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役割分けあい


妻は、リハビリのために毎週2回通院する。
まだ、運転ができないから私が乗せて行く。

リハビリはおよそ1時間かかる。その間、外来待合室で新聞を見たり、週刊誌を読んでる。
朝日新聞、山形新聞、スポーツ紙がそれぞれ1部閲覧できる。スポーツ紙はほとんど無視。
週刊誌は、数種あるが、特に興味をひく記事以外は読まない。というより時間がなくなる。

新聞は、家でみるよりはかなり隅々まで目を通す。
家では、ここしばらく新聞さえ読まない日が多かった。見出しを眺める程度で済ましてた。
ところが待ち時間が1時間もあれば、ふだんでさえめったに読まない生活面まで目が行く。
30日に印象的なのを読んだ。ずーっと以前から続いてる生活面コラムで「ひととき」の欄。

   夫は家事メン  札幌市・浅井通江 主婦 70歳
 
 夫は毎朝、私がまだ夢の中にいる5時前に起きる。
 冬は家の前とごみ収集場の除雪、夏は家の前と公園の清掃。そしてその日のごみ出し。
 家に入ると風呂掃除をし、洗濯機を回して干すまでしてくれる。
 ポットいっぱいのお湯を沸かし、コーヒー豆をひいて落とし、野菜サラダを2人分作る。

 夫が一仕事も二仕事も終えた頃、私はやっと起き出して朝食を作る。
 7時15分、BSで朝の連続テレビ小説を見ながら2人で食事。
 終わると夫は食器の後片付け。私は朝昼晩と食事を作るだけ。
 夫は毎食後、「人間食洗機」と言って鍋釜食器を洗ってくれる。
 友人の間では、「一家に1人ほしい」とうらやましがられている。
 
 朝食が終わると二世帯住居の階を下り、お寝坊さんの孫娘を起こし、着替えや食事など
 登園の準備を手伝う。私は」その弟の係。
 9時に玄関前で登園バスを待ち、2人を乗せるとホッと一息、お茶の時間となる。

 昼間働く娘夫婦に代わって、園から発熱の電話があると迎えに行き病院に連れて行くのも私の役目。
 夫は町内会の役員もしていてその仕事もある。
 もうすぐ後期高齢者。元気でありたいと感謝している。


浅井さんご夫妻は、お互いに健康のようす。「天童の家」の場合は、怪我で妻が家事や運転ができないから、それでやむを得ずやっている。そこに大きな相違がある。
ふ~む、そうだなぁ 妻が完治し、なんでもやれるようになっても、家事分担、または二人三脚でやった方が良いことを思い知らされた随筆である。
いつまで続くかわからないけれど、うん、やれるだけやってみようかなぁ

30日の通院、この記事を読んだのは、へへ 運命の出合いだったのだろう。そう思えてならない。(笑)


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  1. 2015/01/31(土) 01:00:00|
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今日のリハビリ開始は、8時半なので、急いで出かける。
先ほど、病院から戻ってきた。
それでアップが遅くなってしまった。

下書きの文もない。
昨日の残りの画像、一つは小動物を捕まえる罠。もう一つは雪が創りだした造形。
互いに、脈絡もないまま並べる。

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  1. 2015/01/30(金) 11:39:44|
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散歩で


今日は、妻がゆっくり休んでる。
昨日までで、やらねばならないことをほぼやり終え、ホッとしたのだろう。いいことだ。
というわけで、休んでる間に、散歩に出かける。その際に撮ってきたのを並べる。

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  1. 2015/01/29(木) 15:14:52|
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妻と暮らせる


妻が退院してから、1週間になる。7日間があっとに経ってしまった。

退院した当日、環境の違い、特に温度(気温)差に身体が戸惑っていたようで、「痒い」と言う。
「寒い」のなら解るのだが、「痒い」と言う。妻の身体が、そう感じたのだから、不思議なことだと思ったが、ウソを言ってるわけでもない。
痒さは、翌日にはなくなった。さいわいなことに、特別に冷えた気温でもなかった。

退院してから、ずーっと比較的穏やかな日が続いてるのがありがたい。まだ体調が万全でない身に風邪などひかれたらこわい。
なるべく疲れないようにとの思いがあるのだが、妻はいろいろと溜まったことを片付けたい気持ちが強く、ずーっと動いてる。
特に、退院報告と返礼をしないと落ち着かないと言う。

25・26・28日と3日かけて慌ただしく37軒を駆け回った。
「これで、どこでも歩ける。『快気』渡さないと、なんだか退院した気分がなかった」妻のはればれした顔に納得し、頷く。
「これで一区切りついたね。ママはたいへんだった。ごくろうさん。ゆっくり休まなきゃぁ」
「パパこそ、ご苦労かけて、ごめんね」

ふ~む、なんだかだ言っても、妻と一緒に過ごせることが嬉しい。
主夫業は、まだ続くけれど、妻との二人三脚だから楽しくさえあるから可笑しい。

リハビリは週に2回ある。明日は9時開始だから、遅れないように早起きしなきゃ
早起きは、どっていうことない。
妻と一緒に暮らせるだけで十分に幸せだ。(笑)


  1. 2015/01/29(木) 05:55:17|
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  師より鰤一本と言ふ大賀かな     熊谷市・時田幻椏

畏友 時田さん、金子選で次席、今年も好発進。ますます磨きがかかって、次が楽しみである。

  愚かとは貧しきことよ亀たちよ今後千年被曝のなかに       いわき市・馬目弘平

                   上掲の時田さん・馬目さんは、朝日俳壇・歌壇(26日づけ)より
                   また、以下の短歌は、同歌壇(19日づけ)

  かなしみの数だけともる仮設の灯ちさくこぼれて雪の降りつむ    福島市・美原凍子

  吹雪く暮れ飯舘村へ五000人の除染労働者黙して入り行く     福島市・澤 正宏



              http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AA

 標準和名「ブリ」については、江戸時代の本草学者である貝原益軒が「脂多き魚なり、脂の上を略する」と語っており、「アブラ」が「ブラ」へ、さらに転訛し「ブリ」となったという説がある。
漢字「鰤」は「『師走』(12月)に脂が乗って旨くなる魚だから」、または「『師』は大魚であることを表すため」等の説がある[9]。

