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カタクリ

25日からずーっと散歩日和が続いてる。
もちろん春風の強い日ややや寒さを感じる時もあったが、散歩にはなんの支障もない。
散歩だけに1日を費やしてたわけではない。畑仕事(草取りや耕運機かけ)もやりはじめる。

歩数計をみる
25日  5166
26日  4713
27日 11551
28日 10930
29日  6005
30日  7488

いろいろなものに出合う。その際に撮った画像が、フォルダに入ってエントリー順番待ちである。
どうしても、季節の時制にマッチしたものが優先的になるのはしかたない。時制に合わなくなるのがこわい。
先に撮った画像でも、時制的に支障なければ後回しになってしまう。中には、季節に合わなくなって捨ててしまうのもある。

今日は、昨日の散歩で出合った今年の初物、カタクリが最優先。やはり初物(初咲き、初蝶など)は一日を争うことになる。(笑)
ちなみに、過去のカタクリ初物日をみてみると、
2012年 4月17日
2013年 4月10日
2014年 4月 8日
2015年 4月 3日
初物日は、いずれも4月になってからである。

今年は、たいていが早い春。昨年よりもさらに5日早く開花した。
たった1株だから、選り好みができない。その1株を丁寧に撮る。

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カタクリ1枚だけでは寂しいので
キクザキイチゲとアズマイチゲを

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  1. 2016/03/31(木) 05:51:33|
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写真には

撮り手の心が

驢 人 さんが、ブログのレスで次のように書いている。

  カメラと云うのは、何を、どう写しても、撮り手の心を映すものですね。
  いい気分で撮った写真は、いい気分を映しています。

さらりと書けるのは、(凄いなぁ)と思う。
自分の撮った写真が、なんだかこわくなる。
どう見られているのかを思うと身がすくむ。

どう写せばいいのかと迷いながら撮っていることが多い。
その迷いが写真に出てるのかも知れない。恥ずかしい。

昨日の散歩でもそうだった。ネコヤナギは比較的素直に撮った。
次のキバナノアマナは、迷いに迷った挙句に撮ったものである。

驢 人 さんのエッセイは言うまでもなく、添えられた写真が、とても佳い、味がある。
やはり、撮り手の感性やこころが写真にでるのだと思う。

ふ~む そうなのだなぁ 
写真術とかそういう次元のことではない。
考え込んでしまうなぁ
「天童の家」のブログは、写真が主だからなおさらである。

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  1. 2016/03/30(水) 05:44:27|
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ユキワリソウ 3


山野草の咲く場所は、だいたい決まっている。毎年同じ場所に咲く。
写真を撮っていると、毎年同じ人に出合う。どこの誰さんかは知らない。数年前に定年退職した人である。
散歩を日課にしているといい、差し障りない話をけっこう長時間語り合う。

山野草を話題にする。名前や咲いてる場所にあまり詳しくないようだ。いつもは聞き役の自分が、その人の前では話し手になるのが可笑しい。
春の妖精といわれる花々の名前や、咲く順序、咲いてる場所など話す。
「今日はユキワリソウを撮ってきた」と言うと、「えっ! ユキワリソウがこの辺で咲くのですか!?」と驚いたようす。

先日、東根でユキワリソウを買った、と言う。
どんな色の花かと問うと、青色で可愛い花で、一鉢300円だった、と笑う。
「この里山に生えてるのですね」と、興味津々のようすで、こんのの顔を見る。
咲いてる場所を教えるかどうか、迷う。

「咲いてる場所ね、秘密の場所としておきましょう」とさり気なく言って笑う。
教えてもよいのだが、ふ~む 掘られると拙い。信用する、しないという次元ではない。
松茸や舞茸のでる場所は、家人にも秘密というあれである。(笑)
たかがユキワリソウなのだが、自分には「されどユキワリソウ」である。

26日に撮って、28日アップした。
なのに、28日にまたユキワリソウの咲く所に行った。
26日に撮れなかった、茎の細かい毛が、逆光に輝くようすを撮るためである。
イメージ通りとはいかなかったが、ゲットできた。

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  1. 2016/03/29(火) 05:07:30|
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ユキワリソウ 2


23日の「ユキワリソウ」で、文末に次のように書いた。

  ユキワリソウは、ぽつり、ぽつりと咲き、その周りに頭をまだ俯かせた白い小さな蕾が見えた。

  あと数日、そう暖かい日が2~3日続けば、咲き揃う。
  やはり、今年は開花が早い。

  そうかぁ 日にちをおいて、また来なければと思う。
  年に一度、里山で人知れずに咲くユキワリソウの可憐な姿を、きれいに咲き揃ったのを撮りたい。

26日、陽光が眩しい。
今年はじめてユキワリソウを撮ったのが22日。あれから4日経ってる。
ふ~む、そろそろ咲き揃ってるかも知れない。そう思えば、足は自然とあの里山へ向かう。

ミスミソウは、まだ背が低かったが、春の陽光をいっぱいに受けて咲いてた!
これでいい。十分に美しい。人知れず花開くユキワリソウにカメラを向ける。

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  1. 2016/03/28(月) 05:22:19|
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再  会

カモシカ 3

26日のこと、いつものように散歩する。午前中はすっきりしない空だ。
散歩は自分の仕事みたいなもの。いわば日課だから、天気がよほどのことでないかぎり歩く。
晴れていれば気分も軽いのだが、いつもそうとはかぎらない。それはしかたないことである。

歩いて間もなく、昨日カモシカがいた雑木林にさしかかる。なんの気なしにカモシカがいた辺りに目が行く。
??! 錯覚かなぁと思った。昨日と同じ場所に、カモシカが見えたからである。じーっと動かないでいる。
目を瞬き、なおも見つめる。間違いない! 昨日と同じ個体のカモシカが、同じ姿勢で佇んでいる。

なぜと思う。考えたが、分からない。そこに餌が生えてる(ある)ようでもない。なのにまたやって来てる。
動かずに、じーっと散歩道を凝視してる。再会したカモシカにカメラを向ける。雑木の枝が邪魔だが、構わずにシャッターをきる。
昨日の画像よりは、きっとうまく写らないだろう。カモシカを写すというよりは、カモシカのいる場所を撮ることにする。

