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大晦日

煩悩の数々

平成25年が今日で暮れる。
この1年を振り返ると、念頭に強く思い浮かぶできごとが二つある。
一つは、「天童の家」十大ニュースにもあげたことだが、断水である。わずか2日間だったが、飲料水・生活用水がなくなることがいかに困るかを知らされた。

3.11の時も似たような思いをした。
ふだんどうということもなしに利用している 水・電気・ガソリン等が使えない時の困窮が、自己の存在感までを危うくするを覚えた。
平凡な日常の生活が、できなくなって、その時、平凡なそれまでの暮らしがなんとも貴重だったのを思い知る。
3.11は、それまでの考え方、感じ方、暮らし方を大きく変えた気がしてならない。

今年のあの断水は、3.11の惨状には遠く及ばない小さなできごとだったけれど、毎日変わり映えもしない平凡な日常生活が、いかにだいじなことかを再確認させられた。

さて、もう一つのことは、オリンピックが2020年に東京開催が決まったことである。
それが、何故自分に関係あるのか? そのワケを次に書く。

オリンピックが格別に好きでもなく、人並みに平均的な人間だと思う。(笑)
でも、開催が7年後ということを思った時、それまでの安定的な自分が、大きく揺れるのを覚えた。
(あと7年生きられるか?!)というこころのザワメキが、それまで穏やかだった自分を揺さぶる。

東京開催が決まる前までは、いつまで生きられるかなどという思いはなかった。(寿命が尽きれば、それまで)という気持ちで安定してたような気がする。
ところが、7年後という具体的な時間が出たことで、(自分はどうなのだ?!)という意識が出てき、それがこころを揺さぶるのである。
意外な変化である。正直言えば、イヤなことだ。これまで(いつまで生きられる)などと考えなかったのに、オリンピック東京開催が7年後というそれが、なぜか否応なくこころを揺さぶり、落ち着かない気分になる。

7年という時間は、とてつもなく長い気がする。74+7=81。81まで生きるなんて......
オリンピック開催に拘る必要は、何もない。だから、サラリと忘れてしまえばいいのだ。と思うのだが、一度意識したことはなかなか忘却できない。拘っているからだろう。
来年になって、オリンピック関連の話題が少なくなれば、いつとはなしに7年という時間も忘れてしまってるのかも知れない。
できれば、そうあって欲しいものだ。(笑)

今日は、大晦日。
除夜の鐘が、数々の煩悩を消し去ってくれるかなぁ......

「天童の家」いろいろと迷惑おかけしたしたこと多かったような気がする。
皆様のアクセス、コメント、拍手、励みになり、生かされてる気持ちが強い。ありがたいことである。
どうか来年もよろしくお願いいたします。

良いお年をお迎えください。
                2013年大晦日  今 野 幸 生


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  1. 2013/12/31(火) 06:08:55|
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レンコン

見通しよく

27日に、筑波大学のYさんから大きくて立派なレンコンが送られてきた。
我が家だけでは、とても食べきれないので 親しくしている従姉妹(2軒)へ分けてあげることにした。
「Pさん家では、とても喜んでた。Mさん家、留守だったから玄関脇の箱に入れてきた」戻った妻が言う。

しばらくすると、我が家の玄関チャイムが鳴る。
Mさんさん夫婦がやってき、袋を差し出し、「レンコン、いっぱいあるから食べて」という。
「Mさん、家に寄らないで来たの? 私、先ほど玄関脇の箱にレンコン入れてきたのよ」妻がいう。
Mさん夫婦と妻が一瞬、見つめ合う。

「家に寄らないでまっすぐここへ来た。うちへもレンコン持って来てくれた?!」
「......」頷きながら、妻の顔がほころびはじめる。
「そうかぁ また レモンになったのかぁ」Mさん夫婦の顔もほころび、3人は腰を曲げ、爆笑、爆笑、大爆笑となる。

昨年のことが、思い出される。以下は、昨年12月30日のブログの抜粋である。

 珍しい品で、一度に食べきれない時、妻は真っ先に従姉妹の家に持って行く。
 今回は、その柚子を分けてあげることにし、ネットからプリントアウトしたママレード・レシピを添えて持って行った。
 「喜んでた。柚子のママレード、まだ作ったことないけど、プリント通りにやってみると...... 私はキンカンの甘露煮やりますよ」妻は、るんるん気分で甘露煮作りにとりかかる。

