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ありがとう


大晦日である。今日で2014年(平成26年)が終わる。
「天童の家」は、この1年間楽しくやってこれた。これもアクセスしてくださるみなさんのお蔭である。
ありがとうございます。感謝の気持ちでいっぱいである。

たくさんの方々からのコメントで、大きな励ましと、共感の喜びを得ることができた。
また、「拍手」してくださる方には、ここで改めて「ありがとうございます」を言いたい。(あぁ、ここに共感してくださる人がいる!)とこころ強く、嬉しかった。
さらに、数多くの方々が「天童の家」に来てくださってることが日々のアクセス数(100前後/1日)で分かって(よし、今度はこんな話題でやってみよう)の気持ちがわいてくるのだった。

内容的には、マンネリ化は申し訳ない。それでもできるだけ楽しんでもらえるよう努力をしたつもりだが、至らない点が多く、笑ってご寛恕してもらうしかない。
「天童の家」があるからこそここまで元気にこれた気がする。これからもできるだけ(おぉ、こんなこともあるのか)というようなことをアップしていきたい。

皆さまの健康と、そして穏やかな暮らしを祈念してます。
どうぞ良い新年をお迎えください。
                 2014年 大晦日

                  「天童の家」 今野幸生


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  1. 2014/12/31(水) 15:54:12|
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装具が外れた


左肩腱板断裂の手術を受けてから、ちょうど4週間経つ。
今朝、主治医が妻の装具を外してくれた。

早くも、遅くもない。予定通りのことだが、嬉しい。
待ち望んでたことである。

もちろん、これで腕の運動が自由になったわけではない。
いわば、本格的リハビリのスタートである。

入院患者には、年末年始休暇はない。
職員さんには、たいへんなことだが、大晦日も元日もリハビリが受けられる。

身体を抑制していた装具が外れたことはとにもかくにも嬉しいことだ。
心配してくださっている方々に、一時でも早く報告したくて、書いた。

ありがとうございます

  1. 2014/12/30(火) 17:03:06|
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舞鶴山公園 3

舞鶴山公園 2 の続き

木に積もってる雪が、冬日に溶けて落ちる。落下する砕けた雪が、逆光にキラキラ光ってきれいだと思う。
いつ落ちるか分からないそれをカメラを身構えながら待つ。っふふ、なんともバカらしい気もしないでもない。
でも、そうして舞い散る雪が、うまくキャッチできたた時は(シメシメ)と思うのだからおかしい。

似たようなのが、愛宕沼の岸辺で、柵かなにかに積もった雪がとけ、雫になって湖面に落ちて光り、波紋を広げてく。
見た目には、リズミカルできれいだと思いカメラを向ける。
だが、雫はやや不定期で、瞬間的だから、シャッターがうまくシンクロできない。
(クソッー)下品な言葉を発しながら、何度もシャター切る。

今日の画像は、そんなふうにしてゲットしたものである。もちろん、イメージには程遠いものだが......

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  1. 2014/12/30(火) 01:00:00|
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囚われて



1年は、365日。12月である。(笑)あまりにも当然すぎることを書くと、へへ、笑われてしまう。
でも、ふと真面目に12月だったかなぁと思ったりするからおかしい。8月31日からのことしか思い出せない。
この一年が、妻の怪我にずーっと関わってきたような気がする。

だが、よく考えてみれば、事実に反することである。
妻が、転んで怪我をしたのは8月31日の夕方である。翌日から包丁が使えなくなったので、代わりに台所に立つようになった。
でも、10月には妻も包丁が持てるようになって、かぼちゃカット等の力が要るもの以外には、包丁を握ることはなくなった。

けれど12月1日、妻が入院となって、再び台所に立つ。
先のそれは、妻の指示に従っての包丁使いだったが、今度は、献立から、調理まで、すべて独りでやらなければならない。
実際に、主夫らしきことをやったのは、わずか1月だけである。
それなのに、まるでこの一年をずーっとやってきたような気がする。

9月は、たしかに(ちょっと辛いな)と思ったが、妻が傍にいたから、そんなに重荷を感じなかった。
だが、12月からの主夫業は、そんなに辛いとか思わずにやってきたはずだが、時々孤立無援を覚える。
1年が12月であるということをウソみたいに思った次第である。
妻が怪我した以降しか今年と思われない。それ以前のことは今年でない。そんなふうに思われる。

こんなふうに思われること自体を(おかしなことだ)と自分の頭では分かる。分かるのだが、今の感じ方がそうなのである。
今年も間もなく終わって、新年を迎えるというのが分かり過ぎるほど承知している。
けれど、歳末感もなければ、まして新年がくるという実感がわかない。

「ここ(病院)にいるとクリスマスもお正月もない」妻も、似たようなことを言う。
(あぁ、やはりそうなんだなぁ)と思う。
平穏な日常があってこそのクリスマスであり、お正月なのだ。
ふ~む、平穏な暮らしが、いかにたいせつなことかが分かる。

う~む、なんだかわけの分からないことを書いてしまった。
優格観念に囚われているからだろう。恥ずかしいことだ。


優格観念overdetermined ideaとは支配観念ともいい,感情に強く裏づけられた観念で,その人の思考や行動を持続的に支配するもの,


  1. 2014/12/29(月) 15:18:40|
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舞鶴山公園 2

昨日の続き
似たようなのだが、並べることにする

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  1. 2014/12/29(月) 01:00:00|
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舞鶴山公園散歩

27日のこと
「パパ、散歩してきたら......」妻が促すので、頷いて出かける。
先日と同じく、病院近くの舞鶴山公園に向かう。

最初の画像は、妻が入院している吉岡病院を撮った。病室は、奥の新館3階、その談話室から眺めてる通りから写す。
公園は目と鼻の近さだ。市民の散歩コースで、犬の散歩などにも出会い、可愛いのでカメラを向ける。
先日と似たような画像になるが、ならべる。

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  1. 2014/12/28(日) 01:00:00|
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今年の十大ニュース

我が家の十大ニュース 

今年も残すところあと5日になってしまった。
12月は特に過ぎるのがはやく感じられ、アッという間に27日になった。
官公庁は、例年なら明日が御用納めだが、今年は26日と2日も早い。もう年末年始休暇なのだなぁ

「天童の家」は、今年はクリスマスもお歳暮もない。年賀状も出さない。
妻が退院してから、あらためなにかをしようと話している。
今の関心は、装具がいつ外すことになるのかの一点にある。

世間的なつきあいが大事なことは承知している。お歳暮や年賀状などを欠礼する心苦しさもある。
だが、敢えてそうした。もしかしたら、あとで苦慮するはめになるかもしれないが、現在はそういう気持ちである。
器量がない(狭い)、そう思われることだが、実際、そうなのだから、せつないけれどしかたない。

今、2014年十大ニュースのメモ書きを眺めている。8項目がメモされてる。

① 集音器の更新。年末頃から不調、新年早々更新する。(1月2日)
 今思うに、集音器の不調ではなく、自分の難聴が酷くなっていたのだ。それをあたかも器具不調と捉えてたのである。(苦笑)

② 水道凍結。(1月10日)
 寒い冬だったのが思い出される。水道が凍ることなどめったにないのだが、何年かぶりでの凍結だった。

③ 4台目のテレビ。(2月19日)
 妻が、書斎でテレビを見たいという。別々でなくパパと一緒にいるのがいいと言う。(笑)

④ 猛暑が続く。播種2回
 猛暑よりも、降雨がなく、水分不足で発芽しない。トウモロコシ・セイサイ・ホウレンソウ等を2度蒔く。

⑤ 妻、左肩関節脱臼。(8月31日)
 グランドゴルフ大会の賞品配り中に転倒。直ぐに休日当番医である吉岡病院へ。

⑥ 親戚の不幸(逝去続く)、短期間に3件(義姉・H氏<分家>・H氏妻)