それにしても、どうして散歩道から眺められるこのような場所に来たのかなぁとまた思う。
再会が嬉しくて、「こっちへ来て!そこでは枝が邪魔で撮れないから」などと話しかける。
っふふ、もちろんカモシカは来ない。目を離さずに人間を注視している。カモシカは、たいていいつも人の動きをじーっと見る。
警戒心からということだろうが、それだけではなくて、人間への興味というか、関心もあるような気がする。

ある距離を確保した上で、いつまでも見ている。散歩道を左右に動く(歩く)分にはカモシカとの距離(間隔)が縮まらないので、カモシカは逃げることはない。
散歩道の柵を越え、カモシカに近づこうとすれば、躊躇なく逃避行動をとる。
散歩道で、意識的にそれをやってみた。昨日もそうだった。カモシカが動いたのは、柵を越え、近づいた時である。
26日も同じだった。もっと近づいて撮ろうと柵を越えた時、カモシカは素速く姿を隠したのだった。

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  1. 2016/03/27(日) 05:18:26|
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カモシカ 2


先日、舞鶴公園でカモシカに出合って、撮った。
ブログにアップし、阿蘇望亭さんのBBSにも投稿した。下は、BBSからの転載である。

  カモシカ 投稿者:こんの 投稿日:2016/03/15

  舞鶴公園で出合ったカモシカくん

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   Re: カモシカ   阿蘇望亭 -   2016/03/15

   カモシカ!
  近いようですねえ~
   毛並みまでしっかりとらえてナイスショット!!!

   カモシカってもっと黒っぽいのかと?
   冬の保護色???
*
25日の散歩(サイクリングロード)で、カモシカに出合う。
もちろん迷わずにカメラを向け、何枚もシャッターをきる。

阿蘇望亭さんのレスを思い出す。

  カモシカってもっと黒っぽいのかと?
  冬の保護色???

今回出合ったカモシカは、いつも目にする毛色だ。
舞鶴公園のは、まだ若々しいカモシカだったなぁ
今回のそれは、かなり老いたカモシカに見える。

保護色というより、大人になりきる前の、仔どもの毛色のように思われる。
今回のカモシカは、人間でいえば丁度自分の歳くらいに見える。老いた姿。
公園での画像と比べれば、そのことがはっきり分かる。

里山にでさえ、新緑はまだである。カモシカが食べられるものは乏しい。
腹を空かしたカモシカは、リスクを冒し里の畑に餌を求めてやってくる。
早春に芽生えたコシャク(ヤマニンジン)やカンゾウが狙いだろうか?

畑にだって、まだ作物は育っていない。
厳しい冬を越えたカモシカは、ようやく迎えた春を前にし、一層の飢餓感を増幅させてるのかも知れない。
もう少しの辛抱だ! ガンバレ カモシカくん。間もなくフレッシュな若葉が萌えてくる。

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↑ 舞鶴山公園でのカモシカ(再掲)



  1. 2016/03/26(土) 09:37:09|
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春の雪 2


25日の朝、雪がうっすらと積もってる。3月の雪には驚かない。毎年降ってる。
2014年は3月21日が雪降りだった。
2015年は3月23日・24日に降った。
過去には4月に降ったこともある。

昨日は、椿の花に降った雪を撮った。花と雪のコラボレーション。
今日は、紅梅と雪をエントリーする。昨日の朝に撮ったものである。

椿の花だけ、紅梅の花だけを撮ることもあるが、それだと絵にするのが難しい。
なにかを添えることで絵になりやすい。写真は引き算が多いけれど、たまには足し算もいいものだ。

だから花が咲いてる時に、雪が降ったら撮ろうと思っていた。
なかなか思うとおりにはいかないものだが、今年は絵になりやすい程度の雪になった。
こういう楽しみがあるから、嬉しい。

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  1. 2016/03/26(土) 05:10:35|
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春 の 雪

カーテンを明けたら、外は白かった。TVの気象情報の通りだ。3月の雪は、驚くことではない。
着替えし、洗濯機をまわす。回してる間に、自家製ヨーグルトを容器に移し、汲んだ量だけ牛乳を補充する。
水切り籠の食器類を、戸棚の所定の場所に収納する。

洗濯物を乾燥槽から干し物篭に移し、一段落。丁度朝日が輝きはじめる。
「雪が溶けるといけないから、後は頼む」 妻に言いつけて、急ぎ足で椿の咲いてる場所へ行く。
雪が降ったら、撮ろうと決めていた。っふふ 雪と椿の花とのコラボである。

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以下は、サンシュユのおまけ

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  1. 2016/03/25(金) 10:48:53|
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サギと友だちに


さくら開花の報が次々にある。
みちのくのさくらも間もなく見られると思うと嬉しくなる。

しかし、半面、はっきりした暖かい陽気にならない天気に恨めしい気分も混じる。

今日(24日)も朝早くには照っていたが、その後は曇って風もでてきた。
(春らしく、さくらの花を咲かせる陽射しが欲しいなぁ)と思いながら、気をとりなおし散歩へ出かける。
季節の端境期、ようやく開花したイチゲさえ、寒い曇空のもとでは花びらを閉ざしてる。

緑色がわずかに見えるのは、カンゾウとコシャク(ヤマニンジン)のまだ小さな若葉くらいだ。
それにニワトコ(ハヤメノキ)の芽が膨らみ、緑っぽくなってきてる。
目に入る風景は、まだ冬の続きの枯葉色が広がる。

あの冬鳥たちの姿も、もう見かけない。植物や動物たちの姿全体が乏しく、なんとも寂しい気分。
カメラの出番がない。カラスとスズメ、それにトビが輪を描いてるくらい。
もう幾度もエントリーしているサギの姿に、自然にカメラが向く。

