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池へ通水


3月が今日で終わって、明日からは4月。
名実ともに春だなぁ、という気分である。

「あと1日で、隣組長(の役目)も終わり。パパには苦労かけたものね」
「そうか、そうだなぁ。組長と農協の班長を卒業か。ママにも心配かけたけど、なんとか乗りきれた。ふ~む、これで本当の春が来た気持ち」
「屋敷の庭も、日毎に片付き、きれいになってきてる」
「うん、そう、池にも水が入って...... やはり水があると落ち着く」

裏の池には、表の大きい池からポンプアップし、水を引いている。
12月はじめにポンプを止めた。そして3月末に4ヶ月ぶりでまたポンプを作動させ、水を注ぐ。
干上がった池は、なんとなく殺風景だが、満水の池を見るのは、やはり気持ちまで満ちてくる。

秋末に止めた水を、4ヶ月ぶりで通水。はたしてちゃんと水が流れ出るかと心配で、っふふ、水が出てくる瞬間を捉えようとカメラを構えてまつ。
通水1時間、奇数時刻には1時間ポンプが休む設定だ。先ほど設置を完了し、正午の作動時刻を待つ。
先日の動噴のとんだ失敗もあるものだから、ホースから水が吹き出てくるその時を固唾のみながら待ってる。

正午まで5分もないのに、その5分間が長く、時間が止まってるような不安な気分。
4ヶ月休んだポンプに、なにかトラブルが出来したのではないのか?などと考える。
ポンプを確かめに行きたい!と思う気持ちと、そうしてる間に通水し、その瞬間を撮ることができないのも残念という、へへ なんとも間抜けた、あやふやな気持ち。

結果は、心配されたトラブルもなく通水。
注がれた水は、徐々に池の水量を増して、っふふ、満水となってこころを和ませる。

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  1. 2015/03/31(火) 00:15:00|
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笑い話で


以下は、「ようやく春が」へ、阿蘇望亭さんからのコメントである。

  春到来
 みちのくにもいよいよ春到来!
 花々も開花し、生活面でも冬囲いの撤去!
 そして農作業も桜の剪定や施肥など・・
 みちのくではいろんなところで春到来が形として実感されますね!
                        2015/03/27(金) 阿蘇望亭

  形として春が
 阿蘇望亭さん
 そうですねぇ
 春を迎える準備
 春にやるいろいろなことあります

 特に、農業は、季節とともにあるように思います
 今日は、動噴のテストをやる予定です
 昨日は、耕運機が一発でかかりホッとしてます
 冬期間の長い休みで、機械たちも寝起きがわるくなってることがあるものですから(笑)
                        2015/03/28(土)  こんの

というわけで、28日は、消毒作業時に使う動噴(噴霧機エンジン)のテストをやる。
27日の耕運機のように、一発でかかる(始動)ことを期待し、発動のための紐を引く。
......が、エンジンはかからない。

いちばん最後に動噴を使ったのは、夏の終わりだった。それからずーっと動かしていない。7ヶ月ぶりに始動させようとしたが、不発。
これまでも、そうだったが、休みすぎると、機械類もなかなか腰を上げないことがある。気長に目覚めるまで始動を促すしかない。
チョークを引いたり、給油バルブを調整したり御機嫌を伺いながら、今度は始動するようにとエンジンの尻を叩く。

だが、なかなか目覚めてくれない。ふ~む、機械との根気比べとなる。
なにが不満なのか? そちこち宥めながらやってみるが、動き始めない。
妻は、「少し休んでからやったら......」との言葉を残し、ガソリンを買ってくると行ってしまう。

ふ~む、どこか不具合があるのだろうか? 農機具屋に見てもらおうか? と、思案投げ首となる。
メカ音痴だから、こういう時は、なにをどうしたらいいのか...... 為す術もなくという状態でじーっと動噴を眺めていると、!! 赤いボタンに気づく。
始動前にオン(ON)にするボタン(スイッチ)である。それまで、OFFのままで始動のための紐を引いていた。

あぁ、な、なんという間抜けなことか!
スイッチをONにし、紐を引くと、エンジンは軽快なリズム音を発し、動き始める。

間もなく、妻がガソリンタンクを満たして戻る。
「どう? まだ動かない?」
「ふ~む、玄関の鍵だったなぁ」
「なにが、どうしたの? 玄関の鍵って?」妻が不審顔で問う。

先日、家族全員が外出することになり、それぞれが解錠のための鍵持参を申し合わせて出かけた。
妻と私が家に戻って、玄関の鍵を開けようとしたが、なにか勘違いした妻は鍵を持たないで外出し、家に入れなかった。
「ばあさん(母)が、鍵持ってる。時間だし迎えに行ってくる」妻は、母を連れ戻しに行く。

間もなく友だちの家から戻ってきた母と妻が到着。
だが、母も持って出た鍵をどこかになくしてしまったと言う。(母が持った鍵は、息子の車内で見つかる)

母・妻・私の3人は、締めたまま開けられない玄関の前で大笑いするしかなかった。
いつもなら鍵をかけない裏の勝手口さえ、この日に限って締めきった状態だった。
家に入るには、風呂場とトイレの窓から、もう1箇所ある窓からしかない。風呂場もトイレも窓は開かるけれども、家に入るにはアクロバット的な姿勢が必要だ。
残された1箇所のそこには、脚立をかけないと入れない。ということで、脚立を運んでようやく家にはいれた。
エンジン始動に必要なスイッチON を失念し、失敗した。
解錠に必要な鍵を忘れ(落とし)て、家にはいれなかった。
ふ~む、こんな失敗、失態が特に珍しくもなく起きるこのごろ。
一人だけ苦笑して済む状態ではない。

これ以上、いったいなにを書けばいいのか...... 悲劇のはずなのだが、ここで笑って、大笑いして喜劇に仕立てるほかないだろう。

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  1. 2015/03/30(月) 00:15:00|
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スプリング・エフェメラル


この頃の陽気に、空を見上げて、そろそろ初蝶が見られるかなぁと思う。
そう思うと、もうじーっとしていられなくて、毎年出合うあの場所へ出かける。先日イチゲを撮った仙山線脇の細道へ。
道脇に誰かの白い車が停まってる。日曜なので、やはり山野草か、もしかしたら同じ初蝶を撮りにきたのだろうか? イヤ、単に春山トレッキングかも知れない。

どうでもいいことを思いながら、目的の蝶を探す。
......が、それらしき姿はどこにも見られない。やはりまだ少し早い気がしてくる。不確かな願望に引きずられて来たような気がし、恥ずかしい気分がわく。

蝶との出合いを諦め、ここまで来たのだからとイチゲのようすを見る。
先日よりは、やや花数が増えてるのが分かる。
春風に細かく揺れながら咲いてる早春の花、イチゲ等は”スプリング・エフェメラル”と言われることを阿蘇望亭さんに聞いた。

  スプリング・エフェメラルを直訳すれば、「春の儚いもの」「春の短い命」だそうです。
  スプリング・エフェメラルは、周りの草が大きくなってくるころには姿を消すようです。
  早春の花々は、他に先駆けて咲かなければならない運命を持っているようですね!
上のパラグラフ内容は、阿蘇望亭さんから教えてもらった。ありがとうございます。

