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春を待って



気象情報では、毎日雪だるまマークがでるけれど、「天童の家」あたりでは降雪はない。そう言えばウソになるので、もうちょっと書けば、雪が降るというより、はらりはらりと舞い落ちてくる。舞ってる状態の雪。

春の牡丹雪と言えば、咲いた紅梅とのコラボレーションが絵になるけれど、梅はまだ蕾が固いし、雪も積もるような降り方ではない。

これまで降り積った雪は、日毎に嵩を減らし、陽光は、もう春のそれである。

昨日、一昨日の散歩で、これまであまり気にとまらなかった情景に、(ふ~むむ)とカメラを向ける。
積雪の嵩が減じたことで、それらの存在が、より際立って目につくようになったのだ。

白一色の積雪面をバックにし、それらの存在が浮かび上がってきたのだ。これまで雪に隠されてたのが、ここにきてより明瞭に現れたのである。

へへ それらとは、果樹の苗木で、こんなふうにである。

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  1. 2017/02/28(火) 05:11:19|
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ありふれた緑



2月が明日で終わる。
......で、昨年や一昨年の今頃はどんなことをしていたのか?と思いかえすが、少しも思い浮かばない。
しかたないからブログを眺めると、ふ~むむ けっこういろいろな画像が並んでるし、それなりの行動もしてるのがわかる。

それにひきかえ、今年の日々はなんともくすんで感じられる。どうしてそうなのだろうと考えてみたが、分からない。
ブログから感じられる こころの動きが、今年は少ない。溌溂さが乏しい。それがどうしてなのか?
それなのに、「拍手」の数が比較的多いのはなぜ?なのかなぁ

自分のブログに対し、最近やや自信?を失くしてる気がしてならない。
ブログの原点である「共感」を、自信をもってエントリーできないのである。
画像は月並み以下だし、文も冗漫で、なにを伝えたいのか曖昧模糊としている。

25日の散歩数は、5669歩だった。まぁ一応のノルマを達した。(笑)
だが、カメラのシャッターは一度もきらなかった。撮りたいと思う被写体に出会わなかった。

26日の散歩数は、4244歩。日曜のルチンワークである買い物を済まし、昼食までの余暇時間の散歩だったから歩数がでなかったのはしかたない。
切ったシャッターは8回。正直言えば、微かにこころにふれた被写体だった。誰もが、(きれい)とか、(へぇ~!)などと驚くような情景ではない。

冬の間、積雪に隠れていた雑草の緑が、雪融けで見えてきた。ただそれだけのありふれた情景。
でも、雪国に暮らす者には、こんな緑にもこころが弾む。っふふ カメラを向けたくなるのである。

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  1. 2017/02/27(月) 05:03:30|
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見納め雪景


2月は、残すところ3日になってしまった。毎年のことだが、2月は、他の月より早くすぎると思う。
っふふ 29・30・(31)日がないのだから当然のことである。うう 当り前のことを書く虚しさ(苦笑)
あと3日暮せば、3月。2月と3月では月へのイメージがまったく違う!

2月は、冬の中でも最も寒冷厳しいイメージがある。
3月は、春が来る予感で、こころが軽やかになる。
実際には、行きつ戻りつしながら移り変わる季節なのだが、気持ち的には、違いが大きい。

冬の季節は、雪とともにやってくる。雪が冬を連れてくる。

春は、雪解けと連れだって来る。まだ残雪のある中でマンサクが開花する。春がきたことを実感する。
雪が消えた端からユキワリソウやオウレンが咲く。日陰に残雪があっても、春到来を肌で覚える。
スプリング・エフェメラルたちの世界が春を謳う。そのことを思うだけで、3月は待ち遠しい月だ。

3月が目前になって、このような風景がなんだか懐かしくなってカメラを向けた。

似たような景色をたくさん撮ったと思う。それでも例年に比べれば、まだ撮り残した気分がある。
今年の冬は、例年とはちょっと違ってた。降雪が多かった印象が強い。
しかし、実際はそうでなかった。屋根の雪下ろしは、一度もやらずに済んだ。

これからも雪の日はあるだろう。しかし、このような雪景色を撮ることはないはずだ。
いわば、今年の冬の見納めの風景......

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  1. 2017/02/26(日) 05:05:26|
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眠たい画像



食後に毎日りんごを食べてる。りんごが好きで、身体にもいいし、さっぱりした歯ざわりが幸せ感をよぶ。
秋に入手したりんごが、まだたくさんあるので、っふふ 嬉しい。食べる物があるのは心安らぐことだ。
暖かな食堂で、美味しく食べ、外の雪景色を窓越しに眺めながら、感じる幸せはなにものにも代えがたい。

「りんごの皮でも、鳥にはごちそうになるのね。きれいに食べ尽してく」妻が、気まぐれというか、思いつきで捨てておいたりんごの皮を、小鳥たちが食べるのを見て、嬉しそうに言う。
「野には、もう食べる物がなにもないのだなぁ。小鳥には皮だってうまい餌だろう」

窓外の景色は、まだ雪がどっさりで、春はまだ遠い。野生動物には、まだしばらく厳しい季節が続く。
保存していれば別だが、保存手段をもたない動物たちには、餌の確保は、生命保持と直接結びつくことだ。
皮として捨てたものだって、小鳥たちには立派な餌となる。鳥は、警戒心に打ち勝って軒下までやってくる。

被写体に乏しくなったカメラマンは、この小鳥たちを撮ろうとカメラを向ける。
人の動きを察知した鳥は、すぐに逃げてしまう。鳥に警戒心をもたせないで餌を啄ませる。
台所の内側から、できるだけ姿を隠しながら、窓ガラス越しにカメラを向けなければならない。

ということで、この撮影には、どうしても二つのハードルができる。
一つは、ガラス越しの撮影だ。素通しガラスといえども、撮影には障害物となる。できればストレートでカメラを向けたいのだが、窓を開ければ寒いし、開けることで気づかれ逃げられてしまう。

もう一つは、暖かな室内の空気で、レンズが曇ってしまう。レンズの曇りは、ぼやけた画像になる。
ガラス越しとレンズの曇りは、どちらも撮影には避けたい、というよりも禁忌だ。
それを承知の上で撮影する。結果は、へへ 識れたことである。眠たい画像になる。しかし、背に腹は代えられない。(苦笑)

というわけで、ツグミやヒヨドリの画像は、コントラストのない眠い画像になった。
眠い画像になったのは、もう一つ、光量が少なかったということもある。
曇り空だったり、黄昏近い時刻だったりと、撮影に適した光でなかった。
はい、撮影にはいろいろな条件がなければまともな画像は得られないということである。

ふ~むむ なんともまぁ眠い画像への弁解に満ち満ちた文になってしまったなぁ
(ごめんなさい)である。

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  1. 2017/02/25(土) 05:20:42|
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極楽はある

極楽はあるか?