アップするかどうかは措いて、カメラで追いかける。サギを友だちに遊ぶ。
しかし、サギにとっては、迷惑千万な友だちだろう。落ち着いて餌捕りもできない。

ふ~む サギに対する思いと、サギの立場が違う。
いくら友だちになりたいと願っても、サギには受け入れられないことのようだ。
そのことは分かっているつもりだが、カメラが追いかけていく。(苦笑)

今のところ、サギを凌駕する被写体がないので、自然にそうなってしまう。
サギには、納得できないことだろう。

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  1. 2016/03/25(金) 05:30:12|
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北国の峰々


「驢馬の耳」では、驢人さんの新潟の旅にまつわる素敵なエッセイを読んでいる。
旅は、次のようなコースと日程である。


  金曜日の夜10時前に家を出て、夜行バスに乗り、日曜日の夜10時過ぎに帰宅した。
  本当に、面白いように、きっちり48時間の旅だった。

  金曜日  午後10時30分発、新潟行きの夜行バスで長岡に向かう。

  土曜日  午前6時20分、長岡着。駅のカフェテリアで朝食をとり、

     上越線で塩沢に向かう。

     塩沢では、大里一之宮の春祭り(農具市)を振り出しに、酒蔵へ。

     その後、雁木の街並みを歩き、北越雪譜の「鈴木牧之記念館」、

     そして、「塩沢つむぎ記念館」で、機織りなどする。

     酒蔵の若奥さんお薦めの蕎麦を食べるために、上越線に乗り、越後湯沢へ。

     午後3時頃、越後湯沢の蕎麦屋で遅い昼食。

     再び上越線で六日町へ行き、宿へ入る。


  日曜日  宿から古刹「雲洞庵」、次に「八海山神社」を経て、八海山へ。

     山から路線バスで六日町駅まで下り、再び蕎麦を食べに越後湯沢へ。


     午後5時40分、越後湯沢発、上越新幹線で東京へ、東海道新幹線で京都着。

     家に着いたのは、午後10時過ぎ。


ブログは15日に予告編ではじまり、本編は16日・18日・20日・22日・24日とつづき、次は26日になるはずだ。
まる二日間の旅の内容をわくわくしながら読ませてもらってる。

ブログには、もちろん佳い写真も添えられてる。

仕事代わりの散歩をしながら、驢人さんの旅をおもいやる。というか、西方に聳える朝日連峰を眺めながら、
驢人さんが旅しておられる飯豊連峰の向こう側にこころがとぶ。

新潟のそこら辺は、飯豊連峰の向こう(西側)の地にあたる。飯豊連峰は、朝日連峰のすぐ左(南)に連なってる。
うふふ(あぁ すぐそこまで来ているのだなぁ)との思いが強くわく。
思いながら、旅の地で眺めた飯豊連峰は、きっとこれに似た風景だったのではないかと思ったりする。

次の画像は、朝日連峰と月山(4枚目)である。

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  1. 2016/03/24(木) 16:08:21|
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カ ラ ス


カラスを見ない日がない。
雨の日でも、吹雪の時でさえ電線や工場の屋根に止まって周りを睥睨している。

トリメ(鳥目)というのは、夜盲症のことで、暗部の視力が著しく衰え、目がよく見えなくなる病気である。
それが念頭にあっての誤解なのだろうが、鳥は視力があまりよくないとのイメージがある。
だが、実際は逆である。鳥の目(視力)は、人のそれよりずーっとよい気がしてならない。

サギやトビなどは、遠く100m以上離れていても、こちらのちょっとした動きにも敏感に反応し、素速く逃避行動に移る。
カモやヒヨドリ、もっと小さな小鳥たちさえ、カメラを構える前に気づいて逃げてしまうことが多い。
その度に、(目がいいのだなぁ)と思う。小さな虫や木の実を目敏く見つけて捕食するのだから、鳥の視力はきっと優れているのだろう。

自然の中で生きる動物たち。彼らにも寿命があって、いつかは斃れる。
それなのに、動物たちの骸を見ることは滅多にない。象の墓場などという話を聞いたことがあるが、熊や羚羊の死骸を目にしたことがない。
斃れた動物は、他の動物たちの餌になり、直ぐに喰らい尽くされてしまうからだ、と聞いたことがある。

カラスは、死骸を見つける名人らしい。だから、弱った姿の動物を識別でき、気長に注視していると考える。
だから、カラスが近くに姿を見せ、その鳴き声を聞けば、人は(不吉!)とカラスを忌避したい気分になる。


以下は、「熊野のカラス」からの転載(抄)
http://www.y-tohara.com/kunamo-karasu.html

 カラスという鳥は、何処にでもいるわりには嫌われている。全身真っ黒ということ、甲高いばかりで声に艶がないこと、雑食で時には腐肉をあさるという悪食からかもしれない。
「カラスの鳴き声が悪いと死人が出る」「夜、カラスが鳴くと凶事が起こる]といった俗信があるように、カラスには死と結びついた不吉なイメージがつきまとっている。

 そのカラスが、熊野では神使・霊鳥として大事にされているが、端的にいえば神武東征神話にある“八咫烏”のせいであろう。
 日本書紀(神武即位前記)にいう「ヤタガラス神話」とは、『神武天皇が熊野の山中で道に迷って困っていたとき、アマテラスから遣わされたヤタガラスの先導で、無事に大和の宇陀に出ることができた』(大意)というもので、ここでのカラスは神武を先導するミサキ神としての役を担っている。


そのカラス、「天童の家」の近くで、次のような姿(パフォーマンス)を見せてくれた。
(予めお断わりだが、画像は小動物の死骸が写ってる)
滅多に見られないことだとカメラを向けた次第である。

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 ↑ クリックで拡大

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  1. 2016/03/24(木) 05:26:15|
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3度めの目


さくらんぼ等の消毒を予定しながら、雨天や強風でやれない日が二度あった。
例年なら、まだ急ぐこともないのだが、今年は開花が早いこともあり、できれば第一回めの消毒をやっておきたいと妻が言う。
日どりや薬剤内容は、すべて妻に任せ、自分はまったく妻の手足に徹しているから、暢気でいられる。

