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大 晦 日



画像たち  その2

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とうとう大晦日。今年最後の日になった。
「天童の家」は、自分にとっては分身みたいなものだ。今年もようやっとここまでやってこれた。
アクセスしていただき、コメントやメール、拍手などで励まされたことが大きな力になっている。
ありがたいことである。衷心から感謝申し上げます。

これまで「毎日更新」でやってきたが、そろそろ限界?かなぁとの思いがある。
ムリしてやる必要は、なにもない。来年からは、休みをはさみながらと思う。

この1年間、お世話になりました。充実した暮しでした。
はい「今がいちばん幸せ」の毎日で、他人さまから見れば、っふふ なんとも能天気な男。(笑)

みなさん
誠に、ありがとうございました
どうぞ良いお年をお迎えください
                    2016年 大晦日
                         「天童の家」主宰 今野幸生


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  1. 2016/12/31(土) 05:36:06|
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画像たち




今年が、今日と明日で終わる。
この一年、さまざまな画像をアップしてきた。
それらをふり返って見ると、恥ずかしくて冷や汗が出てくるものも多い。

撮った時は、まぁまぁかと思った画像が、時を経て見ると、冷や汗もの。
そういうのがほとんどなのだから困ったことだ。
とはいえ、「天童の家」は、写真展覧会場ではない。拙い写真でも、それなりに季節感を伝えられればいい。
などと、へへ 弁解しきり(苦笑)

とにかく今年も間もなくおわる。
少しは印象にのこった画像を並べてみたい。

今年の干支から

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  1. 2016/12/30(金) 05:00:26|
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散歩道(28日)



28日、散歩しながら雪景色を撮った。
月並み以下の写真だが、並べることにする。

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  1. 2016/12/29(木) 16:25:43|
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十大ニュース 2

準グランプリ受賞

「天童の家」今年最高のできごとは、写真コンテストで準グランプリを受賞したことであった。
コンテスト応募作品を作るためにさまざまな体験をし、その際に感じた内容をブログに書いた。
以下の6題である。興味ある方の再読を容易にしたので、どうぞ(笑)

 しあわせ

父の日に繰り返し書いているが、写真が趣味で、毎日のようにカメラを使っている。今年は、意図的にコンテスト写真に取り組み、生涯で2回めのコンテスト応募を果たしたことが特記的だ。しかも、その結果、望外の準グランプリ受賞は、私の満足心を膨らますできごとである。その発表・表彰式・展示が19日に、コミュニテイセ
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 統合失調症

統合失調症?書くべきか? それとも書かないことがいいのか? と迷っている。写真コンテスト準グランプリ受賞の知らせがあって、該当作を幾度も眺めて思ったことがある。受賞作は、応募12枚の中では、やはりいちばん撮影意図が出ているものと言える。もう一枚、俯瞰アングルで写したのが好きで、妻も「それがいい!」と
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 コンテスト写真

 昨日のブログに次のことを書いた。  今こころを捉えてるのは、写真コンテストのことである。  4月下旬から5月上旬まで、コンテスト応募作品を作るために、いろいろと考え、行動した。  その具体的内容は、その都度ブログにアップしてきたが、今回の準グランプリ入賞を機に、とびとびの文章を間隔あけずに並べるこ
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 写真を撮る

今こころを捉えてるのは、写真コンテストのことである。4月下旬から5月上旬まで、コンテスト応募作品を作るために、いろいろと考え、行動した。その具体的内容は、その都度ブログにアップしてきたが、今回の準グランプリ入賞を機に、とびとびの文章を間隔あけずに並べることにした。そうすることで、写真に対する私の考え
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 吉 報

午前5時、寝起きいちばんにメールを開く。めざすメールが届いてる。以下の通りである。 今野幸生 様 立谷川の花さかじいさん・松田です。 この度は、芝ざくらまつり写真コンテストにご応募いただき、大変ありがとうございました。 先日、審査会を開催しまして、選考の結果、貴殿の作品が準グランプリにご入選されまし
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 コンテストに応募

写真が好きで、毎日のように撮ってる。季節の風物を写し、ブログに並べる。それが楽しい。散歩には必ずカメラを携行する。道で知りあい、顔馴染みになった人からは、写真コンテストに投稿してるのかと聞かれることがある。コンテストに応じるだけの力量がないのは、よく識っているから、敬して近づかないことにしている。写
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  1. 2016/12/29(木) 05:17:37|
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バンペイユ・ママレード


先日頂いた南国火の国熊本産の晩白柚、クリスマスケーキと一緒に美味しく食べる。
そして、いよいよ妻と共にママレード作りをはじめる。
晩白柚は、もちろん果肉も旨いけれど、厚い皮で作ったママレードは食べ甲斐がある。

大きな果実の皮に、思い切り深く包丁を入れる。果肉を切らないように念のため親指で刃尻との距離(深さ)を保ちながら豪快に包丁を滑らせる。
っふふ その快感がいい。似たような快感は、長い大根を皮剥きで一気にスースッと動かす時のそれに近い。
料理の動き(食材を切る・刻む・剥く動作など)にも快感みたいなのがあるから面白い。

そう言えば、調理しながら、味や姿や盛り付けをイメージ通りに仕上げていくのにもまた喜びがある。
料理などめったにしない者が、いかにもみたいに書いているのは、妻の言葉を真似ているからである。(笑)

大きなバンペイユの皮に、包丁を6等分に切り込み、そこからは手力で皮だけを剥いてく。
果肉を取り出した皮は、ちょっとユーモラスな形でなにかの動物みたいにゆらゆら・ふらふらと揺れる。

それを妻に渡し、取り出した果肉(袋房状)は、すぐ食べられるよう袋を破き、剥いたそれを皿に盛る。
母と私の大好物なのだ。3房も剥けば、皿一杯になる。6房を剥き、残りはまた後の楽しみとする。(笑)