⑦ 妻、左肩腱板損傷(断裂)の手術を受ける。(12月2日)

⑧ 後期高齢者となる。(12月18日)

⑨・⑩はない。
妻の入院・手術が大きすぎて、他の出来ごとが霞んでしまう(笑)
妻の存在が、とてつもなく大きく感じた年だったなぁ

さいわい、妻は順調に回復している。退院の日もそう遠くない。
お正月を家で迎えられるかどうかは未定だが、それはもう問題ではない。
ちゃんと治って、退院できれば万々歳である。


  1. 2014/12/27(土) 01:00:00|
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病院通い

病院へ通う

今は雪があって、なにもすることがない。だから、毎日、面会に行っている。
これがさくらんぼ等の繁忙期だったら、そうはできない。
病院へ行って、なにかをやらなければならいわけではないから、行かなければ、行かないで済む。

それでも、毎日出かける。行かないと落ち着かない。行きたいのである。(笑)
行ってなにするわけでなく、談話室で他愛ない話をするだけである。
息子も、1日に1回は顔を見せるという。彼も、なにかの用があっていくわけではない。

今日も、午後3時半までいて帰ってきた。病院に4時間半もいたことになる。
妻は、リハビリがあったり、自主的なリハビリもやるし、食事や自床で眠ることもある。
妻がいない時は、読書して待つ。もうずいぶん読んだ。

3時半になれば、(そろそろ帰らなきゃぁ)と思う。思うけれど、腰がなかなか上がらない。
でも、いつまでもいるわけにはいかないから、踏ん切りをつけ、「明日は何を持ってくる?」と問う。
「漬物、向かいのBさんが、漬物食べたいという」
「分かった。持ってくる」これで明日も来る理由ができた。(笑)

妻は、病院玄関までついてくる。
「パパ来るのがいちばん楽しみ」などというから困ってしまう。(笑)
「じゃぁな」と言って、玄関を出る。

  1. 2014/12/26(金) 17:18:17|
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散 歩

しばらく散歩していない。
「散歩してきたら......」妻の言葉に促され、病院からまた近くの舞鶴山公園へ行く。
やはり身体が、散歩を欲しているのを感じ、歩くのが楽しい。

できれば青空が欲しかったが、不安定な天候で、照ったかと思うと、雪が舞ってきたりする。
そんな不安定な空だが、気にせずにどんどん歩く。
もちろんカメラを携行したから、時々はシャッターをきる。

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  1. 2014/12/26(金) 01:00:00|
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サンタが来た!


24日は、病院の給食にもケーキがついた。クリスマスイブである。
例年なら、孫達にケーキを届けてるのだが、今年は行かなかった。
孫たちも分かってくれるだろう。残念だが、今年はしかたない。

今年も、届けようと思えば、届けられたのかも知れない。うん、あれがあったから......
「あれ」とは、次のようなことである。

23日、見舞いにきてくださったG先生(家庭医)の奥さまへあげる漬物を出し終え、ゴム手袋を洗っている時、
ある女性が私にある物を差し出す。
その女性は、見知らぬ人だった。
「失礼ですが、どなたさまでしょうか?」問いただす私に、彼女は
「いつもお世話になっております。N 家のものです」と言うのを聞いて、(そういうことか)と納得する。

N 家は、近所(隣組)である。今は、世帯主が施設に入ってい、無人である。
今年は、「天童の家」が隣組長なので、当然のこととして市報の配布や集金などの役目を果たした。
彼女は、実家であるN家の使いで何か(ケーキと分かる小箱)をもってきてくださったと考えた。
「もらうわけはない」とか「いらない」と断るのも角が立つと考え、礼を言って受け取った。

小箱の中身は、推察通りで名前の知られた山形市内ホテル製のクリスマスケーキだった。
妻の話しによれば、ケーキをくださった彼女は、そこのホテルに勤務しているという。

「あれ」とは、思いがけなくもらった経緯とそのケーキのことである。
「天童の家」、今は大人だけ3人。3人では大きすぎるケーキである。
それを孫たちに届けようと思えば、そうできた。

でも、妻のいない、少し寂しい今の「天童の家」だから、せめてクリスマスケーキくらいあったら......
宗教とかにかかわりなく、クリスマス番組を眺めながら、っふふ、息子にケーキを切るよう頼んだ。
今年は、これでいい、そう思う。
孫たちは、孫たちなりにクリスマスを楽しんでることだろう。


  1. 2014/12/25(木) 09:10:28|
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料理の周辺で

昨日のブログに、阿蘇望亭さんから次のようなコメントがあった。

凄い!
”主夫”業はさぞかし大変かと想像しているのですが、料理も”楽しいことなのだなぁ”ってところまでいきつきましたか!
凄いことです!!!
2014/12/24(水) 阿蘇望亭


ふっと、こころに浮かんだことを、吟味もしないで書いた。
毎日の主夫業は、正直言えば楽ではない。でも、料理に関しては、もちろんたいへんだが、そのたいへんの中に農業や写真をやっているときに感じられる(楽しい)と思う(感じる)時もあるのを知った。はたして、それが本物の楽しさなのかはさだかでない。

でも、寝る前に、明日はこんなのをやってみようといろいろとイメージする。そのこと自体にもある楽しい気分がまじるし、実際に調理し、できた料理を見、食べてみて、うふふ状態になった時は、(やれるじゃない)(やったなぁ)と嬉しくなる。
嬉しいことと楽しいことの違いは、どう違うのか知らないけれど、つい、”楽しいことなのだなぁ”と書いてしまった。

食材をどう生かして美味しい料理をつくるか、その中には、工夫と創造があるような気がする。
自分なりに、こんなふうにすればいいのかなぁと考える。もちろん、妻との会話も参考にする。そうしてできたものが、イメージ通りになれば、まるで被写体をイメージとおりに撮れた時のような嬉しさがあり、撮るという行為が楽しくなるのに似ているなぁと思った。

こんな失敗例もある。
息子は、肉を食しない。でも、肉を入れたカレーでも、自分で肉を取り除きながらカレーは食べる。
それならと、大根を輪切りにし大鍋で煮て、煮こぼしし、白菜に肉を入れ、炒めた別鍋に混ぜ、大根・肉・白菜を一緒にごとごとと煮て「大根鍋」にした。

肉、大根、白菜はいずれも大きく切った。息子は、肉を取り除いて、大根と白菜を食べればいい、と考えたのである。
寒い夕食には、あつあつの大根が旨い。それを食べさせたかった。
......が、息子は、食べない。「肉の香り(におい)がキツクて食べられない」という。

カレーの場合、肉の味は、カレーに溶け込んであまり肉を意識することなく、食べられる。
しかし、「こんの流大根鍋」は、肉が丸見えだし、湯気立つ鍋からは肉の香り(におい)がまともに息子の嗅覚に達してしまったのだ。
(これでは、やはり、食べられないなぁ)自分の間違いに気づき、そのあまりの配慮の無さに臍を噛む思い!

