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人物を撮る

人間の魅力

立谷川沿いのサイクリングロードは、恰好の散歩道でもあり、雪で閉される時季をのぞいて歩いている。
四季おりおりに花が咲き、さまざまな実も見られる。間もなくネムノキの花が咲き、木苺が熟すだろう。
木々が鬱蒼と茂って、熊出没などいう物騒な看板もあるが、瀬音を聴いたり、仙山線を走る電車の響きを楽しむなど、散歩には欠かせない絶好の道である。

この道は、車が通らないから、安心して逍遥できる。
通学路として利用してる人もいれば、農道として使っている人もいる。サイクリングを楽しむ人、毎日の散歩道にしてる人と、さまざまである。
そういう人々の多いときもあるが、まったく人の姿を見ない時もある。

知らない同士が、散歩路で顔馴染みになって、親しく会話をもつようになる。
(あぁ、今日もまた元気な姿に会えたなぁ)と、一言挨拶を交わすだけで嬉しくなったりする。
いつも出会ってた人の姿をしばらく見かけないと、(どうしたのかなぁ)と心配になったりすることもある。

身近な生活道で、人の姿を見ても、そこになにか物語を感じることは、そう多くはない。
ところが、散歩道では、出合う人の姿に、なぜか妙に物語を覚え、嬉しくなるのである。
例えば、親子でサイクリングしてる姿に、あるいは犬を連れて散歩する姿に、一人でランニングする姿に、物語を読みとる。

散歩道で見る姿には、産業道路や生活道では感じない人の暮しやありようというか、生きているというそれぞれの物語が見えてくるのである。
なぜそうなのかは分からないが、そう見えるから面白い。もちろん、あくまでも推察・想像の所産でしかないのだが。
だから、散歩道で人に出合うのは楽しい。言葉を交わさなくても黙礼だけはする。

特に、複数の人々(生徒たちの走行練習・学生たちの鍛錬・サイクリングなど)の姿を見ると、反射的にカメラを向けてしまう。
物語の量と多様性が、カメラを向けさせるのかもしれない。
「赤信号 みんなで渡ればこわくない」みたいな心理が、撮られる方・撮る方の両者に生じ、警戒心が薄くなるような気がする。(相応しくない表現はお許しください)

風景や花や実を撮るのとは違う、人物写真の物語性が、カメラを向けさせる。
もちろん、プライバシー侵害するようなことがないよう点検を怠らない。
カメラは、撮られる方たちに明らかに向け、シャッターをきる。

それでもこのような文を書かねば気が収まらない。人物写真の難しさを痛感する。

それなのに、敢えてカメラを向け、こうしてブログにエントリーする。
この世界は、花や実や、風景だけで成り立っているのではない。
人間社会の、さまざまな出来ごとや関係性がある。そこらへんに伝えたいことがあるのである。

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  1. 2016/06/30(木) 05:14:32|
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紅 花

 
   まゆはきを俤にして紅粉の花     芭 蕉

 紅花は、アザミに似た菊科の花で、古名を末摘花、紅藍、久礼奈為とも呼ばれ、7月の梅雨の時期から梅雨明けにかけて、真黄色の花を咲かせます。
 原産地のエジプト・地中海沿岸からシルクロードを経て、飛鳥時代に渡来した紅花は山形で美しく花開きました。特に江戸時代においては、土も肥えて水はけもよい最上川流域は紅花の一大産地となり、山形の紅花は京都や大阪で大変重宝されました。
 現在では、加工用の最上紅花や、切花用のとげなし紅花・しろばな紅花などが、山形県内の村山・置賜地方を中心に栽培されております。また昭和57年に紅花が山形県の花として定められ、山形県民に広く親しまれています。

山形県HPより

以下の画像は、28日に天童市上貫津の紅花畑で撮った。
天童市の紅花まつりは、7月2日からはじまる。

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  1. 2016/06/29(水) 05:04:40|
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物 騒 な 

立谷川沿いのサイクリング・ロードに立ってる

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散歩道に、このような物騒な立て看板が......
看板自体は、珍しくないのだが、例年は秋に見るもの
今年は、なぜか春から熊の出没がみられたという

それでも、この散歩道を歩く
なんといってもベターな道なのだ
もし熊が出たら、それこそ得難い被写体と思ったりする

(出ないだりう)との思いがあるからだ
ホントウに遭遇したら、ふ~む どうすればいいのかなぁ(苦笑)

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看板が立ってから、散歩者やサイクリング者が減ったという状況ではないようだ
「熊出没注意」であって、通行禁止ではない
注意とは、うう 
そうか、熊よけ鈴をつけて歩くとか、大声で歌いながら歩けばいいのかなぁ

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追 加

金山町では、登下校に付き添う保護者が、爆竹を持参。
熊が出た時は、爆竹音で追い払うというニュースが放映。
そういえば、熊追いスプレーなどというのもありましたなぁ




再追加

  空港にクマ、2便に遅れ 滑走路近くの制限区域内 秋田

 1日午前9時半ごろ、秋田県北秋田市の大館能代空港で、滑走路から120メートルの制限区域内にクマ1頭がいるのを除草中の作業員(60代)が見つけ、管理する県に通報した。その後、地元猟友会員らとクマを捜したが、見つからなかった。滑走路の安全確認のため、2便に4分と16分の遅れが出た。

 県や県警によると、空港の周囲約7キロは、上部に有刺鉄線を備えた鉄製フェンスで囲まれている。フェンスに動物が通り抜けられる穴や破損は、確認されていない。目撃されたクマは体長約1メートルで、午前10時ごろにもフェンス外でクマ1頭が目撃されているという。
 県の担当者は「フェンスは対人間用。クマが登って越えたとしか考えられない」と話している。同空港は山を削って造成しており春以降、クマの目撃情報が相次ぐ。2006年と12年にも各1回、制限区域内で目撃されたが、ともに駆除されていないという

                                    朝日新聞より


  1. 2016/06/28(火) 05:29:47|
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スイレン

昨日、近くにあるスイレン池に行って楽しんだ。

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  1. 2016/06/27(月) 07:20:46|
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あじさい

季節の花

6月の花といえば、すぐ思い浮かぶのはアジサイ。
アジサイは、どこでも見られる花だが、好きな花である。
色、形がさまざまで、同じ株でも咲いてるうちに色が変わってくるのもあって面白い。

七変化などとも呼ばれるのがあるようだ。
「天童の家」のも、これまで淡い青色だったのが、今年は赤味を帯びてるのがある。
その赤っぽい花が、毎日少しずつ濃くなって、広がってくのが分かる。

毎年、山寺の芭蕉記念館近くのアジサイを撮っている。
今年もまた行ってみた。

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  1. 2016/06/26(日) 05:20:44|
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季節だより

