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散歩道讃歌

立谷川沿いのサイクリングロードの雪が消え、歩けるようになった。待ちに待った雪解けである。
29日、るんるん気分で、足どりも軽く歩く。我が散歩道が戻ってきた。それが嬉しくて堪らない。
嬉しい気持ちに「おまけ」までついた。歩き出して間もなく、真っ白いシラサギの飛翔に出合う。
なんだか出来過ぎのようだが...... 事実だ。早速カメラを向ける。

雪が降ってからも、幾度かこの道にやってきた。...が、やはり歩きにくかった。それでも何度か歩いた。
安心して歩ける散歩道。季節の花々に出合える道。愛着あるマイロード!その道が再び戻った喜びを実感する。
お気に入りの散歩道があるのは、幸せ。一冬歩けなかったから、なおさら嬉しく、幸せを覚える。

こんなに良い散歩道をもっていることに大きな喜びを感じる。そう自覚することで、幸せな気分になれる。
水量豊富で、清冽な川があり、里山が幾重にも重なって、奥山へつづき、やがて奥羽山脈へ至る。
立谷川の向こう岸、里山の麓を仙山線の電車がリズミカルな音響かせながら通過する。

大空に浮かぶ雲には、季節の色が映る。秋には秋色の雲、夏には夏らしい雲になる。
風に春の風、冬の風があり、光にも同じことが言える。歩きながら、季節を感じる。
だから散歩が楽しいのだなぁ 散歩道が戻ってきたことが、だから嬉しいんだなぁ

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今朝の気温7度、曇


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  1. 2014/03/31(月) 05:20:00|
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マンサク咲く

28日、近くの里山にマンサクを撮りに行った。
残雪があったけれど、マンサクの花は咲きはじめてた。まだ3分咲きほどだったが、春到来を告げてる。
マンサクも「天童の家」の定番画像である。毎年、通過儀礼のように並ぶ花だ。

明後日からは4月。
マンサクは、やはり3月にエントリーされる花である。
月並みな写真だが、今年もまた並べよう。

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↓ にも......


  1. 2014/03/30(日) 06:37:03|
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オウレンの花


オウレンの3回め、画像を並べるだけでは能がないかなぁと、検索してみた。かなりのヒット数になり、2009年3月19日の「天童の家」も見つかり、懐かしさを覚えた。
5年前の「天童の家」がヒットするのだから、検索が想像以上の代物だなぁと唸ってしまう。(笑)

オウレン
オウレン、か細い体で積雪にも負けない春の一番手の白花

 オウレンは、山地樹林下の冷涼で湿った日陰に生える常緑のキンポウゲ科の多年草です。オウレンは、一般的に冬期降雪地域に多く、積雪により葉と花茎が保護されていると思われます。
 オウレンは雌雄異株で、早春に高さ10㎝程の花茎を出して、その先に2~3個の互生の白い花を咲かせます。花は直径が1.2㎝ほどで、花弁は5~6枚でさじ形をしています。
 オウレンの和名は、多数の黄色いひげ根を出して、伸びていくことから、黄色く連なるという意味で名付けられています。
 オウレンは薬用植物のなかでも多く栽培されていますが、種から収穫までは5~6年を要します。種子は4月~5月に採取しますが、砂に混ぜて播種期の晩秋まで土中で保存すると発芽率が良くなります。
http://www.smegumi.co.jp/ouren.html

本種、および同属の根をほとんど取り除いた根茎は黄連(オウレン)という生薬で、苦味健胃、整腸、止瀉等の作用がある。この生薬には抗菌作用、抗炎症作用等があるベルベリン(berberine)というアルカロイドが含まれている。
黄連湯、黄連解毒湯、三黄丸、三黄瀉心湯、温清飲などの漢方方剤に使われる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%A6%E3%83%AC%E3%83%B3

秋から春の開花期に掘りとりますが、一般には秋にとることが多いようです。掘りとった根茎は細根を切り取ります。これは、細根には主成分であるベルベリンがわずかしか含まれていないからです。
細根を切り取った根茎をそのまま乾燥させますが、さらに残った細根を焼いて根茎だけにしたものを生薬の黄連(おうれん)といいます。むしろなどで、こげた細根の跡を磨いて取り除いたものをとくに磨黄連(みがきおうれん)といいます。漢方で用いるものはこのように調整したものですが、根茎は節状に珠が連なったようになっており、その断面が黄色をしているところから黄連の名があります。
http://www.e-yakusou.com/yakusou/070.htm

と、まぁ オウレンは、大いに役立つ植物なのがわかる。
あらためてオウレンの花に敬意を感じた次第である。(笑)

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今朝の気温7度、小雨


  1. 2014/03/30(日) 06:13:08|
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オウレン 2


オウレンを撮ったのが27日。「天童の家」定番画像になって久しい。今年もたくさん撮った。
撮るのはいいのだが、その画像処理がたいへんだ。パソコンにかかりっきりでいるわけではない。
27日は、選定した柿の枝を片付ける仕事があった。長い枝のままでは嵩ばるし、トラックで運ぶのにもやはり短くしなければならない。
雪下ろしと同じように、剪定した後の始末がなかなか面倒で、それなりの時間がかかる。

28日は、朝食後直ぐに山形まで母の羽毛布団を買いに行く。
買い物から戻り、近くの里山へマンサクの花を撮りに行く。
撮影から戻ると、「タイヤ交換に行こう」妻の言葉に否やはない。昨年より1週間遅くなったという。

オウレンの画像処理もまだ完了しないうちに、マンサクの花を撮って、その処理もある。
ブログのネタが次から次に出てくる。27日は、「新鮮な地面」と「データを読む」の二つをエントリーする。
「データを読む」で、オウレン画像を5枚並べる。用意した画像の 1/3 だ。残り10枚は、二度に分けてアップする予定だ。
(画像処理、時間がなくて一気にできなかった)

画像処理だけでなくて、どんなふうな順序で並べるか、それも蔑ろにしたくない。組写真ほど厳密には考えないけれど、伝えたいことを伝えるにはどう並べるかにそれなりの神経をつかう。

 同じことのようでいて、順番しだいで印象が変わるから言葉はこわい。たとえば、人を評して「実直だが、仕事が遅い」と「仕事は遅いが、実直だ」ではずいぶん違う。(27日「天声人語」から)

言葉と画像では同一ではないが、似たようなところもあるから、順番に拘る気持ちがある。
画像の並べ方にもいろいろあるけれど、自分なりに納得したやり方をしたいと思っている。
オウレンは、たくさん撮ってきたが、最終的には15枚に絞り込んだ。それを3回に分けてアップする。今日のこれが2回めで、花のアップ画像を並べた。

3回分は、やはり前の2回の画像よりは、少しマシなのをチョイスしたつもりである。(笑)
毎日更新なので、なるべくはネタ切れにならないようなことも考えながらやっている。
オウレンにしろ、マンサクにしても、花物などは季節とのズレがないようにしている。
できるなら、そういう画像は、撮ったその日、せめて翌日にエントリーできたらなぁ、と思っているのだが......

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今朝の気温3度、曇


  1. 2014/03/29(土) 06:27:11|
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データを読む

データを読めば

昨年の3月29日のページを見ていたら、下のようなデータがあった。
(ミスミソウ、ザゼンソウ、2013年のは、先ほど追加)

↓年 →撮影月日  オオレン   ミスミソウ    ザゼンソウ 
2009年      3月18日    3月30日      4月 1日 
2010年      3月26日    4月 3日      4月 1日 
2011年      3月29日    4月14日      4月13日 
2012年      3月29日     4月12日      4月 8日 
2013年      3月22日     4月 4日      4月 5日

2014年の開花は、どのようになるのかなぁ
過去5年間で、いちばん早く撮れたオウレンは、3月18日である。きっと雪の少ない年だったかも......
今年は、まだ残雪があるようだから、早くても来週でなければムリだろう。4年前と同じ3月末あたりか。
ミスミソウ(ユキワリソウ)は、4月中旬あたりかなぁ

ザゼンソウは、ミスミソウとだいたい似て、そのあたりに見頃になるとすれば、4月中旬となる。
山形野草園は、4月1日開園だが、その頃ではまだ尚早だろう。中旬まで待ったほうが確かみたいだ。
データでも分かるように、山野草の開花は、毎年不揃いだ。それはしかたない。残雪や天候次第で違ってくる。
裏庭の池の傍らにあるネコヤナギも、その開花は年毎にちがってズレる。
早晩、咲くことはまちがいないのだが、その時季はまちまちである。しかし、ネコヤナギは毎日見て確かめられるから、丁度良い時にカメラを向けられる。
その点、オウレン・ミスミソウ・ザゼンソウ等は、出かけて行かなければどうしようもない。だから、データを睨みながら、その日を割り出し、出かけることになる。

へへ、それでも読み違って、無駄足になることがあるのだから、頭を掻いてしまうしかない。(笑)
まぁ、それも愛嬌というものだろう。今年の春も、また楽しみにしている次第である。

*
27日、オウレンが咲いたはずだといつもの所へ行った。
うふ、ぴったしかんかんだった。オウレンが今年の春を謳ってた。嬉しいなぁ

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↓ にも......