同じイチゲをまた撮った。すでにエントリー済みだが、へへ また並べる。

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  1. 2015/03/29(日) 17:22:16|
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妻のリハビリ


25日の診察で、順調に回復していることを伝えられた妻が、弾んだ声で報告する。
「来月22日が最後で、あとは通院しなくてもいいって言われた」
「良かったなぁ。ママ頑張ったからね。よかった、よかった」
「でも、まだ重いものは持たないようにと...... 5キロ以上はダメだって」
「時間かけて、筋力つけなきゃぁ」
「うん、病院でのリハビリはなくなったけど、自分で続ける。やらないとね」

妻の言葉に、大きく頷く。私はなにごとも三日坊主的だが、妻はちがう。一つのことを飽きずに続ける。
ちょっと真似できない粘り強さだ。
具体的には、怪我をするずーっと以前からだが、寝る前に必ずやる体操。時間的には10分くらいの軽運動だが、休むことなくやっている。
「パパもやったら......」と言われるが、面倒くさくて...... っふふ、すぐにごろりと寝た方がいい。妻のようにはとてもやれきれない。

軽体操は、リハビリ動作に変わったけれど、頻度的には日に何度も行う。
「勉強しなさい」と言われる前に、黙々とする子どもがいるらしいが、妻の運動もその類である。
テレビを見ながらでさえ、やっている。そう、ひたむきなのだ。良いと納得すると、真直ぐにひたすら進む。
へへ、なんだか妻讃歌になってしまったなぁ。でも、みな本当のことだから...... (笑)

今日は、我が妻君のリハビリ姿にカメラを向けた。

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  1. 2015/03/29(日) 01:00:00|
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イチゲ

 
里芋は、水分を好む。
だから雨が降らないと、潅水しなければならない。
畑の脇を流れる川から水を汲み上げ、株の周りにかけてやる。

近くに川がなければ、大きな容器に水を積んで行かなければならない。
「天童の家」では、これまで両方をやってきた。
屋敷内に畑があれば、潅水も楽だと妻が言うのを聞いて、それならと行動にうつす。

我が家の屋敷は、狭くはないが、植木で塞がってる。
そこでツツジなどの植木を倒し、畑にすることにした。梅や甘柿の木の傍だから、そこに里芋を植えても違和感はないはずだ。
へへ、実利優先に方向転換である。

ツツジの木を5本処分したら、里芋数株を植栽できる空間ができた。
耕運機で耕し、レーキーで均してみると、うん 上等の畑になった。
「これで十分。水かけも楽だし、マルチするから草もはえないし」と妻が笑う。

身体が、まだよくなっていないのだが、気持ちは、もう農作業の段取りなどで忙しい妻。
それでも、考えることは、身体に負担というか、荷重にならない方法なのがよくわかる。
そ、それでいい。二人ともいつまでも若くない。もう身体を酷使できない歳なのだから。

屋敷内に畑をつくり、今日のノルマを果たした。
天気も良いし、散歩に出かける。
まだ咲いてはいないだろうと思いながらも、足はあの場所へ向かう。例年イチゲやカタクリを撮っている仙山線の走る線路脇の山裾へ。
ダメモトと期待しないで歩く。春風があるけれど、寒くない。フキノトウの若緑が春の陽を浴びてきれいだ。

ん? 目敏く見つける。イチゲが咲いてる!
期待しないできたぶん、嬉しさが倍増だ。もちろん、急いでカメラを向ける。
へへ、花は逃げたりしないのだから、なにも急ぐことはないのに......

それは分かっているけれど、今年はじめてのイチゲである。期待せずに来たのに、っふふ、咲いてる。この嬉しさ!
期待を裏切られた時の、あの悔しさ、切ない気持ち。それのまったく逆の嬉しさである。
花は逃げないけれど、あてにしていなかったぶん、咲いてる嬉しさが気持ちを急がせる。

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  1. 2015/03/28(土) 00:15:00|
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ようやく春が

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    ↑  23日撮影(再掲)

23日・24日の両日は、春の雪だった。
フクジュソウ、ネコヤナギ、オウレン等は花が咲いてる最中の雪。花たちも驚き、身震いしたのではないかと思ったりした。
しかし、オウレンは変わったようすもなく咲いてたし、フクジュソウも雪が消えると金色の花びらをいっぱいに広げてる。
雪を被ってたネコヤナギの花も、雪に負けないでなにもなかったように咲いてる。

梅の花も咲き出した。
25日・26日と良い天気になった。26日は、冬囲いしてた池のそれを取り外した。さくらんぼに施肥もした。
身近にある被写体にカメラを向ける。(あぁ、春だなぁ)ようやく春を実感する。

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      ↑  ↓  26日撮影

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     ↑  ↓  今年の初咲き

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     ↑  啓翁桜  これは温室に入れて開花を調整したもの


  1. 2015/03/27(金) 01:00:00|
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噴水の舞い


25日、妻の通院日。
もう一人で行けるのに、なにかわけがあるのか「連れてって!」という。
理由も聞かず「分かった」と返事する。

8時半、リハビリ開始なので、ゆっくりお茶も飲まずに、朝食の後始末もあたふたと済まして出かける。
8時20分に到着。リハビリと診察で2時間くらいかかるので、その間、舞鶴山公園を歩くことにする。
風があり、時折雪が舞う天気だったが、気にせず歩く。

妻が入院していた時に、時々歩いた散歩コース。ちらちらあの時のことなど思い出しながらの散歩。辛さや苦しい思い出はない。
当時は、切なかったり、やりきれなく思うことがあったのだけれど、過ぎてしまえば、それは忘れてしまう。
っふふ、(今がいちばん幸せ)になってしまう。

冬でもない、まだ春でもない、中途半端な季節。なにかを期待して歩いたわけではない。
オウレンがこの雪でどうなっているかなぁと気にはなったが、特に変わったふうもなく咲いているのを確かめ、ホッとする。
愛宕沼の噴水(5基)が、風に飛沫を揺らしながらリズミカルに噴き上げてる。

桜の花が見られるのは、一ヶ月後である。
妻のリハビは、週1回だが、あと4回で通院しなくても良いという。22日が最後の通院日となるから、その日は天下御免の花見が楽しめる。
まぁ、いろいろと書きたいこともあるのだが、他人さまが聞いても面白い話ではないので書かない。

愛宕沼で撮った写真を並べることにする。

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  1. 2015/03/26(木) 01:00:00|
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釣人へエール


立谷川は、清流である
夏には水泳ぎができる

ヤマメ、ハヤ、オイカワがいる
いろいろな人々が魚捕りにくる

投網をする人
ヤスで突く人
釣りをする人

投網は一網打尽
ヤスは可哀想だ
釣りなら許せる

それぞれでよいのだが
できれば釣りにしてよ

魚に負けるでないぞと
釣人にカメラを向ける

結果を問ぉたら
黙って首を振る

そういうこともある
リベンジすればいい

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  1. 2015/03/25(水) 01:00:00|
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雪中花 2

庭のクロッカスが咲いたのは3~4日前。
そのクロッカスが雪に埋まってる。
上の雪を取り除くと、黄色い花が、真っ白な雪の上で咲いてる。
(あぁ、水中花だなぁ)
(イヤ、雪の中だから雪中花というべきか......)と思う。