さくらんぼ収穫の後始末があって、なかなかゆったりした時間がもてない。
それでも寸暇を盗むようにして歩いてる。

忙しいと、やはりこころを亡くしてしまうようで、気の利いた文がさっぱり浮かばない。
まぁ ムリして駄文を並べても仕方ないので、と自分を慰めている。(苦笑)

季節の花を並べる。

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  1. 2016/06/25(土) 05:24:30|
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時のものたち

散歩道で、今 目につくものを撮った。
あるものを、あるがままにカメラにおさめる。

最後のアジサイは、裏の池の傍らに咲いてる。

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  1. 2016/06/24(金) 05:12:45|
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カモシカ再び

昨日の朝散歩で、またカモシカに出合う。
カメラを向けても、一目散に逃げ出すようなこともなく、じーっとこちらを見つめている。

写真を撮らせてもらうだけでいいから、そう言いつつシャッターをきる。
カモシカは、わかってくれたのか撮らせてくれた。(笑)

もし、殺気などを発していれば、こうはならなかったはずだ。
ということでまちがいないことにしておいてください。(笑)

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追 加

四つ目

これまで見てきたカモシカと違うような気がし、検索してみたら
同じ天童市の方のHPに、似たようなカモシカのそれが見つかった。

           http://www.creature-pet.com/archives/30497172.html

 「カモシカがいることに気付き、顔を見たら目が四つあった」。カモシカは、しばらくその場を動かずに中川さんを凝視し、中川さんは7~8メートルの距離まで近づいて携帯電話のカメラで撮影した。
 友人らに写真を見せたところ、「不思議な生きものかも」と話題になったという。

 野生生物の生態に詳しい伊藤健雄山形大名誉教授は「カモシカの両目の真下には眼下線と呼ばれる器官があり、それが目に見えたのだろう」と分析する。
  眼下線は、縄張りを示すための分泌液を出す器官で、液が光って目に見える可能性があるという。

中川さんは「神様に出会ったような気分だった」と振り返り、吉兆ではないかとひそかに期待している。
目が四つあるように見えるカモシカ。両目の下の眼下線がその理由らしい

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また追加

眼下腺

追加の文中にある「眼下線」は、正しくは、「眼下腺」のはず......  っふふ こんのの老婆心というやつで...... (苦笑)


  1. 2016/06/23(木) 05:14:15|
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人物の存在

次は、20日「賜りもの」へ阿蘇望亭さんからのコメント、それへのレスポンスである。

  感 想

 今だから言いますが、人物の存在が画像を引き締めているなあ~って思いました。
 それぞれが思い思いにシバザクラを楽しんでいらっしゃる姿がいいですね!
 前もって書いて外れていたら恥ずかしいと思ったので・・あと出しじゃんけんですみません(笑)

                     2016/06/20(月)    阿蘇望亭
  人物の存在が

 阿蘇望亭さん
 人物の存在  そ、そうですねぇ 仰るとおりだと思いますです
 風景でも、やはり人がいる、いない、で変わります
 なるべく人物を入れて撮りたい!と思ってます
 ありがとうございます
                      2016/06/21(火)    こんの
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数多あるブログで、さまざまな画像が使われている。
それらの画像は、圧倒的な情報量を提示してくれ、ありがたいことである。
ただ、プライバシー云々の面倒くささを避けるためか、人物像が少ない気がしてならない。

プライバシー狩り的な指摘をし、いかにも得意面してる御仁もいるから困りものだ。

だが、誰がなにを言おうと、世界は人間の存在が圧倒的であり、その関わりがさまざまな喜怒哀楽社会を作りあげている。
そこに人の姿を見ると、画像はたちまち物語を生み出す。

阿蘇望亭さんが、「人物の存在が画像を引き締めている」と言われる所以も頷ける。

今回のコンテスト応募のために、同一シーンを何枚も撮った。その中で、応募作を選択するにあたり、人のありようというか、存在位置や姿などを注目した。
その画面に、人がいるか、いないかによって、画像が語るものも違ってくる。
以下に、ふるい落としていった画像を並べる。応募作と見比べていただくと、その違いがわかって頂けるはずである。

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以上が、ボツ画像
下が、受賞作(再掲)

芝桜G


  1. 2016/06/22(水) 05:33:25|
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さくらんぼ終了

6月は、さくらんぼの季節である。
赤く熟した小さな恋人が、青い葉っぱに囲まれ、初夏の爽やかな風にかすかに揺れてる。

中旬過ぎて、本命の佐藤錦が満を持して出荷され、観光果樹園はお祭りのように賑わう。

早生種の紅さやか、正光錦などの収穫は、ずーっと先に終わった。

平年の半分以下の実付きで不作の佐藤錦、その色づき(成熟)も不揃いで、早く色づいたのと、そうでないのが混在し、収穫にも面倒さが重なる。所謂「選びもぎ」をしなければならない。
成熟しきらない実は残したまま、色づいたさくらんぼだけをもぐのは、面倒感が伴い、作業速度も落ちる。

実付きが良過ぎた西部地区では、豊作と喜んでだけはいられない。多すぎる実付きは、さくらんぼを小粒にし、色づきも遅れがちになる。
なにごともそうだが、「過ぎる」のは好ましいことではない。(苦笑)

「天童の家」の佐藤錦は、過去にない不作で、JAへの出荷は一箱もなし。毎年の注文予約と贈答用だけで、どうにかかぎりぎり間に合った。
不足分ができ、他所から譲り受けなければならないかと心配したが、どうにかそういう事態にだけはならずホッと胸をなで下ろす。

なんだかだ言っても、さくらんぼの収穫は嬉しい。
梨やラ・フランスの実では、絵にならないが、さくらんぼのなってるのを見るのは、こころが弾む。
ということで、今年最後の画像を並べる。

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  1. 2016/06/21(火) 04:47:54|
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賜りもの


芝桜G

受賞写真を幾度も、見て思う。
高位受賞できたのは、たまたまの偶然であると。
撮影できたそれは、作品などと呼ぶものではないとも思う。

もちろん、それなりにいろいろ考え、あの山へ上った。
あの場所を選んだのは、2分の必須。あとの8分はたまたまの幸運である。
あのアングルは、山寺でさくら花を撮った時に得たものだ。(あぁ、この俯瞰がいい!)と。

画像に、目障りな枯れ木が写っている。それも幸いに葉が繁っていないから邪魔さもだいぶ軽減されてる。
さらに幸運なのは、5人の人物が、それぞれにまるで打合せでもしたかのようにちょうどいい位置に、目立ち過ぎないでいる。
この人たちがいなければ、この画像はかなり間延びしたものになっていたはずだ。

サイクリング・ロードの位置、遊歩道から分かれ、芝ざくら広場(河川敷)に入る路を歩く人二人、カメラを構える男性、すべてが揃っていい位置にいる。

言うまでもないが、このような状況は、誰が設定したわけではない。たまたまあの時間に、あの場所にいた。
それを偶然に写すことができた。

この偶然の連続、それが巧まずして写せた。これは作品などではなく、なにものからかの賜りものの結果と思えてしようがない。

グランプリを目指すなどと息巻いていても、結局、それはこちら側の一方的な思い込みであって、そうなるか、ならないかは、誰にも分からないことだ。

応募した他の画像(自分の)を見れば、やはりイメージしてる重要ななにかが不足してる。
時期的なズレや、構図的に半端だったり、光量の足りなさとかさまざまだが、要するに作品になるには賜りものがないのである。

