提に書かなければなりません。
人に見られてなんぼなのが絵馬なのです。

ということで、その前提を踏まえて以下絵馬の正しい奉納方法を解説していきます。

(余談ですが、人に見られてこそ効力を発揮するのが絵馬だとすれば、自分の書いた絵馬の写真を撮ってSNSで拡散するという行為は神事的にも認められる行為なのでしょうね)

個人情報の観点とかなんやらで名前だけ書いて住所を書かない方も多いようですが、本来絵馬は他人に見てもらって初めて効力が発生するものです。

他人にどこの誰々というのを知ってもらわなければ意味がないのです。
ですので、必ず名前と住所を記載するようにしましょう。

最近は名前と住所を隠すためのシールなんかが売られているみたいですが、あんなの貼ったら効力何も発生しませんからね!

住所と名前を知られるのが嫌なら絵馬を書かないほうがいいと思われます。

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先年のこと、仙台の定義如来西方寺に行った時、絵馬の願い事を撮ってブログにアップしたことがある。
それらの絵馬には、願いごとの下に住所と名前がはっきり読めるものもあったが、目隠しせずに並べた。

そうしたら、その写真はプライバシー保護で問題だ!というコメントがあった。
(あぁ ここにもプライバシー狩りがいる)とうんざりしてしまった。
コメンター(コメンテーター)の過激なそれには閉口する。

「とりつく島もない」と書いたら、「とりつく暇もない」だろうと書いたコメントとは一線を画するもの。
人物画像には、必ず目隠ししなければならないと決めつけるプライバシー狩り者は知的仮面をつけて書く。
ことの本質を知らない人は、プライバシー狩りのコメントにおそれをいだき萎縮し、いい画像も抑止する。

とまぁ 絵馬にことづけて、いつか書きたいと思っていた気持ちを書いた。
もう一つ書きたい。

祈りは、どこの国の人々でもこころの内でする。何を、どう祈ったかは、祈った本人にしかわからない。
ところが、絵馬をみれば、祈りの内容がよくわかる。祈りを文章で表現するのは、この絵馬と七夕の願い。
こういう祈り(表現)は、他所の国の人々には、ある意味とても素晴らしいことと思われるようだ。


  1. 2018/01/12(金) 05:06:16|
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広域農道から



冬になって、困るのはたくさんある。雪掻きしないと車が出せない。運転がしにくい。
周りに積雪があっても、除雪がちゃんとなっていれば自動車で苦労することは少ない。
しかし、幹線道優先の除雪だから、そうでない道には圧雪が残ってハンドルがとられたりする。
でも、広い公道で困ることは多くない。暮らしに支障をきたすようなことは滅多になくなった。

だが、幅狭い農道(作場道)やサイクリング道が除雪されることはない。積雪期は歩けない。
散歩道は閉鎖状態になる。それが困る、というか、切ない。散歩は、除雪された公道になる。
除雪された雪は、道端に残ってるから、道幅はそのぶん狭くなる。車の通行に神経をつかう。

というようなことで、冬の散歩コースは限られてしまう。天気のわるい日は、散歩もお休み。
スーパー農道は、交通量がそう多くないのが救いである。

今日の画像は、8日、スーパー農道(広域農道)で撮った葉山・月山・朝日連峰である。
眺める風景も限られるので、似たような画像が並ぶ。しかたないなぁと自分を慰めてる。

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     ↑   葉  山

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     ↑   月  山      ↓  以下、朝日連峰

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  1. 2018/01/11(木) 05:10:13|
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希望という虹



先日、思うままに次のようなことを書いた。

  青年は、あまり過去をふりむかない。将来を想う。
  老人は、過去を懐かしむ。未来はないにひとしいのだからしかたない。
  それでも、現在を楽しむ気持ちはある。というより、大きいと言うべきか。

それが当たっているかどうかはわからないけれど、私にはそう思える。
希望というか、今年はそうあって欲しいとの期待がある。
ここまで書き、唐突だがパンドラの箱を思い出す。

パンドラの箱は、ギリシャ神話。ゼウスから開けてはならないと言われた箱をパンドラは開けてしまう。
すると、たちまち世界に疫病、悲嘆、欠乏、犯罪などなどが飛び出し、人々は裏切りや飢餓などに苦しむことになった。
ただ一つ「希望」だけが箱の底に残ってた。それは神の思召しだったかもしれない。希望という救い!