 間も無くして、従姉妹から電話が入る。
 妻は、なにが可笑しいのか受話器を抱えながら笑い転げる。
 「パパ、先っき持って行ってあげたあれね、レモンじゃないかって......」妻が、まだ可笑しさを堪えながら言う。
 「あんなに大きなレモン、見たことないなぁ レモンってカリフォルニアあたりから輸入するんだろう。日本でレモンがとれる? あんなに大きなレモン、見たことない」
 柚子と思い込んでる私には、とてもレモンとは思えないのである。

 従姉妹は、柚子のお返し(返礼)としてレモン2個をくれた。
 柚子(じつはレモン)をあげたお礼にレモンをもらってきた。
 そのことが妻の爆笑の元だったのである。

 そのことを聞いて、(あぁ、これで今年もあっ晴れ、年が越せるなぁ)と思った次第である。
 今年最後の馬鹿話、みなさん 明日はとうとう大晦日、もう良い年を迎える準備はできたでしょうか(笑)

今年は、レモンではないけれど、同じようなことである。

妻は、貰ったレンコンをお裾分けにと Mさん家へ持って行った。
Mさんは、それを知らないで、レンコンを食べろと持ってきたのである。
レンコンは、お節料理には欠かせないものだから、買って持ってきてくれたのである。

昨年はレモンと知らないで、ユズとして上げた。Mさんはお返しにレモンをくれた。
レモンをあげて、レモンをもらった。
今年はレンコンをあげて、レンコンをもらったのを知らないで、お返しにレンコンをいただいた。

昨年のことが思い出され、可笑しさが倍加し、笑いが止まらない。
うん、今年もまた笑って年が越せる。ありがたいことである。

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  1. 2013/12/30(月) 04:50:17|
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雪下ろし

断続的にずーっと降り続いてる雪。ドカ雪ではないのだが、消える量よりも降る方がやや多いから、屋根の雪は少しずつ笠高になってくる。
まだまだ建物が倒壊するおそれはない。だが、雨ではみられない現象で、溶けた雪がトタン屋根の隙間から漏れ、慌てたことがある。
そのような水漏れをなくする予防として、部分的に雪下ろしをした。「備えあれば憂いなし」というわけである。

それにしても、今年は降雪量が多い。12月から早々と根雪になるようだ。
雪掻きも、昨日は2回もやった。今朝も息子の助っ人で小一時間かかった。
雪掻きの後は、決まって汗で濡れた肌着を着替えなければならない。
今日は、雪掻きで着替え、さらに屋根の雪下ろしでも汗を流し着替える。
肌着(シャツ)だからたいした洗濯物でもないが......

運動量の少なくなる冬期間、着替えなければならない運動量は、っふふ ちょうどよいかも知れない。
そう思うことで、雪掻きや雪下ろしの辛さが少し減じるような気がする。(笑)

画像は、今朝と雪下ろし後に撮った。

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午後3時の気温1度、曇

↓ 下にも......


  1. 2013/12/29(日) 15:03:54|
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月毎の1枚

「今月の1枚」

「天童の家」は、駄文とダメな画像で成り立ってる。
本人は、それでもまじめにやっているつもりなので、どうかご寛恕くだされますようお願いする。
そこで図にのって、傲慢にも今年撮った画像の中から、今月の1枚をならべるという次第である。

1月に使ってる画像は、かなりの数になるはずだと数えてみた。以下の通りである。

1月(299).2月(222).3月(178).4月(288).5月(354).6月(229).
7月(298).8月(265).9月(210).10月(344). 11月(253). 12月(204)12月は27日現在

1年間では、なんと3144枚である。1日約8.6枚となる。
こんなふうにみてみたのは、はじめてであり、我ながら驚いている。

「今月の一枚」ということで、改めて見直しもっと驚いたのは、こんなにも多くの画像を並べながら、選ぶのがほとんどない!
何枚かの候補の中からいちばん良いものをと考えていたが、驚いたことに候補になる画像すらないのだ。
恥ずかしい! よくもまぁこのような画像を平気で並べていたものだと汗がじわりと滲んでくる。

