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画竜点睛


「画竜点睛」

人物や動物の写真を撮るときの注意点としてあげられるのが、「目玉がちゃんと写っているか!?」ということである。
瞳がキラリと光っていれば、写真はほぼ成功である。
「目は口ほどにものを言う」と云われるのはそういう謂もある。
眼球がどう写っているかは重要なことである、という実例を見てみよう。

その前に、見出しである「画竜点睛」をちょっと見てみる。
「画竜点睛」とは、
 物事を完成するために、最後に加える大切な仕上げのたとえ。また、物事の最も肝要なところのたとえ。
 文章や話などで肝心なところに手を入れて、全体をいっそう引き立てるたとえ。
「睛」はひとみ・目玉。転じて、物事の大切なところの意。一般には「画竜点睛を欠く」と用いることが多く、この場合は最後の仕上げが不十分で、肝心なところが欠けているため精彩がないことをいう。
「竜りょうを画えがいて睛ひとみを点ず」と訓読する。「
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/idiom/%E7%94%BB%E7%AB%9C%E7%82%B9%E7%9D%9B/m0u/

画竜点睛
【注釈】 「画竜」は竜の絵を描くこと、「睛」は瞳のことで「点睛」は瞳を点ずるということ。
多く「画竜点睛を欠く」の形で用いられ、「ほとんど完成しているが、最も重要なところが抜けている」という意味で使われる。
『歴代名画記・張僧ヨウ』にある以下の故事に基づく。
中国の南朝梁の時代、張僧ヨウという絵師が金稜の安楽寺の壁に四匹の竜の絵を描いた。 その竜は今にも天に昇っていきそうな勢いで、見た人々は息を飲んだが、なぜか竜の瞳が描かれていなかった。
 なぜ瞳を描かないのかと絵師に尋ねると「瞳を入れると飛び去るからだ」と言うが、人々はそれを信じようとしなかった。
 そこで仕方なく竜の瞳を描き入れてみせると、竜は雲に乗ってたちまち天に昇っていったという。
http://kotowaza-allguide.com/ka/garyoutensei.html

先日、偶然のものか、人工的なものかは判然としないが、一つの形(造形)を見た。学校の図画室でよく見る石膏像に似たものだった。
一目見て、目がついていればもっと印象深くなったのになぁ......と残念に思いながらカメラを向け、シャッターをきる。
そして、それならば...... と試しに目をつけてみることにした。松毬の若芽を目の位置に差し込む。っふふ、石膏像と少しちがった印象になった。

さらに、画像処理しながら遊んでみた。黒い点を目の位置につける。赤い目玉とはまたちがうのができた。
同じようなのが3枚ある。①はそこに置かれてた雪の造形(原型)。②は松毬の若芽をつけたもの。③はパソコンで黒い点をいれた画像。
もちろん、上で言うところの画竜点睛とは大きく違うけれど、目玉のあるなしで印象がかなり変わってくる。
②と③でも、イメージがちがう。②は、目玉がほんのすこし斜めになってる(位置がちがう)。像がなんだか女性(おばあさん)っぽく見える。
③は、目玉をきちんと真横に並べた。そうすると男性像に見えるから面白い。

単なる赤い目印、黒い点を置いただけで、受ける印象がこのように違ってくる。
ましてシャープな画像でなら、眼球の輝きの有無で、大きな相違ができる。やはり「目玉をちゃんと写したい」ものである。
と、まぁ...... 今日は、暇なので、こんな遊びをやってみた次第である。(笑)

     画像① 40225-20.jpg

     画像②40225-30.jpg

     画像③40225-70.jpg

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自動アップである。
今頃はまだ布団の中、あるいは温泉に入ってるかなぁ(笑)
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  1. 2014/02/28(金) 05:20:00|
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白鳥飛翔 4

白鳥に魅せられ

白鳥の飛翔に魅せられ、まるで恋人に逢いに行くような気分で白川へ通った。
白鳥たちのようすもかなり分かって、どの位置で見ればいいのかも識った。
そして天候にも恵まれ、イメージしてたような優雅で、かつ躍動的な飛行が観られ、数多くの画像もゲットできた。

せっかく撮れた写真だから、「天童の家」にアクセスしてくださる方々にもぜひ見てほしいと思い、似たようなのもあるけれど、並べることにする。
ひとりよがり的なものがあるかも知れない。それは笑って寛容してもらいたい。74の老人が、恋してるようなもので、「痘痕も笑窪」になるのはしかたないかも......(笑)
この歳になっても、こころときめくことがあるのは、それこそ貴重なこと。っふふ、白鳥に感謝状をあげなければと思ったりするから可笑しい。

話がかわる。
この世には、美しいものがたくさんある。そういうものと出合えるは嬉しいことである。
美しいものでも、それぞれで感じ方がちがう。それはしかたない。それぞれの感性だからである。
厳しい寒さと、大雪があった今年の2月。R48が10日間にわたって不通だった。雪崩危険のためである。

そんな2月で、「天童の家」でも雪掻きと屋根の雪下ろし(部分的な)を2度やった。
それでも、明日で2月が終わる。
冬季オリンピックが時間の経過を早めてくれた。そして白鳥たちも2月の辛い暮らしを忘れさせてくれた。
R48の通行止も終わって、26日から通れるようになった。

間もなく3.11の日がくる。あれからまる三年。被災者たちのことを忘れない。楽しい思い出のたくさんある閖上の海、復興はまだ遠いだろうが、現状をこの目で確かめたい、との思いがある。
忙しくなる前に、太平洋を見たい。今日、これからその海を見に行く。
この冬の疲れを、温泉につかって癒してくるつもりである。(笑)

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今朝の気温-1度、曇


  1. 2014/02/27(木) 05:20:00|
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白鳥飛翔 3

立ち位置を変えて

24日、白川へ行く。幾度か行って白鳥の飛翔も見た。だが、イメージしてるようなのが撮れていない。
美しい飛翔、納得できるのを撮りたいと強く思う。半分ビョーキみたいな気分で、外出(散歩)なら、もう白川以外にないと思ってしまう。
白鳥には、お邪魔虫かもしれないが、危害を与えるわけでもなし、誰かに迷惑をかけていることもないのだからと勝手な理屈をつけて出かける。

矛盾を承知で書けば、寺津沼の白鳥たちの飛翔は午前9時前後だ。全ての白鳥たちにあてはめているわけではない。それ以外の時間にも白鳥は飛ぶのを見ている。
白川の白鳥たちは、あのようにたくさんいるのだし、あそこが塒だったら、あそこから餌をとりに飛立つことがあるはずだ。そう考えた方が合理的だし、願望も満たされる。(笑)
というわけで、飛翔に拘り、またまた白川へ日参と相成った次第である。

少し寒いけれど、天気は上々。青空にうすく白い雲が見える。晴れた冬のきれいな空だ。
白川堤防に着いてのは、午前10時を少し過ぎてる。いつもと同じようにたくさんの白鳥たちが寛いで見える。
先日(22日)にも同じ頃にきて、白鳥の飛立つのを見ている。ただ、立ち位置が良くなかった。白鳥たちは間違いなく川上、東の方へ向かって飛行する。

そのことを知らなかったから、これまでは白鳥が飛立つのを後ろから見ることになった。飛び去る後ろ姿ではイメージしている絵にはならない
ということで、24日は、立ち位置を白川のやや上流に移して待つことにした。いつ飛立つのかわからない。それでも、飛行コースから大きくずれない位置にいれば見逃しはしない。少し心もとないが、白鳥たちの姿が見えない所で待つことにする。
ここまできたら、もう成り行き次第、運を天に任せる気持ちになった。

運命の女神は、私の判断を良しとしてくれたようだ。白鳥たちは間もなく次々に飛びたった。白川の下流(西)からカメラを構えてる方(上流)へ向かって近づいて来る。
右手(西)から左手(東)の方へ、目の前を白鳥たちが飛翔してく。やや逆光ぎみだが、むしろ好みの光だ。
(これが撮りたかった!)そう思いながら、何枚もシャッターをきる。

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今朝の気温3度、晴


  1. 2014/02/26(水) 05:20:00|
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白鳥飛翔 2

飛翔再び

22日、白鳥の飛翔するようすを見たくて、性懲りもなく白川へ出かける。
なにもすることがない。あえて言えば散歩くらいである。行き先に迷いはない。白川へ行く。
堅雪だから、堤防の積雪面を歩くことで、散歩を兼ねることにする。

午前10時頃、川にはたくさんの白鳥たちが思いおもいの姿でいる。頭を水中に突っ込んで餌をさがす白鳥、自分の背中に長い首を放りなげ眠ってる姿も多い。その傍には必ず見張りの白鳥がいるのも分かる。
3つの群れの中にも、さらに家族のようなのがあるみたいで、なんとなく親子関係や兄弟を彷彿させるのが可笑しい。
堤防上をゆっくり移動する私を、白鳥たちは注意深く眺めているのも感じられる。やはり私は「お邪魔虫」なのだろう。(笑)