そういう意味では、作品などと呼ぶのは、あまりにも恣意的というか、傲慢で、現実には、与えられたそれを撮らせてもらっている、というのが実際ではないか。

今回、コンテストに参加させていただき、以上のことを切実に感じることができた。ありがたいことである。

コンテストを否定はしないけれど、今後は進んで参加することはしたくないとも思う。写真は比べるものではないからである。

今回のコンテスト参加で、以上のことがわかったことが大きな意義だったと、勧めてくださった友にしっかりと伝えたいと思っている。
友と、そして「運」みたいなものから賜った賞をこころの奥にだいじにしまいながら、今後も好きな写真を撮り続けていきたいと思う。

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↑ ↓ 4月19日撮影(再掲)

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  1. 2016/06/20(月) 05:30:03|
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しあわせ

父の日に

繰り返し書いているが、写真が趣味で、毎日のようにカメラを使っている。
今年は、意図的にコンテスト写真に取り組み、生涯で2回めのコンテスト応募を果たしたことが特記的だ。

しかも、その結果、望外の準グランプリ受賞は、私の満足心を膨らますできごとである。
その発表・表彰式・展示が19日に、コミュニテイセンターやまでら館で行われた。

そう言えば、19日は「父の日」でもある。
そのことに気づき、「今年は、最高の父の日だなぁ」と呟く。
それを聞いた妻が、ふ~む 妙な顔をしたような気がした。

むむむ これは失敗(失言)したなぁと思う。

先日、娘から、ワインとたこ焼きを「父の日プレゼント」としてもらっている。
妻からも、欲しかったものをもらい、嬉しかった。
息子と母からは、大好きな辛い水とSTARBUCKSをもらう。

それを失念し、思わず、コンテスト表彰行事に感激し、「最高の日だ」などと呟いたのである。

娘からの、妻からの、息子や母から、こころのこもったプレゼントがなによりも嬉しい!のに......
それにもまして表彰式を「最高」と言ってしまったのだから、妻のこころを傷つけてしまったかもしれない、などと思ったのである。

「ママ、ごめん! いちばん嬉しかったのは、ママやひろ(娘)、息子たちからのお祝いだよ。ホントだ!」と慌てて弁解する私。

「パパ、なに慌てている? ふふ ムリしなくていいのよ。パパが受賞した喜び、よくわかるし、私も嬉しい。最高でいいのよ。パパの素直さがいちばん。いまがいちばん幸せよねぇ」

「......うん、ママ ありがとう。そうだなぁ いまがいちばん幸せ」そう素直に言いなおす。

定年退職してからすでに16年経った。この間、民生委員とか、自治会長(区長)などをやらせてもらい、それなりに喜怒哀楽というか、刺激的なことも楽しんできた。
だが、最近の数年、体力の衰えを感じ、気力的にも平穏さを求める傾向が強く、刺激的なそれに縁遠かった。

故に、今回の写真コンテスト挑戦、さらに高位入賞を得られたことで、久しぶりの興奮状態となったのを自覚する。
76にもなる老人が、表面上は取り繕ってはいる(笑)ものの、内心のテンションは、膨らみきった風船で、針でつつけば即破裂してしまうような危うい精神状態である。

ホントに、この歳になって味わう久しぶりの昂ぶり。もうこのような興奮はないものと思っていた。

なのに、年甲斐もなく戸惑い、落着かない。いくつになってもまるで子どものように、イヤ 子ども以上に燥いだ気分なのである。
老いれば、こころもそれなりに穏やかになるものと考えていた。でも、実際はだいぶ違う気がする。

昔、現役で働いていた頃、80を越えた老患者が、若い看護婦のお尻を撫でて困るなどと話し、「いけ好かない患者だ」などと笑っていたことを思い出す。

80に近い自分の現在を鑑みれば、若い看護師のお尻を触りたい気持ち(欲求)は、へへ 十分以上にある。

あぁ、冷静にみれば、そもそも、この歳で、このような文を書くことが可笑しいことであるだろう。
それほどに、コンテスト入賞のできごとが尋常さを超えているという証左でもあるような気がする。

うん、やっぱり今日は、我が人生でも最高の日なのだなぁ
素直にそう思おうと思う。(笑)はい 最高の日、である。

芝桜G

↑  コンテスト準グランプリ受賞作

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以下は、応募のために撮ったなかから

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芝2

月山


  1. 2016/06/19(日) 11:54:18|
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赤 い 実

ヒョウタンボクの実

ヒョウタンボクは、別名:キンギンボクと呼ばれ、その花と実は、あのスイカズラと似てる。
以下は、ある方のHPからの転載である。

http://blog.livedoor.jp/kake1045/archives/52278606.html

「ヒョウタンボク」オイシソウな実、でも、これ赤信号!

 やぁ~、なりました、なりました??
 我が家の花壇の「ヒョウタンボク」赤い、キレイな、実、なりました。
二つの、赤い実、ガッチリひっつき、一つのヒョウタンみたい、ピカピカ、輝き、水々しくって、甘そうでオイシソウな、赤い実、

赤い実、チョット、つぶしてみたけど、果肉、とっても柔らかく、種も、小さく、一口に、入ってしまいそうで、中まで赤く、食べたいなァ、

これこれ、ウッカリそんなこと、アキマヘンデ、この実には、猛毒あって、赤い色付いてるやろ!赤信号出してるやん。
はい、はい、そうでした、信号無視は、命取りってね。ウフフ。

所でこの「ヒョウタンボク」、花は、5月に、咲いたとこ、秋にならない前に、もう、赤く熟するなんて、気がはやい、あの時咲いた、白い花、だんだん花色変わり、黄色になり、
白と黄色の花、二つ並んで、見られる、変わった花木、だからこの「ヒョウタンボク」を、別の名前で、白と黄色を、金と銀に見たてて「キンギンボク」とも言うんだって、事だったね、

金と、銀から生まれた子でも、ヤッパリ赤ちゃん、赤い顔???
しかも、赤い実、二つならんだ、赤ん坊、双子ちゃん??と言うより、大小違う、大きさのもあり、丁度、ヒョウタンみたいな形、
ヒョウタンに、良く似た、形の実のなる木、だから、この木の事を、「ヒョウタンボク」と言うんだって事、前にも、言ったけど、

花は、二つ並んで、一緒に咲き、赤い実は、二つひっつき、いっしょになる(生る)
この姿、一つ実の、中腹あたりがヘッコンだ、ヒョウタンでは無く、二つの実が、ひっついて、ヒョウタンの形に見える、
これこそ、花言葉で言う《愛の絆》で、強く、堅く、ガッチリと、結ばれた、形にふさわしい、自然の、不思議な力。