撮った時は、なにかを感じてカメラを向けていたはずなのに、その感じたものがどこにも見つからない。
参ったなぁ 時をおいて眺め直すと、ダメなところだけがはっきりと見えてくる。うう、恥ずかしいなぁ

それでも、はじめた以上はなんとか選ばなければならない。冷や汗を滲ませながら、迷い迷いしてどうにか選んではみたが、10月と11月は最後まで迷い、結局2枚ずつになってしまった。

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  1. 2013/12/29(日) 06:00:00|
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楽しかった小旅行


昨日は、「天童の家」今年の十大ニュースを書いた。
書いた後、つらつら考えると、どうも書き残したことがいっぱいあるような気がしてならなかった。
とてもじゃないが、1年365日のなかの暮らし、できごとをわずか10項目におさめるのはどだいがムリなことである。
十大以上の「喜び」ないしは「切なさ」などがこぼれ落ちてる気がしないでもない。
つきつめて言えば、1日の中にもそれなりの喜怒哀楽がある。まして365日でいえば、とても10項目では不全感を覚えるのはしかたない。

例えば、日常生活からはなれた小旅行。数えてみたら昨年は5回していた。年頭の思いでは、隔月ごとにしたいと計画したが、5回にとどまった。
けれど、それはとても素敵な、大きな喜びあふれること(内容)で、思い出せば、こころが潤う。
歳末にあたり、もう一度ページを繰ってみることにする。

第一回小旅行 秋保温泉「蘭 亭」1月28日~29日

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「『創作料理』が美味しかったなぁ」
旅館やホテルで出される定番料理と違って、蘭亭のお膳は、工夫された料理のイメージが嬉しかった。

第二回小旅行 中尊寺など 4月25日~27日 水沢「薬師堂温泉」・「ホテル衣川荘」

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「毛越寺、以前(30年前)に行った時と大きく変貌し、自然の姿が失われてたのが残念だった」
世界遺産に登録された中尊寺、幾度目かの観光だったが、何度みてもいろいろな感慨がわきあがる。

第三回小旅行 湯野浜温泉「ビュー海のホテル」7月11日~12日
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「風呂から眺める広々とした景色が開放的で、心がすいこまれる眺めにうっとり」
加茂水族館のクラゲ、その美しさにわくわくしながらカメラを向ける。

第四回小旅行 月山紅葉・湯野浜温泉「ビュー海のホテル」10月29日~30日

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「紅葉の向こうに真っ白な月山、はじめて目にする風景にファンタジー、非現実的な幻想を強く感じる」
7月に泊まった時の好印象で、また同じホテルを使う。

第五回小旅行 作並温泉「湯の原ホテル」12月19日~20日

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「お・も・て・な・しの心を実感し、胸キューンの宿だったね」
家庭的な、こじんまりとした宿だからこその接遇が嬉しかった。

上のカッコ内のそれは、妻の一言である。

年金生活者だから、贅沢はできない。送られてくる旅の情報誌から身に合った宿を探しチョイスする。
その宿探しがまた楽しい。もちろんパソコンでも確認する。日にち、曜日等でも値段が変わる。
幸い、そういう箍に縛られない二人だから、天候などを考えながら旅行直前に予約を入れる。

良い宿に巡りあうと妻の笑顔が嬉しい。
「当たりだったね」
「また来たい宿だ」
以前は、外れることがあったけれど、最近はほとんど外れはなくなったなぁ

*
今朝の気温1度、


  1. 2013/12/28(土) 05:37:23|
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十大ニュース

「天童の家」 十大ニュース 2013

例年なら28日が御用納めだが、今年は明日が土曜日なので、今日が最後の仕事という方々が多いのかなぁ
銀行は、お盆期間でも営業を休まないが、年末年始は休業になるから気をつけないと困ることがある。
今年も残すところ4日、今日は恒例<「天童の家」十大ニュース>を書くことにする。

1. CT検査を受ける。1月4日・7日 前年の歳末、門松をとりに行った帰り道、車運転中に視野狭小と像の歪みが発現。そのことを妻が娘に話す。妻と娘の勧めに応じ、娘の勤めてる医院を受診(4日)。精査のため東北中央病院でCT検査を受ける(7日)。
  結果は、「異常なし」。その後は視野狭小、像の歪みなど出現していない。