他にも身が赤くて「ブリブリ」しているからといった説がある。


 出世魚
大きさによって呼び名が変わる出世魚でもある。日本各地での地方名と併せて様々な呼び方をされる。

関東 - モジャコ(稚魚)→ワカシ(35cm以下)→イナダ(35-60cm)→ワラサ(60-80cm)→ブリ(80cm以上)

北陸 - コゾクラ、コズクラ、ツバイソ(35cm以下)→フクラギ(35-60cm)→ガンド、ガンドブリ(60-80cm)→ブリ(80cm以上)

関西 - モジャコ(稚魚)→ワカナ(兵庫県瀬戸内海側)→ツバス、ヤズ(40cm以下)→ハマチ(40-60cm)→メジロ(60-80cm)→ブリ(80cm以上)

南四国 - モジャコ(稚魚)→ワカナゴ(35cm以下)→ハマチ(30-40cm)→メジロ(40-60cm)→オオイオ(60-70cm)→スズイナ(70-80cm)→ブリ(80cm以上)

80cm 以上のものは関東・関西とも「ブリ」と呼ぶ。または80cm以下でも8kg以上(関西では6kg以上)のものをブリと呼ぶ場合もある。

流通過程では、大きさに関わらず養殖ものをハマチ(?)、天然ものをブリと呼んで区別する場合もある。



  1. 2015/01/28(水) 05:46:53|
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忙しい妻

妻が退院したのは、22日である。家に帰ってくると、妻はじーっとしてることなく、なにかしらやっている。
溜まったさまざまな書類のチェック。見舞いくださった方々の記帳。退院報告の電話等々でゆっくり休むこともない。
運転免許証の書き換えにも行った。銀行や農協、市役所へも行き入金や引き出し、証明書をもらったりした。

25日・26日は、お見舞いくださった方々へ退院報告をして回る。たくさんのお見舞いをいただいた。記帳で確かめ、二日間で22軒を回って、退院報告と「快気」のしるしをお渡しした。まだ15軒が残っている。
27日は、さすがに「疲れた。今日はお休みの日」と臥床する。(なにもそんなに急がなくても良いのに......)とホッとする。

性格というのか、しなければならないことがあるとじーっとしていられない妻の人柄で、それを他人から止められたりすると不機嫌になる。
だから、コントロールなどはできるだけしない(無干渉)ことにしている。やりたいことをやればいい。子どもじゃないのだから(疲れたと思ったら自分から休むだろう)と信じるしかない。

そんなわけで、本日は、自分から休日宣言をする。そうだろう、病院で闘病に専念してた身が、家に戻るとさまざまな義理人情、しがらみを果たさなければならい。疲れるのは当然だ。
我が妻ながら、上手にコントロールできない不甲斐なさを我ながら恨めしく思う。でも、妻もそれなりの判断をしながらやっているのだからと信じて、見守る。

妻は、まだ包丁が持てない。洗い物もできない。「今がいちばんだいじな時だから、ムリしないように。茶碗洗いもダメ!」病院で言われたことを忠実に守っている。
だから、主夫業は、退院以降もずーっとやっている。その他に妻の運転手としての業務が加わったので、入院時よりも退院してからの方が忙しい。

それでも気分的には、今のほうが楽である。台所にいても、寂しくない。今朝も、ゴボウとヤーコンの炒めものを拵える。その途中で、調味料に何を使うのかが分からなくなる。
まだ布団に入っている妻に問う。
「醤油だけでいい。砂糖いらない。最後にちょっとゴマ油を加えて終わりよ」
へへ、百人力の妻だなぁ

妻が入院中は、談話室で読書できたし、晴れた日には散歩もできた。
だが、今は、妻につきあってて「私の時間」がとれない。
今日、妻の休日宣言でようやくこのような文を書くことができる次第である。


  1. 2015/01/27(火) 11:37:43|
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雪灯篭 2

今年は、妻が車の運転をできなかったので、灯籠点灯前に独りで撮ってきた。
「雪灯篭まつり」なのだから、やはり灯篭点灯後のありようを見たい(報告する)との思いは当然である。
...... さて、どうするか?

ふ~む、そこで窮余の策として、過去画像を並べることにした。

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  1. 2015/01/27(火) 01:00:00|
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雪灯ろうまつり


 子どもたちの健やかな成長を願い、雪灯ろうやキャンドルを作り、
天童市内一斉に点灯します。今回は天童市立長岡公民館を主会場に
開催します。ぜひお越しください!

○と き  1月25日(日)・点灯式=午後4:45
            ・一斉点灯=午後5:00
○ところ  ・主会場=天童市立長岡公民館
      ・その他=各家庭や地域で指定した場所(市立公民館や
       小学校など)
*
例年なら、妻が車を運転し、私は撮影に専念するのだが...... 今年は、妻が運転できないものだから、まだ明るい時刻に行ってきた。
「雪灯篭まつりう」だから、やはり灯籠に灯が入ったのが美しいのだが...... 今年は、しかたない。
画像を並べる。

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  1. 2015/01/26(月) 01:00:00|
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晴れた空

晴れた空を見上げ、嬉しくなる。
雪国の冬は、晴れただけでも”恵み”を覚える。冬の晴空は、”ご馳走”なのだ。(笑)
屋根に積もってる雪が気になる。今直ぐ倒壊とかの心配はないのだが、いつドカ雪が降るか分からないものだから、早めに雪下ろし(部分)をやることにした。

久しぶりの快晴に、山がきれいだ!
撮影日和とカメラをもって出かける。特にこれという被写体はないのだが、目についた風景を撮る。
月並みな写真だが、並べよう

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  1. 2015/01/25(日) 01:00:00|
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雑煮を食べ


「茶碗(飯碗)洗うのに、肩を使うなんて考えてもみなかった。今月いっぱいくらい洗いものしてはダメとリハビリの先生に言われた。パパ、ごめんな」台所の洗い場で私の傍に立って、妻がそんなことを言う。
「肩は、腕とつながってるからなぁ。ムリしてぶり返したら元も子もない。ママはなんでもパパに任せておけばいいんだよ」
「だって......、長いことパパに苦労かけて、(済まないなぁ)って思う」
「ママの苦しさの方が、ずーっとたいへんだった。それも間もなく終わる。ママ、夕べの雑煮餅、美味かったぞぅ。やはりママがいるとちがう。言ってさえもらえば、なんでも拵えられるんだから」
「ほんとに?......」
「ほんとさ、これでようやく新年になった気分」