今朝、5時前からテレビの気象情報を見ていた妻が、「今日やりましょ!」と言う。
夜に雨が降ったけれど、日中は雨の心配はない。風のでないうちにやりたいという妻のそれに、異存はない。
はじめ、朝食をすましてからやる段取りだったが、妻の判断が変わり、朝食前にすることになる。異存ない。

ということで、はじめにさくらんぼ畑をやる。油性消毒剤なので、二度掛け(重複撒布)できないので、薬液が足りなくなったり、逆に多く残ってムダにならないよう気遣いながら行う。
作業中は、毎度のことながら、小さな虹をずーっと見られる。へへ それを楽しむ。自分の手で作る虹だ。
できれば、写真にしたいのだけれど、作業中のそれはかなわない。

さくらんぼを終わし、タンクとホースを洗い、二度目の水をタンクに汲む。さくらんぼと梅など庭木の消毒剤は異なる。
二度目のそれは、硫黄合剤。春先いちばんにやる消毒剤の定番である。硫黄合剤は、薬液が水に混ざると、水が乳白色になる。
乳白色の水が流れてくると、(あぁ、消毒作業がはじまったなぁ)と春を感じる。春の風物詩。

見た色の割りに、魚介類への影響はほとんどない。だから、乳白色の水が流れてきても心配することはない。
でも、知らない人が見れば、不安になるかも知れないなぁ
これは、先にふれた虹とちがって、作業をすべて終わってからも見られカメラに収められる。
下にそれを並べる。

硫黄合剤は、水を乳白色に変えるが、その他の物を黄色く着色する。
梅の花やネコヤナギを黄色に変えてしまう。その色は、あまり感心できるものではない。(苦笑)
硫黄合剤のもう一つの欠点は、薬液が目に入ると、かなり長い間眼痛がある。なるべく目にはいらないようにとやっているつもりだが、今朝もやはり入ってしまった。

他の薬剤にはこういう身体に感じるものはほとんどない。
消毒剤は、なんだかだいっても、結局は、害虫や微生物を退治する毒物である。
そういうものを上手に使いながら、美味しい作物を作ろうと努力している次第である。(笑)

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  1. 2016/03/23(水) 12:42:31|
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ユキワリソウ

 
22日のブログの最後に、次のように書いた。

  線路脇のイチゲや里山裾のユキワリソウは、また日を変えて行くことにしよう。

22日、さくらんぼや梅の消毒をやるつもりでいたら、雨が降ってきた。雨天では消毒はやれない。
雨は、朝食を食べ終わる頃に止み、青空も見えてきた。しかし、風が強い。この強風ではやはりムリだなぁ
「今日は止めね。パパ散歩してきたら......」

先日もこうだったなぁ
という次第で、あまりぱっとしない空だが、家をでた。

行き先は、決めている。大森トンネルの向こう側へ、ユキワリソウを見にである。
昨年は、3月31日に撮っている。昨年よりは9日も早いが、咲いているだろうか?
今年は、雪が少なかった。その分、雪消えも早かったから、もしかしたら見られるかも知れない。

山肌は、まだ枯葉が敷き詰められたままだ。ユズリハやアオキの緑が風に揺れる。
よく見れば、ギブシがわずかに黄色味を帯びて動いてる。やはり春だなぁ

目指すミスミソウは、(まだ咲いていないなぁ)
......が、そう見たのは間違いだった。
ユキワリソウは、ぽつり、ぽつりと咲き、その周りに頭をまだ俯かせた白い小さな蕾が見えた。

あと数日、そう暖かい日が2~3日続けば、咲き揃う。
やはり、今年は開花が早い。

そうかぁ 日にちをおいて、また来なければと思う。
年に一度、里山で人知れずに咲くユキワリソウの可憐な姿を、きれいに咲き揃ったのを撮りたい。

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以下は、お・ま・け・のイチゲ

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  1. 2016/03/23(水) 05:49:27|
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気づかずに

見逃して

21日、春風が強い。洗濯物がまだ濡れているのに、まるで乾ききったように膨らんではためく。
風がなければ、今年最初の消毒作業をと準備していたが、この風ではできない。
妻は、さくらんぼに施肥をやった後、庭の草取りをする。

「散歩してきたら」妻に促され、頷いて出かける。
時々晴れ(陽射し)るが、風が相変わらず強い。
いつものサイクリング・ロードをスタート点(山寺宮崎公民館)まで歩くが、カメラは一度も使わない。
カメラを向けたい被写体に出合わないのである。ちょっぴり寂しい気分だが、こういう日もある。

復路もなにもなければ、大森トンネルの向こう側、線路脇のイチゲの咲いてる所か、里山のユキワリソウが咲く場所へでも行ってみようかと思う。

復路を少し歩いた所で、往路では気づかなかったイチゲを見る。(あぁ 咲いてる!)
それもけっこうたくさん咲いてる。

往路で見逃したものに、復路で見ることはしばしばある。人の目(視線)はそういうものである。
枯葉色の中で花の色は目立つ。その目立つ花を往路では見つけられなかった。
なのに、復路ではあっけなく見つける。もちろんカメラを向ける。

そこを後にし、またしばらく歩くと、今度は道の左側(川の流れてる方)の河川敷にイチゲがたくさん咲いてるのを見る。
往路では、まったく気づかずに通過している。こういうことってあるのだなぁ
人の目は、いや自分の目は、なんとも杜撰というか、へへ 目が杜撰とは言わない。そう、集中力がないのが分かる。
見ているようで、意外に見逃していることが多いような気がする。

スプリング・エフェメラル、春の妖精たちが、春風に揺れてる。枯葉の下から、小さな花たちがうち揃って春を謳っている。
嬉しくなって、しばし詩人になってカメラを向ける。
線路脇のイチゲや里山裾のユキワリソウは、また日を変えて行くことにしよう。

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  1. 2016/03/22(火) 05:48:14|
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阿久悠を聞く