皮を受け取った妻は、得意のママレード作りに取り掛かる。慣れたもので、滞ることなく包丁が動く。
大きな鍋で茹で、水を替え、さらにミョウバンを入れ沸騰させる。そんな作業を繰り返し、
「あとは一晩水につけておく。水は2回取り替える」などという。

「弱火にして、皮全体が透き通るまで煮る。仕上げに酢を少々入れるのがコツね」
弱火は、この時期コンロ・ストーブを使ってるから、それがいいのだという。
というわけで、妻自慢のバンペイユの美味しいママレードが出来上がった。


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  1. 2016/12/28(水) 10:17:11|
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十大ニュース 2016

今年も残すところわずかになった。
「天童の家」恒例の「十大ニュース」を書く。内容は出来ごとの大小ではなく、月順。

① 左肩・左腕(肩関節)痛  
        2月5日、左肩関節痛を発症。左腕の挙上障害がでる。
        2年前の妻の入院を思い出し、(ヤバイなぁ)と思う。
        さいわいなことに、特別な手当てもせずに、13日に疼痛消失し、運動機能も回復する。

② 芝ざくら写真コンテスト準グランプリ受賞
        立谷川赤石橋の芝ざくらまつり写真コンテストに応募。準グランプリとなる。
        写真を趣味にして楽しんできたが、コンテストに応じたのは友に頼まれたからである。
        応じるからには、グランプリを狙ったが、っふふ 上には上がいるもので果たせなかった。

③ エアコン更新
        洋間(客間)と自分たちの寝室」の2台を更新する。
        家にエアコンは6台あるが、はじめにつけたのが機能低下してき、7月29日に2台を更新。

④ 揚水ポンプ更新
        表の池には高低差で川から水が入る。しかし、裏の池にはポンプで水を入れてる。
        ポンプにも寿命があって、9月10日に更新。3台目である。

⑤ 敬老会案内状をもらう
        自分が敬老会への案内状を受けることなど考えてもみなかった。
        案内状を手にし、とうとう自分も該当者になったのだなぁと悲哀の情がわく。
        民生委員の9年間、ずーっと敬老会の世話をやってきた身であった。立ち位置が変わった。

⑥ 冷凍庫購入
        食材に冷凍食品を使えば、毎食の調理がかなり楽になるのを仙台の友が語るのを聞いた。
        畑の野菜など今まで捨てていた部分も冷凍保存にすれば、手軽に調理できるという。
        そうした利便性を知って、遅まきながら冷凍庫を購入した。これで妻の苦労も少し減るか。

⑦ 従姉妹の逝去
        妻の従姉妹であるPさんが、11月16日に亡くなる。
        入院中、危篤を知らされ、急ぎ面会。必死の息つき。居たたまれずに病室を出る。
        その後間もなく、息苦しさで自分の喘息発作を知る。久しぶりの発作。弱い自分をみる。

⑧ 77歳になる
        12月18日、77歳の誕生記念日を迎えた。
        60歳で定年退職し、その後は町内自治会長(区長)、民生委員などをやってるうちに70代。
        「75過ぎたらキツイぞぉ」先輩の言葉を聞き、それなりに覚悟をしてたつもりだが......
        あっという間に77。
        この先、いったいどうなることやら、である。

⑨ ノートにメモされてるのは、以上の8項目である。
  しかし、よく考えれば、毎日がかけがえのない生活、出来ごとだった気がする。

  方々で撮ったフォトアルバムに残る写真の笑顔。
  播種し、発芽し、百姓としてほっとする気持ち。
  孫たちの逞しく成長した姿。
  ふりかえれば、数々のさまざまな出来ごとが思い出される。

  忘れてしまったことごとも無数にある。
  自分の周りであった出来ごともさることながら、社会や世界でのできごとも多くある。
  地震や台風のことも思い出す。
  
  そして、なんと言っても、ブログ「天童の家」を1日休まず更新できたたこと。
  アクセスしてくださる皆さんのこと、コメントやメールをいただき、それが毎日の大きな力になった。
  十大ニュースに並ぶことであると心底思う。そう思えることが嬉しい。

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  1. 2016/12/28(水) 05:20:22|
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風化させずに

  冬星に祈るや核のなき地球       川口市・青柳 悠

  福島に見えぬ出口の寒夜かな   福島県伊達市・佐藤 茂

 ↑ 朝日俳壇(12月5日づけ)より


  地震の傷日毎に深し冬に入る      熊本市・内藤悦子

  ふるさとと云えず福島冬に入る  福島県伊達市・佐藤 茂

  原発の不惑年齢変わるらし六十年に定年延びて        奥州市・及川和雄

 ↑ 朝日俳壇・歌壇(12月11日づけ)より


  福島の子を憂ひたるサンタかな     鴻巣市・佐久間正城

  原発に派兵にカジノに島凍てて    いわき市・馬目 空

  うすれゆく記憶減らない放射能黙らぬ原発4基福島に     埼玉県・島村久夫

 ↑ 朝日俳壇・歌壇(12月19日づけ)より


  フクシマの被災地の核のごみは除染し移染し果てしなき未来  東京都・松崎哲夫

 ↑ 朝日歌壇(12月26日づけ)より


南阿蘇村の岩坂仮設住宅団地の”みんなの家”(集会施設)では、健康サービス事業の一つとして、入居者の皆さんに万歩計を貸与、利用していただき、そのデータを記録することで健康管理に役立てるという事業がある。
阿蘇望亭さんの所属する”熊本シニアネット”では、そのパソコン操作能力を生かして万歩計に記録されたデータをパソコンに取り込む作業を手伝っておられる。

データの入力とともに、血圧や体重、体脂肪なども測定してデータを記録し、健康維持に役立てる。

被災者に関心をもって関わってくれる人たちがいる。そういう人々がいるというだけでも被災者には大きな励ましになるはずだ。
連帯意識は、被災者の方々にとって、ありがたいこと。復興には、長い時間がかかる。そのことを忘れずに、共に頑張ってくことが、大きな力になる。