お互いに、本音で語り合えることが嬉しくてしようがない。その点、息子や母には、なにかしかの気遣いというか、遠慮みたいなのがある。
肉親なのだから、水臭いといわれるかもしれないが、妻に対するようなこころねとはやはり少しちがう。他所さまではどうなのだろうか......?
「天童の家」の場合、母は、妻の実母ではない。実母が亡くなったあとに姉の身代わりみたいな形で嫁いできたという事情もある。

まぁ、それは措いて、妻が傍にいて、いつでも思うままに話ができることが嬉しい。考えれば、こんな当たり前のことが嬉しいなんて、おかしいことかもしれない。でも、実際にそういう感情がわきおこる。
雑煮餅だって、拵えようと思えばやれないことではなかったことかもしれない。しかし、そういう気持ちになれなかった。
余裕がなかった。

雑煮餅を食べながら、このように美味しく食べられることの幸せをしみじみと覚えたのである。
なんでもないありふれた普通の暮らしが、とてもたいせつ、だいじなことであることを改めて思った。
「ママ、今年もよろしくね」
「パパったら、もう、こちらこそどうぞよろしくお願いしま~す」
へへ、お互いの顔を見つめ、3週間遅れ、「天童の家」新年の挨拶を交わしたのだった。


  1. 2015/01/24(土) 10:37:09|
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弱いおとこ


恥ずかしいことなのに...... それを承知で、またバカ丸出しのことを書く。
昨日、妻が53日ぶりで退院してきた。それが嬉しくてたまらないのである。

昨日の昼食は、あるもので食べた。いわゆる残りもののおかず。もう死語になってしまったが「吉兆もの」と言ったことがあるのを思い出した。
作ったおかずが、食べきれずに残ってしまう。捨てるにはもったいないので次の食事までとっておいて食べる。「やっぱり家が良い。おかず美味い。病院(給食)のは薄味で、家のが数等うまい。それと家では気遣いがいらないから気儘でいい」

他人同士が24時間、一緒に暮らすのは、やはりそれなりの気遣いが要る病室生活だった。
それが、家に戻れば、気遣い無用で、我儘が通る。たしかな居場所があるのはいちばんなのだなぁと頷く。

夕食には厚焼き卵を拵えた。煮魚もやった。お浸し、サラダも並べた。主夫業の集大成のおかずが美味いのは当然だろう(爆笑)
妻は、まだ台所に立たない。それはしかたない。まだ患者だからだ。

夕食の後片付けを済まし、久しぶりに妻と一緒に風呂に入る。妻と一緒に風呂を使うのは長い習慣である。
53日ぶりの風呂が、なんだか気恥ずかしい。
「背中、流す?」
「イエ、まだこわい気がする。自分で洗えるところだけ洗う。タオル絞れないから...... 絞って」
「合点承知之助だぁ」へへ、笑い声が風呂場に響く。
なんともしまらないバカもの夫婦だなぁと我ながら呆れてしまう。

ああ、そうだ。書き忘れるとわるいから書く。

晩酌は、コップ1杯で満足だった。
それから、毎夜服薬してたデパス(精神安定剤)をのまないで安眠できた。
っふふ、妻が戻ってきたら、身体もこころも現金に反応するものだなぁと驚いてる。

今日は、朝から忙しく方々を駆け巡った。運転免許センターで更新手続きをした。
昨日、一緒に退院した寒河江市のSさん家まで届け物をした。
今年は、まだ雑煮を食べていない。今晩、その雑煮をしようと食材を買ってきた。

「パパ、疲れた! すぐ寝る。いい?」
「あぁ、いいよ」
昨日の轍をまた踏んでしまったなぁと独り反省する。
長い間、我慢してた箍が、弾け飛んだように動きまわる妻を、なかなかコントロールできないダメな夫だなぁと思う。
やはり、(妻には弱い男なのだなぁ)と今更ながら思う次第である。


  1. 2015/01/23(金) 16:02:03|
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安 眠


午後1過ぎから寝床に入ってテレビを見ていた妻が、テレビをつけたままいつの間にか瞼を閉じてる。
3時頃に、娘と孫が来るというメールが入る。真ん中の孫は、病院への面会も何度も来てくれた。

  退院おめでとうございます。
  お父さんの支えがあったからですね。

  3時過ぎごろ家に、克行と伺います。
  あ、顔見に行くだけですので
  本当にお構いなく。
              娘

娘は、看護師だし、今回の入院に際しては、肩が開く肌着を作ってくれたり、温かいベストを用意したりと大きな力になった。
整形外科勤務の経験もあって、娘の言葉に救われるというか、納得することが多かった。
また、孫の克行くんは、高校から病院までそんなに近くはないのに、歩いて頻繁に面会に来てくれた。

今日は、退院を祝ってというか、家ではじめて過ごす妻を気遣ってくれて「天童の家」へ来てくれるようだ。
「ひろと克行に、なにか美味しいものを買ってきて。手巻き寿司などがいいかなぁ」妻の言うのにOKする。
「そうだね、3時までには買ってくる」妻が眠る前に、そう言ったのだった。

買い物に行かなければならない時刻になったので、寝室を覗く。妻はすやすやと眠っている。言葉をかけずに、家を出る。
行った店には、手巻寿司が並んでいない。なにもない平日だからだろうか?
しかたないので、次の店に行く。だが、そこでも売っていない。普通の寿司ならたくさん並んでる。
もう一件、毎日曜に定期的に買い物するショッピングセンターにまわる。そこでようやく手巻寿司に出会う。

そんなわけで、買い物に1時間ちかくかかって家に戻る。
寝室を覗くと、妻はまだ眠っている。(あぁ、やはり闘病生活は辛かったのだなぁ)と思う。
自分の寝室で、ひとり静かに眠る。今はそれがきっといちばんなのだろう。