あぁ、料理って、ほんとうに難しいもの(こと)なのだなぁ
息子に、謝りたい気分だった。もちろん悪意でやったことではないけれど、済まないことをしたなぁと思う。
「今度は、魚でやるから...... 鮭と鱈ではどっちがいい?」息子に問う。
「大根なら、鱈の方がいいかも」
というわけで、病院からの帰途、鱈を求めてきた次第である。(笑)


  1. 2014/12/25(木) 01:00:00|
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カレイ


病棟の談話室で話すことは、他愛ないことばかりが多い。
別れて帰った後のできごと、誰々さんが来てくれた。テレビを見た。今、風呂に入ってきた。洗髪してもらった等々を楽しそうに話す。どうってない内容でも、妻の顔を見ながら、頷き、頷きし聞いてる。
毎日同じようなことを私も報告する。農協へ書類を持って行った。今朝のお汁の具は、タマネギ・ジャガイモ・それに油揚げ入れた等々である。

「母は、夕べ出したカレイが旨いと食べた」
「ジャガイモとニンジンは大きめに切って、タマネギはとけるくらいことこと煮る。そう、食べてもらってよかったね。カレー私も食べたくなったなぁ」妻が笑う。
「ママ、あのね、そっちのカレーでなくて、魚のカレイ。煮魚......」
「......」

妻は、私が言った煮魚のカレイを、ライスカレーと受けとったようだ。
妻は、直ぐに気づいて、二人は顔見合わせて笑った。
間違ったって、どうってない些細なことだから、笑いの種。

そう言えば、「かれい」には、鰈、華麗、加齢があるなぁ
もっと探せばあるある。でてくる。家令、嘉例、華齢、佳麗、花麗...... 火霊などという熟語もみえる。
他に、もっとあるのかもしれない。

鮭の切り身は、焼くことが多かった。それも鰈のように煮るのも美味しかろうとやってみた。
水を少しの鍋に、醤油と酒粕を入れ、沸騰させ。沸いたところで切り身を入れる。
別の鍋に油をひいて白菜を炒める。炒めた白菜を、鮭を煮た鍋に混ぜ、さらにことこと煮て完成だ。「こんの流レシピ」(笑)

冷蔵庫には、また買ってきた鰈が、調理を待っている。(笑)
料理って、考えようによっては楽しいことなのだなぁ
っふふ、「生意気なことを言うな!」というお叱りの声が聞こえてくる。
(ごめんなさい)


  1. 2014/12/24(水) 01:00:00|
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退院祝い


22日のこと
談話室に、同室者のPさんとYさんが来て、妻と私のいるテーブルに座った。私はなにも聞いていなかったので、(どうしたのかなぁ?)と思った。
Yさんが自販機から飲み物を4本買って、それぞれに配る。Pさんはお菓子を分ける。妻は見舞いにもらったみかんを出す。

Pさんが23日に退院なので、その退院祝いであることがわかる。
同室者がもう一人いるのだが、手術したばかりなので安静中で、談話室でのお祝いになった。
っふふ、お祝いといっても、私以外は病衣姿であるから、ジュース、お茶、コーヒーでの宴である。(笑)

Pさんは手術後3日間寝たきりの安静で、いわば重症だった。闘病の甲斐あって、お正月前の退院となった。
本人はもちろん、家族の喜びを語るPさんを、戦友たちは頷き、笑いながら聞き入る。特に嫁さんの存在がユニークで笑いを誘う。
妻は、23日間同室しただけであるが、面会時の嫁さんのようすを知っているから、姑と嫁のありようがよく理解できるらしく、「なかなかいい嫁さんだ!」と率直に褒める。

年齢でいえば、Pさん・Yさん・妻の順である。そう離れてうない年代の3人が、病室という空間で、戦友として過ごした時間は、互いのこころをひらかせ、共感というか、連帯意識・仲間意識がある。
その仲間の一人が、めでたく明日(23日)退院となる。
Yさんの退院は、まだいつになるか分からない。妻も未定だ。でも、最年長のPさんが、こうして退院できるのだから、Yさんや妻の退院も、そう遠くないはずだ。

「こんのさんの漬物、りんご、かぼちゃなどが美味しかった。家の嫁に勝るとも劣らない料理上手だ」Pさんは過分に褒めてくれる。
うまいかどうかはは別にして、毎日のようになにかしらを持参し、分け、食べてもらった。その都度、褒めてもらったことは、嬉しかった。
Pさんの退院に、こころから拍手を送った。
うう、ささやかな、真似ごとのような退院祝いだったが、気持ちがこもった宴だった。

Pさん、Yさん、ありがとうございました。


  1. 2014/12/23(火) 10:29:40|
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善意だけでは


親しくしている従姉妹(Tさん)夫妻が、21日「天童の家」に柿を持って来てくれた。
その時、私は漬物に手をつけており、Tさんたちが来たのを知らないでいた。
雪の庭に、車が停まっているの見て、その時(あぁ、Tさんたちが来てる)とある種の戸惑いを覚えた。

妻が、入院し、手術をうけることをTさん夫妻にはまだ話していなかったのである。
「迷惑をかけるので、知らせない」と言う妻の言葉に、異議を唱えなかった。
Tさんの実家(近所)には、ダイゴダイゴの手方の時に分かってしまうので、手術のことは話した。その際、「Tさん家には知らせないでほしい」とお願いした。

伝えない理由は、先に書いたように、(迷惑をかけたくない)であり、その他になにもない。妻としては、善意からの配慮だった。

Tさんの訪いに応じた母が応対にでる。妻の姿がないので、Tさんが「やゑちゃんは?」と問う。
母は、正直に妻のことを話す。
Tさんは、驚き、外で私と話している旦那さんに「やゑちゃんが入院・手術したのだって!」と告げる。
旦那さんも驚いて、私の顔を見る。

「ごめん。わるかった! 良いことでないし、心配かけると思って黙っていた。知らせないで済みません」と何度も謝る。
謝りながら、(やはり知らせなかったのは、間違いだったなぁ)と、Tさん夫妻を直視できずに、ひたすらに頭をさげる。

迷惑かけたくない。心配かけたくない。そういうこちら側の意思だけで知らせなかった。
だが、Tさん夫妻にしてみれば、なんとも水くさいこととして捉えたのは明らかだった。
親友だからこそ、こういう場合は、迷惑かけたくないとか、心配させたくない等の配慮は、それこそ他人行儀であり、真っ先に、事実を話すのが本当の親友ではないか...... との思いが Tさんたちには強く感じておられることが、目の前の Tさん夫妻から伝わってくる。


22日の面会時、妻が真っ先に、Tさん夫妻の面会を話す。
「きっとこうなると思っていた。やはりきちんと話した方がよかった。Tさん驚いてた。まずかったねぇ」妻は判断の拙さを知っていう。
「ただ、あの時には、迷惑かけたくない、心配させる、そうしか考えなかった。でも、よくよく考えたら、やっぱりちゃんと知らせてからくるべきだった」
「ふ~む、もう過ぎてしまったことだが、こちらの気持ちだけで通しきれないことってあるんだよねぇ」

「悪意があってのことではないが、やはり時には心配してもらったり、迷惑を承知のうえでも、きちんと知らせることは話しておくべきなのだなぁ」
「入院前で、自分のことで精一杯だった。手術、なんてはじめてだし、不安だった。わざわざ入院や手術を知らせることない。そう思ったのよぉ」
「ママの気持ち、わかる。善意の気持ちが強かった。......でも、無二の親友としては、やはり、Tさん、意外というか、不本意だったろうね」


  1. 2014/12/23(火) 01:00:00|
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冬至かぼちゃ

20日の夜、なんとなく寝つかれないままに考える。考えるというより思いを巡らす。
冬至はいつだったかなぁ...... たしか、間もなくのような気がする。
考えてもわかることではないから、とうとう電気をつけ、暦を見る。

22日だった。明後日である。(冬至かぼちゃだなぁ......)と思う。
妻は、必ず冬至かぼちゃを作った。温かいのも美味しいが、冷めて固まったのも香ばしくてわるくない。
小豆かぼちゃは、先日作った。もう一度作って持って行こうかと思う。