19日、講演とレコード観賞を楽しむ。

天童市文化スポーツ課では、毎月レコードコンサートを開催してる。
今回は、レコードコンサートコラボ企画として講演が行われた。

演題は、昭和歌謡「阿久悠の世界」 阿久悠の描く女性像 
うう、なんとも魅力的な! なぜか妻に誘われ、いそいそと市民会館へむかう。

講師は、明治大学国際日本学部教授 吉田 悦志 氏
会館大集会室は満員の盛況(150人)

阿久悠さんといえば、もう説明なしで分かる人だが、へへ 意外と知らないことがいっぱいあった。

シングルレコードの総売上枚数 6819万枚は、作詞家第一位。

日本レコード大賞は、5回受賞。「また逢う日まで」「北の宿から」「勝手にしやがれ」「UFO」「雨の慕情」

日本レコード大賞、作詞賞は7回受賞。「ジョニーへの伝言」「乳母車」「夏ざかりほの字組」「熱き心に」「花束(ブーケ)」「花のように鳥のように」「蛍の提灯」

日本作詞大賞は、8回受賞。「さらば友よ」「北の宿から」「勝手にしやがれ」「もしもピアノが弾けたなら」「契り」「北の螢」「港の五番町」「傘ん中」

阿久悠さんの誕生から逝去までの70年間にまつわる話を聞きながら、阿久悠さんの描く女性像が、その歌にどう表現されたかを詞(言葉)と曲(レコード)でたしかめる。

「北の宿から」(阿久悠詞) 「みだれ髪」(星野哲郎詞)  「津軽海峡・冬景色」(阿久悠詞)「悲しい酒」(石本美由起詞)  「ジョニィへの伝言」(阿久悠詞)などのレコードを聞く。

っふふ 講演とコンサートの2時間は、楽しくも短く感じてしまう。
書きたいこと、書かねばならぬことが、もっとたくさんあるのだが、面白く読ませる力がない。
歌謡曲に対するこれまでの自分の立ち位置を変えなければならないことも識った。

もうすこしいろいろのことを考え、整理してみたい。

「津軽海峡・冬景色」の「上野発の夜行列車おりた時から 青森駅は雪の中」は、
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」 川端康成の名作「雪国」と大きくつながっているという。

講演を聞いたことを思い出し、ねながらつらつら考える。

   初蝶や旅のこころがくすぐられ

   初蝶や旅へこころをくすぐられ

「の」と「へ」一字が違っただけで全体が違ってくる。(念のため、俳句もどきは、こんののフレーズ)
「津軽海峡冬景色」と「津軽海峡・冬景色」があるという。中黒(・)一つにさえ意味があるのだと......

あぁ、講師は伊達に「国際日本学部」をやっているのではないのだなぁ

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  1. 2016/03/21(月) 05:52:04|
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ある日の空

空を見ながら

健康維持が目的で、散歩を日課にしていることは繰り返し書いてる。
「散歩がパパの仕事」妻に言われ、(そうかぁ)とその気になって歩いてる。
歩くのは、生活の基本動作だし、散歩が楽しいから長続きしている。

そして、散歩ではさまざまな事象に出合う。それが楽しいのである。
散歩道で出合う人々、川の瀬音、木々の色合い、電車の走る音、雲の形、空の色、一度として同じではない。
毎日が、一度きりの景色。できごとである。

いちいちそう意識しているわけではない。直感的に、気持ちよさを覚えたたり、寒さに震えたりするのだ。
(あぁ、これはいい!)とカメラを向ける。
だが、一度もカメラを使わないときだってある。
カメラ使用は、気持ちのバロメーターかも知れない。

18日の空は、そういう意味では多彩な模様を観せてくれた。
大きな、ふ~む 雄大なキャンバスに次々に描かれる情景に向かってカメラのシャッターを押し続けた。
そこで見た感動的なそれが、必ずしもいい画像になるとは限らない。その場では(いいなぁ)と眺めたシーンでも、画像処理してみれば、間延びしたフォトでしかない場合も多い。

高高度で飛ぶジェット機が描く航跡は、どれも2本の白い帯のようだが、違う。
それぞれが残す飛行雲は、上空の気流と陽光を受ける位置によって二つと同じものはない。
同じように見える飛行雲だが、どれも個性的というか、つかの間の独自性を現してる、と思える。

いちように白い飛行雲に見えるが、見れば見るほどそれぞれは多彩なのが分かる。
水色、緑、紫っぽいのもある。バックの空色や飛行雲が受ける陽光の角度によるのだろうが、まさに千変万化なのである。
18日の空には、東と南の方角からほぼ同時刻にジェット機が、複数機飛んで、大空にドデカイ飛行雲を描いた。
たくさんの飛行雲を撮った。けれど、あの時見た感動が写っていない。
あの時の大スペクタクルな景観は、もしかした、いっときの幻影だったのか?

散歩していると、っふふ 時にはすてきな幻影をみることもあるものだ。
と思う。

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  1. 2016/03/20(日) 05:52:45|
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妖精たちよ


18日、散歩日和になった。
いつものサイクリングロードを歩いた後に、一輪だけ咲いてたイチゲが気になって、あの場所へまた行った。
一日でいったいどのくらい咲くのだろう? あの一輪だけで、あとはまだ開花しないのかなぁ

いやいや、そんなことはなかった。白いのが数輪、そして紫色のも咲いてた。
ただ、あくまでも早咲きのようで、それぞれの花は、株間をあけ、疎らに咲いてる。
盛になれば、びっしりと間あいなく、おしくらまんじゅうのように咲き揃うものだ。

花たちは、咲き時をずーっと待ち続け、満を期して咲きはじめたのだなぁ
うん、嬉しい気分が膨らむ。
スプリング・エフェメラル 春の妖精たち ありがとう!