被災者には厳しい冬を迎える。難民となって困惑している人たちも少なくない。そのことを風化させないで、関心を持ち続けていきたいとあらためて思う。
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26日、次のようなことをニュースで知った。

福島・大熊町で暮していた木村汐凪さん(当時7歳)は、3.11の津波で行方不明になった。
大熊町では津波で11人が犠牲になった。汐凪さんは、大熊町の行方不明者の最後の一人。
小さな遺骨が、5年9ヶ月ぶりで父に抱かれた。

大熊町は、放射線量が高く、今なお大半で立ち入りが制限される帰還困難区域。
見つかったことは「うれしいが、全て見つけるまで捜し続ける」と、父の規夫さんは、避難先の長野県白馬村から捜索に通い続けてるという。

*****
画像は、昨日の散歩で撮った月山・朝日連峰・そしてなんと鳥海山
鳥海山は、年に数回ほどしか見えない。今年最後の姿を見たようだ

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   ↑  鳥海山

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  1. 2016/12/27(火) 05:23:16|
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ハクチョウ



鳥インフルエンザで処分されるニュースを聞くと、なんとも無惨というか、かわいそうなと思う。
鳥をかわいそうと思うが、同時に養鶏農家の人にも似たような感情がわく。
誰に責任がある云々ではなくて、生きてるものを全て処分しなければならないことにである。

最上川スワンパークでは、鳥インフルエンザ発生を機に、餌付けを止めた。
他のハクチョウが集まる場所でも、餌付けをしないようになった。
ハクチョウたちは、餌付けの有無にかかわらず、北から渡ってくる。

昼間は、田圃で落ち穂等を餌とりしながら過ごし、日暮れになると塒にしてる沼や川へ戻る。
過去に、餌を与えられてたハクチョウたちは、塒(給餌)の沼や川岸に早めに舞い戻った。
あるいは一日中、給餌場の沼や川にいて、いつでもハクチョウの姿を楽しめた。
また、田圃等へ餌へ求め飛立つ姿、塒へ戻ってハクチョウの飛翔が、朝夕に見られた。

だが、餌付けを止めた時から、ハクチョウたちの塒は人の姿から遠い川辺に変わった。
人の姿になれてたハクチョウが、給餌を止めた時点から、次第に人の姿に警戒心をもつようになった。
ハクチョウを見たいと思えば、以前は、塒にしてる沼や川に行けばいつでもハクチョウに会えた。
しかし、給餌をやめてからは、ハクチョウがいる田圃へ行っても、なかなか近づいて見ることができない。

近くへ歩み寄ると、ハクチョウたちは、歩み寄った距離だけ離れて去ってくのだ。
給餌してた頃は、かなり近寄っても、警戒するようすがなかった。なのに今は、以前と違う。
ハクチョウたちが警戒するようなことを、われわれ人間どもがしたから、こうなったとしか思えない。
なんともせつない。

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  1. 2016/12/26(月) 05:20:59|
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同じ景色ない



寒いと散歩への腰が重くなる。最近、この傾向が強くなった。以前なら、多少寒くても、雨風があっても出かけたが、風が強かったり、陽射しがないと億劫になる。
その理由は、明らかで、歳とったからである。

他に考えられるのは、季節のせいもある。春なら、なにか新しいもの(草花とか、小動物など)に出会えるかも知れないと散歩へのモチベーションアップになるのだが、この時期にはそうした期待感がなにもない。

雪があれば、自然のかわった風景や雪面に映る樹木の影など、カメラを向けたくなる情景の一つ二つはあろうかと出かけるのだが、今はそういうものさえない。

それともう一つは、上の二つの裏返しだが、もうたいていのものは見ているという気分。これこそ老人の老いたという証左である。(苦笑)
だが、よく吟味すれば、「たいていのものは見ている」というのは、全くの思い違い。まだ見ていないものだらけかも知れない。

お馴染み pallet さんの「12/18 権現山&扇山」を拝見してたら、次のような記述にあう。

  私はここを何度か歩いているけれど下りに使うのは初めてです。
  景色の見え方が全然違うのは予想していましたが…これは…光のせいでもあるかな?
  しばし立ちまり、同じ場所から山頂方向(写真略)と浅川峠方向(同)を見てみます。

  まだ正午を過ぎたばかりなので影のできる方向は上りの時とほぼ同じですが
  眼に入る木の色(明るさ)が対照的です。

書かれてる通りだと深く共感する。たとえ同じ道を歩いても、往路と復路では見え方が違う。

だから、往路で見えなかったものが、復路で見つけ、迷いなくカメラを向けることが稀でない。
もっと言えば、同じ景色など絶対にない。季節の違いなどは別にして、同じ季節でも時間帯や空の雲の多寡によっても同じ情景はあり得ない。
だから、「たいていのものは見ている」というのは、間違った思い込みでしかない。

それを踏まえれば、「たいていのものは見ている」というのは、散歩を忌避するためのズルさ。(苦笑)
なんという思い上がり、先の見えた老人の戯言である。

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  1. 2016/12/25(日) 05:20:46|
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霧を写す



21日は冬至だった。
冬至は、嬉しい日である。まるでお正月を迎えたような気分である。
なぜ嬉しいか、その理由は単純である。冬至はいちばん日が短い日だからだ。

日が短くなるのは、気分まで滅入る。日はやはり長いほうがいい。
夏至あたりの午後4時は、まだ真っ昼間にちかい。
しかし、冬至のその時刻は、もう黄昏の翳り。日暮れれば、夜気分で、もう日中のような活動はムリ。
そう思われ、なんとなく損したような口惜しい気がわく。

いちばん日が短いということは、翌日からは日毎に少しずつ長くなる、ということである。
気持ち的に、長くなってくことが嬉しい。
お正月は、新しい年になる嬉しさだが、それはお正月という特別な、短期間だが、冬至からは夏至まで長期間にわたって日は延び続けていくのだから、それはお正月よりも嬉しさが続く、というわけである。(笑)