こんなに眠って、今夜また眠れるのだろうか?
ふとそんなことを思うが、(それでもいいじゃないか。その時は、話し相手になればいい)などとも思う。
今は、とにかくゆっくりしたいことをすればいいのだ。

目覚めて、独りだったら、寂しいけれど、傍に私(または妻)がいれば、ちっとも寂しいことはない。
今晩からは、もう独りじゃない。っふふ、妻の寝顔を眺めながら、そんなふうに思った。それがなんとも嬉しい気分だった。(笑)


  1. 2015/01/22(木) 16:23:58|
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帰 還

とうとう妻が戻って来た。やはり妻がいるとこころが落ち着く。今夜からはもうデパスもいらないだろう。
こんなに長い間デパスやリーゼを服用したのははじめてである。ふ~むむ、弱い男だったのだなぁと思う。
さいわい依存性の少ない薬剤だから、心配ないが...... 台所での冷酒も、もう飲まなくてすむのかなぁ
依存性でいえば、デパスなどよりむしろアルコールの方がこわい。その心配もなくなり、やれやれである。

妻が、家にいるか、いないかで、こんなにも違う。ふむ、そうか、私は 妻依存症なのかもしれないなぁ
妻には迷惑かもしれないが、その他の人には無害だから、その依存症はそんなに心配することがないはずだ。
妻がいつでも傍にいることは、私のこころをホッとさせる。長い53日間が終わったのだ、と嬉しくなる。

今朝、ある方(pさん)より、次のような文が届いた。

ワクワク、ドキドキ
                15/01/22 0000

退院おめでとうございます!
長い間、奥様もこんのさんも、本当によく頑張られましたね。

前祝いしながら、ワクワクドキドキされていることと、
存じます。

お漬物の件、奥様の退院の直後は色々お忙しい事と思います。
お手が空いた時に、少し送っていただけたら、嬉しいです。
前回の菊芋も、本当に美味しかったです。

急ぎませんから、ゆっくり、奥様が自宅での生活に慣れられてから、
にして下さいね。

主婦が長い間、家を空けていると、帰ってすぐに、
あれもこれも、と働きたくなるものです。
そうすると、ガクッと疲れてしまう、ということになります。

くれぐれも、ご無理のないように、
ゆっくりゆっくり日常に戻って頂けます様に、
後しばらく、こんのさん!頑張ってください。
と言うよりも、お二人でのんびりと、して下さい。
あちこちに気を使うのは、もっと先でよい、と思います。
もちろん、
私のお漬物などは、一番後回しにして下さいね。


ありがたいと心底思う。特に下のそれは、そのまま妻の行動に現れている。

>主婦が長い間、家を空けていると、帰ってすぐに、
>あれもこれも、と働きたくなるものです。
>そうすると、ガクッと疲れてしまう、ということになります。

妻は、書斎に来て、お見舞いを頂いた方々の記帳をはじめる。
もう少しゆっくり休んでからやるように言おうとしたが、やめた。やりたいようにするのがいちばんだと考えたからである。
記帳に一区切りをつけ、昼食にする。
「病院のおかずより美味しい。品数も多い」などと言いながら食がすすむ。
「食後のお茶も何日ぶりだろう...... うまいなぁ」
病院では、茶がでない。お汁もつかない時がある。家庭と病院給食ではかなりの相違があるのはしかたない。

そんなに見栄えしない「天童の家」の昼食を済まし、喫茶を終えると
「もう疲れた。少し休む」そう言い残すと、あらかじめ敷いてある寝室の布団へ。
(あぁ、pさんの言う通りだなぁ)と納得。

働きたい、あれもこれもしたい、という気持ちで動くのだが、身体がまだついていかないのだ。
>くれぐれも、ご無理のないように、
>ゆっくりゆっくり日常に戻って頂けます様に、
(やはり、pさんの言う通りにしないといけないなぁ)と強く思った次第である。


  1. 2015/01/22(木) 13:12:01|
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退院時刻


退院時刻は、いつでも良いのだが、それでも入院最後のリハビリを受けてから退院したいと思ったようだ。
もう一つは、同日に退院する Sさん家で、何時に迎えの車が到着するか...... できれば一緒に退院したい。
そういう気持ちが、妻にあったから、リハビリの時刻や、Sさん家の都合を知ってから退院時刻を決めたい。
ということで、妻のメールを待っていた。

16:17 に次のようなメールが届く。

  退院の時間 10:30分にきまりました
                  やゑ子
それへ、私の返信

  退院時刻
  ママちゃん
  10時半、わかりました

  遅れないように、行きます
  ネギも忘れずに持って行きます
                  パ パ

返信中の「ネギ」とは、Sさんへあげるネギのことである。
Sさんは、妻が53日間、共に暮らした「戦友」であり、22日に一緒に退院することになったのである。
長い間、同室で暮らせば、もう他人とは思えない親近感が生まれる。おそらく、今後もなにかと誼がつづことになるのだろう。わるいことではない。

Sさんは、寒河江市の方で、寒河江市は、天童の隣の街で、遠くない。
寒河江市も、東根市や天童市と同じくさくらんぼの特産地である。
人との繋がりは、思わぬ縁で結ばれる。嬉しいことである。同じ日に退院できることは、やはり浅くない縁なのだろう。
友はお金では買えない財産である。


  1. 2015/01/22(木) 01:00:00|
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前祝い 


今日も妻の面会に行った。妻との話は、退院したらはじめる仕事の段取りである。
おおぜいの方から、お見舞いをいただいた。また、今年は年賀状を出さなかった。
退院したら、まずお見舞いを頂戴した方々に、退院の報告をしなければならない。

「うん、先ずは退院報告だね。お蔭さまで退院できましたとお礼言わなきゃ。年賀状を欠礼したことへのお詫びは、その後でいい。53日は、あっという間だったなぁ」
「でも、こんなに長く入院したのね。腕がまるで鉛棒のようで苦しく、このような腕はいらない、切り捨ててしまいたいと思ったこともある」
「そうなんだ、ママはそういうこと言わなかった。我慢強かったんだなぁ。その苦しみ、知らないできた」

たしかに長い53日間だったけれど、過ぎてしまえば、アッという間に思える。
明日の退院を前にし、話すことはなんだか少ない。お互いを見つめ合って、ふふんと頷くだけ...... (笑)
「ママ、今日は帰る。明日、何時頃迎えに来たらいいのか? メールして」
「なにか用事あるの?」
「なにもないけど、もっと話すことある?」
「わかった。パパ、疲れたでしょ。ゆっくり休んで......」

というわけで、いつもより2時間も早く帰ってきた。
でも、特別なにもやることがない。へへ、そうだ、前祝いをやろう。ということで、書斎で、独りで、好きな冷酒を飲みはじめる。
つまみは、お歳暮にもらった山形牛ハム。それに「天童の家」特製青菜漬があれば、あとはなにもいらない。
っふふ、それで前祝いだ!