小豆は、煮る前に一晩水に浸さなければならない。今やれば、明朝(21日)煮られる。
パジャマに厚めのベストを重ね着し、鍋と升を持って小屋へ行き、小豆を3合入れる。

21日は5時半に起床し、小豆を煮はじめる。湯をカップで3回追加する。
かぼちゃをカットして、別鍋で煮る。塩を入れることを忘れない。前回やっているので、もう戸惑いはない。
かぼちゃは、箸が通るので火をとめる。
小豆も煮えたのを確かめ、かぼちゃを煮た大きめの鍋に混ぜる。砂糖を多めにいれ、ストーブの上に鍋を移す。

ご飯を炊き、洗濯も済まし、一息つく。
気になる冬至かぼちゃの味見を息子にしてもらう。
「砂糖の甘味はいい。ちょっと塩気がたりないかなぁ......」
「塩は、かぼちゃを煮るときに入れた」言い訳気分の私。

「美味いよ」息子は、「これでまぁまぁじゃないか......」というので塩加減はいじらないことにする。
正直いえば、どのくらいの塩を加えればいいのか 分からなかったのである。
もしかしたら、病院へ持っていくまでに、塩味が染み込んで、食い塩梅になっていたりして...... (笑)
そんな甘い願望もわいてくるから可笑しい。


「旨い、美味しかったです」同室者の方が褒めてくれる。
お世辞半分と考えても、その言葉は嬉しい。
「この前のより、水っぽさがなくてうまかった。甘さは、前回のほうが良かった」と妻の評。
「蜂蜜が、この前の半分だったからなぁ...... 蜂蜜がもうなくなってしまった」と伝える。

冬至、今日が1年でいちばん昼の短い日。
明日からは、藁の一節ずつ長くなる。そのことを思うと、嬉しくなる。

訂正 
最後から2行目、「冬至」を間違って「節分」と書いてました。今、気づき訂正しました。(ごめんなさい)



  1. 2014/12/22(月) 01:00:00|
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能天気な


妻が入院してから3週間経った。
この間、1日も欠かさず面会に行ってる。

主夫業を済ました後だから、たいてい10時を過ぎてしまう。
たまに、何かの用事があって遅れることがある。
「どうしたのだろう?って心配してた」妻は、不満そうな顔で言う。

面会時は、お互いに、別れた後のできごとを報告しあう。誰々さんが面会に来てくれた。回診時に先生(Dr.)がこんなことを言った。お風呂で洗髪した、等々些細なことがらである。
私も、誰々さんからこんな電話があった。今朝はこんなおかず、お汁を作った。JAの書類を書かなければならない、などを報告し、妻のアドバイスを得る。

面会に行くときは、果物や漬物などを持参する。
帰りには、洗濯物などを持ち帰る。
独りで帰る時は、エレベータを使ったが、今は運動を兼ね妻と一緒に階段を降りる。
「パパ、ご苦労さん。迷惑かけてわるいね。毎日たいへんね」玄関まで送ってきた妻が言う。
「そんなことない! ママに、会いにくるのが楽しみだ。じゃぁ、ね」手を出すと妻が握手してくれる。

っふふ、間もなく70になる女と、75になった男が人目も憚らずに交わす握手。
ふ~む、考えてみれば、やはりよそ目には、おかしなこうけいかも知れない。
でも、二人にとっては、そうせずにはいられない、自然にそうなってしまう。

一日も休まず、面会に行く。そうせずにはいられないのである。
っふふ、まるで恋人にでも会いに行くように、こころ弾ませて行く。
面会終え、帰る(別れる)時には、なんとも切ない気分になる。

(バカみたいだなぁ)と思う。
でも、正直な気持ちを書いている。
だからこそ、バカみたいだなぁと思うのである。
ふつうなら、こんなことを能天気に書くことはしない。


  1. 2014/12/21(日) 09:49:41|
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忘 年 会 


今年もあと10日で終わる。
忘年会がたけなわだろう。

寺世話人忘年会の案内をもらう。恒例のことで、27日という。
今年は、欠席することにした。
妻が、入院中なので、宴会の気分にならない。

仲間(友だち)が、妻の見舞いに「天童の家」へ来てくれる。
Kさん・Tさん・Yさんが連れ立って「たいへんだぁ」と慰め、励ましてくれる。
Nさんは、わざわざ病院まで来てくれた。
我が身の入院なら、お見舞いも当然視(不遜な言い方だが)してもおかしくないけれど、妻の入院にまで御見舞をいただくのは、考えてもみなかったことである。

「奥さんは、順調に回復しているのだから、邪気払いを兼ね、忘年会やるべ!」 Kさんが言い、Tさん・
Yさんも首を大きく縦に振る。
「忙しいNさんの都合も聞いて、29日にしたいが...... どうだろう?」Kさんが問う。

先に、寺世話人忘年会では、妻の入院中を理由に欠席を決めた。
だが、勝手なもので、仲間の忘年会には是非行きたい!と思った。
(妻に相談してから返事しようかなぁ)と考えたが、「いいねぇ、やりたい、行く!」と返事していた。(笑)
「29日午後5時から、場所は『彩』で、メンバー7人ということでね。席の予約をこんのさんに頼むのでよろしく」Kさんが言うのを頷く。
寿司ショップ『彩』は、妻の従兄弟がやっている店で、馴染みで、美味しい。それを知っている Kさんが、予約を私に頼んだのである。

妻だって、私の忘年会行をきっとOKしてくれるはずだ。

2014年は、忘れられない年になった。
「天童の家」恒例の十大ニュースを間もなく書くことになるが、さてどのような出来ごとが並ぶか......
まだノート・メモを捲っていない。


  1. 2014/12/21(日) 01:00:00|
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心に空いた穴


若い頃は、平穏が嫌いというか、耐え難かった。常に、なにかを求め、熱中していたかった。
なにもないより、たとえ少々わるいことでもあったほうがいいと思ってた。
若さで、たいていのもの(こと)は、解決(処理)し、これが人生みたいなところがあった。

年老いて、若い時のあれはなんだったかと思う。
特に、3.11以降は、平穏な日常こそが幸せだと考えるようになった。
そして、今回、妻が入院したことで、一層、平穏のだいじさを痛感する。

これまでいた人がいない。こころに空いた穴から冷たい風が、有無をいわさず吹き込む。
猛吹雪、寒さも、感じない家がある。暖房の効いた部屋で、パソコンに向かっている。
これまでもそうしてきた幸せな時間・空間だった。なのに、この虚ろな気分が膨らむ。

妻がいない家は、うすら寒い。
昔(若い時)なら、妻がいなくても平気だった。鬼のいない間のこころの洗濯、と羽を伸ばしたものだ。
老いて、もうその元気がない。妻が恋しくてたまらない。(笑)

やはり、つくづく(弱い奴だなぁ)と思う。
もんもんとする気分だが、こうやってバカなことを書いていると、少し、こころがかるくなる。
誰かに話せば、うんざりされることだが、パソコンは黙って文章にしてくれるからありがたい。

妻が、入院してから、1日があっという間に過ぎてしまう気がする。
明日が21日。入院して早くも3週間になる。
この寂しさも、もうちょっとの辛抱だ。

そうなれば、バカなことも書かずに済むだろう。


  1. 2014/12/20(土) 19:12:48|
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残るおかず


植物と違って、動物は他のなにかを食べたり、飲まなければ生きていけない。
喰わなければ、生命を維持できないから、人も食事が欠かせない。
食事は、生きるために必須だが、その他に「食べる」という楽しみもあるから面白い。