  1. 2014/03/28(金) 07:35:25|
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新鮮な地面

4月ぶりの土

昨日の午後から小雨が降っている。春の雨。
「芽出しの雨」には少し早い気がする。気温がぐ~んと上がって、雪解けが一気に進んでる。
っふふ、誰かが残雪を盗んでったように消えている。驚くほど早い解け方に、手を打ちたくなるような気分。

27日の朝、寝起きにカーテンを開け、黒い土がなぜかとても新鮮に見える。
4ヶ月ぶりに見る土。長かった(冬がとうとう終わったなぁ)と嬉しくなる。
土を見て感動を覚える。へへ、雪国に暮らすものだけの感慨ではないだろうか?

いかにも新鮮な赤い芽が、淡い緑の芽たちが、揃って出てきてる。あぁ、やはり芽出しの雨なのだなぁ
芍薬、水仙、牡丹などの若芽。蕗の薹もそちこちに出てる。我が家のはまだだが、フクジュソウも咲きだした。
屋根から落ちた大量の雪は、まだ見えるけれど、そうした残雪以外は消えて、一面 土が見えるようになった。

冷静に考えれば、どうってない黒い土が感動的に見えるなど、おかしいことかもしれない。
しかし、久しく見えなかった地面には、まちがいなくこころが動かされ、カメラを向けてしまう。
こんなことがあってもわるいことではないだろう。
よくよく考えてみれば、これまで地面を見て、感動することなどなかった気がする。
これはいったいどういうことだろう?

老いたからなのか? でも、老いるとなぜ土などに感動するのか? 分からない。
ある方のHPで、私は次ようなコメントを書いた。
   雪国では、冬は特別の季節ですね
   暮らしぶりが、春夏秋とは違ってくる
   さようなら冬
   なんだか一抹の寂しさを覚えます(笑)

厳しく、辛い冬を無事越したことが、そういう思いを抱かせるだろうか
だとすれば、老いのせいではないなぁ(笑)
でも、若い人には、黒い土を見て感動するなど、ないような気がする。
やっぱり、老いてきた証拠なのかなぁ

裏の池、表の池を撮った。自分の感動を、感動として表現したかったのだが、っふふ、問屋はなかなかそう簡単には卸してくれないものだなぁ

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今朝の気温3度、もやっとしてるが晴れるはず


  1. 2014/03/28(金) 06:05:48|
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ネコヤナギ

次は、鳥羽省三さんの「臆病なビーズ刺繍」2014年03月18日 | 今週の朝日歌壇からの転載
 http://blog.goo.ne.jp/rainbow506/e/aea96d4bdbfb69bf9441cc9f4a2f11d2

(豊田市・矢野妙子)
  店で買う猫やなぎ五束とりあえずバケツの中に春を呼び込む

 「とりあえず」は「(水を張った)バケツの中」に入れて置いて、家の中に「春を呼び込む」という寸法ではありましょうが、通常、花材としての「猫やなぎ」には水揚げが不要とのことでありますから、お生憎様である。
 〔返〕  川土手で震えて佇てるネコヤナギ駈ける娘は光の中に

〔返〕は、鳥羽さんの歌
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次は、お馴染みbenibanaさんから、「焚き火の香」(25日)へのコメントである。
 こんのさん!
 俳句、どうやったら、こんなにきれいに言葉を手繰ることができるのでしょう?
 不思議です。
 こんのさんは、俳句は詠まれないのですか?
2014/03/25(火) 15:48:30 benibana

コメントにどんなレスポンスするか迷う。書けば、長くなるような気がするからである。
俳句、短歌を読むのが大好きである。そこで、自分も俳句や短歌をつくってみようと試みたことが何度かある。字数や季語などの約束事をどうにかクリアーし、形だけはどうにか句や歌になるのだが...... 

   秋深し白鷺一羽なに思う
   雪深い山の羚羊春を待つ
へへ、季語もあり、字数も揃って、俳句のかたちだが、俳句になっていないことは 誰の目にも明らかである。
いい句をつくろうと、俳句頭になるのだが、どうしても俳句にならない。短歌の方が字数が多いからとやってみたが、短い説明文にしかならなかった。

ネコヤナギを詠んだ句


   山川のここ瀬をはやみ猫柳   古屋敷 香津
   猫柳瀬音の変はるところにも  志水 千代子

   猫柳にはほほけんとする心   稲 畑 汀 子
   活けられて光の失せし猫柳   稲 畑 汀 子

猫柳ほほけ操の乱るる世 園 多 佳 女
猫柳バケツの中でほうけをり 竹 内 紫 翠


こういうちゃんとした俳句を読めば、っふふ、もう自分でもやってみようとする気が萎んでしまう。
はい、読む方を専らにするのがなんとも気楽で楽しいのである。(笑)

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今朝の気温9度、小雨


  1. 2014/03/27(木) 06:36:29|
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剪定作業


24日は晴れたので、剪定を再開した。
残ってた梅からはじめる。昨年はなりすぎで実が小さかったので、思い切ったカットを心がける。
さくらんぼは、花が咲いても全部は結実しない。途中で落果し、大きく実るのは1割~2割くらい。
その点、梅は咲いた花の殆どが結実する。

梅を終わし、次は柿。甘柿は済ましてるので、渋柿の方をやる。
大木だから、脚立ではなく梯子を使う。面倒だがしかたない。大木になれば、樹形もできて、剪定も楽になるのだが、その柿の木は、なぜか勢力があって徒長枝が多数萌え出る。
面倒感があって、放っておいたら(やっぱりダメだなぁ)ということになってしまった。枝が混み過ぎてる。

「桜伐るバカ、梅きらぬバカ」
「桜折るバカ、柿折らぬバカ」
どちらもよく言われる諺である。

桜は枝を折ると次第に弱って枯れることが多いが、柿は実とともに折ると翌年新たに枝がしげって、さらに多くの実をつける、と言われる。
桜のことはよく分からないが、柿の花は、古い枝には咲かない。新しい枝に咲いた花が受粉し、美味しい実に育ってく。
柿の実も、ある程度落果する。梅や李は、枝が裂けるほど実をつける。さくらんぼや柿など、実付きをコントロールする樹木と、そうでないのとがあるから面白い。

柿は思いきった剪定が必要なのである。
とは言っても、伐り過ぎれば、樹勢が弱り、花数も少なくなる。適宜さが、なかなか難しい。(笑)
二階の窓よりも高く伸びた柿の木の剪定は、1日では終わらない。
「明日、やりましょ」妻の言葉に従う。

25日、柿の木の剪定を続ける。枝を伸ばし、隣家の空まで侵入してる。迷惑をかけてはいないと思うのだが、 「伐って!」妻の指示に従い、思い切りってノコギリを入れる。
「それでいい」妻のOKが出る。今年は、たくさんの花が咲くだろうか...... 楽しみの一つである。

畑の残雪は、だいぶ少なくなった。
散歩道の雪も少なくなってるが、まだ歩けない。イヤ、歩けるが、歩きづらい。
24日、散歩道で撮った風景を並べる。

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今朝の気温9度、雲多いが青空も


  1. 2014/03/26(水) 06:32:06|
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焚き火の香



以下、時田さんの「我貌徒然」からの転載である。
http://tgenna.exblog.jp/

  朝日俳壇 入選

   森に居て誰知らず焚く春の香り    幻椏

 朝日俳壇に、今年初の入選をさせて頂いた。前回からほぼ4カ月振りの入選である。勿論この間、毎週4句の投句を続けて来た。唯一外に繋がる場が、朝日俳壇である。基本的に、俳句を判らぬままに詠み、選ばれる事で学んで来た私には、長い時間だった。
 俳句は片言、投句を終えると選者に託される。金子兜太選、2席、句評は、「春来る森にかおる焚き火の香。かすかな慕情。」 とあった。成る程と、思う。有難い限りの句評である。私のイメージは、春と言う御香を焚く春の香り なのだが、意図を超えてのイメージ、自由にに捉えてくれる事は有難い。俳句の難しさと 面白さである。

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自分では俳句が詠めない。だが、読むのが大好きだ。
畏友 時田さんとは俳句でお知り合いになった。HPで、メールで、電話で、句誌(2冊)で、社誌等で、ご厚誼をいただいている。
昨日の朝、新聞で2席入選を知り、自分のことのように嬉しかった。

他に、次の句もマークした。

   福島はフクシマのまま春四度    金沢市・前 九疑

   ユメカサゴ漁られて海に返されてもうこの国に近づくなかれ   福島市・美原凍子

   この店の天井までも水の来しと聞きつつ食みぬこの海のすし  武蔵野市・山口京子

   胴体に押されしぶしぶ穴を蛇放射能満つ荒野へ出づる     いわき市・馬目弘平

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今朝の気温10度、晴


  1. 2014/03/25(火) 06:58:39|
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消費税対応