さまざまな災悪に苦しみ、もがき、疲れ果て、絶望する。
だが、それでも希望という虹をみる。その虹に期待する。

先年、「希望の党」というのができた。はじめ、みんな待望の党と拍手で迎えた。
だが、それは...... ふ~む、横道にそれてしまった。戻そう。

希望や期待がある(持てる)のは、わるいことではない。それは暮らしへのはずみ車になる。
美味しいものを食べたいなど、あまりにも卑近で恥ずかしい気もするが、わるいことじゃない。
冬の澄み渡った青空を、群れをなして飛ぶハクチョウたちを眺めたい!

そんな一見些細なことでも、老いた、先行き短い老人には、小さくない欲望(期待)である。
小さな望みでも、それが叶うことを期待しながら、元気にいきたいと思っている。

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  1. 2018/01/10(水) 05:10:02|
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あれから七年




   福島へもどれぬひとと雁供養      相馬市・根岸浩一

掲句は、本年の「第34回 朝日俳壇賞」金子選 の受賞作である。

   この空き地に我が家ありしと指し示す田老の町の震災ガイドは    藤岡市・新井登志雄


   それぞれの屋根に雪ふる それぞれの人の定めに雪ふりつむ     福島市・美原凍子

   雪を愛で雪を嘆いて雪けなす 雪ではじまる雪国となる       富山市・徳永光城

上は、2018年1月8日づけ朝日俳壇・歌壇から

美原さん・徳永さんの2首は、3.11関連歌ではないが、心に響く歌で、新春でもあり、並べることにした。
今年も、毎週月曜の俳壇・歌壇に注目していきたいと思う。

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   7年ぶりに地元で成人式  福島 浪江町
                             1月7日 NHKニュース

東京電力福島第一原発の事故の影響で、避難先で開かれてきた福島県浪江町の成人式が、7年ぶりに地元で開かれ、114人の新成人が再会を喜び合いました。

福島県浪江町の成人式は、原発事故の後、二本松市で開かれてきましたが、去年の春に避難指示が町の中心部などで解除されたため、ことし7年ぶりに地元で開かれました。

式には、町の新成人のうち60%余りに当たる114人が出席しました。
式では、代表の山本幸輝さんが「ふるさとは、大きく変わってしまいましたが、この場にいる友人たちとは、ともに過ごしていなくても以前に増して強い絆を感じます。人とのつながりを大切にできる新成人を目指したい」とひと言ひと言、丁寧に誓いの言葉を読み上げました。


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  1. 2018/01/09(火) 05:10:12|
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妻依存症



今日は妻の誕生日。昭和20年1月8日生まれ。73になる。
終戦(1945年)の年に産声をあげた。そうかぁ 敗戦から立ち上がる再生日本と共に生きてきたのだなぁ
昭和42年に結婚。息子と娘を育てる。そうそう ついこの間、金婚式を迎えたのだった。

思えば、数々の、いや数え切れないいろいろな思い出がある。
結婚前のことは、当然あまりしらないけれど、結婚してからは、はい 二人で歩んできた。
いちいち書いていたらきりがない。他人のできごとなど、そう面白くもないだろうから省く。

しかし、それでも二・三のことは、記念日の今日だから、書いておきたい。
はじめに、今朝、目覚めるとすぐに、「誕生日おめでとう」を言う。
50年も一緒に暮らしてきて、今更「おめでとう」もないかとの気持ちもあるけれど、言いたいことはしっかりと言うことでやってきた。

「ありがとう」の言葉が返ってきたが、へへ 「ありがとう」を言いたいのは私の方である。

最近、難聴がますます酷くなって、面と向かっての会話も難儀する。
電話も、かかってきた半数はよく聞きとれなくて、妻に代わってもらう。
そういう状態だから、人に会うのも億劫で、寄合いやお寺の世話人会などへは妻にお願いしている。
これまで楽しんでやってきた親しい仲間との忘年会も、今年はしなかった。

他人と合わなければならない場(受診の場・役所へ等)には、できるだけ妻に同伴をせがむ。
日常の暮らしぶりをみれば、もう完全に妻依存なのだ。妻さまさま。妻がいなければ不安でしかたない。
まるで幼い子どものように、妻が傍らにいないと、探し回る。(苦笑)

そうやって迎えた今日の誕生日。
妻に「おめでとう」と言うのは至極素直な気持ち。
妻からの「ありがとう」は、むしろこちらで言いたい言葉。

なんとも恥ずかしいのだが、包み隠さずにありのままの姿を書いた。
「誕生日おめでとう。ずーっと仲良くしてくれて、ありがとう」


  1. 2018/01/08(月) 06:22:18|
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写真の訴え