以下は、天台宗僧侶 阿 純孝氏の文章からの抜粋である。

「極楽世界はあるのかないのか」これは大変重いテーマである。
考えるヒントとして、ファラデーの意見を参考にしてみよう。

ある時、科学者ファラデーは学生たちを前にして、こう語った。

「ここにビーカーがある。この中に少量の透明な液体が入っている。これは、ある母親が流した涙だ。
『この液体を化学分析せよ』と言ったら、諸君は科学者だから正確に解明できる。
それは科学的に真実であろう。
だがしかし、その方法によって、涙の本質が理解できたと言えるだろうか」

と、彼は科学的見方の限界を言っているのだ。
私たちは、科学が万能だと思いがちだが、母親が流した涙の心は、客観的に見る科学では理解できない。
その母親に寄り添う同情心。心は心でしか理解し合えない。

これと同じく、極楽世界の存在の有無も物理科学的方法では解明できない。
宇宙に存在する星たちのように極楽世界はあるのではない。
客観的に把握できる物質とちがい、信ずることによって生じる世界なのだ。
(略)

パスカルは「パンセ」の中で、
「死後の世界があるのかないのか、科学的に証明することができないので、答えを控える。
ただし、死後の世界があると思ったら今幸せか、ないと思った方が今幸せか、それなら言える。
私は、ある方がよいと思うから、死後の世界がある方に賭ける。」

と述べている。事実を確かめようがないから賭けるのだ。
私もパスカルのまねをして、ある方に賭けたい。ないと思ったらむなしいではないか。
「信ずれば花開く」と言う。その花が見たいのである。

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↓ 画像説明
  昨日と同じである。ただし鳥が、昨日はツグミで、今日がヒヨドリ。
ヒヨドリは、独占欲が強く、他の鳥(それが同じヒヨドリでも)が餌に近づくことを許さず、追い払ってしまう。
仲良く食べればいいのにと思うが、そうはさせない。憎らしく思ったりするから へへ 可笑しい。

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  1. 2017/02/24(金) 05:07:47|
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<回顧 3.11証言> SOS

<回顧3.11証言>SOSメール 世界巡る

 地震と津波の発生から一夜明けた3月12日午前9時半、ヘリコプターが気仙沼市潮見町の気仙沼中央公民館上空に現れた。
 胴体に「東京消防庁」の文字。建物周囲の水位は1階まで下がったが、着陸できる場所はなく、避難者をつり上げての救助が始まった。

 東京消防庁のヘリが真っ先に駆け付けたのには理由があった。
 公民館には、同じ区画にあった市の心身障害児施設「マザーズホーム」の職員4人も避難。内海直子園長(58)は11日夕、3階部分の屋上から、携帯電話で家族にメールを送信した。

 「公民館の屋根にいる」「火の海 ダメかも 頑張る」
 メールは転送され、ロンドンに住む長男のアクセサリーデザイナー直仁さん(31)にも伝わった。直仁さんはすぐに短文投稿サイト「ツイッター」に救助を求めるメッセージを書き込んだ。
 直仁さんの投稿は、多くのツイッター利用者が引用して再投稿することで「拡散」。ついには猪瀬直樹東京都副知事の目に留まり、ヘリの派遣につながった。

 内海園長は「降りてきた救助隊員にいきなり『園長はいますか』と尋ねられ、びっくりした。電話がつながらず、救助を求められない中、まさに奇跡だった」と話す。
 途中から自衛隊のヘリが応援に加わったが、この日の救助活動は重病人と高齢者、一部の子ども計約50人を収容して終了。残った約400人は2度目の夜を迎えた。

 誰もが疲労していた。脱水症状で吐いたり、熱を出したりした子どもも多く、ヘリが投下したペットボトルの水を飲ませた。

 「水が引いている」。13日朝、公民館に隣接するグラウンドにヘリが着陸可能になった。降下地点まで木の板で道を作り、その上を歩いて順番に乗り込んだ。
 東京消防庁の最後のヘリが飛び立ったのは午後1時。地上から歩いて脱出した人も含め、446人全員が無事に生還を果たした。

 「子どもを火で死なせるのはかわいそうで、いっそ自分の手で楽にしてあげようとまで考えた」
 5月21日に行われた一景島保育所の退所式で、ある母親が担任に対し、公民館での心境をこう打ち明けたという。
 当時、所長だった林小春さん(59)は「津波からは何とか生き延びたが、火と煙で誰もが本当に追い込まれていた」と振り返り、こう付け加える。
 「とにかく子どもを守ろうと必死だった。でももう一晩、公民館にいたらどうなっていたか分からなかった」
=2011年6月20日河北新報

河北新報ニュース 2017年02月20日(月)


↓ 画像の説明
書斎前の軒下には雪がない。そこへ妻が、りんごの皮と熟柿を置く。 はい 小鳥たちの餌にである。
ツグミやヒヨドリたちが早速見つけてやってきた。

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  1. 2017/02/23(木) 05:20:07|
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<回顧 3.11証言>

<回顧3.11証言>迫る猛火 水・食料枯渇

 東日本大震災の津波襲来時、宮城県気仙沼市潮見町の気仙沼中央公民館には近くの保育所に通う0~6歳児の71人を含む約450人が避難した。
一部3階建ての公民館は一時、2階天井付近まで水没し、完全に孤立。そこに猛火が迫った。避難者は極限の状況下で2晩を過ごし、3日目にようやく全員が脱出した。(東野滋)

<緊迫>
 3月11日午後2時46分。気仙沼市一景島保育所は昼寝の時間だった。当時の林小春所長(59)ら保育士は子どもたちに覆いかぶさり、揺れが収まるのを待った。
 外に飛び出し、0~2歳児を「避難車」と呼ばれる大型の乳母車に乗せる。3歳児以上は歩かせ、約100メートル離れた気仙沼中央公民館に向かった。

 保育所は月1回、避難訓練を行い、強い地震後は公民館を目指すことを徹底していた。「緊迫した雰囲気を感じ取ったのか、子どもたちもおとなしく行動した」と林所長。2日前の3月9日の地震で自主避難したばかりだったことも、順調な避難につながった。
 公民館に着いたのは午後3時前。一番乗りだった。近所の住民や水産加工工場の従業員が続々と集まり始めた。
 騒然とする中、保護者も大勢駆け付けた。子どもを車に乗せて連れ帰ろうとするのを、保育士らは必死に引き留めた。周辺の道路では、海辺から離れようとする車の渋滞が発生していた。

<土煙>
 「大津波警報が出ている。ここの高さでは危ないかもしれない」。2階の和室で誰かが大声を上げた。午後3時半ごろ、子どもらが慌てて3階に移った直後に第1波がやって来た。
 白い波は気仙沼湾に面した工場や倉庫の高い屋根を乗り越え、土煙を上げながらごう音とともに迫った。「きゃー」。子どもたちの悲鳴が響く。公民館は衝撃で激しく揺れた。津波は2階の天井付近まで到達した。

 ラジオは今後の波の方が高い可能性を伝えている。すぐに3階部分の屋上への避難が決まった。
 屋上への避難ばしごは、1段目の高さが大人の男性の背丈ぐらいある。子どもは上れない。若い男性5、6人がおんぶひもを使い、交代で担ぎ上げた。
 地震後に勤務先から公民館に避難した会社員沢井克行さん(27)もその1人だ。「怖くて泣いている子が多かった。体力に余裕のある人が手伝った」と振り返る。
 「ボン、ボン」。屋上に上がると、気仙沼湾に流れ出た重油に火がつくのが見えた。炎は海面のがれきに燃え移り、あっという間に公民館を取り囲んだ。

<不安>
 「このまま焼け死ぬのか」。辺りに充満した煙を避けるため、避難住民らは再び3階に戻り、すすで真っ黒になりながら衣類を鼻と口に当てて耐えた。避難者で作った名簿によると、公民館に身を寄せたのは446人。備蓄の乾パンや水が子どもと高齢者に優先で配られたが、とても足りない。水は口を湿らせる程度だった。