駆け込み需要

間もなく4月、消費税が8%になる。ショッピングセンターなどではトイレットペーパーやテイッシュなどを大量に買い込む姿も見かける。
あれを見ると、どうしても3.11を思い出す。あの時はショッピングセンターに長蛇の列ができ、陳列棚ががら空きになったっけ......
次は、過去の 駆け込み需要をみてみたものである。

 消費税増税前、駆け込み需要、買いだめ商品、買うものは何?
http://consumption-tax.biz/entry10.html

2014年4月から、現行5%の消費税が8%に増税されるのに伴い、消費税増税前の駆け込み需要、買いだめ商品、買うものについて調べてみました。

1997年の消費税増税3%から5%の時は、(消費税増税前の半年間で)

1位:自動車 :2.4ヶ月分
2位:照明器具:2.3ヶ月分
3位:冷蔵庫 :1.5ヶ月分

4位:机・椅子:1.5ヶ月分
5位:腕時計 :1.5ヶ月分
6位:洗濯機 :1ヶ月分

7位:エアコン:0.8ヶ月分
8位:テレビ :0.4ヶ月分

食料品・日用品・衣料品などは意外に少なかったようです。

今回の消費税増税前の駆け込み需要は、1人当たり平均2万円前後になると予想されています。
駆け込み需要で、消費税増税前の3月頃には、食料品や日用品がたくさん売れそうですね。

2014年1月時点での駆け込み需要
・自動車の販売台数の伸び率は1997年の消費税増税よりも大きい
・住宅は前回と同じくらいの伸び率
・家電に関しては駆け込み需要は緩やか

家電の駆け込み需要が、それほどないのは、過去のエコポイント制度時の購入や、地上デジタル放送への移行時のテレビの買い替えが終わっていることが考えられます。
                               平成26年2月7日:記事

「家では、なにか買わなきゃならないものある?」妻に問う。
「なにもない。買溜めしてもしようないもの」妻は、けっこう倹約家なのだが、見てると、買い込むようすがない。
(そうだなぁ)と思う気持ちと、(また暮らしにくくなるのかぁ)との懸念が少しある。
つつましく暮らしていくことでしのぐしかないだろう。


今朝の気温0度、晴

  1. 2014/03/24(月) 06:46:55|
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酒のすがた


昨年の忘年会では、熊鍋を食べた。
熊鍋をつくってくれた亭主のTさんから、再び「どぶろくを飲もう」との誘いを受ける。
21日、お寺で、彼岸の勤行を済ました後、Tさん家へ、どぶろくをご馳走になりに行く。

20日の午後から、春の名残り雪が降ってる。21日も雪の彼岸になった。
どぶろくを呑むには、もってこいの日和だ。(笑)
昔、近くに、どぶろく造りが盛んな地区があった。密造酒であるどぶろくは、発酵し、その匂いは、密造者摘発のポイントとされた。
どぶろく造りの人たちは、摘発ネックの対抗策として豚を飼育した。どぶろくの匂いを、豚の臭いで覆い隠したという。

どぶろくは、発酵すると、そのさまが目で見え、その音が耳で聞ける。瓶の蓋をとると、ぶつぷつ、ぶつぷつとなにか言ってるような音をたて、噴火口でも見ているような、なんか不思議なエネルギーを感じる。
とにかく、大好きな酒(アルコール)のふるさとを感じられるのが、なんとも嬉しい。
と、まぁ、書きたいことはいっぱいあるのだが、差し障りがあってはいけないので、このへんで止める。

とにかく、美味しく、楽しい、懇親会の場であった。

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今朝の気温3度、曇


  1. 2014/03/23(日) 06:29:41|
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紅葉マーク

二つの自分

椅子を離れて腰をのばし
両手を天井に向かってつきだす
背伸びしながら74の歳を思う
いまさらながら高齢を覚える

はじめて老いを感じたのはボールを投げた時
かなりの速球がなげられたはずなのに
ボール軌跡に力なく飛距離は半分以下だった

次に老いを否応なくつきつけられたのは
50メートル走だった
気持ちは疾走ってるのだが
足が伴わずよろよろとよろける

気持ちと身体が乖離してる
老いとはそういうかたちでやってくる
身体が気持ちを裏切る
無惨な自分を認めるしかない

いつ頃からか
身体に気持ちがついてくようになった
背伸びしながら老いを如実に覚える
この感覚はまさに老い

あと9ヶ月で後期高齢者の仲間入り
自分ではどう思っていようと
まちがいなく年寄りだ
もう老齢を否定する気持ちもない

車に紅葉マークをつけて走る
自分とは無関係と思っていた紅葉マーク
それが目前にぶらさがってる

両手を天井に突き出しながら
身体で74の年齢を感じてる
そんな自分をじーっと見てるもう一人の自分

なにをそんなに憐れむこともないだろう
ここまでこれたことで満足すべきじゃないか
悲哀の感情などなんのたしにもならない

背伸びしながら会話する二つの自分

*
今朝の気温0度、晴


  1. 2014/03/22(土) 06:13:12|
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お彼岸の雪

20日の午後、雨が霙にかわった。
霙は、やがて雪になった。
21日、朝カーテンを開けると、外が白くなってる。積雪 数センチ......

彼岸の降雪は、珍しいことではない。
春分の日、祝日を小旅行で楽しみ、その帰途、月山道が雪で通れないことがあった。また関山峠を越えるに難儀したことも思い出す。
この頃の雪、花咲く紅梅に、雪が降り積もった写真、また水仙が雪に埋まった画像なども撮っている。

今日の雪、なにを撮ろうか
いまさら雪でもないのだが、椿の花とのコラボならどうだろう
というわけで、椿にカメラを向ける。

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↓ にも......


  1. 2014/03/21(金) 09:35:20|
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彼岸におもう

「暑さ寒さも彼岸まで」と云われるが(よくいったものだなぁ)と嬉しくなる。
彼岸は春秋二回あって、春分の日と秋分の日を中日とした前後の七日間をいう。
でも、もとは、この期間に行われる彼岸会のことを云ったようだが、今ではこの期間をさすようになってる。
俳句の世界では、彼岸といえば春の彼岸を謂い、秋のそれは「秋彼岸」または、「秋の彼岸」と区別してるようだ。

春分と秋分の日は、昼夜の長さがほぼ等しく、気候の変わり目でもある。
厳しかった冬の寒さも、春の彼岸ころになれば、めっきりうすらいで暖かい日が多くなる。南国からは春を告げる山野草の花だよりがこころを和める。
夏の猛暑、初秋の残暑も、秋の彼岸ころになれば、衰えて涼しい日が多くなる。彼岸花が日本国中、一斉に咲き揃う。

  お墓参りは済まされましたか?
  私は、23日南三陸町の父母のお墓参りに行って来ます。(benibanaさん)

上の問いかけに、どう返事したらよいか少し戸惑う。「天童の家」あたりでは、彼岸に墓参することはない。
その代わりというか、彼岸の中日にはお寺へ行き、勤行を行う。檀徒が一堂に会し、講話を聴き、その後にお経をあげる(正信偈)。
講話は、説教と違って、さまざまな人が語る。今年は、内科医師による音楽講話「健康と音楽」となってる。

どのようなかたちになるにしても、彼岸とは「心静かに忘れることのない大切な人を想う。」(benibanaさん)時と場なのである。
20日、妻と二人で、私の実家へ行き、仏壇に向かって合掌した。これは毎年欠かすことはない。
いつもは日常のせわしない暮らしにかまけて、忘れてはならない人のことも忘れかけてる。でも、仏前に額ずけば、現在の自分が存在することのルーツを思い出し、たいせつな人を畏敬の念で偲ぶ。

彼岸が過ぎれば、もう春だ!
冬至には、日が伸びてくという喜びがある。春分の日には、冬至とはまた違う嬉しさがわく。まだ、薄ら寒い日があるかもしれないけれど、もう気にすることはない。
今年の春は、どのような春になるのだろう。枝垂れ桜を観るため、角館行きを予定している。

毎年繰り返される春かもしれないが、同じ春は決して二度とない。年毎に、春への想いがちがう。そのことを、この頃とみに強く感じるのはなぜ......
角館の枝垂れ桜は観たことがある。だが、妻はまだ観たことがない。二人で観る桜は、どんなふうなだろう。
なんだか子どもみたいにそのことを楽しみにしている。

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今朝の気温1度、曇  昨夕からの積雪 数センチ


  1. 2014/03/21(金) 05:20:00|
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新しい街が

田圃の真ん中に街ができた。そんな印象が強い。
21日のオープン前に、イオンモール天童からの案内があって、18日に行った。
イオン大型店舗は、山形にもあるが、天童のそれは規模が違って、それまで田圃だった所に整然とした新しい大きな街ができたような気がする。

食料品や日常生活用品を中心にしたイオン店舗に、約130店舗で構成するモール棟専門店が並んでる。(これはもう一つの立派な街並みだなぁ)と思う。
中でも、県内最大級の席数を誇る「イオンシネマ」、18日から10日間、無料で鑑賞できるというので早速入って観た。なんだかかなり得した気分。(笑)
地域最大級約850㎡で出店してる「未来屋書店」も、なかなか充実してて嬉しい。

これまで地元の商店街としてやってきた人たちは、「厳しくなるなぁ」と吐息。
「豊富な品物が揃うし、安く手に入るから嬉しい!」消費者には歓迎のことば。
個人営業の小売店が次々に姿を消してく。(はたして、これでいいのだろうか?)