2.孫(光浩君)就職、4月1日。娘の子ども(男子3人)の長男が就職。

3.母 米寿の祝い。4月7日。寿司ショップ「彩」で、ささやかなお祝いをする。孫やひ孫たちに囲まれ、記念品などもらい嬉しそうな母。

4.カメラ入院。4月13日。トラブル・メッセージの表示もなく、入院。幸いなことに回復し、その後もトラブルなく活躍中。

5.ケータイ水中沈没。6月2日。胸ポケットから表の池に落ちる。直ぐ拾いあげるが、機能停止。
  息子が応急処置(袋に大量の乾燥剤とケータイを一緒に入れる)。その結果、ケータイ蘇生。

6.断 水。7月23日。7月18日及び22日の大雨に伴い、西川浄水場で取水している寒河江川の水が濁流となったため、浄化できなくなり水道水を作れなくなっての断水。
  断水は、2日間つづき、飲料水や生活用水の確保に走り回った。断水見舞いのペットボトルがありがたかった。

7.柿不作。例年たわわに実る平種柿、今年は実つきがわるく、毎年干し柿用に分けてあげている3軒に断りの電話をする。
  せめて自分の家で食べる分の干し柿だけは作りたいと、パラパラとなってるのかき集めどうにか旨い干し柿が作れた。

8.ソバ作り最後の年? 今年のソバは、順調に育ち豊作だった。収穫・脱穀・精選・製粉を経て、自家製ソバが打てるはずだった。
  しかし、種から粉にしてくれる製粉が、いろいろな都合でしてもらえなくなった。所々の製粉所をあたってみたが、ダメだった。
  十数年間、自分で育てたソバでソバ打ちを楽しんできたが、そろそろ切り上げてもいい頃合いだなぁ

9.新しい友たちができる。今年は、なぜかインターネットで新しいお友だちが数人もでき、嬉しい。
  Bさん・Mさん・Iさん・Sさん・Tさんたちで、ネットをやっていて(よかったなぁ)と思う。

10.映画館で観る。Mさんたちから頂いた鑑賞チケットで『そして父になる』・『利休にたずねよ』を妻と二人、何年ぶりかの映画鑑賞。映画館で並んで観るなんて久しぶり、昔に還ったような気分(笑)。

忘れるところだった。
十大だから、ここで終わりと思い違い。11があるのだった。

11.74歳になる。12月18日に74歳を迎えた。これまで大きな病気もせずにこれたことは、大きなできごとと思う。
  自然にそう思う。素晴らしいことだし、やはり改めてここに記しておきたい。

今年もいろいろなことがあった。総体でいえば、まずまず良い年であった。腹が立つこともあったかも知れないし、し残したことがいくつかはあった。
でも、もうなにがどうした、どうだったという子細はこころにない。
「今がいちばん幸せ」という妻の言葉が、今は自分のこころに広がる。
今年があと4日で終る。
来年もきっとよい年となるだろう。そう信じている。(笑)

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晩白柚のママレード

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今年3度目の白菜漬け、天日に晒した後 昨日漬け込む

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今朝の気温1度、


  1. 2013/12/27(金) 05:33:37|
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落下風景


25日は、雪が終日降らなかった。時折陽が射したりした。散歩に行きたかったが、来客があってできなかった。
わずかの時間、近所を歩いた。まだ大地や空気が冷えきってないので、融雪も進み、樹上の雪が落下し、なんとなく中途半端な景色になってる。
地上は、白いのだが、黒い裸木が、濡れ雑巾のように汚く見える。こういうのにはカメラを向ける気がしない。
それでも、注意深く眺めれば、こころに響くものが見つかる。小さな感動はどこにでも転がってるから嬉しい。

今年は、ホワイトクリスマスになった。道路には雪がないけれど、地上は一面白い。
屋根に積った雪が、わずかずつ下方へ移動し、ある程度までそのまま伸び、留まる。
......が、それも限界を超えると、空間にのびた雪の塊は、自体の重みでドサリと地上に落下する。

屋根から空間に伸びてた雪の塊が、いつ落下するのかを見つめている。が、落下する瞬間はつかめない。
流れ星と同じで、流れはじめてわずかの時間が経過し、光の尾を引いてからでないと流れ星と判断出来ない。
だが、流れ星が(あっ!)と思う間に消滅するように、屋根の雪が地上に落下するのも流れ星とほぼ似て瞬間的な時間だ。