惜しむべくは、オイシイ果物、数ある中で、こんなに、食欲そそる、色艶鮮やか、木になる、赤い実、小鳥が、食べても影響無く、人間、食せば、害あること。
これ、山野にある植物の、繁殖手段、野鳥たち頼りの、自然の摂理と言う他なし、と言う事かも。

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今日は、午前10時から「やまでら館」で、芝ざくらまつり写真コンテストの発表・表彰式・展示が行われる。
はい、長い間待っていた日である。(笑)
詳しくは、帰ってから書く予定である。

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  1. 2016/06/19(日) 05:43:04|
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百合咲く

タイトルの百合を、ユリにするか、ゆりにしようか、それとも百合にするかと迷う。
ユリ・ゆり・百合 どれでもいいのだが、なぜか迷った。
迷ったすえに、っふふ 百合になった。

この時季になると、毎年咲いてくれるのがありがたい。
いろいろなユリの花があるが、赤いのが真っ先に咲いてくれた。

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  1. 2016/06/18(土) 05:13:01|
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今度は北海道

地震列島

震度6弱の強い地震が、今度は北海道で起きた。

  北海道函館で震度6弱=泊原発異常なし
時事通信(16日づけ)

 16日午後2時21分ごろ、内浦湾を震源とする地震があり、北海道函館市で震度6弱の揺れを観測した。
 気象庁によると、震源の深さは約10キロ、地震の規模(マグニチュード)は5.3と推定される。
 津波の心配はないという。

 北海道電力などによると、泊原発1~3号機(北海道)に異常は確認されていない。
 JR東日本によると、北海道新幹線や東北新幹線などは平常通り運転している。

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震源地からそう遠くない所にある泊原発には、幸い異常がないらしく、ホッと胸をなで下ろす。
日本列島は、北から南まで断層の巣みたいになってる。第二のフクシマ原発にならないことを祈らずにはいられない。

画像は、昨日と一昨日に撮った裏の池に咲くスイレン。

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  1. 2016/06/17(金) 05:24:43|
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イ モ リ

アカハライモリ

14日の散歩(朝食前)でイモリに出合った。

昔、ふる里の小川で、フナやナマズ、ドジョウなどを獲ってる時、イモリが網に入ってることがあった。
なんだかあまり気持ちいいものではなく、ちょっと恐ろしい気分で、放り投げたりした。
カナヘビやヘビに似たような姿形と感情を思い出す。

イモリで検索したら、次のようなのにヒットした。
                  http://allabout.co.jp/gm/gc/69905/

平地から山地の水のきれいな水田や小川、池など流れが緩やかな水中で生活しています。基本的に水中生活者で、ほとんど自ら好んで陸上に上陸することはないようです。

本来は日本中のいたる場所で見ることができたらしいのですが、平野部の都市化が進んだせいか、少なくとも私が住んでいた神奈川県の平野部では自然下で見たことはありませんでした。
宮崎県に来て、はじめて野生のイモリを見た感動は今でも忘れられません。

食性は肉食性でオタマジャクシやミミズ、昆虫などを貪欲に食べています。
行動の時間帯は決まっていませんが、どちらかというと夜行性で、繁殖期には夜になるとおびただしい数のイモリを水田や周辺の側溝で見かけることがあります。

アカハライモリは有尾類としては、やや小型の部類に属し、尾まで入れると全長はオスが80から100mm、メスはオスよりもやや大きくなり最大で130mm程度です。
外見の特徴は、何といってもその腹部の鮮やかな赤色でしょう。一般的な個体は背面が黒色で地味ですが、腹面はオレンジ色から鮮やかな赤色です。

これらの体色や斑紋は個体差が大きく、背面に赤色が入る個体や、逆に腹面が黒っぽい個体などバラエティに富みます。
この鮮やかな腹面の色と、飼育のしやすさのため海外の有尾類マニアの間では高い人気があります。
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サイクリングロード道幅のほぼ中央に動かずにじーっとしていた。
はじめにも書いたように、イモリは川中に棲んでいて、陸で見たのははじめてである。
濡れているイモリは、その色(黒と赤)が鮮やかだが、陸での姿は、すいぶんと印象が違って見える。

乾いてせいか、はじめイモリとは思えなかった。トカゲに似てる感じだった。小さな怪獣に見えた。
イモリって、陸でも生きられるんだぁと思ったりした。考えれば、両生類だから当然のことである。(笑)

あぁ、そう言えば、この日の散歩でカワセミも目撃した。立谷川でカワセミを見るのは、これで2度目だ。
前回は、どうにか証拠写真を撮れたが、この日はカメラを向ける間もなく、一瞬目にしただけ。(残念!)
目にしないだけで、実際はたくさんの動物たちが棲んでいるのだなぁと思い、嬉しくなった。

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  1. 2016/06/16(木) 05:40:41|
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長生きとは


近所(隣組)のTさんが亡くなられた。享年91。
喪主になる長男さんが「生ききった人生ですから、どうか賑やかにしてください」と隣組衆に告げたという。
葬送の儀式は、どうしてもしめやかに、ややもすれば辛気くさい雰囲気で、肩が凝るものになりやすい。

享年91は、悲嘆するものではなく、むしろ寿命を全うした人生、これまでの生き方を近所衆からも祝ってもらってもいいと考え、よけいな気遣いを取りのぞくという配慮から発した喪主の挨拶だったと思料される。

隣組衆の打合せから戻った妻から、その話を聞き、(なるほど)と諾う気持ちになって、「80を越えたら、もう悔いない人生だものなぁ」と言う私。
「イエ、80ではない。今は90越えないと年寄りとか、長生きとは言わない」と妻が言う。
「それはママの考えだろ、80まで生きたら十分だよ」と私。

年寄りとか、老人と言えるのは、昔は65とか70だったが、今では違う。今老人と言えるのは、80を越えた人である。それは私個人の言い分ではなくて、先日のテレビで言ってたことだ。と妻が意気込む。

っふふ、テレビが言うことは、世間一般が認めていることだとも言う。
ふ~む、そうなのかぁ テレビが、社会通念をつくっていくのかぁ(笑)

それにしても、80越えなきゃ年寄りとは認めてもらえないとは、たいへんなことである。
80近くになって、高い枠組みに上ってさくらんぼの雨除けテントを張る。老人ではないから、やって当たり前。それはなんとも難儀なことである。
難儀なことは、もうそこそこ卒業したい!と、心底思う。(苦笑)

テレビが、妻にいろいろと悪知恵を吹き込むのが憎ったらしい。
百歳人口もかなり高い数字になっているようだし、やはり80まではなんとしてでも生き延びなければならないのか?
東京オリンピックが、80になった年に開催される。
できることなら、せめてオリンピックを見てみたい気持ちだ。しかし、それも寿命次第。だれにも寿命のことは分からない。