21日・22日と濃い霧になった。
霧の情景は、嫌いではない。むしろ好きと言った方が当たってる。わずかの距離で、はっきりした距離感が出るのが面白い。
いちばん手前のものはハッキリして分かるが、遠くへ行くに従って淡くなってく、その見え方がいい。

22日は、所用で寒河江まで行った。最上川に架かる村山橋の少し手前で、幻想的な風景を見た。
濃い霧の濃淡が最上川近辺にかかり、その上方に、真っ白に輝く月山が、なんとも神々しく浮かび上ってた。
「きれいだ!」思わず声が出る。
「撮ったら......」妻がそう言う。けれど、道路状況が許さないというか、うまく停駐車できない。

しかし、かりに都合よくカメラを向けられたとしても、見た目のように写せたかどうかは分からない。
霧は、肉眼で見るようにカメラには写らないことが多い。目にはきれいに見えても、カメラではなかなかそれを写しきることが難しい。
はたして、あの幻想的な、神々しい月山が撮れたかどうかあやしい。と思った。

っふふ、美味しいブドウをゲットできなかった狐は、(あのブドウは、きっと酸っぱくて不味いのだ)と思ったという寓話を思い出す。
月山を撮れなかった惜しさが、霧の撮影は見た目のようには写らない、との思いを優先させたのかも......

その霧を美しく撮るには、それなりの明るさ(光)が要る。
そのことを、21日・22日の濃霧のなかではっきり知った。
「写真は光を撮ること」を持論(笑)にしているものだが、改めてそれを確かめた思いが強い。


今日の画像は、文と無関係である。
昨日の朝、洗濯物を乾かし終え、空を見たら、虹がかかってた。
虹も光の屈折現象だから、そうか、霧とも全然無縁ではないかもね

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  1. 2016/12/24(土) 05:20:27|
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も  や



霧と靄については、12月3日に書いた。
驢 人さんからは、次のようなコメントを頂いた。

  もやもや

 もやる(靄る)とはいいますが、
 霧る、キリる、とはいいませんね…

 いい写真ですね。
 光が降り注ぐ!
           2016/12/03(土) 驢 人

  もやる

 驢 人 さん

 ことばって、面白いです
 「神ってる」もやりましたですねぇ(笑)

 写真 褒めていただき嬉しい!です
 でも、今一度リベンジしたいのです

(これでどうか!)みたいなのを撮りたい(笑)

           2016/12/03(土) こんの
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今日のも、3日と似たような「もや」が、午前中いっぱいかかった。
(これでどうか!)みたいなのを撮りたい、と意気込んでカメラを向けた。

だが、結果は散々だった。リベンジどころか惨敗である。
まぁ 焦る理由はなにもない。気長にチャンスを待ちたい。


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  1. 2016/12/23(金) 05:13:08|
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散歩道初冬

根 雪

気象庁のいう根雪には、ちゃんとした根拠というか、定義がある。
しかし、ここら辺で言う根雪とは、降り積もった雪が、春まで消えずに残ってる積雪状態をさす。
今年の初雪は、11月9日に降った。初雪は、もちろんすぐ消える。
12月10日から数日間降った雪も、間もなく消えた。

根雪になるのは、大地の地温や気温が下がってからである。早くて12月下旬、確実に根雪になるのは新しい年になってからだろう。
したがって、根雪になる前は、降った雪は溶け、黒い大地やアスファルト舗装が見えることになる。
残雪は、日当たりのない窪地などに多く見られ、それもやがては消えてく。

そうした日々を経ながら、気温が徐々に低くなり、大地も凍りついてくると、積雪は、根雪となる。
今年の根雪は、いつころになるのだろう?
19日の気温は温かく、歩くだけで肌が汗ばんだ。屋根に積もった雪が融け、雪庇からは小さな滝になって流れ落ちてた。
今年は、どのような冬になるのだろう?

19日の散歩道は、下の(画像)ような情景だった。
特にきれいとかではなかったが、っふふ カメラを向け、何枚か撮った。

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追 加

上の画像は、19日の散歩で撮った。

温暖な気温が続き、21日の散歩では、残雪はほとんどなくなってた。
次のそれは、上が19日撮影。下が21日に撮ったものである。

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  1. 2016/12/22(木) 05:20:41|
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遊 ぶ



見出しを「遊ぶ」にしたが、それよりは「やらせ」の方がよかったかも知れない。

19日の散歩では、カメラを向けるような情景に合わなかった。
それはそれでしかたないことだ。
でも、やはりちょっと寂しいというか、できれば1枚でもいいからシャッターをきりたかった。(笑)

毎日、こころに響くことに出会うことはムリである。そう自分に言い聞かせ、歩く。
散歩が主目的だから、歩けることがありがたいと思う。
自分を慰めるような気分で往路の終点近くまで辿り着いたところで、積雪面に、熟した柿が数個散らばって落ちてる。

冬至に近い陽光が、かなり斜めになって雪面の落柿を照らしてる。
(あぁ これは良い!)とカメラを向ける。
・・・・・・が、一つだけの柿では物足りない。せめて2~3個がまとまった形ならいいのだが・・・・・・

っふふ 決めた。バラバラに落ちてるのを拾い集め寄せればいい。
はい ヤラセになるのだが、躊躇するリユウはない。これはアソビなのだ。

うふ 楽しい遊びだ。
思いつくままに、熟した柿で絵を構成してみる。
そして、カメラに納める。
こんな画像をたくさんゲットした。少し並べて見よう。(笑)

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  1. 2016/12/21(水) 05:18:26|
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ヒヨドリ


今年の1月には、庭のウメモドキに赤い実が残っていた。
それをヒヨドリが啄みに来てるのを撮っている。(2016.01.24撮影画像)

