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焦ることない


今日は、5時に目覚める。すぐに起床し、主夫業には早いので書斎でパソコンに向かう。
6時から朝食の準備。洗濯も含め7時半にはほぼ終わる。別に手を抜いたわけではない。
煮魚(カレイ)もちゃんと煮る。キャベツのお浸しもした。
鰹節とサラダ油が少なくなってるので、忘れないで買わなきゃならないと思う。
容器に少なくなった塩と砂糖を補充する。
へへ、主夫業がすっかり身についたようで、1時間半あればだいたいがOKである。

一昨日の屋根の雪下ろしの疲れが、もっと残るのかなぁと思っていたが、それもそんなでないのが嬉しい。
昨日作ったおでんがたくさん残っている。母も息子もあまり食べなかったようだ。しかたないと思うが、ちょっぴり残念の気分。
せっかく作ったおでんを捨てるのももったいないと丼に盛って食べる。少し切ない気分が尾を引く。(苦笑)

いつもは10時から11時に病院へ行くのだが、今日は9時半に出かける。
っふふ、なんといっても妻に会えるのが今はいちばんの楽しみなのだ。
話すことは、他人が聞けば、じつに他愛ない内容だ。だが妻との会話そのものが楽しい。というか、落ち着くのである。

「今週はムリだったけど、来週ならきっと退院できると思う」妻が願望を言う。
「そうだね、そうさ、もう指のふるえもなくなったし......」同意を伝える私。
たとえ、そうならなくても、今は二人でそう思っているのだから、それでいい。

談話室は、二人にとってこころが通じ合うデートの場である。人目を憚らずに、手指や背中をマッサージする。妻の手や背中をさするとこころがホッとするのである。

よーく考えれば、はしたない行為かもしれない。けれどスキンシップが二人を安心させる、というか、辛さの救いになる。
戦友たちの目には、どう映るのか......と思うけれど、ベッタリと抱き合うわけではなく、控えめにマッサージをするだけなのだから、許してもらえると思いたい。(笑)

触れ合いたいという気持ちには、男と女としてそれとはちがう気がする。(もしかしたら、そういう気持ちがあるのかもしれないが)
「ここが苦しい」と妻は、マッサージ」して欲しい所を言う。そこを擦る。「気持ちいい」と妻が言う。
首の付根と背骨が凝るようだ。

入院してから、今日で38日になる。妻の肌には、まだ手術で出きた出血痕が青く残っている。
「どう、だいぶ薄くなったでしょ」と確かめるように言う妻に、「そうだね」と頷く私。
ふ~む、退院をそう急ぐことはない、とも思う。焦る気持ちがないといえばウソになる。
でも、ちゃんと治してから退院するばいいのだ。

「明日、なにを持ってくる?」
「パパ、茎菜煮がいい」 妻のリクエストに応えるため、早めに病院を出る。
家に戻ると、セイサイ漬けを出し、早速、茎菜煮作りをはじめる。買ってきたサラダ油をたっぷりと使う。


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  1. 2015/01/07(水) 16:42:22|
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一喜一憂


6日朝のメールで、妻から次のようなのが届いた。

   不思議
  昨日(5日)、手を、お湯、みず、交互につけての、リハビリでした、
  手の震えるが止まりました。不思議が起こりました

6日いちばんの話題は、そのことだった。
「あんなに震えてたのが、まるでウソみたいになくなった。だから、先生(PT・理学療法士)に言ったの。『魔法をかけたの!?』って...... 」
「PTさんは、なんて言ってた?」
「筋肉が弱ると、そういうことがある。ふるえもその一つなんだって。弱るといろいろな症状が出るのね」

使わない筋肉の退化は早い。しかし、その回復にはかなりの時間が要る。
4週間も装具で動かせずに弱った筋肉を、また元通りに戻すには時間がかかる。その間に、さまざまな症状がでるのはやむを得ない。
腫脹やふるえ、疼痛などもめずらしくない症状で、それらの症状にどう対応すべきかのノウハウは、PTさんの知り尽くしていることである。

振るえがとれたことを、妻は、まるで魔法をかけられたような驚きで捉えている。
うん、そう思える嬉しさだったのだろうと分かって、聞いてる私も嬉しくなる。
「吉岡病院には、きっと魔法使いがいるんだね」私のジョークに、妻は大きく頷く。

怪我以来、自分の身に起こったさまざまなできごとに、妻は、一喜一憂している。無理もない。
だからせめて自分はしっかりしなければと思いながらも、つい妻と一緒になって心配したり、不安がってしまっている。
(これではダメだなぁ)と思いながらも、ついそうなってしまう。弱い自分にがっかりする。

5日、主治医の回診(午前)で、ふるえに対しては「もうちょっとようすをみましょう」と言われ、退院が遠のいた気がして落胆を隠せなかった。(いつまで入院していなければならないのかなぁ)と悲観的になった。
同日、午後のリハビリでは、まるで魔法にかけられたように振るえが改善した。嬉しさがわいた。
その都度、まさに一喜一憂となる。
多少とも医学的知識を学んだ自分なのに、そのことがちっとも役立たせられない自分に腹ただしさを覚える。

妻の一喜一憂は認めるにやぶさかでない。しかし、自分の一喜一憂は、恥ずかしく思う。
こういうことだから、あと何日かかろうが、妻が完治するまで泰然とがんばるしかない。
へへ、はたしてそうできるかどうか? 分からないけれど、そうしたいと思っている次第である。(笑)


* 理学療法士 Physical Therapist(PT)


  1. 2015/01/07(水) 01:00:00|
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