いつか、いつの日か、天に唾するようなことになりはしないのか?
それは杞憂だ!と、誰かがいうけれど...... なんとなくひっかかる。
大資本が、いつか哄笑するような事態にならなければいいのだが......

それは措いて...... 今を言えば、やはり凄さを感じる。
長い時間をかけて出来上がってきた街の姿。これまではそうだった。
しかし、イオンモール天童は、短期間に、あっと思う間に一つの街が出来上がった。
まだ未完の姿だが、いずれ天童市になくてはならない街になるのだろう。

以下は、イオンHPからの写しである。
 ・従業員数: ショッピングモール全体約2,000名(イオン天童店約400名)
 ・基本商圏: 車30分圏約11万世帯約34万人
 ・被災時の復興拠点としての機能確保
 震災時の緊急対応を想定し、「お客さまの安全・安心」のためのセキュリティシステムの電源や給水電源は勿論のこと、防災設備、セキュリティシステム、防災センターやイオンモール事務室などの主要な管理諸室、またイオンの食品売場などに、非常用発電機による電源供給を最優先で確保し、地域の復興拠点のひとつとして機能維持に努めます。
 断水・停電状態であっても、受水槽内(約200立方メートル)の水を飲料用に利用することができるよう、受水槽に仮設給水口を設置しています。
 また、敷地の西側には仮設トイレの排水口も設置しています。

ということで、地方都市の姿も変わってく。その変わりようの早さに驚き、戸惑いを覚えることも多い。
この変わりように、どう対応していけばいいのか? そうびくびくすることもない。驚嘆し、怯えることなどなにもない。
18日には、オープン記念映画「映画館落語 かもめ亭」を楽しんだ。19日には、「あらしのよるに」を観た。
さまざまなイベントを楽しめるのが嬉しい。

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今朝の気温3度、曇


  1. 2014/03/20(木) 05:20:00|
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太陽光発電


14日のこと、隣家で屋根の雪下ろしをやっている。
(ん?! どうしたのかなぁ)と思う。これからは、放っておいても消えてくばかりで、わざわざ雪下ろしをやることもないのになぁ
屋根の雪下ろしにカメラを向ける。今年はまだ一度も撮っていなかったし、間近でみるそれが被写体として面白く感じた。

15日、書斎の窓から、またまた動くものが見える。屋根の上で、なにか工事をはじめてるようす。
カーテンを開けてみると、昨日(14日)雪下ろしをやってた人たちだ。
(そうか、工事をするための雪下ろしだったのかぁ)

昼近くになって、ようやくなにをやっているのかが明らかになった。
太陽光発電の設置工事だった。
支持金具が取り付けられ、発電パネルが次々に整然と並んでく。

「天童の家」の向こう三軒両隣(6軒)のうち、これまで屋根に太陽光発電があるのは1軒だった。
太陽光発電、見た目には、ずいぶんと重く、大掛かりな代物だと考えてた。
...が、はじめから取り付け作業を観察していると、イメージとは違って、意外に簡単というか、そんなに大事業とは見えない。
職人さんたちは、軽快に、次々にパネルを運んで取り付けてく。あっけないくらいな感じで出来上がってく。

これで、向こう三軒両隣中、太陽光発電を持つのは2軒になった。
みちのく雪国では、(如何なものか?)と思っていたが、こうやって次々に増えていくのだろうか?
原発に頼らない、再生可能エネルギーを目指すなら、やはりこうしたかたちでやるべきことなのか?

この規模で、いったいどのくらいの発電量になるのか。また設置経費はどのくらいかかるのか。
機会があったら、詳しく聞いてみたい気がする。
文明とか、時代とかが、こうやって進んでいくのだろう。そんなことを考えさせられた隣家の工事だった。

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今朝の気温6度、曇


  1. 2014/03/19(水) 06:30:42|
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サクラサク

吉報を待つ

17日、朝から晴れた。早めに起床し、パソコンのルチンワークを済ませ、新聞を広げる。月曜日は短歌と俳句が載る。それに目を通す。
ニュースならネットで読んだ。横田夫妻の孫さんとの面会、胸キューンだ。めぐみさんの娘さんが、26歳にもなっていることに驚く。めぐみさんは13歳で拉致されたのだ。

朝食を済ますと、さくらんぼの剪定をする。畑はまだ残雪があり、雪をふみながらの作業。それでも光はもう春のものだ。
何日かかったろう、さくらんぼの剪定を完了する。
昼食前に、メールをチェックする。......が、娘からのがまだ届いていない。

「発表は、午後4時だって」妻が、息子に確かめたという。(そうだったのか)
公立高校入試の合格発表、17日と聞いていたが、時刻までは知らなかったのだ。
いちばん下の孫、志望校に合格したかどうか、気掛かりな一日だ。午後4時にはまだ間があるなぁ

昼食後、ホームセンターへ。ネコ車(一輪車)のタイヤが空気漏れする。きっとバルブが劣化し、機能しなくなったのだろうから、そのメンテナスを想定して行く。
自転車も同じような状態なので、一緒にトラックへ積む。
ネコ車は、係員から「パンク修理より新品の方が安いです」と言われ、新品タイヤを買う。815円で買えることに驚く。

「この自転車のバルブは、自動車・バイクのと同じです」ということで、バルブコアs4本311円を買う。
ついでにグリップを交換してもらう。

さらにもう一つの買い物をする。庭の敷石が、何枚か割れてる。雪が完全に消えたら、交換する予定だ。
消費税がアップする前に、買うことにした。
ネコ車、自転車、敷石(踏み石)をトラックに積み、家路へつく。これで春を迎える準備ができた。

午後4時15分、娘から電話が入る。
「敬、合格した」
「おぉ、よかった! おめでとう」電話を妻に渡す。

孫の受験、ずーっと気掛かりだった。
ふ~む、これでいい春が迎えられる。
ありがたいことである。

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今朝の気温0度、曇


  1. 2014/03/18(火) 05:53:24|
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祝 賀 会

15日は、午前中に さくらんぼの剪定をする。まだ1/3 ほど残ってる。
午後もしなければ、と思っていたが、「疲れるから、午後は休みにしましょ」
「Nさんが 滝の湯に乗せてってくれるって... 遅れるとわるいからゆっくりしましょ」妻の言葉にしたがう。
Nさんは、私の後任で、民生委員会の代表をしている。午後5時から滝の湯(天童温泉)での祝賀会に乗せてってくれるという。ありがたいことである。

干布公民館の活動が、全国優良公民館として表彰され、その受賞祝賀会である。
公的な仕事から離れ、無役なって久しい。いまさら祝賀会でもないだろうと思うのだが、せっかく誘ってくれたのを無碍に断るのも大人気ないと出席することにした。

あらためてふり返れば、公民館との関わりは、意義のあることだったと懐かしくも思う。
干布公民館が全国優良公民館の表彰を受けたのは、これまでやってきた活動、具体的には、東京・四谷小学校との交歓合宿、モンテディオ応援隊の設立、神輿会の活動、ひまわり迷路作成、自主防災会活動などなど、実に多様な活動を行ってきた。
干布公民館が力を入れて取り組んできた「地域づくり委員会」活動が認められたということである。その活動の一端を実践してきた者として、やはり嬉しい。

祝賀会は、賑やかで、嬉しい場になった。このような会に出るのは、もうこれで最後という思いもあるだけに、これまで関わってきた人々と話し合い、そこにドラマをみるような感動さえ覚えたのだった。
勤めている時は、地域との関わりはうすかった。それではならないと定年退職後は努めて地域との接点をたいせつにきた。
勤めの場は、機能体組織。毎日の暮らしの場は、共同体組織。どちらもだいじな場だが、共同体の場は、なんといっても居心地いい場所でなければならない。

損得を度外視したこともしなければならない。そんなこころをたいせつにする絆づくり、そういう活動が認められての表彰。
自分たちの住む所に誇りの持てる街づくりに、少しでも役立てたことを嬉しく思う。話が弾み、飲む酒が旨かった。

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↑ 干布公民館長

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↑ 天童市長

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↑ 天童市選出の県会議員

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↑ 地元干布の市会議員(前議長)

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↑ 地元の神輿会メンバー(民生委員でもある)

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干布小学校の校歌を歌う出席者


今朝の気温-1度、晴


  1. 2014/03/17(月) 05:20:00|
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ワケギ&アサツキ