しかし、雪中花などという言葉があるのだろうか?
おそらく(ないはずだ)と思う。
それでも、そのクロッカスはまぎれもなく雪中花だ。雪の中で咲いてる花だ。

造語だと言われてもしかたない。見出しは「雪中花」に決めた。
ネットにエントリーした後、念のため、広辞苑を調べる。
雪中花は見当たらない。
雪中関連語として「雪中四友」があり、そこには 玉椿・蝋梅・茶梅(さざんか)・水仙 の称とある。

さらに別の日本語大辞典を調べたが、なかった。
そこでネット検索。
やはり雪中花という言葉はあった。いわゆる造語ではないことが分かる。
ただし、そこでの雪中花は、伍代夏子が歌う題名だったり、立原正秋の随筆書名だった。また国語辞典的な説明では、雪中花は水仙の別名とある。

雪中花
水仙の別名 雪の中でも春の訪れを告げる。

クロッカスに雪中花という見出しをつけるのは、誤解をまねきかねない。
見たものはたしかに水中花と似て、雪の中で咲くクロッカス。
だが、それは状態を見て感じた言い方であり、言葉として使うことは不適切だと言われれば、頷くしかない。

以前、似たような言葉に戸惑ったことがある。
「花の川」だ。花筏に似た情景だが、スケールがもっと大きく、花びらが川状になって流れてるさまを言う。
だが、広辞苑にも「花の川」はない。
「はなのかわ」で検索しようとしても、変換されるのは「鼻の皮」であって、「花の川」には変換ならない。

どなたか有名な方が、「花の川」と題した本を書くとか、流行歌手が「花の川」という題の歌をヒットさせれば、「花の川」という言葉が変換されることになるはずだ。
そういう意味で、言葉は面白いものだなぁと思う。

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↑   ↓    昨日の再掲画像

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以下は、2011.04.30.撮影(山形霞城公園)の「花の川」

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  1. 2015/03/25(水) 00:15:00|
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雪中花

タイトル「雪中花」は、造語だと思ってた。
水中花は、あるけれど、雪中花はないと。
ところが、「せっちゅうか」を変換すると雪中花となる。ということは、造語ではない、のだろう。

それはまぁ、どちらでもいい。
春を告げるように咲いたクロッカスが雪に埋まってる。
ある感動を覚えカメラを向ける。

(冷たかろう)とは、人が思うことで、クロッカスにはそういう感覚があるのだろうか...... ?
このようすを見て、健気さとか、美しいと思うのは、わるいことではない、と思う。
ふ~む、ごちゃごちゃ言わずに、並べよう。

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  1. 2015/03/24(火) 15:36:30|
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散歩道で

 
散歩を日課にしていることは繰り返し書いてる。
畑仕事や、なにかのっぴきならない用事がないかぎりは、毎日散歩するようにしている。
運動不足にならないよう歩く。

「長生きすることがパパのしごと」これも妻が繰り返す言葉である。
「歩くことがしごと」という謂である。健康には散歩が良い......と。
「年金もらえなくなると困るからだろ」と言って叱られたことがある。(笑)

23日、パソコンなど終わって「散歩に行ってくる」と言ったら
「こんな風の強い日はダメ! 雪さえ降ってくる。風邪ひいたらどうする!」と止められる。
雨の時も散歩禁止だ。
歩けないのは困る。散歩は、ブログのネタ探し(取材)も兼ねているからである。
晴れている時だけでなく、たまには雨の中、強風のなかでも歩いてみたいと思ったことがある。

歩くのが好きだった。
過去形にしたには、左膝不調になってからは、散歩したくない時もしばしばで、以前のように無条件で好きとは言えなくなった。
でも、歩けないのは困る。身体が運動を求めているし、取材ができないのは寂しい。
歩くのは、たしかに運動になるだけでなく、景色や季節の花々を見る楽しみなのだ。

今では、雨降りや悪天候の日は、歩きたくないと思う。
やはり、老いたのだなぁと思う。いつまでも元気でいられればよいけれど、なかなかそうはいかない。
ふ~む、また愚痴を書いてしまったなぁ

もう止める。
22日の散歩で撮ったのを並べる。午後4時ころの立谷川沿いの散歩道である。

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以下は、昨日と今朝に撮った

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  1. 2015/03/24(火) 07:44:26|
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伝えること


   老ひとり被曝の土を耕せり       川口市・青柳 悠

   震災の爪痕いまだ遺れども寒風沢島の海胆漁もどる      さいたま市・田中ひさし

   蓄えし缶詰のパン試食せん「三・一一」四年目となる       北上市・高橋和子

   朽ち果てなお放射線続ける3号機ひしゃげた鉄骨鳴る線量計   いわき市・池田 実

   ダイオードの赤き光闇にあり校庭のベクレル伝えおり      いわき市・大平好一

以上の俳句・短歌は、朝日俳壇・歌壇(16日付)から


   被爆地の空高々と鶴帰る        大村市・小谷一夫

   春陰や日本の先に深い闇       東大和市・田畑春酔

   3.11廃炉となるか100年後我ら作業員は働いているか       いわき市・池田 実

   人の知の及ばぬ深き闇ならむ燃料棒の融け沈みたる炉は      網走市・寺澤和彦

   山里に幅広き道造られぬ汚染土運ぶための道なり         福島市・美原凍子

   震災は忘れ去られむ人はあの戦争さえも忘れかけおり       三原市・岡田独甫

以上の俳句・短歌は、朝日俳壇・歌壇(23日付)から

ふ~む、忘れたいことは、忘れるほうがいい。
だが...... 忘れてはいけないこともある。その一つが、3.11。
風化させない。伝えていかなけばならないだいじなことである。

伝える手段は、いろいろあるだろう。各自がそれぞれの方法で伝えていけばいい。
「天童の家」では、3.11以降ずーっと関連句や歌をひろってエントリーしている。
そうすることが、私ができるささやかなしごとだと思っている。


  1. 2015/03/24(火) 01:00:00|
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4年前の3月


以下は、4年前の3月23日以降のブログの抜粋である。

  すかすかの道
(前略)
22日の散歩で、前日のそれを思い出しながら歩く。ニヤニヤ独り笑いしながら... 誰かが見たら、きっと(おかしなヤツ)と思うだろう。
午後1時ちょっと前に家を出て、スーパー農道へ向かっている途中でケータイが振るえる。(誰からの電話?)と見る。「福島で地震が起きたので注意しろ」との知らせ。(緊急地震情報)
(あぁ、まだ余震が)と思うと、どうしても被災者のみなさんのことや原発の方へ考え(思い)が行く。

今日は晴れて、比較的過ごしやすいのではないか。静かな道を歩いていて、そのうちに(ん? なんかへんだなぁ)との思いがわく。
なにが(へん)なのか、はじめは分からなかったが、しばらく歩いてるうちに(そうか! あぁ、大きな へん なのだ!)と気づく。
道に車が走っていないのだ。片道30分、往復で1時間を歩いたのだが、出合った車は 南進車2台、北進車4台、1時間歩いてたった6台の車にしか出合わなかった。

いつもならけっこう通行量の多いスーパー農道(広域農道)で、例えはおかしいが、立ちション便をしている間にも1~2台の車が通過するほどである。
なのに、22日の農道は、車が通らない。やはりガソリンの欠乏のせいだろうか...
何年か前に、北海道に行ったあの時の道路を思い出す。あの時は(さすが広い北海道!)と思ったが、ここ農道のそれでは ゴーストタウンを思い出してしまった。
ふだんなら立ちション便も注意深くしなければならないのだが、今日は誰に見られることなく悠々とできるなぁと苦笑してしまった。

散歩も終わりに近く、スーパー農道から家への小道に入るのだが、そうせずにしばらく広い農道の路肩で(車が来ないだろうか)と待つ。
南を見ても、北を眺めても、車が現れない。(車が来るのを見たら帰ろう)と思い、5分待ち、10分待っても来ないので、へへ 痺れを切らし、諦めて帰途につく。(笑い)
剪定してる畑には、自転車が見られる。いつもなら車で来てるのだろうが...