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その実は、2015年秋になった実である。

ところが、今年は、もう実は一粒もない。
多くはならなかったが、ちゃんと実はついた。それが全部食べつくされたのである。
ヒヨドリは、それでもウメモドキの木にやってくる。

すぐ傍に、熟しきった赤い柿の実がなってる。それを喰いに来る。
柿の実は、昨年は不作だった。今年は大豊作で、全部はもぎとれず、熟した実がたくさんなってる。
鳥たちは、そういう自然の仕組みの中で、命途絶えずに生きているのだろう。と思うとホッとする。

でも、本格的な冬、積雪はこれからだ。
野生動物たちには、厳しい季節である。

18日に撮った画像 ↓

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  1. 2016/12/20(火) 05:20:10|
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Oh! 晩白柚



18日は、77歳の誕生記念日だったことは昨日書いた。
その日のことを知っておられる友が、大きな晩白柚を送ってくださった。
う、嬉しい贈り物である。

妻も嬉しそうで、美味しいマーマレードを拵えるからねと笑う。
晩白柚は、もちろん果肉も美味しいが、分厚い皮がマーマレードに最適だ。
誕生記念日に、いちばん嬉しいものを頂いた。

嬉しいなぁ 
嬉しいなぁ

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火の国で育ったバンペイユ
雪国へ送られ、雪の座布団

寒かろう
冷たかろう

いえいえ、寒くはありません
気持ちいい冷たさです



  1. 2016/12/19(月) 05:06:39|
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除雪車稼働


16日の夕方から、雪が本降りになった。
17日、除雪車の音で目覚める。
(どの位積もったのかなぁ)とカーテンを開ける。屋根には、20センチ近い積雪をみる。

雪ベラでは手に負えない。小屋からスノーダンプを出し、雪掻きをはじめる。
妻もやって来る。ありがたい。今年はじめての本格的な雪掻きを二人でやる。
小屋の前の庭は、けっこう広い。車4台がらくに出入りできる広さである。

庭を済まし、次に家の周りを歩ける分だけの除雪。いわゆる勝手口の確保である。
隣近所とのアクセスも確保しておく必要がある。隣人は、回覧板などを裏口経由で届けるからだ。

一通りの雪掻きが済む頃には、肌着が汗で濡れ、必ず着替えをしなければならない。
1日の運動量は、もうこれで十分だ。
朝食を済ますと、JA天童へ正月用食材の買い出し。棒鱈は毎年JAで買う。

今日のブログは、今日77歳の誕生記念日のことを書こうと思っていたが、っふふ 考えてみたら、特別書くことが何もない。
よくぞここまで来れたものだ。これも妻がいろいろ面倒みてくれたからだと感謝している。
「どんな誕生会にしよう」妻は、そう言うが、リクエストも思い浮かばない。感謝あるのみだ。

画像を3枚並べる。16日夕方から翌朝までに降った雪の量を撮った。
「天童の家」漬物工場?(笑)がメーンである。積雪量が分かる画像を意図した。

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追 加

  「備忘録として」

上に、次のようなことを書いた。

 今日77歳の誕生記念日のことを書こうと思っていたが、っふふ 考えてみたら、特別書くことが何もない。

しかし、これでは後日、困惑するかもしれないと思った。実際を、もう少し書き残して置こうと考え直した。

「パパは(リクエストが)なにもないと言うけど、77は意味ある記念日。パパの好きなこれで乾杯しましょ」
定期買出し日で、ショッピングセンターへ行った時に、いつもの紙パック酒でない銘酒を買ってくれる妻。
敢えて「いらない」と断ることもないだろうと素直に頷く。

買い物(3店舗で)を済まし、家に戻ると、娘の姿がある。
「お父さん、おめでとう」の言葉と、娘からも銘酒のプレゼント。息子も顔を出し、みんなでケーキとたこ焼きを食べる。
(あぁ、みんな記念日を覚えてて、こんなふうにしてくれるんだなぁ)と思う。
これまでは、寿司ショップ「彩」で会食していたのだが、今年は20日に、男仲間たちの忘年会の予定があり、自分の誕生会はしないと宣言していた。

77歳の18日は、上のようなことがあった。後日の備忘録として、書いておく。



  1. 2016/12/18(日) 05:20:13|
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す が


見出しの「すが」は、菅義偉官房長官のことではない。
気温が下がって、池や水溜りに張る薄い氷のことを「すが」と言う。
あまり馴染みのない言葉だろうが、童謡「どじょっこ ふなっこ」にちゃんと詠われてる。

  どじょっこ ふなっこ

 春になれば しがこ(すがこ)もとけて
  どじょっこだの ふなっこだの
  夜が明けたと思うべな

 夏になれば わらしこ泳ぎ
  どじょっこだの ふなっこだの
 鬼っこ来たなと思うべな

 秋になれば 木の葉こ落ちて
 どじょっこだの ふなっこだの
 船っこ来たなと思うべな

 冬になれば しがこ(すがこ)もはって
 どじょっこだの ふなっこだの
 てんじょこはったと思うべな


すががどのようにしてできるのか、詳しいことは知らないが、気温が氷点下になる頃にできる。
川や沼に張る氷には、すがに見られるような模様はなく、表面的には一様に滑らかな氷が張る。
その点、すがには様々な模様というのか、等高線のような光る線が見える。

その線が面白いというか、いろいろな想像をかきたてる。
「天童の家」の表の池にも氷が張ることがあるが、すがのような凍り方はしない。
できるのは、裏の池。
そのありようが面白いとカメラを向けた。

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  1. 2016/12/17(土) 05:20:58|
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雪 道 