 夜になると、厳しい冷え込みが襲った。毛布も少ない。限られた枚数を床に敷き、数人ずつでうずくまった。隣り合った人の体が密着するほど狭く、一晩中立ちっぱなしの人もいた。
 外の火災は続き、公民館は余震のたびに大きく揺れる。沢井さんは不安を募らせた。「水も食料もなく、子どもが多い。救助まで時間が掛かれば大変なことになる」。誰もが眠れないまま夜が更けていった。
=2011年6月20日河北新報
          ◆         ◆         ◆
 2011年3月11日の東日本大震災発生以来、河北新報社は、被災地東北の新聞社として多くの記事を伝えてきた。
 とりわけ震災が起きた年は、記者は混乱が続く中で情報をかき集め、災害の実相を明らかにするとともに、被害や避難対応などの検証を重ねた。
 中には、全容把握が難しかったり、対応の是非を考えあぐねたりしたテーマにもぶつかった。
 6年の節目に際し、被災者の「証言」を集めた一連の記事をあえて当時のままの形でまとめた。記事を読み返し、あの日に思いを致すことは、復興の歩みを促し、いまとこれからを生きる大きな助けとなるだろう。

河北新報ニュース 2017年02月20日(月)


↓ 画像は、昨日の吹雪を撮った。
21日は、雨降りだったが、雨はいつの間にか雪に変わって吹雪く。
もう雪掻きするほど積もらないだろうと思っていたが、ちがった。

22日午後3時頃に、スノーダンプで妻と二人で雪掻きする。
2月中は、雪が積もってもなんの不思議もない。
春分の日(3月20日)にさえ大雪に見舞われたことが珍しくない。

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  1. 2017/02/22(水) 05:20:43|
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3.11から六年

六年目

   福島に終点あらず寒ざらし      福島県伊達市・佐藤 茂

   原発の見ゆる浜辺の寒さかな        川崎市・池田 功

   イシガレイやっと解禁六年目のいわきの海に春の匂いす      福島市・美原凍子

   六年目原乳出荷許されし牛飼いの目の奥にある奥         福島市・美原凍子

   天気予報の後に線量測定値流れています六年目の今も       福島市・美原凍子

俳句・短歌は、朝日俳壇・歌壇(20日づけ)より
俳句(2作)は、金子選者の選である。
短歌(3作)は、上から馬場選者・佐佐木選者・高野選者の選である。また「原乳出荷」は永田選者との共選作となってる。

短歌の作者である美原さんは、北海道夕張におられる頃からのフアンで、年間賞を受賞している実力者である。
今回も、「イシガレイ」が首席、「原乳出荷」と「線量測定値」が次席になっており、思わず拍手をした。

福島第一原発では、廃炉にむけて取組んでいるのだけれど、作業は遅々として進捗せず、原子炉内部をロボットカメラで撮影する試みすら立往生の状態である。

以下は、19日にアップした作品だが、ここでもう一度みてみる。

   三十万年フクシマを見よ冬銀河      熊本市・坂崎善門

   二万年前のラスコー壁画見て核の処分の十万年想う        三鷹市・大谷トミ子

東日本大震災は、2011年3月11日に起った。
あれから間もなく6年になる。忘れようとしても忘れられない人々がたくさんいる。

他方で、オリンピックだ、トランプだ、暗殺だ!と次々に放映されるニュースに、3.11は埋没ないしは風化してしまってることも否めない。

3.11は、簡単に忘れてはいけないことである。
なぜそうなのか?を含めて、3.11を教訓とする必要がある。

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追 加

美原凍子さんのこと

以下は、本田雅和さんのHP↓からの転載である。
http://www.asahi.com/area/fukushima/articles/MTW20120413070130001.html


  2度目の故郷喪失

   戻れない道のかなたに一本の白樺(しらかば)の木と風の棲(す)む家 

この短歌は、朝日歌壇の常連で2011年歌壇賞受賞者の美原凍子さんが震災の1年前に詠んだものだ。

 福島県出身の美原さんは30代で愛する人と暮らすために北海道・夕張に渡り、炭鉱長屋に入った。お連れ合いが他界し、30年以上暮らした夕張は財政破綻(はたん)の街に。雪下ろしもままならない独り暮らしでは、と4年前に「第二の故郷」である夕張を去った。

 当時の夕張支局長で美原作品のファンの私が、朝日歌壇に再び彼女の名前を見つけるのに時間はかからなかった。今度は「福島市・美原凍子」の名で、山里の四季を情感込めてうたいあげていた。「風の棲む家」は、空き家となった夕張の古い炭住のことだ。

 そんな彼女を3・11が襲う。2度目の故郷喪失…。

   六万の人ら去りたる福島の山河さみしき春の陽炎(かげろう)


 この慟哭(どうこく)をきちんと受け止めたい。北海道から赴任しました。気づけば彼女を追うように。(本田雅和)



  1. 2017/02/21(火) 05:20:18|
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妖精の魅惑



18日は、散歩日和だった。冬季は、陽が射し、風がなければ散歩日和だ。(笑)
道路は、乾いてる。路肩の雪もだいぶ少なくなってる。雪塊で道幅が狭いが、気にしない。
16日は1117歩、17日は4649歩しか歩かなかったので、(今日はもう少し歩かなきゃぁ)と思う。

曇ってると、くすんで見える雪原だが、陽が射せば、青空と一体になって雪景色が冴える。やはり冬晴れは嬉しい。
果樹農家の人たちは、そろそろ果樹の剪定作業をやりはじめてる。それを横目で見ながら歩く。「天童の家」でも梅やさくらんぼの選定をしなきゃならないが、やりだしたら2~3日で済むから慌てない。
今は、とにかく歩くことに専念すればいい。

16日・17日は、スーパー農道を歩いたので、18日は南へ向かう。立谷川に架かる赤石橋を渡って、大森トンネルをくぐり抜ける。
明確な目的があって行ったわけではない。16日・17日には北へ行ったから、南に向かっただけである。(笑)
途中で、友が運営してる霊園に立ち寄ったりしながら、歩く。

寒くなく、陽射しが時折翳りながらも青空が気持ちいい。なにかにカメラをと思うが、何もない。しかたないことだ。
大森トンネルを出てしばらく歩いた所で折り返す。仙山線の電車が、山寺駅目指し走ってくが、絵になるような情景ではない。
「べにばなメモリーパーク」では、納骨式があるようで、一族揃ってセレモニーに集まってるが、被写体になるものではない。

赤石橋を再び渡った所で、足は自然にそこへ向かう。そことは、あのクズの葉痕のある場所である。
葉痕は、クズ・アジサイ・クルミをすでにエントリーしてある。へへ さらにまたエントリーするわけにはならない。
そう思いながらも、なおもクズの蔓に近寄って、眺める。(あぁ、いるいる、カワイイ妖精たち!)

そしていつの間にか、へへ カメラを向けている。
なんとも可笑しいカメラマン。もう妖精の魅惑に捉えられ夢中だった。
(あぁ、またしても撮ってしまったなぁ)

18日の歩行数は、6136歩となってた。(笑い)

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  1. 2017/02/20(月) 05:14:05|
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フクシマ三十万年

来月の11日で、東日本大震災から丸6年になる。
復興は、なかなか進捗していない。故郷をなくし、浮き草的暮らしを強いられている難民もたくさんいる。

3.11関連の俳句・短歌を朝日俳壇・歌壇でずーっと見てきた。
関連作品の数は、年月が経つほどに少なくなってきている。1月30日の週は、入選作が皆無だった。
ふ~む やはり寂しい。

この週は、嬉しいこともあった。3.11関連句ではないが、畏友 時田さんが金子兜太選で首席になった。

 耳鳴りは蝮の寝息深く長く    熊谷市・時田幻椏

 朝日俳壇・金子兜太選の主席を頂いた。今年の初入選を1月最終月曜日に頂けた事が、嬉しい。
 昨年、金子先生の主席入選は1度だけだったので、今年は、良いスタートが切れた。その1句「秋蝶の地に落ち歩む息遣い」は、その後残念な事もあったのだが、今日の入選でまた力を頂く事が出来た。
 句評に「インテリの耳鳴りと申すべきか、独特の感受。」とある。赤面の至りで、老化の端的な症状である酷い耳鳴りと100万匹の蚊が飛ぶ飛蚊症、こんな実態を面白がりながら甘受しなくてはならないのが、実情なのである。