なんの危害も加えるものではない、そう訴えながら(苦笑)白鳥たちの姿を横目に 通り過ぎ、揚排水機の脇に佇みカメラを向ける。
できるだけ「お邪魔虫」にならないようにしたつもり......
ふ~む、ずいぶんとそこにいたが、飛立つようなようすがない。飛翔することやその時間が分かっていたら、それまで待つのは苦にならないのだけれど、それが皆目分からない。ただ闇雲に待つ。

(どうしよう?)、(諦めて、帰ろうか?)、(これだけの白鳥が飛ぶすがた、みごとだろうなぁ)いろいろ思いながらも、決断できずに佇む。
なにもやることがないから、いつまでも待つことはできる。しかし、いくら風流を好むといってもたいして変化もない群れをただ眺めているのは、それこそ無粋というものだろう。
(やはり、帰ろう)
と、思った時、何かが動いた!のを感じ、そちらを見る。

いちばん遠くにいた群れが、目の前を東の空の方へ飛んでく!!
すかさずカメラを向け、シャッターを切り続ける。白鳥たちをファインダーの真ん中にとらえてシャッターボタンを機械的に押してく。
白鳥たちはたちまち遠ざかる。小さくなってく姿をなおも未練がましくカメラが追いかける。

あの白鳥たちは、何が切掛で飛びたったのだろうか? 分からない。残っている群れをみる。なにも変わったようすがない。
白鳥の飛翔は、やはり美しかった。もっと、もっと見ていたかったが、彼らは真一文字に東の空へ遠ざかって行った。どこを目指して行ったのかなぁ
白鳥たちには、行先がわかっているのだろう。あれだけ一直線に、力強く、疾く飛んで行ったのだから......

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今朝の気温-4度、晴


  1. 2014/02/25(火) 05:20:00|
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叶った時の

21日、朝食前に、先日白鳥を見たあの白川へ行く。
朝の光の中で、白鳥の飛翔を見たかったからである。
夕方、それぞれの塒へ戻った白鳥たちが、朝になってまたここ(白川)へやってくると考えたのである。

先日、寺津沼で帰還する白鳥を撮ったけれど、塒へ戻るのは黄昏れ時で、撮影にはやはりやや光量不足になる。塒から餌をとる川へ行くのは、明るくなってからだ。光量不足の心配はない。そう考え、白鳥たちが塒を飛びたつ前に白川へと思った。
白川へ到着したのが、午前8時にまだ十分に間があった。

さいわいに、堅雪で、ぬからずに積雪面を歩ける。白鳥がいつ飛んできても撮れるようにデータを確かめ、カメラはスタンバイ状態で保持。
堤防へ上り、川面を見る。川面にはまだ1羽の白鳥もいないはずだ。

......だが、思惑は大きく外れて、たくさんの白鳥たちがいた!

先日見た時とほぼ同数の白鳥たちが、やはり3群れほどに分かれて見える。
これはいったいどういうことなのか? どこかの塒から、今朝飛んできたとは思えない。
長年、寺津沼の白鳥を見ていて、白鳥が餌探しに飛びたつのはその日の天候にもよるようだが、だいたい9時前後である。いくら早くても8時前ではなかった。

それを踏まえて考えると、今 目前にいる白鳥たちの塒は、今いるここだと言える。黄昏れても、そのままここにいて、夜をここで過ごし、朝をここで迎える。
そうでなければ、まだ8時前だというのに、こんなにたくさんの白鳥がいるのは理解できないことだ。
それが正しいとするならば、この前、寺津沼に帰還したのは、いったい何処からだったのか?

四六時中観察しているわけでないから、なんとも言えない。
そう言えば、寺津沼の白鳥たち、そろそろ飛立つ頃だ。ふ~む、寺津沼へ急ぐ!
寺津沼には間もなく到着、沼を見る。なんだかさみしい感じがする。白鳥が2羽しかいない。あの日は、30羽ほどいて賑やかなようすだった。あの白鳥たちは、いったいどこへ行ったのか?

白鳥たちは、大きな羽で大空を飛翔する。その姿がきれいで、優雅な飛翔を見ようと自分なりに予想をたて、行動してみた。
......だが、目論見はあっさりと外れ、想いは叶わない。素人が勝手に考え、勝手に行動したのだが、そう簡単には望みが果たせなかった。しかたない。
白川べりに陣取って、24時間観察すれば、もっとよく分かるのだろうが、そうするほどの気力もない。

また、白鳥たちの選んだ白川辺を彷徨いて、煩しがられるのも避けねばならないと思う。
自分が生まれ育った故郷の川に、白鳥たちがやってくることを嬉しく思う。だいじにしなければとも考える。
見たい飛翔が、容易に叶わないことも是認しなければならない。それだからこそ、たまに見られる姿がなお一層美しく感じるのかもしれない。

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今朝の気温-4度、晴


  1. 2014/02/24(月) 05:20:00|
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給 餌


こぼれ花、間奏の詩、埋め草、寺津沼で、などを見出しとして思い浮かんだけれど、気に入ったのがない。
画像はあるのだが、テーマに纏まるほどのものでもないし、さればと捨て去ることもできない。いつものわるい癖がまたでる。
白鳥の飛翔を撮りたくて、寺津沼でチャンスを待っている間に撮った画像である。

同じような寺津沼風景を2枚並べたのは、時間の経過をあらわしたつもりだが、その意図はうまく出ていない。あとの2枚、1枚はアオサギをそのまま写しただけ。
もう1枚が、毎年見られる餌付け情景である。餌を持ったおばさんが近づくと、鴨や白鳥たちがみな寄って来てパンくず、しいな(青米)などをもらう。

餌やりについては、鳥感染症問題などもあり、ひと頃のような市民の熱気がなくなり、今はこころある人が密やかに餌を与えている。
感染症問題というより、餌を与えるか、否かの課題というべきかもしれない。沼の近くに養鶏舎はないのだが、感染症発生が見られれば、大ぴらな餌やりはできない。

白鳥を見にくる人々は、けっこう多い。下校の生徒たち、若夫婦の子ども連れはもちろん、老夫婦の姿も少なくない。
見物に訪れる人が近づくと、鴨も白鳥も近寄ってくる。積雪で餌をとるのがむずかしい鳥たちに、用意のパンくず等を与えたくなるのは人情というもだ。
以前は、沼に氷が張らないようにエアーを送ってたが、感染症問題が発生してからは止めてしまった。

給餌をしなくても、白鳥たちはなんとか暮らすだろう。そう、思うのだが、目の前の白鳥たちを見れば、パンくずを上げたくなる。

ここまで書いて、自分でもなにがなんだかわからなくなってきた。
見出しを何とするかだったなぁ
あまり関係性のない4枚の画像のブログの見出し...... いっそ、「給餌」にするか。うう それでいこう。

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午後4時の気温1度、晴


↓ にも......


  1. 2014/02/23(日) 15:27:29|
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飛翔を撮る

白川で白鳥たちに出合ったのは嬉しいのだが、白鳥はなんといっても飛翔する姿が美しい。
飛翔する白鳥が見たい!と思い、それなら塒である寺津沼で待っていれば、そこへ飛んで帰る姿が見られる。
そう考え、寺津沼へ行き、待つことにした。

午前中、買い物の帰途に、白川で白鳥たちの群れを見た。午後に、白川で存分に白鳥たちを眺めた。
白川から寺津沼へ移動し、沼に着いたのが午後2時を少し回ってた。
白鳥たちが塒へ戻るのは、3時半ころから黄昏までだから、1時間半は黙って待たなければならない。

何かを待つ。そのことをあまり苦痛とは思わない。っふふ、昔、デートではずいぶんと待ったものだ。
待ちながら、いろいろなことを考えたり、眺める。ちっとも辛くない。むしろ待ってる時間が楽しい。
でも、時々は不安になることもある。白川にいた数多くの白鳥たちが、はたしてどのくらいここへ戻るのだろうか?