杉林に降り積もった雪が、陽に融け、枝から落下する時の情景は、屋根雪の落下よりは風情がある。
杉の上部に積もった雪が落下する際、直ぐ下の雪も巻き込みながら雪煙を上げながら落下する。
流れ星や屋根の雪の落下とはやや違い、カメラを向ける時間がある。気温が上昇する時刻に、構えていれば撮影が可能だ。
たまたま偶然に撮れることもある。(笑)いちばんはじめの画像、左端に落下のそれが写ってる。

これは、雪煙があまりきれいでないが、飛び散る雪が逆光をうけキラキラ光りながら舞い降りる光景は息をのむ美しさである。
今度、意識し、それを撮ってみようと思う。
いろいろな条件が揃わないとイメージするそれはゲットできない。
流れ星が消えないうちに、願いごとを言うのは、至難のことである。屋根の雪が落下するのを見ながら練習すれば、あるいは消えないうちに願いが言えるようになるかもしれない。

杉の枝から落下する雪煙を撮るのは、流れ星よりはずーっと易しい。

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今朝の気温0度、曇


  1. 2013/12/26(木) 06:56:49|
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忘年会余録

昨日は忘年会の写真を並べた。
はじめは写真を撮るつもりがなかったので、カメラは携行しなかった。
忘年会がはじまり、野性的な熊鍋料理とアルコールが入ると、宴は賑やかになってなかなかいい空気だ。そのようすを(撮りたいなぁ)と思う。
その気持ちを言うと、みんなが「撮ってもいい」、「天童の家」へアップしてもいいと言ってくれる。
家へ電話し、妻にカメラを届けてもらう。

早速、意気込んでカメラを向ける。
......が、レンズが曇って撮れない。
メガネの曇り止めを使ってみたりしたがダメ。部屋の暖かさがカメラ(レンズ)の内側まで曇らせ、拭くに拭けないのである。
仲間が、レンズをカメラから外し、ヒーター前で曇りとりを試みたが上手くいかない。
撮る、撮らないは措いて、はじめから室内環境にカメラを慣らしておけばよかったのだと口惜しい思いをする。
長時間室内に放置後、ようやくどうにか撮れるようになった

*
上のところまで書いてきて、ふと 鳥羽省三さんの次の文章(句評)を思い至る。

 (奈良市・古味直香)
 寂しさの極みは寒いと知ったのはどの寂しみのときだったろう

 政治絡みの題材に取材した作品ばかりが横行する中に在って、掲歌は、作者個人の日常生活の中から取材した作品であり、その点が好ましい。
「寂しさの極みは寒いと知った」のは、掲歌の作者に拠る一つの発見であり、一つの新しき認識でありましょう。
 「貧寒」及び「素寒貧」という言葉が在る通り、「寂しさの極みは寒い」ということなのかも知れません

そして、鳥羽さんのコメント欄に私は次のように書いた。

 「寂しさの極みは寒い」ということなら、「寒さの果ては寂しい」となりますでしょうか......
 
なぜ、そんな気がしたのかを書けば、湿気は温かく、乾燥は寒いのだと思ったからである。
思考の混乱、文の支離滅裂は否定しない。でも、なぜかそのような気がしてならない。
カメラが、暖かい室内で使えなくなって、そんな連想になったのか......

もう一つ、こんな経緯もある。次は、「驢馬の耳」サイトからの抜粋である。

  雪国の人に
  訊ねてみたい。

  雪に閉ざされる時
  乾いてますか、
  それとも
  湿っていますか。

  と。


  早速に、雪国から
  「雪は温かいです」
  という
  御返事をいただいた。

湿気は、やはり温かい気がする。
乾燥は、寒い。
「寂しさの極みは寒い」のなら、寒さはやはり乾燥に続いてるような気がする。
単なる連想かも知れないが......