次は、14日の「あさつき」へ、阿蘇望亭さんのコメントとそれへのレスポンスである。

  アサツキ
 雪の下でたっぷり栄養を蓄えたようなアサツキ
 雪国ならではの野菜・・おいしそうですね。
 根っこの部分がちょっと膨らんでいるようですが、こちらで薬味に用いるワケギやヒトモジなどとはまた異なるようですね。
 いずれにしても、酒の肴にはよさそう!!!
                2014/03/14(金) 阿蘇望亭
 春を味わう
 阿蘇望亭さん コメントありがとうございます
 似たようなのに、ワケギやヒトモジなどがあるのですね
 あとで検索したいと思います(笑)
 こういうのが楽しみ!です
                2014/03/15(土) こんの

以下は、検索でヒットしたものの転載である。

ワケギとアサツキの違いについて教えてください。
http://ubonakat.blog71.fc2.com/blog-entry-21.html

ベストアンサーに選ばれた回答
分類については後にして、まず昨年アサツキを育てた実感から(いつもはワケギだけです)

球根・・・・・・・形は似ているがアサツキの方が小さく揃っている(ワケギは大小さまざまになる)
成育時期・・・・・まったく同じ
葉の形・・・・・・アサツキの方が細いので長く伸ばせない
食味・・・・・・・ワケギはツルリとしているが、アサツキは縦に溝がある(断面がギザギザ)

球根が販売されていたので「アサツキ!珍しい!」と植えてみましたが、ジャリジャリ感のある舌触りが不人気でした。

さて分類についてですが

ワケギ(分葱)・・・タマネギとネギの雑種でネギの一種(超小型のタマネギの方がピッタリと思いますが)
アサツキ(浅葱)・・日本古来のエゾネギの変種でイトネギとも呼ばれる細いネギ、エゾネギは花が咲さくそうですがアサツキは花が咲かずに枯れました、変種と言っても性質は大きく変わったようです。

良く似たものですが、アサツキは細いところが特徴で、指でつまんで回したらジャリジャリと音がしそうなぐらい凸凹しています。

さて原種となっているエゾネギはチャイブと同じものとなっていますが、西アジア原産のものがエゾネギで、スイス原産のものがチャイブだと思います(でもどちらも全く同じ性質です)

なお関東では細いネギをアサツキと呼んでいますが、九州南部では細いネギは全てヒトモジと呼ばれるようです(本来はワケギのこと)
また細いネギ全てを九条と呼ぶところもあります。
使われ方が同じですから「呼び名」とはそんなものでしょう。

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ヒトモジは熊本独特のネーミングみたいで「わけぎ」に似たネギの一種だけど、やはりヒトモジ独特の形と味があると思う。
熱湯に塩を入れさっと茹でて冷水に入れ根気強くグルグルに巻いて酢みそをかけて食べる。
http://ku-ri.blog.ocn.ne.jp/kumamoto/2008/12/post_5944.html

ワケギとも言いますが、熊本ではヒトモジと言ってます。(福岡では言わないのかな??)
熊本には「ヒトモジのぐるぐる」という郷土料理があります。
ヒトモジを球根ごと茹でてぐるぐる巻いたもの(巻き方にコツあり!)に、酢味噌をかけて食べます。
http://blog.goo.ne.jp/asisu08/e/f1c172890b2dc5d82f9ba79ff9fc1177

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検索でいろいろな記事にであう。楽しいことである。時間が経つのを忘れてしまう。
書斎へ来た妻が問う。
「パパ、今日の予定は......?」
「5時から、ほら、あれへ行く」
「パパ、あれとか、それとかでなくて、ね ちゃんと言わなければ......」

「う~ん、分かった。滝の湯(天童温泉)の祝賀会、5時からだから、遅れないように行かなきゃ」
「じゃぁ、今日も剪定する?」
「あぁ、天気もいいし、やろう」
というわけで、今日もさくらんぼの剪定作業である。

梅や柿の木もやらなければならない。花の咲く前にやる消毒作業もある。春は、忙しさも一緒にやってくる。

*
今朝の気温2度、曇


  1. 2014/03/16(日) 06:45:40|
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ある救済策

「アサツキ掘ってくる」妻に言う。
「どこから?」妻が、妙なことを聞く。アサツキは、昨秋、妻と二人でカボチャ収穫のあとに植えた。
アサツキは、一冬を雪の下で成長し、早春に食べられる越冬野菜である。
そろそろ食べ頃かと、13日の朝に妻に、アサツキ収穫を告げたのだった。

なのに、その事実がまるでなかったかのように「どこから掘ってくるのだ」という。
「アサツキ、植えたこと、ママ忘れたの?」と問う。
「覚えてない」と、さらりと言う。
(まさか... 本当のことだろうか...)俄には信じられない。これにはなにかわけありなのではないか。

話が、とぶ。
2・3日前のこと、散歩から戻ると、妻が寄ってきて、「パパ、ヒーターがついたままだった」と言う。その日書斎を最後に出たのは私である。私は、ヒーターを止めないで散歩に出かけたことになる。
自分では、ヒーターを止めた、止めないの意識(記憶)がぜんぜんない。妻が、ウソを言うわけがない。やはりヒーターをつけっぱなしで外出したのだ。
2時間あまり、書斎は無人のままヒーターが燃焼してた。ずいぶんとムダなことをしたものだ。
問題は、ムダとかそういうことではない。
火気管理ができていなかったこと、停止ボタンを押したかどうかの記憶が全然なかったこと、それが問題!

似たようなことが、他にもある。
一つは、フローリングという言葉が思い出せなくて困惑した。フローリングは、一般的には床材に用いる合板であるが、時にはテーブルやめん棒(のし棒)などにも使われることがある。
妻とラーメンを食べに入った店のテーブルが、合板仕上げになってて、それを話題にしてる時、フローリングの言葉が思い出せなかった。妻はそのことを知っている。

二つは、人の名前が浮かんでこなくて、「ほら、あのお店の隣の...」とか、「私の前に民生員代表だった...」とか、妻との会話で「あれ」とか「ほら」という言葉を発し続けたことが、最近重なった。

「ママ、認知症はね、人の名前がわからなくなるんだ。ヒーターの消し忘れも、その一つかまなぁ......」
「誰にだって、もの忘れがある。一時的に思い出せないことは誰でもあること。心配し過ぎよ」妻が慰める。

アサツキの話に戻る。
妻は、実際は、どこに植えたのかを承知していながらも、わざと「覚えていない」と言ったのかも知れない。
「私にも、植えたこと忘れてしまった。思い出せない」というメッセージを伝えることで、夫の困惑を除こうとしたのではないか?
どうも、そんな気がする。深読み、考え過ぎではないのかと云われるかも知れないが、ふ~む、そんな気がしてならない。

畑に植え残したアサツキを、その後、どう処理したのかは、ちゃんと言える(覚えてる)のを踏まえれば、私の推察はほぼ間違いないと考えられる。

果たして、真相は、どうなのか? 知りたい、とも思う。けれど、もうこれ以上詮索することはしない。
妻の気持ちを、(ありがたいなぁ)と思うだけである。


今朝の気温0度、晴


  1. 2014/03/15(土) 05:20:00|
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あさつき


あさつきは、雪の中から収穫する。
あさつきについては、昨年12月23日に、「雪菜&あさつき」の見出しでアップし、次のように書いた。

 もう一方の「あさつき」は、「天童の家」でもこの秋に移植(定植)したので、早春には雪の中から掘り起こして茹で、酢味噌和えが美味しい。
 また生のまま味噌をつけ、酒の肴によくあう逸品。

ということで、(そろそろ食べ頃かなぁ)と畑に行く。
嵩高く積もった雪で、歩き難かった作場道(さくばみち・農道)も除雪車が入って、歩けるようになった。
秋に植えたあさつき、果たしてどのくらい大きくなったろうとシャベルを入れる。ふ~む、まだ意想外な積雪の多さに驚く。数十センチはゆうにある。

あさつきは、やはりまだそう大きくなってはいなかった。
......が、久しぶりで見る黒い土、雪の下でもすこしずつ育ってるあさつきを目にし、感動がじわりとわいてくる。
(もう少し、このままようすをみるか......)
あさつきの大きさを妻に見せるために、数本を持ち帰る。

あさつきの酢味噌和えは、食べられなかったけれど、まぁ、それはしかたない。
黒い土、あさつきの新鮮な色(淡い緑と黄色)は、たしかな感動だった。それを得ただけでもうれしい。

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今朝の気温4度、曇


  1. 2014/03/14(金) 06:05:35|
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名残り雪

 
11日の朝は、雪ベラで雪掻きをした。水分を含んだ重い雪で、スノーダンプが使いづらい。
雪掻きするほどの積雪ではないと思っていたが、除雪車が雪を置いていったので片付ける。そのついでに雪掻きをさーっとやった。
「除雪車が雪を置いていった」という表現に、首を傾げる方もおられるかもしれない。説明を要することだ。

除雪車には、雪を飛ばす方式と、雪を路肩に寄せてくやり方の二つがある。後者は、道路の雪を、斜めにしたグレーダーで道路脇に押しやって、車が通行できる幅を確保する。
それだと、押し集められた雪が各家庭へ通じる道の入口に壁を作って通行の障害になる。

家の方からみれば、除雪車が道路に降り積もった雪を自分家の入口に置いていったことになる。
公道を確保するためだから、文句もいわずに黙々と雪片付けをすることになる。それはしかたないことだ。

12日も降雪したが、除雪車はこない。除雪車が稼働するほどの積雪ではない。雪掻きもしない。放っておいても早晩、消える雪だ。
春の淡雪。牡丹雪。冬の雪とはちがう。何倍もある牡丹雪が、まるで数えられるようなかたちで降ってくる。(あぁ、春の雪だなぁ)と思う。
いまさら、雪降り(雪景色)でもないだろうと、思ったが、気が変わってカメラを向ける。春の名残り雪も捨てたものじゃない。

......が、思いが、また変わる。雪は、どう言おうと冬のものだ。被災者のみなさん方には、気持ちの重くなる雪だろう。
同じ雪でも、それぞれの立ち位置によって、感じ方もちがってくるはずだ。ふ~む、雪はもういらない!