上のパラグラフは、時田さんのブログからの転載である。


 俳人ら季語と銘せよ原発禍    横浜市・穴沢秋彦

2月6日の週も、関連作は見つからない、と思ったが、いちばん最後に上の句に出合ってホッとする。
金子選者の十句目の句である。嬉しくなって、大きな拍手をしたのだった。(笑)


 三十万年フクシマを見よ冬銀河  熊本市・坂崎善門

長谷川櫂選で次席の句である。
金子選者は、原発関連句を比較的多くとるが、長谷川選者は逆で、めったにとらない。なのに、この週で関連作の選句は長谷川選者だけだった。

 二万年前のラスコー壁画見て核の処分の十万年想う    三鷹市・大谷トミ子


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  1. 2017/02/19(日) 05:20:35|
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春を待つ



ある方の画像掲示板に、「2月の桜」の題で、きれいな桜花が投稿されてた。
また、添えられた文も、(いいなぁ)と読んだ。

  こんにちわ! 2月も半ばとなりましたね~
  こちらは3月の陽気でやはり過ごしやすいです!(^^)!

  近くの代々木公園へ散歩に行きましたらカワヅザクラが満開でした。
  周りの木々はまだまだ枯れ木状態なのですが・・・
  10本ほどが咲いて小鳥たちがやって来てにぎやかでしたよ!

雪国に暮らす者には、なんだか羨ましくなる写真とコメントである。
雪国とは(別世界だなぁ)と強く感じた。

雪の風景も、それなりに風情があっていいのだが、雪も降り積もって時間が経つと、
特に溶けて嵩が減ってしまうと、痩せ衰えた景色に変わって、風情もなくなる。
雪は、腐れることはないのだが、それでも見れば腐れたように感じられる。

なにでもそうだが、腐れたものは見苦しい姿になる。腐れ雪もその感を免れない。
特にショッピングセンターの駐車場などの片隅に山のように高く積まれてる雪は、
泥に汚れてるものだから、なおさら腐れ雪の醜さを強く印象づける。

きれいであればあるほど、そのきれいさが少しでも失われると、醜さが浮かび上がる。
美しいものは、誰がみても美しい。しかし、美しさは、美しさを保っているうちが花だ。
降り積もったときには、美しかった景色も、溶けて、痩せ、時間を経て、腐れかかった風景は、
美しさを失った悲哀を感じさせる。

美しいものほど、それを失った落胆が大きい。雪景色を見て、その落差をせつなく想う。
美しい景色を懐かしむ。

暖かい所では、もう春を告げるスプリングエフェメラルに出あえる時である。
やせ衰えた雪景色を眺めながら、まだ遠い萌黄の季節を待っている。
せつない気持ちで、待っている。

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  1. 2017/02/18(土) 05:24:02|
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クルミ妖精

16日は、朝から青空が広がった。冬の陽光は、なによりの恵みだ。
野暮用は、15日に済ましているので、16日はゆるゆる気分。
以前だったら、迷わず蔵王へ向かってた。はい 樹氷を楽しんだものである。

なのに、山へ行こうという気持ちにならない。老いたのだ。
ん? 今日は、はじめから愚痴が出てしまった。拙いなぁ

気持ちを切り替え、家を出る。行き先は決めてる。立谷川沿いの散歩道へ。
積雪が、まだ嵩高くある。あるけれど、歩こうと思えば、歩けないことはない。

念のため、というか、歩きはじめをいつもとは逆に、折り返し地点からと決めた。
そうする理由は、以下の通りである。

そもそも、まだ雪で閉ざされてるコースを歩こうと思い立ったのには、わけがある。
散歩道脇に生えてるクルミの木を見たいからだ。何故クルミの木か? クルミの葉痕を撮りたいからである。
へへ 葉痕にハマっているから......

クズの葉痕を見たのが出発点。次にアジサイの葉痕を撮った。そして次はクルミのそれである。
クルミの木は、散歩道の脇にたくさんある。でも、クルミの木に近いのは、散歩コースの折り返し地点から歩いた方が確実だ。

散歩道の始発点(いつもの折り返し点)から歩けば、クルミの葉痕が撮りやすい。
歩くのが難儀と判断、引き返すには、そうした方がムリがかからないからである。
そうした逃げ道を用意して出かけた。

積雪量は、かなり多くて、とても歩き難い。
だが、何方かの足跡がずーっと続いてた。その足跡を辿りながらクルミの木に向かって一歩一歩進んでく。

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  1. 2017/02/17(金) 05:20:33|
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最上川冬景色

  

以下は、過去ブログの再掲である。

  最上川冬景色

昨日(2011/01/08)のことを日記ふうに書くと...

妻の誕生日、朝焼けのきれいな空をみる。穏やかな気分で、朝食が美味い。
「パパ、やっぱり散歩は午前中にして... 午後は買い物に行きましょ」
スーパー農道を歩く。不安定な空模様で、時折吹雪く。
赤い実(ガマズミ?)を見つけて撮る。

午後は、妻と買い物。はじめ眼鏡屋でメンテナンスして、カレンダーをもらう。妻が学童で使うという。
次いでヤマザワで新年会(10日)の食材を買う。
「パパ、東根へ行って!」妻の言葉は「命令」と同じ(笑い)だから否やはない。
東根に美味しいお菓子屋(ウロコや)があって、そこの商品券をもらったので、なにか美味い物を買うという。

「道の駅へ行って」またまた妻のリクエスト
「ヤーコン買いたい。そのへんのショッピングセンターにはないのよ」ヤーコンを使った料理が作りたいようだ。
そういうわけで、東根市を越え、村山市の「道の駅」まで走る。

東根市を過ぎ、村山市に入ると積雪はがぜん多くなる。
大石田町・尾花沢市が近くなったからである。尾花沢市は豪雪地である。
ヤーコンは道の駅で売ってい、ようやく手に入れることができた。

「ママ、ここまで来たのだから、ね 碁点温泉へ行こう」
「温泉に入るの?」
「イヤ、最上川の写真を撮りたい」妻が行くことに同意する。

「パパ、今日はいい誕生日。買いたいものが手に入ったし、こんなに積もった雪がみられたし...」
「さすが豪雪地だねぇ。本物の冬」

以下の画像は、碁点温泉の所で撮ったものである。


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                            2011/01/09(日) エントリー
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  深掘温泉を楽しむ

蘭展を楽しんだ後、寒河江市から河北町谷地へ向かう。最上川を見たい(撮りたい)ためである。
最上川は、山形の母なる川である。山形では今、ちょっとした話題になっている。少し前から、最上川を世界遺産に登録する取り組みがある。
ところが、知事が替わって「見直し」が行われ、その扱いが議論され賑やかなのだ。平泉の中尊寺でさえすんなり通らないのだから...という悲観論が目立つ。
登録への取り組みには、かなりの予算が組まれる。はたしてそれだけの金を使って登録すべきなのか。もっとちがった形で最上川を捉えるべきではないか等の議論が強い。