                        * 2011/03/23(水)
  ガソリン入手

娘から注油できる所のメールや電話がはいる。
息子もその最新情報を詳しく、具体的に語る。それを毎日聞いていると、(あぁ、並んででも入手しようかなぁ)という気になる。
東北関東大震災から12日が経ったけれど、相変わらず入手が困難である。いつまでも車を使わないでいるのも限界というか、不便さもガマンし難い気分が強くなってきてる。

「車を使う予定がない。行列してまで詰めなくてもいい」。夕べまでそう言ってたが、妻の通勤のことや暖房、風呂(燃料が灯油)のそれを考えると、もう並んででも確保しなければの気持になる。
(「だめもと」でもしかたない)と、息子の情報の中から1箇所をしぼり、出かける。午前8時半頃、最後尾に到着。係員が「このへんならダイジョウブでしょう」という。
だが、30分ほど待った頃に、先程の係員とはちがう人がきて、「今日は、もう詰められません」と詫びて歩く。っふふ、(空振りだったなぁ)と引き返す。

帰途、Fマートに寄って油揚げ・梅干し・ナメコを買う。モヤシは入荷していないという。
Fマートの筋向かいのSガソリンスタンドに目をやると、そこにも多くの車が並んでる。スタンドの係員に尋ねると「灯油ならあります」ということでポリタンク(20㍑)に詰めてもらう。
さらに、午後からはガソリンの販売もすることが分かる。店員とそんな話をしているとタンクローリー車が姿を現し、スタンドに入ってくる。
それを見た時、(あぁ頼もしい!!なぁ)と、子供のように嬉しくなる。店員もタンクローリーの運転手も笑顔で私に頷いてくれる。

妻の車(ガソリンは半分近くある)を車庫に置き、自分の車(ガソリン残量僅少)に乗り換え、すでに長くできてる列に並ぶ。(午前9時半頃)
タンクローリー車が入ったことをこの目で確認しているので、(空振りはない)と安心して待つことができる。
販売開始時刻を早めてもいいのではないかと思ったが、予定通り午後からの販売だという。それならそれでしかたない、腹を括って待つことにする。
「ママのにも入れようか?」息子から電話がはいる。「3時間近く待つことになるが、それでもいいか?」問うと、「確実に入れられるのならいい」という。
まもなく妻の車でやってきた息子が列に加わる。息子に金と飴を渡し、待つ。息子も私も単行本をもって行ったし、また選抜高校野球大会も今日からはじまって、その放送を聞きながら待つ。

正午過ぎて、やがて長い列が動きだす。ガソリン2000円分(制限量)を入れ終えたのは午後1時40分だった。
ガソリン量は まだ目盛りの半分以下だが、これで必要な時は車が使える。そう思うと安心感がわき、肩の緊張がほぐれる。その気分が嬉しい。
列に並びながら、池波正太郎著「剣客商売・浮沈」222ページのうち206ページを読み、あと16ページで読了であった。
約4時間並んだことになる。被災者のことを思えば、たいしたことではない。

妻は、学童保育へは息子の車で送ってもらった。今は春休み中で午前8時から午後6時半までの勤務である。
今日(23日)妻の勤務は、8時から12時まで。帰りの足がなく、歩いて帰宅した。
今日只今からは、妻も息子も、そして何か必要な時は私もなんの支障もなく車が使える。この安心感・安定感がいい。
被災地のみなさんにも、出来るだけ早くこの安心・安堵感が取り戻せることを念願せずにはいられない。

                        * 2011/03/24(木)

  東日本大震災を詠む

以下は、朝日新聞が「東日本大震災を詠む」俳句を緊急募集。応募1300句の中から朝日俳壇選者4人が特選3句を選んだ。

       ものの芽の天地裂くとも萌え出でよ    埼玉県蓮田市・斎藤哲哉
       みちのくの地震鎮もれよ花辛夷         大分市・富尾和恵
       雪囲解かざるままに津波来て       神戸市垂水区・浜崎素粒子
                以上 稲畑汀子選

       生きていて生きてるだけで燕来る    東京都江戸川区・飯田 操
       世界中の瞳と思え春の星         滋賀県野洲市・鈴木幸江
       涅槃西風海から瓦礫地獄まで       横浜市戸塚区・猪野鳳保
                以上 金子兜太選

       乾坤の未曾有三月十一日         横浜市金沢区・藤田定雄
       春の海津波の牙に変わりけり       東京都目黒区・横田貞子
       避難所に顔つつみ寝る日々余寒    大阪府河内長野市・古川眞澄
                以上 長谷川櫂選

       春月や瓦礫の町に嬰生まる       名古屋市昭和区・坂倉公子
       毛布なき君に熱燗飲ませたし       大分県別府市・河野靖朗
       避難所の春の暖炉の明りかな       神戸市垂水区・浜崎素粒子
                以上 大串章選

以下は、3月28日付の朝日歌壇より

       地震による停電岩手を包み込む3.11雪降りやまず         岩手県・田浦 将
       ぐらぐらと畑がゆれる施肥をするわれは咄嗟に四つん這ひになる  長野県・小林正人
       大地震津波の前に詠みし歌春は近くて脳天気なり         東京都・夏目たかし

       冷蔵庫に庭の雪氷詰めにけりランプで暮らす日々の続けば     盛岡市・佐藤忠行
       ケータイはつながらないのに充電の残量気になる余震の夜に    山形市・渋間悦子
       被災地を視ては夫婦で涙ぐむ温かき部屋にて熱き物食べ      飯田市・草田礼子

地震:石巻市で震度5弱
 28日午前7時24分ごろ、東北地方で強い揺れを感じ宮城県石巻市などで震度5弱を観測した。
震源地は宮城県沖で、震源の深さはごく浅く、地震の規模はM(マグニチュード)6.5。
この地震にともなって、気象庁は宮城県沿岸に津波注意報を発令した。

                         * 2011/03/28(月)


  1. 2015/03/23(月) 09:35:19|
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もっときれいに


フクジュソウ、ネコヤナギ、マンサクと春を告げる花たちをエントリーしてきた。
そして次に、オウレン、ザゼンソウ、イチゲ、カタクリが続くことになる。その間にユキワリソウやシュンラン、スミレ等が並んだりする。
毎年飽きずに同じようにやっている。長い冬を越してきた者の通過儀礼的な営為かも...... やがて、みちのくは本格的な春を迎える。