雪は降ったけれど、たいした量ではない。大地もまだ冷えきってはいなし、気温はすぐにプラスになる。
したがって、降り積もった雪は、融け、ドサッと落ちる。

散歩道は、真っ白な雪が覆ってあるけれど、歩けないほどではない。
誰の足跡もついていない雪面を、ギュッ ギュッと踏み音をたてながら歩くのは、気持ちいい。

先人の足跡の後を歩くのと、まだ誰の踏み跡もない処女地では、まったく気分が違う。
雪が、歩く度にギュッ ギュッと鳴るのを楽しみながら進む。

っふふ こういう楽しみを味わえるのも、雪国に暮しているからである。

もちろん、たくさんの写真を撮った。
だが、雪景色は難しい。露出はカメラ任せでやってるが、雪の白さに惑わされてるのか、調子がでない。
所謂、白い闇(ホワイトアウト)に戸惑ってしまうのだろう。

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  1. 2016/12/16(金) 05:02:02|
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その歳になって

理解の難しさ

過去のことであるが、民生委員を3期9年間務めた。定年退職して、やや間があっての時である。
地区には、870戸ほどの世帯、3000人弱の住民がおり、6名の民生委員が分担しながらやっていた。
毎月定例会をもって、情報交換しながら、さまざまなことに取り組んで、けっこう存在感ある組織だった。

あまり知られたくない情報を扱うことも多く、守秘義務の遵守が日頃の言動を抑制していた気がする。
他者に対するブレーキの反動としてか、委員同士の会話は、むしろ微に入り細を穿った内容になる。
暮らしぶり、買い物のしかた、よくもまぁそこまで知っている!と驚く内容のこともあった。

そうした情報交換のなかで交わした会話を、ふと思い出している。

「高齢者のBさんね。独り暮らしで、話し相手がいないでしょ。毎日、朝、目を覚ますと『生きている』と独り言を言うのだって。」
「なんだか侘しいねぇ。生きているっていうのは、逆に言えば、まだ死なない、死んでいない、ということね」「そうよね、毎日、死を考えるなんて、ちょっとね」
「誰でもそんなふうにはならないじゃない?」
「死を考える毎日なんて...... いやねぇ」


今思えば、当時の民生委員の年齢は、みんな70前だった。死は遠い、実感のないことだった。
Bさんの心情を理解することができなかった。

今77歳を目前にして、Bさんの感じが分かるようになった。
人は、他人を理解することが容易でないと思う。
60代、70代、80代、それぞれの年代で、考え方、感じ方が違うのだ。いまさらと、恥ずかしい気がする。


  1. 2016/12/15(木) 05:22:28|
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陽を浴びせ



気象情報を見ながら、その日を待っていた。
今年、はじめて白菜を漬けたのは、11月13日だった。先日それを食べ尽した。
2回めの漬け込みの日を窺っていた。13日、午前中だけだが陽が射すという。

朝食を済ますと、直ぐに白菜に包丁を入れ、天日に曝す。
前回(11月13日)は秋晴れで、庭の落ちモミジが美しかった。
今回(丸1ヶ月後)の庭は、雪の白さと白菜の鮮やかさのマッチングがいい。

時々は雲が陽射しを遮りもしたが、白菜は陽光を浴びた。
昼食を済ませると、早速、塩だけの疏漬けにとりかかる。
重石をかける。やがて水が上がってくるだろう。

数日経てば、中粗目糖や調味料を加えて本漬けに仕込む予定だ。

先に漬けた「おみ漬け」は、しっかりと出来上がった。
ダイコンの酢漬けも(2回め)も美味くできたようだ。
青菜(セイサイ)漬けも、そろそろ漬け上がる頃だ。

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  1. 2016/12/14(水) 05:20:43|
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冬 景 色


12日、目覚めるとカーテンを開け、外を見る。(あぁ やはり積もってる)とホッとする。
この冬、いかにも雪降らしい2度めの積雪量であり、納得できる冬景色になってる。

妻が、雪ベラで雪掻きをはじめた。まだスノーダンプを使うほどの嵩高ではない。
(まぁ、任せておくかぁ)大量に降り積もれば、黙っていても男手でやるしかない。
妻がやってるのは、それだけの積雪量しかないという証左である。

洗濯をさーっと済ませ、カメラをもって外へ。
新雪に覆われた、所謂銀世界は、うらぶれた晩秋の景色の何倍も美しく感じられる。
同じ場所を見ているのが、まったく違う景色に見えるから、雪の力というか、雪景色は別世界だなぁ
うん、美しさを目にするのは、嬉しい!ことである。毎年、見られる景色だが、方々へカメラを向ける。

四季のありがたさをしみじみ感じる。
冬の季節は、他の季節とは大きく異る。雪が作り出す美しい銀世界がある。
雪や寒さは、暮しには厳しく、つらい。

 冬
雪・寒冷への大きな厄介感、忌避感をもつ。
雪・寒冷が作り出す大きな美的世界がある。

アンビがレンツを認める
それを承知しながら、なお雪景色の美しさに酔う

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  1. 2016/12/13(火) 05:15:29|
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足し算で



多くの写真は、引き算でやっている。いろいろな情報が満載の中から、伝えたい情報を取り出し、余計なのを切り捨て(引き算)
ながら撮っている。
余計な情報をどう整理し、主題を浮かび上がらせるか、そのやり方が面白い。

足し算で撮ることは多くない。時間をかけ(スローシャッター)ることはなかなか神経をつかう。
簡単なのは、なにか小道具をつかう。例えば傘を広げてみたり、落ち葉を添えるなどで洒落た画像になることもある。

今日の足し算は、コラボレーション。
これまでなかった雪を、それぞれの被写体にいれてみた。
はたして思惑通りにコラボ効果がでたかどうかは分からないが、並べてみる。

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  1. 2016/12/12(月) 05:20:21|
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続 シラサギ



シラサギくんといっぱい遊んだ。
たくさん撮った写真、やはり捨てられない。
だから、並べることにする。(笑)

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  ↑  獲物ゲット

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  1. 2016/12/11(日) 05:03:00|
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パラノイヤ的