生命を維持するための食事には、栄養のバランスなども考慮しなければならないからちょっと面倒な面もある。やれ蛋白質がどうの、塩分が多すぎるはよくないとか......
それらは、食事の基本であるが、その他に食事を楽しむという面がある。むしろ、こちらの方がウエートが大きいかもしれない。

「これは旨い!」とか、「この味が食べたかったのだ」と満足感を覚えるのは、嬉しいことである。
栄養学的には、多少の問題があっても、嗜好を満たせば、食欲は大満足ということになる。
性欲と食欲は、人間の2大欲求などとも言われてるほどであるから、食べるという営為はゆめゆめ疎かにはできない。(笑)

というわけだから、妻が入院してからの主夫業も真剣にならざるを得ないのである。(笑)
母と息子と自分の嗜好は、違う。当然のことである。その違いを踏まえたメニューをいろいろと考える。
妻は、上手にそうした違いに沿った献立をもっていたが、主夫になって日が浅い自分には、それが分からない。ノウハウがないのである。

(これなら母も食べてくれるだろう)と、喜こばせたい気持ちで出したおかずが、箸もつけられずに残ってしまった時の無念さを度々味わう。
「年寄りの気まぐれだから、気にしないでいい」妻が、慰めてくれるが、なんとも残念でならない。

食卓には、そうやって残った料理が溜まっていく。例によって。捨てるのがもったいない気がし、ついムリを承知で自分が食べてしまう。
そのことでいえば、これまできちんと3食だったのが、今では遅い朝食と夕食の2食になってしまった。
たくさん食べるから、2食でいい(空腹感がない)のだ。(苦笑)

自分のことはどうでもいいのだが、母のようすを見ていると、やはり妻の出す料理のようには食べてもらえないのが明らかだ。
美味いとも旨くないとも言わない。息子に聞いても、「気にしなくていい」と言う。

ふ~む、これは愚痴だなぁと思う。
長年主婦業をやってきた妻と、同じようにいくわけはないと分かっているのだが、箸のつかないお膳が下がるのには悔しさがわく。
(バカな男だなぁ)と自分を笑う。へへ、笑うしかない。
不本意だが、笑うしかないのである。

  1. 2014/12/20(土) 01:00:00|
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銀杏煎る


   悔恨に架からぬ橋や銀杏煎る    熊谷市。時田幻椏

次のそれは、時田さんのブログ(http://tgenna.exblog.jp/)からの転載である。

 「悔恨を癒やす術なし。下五が洒脱。」 の句評を頂き、金子兜太選次席に選ばれていた。同日2句を御取り頂いた事は、2012年2月に一度だけ経験があるが、2週連続は初めての様である。私自身予想すらしていなかったので、何時もの叔母や友人からのメールを知らぬままに我が携帯電話は、充電器に置かれていた。結果、御礼の返信は、何時に無く遅かった。

 今回の句も、銀遊句会の兼題 「橋」 を詠んだ句である。句会後少々推敲をして投句をしたのだが、実のところ、推敲した結果と原句のどちらが良いのか私は判らないでいる。金子先生に御取り頂いた事で、この句がこの形で残る事になるのだろうが、我が内なる実態は、かように曖昧で俳句に対する確かな見解など持ち合わせていない。只々、有り難い事と、感謝をするばかりなのである。

朝日俳壇(1日付け)の入選句である。
さて、以下からは、例によって3.11関連 俳句・並びに短歌

   知の末てふ原発哀れ囲炉裏燃ゆ   塩釜市・杉本秀明

   チェルノブイリと福島の燕切ないね被曝のマーカー白い斑点   姫路市・綾部佳子

   時雨ゐる岬の原子炉止まりゐて道はここにて行き止まりなり   敦賀市・上田善朗 (8日付け)

   日本中福島忘れ冬に入る     長岡京市・寺嶋三郎 (以下、14日づけ)

   拾壱にはさまれ参は哀しそう四度目の冬も二間仮設住宅     下野市・石田信二

   原発の賛否を表決する前に我が福島を歩いて欲しい      いわき市・馬目弘平

   一Fも二Fも階のことならず福島原発こわれし後は       青森市・白鳥せい


17日から降った雪は、12月としては大雪。
16日のTVは、歌番組だったので早めに眠った。なのに17日は寝坊した。
雪掻きしなければと思ったが、猛烈な吹雪。さすがにタジタジとなる。

朝ご飯を作ってからしようと、先に主夫業にとりかかる。
その間、息子がスノーダンプで除雪してくれる。助かる。
18日も雪マークだったが、思ったより降らずホッとする。

75歳の誕生日は、もう忘れられない日だ。たくさんの方々からお祝いの言葉が届いた。嬉しい!ことである。
ありがとうございます。


  1. 2014/12/19(金) 01:00:00|
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75歳になる


2014年12月18日、私は今日から後期高齢者である。
先日、「後期高齢者保険者証」が市役所から送付されてきた。
へへ まだ実感がわかないけれど、これは動かしようのない現実であるから、否応なしに認めるしかない。

「国民健康保険被保険者証」の有効期限が12月17日までだから、18日からは「後期高齢者医療保険者証」を使わなければならない
国民健康保険証は、有効期限が1年だった気がする。一方の「後期高齢者医療保険者証」は7月末までだ。
些細な事だが、片方は「国民健康保険被保険者証」であるが、今度のは「後期高齢者医療保被険者証」で、理由は定かではないが、「健康」の2字が抜けている。

考えようによっては、よくぞここまで生き延びてきたとも言えるのだが、それよりも、あぁとうとう後期高齢者の仲間に入ってしまった。これからはいつどうなってもしかたないなぁとの気持ちが強くある。

いつまで生きたいとかいうことは考えなかった。本当のことである。もう、いつ寿命がつきてもしかたない、というか、いつ逝ってもおかしくないと妻に言い聞かせてきた。

と、ところが、東京オリンピックが2020年に決定した時、ふと思った。オリンピック開催まで7年、私は80になる。それまでは生きられないだろうなぁと思った。
同年輩のある人は、せめてオリンピックまでは生きていたいと言う。
生きていたいと言っても、それは願望でしかない。これまでそういういついつまでとか、何歳まで生きたいと考えたことがない。
ただ、単純に、もういつ逝ってもおかしくないまでに生きた、ということは、そう思い、妻にも「幸せな人生だった」と伝えてある。

その思いは、いまでも変わらない。
いまさら東京オリンピックまで、あと6年生きたいとは思わない。仮に、そう思ったとて、叶う、叶わないは誰にもわからないことだ。
「今が、いちばん幸せ」妻が言うことを、自分も同じと感じ、妻は入院し、今は毎日主夫をやっているが、それでもなお、「今が不幸だ」とはこれっぽっちも思わない。

思う、思わないは、主観でしかない。でも、客観的にはどうであろうと、私の主観は、実存だし、揺るぎはしない。
「後期高齢者医療保被険者」であることは、客観的にも主観的にも動かし得ない制度だ。
主観は主観としても、制度である以上、受け入れなければならないのは言うまでもない。
もうこれ以上、後がない。
はい、もう後のない人生を生きるしかない。
東京オリンピックが見られるかどうかは誰にも分からないことである。

「パパを死なせない」妻は、そういうけれど、気持ちはありがたいが、それはどうしようもないことである。
今は、妻が良くなって、一日も早く退院できることを願っている。

娘の誕生日が12月6日、私が18日、妻は1月8日だから、3人の誕生記念日と妻の退院を祝う会を今から楽しみにしている。


  1. 2014/12/18(木) 01:00:00|
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「夫婦って・・・ 」