っふふ、確かな帰還を知らないでただ闇雲に待っているのだから、呆れたものだと笑われてもしかたない。
でも、何羽かは必ずここへ飛んでくると信じてるから待っていられるのだ。最後まで信じて待つしかない。

寺津沼には、今日は餌探しに行かなかった白鳥が15羽、優雅な姿を見せている。白鳥を見に来る人が与えるパンくず等をもらっている。
鴨たちがたくさんいて、餌を与えようとする人の足下まで近づいてく。人間さまに慣れているのだなぁ
餌を狙って、カラスや鳶の姿もけっこう見る。青鷺も姿を現す。

へらぶな釣りをするテントも見られるのだが、この日は一張も見えない。
天気はまずまずで寒さもあまり気にならない。空に浮かぶ雲の形が、いろいろと変わってくのが面白い。
午後3時半少し過ぎ、白鳥が数羽戻ってくる。あまりにも早い帰還に戸惑い、カメラを向けるタイミングを外してしまう。
(これから次々に来るのだから......)とあまり悔しさを感じないで、次の飛来を待つ。

と、ところがそのアテが外れ、白鳥はなかなか来ない。時間だけが刻々と経過する。
待ちはじめてから2時間が過ぎ、空は黄昏れはじめてる。西空の方から雲がわき、太陽を遮る。
(拙いなぁ)光量不足が懸念される。

午後4時半、たて続けに数羽ずつ2度帰ってくる。やや光量不足気味だが、撮影はできる。
やはり白鳥の飛翔は美しい。まっしぐらに着水するので、撮影タイミングがなかなか難しい。
なにも考えずに、数多くシャッターをきる。数撃ちゃ当たる方式でやるしかない。(笑)

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今朝の気温-3度、曇


  1. 2014/02/23(日) 05:20:00|
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”にすい”



下は、読売新聞「編集手帳」(22日づけ)の写しである。

 「心が凋む」の凋。「凛として」の凛。意味するところは正反対だが、部首は同じである。漢和辞典によれば”にすい”は氷を透かして見える筋目のことだという。

 凋んだ心のまま、おざなりに流すのか。それとも、凛として舞うのか。さあどっちだと、氷の神様もなかなか意地が悪い。その意地悪な問に、完全燃焼することで答えた。ソチ冬季五輪のフィギュアスケート女子フリー、浅田真央選手(23)である。
 前日のショートプログラムに失敗し、メダルの望みが絶たれたなかで、ほぼ完璧な演技を見せて 観衆を魅了した。フリーでの自己最高得点を更新している。

 勝つために全力を尽くすのは、じつはやさしい。負けと決まったあとに、全身全霊を込めるのは誰にでもできることではない。
 その強い心にテレビの前で、にすいの言葉にもう一つ、「凄い」とうなった方も多かろう。

 思い出す五行歌がある。<いっそ/大きく凹もう/いつか/多くを満たす/器になるのだ>(伊東柚月)。
 一夜にして、器をうれし涙で満たした人がいる。ときに金メダルよりも美しいものに出会うから、五輪観戦はやめられない。


昨夜のことだが、上の文に似たようなのを書いったのだった。
だが、上とは比べられない駄文も駄文になって、即ボツにした。(苦笑)
今朝、編集手帳を読み、さすがプロの書くものは違うなぁと自分の能力のなさを思い知った。

書こうとした自分の気持ちを、これほどまでに書いてくれた文に出会し嬉しいく、即書き写した次第である。
読み終え、感謝の気持ちがいっぱいだ。
はい、浅田真央選手に、編集手帳の筆者に、そしてこうして書き写してる自分自身にも、感謝する。(笑)

*
午前9時の気温-3度、うすい雲の向こうに青空も


↓ にも......

  1. 2014/02/22(土) 09:24:13|
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白鳥再会

白鳥たちに出合う

「嶋団地」にテレビを買いに行っての帰途、実家近くを流れる白川に白鳥たちがたくさんいるのを見つける。
先日、寺津沼に行ったが、白鳥の姿がなく、寂しく思っていた。今年は、白鳥たちを見られないのかと......
直ぐに車を留め、撮ろうと思ったが、どうしても昼前に済まさなければならない用事があって帰宅を急いだ。

昼食後、天気もわるくないので、白川へ白鳥たちを見(撮り)に行く。
白川は、本来の流れを作り替えた川である。子どもの頃は流れが曲がって、深い渕などが恰好の泳ぎ場だった。十数年前、新しい流れに作り替えた。渕がなくなって、広い瀬の川になった。白鳥や白鷺などにはそういう川が好みなのだろうか集まるようになった。

たくさんの白鳥たちは、3つの群れをなしているようだった。
自分の生まれ育った集落、そこにはたくさんの思い出が詰まってる。鎮守の森も川向こうに懐かしく見える。
子どもの頃には、白鳥などは見られなかった。この歳になって、生まれ故郷の川で白鳥たちを撮っている。
そんな自分に、なにか不思議な気分を抱いたりする。

多少の警戒心があるようだったが、白鳥たちは白鷺のように逃げることもなく優雅な姿を並べてる。
できたら、飛翔する姿を観たい!と思ったのだが、それは叶わない。
(邪魔虫の自分なのだなぁ)そういう気分を覚え、一応の撮影を済ますと、未練心を残しながら車へ戻る。
真っ直ぐ家へ戻る気にもなれず、迷ったあげく、寺津沼へ向かう。
(今年は、ホントに白鳥たち、寺津沼に来ないのかなぁ?)それが気掛かりだった。

寺津沼に白鳥たちがいた! 数えてみたら14羽。(今年も、やっぱり来てくれたんだ!)と嬉しくなる。
群れを考えれば、この場所へ来てるのは、この倍だろう。約30羽...... それ以上かも知れない。
日中は、餌をとりに何処かへ行っている。その群れを先ほど白川で見てきた。
夕方になれば、十数羽が、塒にしているこの沼に、きっと帰ってくるはずだ。

そう思うと、(ここで帰って来るのを待とう)と覚悟を決めた。(笑)
その判断が、○だったか、×だったかは、後刻に報告することにしよう。

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今朝の気温-5度、曇



  1. 2014/02/22(土) 05:20:00|
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ムリない生活


19日に、屋根の雪下ろしをした。今直ぐにどうこうという積雪量ではないのだけれど、まだ2月だし、あと2週間くらいは降るのを想定しておかなければならない。
19日は、雪下ろしをやってもいい空模様だったし、もう一つの理由、新しいパラボナアンテナを取り付ける工事が予定されてた。その作業に支障ないようにとの除雪でもあった。
アンテナ取付け・配線作業は午後の作業なので、雪下ろしは午前中いっぱいやって、一応の恰好をつける。

雪下ろしだけなら、そうキツイ作業ではないのだが、下ろした雪の後片付けが難儀なのである。
下ろすのは、万有引力の法則に従ってやればいい(笑)のだが、後片付けは引力の法則に逆らう力が要る。
歳も歳だから、ふぅふぅ言いながらスコップをふるう。
午後、アンテナ取付け・配線の作業は積雪による支障もなく無事終わり、妻は、自分専用テレビを見ながら満足そう。

20日、午前中に来客あり、その応対にかなりの時間を使う。接遇がどうのこうのと言えない。浮世のしがらみが絡んでるからそれなりに応対するしかない。
午後、妻に促され、畑へダイコン掘り。畑には約1㍍近い積雪。埋めてあるダイコンを全て掘り出す。19本。ネズミに齧られてるのが3本あった。が、それはしかたない。
「カブは、次回にしましょ」妻の声にホッとする。

19日の雪下ろし・片付け、そして20日のダイコン掘り。散歩などと違って、やはり労働は老体に堪える。
それでもダイコン19本を洗って、天日で乾かす。乾いたのを新聞紙に包んで小屋に保存する。
ショッピングセンターで買えば、苦労しないでゲットできる。でも、百姓の真似事をやっている以上、多少の労苦を厭うわけにはいかない。
これが生活ということだろう。

たしかに、多少の疲れを覚える。(疲れたなぁ)の感覚は、スポーツ後のそれなどとは違って、できれば味わいたくない。
でも、こんな感覚も、生活に伴う正常なもの(こと)なのだと思えば、それほど厭うものでもないだろう。
カブ掘りは次回でいいと言うし、ダイコン掘りの後に行くことを考えてた一輪車(ネコ車)のタイヤ・メンテナスは後日に回した。

っふふ、身体の調子をみながら、ムリのない暮らしをすればいい。

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午前11時の気温0度、曇


↓ にも......


  1. 2014/02/21(金) 11:43:07|
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妻のリクエスト

ホワイトデー

バレンタインデーで貰った方に、お返しをしなければ義理を欠くことになる。
ホワイトデーはまだ先のことだが、どうしようかなぁと思案する。それがまたちょっぴり楽しい。
......で、一般的な傾向はどうなのだろうか?と検索してみた。
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ホワイトデー人気のお返しランキング
更新日: 2013年03月03日
http://matome.naver.jp/odai/2136082102910391901

女性が期待するホワイトデーお返しランキング
<本命編>
1位 お返しはいらない 23.0%
2位 アクセサリー 21.0%
3位 食事 12.2%
4位 クッキー 11.6%
5位 その他のお菓子 6.4%
6位 ブランド物 6.3%
7位 花 4.2%
8位 ハンカチ 1.8%
8位 マシュマロ 1.8%
8位 洋服 マシュマロ
11 キャンディー 1.6%
その他 6.4%

彼からホワイトデーに何が返ってくるのか、または何もお返しがないことで、相手があなたに対して、大切にしているかどうかのバロメーターになると言えます。

<義理チョコ編>
1位 お返しは要らない 35.2%
2位 クッキー 33.8%
3位 その他のお菓子 9.0%
4位 キャンディー 6.4%
5位 マシュマロ 4.0%
6位 ハンカチ 3.4%
7位 食事 2.6%
8位 花 0.8%
9位 ブランド物 0.6%
10位 アクセサリー 0.4%
11位 洋服 0.2%
その他 3.6%

本命より義理チョコのお返しの方が手が込んでいたり、しっかり覚えていてくれたりする傾向があるようです。欲しいものとしては、特にお菓子が人気。
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本命と義理の違いが面白い。(なるほど)と頷く。