ブログは、暮らしの一部というか、毎日の生活で得たこころの揺らぎを綴っている。
文を読み、画像を見て、共感や得心して頂けたら、それこそ嬉しいと思う。

毎日更新してるのは、「更新」に拘っているせいかもしれない。ある種のパラノイヤである。
感動が毎日あるわけもないから、なにかを探し、書き留めるほどでもないことを、冗漫にタイピングし、恥かしげな画像を臆面もなく並べているのが実態だろう。(苦笑)

毎日の暮らしの中で、ブログに費やす時間はけっして少なくない。言えば、かなりのエネルギーを使う。
できるなら、マンネリは避けたいと思うけれど、っふふ すでに大きな大きなマンネリ化の中にある。
日々の生活が似たような暮し方なのだから、そのなかでマンネリ化に陥らないことはムリと腹を括ってる。

何を書こうとしているかを言えば、次のことである。
7日は「スタンバイ」のタイトルでシラサギ撮影について書いた。
スタンバイを書きながら、今年もシラサギをずいぶんアップしたなぁと思った。

それで、本年はいったい何回シラサギを扱ったかを見てみた。次のようだった。

3月25日「サギと友だちに」
9月30日「シラサギ讃歌」
11月21日「シラサギを撮る」
12月7日「スタンバイ」

2015年は、12回シラサギをアップしていた。

どうして、こう拘るのかを言えば、へへ 実は、7日にアップしたばかりなのに、散歩でまたシラサギを撮ったのである。

先日撮ったばかりだから、今回は止そうという気持ちにならなかった。
散歩中に、向こうから、シラサギとアオサギが絡み合う形で飛んできた。
カメラマン根性が俄然沸き起こって、咄嗟にカメラを向け、続けざまにシャッターを切った。

2羽の絡み合いは、テリトリー争いだったのか? それとも交誼のそれだったかは不明だが、
とにかく、そういう詮索抜きでカメラを向けた。それも、狙いは青い方ではなく、シラサギへ。

撮った写真は、たいしたものではない。それでも毎度の如く捨てられずにアップすることにした。
まさにパラノイア的だなぁと独り笑い。独笑は、症状の一つであるようだ。(笑)


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  1. 2016/12/10(土) 05:04:27|
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サザンカ

花と雪

6日から7日早暁にかけ降雪があった。
気温のせいかサラサラした雪ではなく、ベタついた、すぐに融けてしまう雪だ。
朝のルチンワークをさーっと済ませて、外へ飛び出す。サザンカが咲いてるHさん家の垣根に向かう。

花と雪とのコラボレーションを撮るためである。

だが、雪といってもさまざまで、粉状のサラリとしたのがうっすらと花びらを覆うようであればコラボ効果も抜群なのだが、ベタ雪ではあまりにも重たさがでてしまう。
へへ なんとも欲張りというか、注文が高い気がするけれど、せっかく撮るのだから、ベターを望みたい。

とは言いながら、どうにかならないものかとカメラを向ける。

むむ、やはり、画像は月並み以下になってしまった。が、並べよう。

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ふ~む やはり重たい雪だなぁ

雪降る前に撮っていたのがある
それを並べて、へへ 誤魔化そう

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  1. 2016/12/09(金) 05:20:20|
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淡 い 虹



虹は、気紛れというか......
いや、儚いものである

時雨が、虹を連れてくる
時雨は、気紛れものだ

虹を見つけ、カメラを取り出し
構図などでうろちょろしてると
淡くて、撮れなくなってしまう

淡いまま、いつまでものこってる
未練心で、いつまでも眺めている

霙まじりの時雨だったから
洗濯物は、下屋に吊り下げた

なのに、外に並んで風に揺れてる
時雨が、乾かした衣類を嬲ってる

「先っきまで照ってたもの」妻が言う
「時雨の季節だからねぇ」相棒が呟く

虹が、淡いままでのこってる
カメラを向けシャッターを押す

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虹は6日に撮った。
1枚だけでは、やはり寂しい。

7日の散歩で、朝日連峰の峰々がきれいだった。
それを一緒に並べよう。

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最後の画像は、朝日連峰の主峰「大朝日岳」である。


  1. 2016/12/08(木) 05:30:35|
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スタンバイ



毎日、歩くことを日課にしている。
畑仕事などで散歩できないのはしかたないが、悪天候でない限りは歩くことにしている。
足腰の衰えを少しでも遅くすることが、健康維持につながると思っているからである。

五臓六腑は大切なのだが、下肢の筋肉も免疫力増強に大きく関与しているので、歩くことで運動量を確保したいと思っているのである。
「健康であること。それには歩くのがいちばん。元気でいきることがパパの仕事ね」妻の言葉に、素直に従っている。
もともと歩くことは好きだった。なにかの都合で歩かない日が続くと、歩きたい!と思う。

このことは、すでに何度も書いた。
ブログをやっていると、絵とか文が必要だ。そのネタ探しに歩く。歩くのは健康維持のためだが、取材ということもある。
取材が、先にあって、そのために歩いて行くことは多くない。歩くという日課に、取材が従う形だ。(笑)

だから、通常は、白紙の状態で歩きはじめる。何かを見つけたり、出会ったりし、こころの琴線が響き出すと、カメラの出番や、言葉が蠢き出す。
歩きはじめに、今日はどんなもの(こと)に出会えるかなぁと思う。毎日きまってそう思うわけではない。
むしろ、そういう期待感もなく、淡々と歩きだすことが多い。

この日も、雲や風の状態を気にし、歩きはじめる。(時に似合わない温かさだなぁ)
数歩、歩いた時、川向こう岸にシラサギがいるに気づく。歩みを止め、カメラを向ける。
その時点から、シラサギとの根気比べがはじまる。歩数計はわずかしかカウントしない。

シラサギは、カメラマンを気にし動かない。もちろん、カメラマンも警戒感を抱かせるような動作をしない。
カメラでシラサギを捉えたまま、ファインダーから覗いたまま、互いに大きくは動かない。
シラサギは、長い首を伸ばしたり縮めたり、橙色の長い嘴を左へ、右へ動かすことはする。
近くを泳ぐ魚(餌)がいるのかどうか分からないが、餌を捕る動作もない。