みちのくの春は、花たちが爆発的に一斉に開花する。

21日、そろそろオウレンが咲く頃と、いつもの所に急ぐ。そこは妻が入院した吉岡病院の近く、舞鶴山公園愛宕沼東岸の山裾である。
予想通りに、一面に米粒を撒き散らしたようにオウレンが咲いてる。(春はまちがいなくやって来てるなぁ)と当然のことすら、嬉しく思う。
毎年、同じ被写体にカメラを向けている。なにもわざわざ撮らなくても、過去画像でも...... などとはこれっぽっちも思わないで、今年も咲いてくれたそれを撮る。

過去画像となにかちがうかを言えば、へへ なんにも違わないだろう。それでも、今年咲いたそれにカメラを向ける。
フクジュソウやマンサクだって、みんなそうだ。それでも、今年咲いたのを撮る。よく考えれば、なんだかムダなことをしているような気がしないでもない。
でも、やはり今年もまた見られたという喜びが、そうさせる。

人物画像なら、年ごとに歳をとる。だから、毎年撮ることに意味があるだろうが、花は老いることがない。毎年同じようにきれいに咲く。
撮影する側が変わる(老いる)ので、物を見る目が変わるかも知れない。その結果が、画像に現われる可能性はある。
そんな屁理屈を考えながら、今年こそは美しく撮ってやろうと思うのである。(笑)

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  1. 2015/03/23(月) 01:00:00|
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歩けるように


散歩道確保

20日、前日の雨降りがあがって靄が濃い。軒下の残雪もずいぶんと少なくなった。
畑は黒い土が見え、そちこちで剪定作業をする姿が見られる。残雪はもうない。

長い間、通れなかった立谷川沿いのサイクリングロードが通れるようになった。
今年はじめて山寺の折返し点まで歩き通す。ホッとする。なんといっても散歩はここがいちばんだ。
再び、積雪で通れなくなる年末まで、この道を歩き続けるられる。それがなんとも嬉しい。

川向うの里山には、マンサクの黄色い花が見える。木々たちは、まだ裸木だが、間もなく萌黄に彩られる。
雪解け水が、きれいな色で流れてる。雨降りでの増水は濁ってしまうけれど、雪解け水は決して濁らない。
その当たり前のことが、嬉しく感じられる。っふふ、やはり春なのだなぁと可笑しくなる。

そんな埒もないことを思いながら歩いてると、突然に目の前から大きな羽音を立てて鳥が飛びたつのに驚く。
シラサギだった。反射的にカメラを向けシャッターを切る。あぁ、またハンターになったなぁと自分を笑う。
シラサギは、もう繰り返し撮っているから、いまさらと思わないでもないが、それでもやはりカメラを向けてしまう。そう頑なに考えなくてもいいではないかと弁解の気持ちがわく。(笑)

シラサギは、一羽だけでなく複数いて、否応なしに(笑)その後もカメラを向けることになる。
うふふん、という気分で楽しい散歩を続ける。
マンサクの花は撮った。間もなくイチゲも咲くだろう。それまで、散歩道はまだ冬枯れの、やや殺風景だもの、真っ白なシラサギは、恰好の被写体だ。
誰に遠慮することもない。撮りたいものを撮ればいい。と、開き直ってルンルン気分。

散歩道確保が嬉しいのである。
わざわざ運動公園まで行かなくてもいい。安全で、ロケーションにも優れてるこの道が使えるようになったことが気分を弾ませる。
運動公園では4000歩程度だったが、ここを歩けば7000歩を超える。7374が今日の散歩の数字である。

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おまけの画像
っふふ、シラサギよりも、こちらの方が、通れるようになった喜びを写しているかも(笑)

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  1. 2015/03/22(日) 00:15:00|
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マンサク 

下のそれは、お馴染み「驢馬の耳」から(昨年のブログ)の転載(抜粋)である。

   ぱちぱちと春の花火だマンサクだ       驢ノ141


            Commented by こんの at 2014-04-05
 桔梗、蓮の花などが開花する時 ポーンと音立てて花開くなどと言われてる
 マンサクも ぱちぱちと音立ててですね
 オノマトペ効果が効いて、佳い句だなぁ
 パチパチパチと拍手!で~す


           Commented by unburro at 2014-04-05
 こんのさん!
 拍手ありがとうございます。
 気に入っていただいて、ひと安心です。
 ほんとうに、見れば見るほど、不思議な花びらですね。

今年も、18日に撮りに行った。
山には、まだ残雪があったけれど、マンサクの花は咲いてた。

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  1. 2015/03/21(土) 00:15:00|
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しっかりせい


19日は、妻の通院日なので、予約時刻に遅れないよう、やや早めに起床する。
診察とリハビリが済むまでの間、八文字屋に行き「利休の闇」加藤廣著(文藝春秋)を買おうと思っていた。
ところが、朝食中に「パパはゆっくりしてていい。今日は独りで行ってくる」と妻が言う。

「ふ~ん、独りでダイジョウブかなぁ」
「いつまでもパパに迷惑かけていられない。運転もだいぶ慣れたから......」
「そうか、そうか。気ぃつけてな」そう返事したが、なんだか急に気がぬけた風船みたいな気分だ。

(ふ~む、行ってしまったぁ)
ひとり、書斎に残され、なんだかちょっぴり手持ち無沙汰というか、へへ、寂しいとかではないけれど、なんとなく落着かない。
これまで、どこへ行くにも一緒だった。妻との二人三脚で、二人の脚はしっかりと結ばれてた。

だが、今、その絆が解けてしまったような気分。な、なんということだ。妻への依存・共生、これは明らかにまともじゃない! いわゆる共依存、共生に近い関係。男の病的状態である。
はっはぁ、そこまで大袈裟にいうこともなかろうが...... (苦笑)

日常動作は、まだぎこちない。だから、ちゃんと庇ってあげなきゃ、と思っていた。
例えば、布団からの寝起きがスムースにいかない。灯油タンクが持ち運びできない。
そのような妻をしっかりと支えるのが男の役目と思っていた。

なのに、もう独りで行くから、ゆっくりしてたらいい、と言う。
ふ~む、そうやって独り立ちしていくんだな。私の手などいらなくなって......
子離れ、ならぬ「妻離れ」を目前にし、おたおたしている自分に、かなりのおかしさを覚える。

リハビリには半年かかる、そう言われ、(これはたいへんだぞぉ)と思った。長い期間、道のりだと考えたけれど、振り返れば、手術からすでに4ヶ月近い月日が過ぎた。
あとの2ヶ月も、すぐに経つのだろう。
そうやって健康をとりもどすのだ。嬉しいことじゃないか。
いつまでも、(弱い妻)と思っていたいのか? 

へへ、そうではないのは自分でも分かっている。むしろ、妻のほうが断然自分より勁い。
さらに、これ以上強くなれば、それに反比例するように、私のほうが弱くなってしまうように思われたりする。なんとも、呆れた者だと、あやふやな自分に切なくなる。

*
ネコヤナギ画像が、フォルダに残ってた。
18日撮影なので、時制にズレると厄介、並べておく。

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  1. 2015/03/20(金) 00:15:00|
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ネコヤナギ 3

先にアップしたそれのつづき

昨日もまたネコヤナギを撮った。
咲いた小さな花に吸蜜しに蜂たちが賑やかにやってくる。
これまで花のない季節はいったいどうやって過ごしてたのだろう......