  1. 2015/01/21(水) 16:26:30|
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入院で学ぶ


病院のベッドで眠るのは、今晩だけになる。明日の夜は久しぶりに家の布団である。
12月1日の夜から寝たベッド。52日間使用したベッドに愛着を覚える。と妻が言う。
ふ~む、(そうかも知れないなぁ)と、私も思う。

手術を受けたのもはじめてだし、このように長期間の入院も、妻には初体験である。
「もう二度としたくない!」と言う妻に、私も深く頷く。
いちばん辛かったのは、言うまでもなく妻だからである。

しかし、この入院がすべてマイナスだったのかを考えれば、そうは思わない。
健康のたいせつさを痛切に感じたのはもちろんだが、妻の不在で知ったいろいろの事柄(妻の仕事や役割の大きさ等)のありよう、知らないで安穏に過ごしてきたこれまでの自分が恥ずかしく思う。
夫婦の何たるかを、より深く、大きく、捉えられた気がする。このことを知らないまま終わっていたらと思うと恥ずかしく冷や汗がでる。

妻の怪我は、たいせつなことを教えてくれた。手術や入院がなかったら能天気に愚痴ったり、不条理な我儘を言い通していたかもしれない。
それはそれで通しきれたかもしれないが、それはうすっぺらな人生を生きたことになりはしないか......
これからは、これまでとちがう気持ちで、豊かな暮らしができるなどとは考えないが、少しは厚みある考え方、判断のしかたができるのではないかと思いたい。

たしかに、長く辛い50日間だったけれど、それは決してムダな時間ではなかった。
へへ、妻との面会に向かう気持ちは、まるで恋人に逢いに行くような気分さえあった。(笑)
家にいては思いもつかないメールのやりとりが、言葉では言えない気持ちを伝えあうことになった。
このような体験は、得難いもので、いわばご褒美として、ありがたかった。(笑)

妻が帰還しても、しばらくはこれまでと同様に主夫業が続く。しかし、これまでと大きく違う。妻が傍にいるから戸惑いがない。
息子や母と、妻はちがう。もう孤立無援の寂しさはない。妻は百人力だ。(笑)
入院中に、戦友たちからいろいろなことを仕入れたようで、退院したらあれも拵えたい、こういうのもやってみたいと言う妻。
「一人ではやれないことがたくさんあるからね、パパ協力してくれる」妻のリクエストには否やはない。むしろ喜んでやろうと思う。

うう、嬉しすぎて、なんだか恥ずかしさを忘れ、書きすぎた気がする。
うふ、なんというか、なにをやっても嬉しい!のである。処置なしだ。
妻と顔を合わせる。なにも言わなくても、互いに笑ってしまう。へへ、なんともしまらない夫婦である。

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  1. 2015/01/21(水) 01:00:00|
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感情失禁


病院へ毎日通っている。一日も欠かしたことがない。へへ、皆勤賞ものだなぁ(笑)
だいたい 10時頃に家を出る。病院への所要時間は、約10分。
妻は、ベッドで仰臥しながら自主リハビリ中だったり、またDr.回診中の時もある。
病院への到着が少し遅くなると、玄関まで迎えにきている時もある。

談話室(3階)から駐車場が見えるものだから、車を降り玄関へ向かう私を認め、玄関で待っている。(笑)
談話室で、昨日別れた後の些細なできごとを話し合う。
孫がまた来てくれたとか、リハビリの仕方が変わったとか、主治医や看護師との会話を話す。
こちらからもあまり変わり映えもしない他愛ないことを報告する。
他人が聞けば、別にどっていうことない話題だろうが、二人にとっては、そんな時間が楽しいのである。

楽しいから毎日行くが、ずーっと傍に一緒にいるわけではない。
妻は、リハビリがあるし、自主トレもやるから、その間、私は談話室で本を読んでいる。たくさん読んだ。
主に藤沢周平文庫本を読み返してる。たまに渡辺淳一や瀬戸内寂聴も読んだ。寂聴の「死に支度」は一日で読了した。

でも、やはり藤沢周平が面白い。再読、再再読なのだが、それでも感動する。
18日は、中公文庫『夜の橋』を読んだ。テレビに背を向け本を読む。音声も話声も気にならない。

以下は、「泣くな、けい」の最後の部分である。

 「それについて、お奉行にじつはお願いの儀がございます」
 と波十郎は言った。
 「ん? 何だ」
 「それがし、ご承知の通り、先ごろ妻を亡くしております。まだ先のことでござりますが、何分不自由でもあり、一周忌を済ませたら妻を迎えたいと考えております」
 「ふん、わかった」
 と弥一右衛門は言って、手酌で酒をあおった。
 「そのけいとか申す女子を、家に入れたいというのであろう」
 「はあ。奉公人であり、憚りあることでござりますが」
 「そんなこともなかろう。養い親を立てれば、誰も文句は言いはせん」
 「お願いと申しますのは、その儀でござります。どなたか、しかるべきおひとにお橋渡し願えませぬか」
 「よかろう。わしが骨折る。誰もいなければ、わしが引きうけてもよい」
 弥一右衛門は、銚子を持ち上げて波十郎に酒をついだ。
 「その女子に惚れこんだ気持は、わしにもよくわかるぞ。相良。わしとて木石ではないからな。それとも女子の方から惚れて来たか、こら色男」
 御納戸奉行は、あまり酒癖がゆくないようだった。