山は月山、川は最上川。県民の象徴であり、誇りに思えるものがあるのは嬉しい。
最上川は、山形盆地を潤す。そうした実用だけでない風致というか、そこにあるだけで、それを眺めるだけでこころが潤いを感じる。
最上川船下りの三難所の一つである「碁点」を見る。
そこから次ぎに「真下慶治記念美術館」へ。ここはすでに来たことあるが、「最上川の四季 冬」を展示中なのでそれを鑑賞する。
最上川は、真下慶治のライフワークだっただけに、安心して楽しむことができた。

大石田「深掘温泉」は、最上川のほとりにある。大石田は豪雪地帯である。が、今年はここも雪が多くない。といっても、「天童の家」あたりよりはずーっと雪深い。
午後2時半に温泉に到着。早いが入館し、さっそく風呂を楽しむ。
「深掘温泉」は、開湯15周年という。そんなになるのかと驚くが、考えてみればもっと長い歴史のある温泉場が多い。それと比較すれば、とても新しい湯と言える。

宿は、1軒しかない。豪雪の中にあるそれがなんともいい。
田圃の向こうにある集落の灯が、とても情緒ある。三脚を立て撮ろうかと思ったが、窓を開ければ寒いし、硝子越しと考えたが(硝子に金網が入ってて)ダメだった。
ふむむ、欲張ってもしかたない。この目で楽しめばいいことだ。

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                            2009/02/25(水)エントリー


  1. 2017/02/16(木) 05:20:09|
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老いの妄言



ある方の、12日づけブログに次のような記述がある。アバウトな自分には書けない文である。

5日間の真冬日が続いた1月の寒波 [1/11~15] から始まって、一日で 10 cm を超える降雪は、今日(12日)までで、これが4度目 [ 1/23, 2/02, 2/11 ] になる。

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今年の降雪実態を簡潔に、過不足なく捉え、書いておられる。羨ましい!

(そうだったなぁ)と頷きながら読む。
二月も15日を暮した。雪が降った。寒さが厳しい。と言っているうちにあと2週間で3月になる。
雪掻きで汗を流したことが、なんだか懐かしいような気分だ。

この冬は、行動範囲が狭くなったと思う。歳相応の結果だろう。似たような雪景色ばかりを撮った気がする。
ハクチョウを撮ったのは1度だけだった。
地元に居ながら、蔵王の樹氷は、とうとう撮らずじまいだ。

エントリーできるようなのを撮らねば、と思っているが、冬景色も撮り尽くした気分である。
実際は、そうではないだろう。撮り尽くしたなどと思うのは、なんという思い上がり者かと、自分を笑う。
老いた者の戯言、いや 妄言!

いまさら言っても詮無いことだが、老いるとどうしても消極的な暮しや考え方になるのだなぁ
もちろん、老いても元気はつらつの人も少なくない。それはそれでとても良いことだと思う。
ひとそれぞれなのだから、ムリして元気ぶってもしかたない。

あぁ へへ 愚痴になってしまったなぁ

画像は、なんの纏まりもないバラバラもの。いつの間にか溜まってた。
いつも通りで捨てられないでフォルダーに残ってる。並べよう。枯れ木も山の賑いである。(笑)

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  1. 2017/02/15(水) 05:20:09|
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アジサイ妖精

アバウトな

今年になって、ある驚きを感じ、非常にビックリしていることがある。
何に吃驚しているか? 
二つある。

一つは、自分のアバウトさ加減である。カメラを趣味にして、物を見る目は、それなりに鋭くしてるつもりだったが、それが違っていた。
一つは、上のそれと背中合わせのことだが、他人よりも注意深く見ており、細かい部分まで知っているつもりでいたが、それもみごとに外れだった。

奥歯に物が挟まったような言い方は止め、具体的なことを言えば、次の如くである。
palletさんのブログで、かわいいクズの葉痕にであったことがはじまりである。

クズの花が好きで、毎年カメラを向けている。
しかし、クズの葉痕が、あのようにカワイイのは、まったく知らなかった。迂闊と言えばウカツ!
自分の観察眼がいかにアバウトなのかが分かった。葉痕という事象すら知らなかったのである。
無知な自分に驚き、葉痕という面白い姿に吃驚する。

というわけで、あれ以降、すっかり葉痕にハマってしまった。
葉痕はクズにだけみられるのでもないことも知った。注意深く観察すれば、まだ他にも見られる葉痕がある。
今は雪で閉ざされてる立谷川沿いの散歩道でも、もっとちがう葉痕が見られることも分かった。

それらに出合う楽しみは、雪が融け、歩けるようになるまで待つことにして、今見られるのが庭にあることも知った。
アジサイである。
庭には、雪がまだどっさりあるが、積雪からわずかに茎を伸ばしてるのがある。長靴を履き、アジサイに近づいて見る。
っふふ アジサイの妖精たちが出迎えてくれた。

これまで、花には幾度もカメラを向けたが、妖精たちがいることは知らなかった。
むふふ 自分がいかにアバウトなのかを知った次第である。

は~い、アジサイの妖精たちを並べよう。

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  1. 2017/02/14(火) 05:20:27|
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雪 室



食後の喫茶(朝・昼)時に、いつも食べるものが決まってある。

一つは、季節の果物。今はりんご。言えばデザートである。
一つは、干し柿。秋からずーっと一冬食べている。常温保存でいいのだが、「天童の家」では冷凍している。
    解凍時に旨味が増すことに気づいたのである。
一つは、ピーナッツで、朝だけ20粒。昼に妻は小魚アーモンド、私は「食べる煮干し」を少々となっている。

りんごは、保存できるし、好きなので、たくさん買う。そしていっぱいもらう。
保存できるといっても、長期間のうちにはどうしても新鮮さが失われる。
その新鮮さを保つために、「天童の家」では、雪室を利用することに。

雪室などというと、なんだか大袈裟だが、天然の雪室で、ランニング・コストはタダだ。
っふふ 屋根から落下した雪の壁(雪塊)をくり抜いて作った自家製の雪室だからである。

知識は以前からもっていたが、実際に運用するのは、はじめてである。
はたして、知識通りに失敗なく新鮮さが確保できるかどうか楽しみだ。

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  1. 2017/02/13(月) 05:20:56|
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冬咲き牡丹まつり



ある方のブログに次のような記述があった。

 (山形)駅のコンコースに菰(こも)を被ったボタンの花が展示してあった。
  昨日(9日)から4日間開催される、高畠の まほろば 冬咲きぼたんまつり の案内だった

それを読み、何年か前に行ったのを思い出し、ページを繰ってみた。ふ~む 2008年2月4日のこと。
じつに9年も前のことである。
もうすっかり忘れていたが、写真などを見ているうちに っふふ、いろいろなことが蘇る。

それで、また違ったことも思い出した。

何がキッカケなのか自分でも分からないのだが、なんの脈絡もなしに、小さな出来事が蘇ることが度々ある。
それだからどうっと言うことはないのだが、何故にこのような些細な、忘却の彼方にあったようなことを今更思い出したのか?
その疑問の方がむしろ気にかかったりする。

意識下において、なにかがキッカケで駆け巡ってる出来事の一端が、ある時、意識的に思い出として登場するのだろうか?
よく分からない。けれど、最近、脈絡もなく、過去の出来事が蘇るのが、奇妙な気分である。

高畠町の雪原に咲く美しいボタンの花などは、むしろ思い出してホッとする。
記憶から蘇ってホッとするそれと、逆に(何故今更?)と苦虫を潰したような思い出がある。
イヤな思い出は、できれば思い出したくない。良い思い出なら、その蘇りは大歓迎である。

イヤな思い出は忘れ去り、へへ 冬咲き牡丹まつりの蘇りを楽しもうと思う。
画像は、9年前に撮ったものの再掲である。(笑)

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  1. 2017/02/12(日) 05:20:25|
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雪の本場は