以下は、いつもコメントしてくださるbenibanaさんのブログ(2014/12/17)からの転載である。

  夫婦って・・・

昨日、休みを利用して、こんのママさんのお見舞いにでかけた。
病院は天童市内。
場所と径路は、こんのさんのブログからメモを取った。

自称 方向音痴
やっぱり、2度ほど道を間違え、人に尋ね、やっと現地到着する。

病棟は、新館で真新しく、軟らかい雰囲気だった。
談話室でお二人を発見
嬉しさのあまり、手を振ると、気付いてくれた

ママさんは、思いのほか顔色も良く、元気そう。
腕が固定されているので、右手しか使えず不自由そうだったが・・・。
他愛のない話で時間が過ぎたが、お二人の笑顔を見れてホッとした。

こんのさんは、毎日病院に通われているそう。
お二人は、いつも側にいて、お話する時も見つめ合いながら・・・(新婚さんみたい)
その姿を見て、あぁ 夫婦っていいなぁそう思った。

ここに至るまで、長年二人で、色々なことを乗り越え、共に笑い・共に泣き。
ご夫婦の、固い絆が見えたような気がした。
お見舞いに行ったのに、心に暖かいものをお見舞いされた。

帰途、夕食の買い物をしながら、ふと 今日はお父さんの好きなものを
いっぱい作ろうとニヤニヤした


benibanaさん
ありがとうございます
道路には雪がいっぱい、終業で帰宅される時、運転にはくれぐれもお気をつけてね

今日は、雪降りで、雪掻きしなければならないので早めに帰宅。
夜飯準備前に、雪かきを逐わさなければ......
本格的な降雪、積雪になってしまったなぁ


  1. 2014/12/17(水) 15:31:00|
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久々の散歩


次は、「流木民」さんのブロク・コメントからの転載である。

   Commented by こんの at 2014-12-14 19:56 x

  雪がちらりほらりと舞ってます
  時間もなんだかゆっくりとながれていくような
  間もなく、クリスマスなのですね
  街にはイルミネーションが輝いてます
  それを横目で見て、家へ帰ります
  ちょっとさみしいような気分で......


  Commented by mother-of-pearl at 2014-12-14 21:52

  こんのさま
  今日も お疲れになったことでしょう。
  暖かいお風呂でゆっくりと心の隙間を埋めてください。
  イルミネーションは・・一人で眺める夕焼けと同じくらい
  メランコリックになりますね。

  そんな時は側にいない誰かを思ったりせずに、
  『帰ったらあれ食べよ!』とか、大きくハンドルを切ってください!

  たくさんのファンの一人として応援しています。


レスポンスを読む。うう 胸がジーンとし、鼻の奥があたたかくゆるむのを覚える。

母が、血圧不調のようす。ご飯も食べない。
「往診してもらうか?」息子に相談する。
「今晩ようすをみて、それでもなになら明日医者へ連れてく」息子が、母の意向を答える。
母のささやくような声が、難聴者の私には聞き取れない。直接コミュニケーションがとれないから息子が中に立つ。

夜中に目覚める。誰もいない部屋は、実際以上に寒々しく感じる。
うう、やはり(弱い男だなぁ)と思う。
そのような時に、流木民さんのようなレスポンスが、とても嬉しい。一人じゃない、ガンバロウと力がわいてくる。

15日は、久しぶりで晴れた良い天気になった。
「散歩してきたら...... しばらくそんな時間がなかったものね」妻が気遣ってくれる。
「うん、そうするか。そこの愛宕沼あたりを歩いてくる」病院の談話室から見える舞鶴山公園麓にある沼(湖)辺りは、恰好の散歩エリアだ。

しばらくしなかった散歩を身体が要求してた。歩く度に、力が補給されてく感じがする。
もちろんカメラを携行したから、写欲も満たされる。それが嬉しい!
散歩を済まし、歩数計をみたら、なんと7299と出てる。
立谷川沿いのサイクリングロードとほぼ同じく歩いたことになる。やはり散歩は必要なのだなぁ

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  1. 2014/12/17(水) 01:00:00|
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頂 き 物

細やかな配慮

妻の入院を見舞ってくださる方が、毎日複数ある。ありがたいことである。
同室者(4人)がおり、妻は歩けるので、面会は談話室でお願いしている。
雪道を、またお忙しい中を来てくださったのだから、できるだけ丁重におもてなしをしたい。そう思っているが気持ちだけで、なかなかできない。

せめて自販機のジュースやお茶でもと考えたが、病院での飲食を敬遠したい方もいるのを知っている。どちらといえば、私ら二人も好まない。
そうしたことから、面会時には、敢えて<何も出さない>ことを二人で決めた。
せっかく来てくださった方には、なんのおもてなしもできないことに(済まないなぁ)と思う。
できれば、ジュースやお茶くらいは飲んでもらった方が、こちらとしては気が済む。

でも、飲む気もしないものを、こういう所で出されても、やはりありがた迷惑と思われる方がいるなら、「逆おもてなし」になってしまう。
見舞ってくださる方に、いちいちたずねるのもかえって気を遣わせてしまいはしないかと迷う。
(気がきかない)と思われても、しかたないと割り切ることにした。

なんで、このようなことをくどくどと書くかをいえば、今日、驚くようなお見舞いをうけたからである。
その方(wさん)の配慮に、いたく感動したのである。

妻は、wさんのお見舞いをとても喜んで、話に夢中になった。wさんも妻の闘病を優しく励ましてくださる。
wさんは、お見舞い金と菓子をくださった。似たようなことはすでに何度もあった。
だが、wさんのお菓子は二つの袋。(何故に二つ?)と思いながら、そのわけも訊かずにいただいた。
菓子は、この辺では有名な工房製菓。wさんが帰られた後、2つ目の手提げ袋を開けてみた。そこには同室への菓子が入ってた。

妻は、お見舞いでいただいた菓子や果物を、自分では食べずに「家に持って帰って」という。同室者の前で、独りで食べるわけにはいかないからである。
wさんも、そのことをなにかの折に経験してるのかもしれない。だから、妻への見舞いの菓子折り1袋と、同室者への分として3個をプラスしてくださったのだ。別包になってる小袋が3個、それが2袋目の内容だった。

同室者へは、直ぐにあげた。
妻も、同室者と一緒に、wさんからもらった菓子を食べた。
吉岡病院では、今日リハビリセンターでクリスマスパーテーである、ピアノ演奏や職員による出し物が演じられる。
っふふ、うん、良いクリスマスパーテーになるだろう。


  1. 2014/12/16(火) 17:05:44|
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「ダイゴダイゴ」

以下は、2008年12月23日にアップしたそれの前半部分の再掲である。

ダイゴダイゴは、元来11月15日に氏神(八幡神社)に大豆やりんご、米・塩・スルメイカ等を供え収穫への感謝、来る年の五穀豊穣を祈願する祭事である。
同時に豆腐と大根を煮たものをいただき、その醍醐味を神に大声で告げる祭事であると認識している。

「ダイゴダイゴ」の由来を、山寺立石寺の災難(領地侵害)や、それに伴う僧侶の救援に活躍した6在家(荻野戸6人衆)と絡ませるのは、ルーツを重くみる大きな意味づけとなる。

祭事の由来説明で、「ダイゴダイゴ」と叫ぶのは、大根(料理)が訛ったものと解釈するというのはおかしい。
ダイゴは、美味しい・醍醐味のそれであって、大きな声で「美味い! 美味い!」と叫んで、神に感謝したと解すべきだろう。
隣集落(石倉)まで、その声が届けば、翌年の豊作が約束されるというのは、人々の勢いを言っている。元気で働ければ、きっと豊作になると自らを励ました。