朝食後の喫茶話で、ホワイトデーのそれについて話した。
......そして、妻に何がいいか?と問う。
「アンテナの要らないテレビ」との返事。

アンテナ不要のテレビ?!とは不可解なので、なおかさねて問う。
「書斎で、パパと一緒にテレビ観たい。そういうテレビないかなぁ」妻の意向がわかり、ホッとする。携帯テレビが欲しいのだ。
「天童の家」には、現在テレビが3台(茶の間・洋間・寝室)あるが、食堂や書斎にはない。

息子は時々、食堂で小さな画面を見ながら食べている。あれも一つの携帯テレビだろうが、とてもテレビとは言えない気がする。
書斎にテレビを据える気がない。だが、妻は、書斎に一緒にいたい、テレビを観たいという。ならば、それを否定する気がない。
「ママ、アンテナの要らないテレビ、買いに行こう」
「今行くの?......」
「すぐ行こう」

買い物に息子も同道してくれた。ケーズデンキでポータブルテレビも含めていろいろ物色する。
3人で話し合って、やはりアンテナありで、きれいにうつるのが良いということになり、大きくないのをチョイスする。
値段的には、ホワイトデーのそれに相応しくないかもしれないが、要は気持ちだろう。

妻が、何かを欲しいとリクエストすることは滅多にないことだもの、よけいなことを考えずに買った。
夏なら、独りでテレビを観てもなんとも思わないけれど、冬の寒日に、広い部屋でぽつんと一人でいるのは、やはり侘しい。書斎なら部屋も大きくないし、温かさもある。二人でいたい妻の気持ちに頷ける。(笑)
前倒しのホワイトデーということで、(うう、これでよし!)と思った次第である。

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今朝の気温-1度、曇


  1. 2014/02/21(金) 06:02:19|
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社 説


いまさら言うまでもないことだろうが、社説とは、その社の主張・意見を述べてる論説である。
今日の読売新聞社説を読み、「読売」の原発への姿勢がよく分かった。下にその論説をみてみる。

「もんじゅ」 有効活用へラストチャンスだ(2月20日付・読売社説)

 高速増殖炉「もんじゅ」は、日本の原子力政策の中で今なお可能性を秘めたプロジェクトだ。
 トラブル続きで、失った信頼を回復するためにも、政府は、近く策定するエネルギー基本計画の中に、もんじゅを利用した研究目標を明確に位置付ける必要がある。

 政府はこれまで、もんじゅの研究目標として、ウラン資源の効率的利用を柱に掲げてきた。しかし、ウランを当面、安定して確保できる状況では、切迫したテーマとは言い難くなっている。
 自民党の高市政調会長は「(もんじゅを使って)高レベル放射性廃棄物の減容化、毒性期間の短縮化が実現できるか、検討している」と述べた。減容化とは高レベル放射性廃棄物を減らすことだ。

 各地の原子力発電所には、使用済み核燃料がたまっている。これを処理した際に出る高レベル放射性廃棄物の最終処分場の候補地選定も難航している。
 問題の重要性を考えれば、高市氏が、もんじゅへの新たな期待を表明したことは理解できる。

 もんじゅは、燃焼性能が一般の原発(軽水炉)よりも高い。軽水炉なら燃え残る放射性物質を燃やし、減らすことが可能だ。
 文部科学省の試算では、使用済み核燃料をそのまま廃棄するのと比べ、体積は7分の1に減る。有害性が自然状態に戻るのに要する期間は、約10万年から約300年へと短縮できるという。

 高レベル放射性廃棄物の減量、毒性期間の短縮は、ウラン資源の効率的利用に加え、もんじゅが、特性を十分に発揮し得る研究テーマと言えるだろう。
 研究の成果を上げ、高速増殖炉が実用化されれば、廃棄物を減らしながら、3000年以上も発電を続けられるという。下村文科相は「この夢を頓挫させてはならない」と語った。

 問題は、もんじゅの運転停止が長期化していることだ。機器の故障や事故ばかりでなく、必要な点検を怠るなど、運営にあたっている日本原子力研究開発機構の不手際があまりにも目立つ。
 安倍首相は先週の衆院予算委員会で、「政府として反省すべき点はしっかり反省し、今後対応しなければならない」と改革の必要性を強調した。

 危機感を持って組織を立て直し、原子力規制委員会から準備作業を禁じられている運転再開に漕こぎ着けることが肝要である。
 もんじゅを有効に活用するためのラストチャンスと言えよう。
                        (2014年2月20日01時37分 読売新聞)

なぜ、今ここに社説を書き写したのか? そのワケを書くのはやめる。
あえて言えば、備忘録としておこう。 いずれ、その理由を書くことがあるかも......

*
↓ 下に続く

  1. 2014/02/20(木) 10:58:25|
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社 説 2


先に(上にというべきか)、「読売社説」をあげた。次に、「朝日社説」をみてみる。テーマは原発だが、日付も、もちろん論調も違う。

  朝日新聞の社説 もんじゅ処分―もう再開はありえない ( 2013/05/14 )

 原子力規制委員会が高速増殖原型炉「もんじゅ」の使用停止を命じる方針を固めた。
 中性子検出器など最も安全が求められる機器を含め、1万近い機器の点検を怠っていた。規制委による処分は当然だ。

 点検放置の背景には、原発の使用済み燃料からプルトニウムを再利用する核燃料サイクル事業の行き詰まりがある。
 国は一日も早くサイクル政策を捨て、もんじゅの廃炉を決めるべきだ。

 高速増殖炉は燃やした以上のプルトニウムができるとして、かつては「夢の原子炉」ともいわれた。だが、経済性が低く、各国は次々に撤退した。
 94年に運転を始めたもんじゅは、95年のナトリウム漏れ事故などでほぼ止まったまま。それでも、ナトリウムを熱して循環させることなどに年間約200億円を費やしている。

 事業主の日本原子力研究開発機構は、運転再開の旗を降ろさず、09年にそのための点検計画をつくった。しかし翌年から放置が始まっていた。
 原発事故でサイクル政策自体が宙に浮いているうえ、直下に活断層がある疑いも出ている。近い将来に運転再開が望める状況にはない。

 もんじゅの所長は、朝日新聞の取材に「現場はいつ運転再開するか分からず、いつまでに点検すればよいのか、組織全体で認識を共有していなかった」と語った。目標を見失った組織のゆるみは明らかだ。

 鈴木篤之・原子力機構理事長の責任は大きい。
 もんじゅでは、旧動力炉・核燃料開発事業団(動燃)の時代から事故隠しなどが何度も問題になった。旧日本原子力研究所(原研)との統合後、安全研究畑の理事長が就くことが増え、鈴木氏も東大教授、原子力安全委員長を経て、10年から理事長を務める。
 だが、今回の点検放置について鈴木氏は、原子力規制庁長官から報告命令を受けた際、「形式的なミスはやむを得ない」と口走った。トップがこの程度の認識では、安全文化を定着させることはできまい。

 原子力機構は、原子力安全の研究でも国内有数の組織だ。
 私たちは社説で脱原発を主張しているが、もんじゅを含め原発やその関連施設は「止めれば終わり」ではない。
 原子力の研究者や技術者は、安全な後始末のために使命を担ってもらいたい。
 国はそうした観点から、原子力機構の組織と意識を抜本的に改める必要がある。
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   原発政策―政治の無責任は許されぬ(2014年1月6日02時05分)

 福島第一原発の事故に苦しむ日本が、脱原発に向かうのか、それとも元の道に戻るのか。
 今年はその分岐点になる。
 原発の再稼働に対し、新しい規制基準にもとづく原子力規制委員会の最初の判断が、春ごろ示される見通しだからだ。
 これまでに規制委に審査を申請したのは、7電力会社の9原発16基。東海地震の想定震源域にある中部電力の浜岡原発(静岡県)についても、近く申請される予定だ。

■目に余るご都合主義
 歩調を合わせるように、自民党内では「早期再稼働」の声が大きくなっている。

 昨年12月25日には、原子力規制に関する党内チームの座長を務める塩崎恭久衆院議員が規制委に出向き、田中俊一委員長に、もっと国会議員や立地自治体の首長、電力会社らの意見を聴くよう迫った。
 規制委の設置にあたり、民主党政権が出した法案に「独立性が足りない」と詰め寄り、今の形に修正したのは、塩崎氏をはじめとする自民党だ。

 ところが、規制委が活断層の調査や規制基準の策定に厳格な姿勢を見せるや、原発推進派の不満が噴出する。自民党が政権に返り咲くと、影響力を行使しようとする流れが加速した。
 ご都合主義が目に余る。
 自民党の長期政権下で原発の安全神話を増長させ、必要な対策を怠ってきたことへの反省はどこへいったのか。

 ただでさえ、急ごしらえの規制委は人材が不足し、財政面での制約もある。むしろ、そうした態勢面の充実をはかることが政権党のつとめだろう。
 安倍政権は、表面的には「原発比率を下げる」と言いつつ、原発を「重要なベース電源」と位置づけ、規制委の基準に適合した原発は動かす方針だ。