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  1. 2015/03/19(木) 07:10:36|
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ネコヤナギ 2


2月26日のブログに、次のように書いた。

 根本にまだたくさんの雪を抱きながら、ネコヤナギの芽が膨らみ、和毛が風に揺れ、光を受けて輝いてる。
昨年の柳は、なにかの病気に罹ったようで、葉っぱが黄色く病葉になった。消毒薬を散布したが効き目なく、思い切って枝降ろしをした。
そのせいで、それ以降にのびたのは脆弱な枝になってしまい、せっかく膨らんだ芽にも力がない。それでも時期がきたのをしった芽が健気に膨らんできた。
そんな経緯があるものだから、「ガンバレ!」と声がけしながらカメラを向けた。

もう少し膨らんで、花が咲く直前に、もう少しマシな画像をアップしようと考えてる。


暖かい日が3日間も続いたせいか、ネコヤナギが花を咲かせたのを目にする。
17日に、早速、カメラを向ける。
「ミエコさんに、持って行って、あげなきゃぁ」妻がそう促す。
ミエコさんとは、兄貴の子ども(姪)で、10年歳下である。彼女の誕生日は、私と同月同日である。
そういうこともあって、彼女とは昔からずーっと仲良し。65歳になるが、まだ年寄りには見えない。(笑)

ミエコさんには、昨年もネコヤナギをあげた。なぜかネコヤナギが大好きなのである。
妻も、それを忘れずにいて、「持って行き、あげよう」と促すのだった。

はい、妻は白菜漬け、鼈甲色になった青菜漬け、北海道から送られてきたジャガイモを用意した。
それらをもらったミエコさん、嬉しそうだった。先日も合って話しているのに、また延々と話が弾む。
傍で聞いているかぎりは、他愛ない話ばかりなのだが、っふふ、うまがあうというのか、会話を楽しんでる。

ミエコさんと別れた後、「ズボンを買う」というので一緒に品選びをする。
サイズが3Lで、へへ やはり運動不足を証明するなによりの証拠だろう。が、そのことは言わずに堪える。
ズボン2本をホワイトデーのそれとしてあげることにした次第である。(笑)

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  1. 2015/03/19(木) 00:15:00|
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黄色を撮る


目にして(きれいだなぁ)とか、(おや?!)などとこころが動いたものにカメラを向ける。
長い冬がようやく終わって、雪が消えた日向に福寿草が咲いてるのを見つける。
(あぁ、今年はじめての花!)と嬉しくなる。早速、車に積んであるカメラの出番である。

他に用事があって、ゆっくり撮れないのでオート(AUTO)でパチリ、パチリした。20枚くらいシャッターを切ってきりあげ、他所へ向かう。

家に戻って、先ほど撮った画像処理にかかる。
うわわぁ すべて露出オーバー。色飛びで見られない。懸念していたことが、そのまま出てしまった。

カメラに苦手な色がある。うまく撮れない色がある。私の場合、黄色が苦手だ。
特にフクジュソウのあの黄金に輝く色(金色)がとても撮れない。毎年のことである。今年も同じ轍を踏んでしまった。

口惜しい! せっかくの今年はじめての花をエントリーできないなんて...... リベンジしなくてはと奮い立って、再度現場へ出かける。
今度は、時間を気にせずにゆっくりできる。撮影データを変えながら、納得行くまで何度もシャッターを切る。
これでもダメなら、どうする? へへ、花は逃げていかないから、また撮り直せなおせばいい。などと考えたりするほどにフクジュソウの黄色は難色なのである。

と、いうわけで、今年はじめて咲いた花を並べることにする。
蛇足的に、重ねて言えば、並べた画像はイメージには遠い。これは未熟さのせいで、修行がたりないからで仕方ない。いつか、(これぞ)というのを撮ってみたいものだと思う。

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  1. 2015/03/18(水) 00:15:00|
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モンテディオ山形 2


先にアップしたそれの続き

次は、熊谷にお住まいの時田さんから、一昨年に戴いたコメントである。
時田さんは、大宮アルディージャの篤いサポーターでもあられる。

 モンテディオ山形の一層の盛り上がりを、大いに期待しております。
 スポーツクラブとは、本来地域に支えられるべきものであり、山形の運動は王道を歩いていると思います。
 ジュニアの時代から子供達を育成し、モンテディオ山形での活躍を夢見ながら精進する、そんな県民一体のサポートシステムが出来たら素晴らしい事です。
 アルディージャに対する思い入れも、この実現の力に成りたいと清雲栄純氏に協力したのがスタートでした。
 大宮と山形戦アウェーは必ずお邪魔したいと思っております。出来ればJ1での対戦を見たいものですよね。

                2013/08/01(木)  時田幻椏

それへのレスポンス

  J1での対戦を
 時田さん コメントありがとうございます
 自分たちに誇れるチームをもつことは、嬉しく、大きな力になります
 サッカーは、やはりJ1で戦えることです
 なかなか難しいこと、ですが、今はそれを目指して戦うしかないですね
 大宮の今年の戦い、素晴らしい!!です
                2013/08/01(木)  こんの

その時に使った画像を再掲する。

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↓ 下へ続く


  1. 2015/03/17(火) 07:34:52|
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モンテディオ山形

モンテ頑張れ!

山形周辺では、他所では見られない、珍しい仕様(塗装)の車が走る。
サッカーJリーグのモンテディオ山形を応援する会社や人々の車である。
以前にもエントリーしたことがあるけれど、それとはまた別の車を撮ってみたので並べる。

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モンテディオ山形
(以下は、 wikipediaからの抜粋)
 1984年創部のNEC山形サッカー部が前身となり、1999年よりJリーグへ加盟している。
 クラブ名称の「モンテディオ」は、イタリア語の「モンテ (Monte)」(山)と「ディオ (Dio)」(神)を合わせた造語で「山の神」を意味する。
 ホームスタジアムはNDソフトスタジアム山形、練習場は山形県総合運動公園である。

 クラブ運営法人は2社に別れており、トップチームの運営を株式会社モンテディオ山形(2013年8月設立)が行い、 ユースチームやアカデミー組織の運営を、2013年までトップチームを含むクラブ全般の運営を行っていた公益社団法人山形県スポーツ振興21世紀協会が行う。
 公益社団法人によるクラブ運営は、Jリーグに所属する全チームの中では山形が唯一行っていた。



  1. 2015/03/17(火) 00:15:00|
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忙しく

昨日は、久しぶりに快晴。
さくらんぼの剪定をやる。
4時間で、4本を済ました。

今日もまた続きをやる。
今朝も、妻と二人で主夫業やり終え、やっとパソコンに向かっている。
準備してる文がない。

画像ホルダーに残ってるのを並べる。
明日は、またなにか楽しものをエントリーしようと思う。

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あぁ、そうですねぇ
運動公園の風景である


  1. 2015/03/16(月) 07:43:27|
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女性パワー


13日も時折雪が舞う。三月と言っても、やはりまだ冬の続きだ。
寒さ暑さも彼岸までというが、その彼岸にも間があるからしかたないと空を見上げる。
でも、家でじーっとしてるのもなんだか落着かない。散歩にでも行こうかと思い、妻に声をかける。