5日の天声人語は、次のようにはじまる。

  裸足の少年が火葬場で順番を待つ。10歳くらいか。背負うのは亡くなったばかりの幼い弟。
  少年は前をにらみ、言葉を発しない。終戦の年に長崎で撮影された写真「焼き場に立つ少年」である。

  その1枚にローマ法王が「戦争の結果」という言葉を添え、昨年暮れに配布した。
  「少年の悲しみは、かみしめて血のにじんだ唇に表れている」との説明も付された。
  核廃絶にかける法王の熱意を伝える。

その写真を撮影したのは、原爆投下の直後、海兵隊員としてカメラを手に広島や長崎を巡ったジョー・オダネルさんだという。
彼は、長い間封印していた被爆地の写真を展示し、写真集も刊行。
米社会は、かって被爆写真に冷淡な態度をとったが、最近の政権交代で空気が変わった、という。

「焼き場に立つ少年」の写真は、核兵器の無残さを深々と訴えるからこそ、法王も言葉を添え配布したのだ。
写真には、言葉以上に語りかけるものがあある。そのようなのを撮ることは滅多にないが、できればそういうのを撮れたらカメラマン冥利につきる。
そんな身の丈に余る埒もないことを思ったのだった。(苦笑)

天声人語は、締めくくりに次のように書く。

  涙をこらえ、唇に血までにじませた少年の写真を、両首脳の執務室の壁に掲げる手立てはないか。

両首脳とは、いわずとしれたトランプ米大統領と金正恩北朝鮮最高指導者のことである。
核兵器ボタンを押す愚かな決断をしはしないかとの懸念が広がるのを肌で感じるという。

写真が訴えることは、ますます大きく感じられる。

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上の文を書いた翌日、次のようなニュースを読んだ。
天声人語が、「米社会は(略)最近の政権交代で空気が変わった」とのそれを裏付ける記事。


   大統領の交代

  大統領の精神状態悪化?  米で懸念の声高まる (5日・ 日テレNEWS24 )

 トランプ大統領の精神状態の悪化を懸念する声がアメリカで広がっている。
 有力ニュースサイトは、大統領の「交代」手続きの議論が再燃したと報じている。

 トランプ大統領が「核のボタンを持っている」と北朝鮮を挑発したことを受けて、大統領の精神状態の悪化を懸念する声が広がっている。
 ホワイトハウスの報道官は、4日もこれを一蹴した。

 サンダース報道官「恥ずべきことで、バカバカしい。もし大統領が適していないのなら、彼はホワイトハウスにいないだろう」

 しかし、有力ニュースサイト「ポリティコ」は3日、大統領の「交代手続き」を定めた憲法の議論が再燃していると報じている。

 この条項は、心身状態により大統領が職を全うできないと副大統領と閣僚の過半数が判断した場合、副大統領が大統領職を代行すると定めたもので、これまで発動されたことはないという。



  1. 2018/01/08(月) 05:10:40|
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溶けて凍る



繰り返し書いてるが、今年の冬は寒く、降雪も多い。
2011年のクリスマス寒波もたいへんだったが、今年の冬も雪降りが続き、寒さも厳しい。
5日の最低気温は-6度だった。極寒期の2月なら珍しくないが、1月の-6度は堪える。

外気が冷たくなったので、これまで降っては消え、降っては消えてた雪が、消えきらず、その上にまた降る雪は日毎に嵩を増し、これ以上積もれば屋根の雪下ろしをしなければ...... 

書斎前廊下の窓ガラスに、いろいろな模様がついてる。冷えたガラスの表面に、空気中の水蒸気が凍り、氷の結晶として見られるのが霜。さまざまな模様になって造形の美も感じられる。

軒の氷柱。家屋等の暖気で雪が溶け、水になって流れ下りながら、今度は外気に冷やされ凍り、氷柱になる。
一方で溶けながら、他方では凍ってく。矛盾する現象が同時に進行してるように思われる。
ふ~む、しかし、溶ける場所と凍る場所が、距離的・時間的に離れてるから氷柱ができる。

霜と氷柱は、その成立ちが違うのだが、いずれにしても、どちらも寒い日にできるのは同じである。

画像は、窓ガラスについた霜。

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80105-92.jpg




  1. 2018/01/07(日) 07:32:13|
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