この冬最後の雪。撮って終わりにしよう、とカメラを向ける。ブログ更新のネタにもなる、(笑)と思ったりする。
この冬も、雪で、ずいぶんと楽しませてもらった。(楽しんだなぁ)
そういう意味では、ありがたい雪だった。ふ~む、感謝の気持ちもわいてくる。うん、ありがたいことだ。


ここまで書いて、先ほどまで読んでた本「脳内麻薬」人間を支配する快楽物質ドパーミンの正体 中野信子著の影響があるなぁと思う。
詳しい内容にはふれないが、妻がいう「いまがいちばん幸せ」と感じる状態が死亡リスクを低くすることに繋がるようだ。(笑)
そんなわけで、雪景色一つを見ても、ね っふふ、なんとなく幸せ感を覚えるのである。(意識してしまう)
もっとも、ある疾病の症状として「多幸症」があることにも注意しなければならないが...... (笑)

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今朝の気温2度、曇


  1. 2014/03/13(木) 06:06:00|
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電車讃歌


「流れる水は腐らず」という俚諺がある。
次のようなのもある。「精出せば凍る間もなし水車」、「使う鍬は錆びぬ」、「転がる石には苔が生えぬ」。
なぜ、こういうのを並べたかを言えば、3年前の仙山線の錆びついた線路を思い出したからである。

電車の走ってる線路は、いつも磨かれたナマの鉄の色をしていた。鉄の色って、こういう色なのだなぁと思っていた。
ところが、3.11後、仙山線は電車が走らない。残雪の中で、赤茶びた鉄錆びが浮きあがった線路を目にし、なんとも堪らない寂しさを覚えたのが忘れられない。
「使う鍬は錆びぬ」とは、よく云ったものだ。鉄は酷使しても疲弊せずに働くものとの思いが強い。頼りになるイメージがある。

だが、錆びついた鉄は、脆いことも識っている。だから、赤茶びた線路を目にし、使命を果たすことができなくなった事態が深刻なのを憂いる気持ちが増長する。

散歩しながら聞く、電車が走る音が好きである。リズミカルな轟音を発するそれには、力強さを覚え、なんだかエネルギを補給されてる気分になる。
(世の中が、こうやって動いているのだなぁ)と、単純に嬉しくなる。我ながら子供じみているなぁと可笑しくなるが、事実だから隠すこともないだろう。(笑)

音もそうだが、走る姿がいい。まっしぐらに驀進する。線路上を走るのだから、まっしぐらしかないのだが。
驀進といえば、電車よりは蒸気機関車の方がいいという声もある。ローカル電車よりは新幹線が格好いいという人がいる。
人それぞれだから、それはそれでいい。蒸気機関車も新幹線も否定はしない。だが、電車にだって勝るとも劣らないものがある。

先日の散歩で、2時間ばかりかけ電車を2本撮ってきた。なにせ仙山線は1時間に1本(上下で2本)しか走らない。
(物好きだなぁ)と笑われてもしかたない。そうすることが楽しいのだから、誰からも文句を言われる筋合いはない。(笑)
久しぶりに天気も良かったし、日光浴も兼ねてた。どこの誰とも知らない人と土地のいろいろなことを会話したりしながらの2時間だった。

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今朝の気温1度、雪


  1. 2014/03/12(水) 05:54:16|
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三年前の3月

3.11から丸3年が経った。
あの年の3月、毎朝の気温を「天童の家」のそれで見てみる。
被災者たちが避難した体育館などは、さぞかし寒かったことと推察される。

11日 今朝の気温-1度、晴   
   昨日の朝と今朝、久しぶりに雪掻きする。雪掻きといっても雪ベラで軽く掃いただけ
   3月の雪は、放っておいてもすぐに融けてしまう

11日 雪は夜に降ったようで、今朝は晴れ上がり、光はやはり春のものである。
   間もなく、道路は黒いアスファルトが顔を出すだろう

12日 ブログ更新なく不明  (11日の地震による停電)

13日 今の気温11度、晴

14日 今朝の気温2度、晴  また大きな余震!を覚える......  が、私だけの錯覚だった(地震酔い)

15日 今の気温6度、曇

16日 今朝の気温0度、曇   春の雪が積もってる
   今朝も5時起きしガソリン注油に行ったが... その顛末は、後刻 あらためてアップ予定
   春の雪が止むことなく降り続く

17日 今朝の気温-4度、雪  春の雪と洒落てることが出来ないほどの積雪量。まるで真冬並みの気温と雪
   
18日 今朝の気温-7度、晴  寒い! 暖房をつけずに頑張ってみたが... 耐えられず、つける

19日 今朝の気温-3度、晴

20日 今朝の気温 3度、晴

21日 今朝の気温 3度、曇

22日 今朝の気温-1度、曇

23日 今朝の気温 0度、曇  6時半、陽が射してきた。屋根にはうっすらと雪

24日 今朝の気温-1度、晴

25日 今朝の気温-2度、曇

26日 今朝の気温 0度、うっすらと積雪  こういうときなのに、いつまでも雪が降るなぁ

27日 今朝の気温-3度、青空も見えるのだが...... 小雪が舞う。屋根にはうっすらと雪が積もってる

28日 今朝の気温-3度、曇

29日 今朝の気温-4度、晴  日中は温かくなりそう
    9時半の気温4度、晴  今日はこれからぐんぐん気温が上がるだろう。嬉しいことだ

30日 今朝の気温-1度、晴

31日 午前8時の気温 2度、みぞれが降ったり、陽が照ったり、今は曇りとめまぐるしく変わる不安定な天気

3年経って、まだ仮設で暮らす人々が多くいる。
さくらが咲くまでは、三寒四温の繰り返しで、まだまだ寒い日がある。
早く、暖かくなって欲しいと祈るしかない。

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   メダリストに「自分は無力」と言わしむる三年経っても仮設住宅の国    川崎市・宮尾桂子

   大衆をいじめいじめて政治家は福島を捨て東電を取る          長岡京市・寺嶋三郎

上は、10日づけ「朝日歌壇」より
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次は、同紙面の「うたをよむ」に載ってた歌2首

   眠れざる一夜は明けて聞くものか思はざりし原発の放射能漏れ    佐藤祐禎(歌人・福島県)
   死の町とはかかるをいふか生き物の気配すらなく草の起き伏し    同上

作者は、大熊町に生まれ、いわき市に避難してからも原発批判の歌を作ってきたという。


今朝の気温-2度、雪降りだす

↓ にも......