風呂吹大根を11月15日に食べる風習(行事)は、探せばそちこちに見られる。

本来11月15日にやっていたそれを、当町内自治会では数年前から毎年12月第三日曜に行うことになった。

伝統行事「ダイゴダイゴ」に、今年はNHKと朝日新聞の取材があった。NHKのそれは当日(21日)午後6時45分から放映された。朝日山形版には翌日(22日)に載った。
この時期の風物詩として恰好な催しなのだろう。本年の収穫に感謝し、来る年の五穀豊穣を祈願するにはちょうどいい時期・行事内容といえる。

神事は、小一時間で終わる。
その後、神社境内にある公民館(社務所を兼ねる集会所)に場を移しさまざまなアトラクションを楽しむことになる。
今年はマジックショーとなった。子どもも大人もマジシャンと一体になって数々のマジックを楽しんだ。



以上が、7年前のブログの再掲(部分)である。
「ダイゴダイゴ」と叫ばずにいられない美味しい料理(笑)は、手方と呼ばれる人たちが当日の早朝から調理する。
手方は、順繰り(家押し)10軒で担当する。今年はその手方で、私が手方長をさせられた。十数年に1度の当番である。

伝統行事のダイゴダイゴだから、大切に守っていかなければならないし、美味しい料理にしなければということで朝から一生懸命、力を合わせ、頑張った甲斐があって、上出来の料理に仕上がった。

午後1時半から町内自治会の役員はじめ、消防団・子ども育成会・老友会等、各種団体代表が八幡神社神殿に額づき神主の祝詞を拝し、玉串を奉納する。

一連の儀式の末に、お神酒をいただき、さらに手方が煎った豆、煮た大根と豆腐を食べる。食べながら「だいご、だいご!」と皆んなが大声をあげる。

玉串奉納の後に出す料理のタイミングが大事で、もたもたしてると座が白けてしまう。手方のてきぱきした運びが要求される。
そのことを手方衆がよく理解してくれてたので、今回は滞りなくうまくいった気がする。嬉しいことである。
神事が済めば、場所を大集会所に移し、改めて豆や大根・豆腐煮をふるまう。

その後には、アトラクションとしてマジックショーがあり、子ども・大人、そして手方衆も一緒になって楽しめる。
外は、雪降りだが、集会所には笑い声や大きな拍手が響く。
来年も、きっと豊作になるだろう。

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  1. 2014/12/16(火) 01:00:00|
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スマートホーン


妻は、ケータイもスマートホーンも持たない。
娘が、スマートホーンを持たせたいと熱望している。「便利だから、使って!」と強くすすめる。
入院してる母親が心配だが、仕事が忙しく、なかなか面会に来れないから、せめてスマートホーンで繋がっていたいようだ。

「そんなのなくてもいい。なにかあればパパに連絡すればいい。ケータイやメールで十分」妻がそう言うが、娘はスマートホーンがいかに便利かをくどく主張する。
妻は、学童保育をやっているとき、パソコンを使っていたから、その気になればスマートホーンだって使えるはずだが、いらないとそっけない。
しかし、娘も諦めない。息子を味方に誘って、妻に現物を持たせ、使い方を教えはじめる。

今回の入院では、娘にさまざまな世話になった。そのことがあるから、無碍に断れなくて、とうとう娘のそれを受け入れざるを得なかったようだ。(笑)
っふふ、こうなれば、妻はスマートホーンをどう使いこなし、どうのめり込むか?興味津々である。
娘と息子、孫達3人、みんなスマートフォンを持っている。そういう時代に、妻はどんなふうに対応するのか?

妻は、まさか私にもスマートフォンを持たせるのだろうか?

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  1. 2014/12/15(月) 01:00:00|
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薄皮饅頭


「パパにだけ苦労かる。取材も行けなくて、ブログだいじょうぶ?」
「こんな天気だから、散歩はつまらない。ブログにつける写真はないけど、ママとのこといろいろ書いてる」
「なにかコメントある?」
「ある。ママのこと、みんなが心配し、励ましてくれる。ありがたい。励みになる。」

今月は、1度も散歩していない。日が短くなって、病院から戻れば間もなく黄昏れてしまう。
天候もさることながら、気持ちに余裕がないのである。主婦(主夫)のやる仕事は、たくさんある。(笑)

妻が言うところの取材だが、ブログのためにやっているというより、散歩中に出合ったさまざまな感動を撮っているのであって、なにかを撮るためにわざわざ取材に出かけることは滅多にない。

ブログ「天童の家」の原点は、「感動の共有」で、暮らしの中で出合ったいろいろこころが動いたことを文や画像で表現してる。
感動が、毎日あるかどうかは別問題として、昨日は、今日は、こんなことがあった、と書き、画像をアップする営為だ。
そうした中で、またいろいろな感動や励ましをいただくことが嬉しくてやっている。

妻の入院で、散歩(妻の言う取材)はできないけれど、ふだんは体験できないいろいろなことをやることになった。
それは、ある意味で、発見と感動の日々である。
これまで知らないできたことごとの多さに驚いてもいる。
妻と一緒に暮らしてきた年月からいえば、もっと多くを知っているはずなのに、妻のことも、暮らしのあり方も(こういうことだったのだなぁ)と新鮮な驚き(感動)と少しの悔いを伴いながら体験している。

生きている、とは、毎日似たようなことを繰り返していると思われることがあるけれど、それこそ浅はかでもったいない認識だ。
自分が知っていることなど、ほんの一部分でしかない。薄皮饅頭のうすい皮の部分だけで、その内側の層、さらにおいしい餡がぎっしりと詰まっていることを知らないでいるのかもしれない。(笑)

自分が描いた物語をなぞりながら、それに沿うように生きている。
アイデンティティがどうの、自己実現がこうのと言いながら、幻想を生きている。
自己中心的に考えながら暮らしているが、この世界は、もっともっと どでかい世界であるはずだ。
そんな気がする。

未熟者が書く、的外れの文章だから、へへ 面白くも可笑しくもない。
やはり少しは季節を感じる画像等があれば、ちょっとコメントしてやるか、そんな気分も湧くかもしれない。
自分でも、駄文だけでは(つまらないなぁ)と思ってしまうのだから......コメント皆無は仕方ない。(苦笑)

全く私的なこと、妻の回復が順調なのが、やはりいちばんホッとする。それだけで十分。(笑)

*


  1. 2014/12/14(日) 01:00:00|
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小豆かぼちゃ 2


12日未明、正確に言えば午前3時半すぎに目覚める。
トイレを済まし、また眠ろうとしながら、小豆かぼちゃのことを思う。

小豆は、11日午後4時ころに水に浸した。時間的には、一晩経っている。
そうか、今煮れば、今日の面会に持って行ける。
そう思うと、もう眠ってはいられない。

夕べの就寝は、8時過ぎ。数えれば、すでに7時間は眠ったことになる。眠気はもうない。
となれば、起きてもいいはずだ。
小豆は、火にかけるだけだから物音がしないけれど、かぼちゃには包丁をいれなければならないのでどうしても音が出る。
こんな時間に...... 母は不審がり、目覚めるだろう。申し訳ないが、許されよ。

夕べは、入浴後の米研ぎをしないままだった。
保温ジャーに残ってるご飯を払って洗い、米を研いで釜へ。ちょうどいい時間だ。妻は、毎日のようにこの時刻に米研ぎをやってたなぁ
できるだけ音をたてないようにかぼちゃをカットする。

小豆は、煮えたつまでコンロにかける。沸騰したので、鍋をストーブに移す。煮炊きに使えるストーブだ。
かぼちゃは、北海道から送られてきたものだ。実がかたくて、どうしてもまな板の音が出る。
半分だけカットし、残りは後でてんぷらにでもしよう。十分過ぎる量だ。