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  1. 2016/06/15(水) 05:20:28|
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もう頑張れない

3.11&4.16

熊本で、またまた地震が続いてる。

4月14日、熊本地震が起き、16日に震度7の本震が2度起き、甚大な被害をもたらした。
14日のは、16日の前震ともいわれたが、2つはそれぞれ独立した地震であるとも考えられてるようだ。

あれから2ヶ月が経って、まだ震度5弱(12日)、震度4(13日)の地震が続いてる。
> これ以上はもう頑張れないよ
という歌も詠まれるこの頃で、(やはり、そうだろうなぁ)と思わずにはいられない。

しかし、現実に、地震はまたまた起きてる。
辛く、切ない、耐え難い毎日だと思うけれど、負けずに乗り越えなければならないことだ。
頑張れ!熊本。


  シナリオのなき大地震牡丹散る       熊本市・内藤悦子

  いつもよりちょっぴり静かな始業前二十六日ぶりの学校       熊本市・松野光祐

  夜の更けて震災の街灯りたり湯を浴び我はひたすら眠らむ      熊本市・高添美津雄

  久々に友といっしょに校歌唄えば泣きじゃくる熊本の小学生     岡崎市・戸田陽子

  大丈夫?ご無事でしたか会ふ人と街でプールで今の挨拶       熊本市・佐渡京子

  地震来て貼られし赤い紙のわきに「移転します」の告知が並ぶ    熊本市・垣野俊一郎

  立ち寄りて郵便箱を覗き見しのみにて帰る我が家なれども      熊本市・高添美津雄

  阿蘇も好き熊本城も好きだけどこれ以上はもう頑張れないよ     熊本市・矢ケ部貞子

以上、朝日俳壇・歌壇(6日付)より


  羽抜鳥まだ福島に戻らざり      福島県伊達市・佐藤 茂

  芭蕉来し五月をしのぶふくしま路除染作業車縦横に踏む       福島市・青木崇郎

  熊本の大玉すいか並びたり数多の困難越えて堂々          奈良市・山添聖子

  三つ四つ避難に去りて灯の失せたる家の輪郭が濃し         熊本市・神田武尚

  黒黒とフレコンバッグ、メガソーラー、青葉茂れる無人の山木屋   福島市・米倉みなと

  大地震に揺り落されしつばめの巣子つばめ三羽息絶えており     熊本市・近藤光弘

  墓崩れお腹の骨壷が四つ並んで日の目を見てる           熊本市・坂梨三枝

  暗きランプに手帳を寄せてメモを書き避難所の一日終らせんとす   熊本市・高添美津雄

  人間は強き生き物震度五もたび重なればさほど恐れず        熊本市・近藤光弘


なお、次の句は、震災関連ではないが、畏友 時田さんの次席入選句(金子選者)である。

  余情なき余剰の今に柿の花         熊谷市・時田幻椏

以上、朝日俳壇・歌壇(12日付)より

以下は、14日づけの毎日新聞から

   熊本地震:6431人、依然避難生活 14日、2カ月

 49人が死亡し、1人が安否不明となっている熊本地震は14日、発生から2カ月となった。
 熊本県内ではいまだに6431人が避難生活を余儀なくされている。
 12日には4月19日以来となる震度5弱の余震を八代市で観測するなど、県民の不安はおさまっていない。

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  1. 2016/06/14(火) 08:12:08|
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統合失調症

統合失調症?

書くべきか? それとも書かないことがいいのか? と迷っている。
写真コンテスト準グランプリ受賞の知らせがあって、該当作を幾度も眺めて思ったことがある。
受賞作は、応募12枚の中では、やはりいちばん撮影意図が出ているものと言える。

もう一枚、俯瞰アングルで写したのが好きで、妻も「それがいい!」と見ていたのがあった。
「見る人(選考委員)によって、違うのねぇ」人それぞれで評価の違いがあるのを実感した。

さて、冒頭のそれであるが、改めて受賞作を見直して見ると、いろいろと欠点というか、アラがあるのが気になる。
構図のありよう、ピントの甘さ、色味や全体のトーンに、もっとこうあるべきだ、こうすればよかったという点が見えてくる。
それを考えていると、なんだか 準グランプリ賞に当てはまらないのではないのか、と思えてくる。

はじめは、受賞を単純に喜んだ。
しかし、いろいろと考えると、喜びの気持ちが少しずつ萎んでくるのを覚える。

この作品が受賞したということは、いわば、この写真コンテストのレベルを示すことになる。
この作品が、他の作品をも巻き込んで、コンテスト全体の評価を低下させないかと考えてしまう。

上に書いたように、自分の作品をじっくり見つめると、はじめ見えなかった欠点が多くあるのに気づいた。
ならば、この際、どうすればいいのか?
「選考委員」が、複数の目で選び、決定したのだから、この際、一個人の見方は、気にしなくてもいいと割り切ってもいいのか?
っふふ、(それでいいのだよ。気にしない、気にするな)などと都合勝手に考える我がいる。

ただ、ここではっきり言えるのは、自分イメージで撮った作品だから、イメージに適わない、足りない点がより明確に分かる。
要するに、この作品は、欠点だらけの作品なのである。それが私のこころを不安にさせる。

審査前までの、あの誇大妄想的なこころのありよう。恥かしく思い出す。(苦笑)
なのに、受賞が決まってからのこころのあり方が、まるで別人のようにちがう。
この乖離のありようこそ、まさに統合失調症的である。

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  1. 2016/06/14(火) 05:55:50|
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散歩道で

近所(隣組)で、不幸があった。
繁忙期の逝去を家人は申し訳ないと詫びているが、それは詫びることではない。
命とはそういうもの(こと)である。

享年91 寿命である。
15日が葬儀である。

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  1. 2016/06/13(月) 06:01:10|
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蝶と鳥 2-2

昨日の「蝶と鳥 2」の続きで、今日はジャコウアゲハを中心に、他の蝶も並べた。

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     ジャコウアゲハの♀

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    ジャコウアゲハの♂

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  1. 2016/06/12(日) 04:47:06|
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コンテスト写真

 
昨日のブログに次のことを書いた。

  今こころを捉えてるのは、写真コンテストのことである。

  4月下旬から5月上旬まで、コンテスト応募作品を作るために、いろいろと考え、行動した。
  その具体的内容は、その都度ブログにアップしてきたが、今回の準グランプリ入賞を機に、とびとびの文章を間隔あけずに並べることにした。
  そうすることで、写真に対する私の考えが、わかってもらえる気がするからである。

以下は、その再掲載の文である。

  コンテストに応募(4月22日)
  選者の目に   (4月23日)
  応募写真は   (5月1日)
  妄想的世界   (5月8日)