 しかし、規制委が判断するのは科学的な根拠にもとづく最低限の安全確認にすぎない。事故リスクがゼロにならない以上、口先だけではなく、「原発比率を下げる」手立てを総合的に講じるのが政治の役割だ。
 そうした見取り図も示さず、再稼働の判断はすべて規制委に丸投げし、そこへの圧力めいた動きは放置する。なし崩し的な原発回帰と言うほかない。

■採算なき再処理事業
 再稼働への政権の姿勢が原発政策を無責任に「元に戻す」典型だとすれば、「元のままでやり過ごす」無責任の象徴が、使用済み核燃料を再処理して使うサイクル事業の維持である。

 巨額のコストがかかり、資源の有効活用という意義がなくなった核燃サイクル事業は、「撤退」が世界の流れだ。
 政府は、非核保有国として唯一、再処理を認められた事情から「日米による原子力協力」を掲げる。
 だが米国には、日本が海外での再処理によって核兵器数千発分のプルトニウムをため込んでいることが、他国のプルトニウム保有の口実になりかねないことへの強い懸念がある。

 再処理や核拡散問題に詳しい海外の研究者ら5人も、青森県六ケ所村にある再処理工場の稼働中止を求め、それがすぐに決められない場合は長期間棚上げすべきだ、などとする共同提案をこのほど朝日新聞に寄せた。
 「再処理しないと使用済み燃料があふれる」との政府の説明も説得力に欠ける。

 将来、地中に埋めることを前提に、当面は「乾式キャスク」という容器に入れて地上で保管する方法が海外ではすでに確立している。日本学術会議もこの方式を提言している。

■政策転換への機会に
 福島第一原発の事故収束や老朽化した原発の廃炉、代替電源の開発、送電網の再構築など、電力産業が今ほど資金を必要としているときはない。

 一方で、巨額の設備投資を電気料金で確実に回収できる総括原価方式は、廃止が決まっている。巨大な「金食い虫」になることが確実なサイクル事業を続ける余裕はないはずだ。
 政府内では過去にも政策転換が模索されてきた。それが実現しなかった背景には、使用済み燃料を再処理への「資源」として受け入れてきた青森県に「廃棄物の処分場にはしない」と約束してきた経緯がある。

 再処理をやめれば、各原発が青森県から使用済み燃料の引き取りを求められ、原発の稼働に支障が出るという恐怖心だ。
 だが、これだけ大きな原発事故を起こしたのである。切るに切れなかった不良債権を処理する機会にすべきだ。

 もちろん青森県にはていねいに説明する必要がある。乾式貯蔵についても電力消費地を含めた協議が必要だ。必要な費用を誰がどう負担するかなど課題は山積している。それでも、意味のないサイクル事業を続けるより、はるかに建設的だ。
 原発事故の後始末で、国は一歩前へと出る決断をした。原発政策全体についても、責任放棄は許されない。

*
↓ にも......


  1. 2014/02/20(木) 10:56:31|
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ツララ 2

再び氷柱

2月13日に、「氷柱」をエントリした。
その最後に、次のように書いた。

ツララは、陽光を反射しきれいな色で輝く。見る角度をずらすと光芒の色がさまざまに変わる。
そのきれいさを撮ろうとするが、なかなか果たせない。いつかきっとと、幾度もトライすることになる。(笑)

19日に、またツララを撮った。
あのきれいな光芒を見ると、ついカメラを向けたくなる。この前のツララは、なんだか骨みたいで大きな不全感を感じてた。
今回のそれは、どうだろう?
イメージしてるようにはなかなか撮れない。

「何が難しいの?」妻がそう問うけれど、答が分からない。
何を、どうすればいいのか分からないのである。
「昔、安いカメラで上手く撮れたことがあったけどなぁ。レンズがわるいのか......?」へへ、レンズのせいにしてしまう自分が恨めしい。

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今朝の気温-5度、曇


  1. 2014/02/20(木) 06:13:52|
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沓掛コース

ある散歩コース

2月に入って2度めの寒波。やはり2月がいちばん冬らしい月だ。寒さと吹雪が一緒で荒れてる。
「ダイコンとカブ、なくなった」妻が言うけれど、こんな天気の時は畑にも行けない。
今回の寒波は、太平洋側にも大量の雪を降らせてるようだし、九州あたりも20センチ近い積雪とか......
記録的な雪降りだったみたい。
「天童の家」あたりも、14日の夕方から、ずーっと雪で、今朝方からは吹雪だ。

それでも降っては消える雪だったから、屋根の雪下ろしは部分的に1回やっただけで、助かってる。
寒さもそろそろピークを越すだろう。
後3週間の辛抱だと思えば、雪掻きもそれほど苦にならない。
天気を見て、ダイコンとカブを掘り起こそうと思っている。

先日、この寒波の来る前、農道を里山の方に歩いた。たまには歩いたことのない道もいいだろうと思った。そこが除雪なっていたからである。
車が通らないのがいい。誰にも気遣うことなく、気ままに、のんびりと歩く。見慣れてる景色でも、改めて眺めれば、カメラを向けたくなることもある。

沓掛広場で、傍を流れてる渓流に踏み入る。除雪された道は、そこで行き止まりだった。
他人が見たら、(なんとももの好きな!)と笑うだろう。でも、誰の目もない、他人を意識せずに、気ままに行動する。せせらぎの音聞きながら小さなつららにカメラを向ける。
こんなゆったりした時間を過ごせること、(いいなぁ)と思う。

なにかやらなければならないことでなし、真冬に雪の積もってる渓流で、好きな情景にカメラを向けている。
小鳥の鳴き声もなく、動物たちの姿もない。渓流のせせらぎだけが意外に音高く聞こえる。静寂を強く感じる。
......と、犬の鳴き声がする。雉撃ちでも来たのだろうか?
近づいて来たのは、近所のHさん。一つ向こう側の道を歩いてきたと笑う。Hさんは1つ年上で、毎日犬と散歩している。
やはり、こんなコースが散歩道としてチョイスされるのだなぁ 自分だけではなかった、と少しホッとする。

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今朝の気温-4度、曇


  1. 2014/02/19(水) 05:59:51|
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鳥の目線で

鳥瞰図的眺め

やや高所恐怖症的である。だが、それは建物とかタワー展望台等に上った場合に感じる不安な気分である。
高山に登った場合は、そういう気分は全然ない。むしろ、高い所が大好きだから、時々むしょうに山に登りたくなる。
というわけで、先日も堅雪になってるのをよいことに「もう一つに山寺」へ登った。

そこからは、山寺地区の千手院、所部、馬形、山寺などの集落が眼下に眺められる。まるで鳥にでもなったような、いわゆる鳥瞰図(俯瞰図)的なそれが好きなのである。
「うす00は、高い所が好き」という言い方がある。(0には、馬と鹿の字が入る)っふふ、自分は時々そのうす00になるようだ。(笑)
そういう姿になると、へへ カモシカなども近づいてくるから嬉しくなる。

高い所に行くと、ふだんは見られない景色が眺められる。それが嬉しい。季節ごとに違った風景が楽しめる。
冬はどのようなふうに見えるのかなぁと雪の山道を上っていく。画像①、②は、見る人が見れば、(あぁ、ここがこんなふうに......)と分かる景色(場所)である。
春に見た風景とは、やはりかなり違った景色に見える。

③以下は、山寺地区冬の千手院、所部、馬形集落で、ここでさまざまな生活が...... と、思ったりするのだった。

画像① 40207-70.jpg

画像②40207-80.jpg

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今朝の気温-3度、小雪


  1. 2014/02/18(火) 06:13:56|
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日脚が伸びて


2013年12月22日が冬至だった。
あの日から58日経って、思う。(日脚がずいぶんと伸びたなぁ)
現在午後5時、まだ青空が明るい。

冬至の頃は、4時で昏くなってた。それから思えば、1時間以上日長になった。今日は何時ころに暮れるのか?厚地のカーテンを閉めずに、夕暮の空を見ていることにする。
午前で吹雪は止み、雪降りもなくなり、雪解けの雫が忙しく落ちてた。今日の雪掻きは1回だけで済んだ。

5時を過ぎたら、急に寒さが感じられるようになった。窓ガラスが曇ってきた。外気温の冷えが、室内の暖かい空気を曇らせたのだなぁ
青空に雲が広がり、空の所々がうすく夕焼けてる。黄昏れの色が急に濃くなった。

午後2時半過ぎに来客がある。私の後の民生委員を引き継いでくれたNさんで、彼は妻と同級生である。
町内自治会でも、一緒に役員をやった仲で、お互いに気心の知れた同士だから、妻も加わって歓談した。

「全国優良公民館表彰受賞祝賀会の案内」が用件だった。
天童温泉「ほほえみの宿 滝の湯」3月15日にやるという。

ここまでタイピングし空を見る。空にはまだ明るさがのこってるが、レースのカーテン越しに見る外は、もう昏く。(あぁ、夜になったなぁ)と思う。時刻は5時40分。
うふふ、ここまで書くのに、40分かかったことになる。
夕食まで、あと30分。そろそろこのへんで切り上げよう。「ご飯にしましょ」間もなく妻が呼びに来る。(笑)

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↓ 下にも......