 奉行の屋敷を出て、夜の道を歩きながら、波十郎は、謹慎を解かれた夜に、けいとかわして言葉を思い出していた。
 この家を出て行こうと思ったことはないのか、と波十郎が聞いたのに対してけいは、思いましたが、そのたびにいろいろなことが起きて、と頬を染めて笑い、こう言ったのである。
 「でも、もどる家もございませんから」
 今夜の奉行との話を聞かせたら、けいは喜ぶかも知れないが、その前にまた泣きはしないかと、波十郎は心配だった。

「泣くな、けい」を読み終わろうとするとき、その最後の行が、溢れでたあついものでぼやけ、しっかり読めない。
瞬けば、あつい筋が頬を伝い落ちる。誰かに見られたら、それこそ恥ずかしい。老いた男が泣いている姿は見られたものじゃない。

だが、涙が次々と溢れ出るのが止められない。顔を外に向け他人に見られないようにする。
ふ~む、これはもう始末におえないなぁ。まるで感情失禁、イヤ、まさに感情失禁そのものである。
自身に不快感はない。むしろ深い感動が快い。
しかし、この涙は、度をこしてる。感情のコントロールができなくなってのだなぁ


  1. 2015/01/20(火) 01:00:00|
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日常生活の中で


昨日の「49日」では、次のように書いた。

 辛い苦しい思いも、49日も経てば、時間がその切なさを忘れさせてくれる。時間がいわば癒しの働きをする。
 暮らしへの復帰、復活の境目が50日あたりになる。

それは、自分の考えではなく、住職(精神科医)の言葉そのままである。

だが、1.17や3.11のことを考えると、(当てはまらないなぁ)と思う。
日常生活延長上のアクシデントと、大災害時のそれを同じく考えることが、そもそもムリというか、間違いなのだ。
通常の暮らしの中で起きた喜怒哀楽は、5週間もすれば、そのほとんどが忘れ去られるか、かすかな記憶となってることが多い。

「人の噂は七十五日」というけれど、西洋では「人の驚嘆は九日間」と言われているらしい。(笑)
いずれにせよ、感情は日毎にうすれてくものだ。
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」、「病治りて医者(くすし)忘れる」などという俚諺もあるから可笑しい。

だが、1.17や3.11のそれは違う。被災者は、トラウマとして、ことあるごとに辛さが蘇って身が慄える。
1.17アンケートでは、被災者の5人に1人が、「復興はない」と答えている。おそらく生きている限り忘れられない身にしみた大きな辛さ・切なさなのだろう。
3.11の場合、地理的にも比較的近いし、また知り合い(親戚)にも被災者がいるから、なおいっそう現実的な苦悩や痛みが分かる。

住職の講話は、大災害を踏まえたそれではなく、日常の暮らしを前提にしたものである。

それを考えれば、妻の入院に伴う辛さなどさしたるものではない、と自分に言い聞かせてる。
あと4日経てば、退院となる。
妻の辛さは、なにかにつけもっと長く残るだろうが、それでもいつしか時間が癒してくれる性質のものだ。

息子の発熱は、もう心配ない。元気で雪掻きをやってくれてる。
母も元気過ぎるほどになって、息子にいろいろと指図している。

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今朝の気温 マイナス7度
この冬いちばんの寒さのような気がする


  1. 2015/01/19(月) 05:37:05|
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49日

妻が入院したのは12月1日。あれから、今日で49日になる。49日とはなんだか法要の忌日みたいだが、それとはぜんぜん無関係だ。(笑)
我が寺は、真宗大谷派で、住職は精神科医師でもある。住職は、さまざまな機会に法話をする。
精神科医師だから、やはりこころにかかわる話が多い。

49日という日にち(時間)は、人の喜怒哀楽や、思い出などの境目にあるという。
辛い苦しい思いも、49日も経てば、時間がその切なさを忘れさせてくれる。時間がいわば癒しの働きをする。
暮らしへの復帰、復活の境目が50日あたりになる。
仏教では、7日ごとに初七日、ふた七日などと7日毎の忌日を重ね、7回目の49日が忌明けの「49日法要」となる。

入院・手術などという渦中にあると、緊張で辛いとかたいへんだという気持ちは吹っ飛んでしまい、なにがなんでもこの窮地を乗り越えなければならないと取り組む。
妻も私も、息子も母も同じような気持ちでやって来た。

14日に、退院の日取りが決まると、へへ 息子が発熱してダウン。母の世話を引き受けてきた息子が真っ先にダウンしてしまった。
ふ~む、息子は繊細すぎるこころの持ち主であることを今更ながら思う。

これまでは、午前7時頃には仏前で額ずいてた母。その後居間で息子とテレビなど見ながら朝ご飯の出来上がりを待っていたのに、息子がダウンしてしまったら、母までコタツ深く足を伸ばし、まるで「ふて寝」のような姿に、唖然とする。

うう、退院が決まって、緊張の糸が切れてしまったのだろう。
これまで頑張ってきた我が身を思う。ふ~む、私だって、もう、できればこのまま全てをなげうって休みたい。そういう気分だ。
17日、茎菜煮とりんごを持って行った。りんごはさておき、茎菜煮が美味しいかどうか聞きたかったのだが、妻は待てども談話室に来ない。

妻も、退院日が決まったことで、やはり緊張感が切れたような気がする。私を談話室においたままベッドで眠っている。
疲れをドッ~と覚える。
妻に「帰る」の言葉も残さないまま帰途につく。

家に戻り、次のようなメールをうつ

     2015/01/17 13:42
  ママちゃん
  今日は、ちょっと疲れてるようなので、早くに帰りました
  眠っていたので、黙ってきました

  明日は、なにを持って行くか
  メールしてください
  茎菜煮 どうでしたか?
                      パパより

それへ妻からのメールが届く

  パパがいない、談話室にもいない、どうしよう、
  くきな煮、油が利いていて、とても香ばしく、ほっへがおちそう。

  明日は、せいさい漬けお願いします、
  パパがいなくて寂しい、早く明日になぁれ
                       やゑ子


  1. 2015/01/18(日) 01:00:00|
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散歩してきたら 2

先のつづき

愛宕沼に張った氷
どうして出来たのか? 
ちょっと面白いパターン(形状)とカメラを向けた。

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  1. 2015/01/17(土) 05:50:37|
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散歩してきたら