上の4文を読んで、もっとあったはずだと探す。と、最も自分の本音を書いたのを見落としていた。
上の4文よりも、むしろこちらの方が自分の赤裸々な(醜い)姿で、それを見たくない思いもある。
でも、この際だから敢えて再掲載しなければならないと考えたのである。

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  射幸心     (5月15日)

数年前、姪に勧められ写真コンテストに応募したことがあった。その時は、もちろん最初からコンテストは念頭になかった。
たまたま楽しみながら撮った1枚が、姪の目にとまって、コンテスト応募を強請(苦笑)され投稿した。
入賞などを期待すたこともなく、いつの間にか応募したことさえ忘却していた。

後日、賞状と副賞が届いたことで、(これは儲けもの!)と副賞の酒を飲んだことを覚えている。

ところが、今回、親しく義理のある友から、芝ざくら写真コンテスト応募の要請があって諒とした。
応じたかぎりは、ヘタなことはできない。友の期待を諾うるだけの写真を撮らなければ、と思った。

趣味として楽しんでる写真。これまでコンテストに応募したのは、数年前の「徳内囃子」の一度だけである。
友の顔を立てる。または友の顔を汚さないために写真を撮るなどは、はじめての体験であり、はたしてどのような作品にするべきなのかもよく分からない。
いろいろ考えてみた。が、考えるよりは、ぼんやり浮ぶイメージに沿った写真を、まず撮ることからはじめることにした。

自分の写真が、コンテストの対象になることなど、これまで思ってもみなかった。

芝ざくらの現場に、毎日のように通って撮影しているうちに、おかしな想念がちらちら浮ぶようになった。
それは、友だちの顔をたてるとか汚さないなどというのは表向きの言葉であって、実際は、コンテストの上位に入賞するような写真を撮ることが本音(目的)であるのが、見えてきた。
自分のこころにあるのは、射幸心そのものであるのに気づく。

ふ~む、そのことに気づきなら、さらに次のようなことを思った。
コンテストとは、審査員とのバトルである。審査員は、はたしてどのような写真(作品)を好むのか?
できれば、それを知りたいと考えた。審査員の傾向に沿うような写真を撮ろうという魂胆なのである。
(あぁ、なんとも浅ましいなぁ)と自分を嘲笑う気持ちがわく。

これまで、他人が撮ったいい写真には、素直に拍手を送ってきた。それは楽しく、嬉しいことだった。
自分の感動を他人へも伝えたいという気持ちで撮ってきた。それでなんの不満もなかった。
なのに、コンテスト応募写真を撮りはじめ、審査員へ阿る気持ちが出た。射幸心が膨らんでくる。
写真は、誰かの作品と比べるためのものではない。

比べ、優劣を決めようとするのがコンテストなのだから、やはりコンテストには応じるべきではなかった。

いまさらジタバタしてもはじまらない。
今後は、いっさいコンテストには加わらないことにすればいい。

最後に、一言
コンテスト写真を撮っている時は、うん なぜかこころの張りが大きく感じられた。
それだけは、ウソでない。


  試しと証    (5月17日)

  だが、今回は、義理ある方からの要請だったから、応じた。
  応じた以上は、へへ 入賞を目指すしかない。それが要請者への誠である、と思う。
  それと、もう一つは、やはり意地というか、力量を試したいという自己主張である。

上の文は、5月2日「応募作品」に書いたものである。

「意地というか、力量を試したい」という箇所は、はじめ「意地というか、力量を証したい」であった。
力量を証すでは、あまりにも自信過剰というか、誇大妄想的な言い回しになると書き直したのである。

今思うに、やはり証ではなく、試しでよかったなぁと胸を撫で下ろしている。

なにかをやるには、自分を信じ、自信をもってやることがたいせつなことだと思う。そうすることで、いい加減な妥協を排し、目的に到達する努力が生まれる。
そういうことでは、試しより、証の意気が気持ちを鼓舞する。

証でなく、試しに書き換えたのは、(よかったなぁ)と思う一方で、こころの奥では納得できなでいる自分がいるのを自覚する。

証したい!ことに拘っているのである。
な、なんとう尊大な!と自分でも思う。
誇大妄想的と、思いながらも、まだ試しよりは、証である。との未練が燻り続ける。

書いてから2週間も経っているのに、試しと証のそれを気にしている。
「やはり証ではなく、試しでよかったなぁと胸を撫で下ろしている」と、心底思っていないのだ。(苦笑)

誇大妄想的であるか、それともやはり試しでよかったのかどうかは、コンテストの結果がはっきりさせる。
今は、どちらとも言えない。
ただ、自分のこころの裡を隠さずに書いただけである。

バカバカしいことだと思わないわけではない。
そう思いながらも、矜持というか、自分を偽らないそれを書いた。
いずれにせよ、間もなくコンテスト審査がはじまり、結果は明らかになる。

なんとも落着かない毎日である。
......が、落着かないながら、自分のこころを眺め、(ふ ふ~ん、こういう我れもいるのだなぁ)と、面白がっているところもある。

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  1. 2016/06/12(日) 00:12:06|
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蝶と鳥 2


見出しを「蝶と鳥 2」としたのは、先日も同じ見出しですでにやったからである。
今日は、その続編というか、先日のキジとウスバシロチョウに替わって、キジバトとジャコウアゲハ他を並べる。

先ずは、キジバトから。散歩中にであってパチリした。

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おことわり
ドバトと書いた鳥は、palletさんからキジバトであるとのご指摘あり、書き換えた。
名前については、全くの音痴というか、困ったものである。(ごめんなさい)

palletさん ありがとうございます


  1. 2016/06/11(土) 05:24:16|
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写真を撮る


今こころを捉えてるのは、写真コンテストのことである。

4月下旬から5月上旬まで、コンテスト応募作品を作るために、いろいろと考え、行動した。
その具体的内容は、その都度ブログにアップしてきたが、今回の準グランプリ入賞を機に、とびとびの文章を間隔あけずに並べることにした。
そうすることで、写真に対する私の考えが、わかってもらえる気がするからである。

以下は、再掲載の文である。
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  コンテストに応募(4月22日)

写真が好きで、毎日のように撮ってる。季節の風物を写し、ブログに並べる。それが楽しい。
散歩には必ずカメラを携行する。道で知りあい、顔馴染みになった人からは、写真コンテストに投稿してるのかと聞かれることがある。

コンテストに応じるだけの力量がないのは、よく識っているから、敬して近づかないことにしている。
写真雑誌に投稿したこともない。
コンテストには縁がないが、たった一度だけ「徳内囃子」を、同行した姪に勧められて応募したことがある。
後にも先にも、それだけである。結果はなにかの賞にはいって賞状と酒(平成23年夏)をもらったことがある。(笑)

コンテスト作品には、ユニークさが求められる。これまで見られなかった斬新さが必須だ。
従って、入賞を狙うなら、典型的でない絵柄や選者を驚かせる意外性を盛り込まなければならない。
それをやろうとすれば、のんびりと散歩などできない。
力量も必要だが、桁外れた執拗性が必要条件となる。