昨日の続きの画像である。
これらの画像も、昨日一緒に並べればよかったのだが、へへ 出し惜しみしてしまった。

9日は、茨城や栃木あたりでもかなりの降雪があったようで、偕楽園の梅花と雪のコラボを撮りに行ったカメラマンがTVで放映されてた。

この冬の寒波は、新潟や秋田・山形のいわゆる雪の本場?よりも、鳥取や栃木あたりへの降雪で、交通事故の多発や転倒による人身事故の多さが目立つ。

冬のはじめには、今年は少雪なのかなぁと思ったりしたが、雪量よりも降雪の地域が、意想外というか、ゲリラ的なのが特徴のようだ。

九州でも4度目の寒波が襲ったようだが、その南国から山形の雪見に来る観光客を羨ましく思ったのだった。

東京や京都に、雪が降ったといっても、それは儚く消えてしまう。本格的な雪見をしようとするなら、やはり雪国と呼ばれる所のを見たい。と思うのが当然である。

九州からの観光客は、下に並べたような景色に、納得できたはずだ。(笑)

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  1. 2017/02/11(土) 05:20:54|
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雪見の旅



「山寺でも雪だるまコンテストやってる。撮りに行かないの?」お出かけ情報を見て、妻が問う。
「今年もやってるんだね。行ってみるかぁ」

山寺の雪像つくりは、山寺駅近くにある立谷川河畔広場(公園)で、コンテストの形でやる。
腕に自慢の人たちが、雪像の出来を競い合う。世間には創造力に優れた人がいるものだといつも感心する。
コンテストの審査は、4日にあったようで、4日間も経った雪像は降り積もった雪に覆われ、よく見えない。

見上げる山寺(宝珠山立石寺)も新雪で化粧したようにきれいだ。
雪像撮影を諦め、芭蕉記念館へ向かう。
そちこちにカメラを向けていると、観光客が大型バスから降り、いかにも雪見物らしく観覧台へ向かう。

(台湾あたりの人かなぁ)と思ったが、会話は明らかに日本語。添乗員に訊ねると、九州からだという。
小さな雪だるまを拵えたり、除雪用具を使って楽しんでる。南国の旅行者には、この雪が心弾ませるのがよくわかる。
(旅がしたいなぁ)との気持ちが強くわく。

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  1. 2017/02/10(金) 05:27:52|
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ネコヤナギ



雪掻きをするほどではないが、雪が断続的に降ってる。

毎日、部屋に閉じこもってるわけにはいかない。運動不足は、気分まで閉塞してしまう。
風も治まり、ようやく陽射しもでてきので、(よっしゃー!)と 重い腰をあげ散歩へ。

散歩は仕事代わりなのだ、と自分に言い聞かせ歩く。
「犬も歩けば棒に当たる」ではないけれど、うまくいけばブログの種を拾えるかも知れない。

道路は、除雪されてるので歩行に支障はない。路肩や畑にはまだそれなりの積雪が見られる。
代わり映えもしない風景だが、眺めながら北へ向かって歩く。車も気になる通行量ではない。

スーパー農道を歩きながら、立谷川沿いのサイクリングロードを思う。やはりあのコースが良い。
歩けるようになるのは、3月になってからだろう。まだ3週間も先である。
......ん? まだ、ではない。3週間なんて、直ぐに経ってしまう。

っふふ やはりサイクリングロードがいちばんの散歩コースなのだなぁ
いくら「今が(ここが)いちばん幸せ(ベターコース)」と思おうとしても、へへ そうでないときは、肯定する気がわかない。
それはそれでしかたない。雪が消えて、歩けるときを待つことにしようと思う。

散歩が間もなく終わりになった時、往路では気づかずに通り過ぎてしまったネコヤナギを目にし驚く。
(あぁ もうネコヤナギが!)
迷わずカメラを向ける。なんとも早いネコヤナギに、(こんなに早くてダイジョウブかなぁ)と心配になる。
例年より2週間も早く膨らんでる。これからだってまだ雪が降るのに......

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  1. 2017/02/09(木) 05:25:46|
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やさい栽培講座



7日は、 「JAてんどう」本所で、妻と二人で勉強会をした。
テーマは、「やさい栽培」基本的なやさい栽培と失敗例から学ぶやさい栽培のコツ

受講者は、老若男女約百名で盛会だった。
講師は、元県農業技術職員の北川先生で、退屈させない話し方で、楽しかった。

話は、「野菜雑学」からはじまる。野菜の摂取目標量は、1日350gだが、若者(20代)のそれは238gと少ないという。
果物の摂取量は、先進国の中では最低で1日140g(2011年)で、目標(200g)に達しないという。

また、好きな野菜・嫌いな野菜のそれも面白かった。

先ず、好きな野菜トップテン(2016年)

 ① たまねぎ
 ② キャベツ
 ③ じゃがいも
 ④ だいこん
 ⑤ トマト
 ⑥ えだまめ
 ⑦ きゅうり
 ⑧ きのこ類
 ⑨ はくさい
 ⑩ なす

次は、嫌いな野菜

 ① セルリー
 ② みょうが
 ③ パセリ
 ④ しゅんぎく
 ⑤ グリンピース
 ⑥ ふき
 ⑦ ししとう
 ⑧ おくら
 ⑨ にんにく
 ⑩ にら

話は、野菜栽培の基本に移る。詳しい内容は、割愛。

続いて、「失敗事例から学ぶ」で、受講者の失敗例、例えば、たまねぎの事例では、「皮を1枚剥くと黒カビがある」のはなぜか? どうしたら防げるのか? 等の質問と対応策が話される。
こうした質問と対処の具体例が次々と俎上にのぼる。

農業のまねごとをやってきて、疑問点はいっぱいある。でも、それに答えてくれる人や機会がなかなかない。
こういう講座は、ほんとうにありがたい。学んだことを忘れずに、役立てたいと思う。
っふふ 夫婦で受講した成果が、きっと良い結果になることだろう。と信じたい!

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  1. 2017/02/08(水) 07:27:51|
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静穏な日



次は、ある方の5日のブログの書き出しである。

静穏 (せいおん) という言葉は『しずかでおだやかな様子』という意味だが、これは "風速ゼロ"、すなわち
『煙がたなびかずにまっすぐ昇る大気の状態』を示す気象用語でもある。

静穏になる条件というのは、かなり難しい。 まず、なによりも、日照があってはならない。 地表に陽が当たると温度が上がって、そこに上昇気流が生じる。 そうすると隣接する大気との気圧バランスが崩れて風が起こる。

上空の気象が安定していることも重要だが、結果的に、静穏となる日は、陽も射さず、降るとしても静かな雨で、温度変化が緩慢で、当たり前だが 風もない、ただ、ぼんやりとしただけの一日になる。

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5日は、いつもの通り、日曜のルチンワークの買出しに向かった。9時15分頃である。
山形市のゴミ焼却場煙突からの煙が、垂直に伸び、微動だにしないのが、なんだか現実離れして目にはいる。
(こんなのってあるの?!)と不思議に思った。それが上の記述を読み、(そういうことかぁ)と納得する。

ただちょっと違うのは、景色はぼんやりではなく、月山や朝日連峰がすっきりではないがきれいに見えた。
「きれいな月山だ。撮りたい!」とカメラマンが呟く。
「もう少し青空が広がってれば、はっきり撮れるのじゃない?」妻が、わかったような口をきく。
「イヤ、こういう色合いというか、見え方が、なかなかいい。めったに見られない風景だ」と返す。

静 穏 
気象用語になっているとは知らなかった。
それにしても、煙が真っ直ぐに、揺るぎなく上方へ伸びているのを見るのは、落ち着かない気分であった。
煙は、やはり揺れながら、広がって、消えてく方が落ち着くものであるなぁ(笑)