ひと通りの会話を済ますと、妻は空を見上げて「散歩してきたら」と言う。
これまでは、自分の傍にいて欲しい気持ちが強かったようだが、退院が決まってからは、気持ちに余裕がでてきたのが分かる。
「ほい、きた」と早速、また舞鶴山公園へ向かう。
毎度同じコースだけれど、愛宕沼にしろ、公園頂上からの展望も大きな変化はないけれど、それでも散歩毎にわずかな変化を見つけカメラを向ける。

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  1. 2015/01/17(土) 01:00:00|
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迎 春

「天童の家」に、ちょっぴりおくれたお正月がきたようだ
妻が、お正月をつれてきた
少しぐらいおそくなってもいいじゃないかとルンルン気分だ

退院まであと6日。うん あっという間だろう
玄関の啓翁桜も咲いて、迎えてくれてるような気がする(笑)

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  1. 2015/01/16(金) 09:46:28|
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りんご煮


妻が入院しいる病室は、4人の相部屋である。いわば闘病の戦友が4人で日夜頑張っている。
いちばん長い在室者は、S さん。妻が次いで長い。他の二つのベッドは退院し、新しい患者が入院してる。
同室者同士、それぞれ疾患部位がちがう。軽重の差もある。それでも運命共同体的な連帯感もできて、互いになんらかの形で助けあっている。

24時間、同じ空間と似たような時間を暮らしているのだから、へたな夫婦には真似できない絆ができても不思議ではない。
家族の話、他人にはめったなことで話せないことでも、ついぽろりと語ってしまうようだ。(笑)
そこは、やはり戦友の誼だろうから、咎めだてはしない。その場限りで忘れてしまう会話だ。
家族にまさるみたいな相部屋仲間に、毎日かわりがわりに持参する漬物や果物を楽しみにしている。と妻が言うのだから、まんざらウソでも誇張でもない気がする。

だから、毎日「明日はなにを持ってくる?」と妻に問う。少しでも戦友の力になればいいと思うからだ。

「煮たりんご。まだ食べたことがないと Sさんが言うから、食べさせてあげたい」
「ふ~む、まだ一度もやったことないなぁ...... 作れるかなぁ」
「難しくない。パパならだいじょうぶよぉ」妻におだてられ、(よ~し、作ってやるかぁ)と決める。

それには、わけがある。在室最長者だった Sさんが、22日に退院することになった。妻と同じ日に寒河江市に帰る。
(そうかぁ、そうなのかぁ)まぁ、自分としては一大決心をした。
Sさんには、とてもお世話になった。良い人に恵まれた。そう思うから、まだ食べたことのない「りんご煮」を作ることにした。

早く言えば「りんごママレード」である。これがなかなか美味いのだ。
14日、早めに家に戻って、りんご煮を作りはじめる。失敗したって、また作ればいい。22日の退院までには、きっと上手くなるだろう......
要点は、弱火で煮ること。妻のアドバイスを守りながら皮を剥いたりんごを弱火でことこと煮る。書斎のストーブにかけ、時々蓋をとり、確かめながら......
「りんごが鼈甲色になったら出来上がり」妻の言葉を思い出し、(美味しくなれ! 旨くなって!)と念じながら煮る。


「Sさんがね、目を丸くして『美味しい!』って言ってくれた。目をほそめて味わってた」妻の言葉を聞いてホッとする。
「りんごは、もらったり、買ったりするが、すぐに食べ尽くし、煮て食べるようなことはしない。だから、こんなふうに煮て食べることははじめてで美味しい、と言うのね」
「そうかぁ、そう言えば、さくらんぼを煮たあれだって、作ってる(栽培してる)者だけが食べられるものだよね」
「とても美味しくできてた!」妻の褒め言葉に、へへ、男は、満足だったのである。(笑)

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  1. 2015/01/16(金) 01:00:00|
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退院日決定


「そろそろ来週あたり、退院だね」主治医がそう言った、と妻からメールが届いた。
メールは、短く、それしか書いていない。14日、朝のことである。

「パパと相談して、退院の日を決めたいから......」急いで病院へ行った私を見て、妻が笑う。
「よかったなぁ、そうか、とうとう退院の許可がでたんだなぁ......」長かったような、でも、あっという間の入院だった気もする。

「......で、いつ退院できるの?」
「パパの考えも聞いてから決める」
「先生は、どう言ってる?」
「来週後半にはいいでしょうって」

「仏滅以外なら、パパのいい日にする」
「じゃぁ、22日にしようか」
「私も、そう考えてた。22日ね」
「いい夫婦の日だから......」私の言う意味が、妻にはピーンとこなかったような不審顔。

「1月22日、ほらいちばんの1,22 はふうふ、はは、語呂合わせ......」
「あぁ、ほんとだ! いちばんいい日だね。パパありがとう」
「よし決まった。22日退院ということにしよう」
仏滅などの六曜は信じないけれど、こんなダジャレは罪がない。

「パパ、晴れて、良い天気...... 散歩してきたら......」妻が空を見渡しながら言う。
「うん、そうする」私はすぐに舞鶴山公園へ向かう。
眺める景色が、なんとも晴れやかで美しく見える。


  1. 2015/01/15(木) 08:05:41|
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舞鶴山散歩

「晴れて、良い天気...... 散歩してきたら......」
妻に見送られて、また病院近くの舞鶴山公園へ
これで3回めである。なかでも今日(14日)がいちばんの天気だ。

こころと足が弾む。
それにはわけがある。(笑)

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  1. 2015/01/15(木) 05:59:47|
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いつもあの時


3.11から3年10ヶ月が過ぎた。
だが、次のような歌を読むと、時間経過すら違う!というか、こころの次元が別なのを覚え、切なくなる。

  フクシマはいつも三月夏も冬も今日も明日もいつもあの時    いわき市・馬目弘平

『あの大地震から四年という言い方は、現地の人々にとっては実感ではないだろう。「いつもあの時」なる結句が悲痛だ。』とは、永田選者の評。

歌・評ともに共感!が大きい。

  封筒も線量計も我が名前みんなカタカナこれがフクシマ      福島市・星 守

  フクシマに目を逸らしつつ再稼働進める国のあてなき行方     宇部市・崎田修平

  汚染水のもとをつくった科学者が作業員とともにはたらいていない 川崎市・小野長辰

(以上は、12日づけ朝日歌壇)