撮影のために、必要となれば、どこへでも出かけなければならない。そういうやり方が出来ないから、はなからコンテストは放棄した。
散歩で出合った季節の風物を、たとえ月次な画像でも、和やかな気分で見られるのが撮れればいい。そう思いながらやってきた。

ところが、先日、親しくしてもらっている社長(Mさん)から、「2016年 第1回立谷川芝ざくらまつり」の案内をいただき、芝ざくら写真コンテストへの応募を請われた。
Mさんは、このまつりの協賛企業であり、芝ざくらまつりの事務局になっている。友から要請を拒むことは難しい。
というわけで、我が生涯で二度目のコンテスト投稿がふってわいた。

コンテストに応じるとなれば、へへ Mさんの顔を汚すようなまねはできない。
コンテスト要項をみれば、グランプリ1・ 準グランプリ2・ 芝ざくらまつり賞3 となってる。
グランプリはムリとしても、まつり賞くらいはなんとかゲットしなければと思う。

期間は、平成28年4月20日 ~ 5月31日必着
作品は、立谷川の芝ざくらの風景を中心とした写真
    プリント作品 2L版以上 A3ノビ以下
    電子データ作品 VGA以上 JPEGデータ
審査員 ヨシダラボ・吉田社長 東北ミカワカレンダー代表小林氏 主催者役員

いくら田舎町の小さなイベントとは言え、立派なカラーチラシが配られ、昨年は1万5千人もの見物者で賑わった所での芝ざくらまつりだもの、コンテストに応募する作品も少なくないだろう。
その中で6作品の一角に食い込むことは容易ではない!

本音を言えば、このようなことは明らかにしたくなかった。でも、逆に、明らかにすることでモチベーションをたかめようとの魂胆である。
Mさん、入賞できなかったとしても、その時は平にご容赦を願います



  選者の目に   (4月23日)

写真を撮るに、ふだんは特に気遣うことはない。何かしらに惹かれカメラを向け、シャッターをきる。
(きれいだなぁ)との被写体には、なるべくその美しさが写るように、また驚きでカメラを向けた時には、その驚きがどういうものかが分かるように撮る。
あまりよけいなことを考えずに、素直な気持ちで、感じたままが写るようにカメラを操作する。

それで大概は、まぁまぁ月次な写真ができる。
だが、コンテストを目指して撮る場合は違う。
月次的なのは、まず絶対ダメだ。そういうのは数多の応募作の中で埋没してしまう。
とにかく、良い・悪いは別にして、選者の目に留まるような特異な作にしなければならない。

選者の目にとまることが第一関門である。
選者は、目が肥えているから、少々の工夫では見過ごされてしまう。
技術的に超優れている。被写体を捉える目線が特異である。写しとる感性が瑞々しい。温かい、または冷徹である。という作品ができればいいのだが......
目の肥えている選者のこころを掴むなにかがないと篩に引っかからない。

芝ざくらをどう扱うか。色彩が大きな特徴だ。色の配置をどう扱う(切り取る)か。
植えられてる台地は、誰が見ても大差なくある。周りの景色もみんなに同じように見える。
それらの中でどうやって撮影者の特異性を表せる。作品作りがなかなか難しい状況だ。
実際に、現場を歩きまわり、いろいろ撮ってみる。

だが、なかなかこれ!というのが掴めない。
困惑し、(足し算をやろうか)と思う。人工的に虹を前景にしたら面白いかも......
消毒作業中に、虹は簡単にできる。それを取り入れれば、(おや!?)という画像ができる。
しかし、あまりにも作為が見え見えだなぁ この案はボツ。(苦笑)

先日、山寺の桜で、山の展望台から撮ったのがいいアングルだったのを思い出す。
さて、この芝ざくらをどこで、あのアングルが得られるか?!

川向うに里山があり、高度的にはちょうどいいアングルが得られるようだ。
しかし、雑木が邪魔しないか。芝ざくらをカメラに収められる展望が得られるか気になる。
実際に、山に登り、眺めてみるしかない。

というわけで、道のない山に76の老体が登りはじめる。


  応募写真は   (5月1日)

芝ざくらまつりの写真コンテストに応募すると決めた以上、それなりの作品を撮らなければならない。
したがって、暇さえあれば立谷川の芝ざくらの所へ行き、良い被写体に出合わないかと窺っている。
こんなことは、はじめてである。通常は、一度撮ってしまえば、あとは次の被写体に目が行くのだが、今回はそうならない。

一度撮影済のそこでも、天候や光具合によって違って写るから、それらの同じような写真の中から、作品としていちばん納得のいくのを選ぶ作業を繰り返している。
応募作は、未発表が原則だから、撮った画像を毎日のブログに使うこともできない。
だから、写真はたくさん撮るのだが、ブログに使う画像がなくなって、へへ 苦労している。(笑)

つらつら思う。やはりコンテストなどに応じるべきでなかったなぁと。
写真に優劣など、考えてみればおかしなことである。なぜ、優劣に拘らなければならないのか!?
馬鹿げたことだなぁとしみじみ思う。
そのことは、はじめから識っていた。だから、これまでコンテストには応じてこなかったのである。

だが、今回は、義理ある方からの要請だったから、応じた。
応じた以上は、へへ 入賞を目指すしかない。それが要請者への誠である、と思う。
それと、もう一つは、やはり意地というか、力量を証したいという自己主張である。
結果的に、まったく逆になることは承知している。だが、それはそれでしかたない。
とにかく、自分でやれるだけのことは尽くしてみての結果ならやむを得ないと考える。

芝ざくらの花が咲いている限りは、立谷川のそこに通うことになる。
さくらの花などと違って、咲いてる期間は、けっこう長い。咲き終わるのは、連休明けだろう。それまでに頑張らなければならない。
花期が終われば、撮りためた写真の中から応募作を選んで送れば、一連の作業が終わって、あとは結果待ち。
結果は、選者まかせだから、ジタバタしてもなにもはじまらない。

あと数日間の努力だ。
その間、ブログの方の画像は、手薄になる。
ご理解下さるようお願いします。

今日の画像は、庭に咲いてるシラネアオイと家の中で咲かせたランである。
シラネアオイは、日当たりがわるい場所なので、ムリムリ光を当てた不自然な画像。


  妄想的世界   (5月8日)

友に請われ、敬遠していた写真コンテストに応じたことはすでに書いた。
応募するからには、入賞するくらいの作品をめざすのが、友の顔をたてる誠だと撮影に取り組む。
通常なら、まず行くことのない場所に、好アングルを探し求め彷徨しつづけた。

作品は、コンテスト審査員に、(おや!?)という目を惹かせなければならない。
そういう作品づくりに、毎日のように芝ざくらの見える場所に行き、時には道のない山に登った。
数多くシャッターをきり、イメージに近い画像も得ることができたように思う。