イチゲをカメラに収めた後、念のために線路沿いを東へ歩く。
ん? 念のためとは、もしかしたら初蝶から外れてしまったルリタテハに出合わないかと......
なんとも未練がましいというか、へへ 執念である。

?! 飛ぶ影が...... 違う蝶だった。
(やっぱり4月にならないとダメなのかなぁ)

また、影が飛ぶ。
あの影は、たしかルリタテハ!?
影が、着地した場所へ急ぐ。

とうとうルリタテハに、今年もめぐり逢えた。
なんだかちょっと小振りのような気がする。
ふ~む、できれば、昨日会いたかったなぁ

一日遅れの初蝶となったルリタテハ
でも、出合えて嬉しい。嬉しい気分だ。

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  1. 2016/03/19(土) 07:14:53|
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「ムーンナイト・ダイバー」


先の「バードウオッチング 2」で、次のように書いた。

  天童荒太著「ムーンナイト・ダイバー」に熱中し、ブログの準備ができていない。

「ながら仕事」ができない。一つ事に熱中しだすと、他のことはどうでもよくなってしまう。(苦笑)

久しぶりに読書にうつつを抜かした。3.11を題材にしたものだから、すぐに熱中し、ブログ準備も忘れた。
いかにも天童荒太らしいいい本である。だが感想文がうまく書けない。
こころに残った場面を書き写してみる。

 髑髏が現れた。安物のネックレスだ。貴金属とは呼べないだろうが、置いていく。つづいてチェーンが出てくる。時間がないので、あえて掘らない。金属製の輪が現れた。掘る。リングをつなげたブレスレットだった。置いていく。
 目の端を影がよぎる。魚か......。振り向くと、ヘッドライトの光に、人間の裸の上半身が浮かんだ。ぼろぼろに皮膚が剥がれ、顔は半分失われ、胸がえぐれ、右腕がなく、腹から下がまっすぐ断ち切られていた。
                                          (222ページ)

船作は、3.11の津波で海底に沈んだものを拾い集める非合法ダイバーである。
彼は、なんともこころ優しいダイバーだ。こんなシーンもある。

 船作は、妻の衣服を優しく脱がせ、慰めるように全身を撫で回し、いたわるように唇をつけ、慈しみたいと願ってからだを開かせ、一つにつながり、愛そうとした。自分の愛を感じてもらおうとして、愛した。生きている、ということを、相手に感じてもらおうとして、つながりをさらに確かで、重くて、熱いものになるよう力)を尽くした。
 船作、船作、と、満恵は呼んだ。
                                          (177ページ)

文藝春秋社の新刊案内には、次のようなキャッチフレーズが読める。

 海の底から大切な人につながる品物を探せないか
 舞台はフクシマ。非合法ダイバーは月光を頼りに人と町をさらった立入禁止の海へ潜降する。
 鎮魂と生への祈りをこめた新たな代表作

読了し、(読んでよかったなぁ)と思う。

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  1. 2016/03/19(土) 05:46:25|
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バードウオッチング

バードウオッチング その2

天童荒太著「ムーンナイト・ダイバー」に熱中し、ブログの準備ができていない。
むむむ 画像フォルダのそれを並べるだけだなぁ

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  1. 2016/03/18(金) 09:30:50|
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今年の初物

17日、雲一つない青空が広がる。
読みたい本もあるのだが、読書どころでない気分。

洗濯物を吊り下げてる時、蝶が飛ぶのを見る。
「あっ! 初蝶だなぁ」 と独り言
ふむむ そうかぁ 蝶も春が来たのを喜んでる。

朝食を済ますと、散歩に出かける。
目指すは、例年ルリタテハを見る大森トンネルの向こう側。
あそこは、春を告げる花たちも真っ先に咲く場所である。

「天童の家」では、初蝶をそれぞれ次のようにアップしている。
2009年4月 9日
2012年4月12日
2014年4月 4日
初蝶は、いずれもルリタテハである。

今年も、初蝶はルリタテハをイメージしながら、いそいそと出かける。(笑)
やはり、蝶が飛んでる!
でも、その蝶は、ルリタテハではない。名前も知らない。はじめて見る蝶だった。

そして次々に目にする蝶は、馴染みのキタテハ。
期待のルリタテハの姿は、どこにも見られない。
やはり4月にならないとダメなのだろうか?
ないものねだりをしてもしかたない。ルリタテハを諦め、春告げる花を探す。

「天童の家」では、イチゲをそれぞれ次のようにアップしている。
2008年3月26日
2014年4月 3日
2015年3月28日

地面は、どこも枯葉色で、目指す花は見当たらない。ふむむ まだ時期尚早なのだなぁ
諦めきれず、未練がましく、なおも目をひからす。

?! ある! 白いものが一つ、花じゃないか!

それは間違いなくイチゲだった。
たった一輪、早咲きのイチゲだ。
一輪だけでは絵にならないのだが、初物だから、特別にエントリーだ。(笑)

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  1. 2016/03/18(金) 05:33:50|
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ネコヤナギ咲く

今年もネコヤナギの花が咲いた。
毎年エントリーしている定番画像。

それでもやはり(今年も咲いたなぁ)との感慨をいだく。
もう間違いなく春だ。(笑)

昨年は、17日に撮っているから、ほとんど同日に開花してるのだなぁ
降雪が少なかったけれど、ネコヤナギに限って言えば咲くべき日に開花したのである。

因みに、オウレンの開花を調べてみた。
今年は、3月11日に撮っている。
昨年は、3月21日撮影だった。
オウレンについて言えば、やはり少雪の今年は開花が10日ほど早い。

マンサクやネコヤナギの花は、木に咲くから、残雪があっても時季がくれば開花する。
一方のオウレンは、やはり雪消えが早ければ、地熱も上がって開花が早くなると考えていいのではないか。
その正否は措くとして、とにかく今年もネコヤナギが咲いた!と春到来を感じている次第である。

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  1. 2016/03/17(木) 05:37:44|
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旅 気 分 で

シンクロニシティに

散歩の足が、自然に電車道の方に向く。仙山線である。
何故かは、よく分かっている。そのわけは3つある。

一つは、3.11がある。
5年前、この鉄路は、今頃には赤錆びてた。余震がつづき、電車は走らなかった。
それが念頭にあるから、この時季になると、自然と足が向いてしまう。

二つは、この線路沿いには、春を告げる山野草がどこよりも早く開花する。
(もう咲いたか?!)と気になって出かける。
っふふ 時期尚早と思いながらも、足が向くのはしかたない。