生まれてはじめて作る小豆かぼちゃ。塩を少々加える。砂糖はどうしようか?
あまり甘すぎてもよくない。甘みが足りないのも味気ない。迷いながら小さじ3杯ほどの砂糖を入れる。
味覚が鈍ってる(狂ってる)ので、味見ができない。へへ だから、いいかげんな味付けがせつない。

弱火でことこと煮ている。この文をタイピングしながら、時々台所へ行きようすをみている。
かぼちゃもそうだが、小豆の水がその度に減ってて、水を足さなければならない。料理ってなかなか根気のいる仕事なのだなぁ

小豆、かぼちゃ、それぞれを別鍋で煮て、1時間以上経つ。
かぼちゃは、すでに煮えた。箸が通る。
小豆をもう少し煮るべきかなぁ

5時半になったので、かぼちゃを小豆鍋に混ぜ、さらにストーブの上でことこと、ことことと煮る。
うふ、(美味しくなって)と願いながら...... (笑)

*
今(12日午後4時)しがた病院から戻った。
そして今朝(12日)作った小豆かぼちゃを食べてる。っふふ、自分でいうのもなんだが、旨い!

今朝、一人で作ったそれを、直径20センチもある大きなタッパーに入れて持っていった。
昼食時に同室者に配った。もちろんそれなりの容器に盛って。
世辞もあるだろうが、みなさん「美味しい」を連発。ある方など、給食には手を付けずに小豆かぼちゃだけで済ましたのには驚くいた、と妻が言う。

「旦那さん、はじめて作ったなんてウソでしょう」とも言われたらしい。
妻の報告を聞いて、ホッとする。その後、妻のベッドに行ったら、やはり「美味しかった!」とみんな(3人)が言ってくれる。

一人で作ったと書けば、厳密には違うかもしれない。
先にもふれたが、味覚がダメな自分だから、味見は息子にしてもらった。
「味が薄い」と言われ、砂糖と蜂蜜を加えた。さらにストーブで気長に煮詰める。そういうことでは、息子との二人三脚でできたものである。
いずれにしても、戦友たちに喜んでもらえたのは、かぎりなく嬉しいことだった。


  1. 2014/12/13(土) 01:00:00|
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小豆かぼちゃ


昨日(11日)は、妻のリクエストに応え、ヤーコンとゴボウの油炒めを持参した。
「美味しかった。みんな(同室者)も、美味しいと食べてくれた」
「今度は<小豆かぼちゃ>を持って来て」

妻は、小豆かぼちゃの作り方を詳しく話す。詳しくなればなるほど、落胆心が大きくなる。
早起きして、一人で頑張っているのに、さらに手数のかかる小豆かぼちゃのリクエスト!
夫の苦労など分かっちゃいないのだなぁと切なくなる。

干し柿・漬物・りんご・ヤーコンと毎日同室者にあげる分まで持っていく。
同室者に喜ばれているのは、たしかに嬉しい。けれど、そこにはそれなりの手数がかかっているのだ。
小豆かぼちゃは、もっと手数というより時間がいる。小豆は一晩水に浸し、翌日は弱火で煮続けなければならない。

カボチャと小豆は、別々に煮なければならない。
一人で、それをやれというのは、なかなかたいへんなことである。
妻のリクエストだから、できるだけ応えたい!

どうしよう?
ムリしないでおこうか......
でも、妻のことを思えば、っふふ、やるしかないだろう。

小豆を3号ほど洗って、水に浸す。
カボチャは、洗って、小豆を煮る時に、別の鍋で煮る。
上手く(美味く)できるかどうかは分からないけれど、精一杯やってみるつもりだ。

そうすることが、妻の闘病意欲を高め、退院が早くなる、と考える。
妻の闘病を思えば、私の苦労など、小さなものだ。

なにしろはじめて作る小豆かぼちゃ、へへ、なんとか美味しく作りたい。

今日は、まだ出来ないので持っていけないから、明日の面会時になるなぁ
小豆かぼちゃをつくっていることは、訊かれても妻には黙っていようと思う。
明日、美味くできたら、持参することにしよう。(笑)

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  1. 2014/12/12(金) 01:00:00|
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戦 友


見出しを「戦友」としたが、戦争の話ではない。
妻が入院している病室は、4人の相部屋である。
もちろん、女性だけである。(笑)

入院した1日には4人だったが、直ぐ隣りの方が3日に退院。
しばらく3人が続いた。
その中で、妻がいちばん歳下である。

天童市が住所なのは妻だけで、ひとかたは村山市楯岡、もうひとかたは寒河江市にお住まい。
吉岡病院は、肩のいわば名医で知られてい、近在の医院・病院から紹介されての入院である。
妻は、はからずも名医の執刀をうけたことになる。

手術をうけ、リハビリ中の入院患者が、談話室にくるのを見ると、みな同じような姿をしている。
車椅子を使用している人もいるが、左右の違いはあるものの肩を手術し、前腕を曲げて水平に、胸に固定してる患者たちの姿が、(多いなぁ、こんなにいるのだなぁ)と驚く。

妻は、手術をうけた翌日には、歩いてトイレに行った。3時間もかかった手術をうけたことがウソみたいだ。

「手術後は、3日間寝たままだった」村山市の方は、そう言って驚くが、消化器系や循環器系などの手術と違って、整形外科の場合、上半身の手術であれば、翌日歩行はそう驚くことではない。
整形外科の患者は、器質的病変ではなく、機能的不具合だから、手術で整形(矯正)した後は、手術部の負荷に配慮すれば、日常生活は短期間にできるようになるものだ。

とはいえ、闘病生活はどうしても4週間は必要だ。リハビリを加えれば、3ヶ月、半年単位になるのはやむを得ない。
器質的病変でなく、機能的不具合であっても、手術(侵襲)をうけた組織が完全に回復(再生)し、機能するにはそう簡単ではない。

似たような傷を背負った患者たちが、病院(病室)という戦場で長期間、戦うことになる。
時を同じくし、同じ病室に明け暮らす患者は、いわば「戦友」だろう。(笑)
必然的に、戦友たちには「同期の桜」的な連帯意識ができる。

いわば、同病相哀れみながら、同時に、戦友として繋がりがうまれる。
訪室時、妻の姿が見えない。「どこどこに行ってます。間もなく戻ります」同室の方が教えてくれる。
「冷蔵庫の奥に00を落としたので拾ってもらいたい」と頼まれれば、直ぐに応じてあげる。
「りんご・柿(の皮)を剥いて」と言われることもある。同室者は互いに助け合う。それが特別のことでない。

病室は、ある種の家庭内である。
されど、まったくの家庭とはちがうから、気持ちの切り替えを間違わないようにしなければならない。
一線をどこに引くか?
そのへんの呼吸が微妙である。

例えば、毎日着替えをし、洗濯物を持ち帰る。
着替えをする時は、カーテンを引き、それなりの会話をしながらやる。
はい、もちろん恥ずかしいなどの感情は捨て去ってやる。当然のこととしてやる。

なんと言おうか、病室は家庭的なところでありながら、もちろん外の目も意識せずにはいられない。
なかなか表現することが難しいが、ボダーライン的な場所である。

うう、何を書こうとしたのか......?
そうだ、下のようなコメントを読んだからだったなぁ(苦笑)

   熱い!熱い!
   なんともまあ、仲のいいご夫婦ですねえ~!!!
   同室の人がかわいそうですよ~

思っているようなことが書けない。なんだかわけのわからないものになってしまった。
少し疲れているのだろうか......
明日もあることだから、(予約投稿」にして、休むことにしよう


  1. 2014/12/11(木) 01:00:00|
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