  1. 2014/03/11(火) 06:47:46|
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3.11から丸3年

3.11から3年 その4

今日は、3.11 から丸3年。
今日も、3.11 関連の再掲である。これで再掲シリーズは終わりとする。

余  震  2011/03/22(火) 07:49:56

東北関東大震災が起きてから10日が経った。(21日)
夕べ(20日)も大きく揺れる余震があった。
余震は、その回数、大きさも日ごとに減少してるようである。身内で感じられる余震(錯覚的地震)も比例して減っているのが分かる。

マグニチュード9.0という巨大地震は、その後も東日本全体で活発な余震活動が続いてる。
18日正午現在、マグニチュード5.0以上の余震は、262回で観測史上最多だという。
震度5弱以上の地震は、本震を含め15回。これまでで最大の余震は11日午後の茨城県沖を震源とするM7.4で、震度6を観測した。

気象庁によると、余震は次第に落ち着いてきたが、18日から3日以内にM7.0(最大震度5強)以上の地震が起こる確率は30%、その後(21日15時から)の3日以内に20%と予想されることを発表した。
結果については、不祥だが、余震は起きてるのが分かる。

これまで71年間生きてきたが、このような激しい揺れを体験したのは初めてである。
そして、地震は(怖い!)と思ったことがあるけれど、身体が錯覚の地震を感じたことはなかったような気がする。
ところが、今回いちばん厄介というか、イヤなのが実際の余震もさることながら、錯覚の地震である。

洋間でテレビを見ているとき、書斎でパソコンをやってる時、あるいは食事中にゆらゆらする余震を感じる。それが実際の地震ではないと分かるまで耐え難い気分だ。
むしろ、実際の余震の方が耐えやすい。
錯覚のそれは妙にふやふや?と不安定に揺れる。その不確かな揺れは 一層の不安を呼び、始末に悪い。
これはすでに書いたことであるが、3月11日午後2時46分、洋間で読書中に体験したあの激しい地震の揺れが、トラウマになってるのだろう。

少しずつ錯覚の揺れは減退している。いましばらくは続くだろうが、いつかそう遠くない時に消滅すると思っているのだが...
10日経っても、どうしても慣れることのできないイヤな余震(笑い)である。
甚大な被害を受けた被災者は、もっと激甚な揺れでさらに深い心の傷(トラウマ)を受けたろう。


話が少し変わる。
春分の日(21日)、寺恒例の勤行があって行った。いつかも書いたことだが、住職は精神科医師でもある。(東谷メンタルヘルス研究所所長)
勤行のはじまる前、東谷師から次のような話があった。

  今回の大地震の後に体調不良を訴える方が増えている。実際に出現する症状は、(1)ボーッとする。ものごとに集中できない。やる気が起きない。
 (2)ちょっとしたことに神経がたかぶってイライラする。感情をうまくコントロールできない。(3)気分が憂うつである。訳もなく不安になる。
 (4)夜眠れない(寝付けない。途中で目が覚める)。悪夢を見る。(5)食欲が出ない。
 (6)動悸・めまい・頭痛・発汗・呼吸が苦しい・吐き気・腹痛など

  大きな災害はとても大きなストレスであり、脳にとっては強い衝撃だ。
  体調不良が出現すると、「自分だけがおかしいのではないか、病気ではないか」と心配する。...... が、これらは、大災害という異常な事態に対する正常な反応であり、多くは場合 1~2ヵ月程度の時間経過の中で落ち着く。
 
  対策として、(1)こころが不安定になるような刺激(衝撃的な映像など)を避け、気持が落ち着く環境づくりに心がける。
  (2)ゆっくりと休養(睡眠)をとり、きちんと食事をとる。温かくする。(3)家族や友人など、親しい人との会話、コミュニケーションを心がける。
  (4)なるべく独りで抱え込まないで、可能な範囲で喋るようにする。(5)からだを動かすのもよい。深呼吸・手のひらを開いたり閉じたり、肩を上げ下げする。ちょっと家の回りを歩く。

  「いつも揺れが感じられるが......」という質問があり、(あぁ、自分だけではないのだなぁ)と思いホッとする。(笑い)


パソコン不具合が断続的に続いてる。それでエントリーができないでいた。
ウイルス・バスターにブロックされた状態でコメントへのレスポンスもできなかった。
息子のレスキューでようやく復旧、やれやれである。


追 加 

東日本大震災:M5以上余震、56回まで減少…この1年
                      毎日新聞 2014年03月10日 20時55分(最終更新 03月10日 23時26分)

 気象庁は10日、東日本大震災後、青森県から千葉県にかけての沿岸や沖合を震源に発生した余震数を発表した。マグニチュード(M)5以上の余震は、震災後1年目に653回だったが、同2年目には84回、同3年目(3月10日午後5時まで)には56回まで減少した。気象庁は「余震活動は時間とともに低下しているが、引き続き警戒してほしい」と呼び掛けている。

 気象庁は青森県沖から千葉県沖までの南北約600キロ、東西約350キロを大震災の「余震域」とし、この範囲内で起きた地震を余震として数えている。

 M5以上の地震は、2001〜10年の年平均回数は同領域で19回だった。東日本大震災後3年目の56回はこの約3倍に上る。

 気象庁は「依然として活発な状態で、当分、この状態が継続する」とみている。【渡辺諒】


  1. 2014/03/11(火) 05:20:00|
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ダイエット

メタボ改善の取組み

やまがた健康推進機構の健康支援係から封書が届いた。昨年の健診時に、メタボ改善の指導を受けた。そのアフターケアの一環である。
次のような文面だった。

 健康診断後、メタボ改善に向けて目標を立てていただきました。
 なお継続してらっしゃることと思います。
 今回取り組まれたことでコツをつかんでいただけたなら、嬉しい限りです。
 今後も無理なく着実にステップアップしていきましょう!

アンケート用紙が同封されてる。
ちゃんと記載し、返信した。
動機づけの強化策に頷き、感謝し、それなりの対応をするのが礼儀だからである。

正直に書く。メタボリック症候群に該当することは認める。誰が見てもそうと分かるほどに膨れてる腹だから、否定のしようがない。(笑)
たまに、(やはり太り過ぎだなぁ)と自覚し、(運動をもう少しやらないといけないかも)と思うことがある。しかし、ダイエットしようと考えたことは一度もない。

小学校へ入学したのは、昭和21年。敗戦の翌年である。農家であったから飯米を欠かすことはなかったけれど、それでも糅飯(かてめし)を食べた。麦やじゃがいもはまだいいけれど、ダイコンを混ぜて炊いたご飯は不味いもので辟易させられた。
育ち盛りだから、いつも空腹で、なにか食うものがないかと飢えの気分が強かった。クワゴやノイチゴ、グミなどはご馳走だった。
甘柿などは美味しいおやつで齧り付いた。キュウリやナスを生で食べたし、まだ青い未熟なりんごを失敬(盗んで)したりもした。

進駐軍兵士が投げるチョコ、先を争い拾って食ったこともある。松脂臭いパイナップルの缶詰も進駐軍の配給で食べた。
バナナや砂糖は、とびきりのご馳走だった。
そういえば、学校の筆記用具も配給品だったなぁ。みんなが生きること、食うことに必死だった。

そのような時代を生きてきた。
今では誰もが太ってることを気にし、ダイエットを口にする。あの頃は、栄養をつけることが第一だった。
それが身にしみて、ダイエットを言い、痩せることに気遣ってるのをみると、(なんたること!)と思う。
つい、(太っていて、なにがわるい!)と思ってしまう。

大病もせずに、この歳(74)まで生きてこれた。これも食べるものをちゃんと食べてきたからではないか!
いまさらダイエットなど、糞食らえ!である。(あぁ、品がないなぁ)

ここでちょっと考えた。健康支援係からの封書には、どこを見てもダイエットなどとは書いていない。
「メタボ改善」についての強化策が論旨である。メタボとダイエットはイコールではない。あぁ、陥穽だなぁ
メタボリックシンドロームを是とするわけにはいかない。それは理解できる。
だが、一方で、もうここまで生きたのだから、いまさらなにをムリする必要がある?とも思う。

それでも、吹雪で散歩ができない時は、室内で「踏台上り降り運動」をやっているのだから、っふふ、なにおか云わんやである。

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↑ 昨日の散歩でみた景色
 今朝の気温0度、晴

↓ にも......


  1. 2014/03/10(月) 07:01:14|
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3.11から3年 その3

今日もまた 3.11の再掲。忘れられないし、忘れてならないことである。
以下は、3年前の3月24日にアップしたブログである。

ガソリン入手 2011/03/24(木) 06:33:36

娘から注油できる所のメールや電話がはいる。
息子もその最新情報を詳しく、具体的に語る。それを毎日聞いていると、(あぁ、並んででも入手しようかなぁ)という気になる。
東北関東大震災(当時の呼び方のママ)から12日が経ったけれど、相変わらず入手が困難である。いつまでも車を使わないでいるのも限界というか、不便さもガマンし難い気分が強くなってきてる。

「車を使う予定がない。行列してまで詰めなくてもいい」。夕べまでそう言ってたが、妻の通勤のことや暖房、風呂(燃料が灯油)のそれを考えると、もう並んででも確保しなければの気持になる。
(「だめもと」でもしかたない)と、息子の情報の中から1箇所をしぼり、出かける。午前8時半頃、最後尾に到着。係員が「このへんならダイジョウブでしょう」という。
だが、30分ほど待った頃に、先程の係員とはちがう人がきて、「今日は、もう詰められません」と詫びて歩く。っふふ、(空振りだったなぁ)と引き返す。

帰途、Fマートに寄って油揚げ・梅干し・ナメコを買う。モヤシは入荷していないという。
Fマートの筋向かいのSガソリンスタンドに目をやると、そこにも多くの車が並んでる。スタンドの係員に尋ねると「灯油ならあります」ということでポリタンク(20㍑)に詰めてもらう。
さらに、午後からはガソリンの販売もすることが分かる。店員とそんな話をしているとタンクローリー車が姿を現し、スタンドに入ってくる。
それを見た時、(あぁ頼もしい!!なぁ)と、子供のように嬉しくなる。店員もタンクローリーの運転手も笑顔で私に頷いてくれる。