三つは、友の旅がからむ。
友は、北国へ旅するという。
電車でなのか、あるいはバスなのかは定かでないが、雪国への旅

シンクロニシティな気分となるのは自然の成りゆきというものだ。(笑)
と、思ったりしながら電車を撮る。
加えて、友の旅エッセイが読めた。

その一部を、次にひく。

  長いトンネルを通る気配で、目覚めた。
  トンネルの中のオレンジのランプの色が、厚いカーテンの隙間から漏れている。
  ごうごうという、トンネルの音と、オレンジ色の光は終わらない。
  長いトンネルだ。

  そう、

  国境の長いトンネルを抜けると

  雪国であった。

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  1. 2016/03/16(水) 07:38:13|
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カモシカ

12日に舞鶴山公園で出合った、嬉しいカモシカ

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  1. 2016/03/15(火) 09:17:56|
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嬉しいことごと

12日、午前中に散歩を済ます。午後は、「野草と親しむ」講演会へ。
「蔵王コマクサの誘い」がテーマだった。妻と一緒に聞いた。

会終了後に、愛宕沼に寄る。噴水を見るためである。
正確に言えば、噴水の虹を撮りたいと思ったからだ。

イメージにはちょっと離れた虹だったが、撮ることができた。
嬉しいことの第二弾だ。
第一弾は、午前中に、散歩道でゲットできた。具体的なこと後刻に。

続いて、第三弾の嬉しいことに出合った。カモシカとの出合う。

舞鶴山公園は、天童市の街続きの位置にある。麓の愛宕沼にはカモたちがたくさんいる。
沼には大型の噴水が数基、噴水はリズミカルに舞い上がり、春の光を撒き散らす。
そして、燦々と降り注ぐ陽光が、虹をつくりだす。

虹を撮ろうとカメラを構えた時、ん?! 道路上の山肌になにかがいるのが目に入る。
(カモシカ!だ)嬉しくなり、虹を放り投げ、カモシカを撮り続ける。

舞鶴山には、カモシカが2頭いると通行人が教えてくれる。
あそこにいるのは若い方で、もう1頭は、もっと大きな凄い奴だと謂う。

噴水の虹を撮り、カモシカの姿もゲットでき、気持ちはルンルン。
「パパ、あそこ歩いてるのは慎(息子)じゃない?」妻が問う。
「似ているなぁ」
愛宕沼の向こうに向かって大声で息子の名を呼ぶ!

妻と代わる代わる呼ぶが、なんの反応もない。
「違う人かなぁ......」

息子の車が、駐車場にある。やはり、あれは確かに息子だ。
妻は、道を引き返し、息子に近づいて行く。

「イヤホーン聞いてたので、呼ぶ声が分からなかったのだって」妻が笑いながら告げる。
息子と妻が、沼の辺りを二人並んで、春の陽光を浴びながら近づいてくるのにカメラを向ける。

息子と並んで歩くのは、なんだか久しぶり。「嬉しい!」と笑う妻が、眩しく見える。(笑)
嬉しいことの第四弾。

帰宅すると、玄関に大きな箱があった。
箱の中身は、ある方からの贈物である。
嬉しいことの第五弾。

おぉ、今日は幾度も嬉しいことが重なる。
就中、この贈物が、この日のいちばん大きな、いちばん嬉しいもの。

今日のこの日のできごとは、「天童の家」のブログとともに、幾度も思い出されることになるだろう。
こういう日があるから、ね 人生ってありがたいもの、嬉しいことだと思える。
はい、我が人生に乾杯!


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以下は、過去(2015.04.25)画像

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  1. 2016/03/15(火) 05:19:51|
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親 子 で


12日、午前中はいつもの散歩道(上3枚)で、午後は舞鶴山公園愛宕沼辺り(下)で、親子で歩く人たちを撮った。

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 以下3枚は、妻と息子である

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  1. 2016/03/14(月) 09:50:41|
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オートフォーカス

画竜点睛

今日のブログは、小鳥たち。
毎日の散歩で、小鳥たちに出合う。出合ったからといって、その都度カメラを向けるわけではない。
向ける、向けないは、その日の気分次第である。

気分というより、出合った小鳥の姿、光の当たり具合で、撮るのを諦めたり、トライしたりする。
冬に見た鳥たちの姿が、だんだんに見られなくなってきたように思う。北国へ行ってしまったのか?
スズメの動きが、なんとなく騒々しく感じられる。

今日エントリーする鳥たちは、3月になってから撮った。撮ってもダメなのがあるのはしかたない。
3回分の画像からどうにか見られるのを選んだつもりである。
例によって名前音痴の哀しさで、名前が分からないので、画像だけを並べた。

なるべく眼が写っているのをと考えたが、なかなか思うようなのがない。
「画竜点睛」といわれるように、眼がちゃんと写っていないと見られない。
理屈では分かっているつもりだが、実際にそのように撮るのは至難の技である。

動きの敏速な、というより警戒心の強い小動物を撮るのは、手こずる。
でも、それだからこそトライする面白さもある。
カメラマンの視力も衰え、また体力(反応力)も鈍くなって、小鳥の動きについて行くのがしんどい。
カメラ(レンズ)等の機材も、もっと良いものが欲しい。特に焦点合わせがマニアルでないのが困る。

今度カメラを購入する(何年先か?)時は、やはり手動で焦点が決められるのを選びたい。
考えてみれば、昔はすべて自分でピントを合わせなければならなかった。それがいつしか全て自動になってしまった。カメラが焦点を自動的に合わせてくれることに驚き、進歩の凄さに感歎したものだ。
しかし、写したい被写体にピントが合わないことがある。林の中での小鳥などは、お手上げだ。

つい先年までは、安価なカメラでも自動と手動の両方があったが、今では安価カメラには自動しかない。困ったことである。
自動のそれで、目指す被写体に焦点を合わせるにはコツが要る。ピント合わせに手間取ってると、動きの敏捷な小鳥は飛び去ってしまい、臍を噛む。