  1. 2014/02/17(月) 17:50:59|
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親友のメール

友からのメール

2月は、やはりまだ冬の真っ只中だぁ、を実感している。
暦を見ながら、あと2週間、イヤ3週間の辛抱だと自分に言い聞かせてる。
吹雪や降り積もる雪を見ると、つい雪はいやだなぁ、と思ってしまうから、本音はなかなかごまかせないものだとも思う。

っふふ、弱気の虫が、あたまをもたげる。
雪掻きを日に3度もやれば、へへ 堪える。翌日も、その翌日も雪掻きで、後ろ向きになるのはしかたないか。やはり歳には勝てない気がするなぁ。
今朝も、見れば雪掻きしなければならない積雪量だ。けれど、一応 身支度をしたが、雪掻きはしなかった。吹雪いてるし、降りが激しい。
雪掻きしても、また直ぐに降り積もる。ならば、もう少し経ってからやればいい、とズルイ気持ちになった。

少し(イヤ、かなり)落ち込んだ気分で書斎へ戻ってパソコンを向かう。
まだ開かなかったメールを点検する。
...... うっ! 珍しい方からのメールがあった。

----- Original Message -----
   Subject: ご無沙汰で失礼しております
今野幸生 様
  田00一です
ご無沙汰許して下さい。
時折ブログ拝見、全く、力衰えず、素晴らしい写真と卓越した観察力の文、楽しみ敬服いたしております。
昨日の「氷柱」そうだ!ツララを「ボンダラ」(暮れに棒鱈送り頂き有難うございました。)と言うだったんだと、懐かしく、山形での生活を思い出しました。

今野家の屋根に積もった雪や周りの雪、春の訪れを待ち望み、ジーット我慢強く生きる東北の人達を思うと
横浜の地の小生などは幸せかと思います。

まだまだ先になりますが、春がめぐり丹精されるサクランボ園で是非お会させて頂きたいと思います。
横浜も昨夜来から雪です。
今野家皆様の、御身ご自愛お祈り申し上げます。

メールは、先程まで沈滞してた気分をぱーっと明るくしてくれる。
っふふ、なんという気分屋だろうと、可笑しくなる。
早速 さくらんぼ狩りについて返事を書く。へへ、気分はもうさくらんぼ狩りなのだ。(笑)

このくらいの雪に負けてはいられない。
屋根の積雪量がだいぶ嵩高くなった。これ以上積もれば雪下ろしをしなければならいかも......
埋けたダイコンとカブ掘りもしなければならない。
......が、もう少し天気が落ち着くまで待っていよう。作業開始は、それからだ。

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↓ にも......


  1. 2014/02/17(月) 10:09:13|
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天童古城

昨日(16日)は、西沼田大学の3時間目を受講した。
天童市の舞鶴山は、人間将棋が行われる所で、桜の名所である。
市のシンボルでもあるこの山が、堅固な城であった。そのことは市民でさえあまり知らないことである。

「速報・天童古城発掘調査」が今回のテーマで、天童市教育委委員会生涯学習課の阿部さんが講師だった。

若い彼女の話を興味深く、頷きながら、楽しい時間を過ごした。
詳しくまとめて報告するのは、無力な私にはムリで、大雑把なものとなったのはしかたない。(苦笑)
もっと勉強し、いつかもう少しましな報告ができたらいいなぁとか思う次第である。

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今朝の気温1度、曇


  1. 2014/02/17(月) 06:35:13|
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羽を残して

(この寒波の前に書く)
晴れてる。こんな日は、家でじーっとしてるわけにはいかない。でも、どこへ行こうか......
先日降った雪で、堅雪でなくなった。堅雪(高雪)なら道がなくても、どこでも歩けるから、散歩道の心配はいらないのだが、今は抜かって歩きにくい。
スーパー農道は、昨日歩いた。続けて歩くのは、どうもなぁ、気が進まない。車の通らない所がいいのだが......

そこで、いつもの所へ行こうと出かける。「いつもの所」は、散歩道を整備してくれてる。雪が降ってもショベルカーで踏み固めてくれてるから散歩が OKなのだ。ありがたいことである。
カマクラも製作中であることをブログで知った。今年はどのようなカマクラなのか、楽しみにしている。その写真も撮りたい。
男性3人が、大きなカマクラ作りに精出してる。Iさんに挨拶し、写真を撮らせてもらう。

川沿いに散歩道を東へ行き、右へ曲がって山沿いに続く道を、右へ行かずに、左へ少し遠回り、道草をくう。
河川敷のそこに、たくさんの羽が散乱してた。ヤマドリが何かに襲われ、果てたようだ。
殆どを食い尽くされ、残ってるのは赤い血と羽だけ...... 残酷さを感じさせる物はない。真っ白な雪面に長短の羽が散らばり、川風に吹かれ、揺れてる。

(きれいだなぁ)羽を見て思う。カメラを向ける。
抜け落ちた羽にカメラを向けることは、これまでもあった。だけど、襲われ、果てたものの羽をこのように撮るのは、はじめてだ。
抜けた羽は、1枚か2枚だったが、目の前には数多くの羽が散らばってる。大小さまざまの羽。

よけいなことを考えず、(きれいだ)と感じる羽だけに絞ってカメラを向ける。
撮るだけ撮って、(状況も1枚くらい要るかなぁ)と思う。
撮った羽の一部を並べることにする。

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今朝の気温1度、曇


  1. 2014/02/16(日) 06:04:51|
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キャプション


写真にキャプションがないと分からないようなのは、下手な、あるいは悪いものだと云われる。
そういうふうに思っていたから、画像自体でなにが伝えたいかを分かるように心がけてきた。
だが、そうは言っても、なかなかうまく撮れなくて、つい説明したくなる写真が多い。
今日、並べた画像も、残念だけれどキャプションなしには(何なの?)となる。

仙山線脇の窪んだ細道を歩いていた時に見た情景を撮ったものである。
線路に降り積もった雪を、電車が弾き飛ばし、その際に、弾かれた雪の塊が核になって斜面を転がりながら落ちる。
転がり落ちる間に、雪の塊は”雪だるま式”に大きくなり、傾斜面の裾で止まる。

電車が疾走ってる時なら、電車の進行に従って、いくつも、いくつもの雪球がころころ、ころころとまるで競争するように転げ落ちるようすが面白い。
これを撮ったのは、電車が走り去った後だったが、(面白いかも......)とカメラを向けたのだった。
だが、そういうキャプションなしでは、なんだかよく分からないつまらない画像なのかもしれないなぁ

一人合点で、撮る者だけの思い込みでやってる。そういうのを見せられる方は、えらい迷惑ものだろう。
えてして、そういうことが多いかもしれない。なるべく、そうならないように注意しているつもりなのだが、第三者的な冷静な目でみることはなかなか難しい。
雪球がころころ、ころころとまるで競争するように転げ落ちるようすを見ていなければ、この静止画像は、やはり(なんだかよくわからない)ものとして映るのだろうなぁ

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午前10時の気温1度、吹雪 
 
起床し、パソコンを済まし、スノーダンプ雪掻き。こ一時間で一応終わった。だが、作業をはじめた方には、また雪が積もってる。
どこもかしこも雪まみれの景色。うんざり


  1. 2014/02/15(土) 10:02:14|
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漣 2

   鎧 兜
 だれでもが
 みんなが
 それぞれに

 鎧兜を身につけてる
 裸では生きられない

 粗末な鎧もあれば
 頑丈な兜もある

 赤い兜
 白い兜

 緋縅の鎧
 鉄の鎧も

 それぞれが
 だれもが
 鎧兜を身につけている

 脱ぎたいときもあるけれど
 ぬぐことは容易でない
posted by こんの 2014.02/09 06:54分

   それぞれに
 命を与えられ生まれてきた

 望まれた生もある
 逆の生もある

 それぞれに生の意味がある
 そう思いながら生きている

 ふと、そんな気がしてきたのだが
 もしかしたら.......

 まったく逆なのかもしれない
posted by こんの 2014.01/30 07:39分

   似ているのに
 お互いに
 同じような目

 同じような口
 似ている旋毛

 同じような長い足
 似ている細い指

 君は男
 私は女

 似ている二人
 同じように生きてる

 なのに......
 なのに......