もちろん、あくまでも自分だけがそう思うことで、所謂、自己満足というか、自画自賛かも。
妻や息子の意見を聞いてもいいのだが、そうするにはなかなか勇気(?)が要るものなのだ。(笑)
密やかに、繰り返し、自分で撮った画像を眺め、どれを応募作にするかの選択を繰り返す。

だが、自選は、どうしてもアマサがでる。アマサはいつしか、とてつもない方向へ駆け出す。
例えて言えば、宝くじに当選したらどうしようか?というあの思いに似てる。
1等当選したら世界一周の旅に出るとか、海辺に別荘を建て、ヨット航海したいとか。(笑)

もし、グランプリ賞をゲットしたら、いちばんはじめに誰に知らせようか、とか。
もっとグレードの高いカメラとレンズを買いたい!なぁ、とか。
夢が、あたかも現実となって、夢と現実が混在し、さまざまな思いや夢がぐるぐると渦巻いて駆け巡る。

っふふ「とらぬ狸の皮算用」ではないが、入賞を通り越し、グランプリゲットの夢に浸る。

冷静になれば、まったくの妄想的世界のなにものでもない。バカバカしいの一言なのだが、へへ 誰にも話せないホントの話。

それにしても、コンテスト応募に取り組んで、これまで思いもかけなかった世界が見えた気がする。
ふ~む 現実にかえって、入賞すらできなかったとしても、悔いは少しもない。
そのことだけは友に、しっかりと伝え、謝意を述べたいと思う。

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  1. 2016/06/11(土) 00:10:10|
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吉 報

午前5時、寝起きいちばんにメールを開く。
めざすメールが届いてる。以下の通りである。

 今野幸生 様

 立谷川の花さかじいさん・松田です。
 この度は、芝ざくらまつり写真コンテストにご応募いただき、大変ありがとうございました。
 先日、審査会を開催しまして、選考の結果、貴殿の作品が準グランプリにご入選されました。
 追って、6月19日表彰式のご連絡を差し上げますので、少々お待ち頂きたく思います。

添付画像を見て、(なるほど!)と思った。
詳しいことは、それ以上分からないが、いずれ識ることができる。
嬉しい! 吉報である。

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  1. 2016/06/10(金) 05:17:59|
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忙 し く


今は、夜明けが早い。
外が明るくなれば、目覚める。
「行こうか?!」
妻もすでに目覚めている。目顔で頷き、起床する。

朝食までに一仕事、畑の草取りをやる。
日が昇れば、暑さも加わるので、できるだけ涼しい時間に働きたい。

スベリヒュ、アカザ、ヒエなどが蔓延っている。
まだ小さい時にとっておかないと除草も大仕事になってしまう。
約1時間半汗を流す。

朝食後は、さくらんぼの収穫。
正光錦(早生種)を7日・8日ともいだ。両日とも6箱をJA集荷場へ持っていく。
早生種の開花が早く、たくさんなった。

本命の佐藤錦もだいぶ色づいてきたのだが、こちらは一日・二日開花が遅かった。
わずかの差で、実付きがわるく、不作に。半作以下だが、しかたない。
同じ天童でも、西地域では、なり過ぎて色づきが遅いという。
ままならない農業である。

毎日忙しく暮らしている。忙しいとは、あぁ やはりこころを亡くすることなのだなぁ

散歩の余裕がない。フォルダーに残ってる画像を並べる。

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  1. 2016/06/09(木) 05:14:22|
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発表近づく


芝ざくらまつり写真コンテストのことが気になりはじめた。
応募締め切りは、5月末だった。
作品展示・入賞者発表が6月19日、コミュニテイセンター「やまでら館」で行われる。

芝ざくらの咲いてる現場に毎日のように通って撮って、数多い中から12枚を選んで応募した。
他の応募者や作品数については一切なにも分からない。他人のそれはどうであろうと自分のそれはベストを尽くしたのだから、結果がどうでようと、全てを受け入れるしかない。
そろそろ作品審査も済んだ頃かと推察される。

っふふ、結果が気にならないわけがない。応募するからには、最初から入賞を目指した。
それが、コンテスト応募を勧めてくれた友への誠だと思い、それ以上に自分の射幸心を意識したものだ。
最低でも6位内入賞、あわよくばグランプリと妄想した。(笑)

グランプリの言葉が、脳内を駆け巡る。悩ましいことである。(苦笑)
まぁ 冗談と本気が綯い混ざって、いつしかグランプリを現実のことと思ったりする。もう完全にキ印。
正直、冷静に、書けば、コンテスト応募は、貴重な体験だった。写真とは何なのかも改めて考えた。

もう、入賞する、しないのことではない。
まな板の上の鯉。いろいろなことを想定し、覚悟はできている。(笑)
あとは、とにかく皆さんの作品がどういうものかとそれを楽しみにしている。

あと10日で作品展示がはじまる。
その前に、応募者へは、なんらかの連絡があるはずだ。
そのメールを待っている。楽しみな毎日である。

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  1. 2016/06/08(水) 07:57:51|
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散歩道で

毎日忙しく、散歩もできない日が続いてる。
今日の画像は、フォルダに残ってたもので、それぞれは脈絡もなく、その場で(ほーっ)と思いながらカメラを向けた情景。

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  1. 2016/06/08(水) 05:23:14|
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桑 の 実 



散歩道には、いろいろな樹木が生い茂ってる。
この季節に懐かしく眺められるのが、桑の実。

昔、唇を紫色に染めながら、桑の実を食べた。
桑の実を、この辺では「クワゴ」と呼んでる。

小篭にクワゴを摘んだ、昔が思い浮かぶ。
童謡 赤とんぼ が、頭のなかで歌い出す。


  夕やけ小やけの 赤とんぼ
 負われて見たのは いつの日か

 山の畑の 桑の実を
  小篭に 摘んだは まぼろしか

 十五で姐やは 嫁に行き
 お里のたよりも 絶えはてた

 夕やけ小やけ の 赤とんぼ
 とまっているよ 竿の先

 作詞:三木露風  作曲:山田耕筰

 ♪ 桑の実を
    小篭に 摘んだは まぼろしか ♪

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   桑苺くちびる黒き遠い日々     三好市・川西政宙  (朝日俳壇より)


  1. 2016/06/07(火) 05:48:04|
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裏 の 池


「天童の家」には、池が二つある。
家屋の南前にあるのが、「表の池」で、北側にあるのが「裏の池」と呼んでいる。
表の池は、セミプロの友から作ってもらった。

裏の小さな池は、手掘りで私が拵えた。
瓢箪形をしてて、手前のそこにはブルーシートを敷いて、保水をよくしている。
向こうの方のは、手掘りのままで、水が入らなくなると直ぐに干上がってしまう。
「天童の家」辺りは、水はたちまち浸透してしまう。

今日は、その裏の池を、二階から眺めてみた。
ミヤコワスレを俯瞰して見たかったのである。(笑)

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  1. 2016/06/06(月) 05:43:23|
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