「行かない」との返事。ふ~む、運動不足が身体に現れていることを伝え、さらに誘う。
「食べ過ぎよぉ。食べ過ぎないようにしなきゃぁ」
「ママ、そうじゃない。運動不足だよ。散歩しに行こう。食べたいものが食えるから......」なおも強引に誘うと、ようやくその気になる。

これが晴れた空なら、直ぐにでも出かけただろう。
春の雪だから、たいしたことないのだが、それでも歩けばビシャリと跳ねる腐れ雪で、気塞ぎの雪だ。

運動公園の屋内通路は、なぜか混んでる。昔のお嬢さんたちが両手にストックをついてぞろぞろ歩いてる。男性も3~4人いるけれど、圧倒的に同年代のおばさんたちである。
「歩け歩くのサークル」だという。入会無料だから、入ってみたらと誘われる。
でも、っふふ、妻と一緒がいちばんだなぁと顔を見合す。

そのようなサークルで群れなくともいいような気がする。なにかメリットでもあるのだろうか?
「こういう施設を個人で借りるよりは、そういうグループの方が借りやすいとか、交流の場が広がるメリットがあるかも......」妻の言葉に、(なるほど)と納得する。
それにしても、やはり女性パワーを如実にみる思いだ。

同じことが、プールでも確かめられた。通路になってる建物群のいちばん南端にプールがある。そこの2階からプールで泳いでる人たちが眺められる。
そこでも圧倒的に多いのは昔のお嬢さんたちである。男性は上半身裸だから、女性とは一目で見分けられる。
同年代の男性たちは、いったいどこでどのようにしてすごしているのだろうと不思議に思う。

「散歩、やはり良い運動ね」歩き終えた妻がもらす言葉に頷く。
歩数計には、4257の数字が並んでる。
っふふ、これで食べたいものが我慢せずに食べられる。(笑)



  1. 2015/03/15(日) 00:15:00|
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自転車通勤


Kさんは、自転車で会社へ通っている。通勤距離は約10キロメートルという。
Kさんは、40代の女性である。

車の運転免許証を持っている。
だが、自転車が好きで、雨天でない日は自転車で通勤している。
出勤に10Km、帰宅に10Km。運動量にはもってこいの距離だろう。

どこへ行くにも車に慣れてしまったものには、ちょっと躊躇することかもしれない。
だが、Kさんの姿を見ていると、颯爽として、うふふ、なんだか羨ましくなってくる。
健康のため、そしてガソリン代節約と、一石二鳥。

Kさんの姿を撮った。

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  1. 2015/03/14(土) 10:58:21|
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日常にある感動


真ん中の孫、克行君の卒業式が3月1日だった。
そして2日から会社へ行き、研修をうけている。

12年間の学校生活をすごした。多くの感動を得たことだろう。小学校への入学式、運動会、遠足、給食、友だちとの喧嘩でさえ、ある意味「感動」であった。
そうした数々の感動を体験しながら小学校から中学へすすむ。自我に芽生え、思春期を迎えれば、より多くの感動的な日々が続く。
高校受験、入学、それまでの学校生活とはまたちがう数多くの感動に出合う。中学ではサッカー部だったが、高校では演劇部で楽しんだ。

新しい出合いには、感動がともなった。
だが、感動は繰り返され、やがてそれが日常となってくる。
日常が平穏につづいていると、そこにある感動のこころを見失ってしまう。このことに気づかないでいる場合が多いのではないか。

健康のそれと似ている。
生まれる前は、五体満足であればいい、と願う。その通りに生まれ、さらに喜びを味わう。
元気にすくすくと育って欲しいと思う。「這えば立て、立てば歩めの親心」の過程に感動が覚える。

ずーっと元気で、健康でいられれば良いのだが、時には風邪をひき、病気にもなることがある。転んで怪我をすることもある。
病気や怪我をした時、健康のありがたさを知る。

3.11 が、さらにそのことの重大な意味を知らせてくれた。
穏やかな日常の中にこそ、たいせつなことがいっぱい詰まっているのだと教えてくれた。
失った日常、取り返しのきかない日常、その中にたくさんの喜びがあったのである。
日常生活のなんとたいせつなことか! 失って、そのことの大きさを感じる。

どなた言われたことか知らないが、驢人さんの驢馬の耳(ブログコメント)に次のようなフレーズがあった。

 「今も日常を送っている、今日という日は、沢山の人々の、失われた明日なのだ。」

若いころは、平凡な日常より、多少辛くても変化のある日々を望んだ。穏やか暮らしより、波瀾万丈的な道を歩きたいと思った。
しかし、上にも書いたが、平穏な日常の中に、たくさんの感動が詰まっていることを忘れてはならない。
そのことがようやく分かってきた。
感動的なことが毎日なくてもいい。なくて当然である。でも、この世に、存在してること自体が感動と言えるような気がする。
気がする、というより、そう感じるのである。そう思えるのである。おかしいだろうか......?


  1. 2015/03/14(土) 00:15:00|
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長寿の秘訣


母(妻の実母の妹)は、大正15年生れ。誕生日がくれば90歳になる。
頻繁に医者通いしているが、患っているわけではない。歳相応にそちこちが具合いわるくなってるのだろう。
長い間使った歯車がすり減ってガタがきている状態に似ている。金属疲労とおなじようにどうしようもない。

数年前より杖を使っている。
先年、手押し車が欲しいというのでホームセンターに買いに行った。
機能的・経済的に見て、「これが良いみたい」と勧める妻に、母は「そんな野暮ったいのはイヤ。こっちのが良い」と言う。
値がかなりはるけれど、よく観れば、(なるほど! 洒落てる柄と形だ!)と思って、苦笑する。

お気に入りの手押し車で、散歩に行く。新入生が真新しい自慢のランドセルを同級生に見せびらかす、それに似た姿が連想され、可笑しい。
小雨模様の時でさえ、畑でとった野菜を手押し車に積んでくる。よたよた歩きの老女に、そのようなことをさせてると「世間さまに笑われるから少しじーっとしてるよう」言うが、「なにもわるいことはしていない」と受けつけない。

母は、妻が入院する前まで、家族全員の洗濯物を一手に引き受けていた。もちろん、洗濯機でやるのだが、年寄りにやってもらうのは気が引けることだった。
「洗濯は、私がやるから、お母さんに辞めるよう言って」妻にそう言ったことがある。
「いいのよ。前に私も言ったことある。でも、『私の仕事なんだから』って、止めない。きっと、皆んなの役に立っていると思いたいのね。『仕事を取り上げる』って友だちに吹聴するよ、きっと」と妻が諦め顔で言う。

そんな母だが、3度の食事は、茶の間でテレビを見ながらとる。
御膳を整えて、毎食妻が運ぶ。いわゆる「上げ膳据え膳」である。
さらに、似たようなおかずを出せば、「これはもう飽きた」とか、それまでは好んで食べたものさえ、「食う気がしない」とにべもなく断る。

妻が入院し、それまでの暮らしのパターンが成り立たなくなった。
ん? あぁ、こういうことを書こうとしたのではなかったなぁ。

そう、長寿の秘訣。
自分のしたいことをしたいようにすること。
自分が、役に立っていると認識できること。

母をみていると、そう思う。上二つは確信できる。(笑)