妻の車(ガソリンは半分近くある)を車庫に置き、自分の車(ガソリン残量僅少)に乗り換え、すでに長くできてる列に並ぶ。(午前9時半頃)
タンクローリー車が入ったことをこの目で確認しているので、(空振りはない)と安心して待つことができる。
販売開始時刻を早めてもいいのではないかと思ったが、予定通り午後からの販売だという。それならそれでしかたない、腹を括って待つことにする。
「ママのにも入れようか?」息子から電話がはいる。「3時間近く待つことになるが、それでもいいか?」問うと、「確実に入れられるのならいい」という。
まもなく妻の車でやってきた息子が列に加わる。息子に金と飴を渡し、待つ。息子も私も単行本をもって行ったし、また選抜高校野球大会も今日からはじまって、その放送を聞きながら待つ。

正午過ぎて、やがて長い列が動きだす。ガソリン2000円分(制限量)を入れ終えたのは午後1時40分だった。
ガソリン量は まだ目盛りの半分以下だが、これで必要な時は車が使える。そう思うと安心感がわき、肩の緊張がほぐれる。その気分が嬉しい。
列に並びながら、池波正太郎著「剣客商売・浮沈」222ページのうち206ページを読み、あと16ページで読了であった。
約4時間並んだことになる。被災者のことを思えば、たいしたことではない。

妻は、学童保育へは息子の車で送ってもらった。今は春休み中で午前8時から午後6時半までの勤務である。
今日(23日)妻の勤務は、8時から12時まで。帰りの足がなく、歩いて帰宅した。
今日只今からは、妻も息子も、そして何か必要な時は私もなんの支障もなく車が使える。この安心感・安定感がいい。
被災地のみなさんにも、出来るだけ早くこの安心・安堵感が取り戻せることを念願せずにはいられない。



今朝の気温-2度、晴


  1. 2014/03/10(月) 05:20:00|
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残  雪

やはり文字だけだと寂しい気がする。
画像フォルダが空になって、ないのだからしかたない。
いまさら雪景色もないだろうとカメラを向けなかった。

散歩にも行かず「踏台上り降り運動」をやっていたから、何にもで合わない。
今朝は、久しぶりのいい天気で、軒下の残雪も綺麗に見える。
カメラを向ける気になった。

そういうことで、今朝現在の残雪報告である。

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午後5時半の気温4度、今日は晴れた一日だったなぁ


  1. 2014/03/09(日) 17:48:55|
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買えない宝物

もう一つの楽しさ

「天童の家」の原点は、感動の共有である。これは繰り返し書いてきた。
毎日暮らしていて、大小さまざまな感動に出合う。どのような感動だったのかを文章にし、あるいは画像としてアップして いる。
自分が感動した情景をできるだけ再現し、同じように感動してもらいたい、もらえたらいいなぁと思う。
自分の感動を上手く表現できればいいのだが、なかなかそれが難しい。独り善がりになって空回りすることも多い。

感動の共有と共にもう一つの大きな楽しみは、アクセスしてくださった方との交流がある。
交流の場は、日常的には コメントの形で行われる。もちろんそれだけではない。メールでの交流も比較的多いし、DVDなどを媒体にした交流もある。
その他に、「天童の家」で恒例化しているのは、地場特産物である さくらんぼ、ラ・フランス、りんご、山形青菜(やまがたせいざい)を漬けた おみづけ、青菜漬け、また「天童の家」特製干し柿、あるいは啓翁桜などをお送りして、楽しんでもらっている。

そうした交流を通し、できあがった関係性、親密感は血の繋がる親戚以上の心的濃密さを保っている。
長い時間をかけて出来上がったムリのない関係は、ある意味、大きな財産のように思える。金では買えない宝物になっている。
阿蘇や別府まで旅した思い出もある。山形まで来られ、案内したこともある。いわゆるオフライン・ミーティングである。

定年退職後の「百姓もどき」「ままごと農業」の年間計画は、上で述べたいわゆるネット友への贈答品をどうするかが念頭にあって作物つくりが組み立てられる。
ころさんご夫妻は、毎年さくらんぼ狩りに来られる。さくらんぼの収穫は、ころさんたちのさくらんぼ狩りに合わせて作業を進めることになる。
できるだけたわわになっているところを楽しんでもらいたいからである。

血縁関係のない人が繋がり、親戚以上の親近感と心的繋がりが出来上がるのは、限られた人生を豊かにする。
先にもふれたように、金銭では得難い宝物をもっていることになる。
ただ、すべての方々とそういう関係性ができるわけではないのはしかたない。一過性的に消え去ってくケースも少なくない。
世の中、そういうことだろうなぁ

血縁関係と違って、関係が重荷になってくれば、自然に遠ざかり繋がりは希薄になる。それでいい。それだからいいのである。
損得抜きでそう思う。そういう繋がりがあってもいい。
っふふ、蒼い宇宙船地球号に乗っている瞬時の人生である。楽しく、愉快に、生きましょうよ


午前6時半の気温-2度、晴て青空がでてきた

↓ にも......


  1. 2014/03/09(日) 06:35:29|
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3.11から3年 その2

今日は、町内自治会の総会である。
3年前、総会のようすを次のように書いてる。2011/03/29(火) 06:05:53 にアップしたブログの再掲。

自主防災会活動
自主防災会と記念品代

書こうか、書くまいかと思いながら、まだ書いていないことが 二つある。どちらも 3.11 に関わること。

13日に、町内自治会総会があって出席した。
1号議案は、平成22年度事業報告並びに収支決算の承認である。総会資料にはいろいろな事業内容が書かれてる。
その6番目に 自主防災活動があって、前年度総会で「災害時の給水確保」について質問(提案)したそれへの対応が書かれてる。
それはそれで良いのだが、前々日に起きた大地震時の具体的な取り組みについて糺した。

自主防災会(主に自治会役員たち)では、地震発生後に直ちに対策本部を設置し、独り暮らし高齢者等の見廻りと情報提供を行い、余震が続いて不安を感じている方には避難所へ移ってもらった。
干布地区の避難所設置は、ラジオでも放送され、それを聞いて(早い設置だなぁ)と安心したものである。
これまで訓練をやってきたが、実際に避難所を設けたり、いわゆる災害弱者と言われる要援助者への実際行動を行い、いろいろな不備や困難がはっきりしたという。
無線はぜんぜん使い物にならなかったし、ケータイがダメということもはっきりした。いちばん確かなのは足だという。

さいわい大きな被害はなくて済んだからよかったが、建物の倒壊等がひどければ、人命の危機に対応する行動が求められたかもしれない。
火災もなく、やれやれと胸を撫で下ろしたとの報告(説明)を聞いて、自主防災会の存在の大きさをあらためて認識した。
うう、自主防災会を立ち上げた当事者として、自分の方向性は間違いなかったとホッとした次第である。


議事がはじまる前、それなりのセレモニー的なことが行われる。区長挨拶の後、感謝状贈呈があり、今年はただひとり自分が感謝状を受けた。
単にそれだけなら、ここに書かなくてもよいのだが... 9年間、民生委員・児童委員として活動したことへの賛辞とともに記念品代(現金)をいただいた。
正直いえば、(あぁ、これで温泉宿泊代一人分ができたなぁ)と思った。(笑い)
妻も、その金についてはなにも言わなかった。のし袋に入ったまま、しばらく書斎に放置されてた。

大震災の報道を毎日見ているうちに、(これは災害見舞金にしよう。個人のためには使えない)と思う気持ちが出てきた。
民生委員を務めてきた間、身近で大きな災害もなかった。無事その任を終えたのも、運がよかったことと、みんなの協力があったからだ。
自治会からいただいたそれは、感謝状で十分だ。記念品代は被災者への見舞いに廻しても誰からも文句はでないはずだ。

こういうことは、書いたりすることではない。そう思ってこれまで書かないできた。
でも、まぁ ムリして隠しておくことでもないだろう。こころに少し引っかかっていたことだから、書くことですっきりしようと... (笑い)


ここまで書いたことだからついでに書こう。
第5号議案は「役員改選」。今年は自治会役員改選(任期2年)の年にあたり、臨時総会までして規約改正を行い、はじめての役員改選である。
いろいろ動きがあったけれど、新しい自治会長(区長)・副会長・評議員も決まった。
へへ 私も監事をやれといわれ、役回りだからと引き受けた。

町内自治会は、共同体社会であるから、ね とにかく「みんなが楽しく暮らせる地域社会作り」を目指さなければならない。
その中で、「みんなの命と財産を守る」ことも忘れてはならないことである。
そいうことでは、今回の大地震は、自主防災のあり方をも真剣に考え、必要な備えをきちんとしていく大きなきっかけになった。
この災害から多くのことを学び、今後に役立てることもだいじなことである。


今朝の気温-3度、曇


  1. 2014/03/09(日) 05:20:00|
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