  被曝の地蔦が真っ赤に木を縛る    福島市・池田義弘 (5日づけ俳壇)

  福島や落葉のやうに戻れない     三郷市・岡崎正宏 (22日づけ俳壇)

  青空を泳ぎ再起の味増す大槌の浜新巻きサケは   奥州市・大松澤武哉 (22日づけ歌壇)


「いつもあの時」「いつも三月」
これはいわば、一つの「優格観念」であろうが、今の自分にはよ~く、というか痛切に分かる。
それにしても長い時間だ。4年経っても身に迫る思い。トラウマの大きさがいかに大きかったかが分かる。
この優格観念は、おそらく終生、消えることがないのかもしれない。

それにくらべれば、私のそれは、妻が退院し、日常生活が前に戻れば消退するはずだ。
そこに 3.11との差がある。私のは期限付きだからたいしたことではない。


  1. 2015/01/14(水) 01:00:00|
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リハビリの力


妻の口癖ともいえる「今がいちばん幸せ」という言葉が聞かれないまま時が過ぎた。
(あのように言える時が、やはりいちばんなのだなぁ)としみじみ思う。

「パパが毎日来てくれるから、私はいちばん幸せもの」妻は、いまそんなふうに言う。
「毎日来てくれる人がいるって、みんな羨ましがっている」とも言う。

それぞれの都合があったりで、なかなか毎日面会に行くことは難しいかもしれない。
たとえ、そういう時間があっても、(なにも毎日行かなくても......)と思ってる人もいるはずだ。

妻は、とにかく毎日の面会を楽しみしているから、最優先して行くようにしている。
そうすることが、私自身の楽しみでもある。
特にこれという用事があるわけでない。他愛ない話をすることで、気持ちが安らぐ。

今日は、特に嬉しかった。特別なことがあったわけではないが...... 寝起きが、ずいぶんと楽に出来るようになったという。
「パパ、ベッドでやって見せようか!?」
「イヤ、ママの言うことだけで十分嬉しい」
談話室からわざわざ病室まで行って確かめなくてもいい。

「左手の指も、ほら、こんなに曲がるようになった」
「振るえもなくなったしね。ママが頑張ってリハビリやっているからさ」
「パパの手、ここにのせて」妻に言われるままに、左の手掌に手を添える。妻が、私の手指を握る。
先日までは、弱々しかった握り(握力)が、見違えるような力で伝わってくる。

「凄い! 力がついてきたのがはっきりと分かる」
「でしょ。これなら包丁も使える。こちら(右手)はなんでもないんだから......」
「ママ、まだムリしてダメ。台所は任せてくれ。もう慣れたからね。ぶり返さないようにしなきゃぁ」
「うん、退院いつになるかなぁ。楽しみ...... こんなにしてもらって、私、幸せだなぁ」

っふふ、「今がいちばん幸せ」ではないけれど、こんな時でも幸せを感じられる妻、(たいしたものだなぁ)と感心してしまう。
まだまだ妻の境地に達していない自分を認めるしかない。もっと修行しなきゃぁ(笑)


  1. 2015/01/13(火) 16:38:45|
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天童・冬景色

昨日の朝に撮った「天童・冬景色」である
トラックで走りながらちょこっとカメラを向けた
(ゆっくり撮りたいなぁ)と思いながら......

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  1. 2015/01/13(火) 01:00:00|
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今朝の風景

しばらく画像がない日がつづいた。
今朝、別用あってトラックで少し走った。
ついでに雪景色にカメラを向ける。

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  1. 2015/01/12(月) 16:50:20|
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小豆かぼちゃ 3

小豆かぼちゃをまた作る。3度目である。妻の戦友(同室患者)の「美味かった!」と言う言葉に、っふふ、またまた作る気になった。(笑)
美味しいと食べてくれる人がいるのは嬉しいことだ。使いお果たした蜂蜜も帰途に買った。
小豆は一晩、水に浸すべきなのだが、3時間ほど浸したので、夕方から煮はじめる。

かぼちゃは、直ぐに煮えたので、ストーブの端に、冷めない程度にしておく。
肝心なのは小豆だ。浸す時間が短かったので、根気よくごとごと十分に煮る。
煮汁が少なくなり、2度湯を加え、軟らかくなるまで煮る。

小豆が煮上がったのを確かめ、かぼちゃ鍋の水気をきり、小豆鍋に混入する。
かぼちゃは、塩を加えて煮たので、塩味がついている。かぼちゃと小豆が一緒になった鍋に砂糖を加え、さらにストーブの火でゆっくり煮込む。

早めに病院から帰って、とりかかった「小豆かぼちゃ」がだんだん出来上がってくのが楽しい。
三角にカットしたかぼちゃが、たくさんのつぶつぶ小豆の中で、煮上がるのじーっと待ってる。
もちろん、かぼちゃも小豆も喋りはしない。(笑)それでも、なんだか話し合ってるように思えるから可笑しくなる。

小豆かぼちゃだけに構ってはいられない。夕食の準備も同時並行でやる。煮魚・サラダ・汁を作り、さて、もう一品なにを作ろうか...... そう思っている時、玄関のチャイムが鳴る。
妻の従姉妹の Tさんが、おでんを届けてくれる。大皿に大盛りのおでんがまだ温かい。出来上がったばかりのを届けてくれたのだ。嬉しい!
ありがたいことである。

小豆かぼちゃは、まだストーブの上でことこと・ぷつぷつ音たててる。
いちばん上の孫が、成人式であるのを思い出す。(お祝いのメールしなきゃぁ)と思う。
夕食が済み、後片付けを終わし、風呂を使う前にメールしよう。

夕食をとりながら、小豆かぼちゃに蜂蜜を加える。間もなく出来上がりだ。
例によって、味加減を息子に頼む。
「いい味だ。この前のよりうまいかも......」息子の言葉は、お世辞抜きだから嬉しい!

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  1. 2015/01/12(月) 06:12:34|
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