......と、まぁ それでも楽しみながら撮った。
趣味の世界だから、ふ~む肩肘張ることもない。

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      ツグミ

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      ホオジロ

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     シジュウカラ

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     コゲラ

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鳥の名前は、pallet さんに教えてもらいました
ありがとうございます


  1. 2016/03/14(月) 05:06:13|
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あ・と・し・ま・つ


やることを(たいへんだなぁ)と思うことがいろいろとある。

具体的に言えば、屋根の雪下ろしに伴う雪の後片付けにそう思う。
雪下ろし自体もそれなりのたいへんさはあるけれど、もっと(たいへんだなぁ)と思うのが雪片付けだ。
さいわい、今年の冬は、屋根の雪下ろしを一度もやらずに済んだ。したがって雪の後始末もなかった。

食事のための料理作りもたいへんさはあるけれど、(これがなかったらなぁ)と思うのが後片付けである。
食後に洗った食器類を、水切り籠に入れる。乾いた食器類を戸棚の所定の場所に収納する作業にも面倒感を覚えることがある。
調理自体に、たいへんさや面倒感を覚えることはないのに、食器洗いや収納に面倒感がともなう。

これは、単にやる人、本人の気持ちだけの問題ではないような気がする。
雪下ろしは、やらなければ家屋倒壊のリスクがある。それを未然に防ぐためにやる作業に必然さがある。
料理も、栄養や熱量、また食べやすさや美味しさを考え調理する。そこには創造や工夫が求められる。

だが、下ろした雪の片付けは、いわば必須の意味が希薄な作業である。
また、食器洗いや食器収納も、遣り手を選ばないしごとである。そこに遣る人を選ばないものだ。誰でもいいしごとをやるという虚しさ感?みたいなものが人をくさらす。
自分がという意識と、誰でもいいというのでは、雲泥の差だ。

なぜ、いまさら、このようなことをくどくどと書いてるのか?
はい、剪定した枝の後始末をやったからである。

さくらんぼ、梅、柿の剪定を数日間にわたってやった。
その結果、トラック数台分の枝を始末することになる。

切り落とされた枝を拾い集める作業が、なかなか根気を要する。このしごとを妻がやった。
枝は、大小(太さや長さ)不揃いで、荷台にすんなりと収まらないで、嵩張る。
運んだ枝を一箇所に積み上げ、枝焼きをする。生木だから、なかなか燃えつきがわるい。

屋根に上って、雪下ろしをするのは男。木に梯子を掛け、剪定するのは男。
それをやる人は、特に(たいへんだなぁ)とは思わない。遣りっ放しであっけらかんの気分。
だが、地上で片付け、枝拾いするのは、実際に面倒でたいへんな仕事なのである。
そう、「後始末」と一言で片付けられないたいへんさなのだ。

生木の枝は、それぞれ勝手に不揃いに伸びて重ならず、空間ができ、熱が高くならず、燃え盛らない。
それをだましだまししながら、火勢を引き出し、燃やさなければならない。なんとも根気のいる仕事だ。

雪下ろし、食事作り、剪定、それぞれに後片付けという仕事がともなう。
本来の作業は、もちろん蔑ろにできないが、それ以上にたいへんな後始末が完了しなければ、一連の仕事は成り立たない。

ひところ、お・も・て・な・し という言葉が頻りに言われた。
ここでは、あ・と・し・ま・つ という意味をしっかりと確かめた次第である。

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  1. 2016/03/13(日) 05:14:35|
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マンサク 2

今日は先にオウレンをエントリーしたが、実は、オウレンより先にマンサクを撮ったのだった。
どちらとも「春を告げる花」である。残されたマンサクが気になる。(苦笑)
ということでマンサクもアップする。これでこころも落着く。(笑)

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  1. 2016/03/12(土) 09:06:02|
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オウレン


下は、阿蘇望亭さんのブログから、コメントとレスのそれである。

  Commented by こんの at 2016-03-10
  オウレン

 もう咲いてるのですね
  こちらでもそろそろかと気になってます(笑)


  Commented by asobotei at 2016-03-10

 こんのさん、ありがとうございます。
 春の妖精!
 それでも、阿蘇に自生するのかどうか・・?
 春到来かと思いきや、またまた寒波が!


昨日の午後、妻が街のショッピングセンターに用があって二人で出かけた。
用を済まし、帰宅途中に舞鶴公園の前を通りかかる。

「ママ、ちょっとそこに寄り道したい。いい?」
申し出に、妻は鷹揚にOKを出す。

舞鶴山の山裾(愛宕沼)にオウレンが咲いてるはずだ。
ここまで来たのだから、見ていきたいと車を降りて歩く。
案に相違なくオウレンは咲いてた!
妻が待っているので、急いでカメラを向け、数枚のシャッターをきる。

じっくり撮りたい気分。でも、残念だがそうはいかない。
まぁ、1枚でも使える画像があれば儲けものと思いながら車に戻る。

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  1. 2016/03/12(土) 05:06:43|
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あやかり椿


ブログ「驢馬の耳」10日のそれは、「破屋」と題した素敵なエッセイ。

  落ち椿あふれこぼるる破屋かな    驢ノ477

佳句と文章が、読むものを納得させ、豊かな世界に誘う。
次のような文に触発され、椿を並べたいと強く思った。


  元々、山野にある木は施肥や剪定をしなくても、生き続けるものなのだろうか。

  赤、白、桃色、紅白の霜降りのものなど、一重、八重、様々な椿が、
  主のいない庭で、咲き続け、咲き終え、落ちていく。

(あやかりだなぁ)と思い、可笑しくなった。

椿の画像は、9日の散歩で撮ったものである。
椿は、春の花。木偏に春だから。毎年書く決まり文句だ。(笑)

上3枚は、先日撮った。下の画像は、昨年の画像である。
昨年は4月25日に撮った。2010年は3月3日に、雪とのコラボで撮っている。
長い間、見られる椿なのだ。

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以下、過去画像

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  1. 2016/03/11(金) 05:48:15|
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