  1. 2015/03/13(金) 10:01:54|
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昼 行 灯

昼行灯に迷う

運動公園のメインスタジアムの照明灯が点灯してる。10日午前中のことである。
もちろん、暗いわけではない。
春になってスタジアムが使用できるようになったので、点検のための点灯かも知れない。

っふふ、夜に輝いてる照明灯は見ているが、日中のそれは初めてである。夜間に見るそれとは違って、なんだか鈍い光だ。そう、昼行灯だなぁ
それでも、よく眺めれば、赤・青・黄色などの電灯が並んでるのが分かる。いわゆるカクテル光線仕様だ。
昼行灯でも、光る色がそれなりにきれいだ。

「きれいね。いろいろな色、なぜ白い電灯じゃないのかなぁ?」妻が、疑問を口にする。
「なぜかねぇ 赤青黄色、三原色。あぁ、あれが混ざると白くなるのかぁ」
「色が消えてしまうの?」
「ふ~む、そういえば、芝生はきれいな緑に見せるし、夜の光に色がついてる感じはないね」

なぜ、を問う妻への解答がわからない。
いろいろな色が並んでる照明灯を(きれい)と感じカメラを向ける。

画像処理して、色が肉眼で見るように写っていないことが分かる。
たぶん、電灯と他の被写体とのコントラストがあり過ぎ、電灯の光が色飛びを起こしているのだろう。
昼行灯と言っても、光はそれなりに相当の明るさなのだ。それなのに周りの空や景色が明るいため、鈍い光に思われるのだな、きっと
とにかく、肉眼でみる(きれいさ)が写っていない。残念至極だが、どうしようもない。

写真の難しさをあらためて知らされた思いだ。
リベンジしようにも、しようがない
目で見たあの(きれい)さをわすれずにだいじにしようと思う。

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  1. 2015/03/13(金) 00:15:00|
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曖昧な記憶


阪神・淡路大震災が起きた1月17日の空のようすを覚えている。
あの日の朝、スーパー農道を越えるコースを歩いてた。そうだ、沓掛広場まで行って、折り返し、再びスーパー農道の所へ至った時、南西の空が不気味に焼けていた。
通常なら、あの時刻の朝焼けは東の空である。なのに、東の空は特に変わったようすはなく、はるか遠く南西の空が、気味悪い赤さで燃えてるのが強く印象に残った。

20年前の1.17の空の色である。
もちろん、その時(散歩中)は、大地震のことはなにも知るはずもなかった。
あの朝焼けは、あの日の大地震となにか繋がりがあったわけではないだろう。
だが、偶然とはいえ、あの空の色は不吉な色に思われた。なにかのサゼッションでもあるかのように覚えてる。ふ~む、20年前の空色を今でも妙にはっきりと覚えている。

あの頃は、朝食前に散歩していたのだったなぁ
震災の惨状は、出勤中にカーラジオで聴いた。
1.17では、同僚たちがボランティアとして神戸の病院まで駆けつけた。

うう、話がそれた。戻そう。

3.11の時には、そういう空色等の記憶がない。
どんよりとした曇り空だったか、もしかしたら春を感じさせる穏やかな空だったかもしれない。
停電になって、雪が降ってきて、(まだまだ冬だなぁ これでは被災者たちはかわいそうだなぁ)と空模様を気にするようになったのは3~4日経ってからである。
そうだなぁ、あの時は、自分や身近な人々のことでいっぱいで、被災者や被害状況等については、正直なところ関心が薄かった。

ただ、いわゆるF1事故については、(どうなる?!)と強い関心があって、テレビが見られるようになると、それは見続けた。
そういえば、津波による死亡した方々の映像がほとんどなかったのも、当時はなんとなく不全感というか、腑に落ちない気分だった。

みちのくは、昨日につづいて今日も雪。
4年前も似たような雪が舞った。それははっきりと覚えている。(なんで、今この雪なのだ!)と天に向かって怒鳴りつけたい気分だったのを思い出す。
この時期の温かさは、うまいご馳走と思うけれど、逆に寒さや吹雪は、真冬のそれとちがう意地悪い酷さを覚えるものだ。

そういう断片的なことが、うん 切れ切れに思い浮かぶ。
だが、3.11の日の空模様は、まったく記憶にない。
停電で、不安で落着かない気分だけが忘れられずに、記憶に残っている。

記憶って、なんとも曖昧なものだなぁと思う。



  1. 2015/03/12(木) 14:27:08|
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時間を区切る


3.11から丸4年。
あの日のことを思い浮かべる。激しく揺れる地動に驚き、なにをどうすべきか分からなかった。
それでも使っていたファンヒーターのスイッチを切った。長く続く揺れに、身体がうまく対応できない。
ふらつきながら玄関を出て庭に立つ。だが、まだ揺れている。こんなに長い揺れは経験したことがない。

その後も揺れを頻繁に感じる。
......が、実は、その揺れは、実際にある余震ではなく、幻の地動だったのが後で分かる。
もちろん、余震は頻繁にあったが、私が感じるのは、実際の余震よりはるかに多い揺れで、幻覚であることを知った。
それは「地震酔い」と言われ、珍しくもない症状だという。幻覚である揺れ、地震酔いは、1年ほど続いたような気がする。
しかし、いつとはなしにその症状はなくなった。

あれから丸4年。
当日撮った写真や、あの頃書いたのを読み返したりして、いろいろな出来ごとを時間的に思い出し、過ぎた時の流れを疾く感じる。
しかし、過去の生きてきた時間(歴史的時間)とは明らかにちがうという思いもある。
3.11というあの時から、ここまでの4年は、たしかに疾かったと思うけれど、1461という日にちの感覚がある。
疾いという思いはあるけれど、たしかな時間の流れを感じる。これまでの75年という人生の、歴史的な時間感覚とは明らかな相違を覚える。
3.11というあの日が、私にとって間違いないターニングポイントだからだろうか?
3.11以降、暮らし方や考え方が大きく変わった。

だから、それからの4年間の時間は、それまでの70年間の時間とは、大きくちがう。
アイデンティティの崩壊とか、そういうことではなくて、もちろん、自我同一性はかわらないままに、自己の存在のあり方が、「動的存在」から「静的存在」に変わったとでも言えばいいのだろうか......

それまでは「静」よりは「動」を求めて生きてきた気がする。
3.11以降、それが逆転したように思われる。
「幸せを求めて動いてた」のが、「平穏がなにより」になった。
それは単に、加齢による変わりようとだけは言えない気がする。

先年、東京オリンピック開催が2020年に決定した。あの時、(あと6年、生きられるだろうか)と思った。
今も、(あと5年の時間を生きられるかなぁ)と思う。これまで、時間をそのように捉えたことがなかった。
時間を区切る。それにどういう意味があるのかは知らない。でも、3.11以来、時間を、ある時点で区切るというか、意識してみることが、考え方や暮らし方にある種の弾み車的な働きがあるような気がしてならない。

3.11から4年経つ。
オリンピック東京大会まであと5年。
時間の不思議な力というか、モチベーションとしてのそれを感じている。



  1. 2015/03/12(木) 00:15:00|
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