下の画像は、上のそれとはまったく無関係である。

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  1. 2017/02/07(火) 05:23:10|
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やまがた雪フェスティバル

第2回「やまがた雪フェスティバル」が、寒河江市「最上川ふるさと総合公園」で、3日・4日・5日の三日間行われた。
昨年からはじまった山形県が力を入れてる催しである。
                雪祭り実行委員会(山形県庁 観光立県推進課 TEL023-630-2371)

ちなみに、山形県内各地で行われている雪まつりは、次のとおりである。

小野川温泉かまくら村      1/15~3/12
肘折幻想雪回廊          1/28・ 2/4・ 2/11・ 2/18
蔵王樹氷まつり          3/5まで
Asahi自然観スキー場まつり  1/29
まんだらの里雪の芸術祭     2/4
なんよう雪灯かりまつり      2/4
ながい雪灯り回廊まつり      2/4
天童高原スノーパークフェスタ  2/4 ~2/5
ひがしね雪まつり          2/5
まほろば冬咲きぼたんまつり   2/9 ~2/12
上杉雪灯篭まつり          2/11~2/12
新庄雪まつり              2/11~2/12
奥おおえ柳川温泉雪まつり     2/11~2/12
尾花沢雪まつり            2/11~2/12
河北町紅花資料館 雪灯篭まつり 2/12
月の沢龍神冬まつり         2/18
ホワイトアスロンワールドカップ  2/18~2/19
角川雪回廊物語           2/19
月山志津温泉 雪旅籠の灯り    2/24~26・ 3/3~5
山の内雪まつり           2/25
中津川雪まつり           2/25
月山あさひ雪まつり         2/26
金峯山雪灯篭祭           2/27
おおくら雪ものがたり        3/18

雪に負けてはいられない。むしろ雪を利用し楽しむことで、明日への活力を得ようとする企画である。
先日は、地区の「雪灯篭まつり」を見てみた。
また天童市では、天童高原でスノーパークフェスタが行われた。

4日、妻と隣の寒河江市で行われてる「やまがた雪フェスティバル」に行った。
目玉は、午後7時からの花火大会であったが、夕方からは別用もあり、日中だけの祭を楽しんだ。
ふ~む やはり冬の花火が見たかったなぁ(苦笑)

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  1. 2017/02/06(月) 05:18:56|
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ラッキーチャンス



2日から翌日にかけ、今冬2度めの大雪になった。イヤ、大雪と呼ぶには当たらないかもしれない。
猛吹雪が伴ったから、そういう印象が強いのかなぁ。でも、まぁ 除雪車が道路の両端に置いて行った量はかなりのもので、道幅を狭くしている。
吹雪いた割には、湿った雪で、雪掻きには重く感じられた。(雪はもう結構)と言いたくなる気分。(苦笑)

庭の樹木に積もった雪の重みで、ウメモドキ等は大きく撓って、いまにも枝裂けが生じるみたいなので、妻と二人で庭木の雪落としをする。
「屋根の雪下ろし、やろうか?」問うと、妻は首を大きく横に振る。
周りを見ても、まだやっている姿は見えない。ふ~む もう少しようすを見ることにする。

雪降りは、3日午前の早くに止んで、陽光が眩しい。気温も氷点下から昼にはプラスになる。
除雪した道路は、アスファルト舗装が黒く濡れる。雪降りが続けば気持ちも塞ぐけれど、雪降り後の太陽は、気持ちまで晴れやかにしてくれる。

「ほら、ほら、落ちる!」妻が言う意味がピーンッときて、見ると、間もなく前隣りの建物(車庫)の屋根から降り積もった雪が、自然に落下するところだった。
昨年に葺いたばかりの波板屋根は、滑りやすく、気温が少し高くなると、勾配は緩やかなのに、積雪は滑り落ちる。
一旦落ちはじめると、間を置かず(一気にドドーッとではなく2~3分間隔で)屋根の雪は分割し落下する。

落ちた雪は、大きな雪の壁を作る。あれだけの大量の雪が、屋根に上がってるのだから、その荷重はいかばかりか?
その雪の壁を撮りたいと思う。しかし、ただ壁だけを撮っても大きさがうまく表現できない。比べられる何かが欲しい。

そんな気持ちで眺めていると、電力会社の作業員がお誂えむきに現れたのは、嬉しいことだった。断りを入れ、カメラを向けた。
誂えたような人物の登場は、まさにラッキーチャンスだった。ありがたいことである。
被写体になっていただいた方にも、こころこめて礼を述べる。ナイスモデルでありがとうさま。

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  1. 2017/02/05(日) 09:06:55|
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花 面 2


菓子の面を手にして眺めてると、光のあたり具合によって表情が変わって見えることに気づく。
ふ~むむ 面の陰影が変わるにしたがって表情も微妙に変化する。面白い!
それを画像で確かめられないかなぁと、意識してカメラを向けた。

はたして目論見通りにいったかどうかは、よく分からないが、並べてみる。

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  1. 2017/02/05(日) 05:25:28|
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花 面



2日は、この冬いちばんの猛吹雪になった。(既述)
こんな日は、家でじーっとしているにかぎる。
しなければならないこともなく、ぼーっとしていると、「あれがきれい! 写真に撮った?」 妻が問う。

妻が言う「あれ」とは、先日、お隣の「茶の湯教室」の先生から頂戴した京菓子『花 面』のことである。
撮ることに躊躇していたが、「あまりよけいなことを考えずに、撮ればいい」と妻に促される。

「花面」は、京都長久堂の銘菓である。その菓子は美味いだけでなく、見た目がいい。こころに響く。
「花面」には、翁・乙羽御前・小面・福の神・嘯吹(うそふき)など狂言面の洒脱風雅が並んでる。
「おもて」だけでなく、下の画像に見るように、今年の干支である酉、あるいは羽子板・独楽なども楽しい。

茶の湯は、掛け軸・活け花・茶菓子・茶道具など、所謂 総合芸術の世界なのだなぁと改めて思う。

今回は、たまたま頂戴した茶菓子のそれに、ある感動を覚え、カメラを向けた次第である。

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  1. 2017/02/04(土) 05:15:41|
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猛 吹 雪



2日は、この冬で最も激しい吹雪になった。。終日、猛吹雪で家から出られない。
別段の用もないから、暖かい部屋でのんびり過ごす。
なにかやらなければならないことがあったなら、このような吹雪時の用事は災難である。

雪は、上から降るのではなく、風と一緒に横から吹き付けてくる。屋根に積もった雪が吹き飛ばされる。
そのようすが今冬はじめて見る。こんな時の外出は危険だ。
今日が節分で、明日は立春だが、みちのくの春は、そう簡単に暦通りにはやってこない。

そのことは分かっているので、こんな吹雪でも驚きはしない。
いつものようにやることをやって、やり過ごすしかない。(苦笑)
雪掻きは、朝にやったが、夕方にもやった。そういうことである。

画像は、昨日の朝に撮った。一冬に2~3度は、吹雪いて、こんなになる。

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  1. 2017/02/03(金) 05:20:01|
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クズの葉痕 2



葛の葉痕をエントリーしたのが先月27日。
うふふ 妻も、はじめて見た時、「誰が彫ったの?」と問うた。
見れば見るほど、誰かさんの顔に似てくるのだから可笑しい。
もっと見たい!気持ちが増してくる。