やはりカメラマンの存在が気になるシラサギくん。
素速く飛べる翼をもっているのだから、カメラマンから離れたらいいのにぃ
だが、どういうわけか逃げる気がない。

でも、なにかのキッカケで、きっと飛びたつ。
飛翔する瞬間をキャッチしたい。そのチャンスはある。

カメラマンは堪えて待つ。飛翔する姿を撮るために。

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  1. 2016/12/07(水) 05:20:04|
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難民がいる

原発の島

2011年3月11日(3.11)で被災したことごとに関連した句や歌が朝日俳壇・歌壇に掲載された何回分かをブログでアップしてきた。
今、ここに11月7日、13日、21日、28日の日付けの新聞がある。
7日と13日付けには、3.11関連句や歌がない。

これまでたまに関連作品がない週はあったけれど、2週続けて無しは、おそらくはじめてのような気がする。
関連作品の投稿がなかったということではないだろう。あったとしても選外レベルなら掲載されないのはしかたない。
そうだとしても、やはり淋しい気持ちは強い。3.11難民は、まだまだたくさんいるからである。

  始発駅残る蚊にしこめが息を吹く   熊谷市・時田幻椏

掲句は、3.11関連句ではない。畏友 時田さんの句が7日次席で掲載されてるのが嬉しかった。


  山林に自由は存れど家近き山除染せず帰還るに難しと     福島市・青木崇郎

  ランニングコストが安いと原発の廃炉に掛かる金は無視して  甲府市・内藤勝人

↑ 上は、21日付け歌壇より


  原爆の原発の島永久に凍つ     いわき市・馬目 空

  口下手なフクシマ憂ふ木守柿     鴻巣市・佐久間正城

↑ 上は、21日付け俳壇より


  福島に見えぬ出口の寒夜かな  福島県伊達市・佐藤 茂

  冬星に祈るや核のなき地球      川口市・青柳 悠


↑ 上は、12月5日付け朝日俳壇より

以前は、我が日本には、難民などいないと思っていた。だが、それは違ってた。
最近、ニュースで報じられてるが、福島から避難している転校生が、いじめを受けてたり、また、婚約女性が原発事故地からの避難者であることが理由で破談になるなどの事例を耳にし、こころがいたむ。

短歌や俳句で、3.11の風化を少しでも防ぎたい気持ちで、このようなブログを時折アップしているのだが、なんとも無力感を覚えてしまう。
しかし、難民の居る限り、根気強く、忘れずにやっていきたいと思う。


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  1. 2016/12/06(火) 05:16:39|
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漆 の 実


いつもの散歩コースよりも下(立谷川下流)の方を歩いた。奥羽山脈を眺めたいと思ったからである。
西方の朝日連峰は、すっかり冬姿になってるが、東方の奥羽山脈は東北の背骨になっている山々が連なっているが、朝日連峰や月山などより降雪量は少なく、冬到来がやや遅くなる。
朝日や月山は、一気に冬になり変わるが、奥羽山脈は日々を経ながら冬が深くなってく。そのあたりの変わりようが面白いと思う。

奥羽山脈は、まだ疎らな冬だ。晩秋に歩いた二口峠周辺の山々もわずかの積雪でしかない。
歩いてると肌着が汗ばむ。(暖かいのだなぁ)寒いよりは暖かいのが良いから嬉しいが、寒暖のありようが尋常でないのが気になる。

面白い被写体を探しながら歩いてるのだが、なにもない。シオンに似た花など咲いているが、いまさら花を撮ってもしかたないとパス。
歩きはじめから気になっていたのだが、漆の実がたくさんなってる。今年は漆の実の当たり年なのだろうか?

藤沢周平の作品に、「漆の実のみのる国」があって、漆の実を見ると、きまって上杉鷹山の物語を思う。
竹俣当綱が上申した漆、桑、楮 各百万本の植え立て計画が、貧苦に喘ぐ十五万石の藩が、ゆとりある三十万石に変わるという思惑だが......

「三木植立て計画となっておるが、主力は漆だな」治憲(上杉鷹山)が竹俣当綱に問う。
「さようでござります。もっとも確実に、しかも多額にわが藩に利益をもたらします」

しかし、世の中なかなか計画通りにはいかないものである。米沢十五万石は苦悩しながら、頑張りつづける。
藤沢周平の人生最後の力作(上下二巻)は、次のような記述で締め括られている。

  鷹山は微笑した。若かったとおのれをふり返ったのである。漆の実が、実際は枝頭につく房のようなもの、こまかな実に過ぎないのを見たおどろきがその中にふくまれていた。  (完)

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  1. 2016/12/05(月) 05:15:15|
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雪待つ山寺



紅葉が終わった後の景色は、ボロ雑巾のように見え、カメラを趣味にしている身にはせつない。
雪が降れば、汚いものはすべて隠れるから救われる。畑の青物もないし、田圃にはもちろん稲も見えない。
果樹には実もなく、葉を落とし、裸木になって寒々しい。
吹風が冷たく、立谷川を流れる瀬音も他人行儀に聞こえる。と書けば、おかしなことをと笑われるだろう。

たしかに、自分でも少しおかしいなぁと思う。気持ちが後ろ向きなのだ。
それでも、美しいものを見れば美しいと思うし、陽光が輝けばこころも上向く。
大きな声では言えないが、できれば早く雪が降って、うらぶれた景色を覆って欲しいと思う。
雪景色の山寺は、美しい。雪のようではないけれど、霧のかかった山寺もいいものだ。

散歩道から眺める山寺は、真正面からのそれとは違った姿である。
側面からの山寺にカメラを向けてみた。
もう少し霧が濃ければ、よかったのになぁ

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  1. 2016/12/04(日) 05:20:16|
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