 君のこころが
 私にはわからない
posted by こんの 2014.01/21 07:08分

   日 輪
 雪が舞ってるのに
 冬の日輪が見える

 見え隠れに日輪が
 雪雲の向こうにある

 雪だろうと、なかろうと
 日輪はそこにあリ続ける
posted by こんの 2014.01/08 06:24分

   底流に
 意図していようが、いまいが
 そこには描き手の人柄がでる

 書き手・描き手・作者
 作品にはたとえイヤでも作者の
 意志がこもってしまう

 書・画像・文章
 もちろん絵画にも
 表現者のこころがこもる

 20年経ってもアイデンティティは
 作品に流れつづける
posted by こんの 2013.12/23 07:37分

   彷 徨
 わけもなく
 彷徨う

 で、なにかが
 あるのかもしれない

 言葉も
 行動も

 彷徨う
 わけもなく

 イヤ、わけはあるのだろう
 あるはずだ

 それさえわかれば
 きっと彷徨うことはない
 そんな気がする
posted by こんの 2013.12/16 09:34分

   
 時間と宇宙を考えると
 いつも迷宮にはいってしまう

 人間が月に立ち
 遥かな宇宙を往還する現在

 だが、月の光は
 今なおこころを「想い」へ誘う

 時間と宇宙は
 こころを果てしなく拡げさせる
posted by こんの 2013.12/06 07:06分

   伝えたい
 伝えたい
 この気持ち

 伝えたい
 一人では寂しい

 伝えたい
 この自然の美しさ

 伝えたい
 このこころの動き

 伝えたい
 生まれきて、一緒に生きている
 この素晴らしさ
posted by こんの 2013.11/22 07:14分

   生と死
 生と死を考えると
 いつもわからなくなる

 生とはどういうこと
 死とはなになのと

 堂々巡り
 いつも投げ出して

 生と死とは
 隣り合わせのようにみえる

 わからない......
 が、必定と不意打ちが同居してるようだ
posted by こんの 2013.11/08 07:18分

   満ち欠け
 月が鏡であったなら
 そう思った人がいた

 あなたの姿が写せたのに、と

 17日、十三夜
 19日、あなたと二人の満月

 やはり二人の満月が嬉しい

 クレーターは半月の方がよく見える

 あと4日経てば、満月
 やはり二人の満月が嬉しい
posted by こんの 2013.10/15 08:56分

   光るもの
 螢を捕まえた
 と、思ったが......

 光が散らばり
 手にまとわりつく

 拭っても
 ぬぐっても

 光は手の中
 いっぱいに広がる
posted by こんの 2013.09/11 06:47分

   手を翳さなくても
 日輪のように
 眩しいと手を翳さなくてもいい

 ちょうどいい光の量が
 こころを落ち着かせる

 自ら光らなくても
 月は自らの存在をしめす

 こころを落ち着かせる
 ちょうどいい光の量だ
posted by こんの 2013.08/26 05:40分

   朝の匂い
 寝不足を覚えながら
 朝を感じたものだ

 朝の匂いを懐かしむ
 毎朝迎える朝だけど

 朝の匂いが
 「朝がきたよ」という

 夜勤を何年やったろう
 朝の匂いが懐かしい

 夜勤を卒業しもう何年
 朝の匂いが懐かしい
posted by こんの 2013.08/13 06:37分

   
 夏
 川風、蝉しぐれ
 スイカ、井戸水

 蝉
 全身で鳴く姿
 一年中の幻聴

 命
 蝉の儚い命
 思い切り鳴くがいい
posted by こんの 2013.08/02 07:16分

   
 あぁ 月だ
 月が出てる
 こんな時間に

 ふと見上げ
 気づく月
 こんな方向に......

 丸かったり
 鋭く細かったり
 今はこんな形か

 ふと見上げる
 月が天空に浮かんでる
 宙を意識する時だ......
posted by こんの 2013.07/22 07:09分

   泣 く
 泣きたい時は
 思い切り泣くがいい

 泣きたくても
 泣けない時がある

 忘れたいものを
 涙は流してくれる

 涙はこころの安全弁
 泣きたい時は思い切り泣くがいい
posted by こんの 2013.07/07 06:18分

   なにを
 努めて何かを思い出そうと
 しているわけではないのに

 思いがけないことが
 ふっと浮かんでくる

 楽しかったできごとでなくて
 なにか戸惑いを伴って浮かぶ
 いったい何が隠されてるのか

 その出来ごとがいまさら
 蘇るのか...... なぜ
posted by こんの 2013.06/30 09:45分

   忘れ物なのか
 本当に、あの時
 おいてけぼりに
 なったのだろうか?

 そうじゃなくて
 おいてけぼりでは
 何もなかったのかも

 錯覚に似た記憶
 幻のキオク
 じゃなっかたのか

 おいてけぼり感
 それだけが残る
 もともとなかったおいてけぼり
posted by こんの 2013.06/19 15:22分

   大きなこころ
 風を見ることができない
 風は感じられる

 風の声が聴けるあなた
 風のこころがよめる

 それほどにあなたの
 こころは大きいのですねぇ

 今朝の散歩で
 風の声をきいたような

 そんな今朝の散歩
 嬉しい朝
posted by こんの 2013.06/10 06:50分

   見え隠れ
 予感は、あからさまに姿を見せない

 それなのに......
 いつの間にか、予感が現実となる

 お前は、どこからきて
 どこへ行こうとしているのだ!

 予 感
 意識の前に
 脳は、知っているというのか......
posted by こんの 2013.05/27 12:27分

   他人の?
 あなたは誰?
 まるで私じゃないみたい

 あなたはどなた?
 そんな私みたことない

 見知らぬ誰かさん
 それも私なの

 そういう私も
 そうか
 きっといるんだなぁ
posted by こんの 2013.05/03 07:14分

   逞しく
 いつの間にか
 気づけば
 逞しくなっている

 そうか
 もう運転免許取得
 働きだしたのですね

 うう
 なんという逞しさ
 気づかないうちに

 あぁ、人は
 日毎に逞しく
 そして優しくなってく

 嬉しい!ことです
posted by こんの 2013.04/15 07:16分

   いろいろな世界が
 花が入り口なのですね

 花のトンネルをくぐると

 過去の懐かしい風景

 向こうには新しい世界

 花のトンネルの向こうに

 見えてくる、見えてくる

 いろいろな世界が見える
posted by こんの 2013.04/02 06:59分

   甦 れ
 人生を彩るのは
 数々の思い出

 記憶は思い出のアルバム
 写真も過去を彩る鏡

 時には、時を止め
 できごとにスポットをあてる

 常ならぬ日々を
 彩られた日々を

 思い出が蘇らせる
 時の流れをとめて
posted by こんの 2013.03/19 07:29分

   止まった時
 風は見えない
 自分の顔も見えない

 時は見えない
 顔も見えない

 風が木の葉を揺らす
 鏡が顔を映す

 時と
 顔を
 同時に止めるのは......
 写真

 いつまでも
 止めて在る
posted by こんの 2013.02/12 07:30分

*
今朝の気温-1度、曇


  1. 2014/02/15(土) 06:07:27|
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沈黙は金

男は黙って

繰り返し書いていることだが、やっぱり冬が好きだ。雪も好きである。雪国に暮らしている幸せを感じてる。
雪掻きや寒さは、辛い。だが、それ以上に冬(雪)という季節が好きなんだなぁとしみじみ思う。
雪や寒冷の中から、冬にしか楽しめない楽しさを見つけた時の嬉しさは、密かな、そして大きな喜びである。

雪や冷気が創りだす世界が、面白い。カマクラ、滑り台、雪合戦、雪中かるたとり、雪灯篭、凍み大根、樹氷、ツララ、スキー、スケート、クリスマス、お正月、豆まき、バレンタインデー、冬花火 etc
雪が伴うから一層楽しくなるという側面があるだろう。
オリンピックだって、冬季が独立してあるように......

「男は黙ってキリンビール」だったかなぁ そういうCMがあった。ふと、思い出した。
「天童の家」で繰り返しエントリーしてる画像がある。雪が創りだす自然の風景の素晴らしさ! それを写せるのが大きな楽しみである。
うん、よけいなことはもう言うまい。男は黙って旨いビールを飲めばいい!

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↓ にも......


  1. 2014/02/14(金) 13:48:58|
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バレンタインデー

義理ではない

先にアップしたブログに、ぶんともさんからコメントがあった。

   虹の発掘?
 こんのさんへ
 偶然とはいえ氷から虹が見えるなんて。
 お二人の会話も素敵ですね。まさにバレンタイン(笑)
 虹造りの奥様♪ですね?
          2014/02/14(金) 09:20:40 ぶんとも

ぶんともさん、ありがとうございます

そして、迷っていたことを実行に移した。
その前までは、大人気ないことはよそうと思っていたのだ。...が、ぶんともさんのコメント中にあるバレンタインの文字をみて、やる気に変わった。
74になって、いまだにバレンタインのチョコが嬉しいのである。

それを義理チョコというには、あまりにも不遜な言い方と思える。これは妻には内緒だが、本命のチョコに思えてならないからである。(笑)
下の写真を見てくだされたい。私が迷うのも頷いてもらえるはずだ。ねぇ そう思えるでしょう。
このチョコ、妻の眼のとどかないようにできるかなぁ......

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追 加

妻の姿が見えない。と思ってたら、間もなく何かを抱えて書斎に現れる。
「これ...」と差し出すので、何かなぁと袋を開ける。
帽子だ。
妻からのバレンタインの贈り物。嬉しい!

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↓ のそれを受けて......