しかし、よく考えれば、77 にもなるジジィが恋い焦がれるようなものではない。
葉痕の模様(形・色など)が、たまたま人の顔に似て見える、というだけのことでしかない。
動物の保護色とか、あるいはなにかの擬態としてそうなったわけでもなく、偶然の似顔になっただけ。
そう思っても、やはりなんとなく気にかかる。その結果、散歩の足は、自然にグズの蔓の方へ向かう。

それにしても、よくもまぁ このように人の顔に似たものができるのか、と笑ってしまう。
見れば、見るほどに、次から次へとさまざまな顔(表情)があるのがたまらない。
想像力のある人なら、きっと葉痕たちの会話を聴き、会話に混じって行くかもしれない。

イメージ力の枯れてしまったジジィには、そうした物語を紡ぎ出すことができないけれど、カメラでならまだなんとなく物語の世界にアソブことができる。

うん、だから、ふふ 遊ばせてもらった。
仲良く遊んでくれた仲間たちを紹介する。

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  1. 2017/02/02(木) 05:15:51|
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粉  茶



「天童の家」では、朝食&昼食後に茶を喫している。煎茶を粉にしたものを抹茶碗で飲んでる。
また、来客時には、市販されてる抹茶を淹れて出す。

毎日の喫茶は、煎茶をミルで挽いて作ってる。茶葉は簡単に粉茶にでき、匙で2杯ほどを抹茶碗に入れ、茶筅でかき混ぜて飲んでいる。
っふふ 味は、抹茶のようにはいかないが、気分はまさしく茶の湯(笑)。
もう十数年前から、そうしている。

以下のそれは、抹茶・粉茶関連の質疑応答である。検索しヒットしたもので、(面白い!)と思ったので拝借した。
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  茶葉を抹茶に自宅でできますか?
               https://oshiete.goo.ne.jp/qa/5238147.html

 抹茶が好きですが、結構値段が高いので時々飲んでいます。スーパーで売っている茶葉を、コーヒーのようにミル挽きして飲むことは可能ですか?
 可能な場合、そういう器具はいくらくらいで買えますか?
 何かこの茶葉がいいなどあれば教えて下さい。

以下は、質問への回答(5件)

 No.5

 粉茶、粉末茶…ミルで作れます。値段は数千円から数万円。ミル付きミキサー、ミルミキサー、茶葉を粉末にできるミルといった検索をされたら何種もヒットするでしょう。
 ただ…味は別です。碾き臼とはどうしても違いますから。
「それでも」とお考えならば、ご近所のお茶屋さんで茶葉を求められたら如何でしょう。決して安くなるとは思えませんが。

 No.4

 抹茶は玉露と同じように、収穫前にお茶の木を日陰に置いて育てた茶葉を蒸し乾燥して製造します。
 煎茶のように茶葉を揉む行程は無く石臼で挽いて粉末状にしたものです。
 抹茶の香気は玉露同様独特のかぶせ香があり適度に香ばしいので、すでに煎茶などのように仕上がったお茶はどれほど細かくしても粉茶でしか無く、抹茶としての味わいは望めません。
 しかし、寿司屋さんのお茶でおなじみの粉茶等、お湯に溶かして葉っぱ毎飲むのは食物繊維の摂取も出来、とても良い事です。

 ただし粉茶として売っている物は、有る程度高級な煎茶等の製造過程で出た茶葉の粉であり、安いお茶を粉にしても美味しさは望めません。
 また、抹茶の様に泡立ててたしなむことも、渋みや苦みが出て美味しく飲むことは出来ません。
 最近はスーパーでも袋入りの安い抹茶が売っていますので、それを利用される方が良いでしょう。

 No.3

 愛用中です(笑)。
 今は亡き父がどっかで買ってきたもので、母からは不評だったようです(アホなオモチャ買って・・・って)。それを私が物置から発掘して、現在に至ってます。

 元々緑茶好きなものなので(夏場は水出し、その他の時期は粉茶)、出し殻のゴミも出ず、栄養もほぼ100%とれるので喜んで飲んでます。

 ただし・・・・・
 No.2さんが言われるように「抹茶」ではないような。メーカーサイト見ても、どこにも「抹茶器」とは書いていません。
 質問者様が茶道をやられているような方ですと、「???」かも。緑茶大好きという方なら問題ないと思いますが。
私の場合は、大きめのコーヒーカップにテキトーな量の粉茶を入れて、スプーンで混ぜながら飲むという極めて粗雑な飲み方です。
反省も不満もありません(笑)。

 No.2

 抹茶って確か…育成段階で光に当てない様に黒いネットを掛けて育てるんですよね?
 普通の茶葉はもう太陽の光を散々浴びてしまっているので無理だと思いますが… ミルで挽いたりしても「粉茶」になるだけだと思います。

 No.1

 お好きな方なら満足いく味にならないかもしれませんが、いろいろな種類の茶葉ミルが出ているので、ご自分でも抹茶に出来ます。

ただ、ミキサーなどについているミルは高速で回転するので茶葉の風味を損なうような気がします。

 参考は、京セラから出ている商品です。
     参考URL:http://www.kyocera.co.jp/news/2005/1103.html

  1. 2017/02/01(水) 15:18:06|
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楽しみの数々



今日から2月。
雪の少ない歳暮からの年越しで、迎えた新年も月半ばまで雪が少なかった。
15日に、半端じゃない降雪で、ようやく冬らしい景色になる。

けれど、それ以降も雪は断続的に降ったけれど、量が少なく、屋根の雪下ろしをすることもなかった。
暮し的には、楽な毎日だった。
気温も穏やかで、29日には雪灯篭まつりをやったが、作った雪像が傾いたり、崩落するほどの暖冬。
30日は、雪でなく雨降りになった。

大寒は、1月20日はじまり2月3日まで。
立春は、4日である。
この頃は、日脚の伸びもかなり長くなったのが分かる。

今年は、このまま屋根の雪下ろしをしないで冬を越せるのだろうか?
そうだとありがたいのだが...... 以前なら、このような弱音は言わなかったのだが、やはり老いたのだなぁ
なにか良いこと、楽しいことでもと探すのだが、っふふ なかなか見つからない。

それでも1月中の暮らしをふり返れば、けっこういろいろなことを楽しんでいる。
作法など知らないのに、招かれるままに茶の湯を楽しんだ。今更習うつもりはないが、おもてなしの心はだいじにしなければと思う。

畑仕事のない冬期間だが、それでも白菜漬けを3度もやった。青菜漬けとちがって、白菜はフレッシュ感があるから嬉しい。
塩加減などすべてが漬物作り手の塩梅次第で、桶毎に出来上がりちがう。重石を掛け過ぎてしなこくなったり、なかなか思惑通りにはいかないものだが、それがかえって面白く感じたりする。

冬は、被写体が少なくなる。(必ずしもそう思わないが)。
そんな中で、これまで見過ごしてきた「葛の葉痕」というファンタジー溢れる被写体を知ることができた。
大袈裟にいえば、知らなかった世界が大きく展開したと喜ぶ。

雪国の利雪の一つ。雪灯篭まつりもまた楽しいイベントである。
雪は暮らしの厄介者である。
しかし、雪あればこそ楽しめることも少なくない。

振り返って、いちばん思うのは、やはり雪景色をたくさん撮ったことである。
それは、雪国に暮しているのだから、雪景色を撮るしかない。そう強く思うようになった結果だ。
同じような風景を撮っても、けっして同じではない。そのことを識ってから、マンネリとかを意識しないで撮れるようになった。

「またこれか」と飽きられないようなのを撮りたいと思っている。
2月は、冬の中でも寒冷の最も厳しい月である。
だが、光は、春のそれ色濃く抱えてるのがはっきり分かる。

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  1. 2017/02/01(水) 05:26:25|
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