  1. 2014/02/14(金) 09:52:09|
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池の虹


朝食後、書斎でパソコンをしていたら、妻がなんだか忙しそうに寄ってきて言う。
「パパ、池のスガ(氷)割ったらね、虹が出た! ホントだってぇ 見て、見て、きれいだから!」
「カメラ持ってくか?」
「とにかく見てみて......」妻の後について、池に向かう。

「ほら、そこ! ね、虹でしょ」妻が意気込んで指差す。
そこに、きれいな色彩があった。迷わずカメラを向ける。

池に張った氷を割っていた。硬くてなかなか割れなかった。でも、雪ベラで叩いた所にヒビが走って、見ればそこに色が浮き出たのだという。
きれいな色が浮かんだのを見て、私にも見せたいと、妻は息せききって書斎に呼びにきたのだ。

「ママ、きれいな色だねぇ。どんなふうに写ってるか楽しみ」直ぐに画像処理にかかる。
妻は、虹というけれど、空に架かるあの虹とは大違い。だけど、ふ~む、珍しいのを見た気がする。
氷にヒビが入ったことで、太陽光が複雑に反射し、このような色が現れたのだろう。

「パパ、どう? 使える(画像が)のがある」
「あぁ、きれいさはいまいちだけど、珍しいかもね。ママ、教えてくれてありがとう」
「これ見て、みなさんなんとコメントしてくれるか、楽しみね」
「うん、みなさんにはどんなふうに映るのかなぁ......」

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今朝の気温-4度、曇


  1. 2014/02/14(金) 06:16:03|
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アイスモンスター

もう一つの氷像

モンスターといえば、樹氷を指す。だが、ここでもう一つの氷の像を見てみる。

川原の堰堤で、水の流れが岸に接する所が凍りついて、いろいろな形を作る。
あるいは川岸で、やはり同じように水が凍りながら、ある形を作ってく。
前者では立体的な像が、後者では平面的な氷となる。それぞれに見る人の想像を刺激する。

想像の世界で遊んでみるのも面白い。

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午後4時の気温0度、晴

↓ にも......


  1. 2014/02/13(木) 16:24:28|
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氷 柱

ツララのこと

ツララは、氷柱のことである。子どもの頃は「ぼんだら」とか「ぼうだら」などとも呼んだものだ。
ツララは、雪が融けてできた棒状の氷。毎日少しずつ伸び、1㍍近くにもなる。条件次第では3㍍ほどにも伸びることもある。
ツララを考えると、ちょっとおかしなことに気づく。雪が溶けてツララができる。ツララは氷の棒。

雪が融けて水になり、その水が凍って氷になって長く伸びてく。それがツララである。
一方で雪が融けて水になり、他の一方で融けた水が氷になる。違うことが同時に起きてる。そんなことがあるのだろうか?
一方で融け、同時に他方では凍る。同時にそういうことが起きるから、ツララができ、伸びてく。
ふ、ふ、不思議なことだ。同時に、融けることと凍ることを繰り返してる。

屋根に積もった雪は、家屋の温かさで融け、水となって庇まで流れる。庇まで流れた水は、冷えた外気温に触れて冷やされ凍ってしまう。
はじめは小さな氷の粒が、次々と流れ下る水が凍ることで少しずつ大きくなってく。それを繰り返すことでツララは成長してくことになる。

繰り返して書く。温かい屋根(0度以上)に接してる雪が融ける。水は屋根を流れ庇へ移動する。庇や外気温の冷たい空気(零下)で冷やされた水が凍ってしまう。
外気にさらされ続けるツララの表面を伝って流れる融けた水は短時間で凍ってツララの成長は早まり、長く太いツララができる。

成長したツララは、かなり重い。気温が上昇するに従ってツララ全体が溶けはじめ、雫がひっきりなしに落下する。
庇に接してる部分ももちろん融ける。自体の重みを支えきれなくなったツララは庇から落下する。

ツララは、陽光を反射しきれいな色で輝く。見る角度をずらすと光芒の色がさまざまに変わる。
そのきれいさを撮ろうとするが、なかなか果たせない。いつかきっとと、幾度もトライすることになる。(笑)

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今朝の気温-3度、薄い雲の向こうにぼんやりと青空


  1. 2014/02/13(木) 06:23:19|
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斃れた場所に

積雪期の散歩は、スーパー農道(広域農免道路)を利用している。除雪してあるし、交通量が一般道よりもかなり少ないからである。
道の両側は、りんご、ぶどうなどさまざまな果樹が並んでるが、これといった眺望などはないのが残念だ。
雪のない時に歩いてるサイクリング・ロードは、人と自転車以外は通れないようになっているから、事故の恐れがない。

スーパー農道は、一般道路と同じような車が通る。信号がほとんどないし、また直線道路が長いから、スピードをあげて走る車も見られる。
スーパー農道は、車にさえ気をつければ、まぁまぁの散歩道と自分に言い聞かせて歩いている。

先日、道路端に、雪に埋もれるようにして、真っ白な雪の中に、赤い花があるのが目に入る。
(こんな所に、このような花が......)それは一目で、お供え花であると分かった。いわば、墓標代わりの花か......

似たようなのを、奥深い登山道脇でいくつか見ている。
おそらくは、そこで遭難したのだろう。遺族や友人たちが手向けた花束が、いろいろなことを想像させる。
「蒼き狼になって、荒野を駆け巡れ」などという墓碑みたいなのを見たこともある。
墓地や霊園にあるそれと違って、斃れた場所に供える花や碑文は、なぜか想像力をかきたてる。

阿川弘之の著書に、『雲の墓標』がある。
 平洋戦争末期、南方諸島の日本軍が次々に玉砕し、本土決戦が叫ばれていた頃、海軍予備学生たちは特攻隊員として、空や海の果てに消えていった……。
 一特攻学徒兵吉野次郎の日記の形をとり、大空に散った彼ら若人たちの、生への執着と死の恐怖に身をもだえる真実の姿を描く。
 観念的イデオロギー的な従来の戦争小説にはのぞむことのできなかったリアリティを持つ問題作(新潮文庫)

雪中で見た供花から、そこが道路端だったせいか、交通事故を思った。そうでないかもしれない。
真っ白な花、緑濃い葉、黄色い菊の花もあった。それがきれいに見えた。供花をきれいだなとど言っていいのか分からないが、鮮やかな美しさだった。
そして、なぜか『雲の墓標』とか、御巣鷹山などが連想されたのだった。

逝った者には、そこがどういう意味を持つのかは知らない。だが、遺された者には、そこはやはり忘れられない場所として存在し続けるのだろう。
生きていた最後の場所、そこが山だったり、時には大空の時代もあった。道路端というのは、ある意味、いかにも現代的な所なのかもしれない。
雪に埋まるように供えられた花を見て、ついカメラを向けてしまったが、はたしてそれが許されることだったのか...... 分からない。

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↓ にも......


  1. 2014/02/12(水) 09:42:19|
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蔵王の樹氷 

10日づけ読売新聞山形版に次のような記事が載った。

   遭難の2人自力で下山 蔵王
 山形署は9日、山形市の蔵王に冬山登山に出かけた横浜市港区丸山台、IT関連会社員井沢栄貴さん(36)と埼玉県川口市戸塚、自動車会社員沢田綾恵さん(40)が8日に遭難、9日午前に保護されたと発表した。
 2人は低体温症の疑いで病院に搬送されたが、命に別条はない。
 発表によると、2人は日帰りの予定で8日に「地蔵山」の登ったが、山頂(1736㍍)付近から蔵王ロープウェイの「地蔵山頂駅」(1661㍍)へ向かう途中で道に迷い、同日午後3時頃に携帯電話で樹氷高原駅へ連絡した。
 出動要請を受けた地元のパトロール隊は2人を発見できず、捜索を打ち切ったが、9日午前8時半頃、2人は自力で地蔵山頂駅にたどり着いたという。
 2人は食料と水を携帯しており、「雪中に掘った穴の中で一晩を過ごした」と話しているという。
 8日は吹雪で視界が悪い状態だった。

8日は、平地でも吹雪いたのだから、山は酷いブリザート状態で視界がないのは当然だろう。そんな日に登山するなど、考え難い。
今年の樹氷はきれい、だそうだ。が、とてもじゃないが、そんな天気の時は行く気がしない。行けない。
きれいな樹氷は、これまでたくさん見ている。
樹氷の本場、地元にいながらモンスターをエントリーしないのは、やはり寂しい。

ということなので、「天童の家」では 昨年アップした画像を、今年また並べることにする。

昨年は、好天に恵まれ、たくさんの画像を得た。
その全部を再掲載するのもどうかと思うので、もしもっと見たい方は、昨年のブログ(2013年2月2日)へアクセスください。

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今朝の気温-6度、曇

  1. 2014/02/12(水) 05:20:00|
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広範囲な降雪

8日から降った雪は、太平洋側にも記録的なものだった。
都知事選立候補者たちは、雪降りしきるなかで最後の訴えをした。
首都圏の積雪が30センチ前後になった所もあった。

「天童の家」辺りも、8日には雪掻きを2回やった。
9日朝の雪掻きは、妻と息子と3人でこ1時間かかった。雪掻きだけで 9414歩 の作業だった。
10日朝、久しぶりで家の周りの雪景色を撮る。

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↓ 下にも......


  1. 2014/02/11(火) 06:37:30|
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