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↑ 曇りが少しとれてきて    ↓ すっかり回復(再掲)

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今朝の気温-2度、


  1. 2013/12/25(水) 06:10:06|
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忘年会 2

夕べの楽しかった忘年会の一部を並べる

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↑ 赤いシャツの彼が、この宴の亭主 T さん。感謝です

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今朝の気温-1度、雪


  1. 2013/12/24(火) 08:08:05|
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忘年会


12月14日に、寺の世話人たちの忘年会があった。
今日は、親しい仲間が集まっての忘年会である。
「熊鍋で飲もう」Tさんからの誘いがあり、「待ってましたぁ!」今日を指折り数えてた。

「天童の家」でやっている恒例の「そば打ち忘年会」をその会に便乗させてもらうことした。
いわば、「熊鍋とソバで飲む忘年会」である。
というわけで、朝からそば打ちの準備にとりかかる。1人200グラムの粉として2Kg以上は打たなければならない。

年越しそばとして、毎年5Kg近くを打っているから、それほど大仕事とは思わないが、なんとなくこれまでの気分とちがう。
ふ~む、やはり体力が衰えてきて、それが気力を萎えさせてるのだろう。
そば打ちは、そんなに力技ではない。ないのだが、一気に2Kgを打つとならば、相応のエネルギーが要る。

少人数が食する分なら、まだまだ気軽に打てるのだが...... 10人を越えるのは、そろそろ負荷が大きくなってるのだ。
(もう今年を最後にしたいなぁ)本音がでる。気持ちは、まだまだやれる。と思うのだが、体力が追いついて行かないのだ。
老いの悲哀を感じる時だ。(老いた)と思った時が、真に老いた証拠とはよく云われる。納得するしかない。

くどくどと言えば、愚痴だなぁ
愚痴は、このへんに措いて、さぁ そば打ちをはじめることにする。
きっと賑やかな忘年会になることだろう。

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正午の気温2度、曇


  1. 2013/12/23(月) 12:44:55|
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雪菜&あさつき


断続的に雪が降り続いてる。今年はホワイトクリスマスになるようだ。もしかしたら、このまま根雪になってしまうのかもしれない。

山形県は、雪国である。冬は嵩高く雪で覆われる。
その雪の下で育つ野菜がある。
冷たい、寒い雪の下で野菜が育つわけがないと思われるだろうが、ウソではない。

次のそれは、山形県のHPからの転載
  http://www.pref.yamagata.jp/ou/somu/020020/03/mailmag/special/vegetable/okitama.html
である。

 山形県の南部に位置する置賜地方(米沢市など)は、山形県でも有数の積雪地帯であり、2月ともなれば辺り一面雪に包まれます。
 今回は、冬に寒さと温かさの中で栽培され、旬を迎える伝統野菜を紹介します。

  雪の中から掘り出す、真っ白な「雪菜」
 雪の中に保存するのではなく、雪の中で育つ野菜、その名も「雪菜(ゆきな)」

また、「天童の家」あたりでも栽培されるのに「あさつき」がある。
下の説明文も県HPからの転載

 ”あさつき”とは、山の草地に生えているネギの仲間である。
 本来”あさつき”には、百合の球根のようなものがあるが、山形のあさつきにはその部分がないのが特徴。
 寒さに強く、冬場でも芽を伸ばすことから、野菜が乏しくなる地域で重宝され、昔から食べられてきた食材だ。
 ”あさつき”は独特の香りを持ち、おひたしなどにした時の風味や食感がとても良い。
 冬場の日本海に面した地域では、雪の中から株を掘り出す作業は重労働だが、寒さの中で育ったあさつきは味も香りもひときわ濃くおいしいといわれている。
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「雪菜」については、ローカルニュースで知るくらいで実際に食したことがない。だから、雪の下で育つ野菜というだけにとどめる。
もう一方の「あさつき」は、「天童の家」でもこの秋に移植(定植)したので、早春には雪の中から掘り起こして茹で、酢味噌和えが美味しい。また生のまま味噌をつけ、酒の肴によくあう逸品。

「雪菜、あさつき」とは少し違うけれど、カブやダイコンも雪の下に埋けられ越冬する。
雪は、冷たい、寒いイメージが強い。でも、実際は雪の下(中)は、そうではなく、逆に温かい。雪の積もらない地は凍っても、積雪下の地は凍りつかない(ことが多い)。

今日並べる画像は、昨日撮った。
散歩道が雪で歩けない。しかたないので家の近辺にカメラを向ける。
こんな日和が続くと、カメラを向けるところがなくなってしまうなぁ

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今朝の気温0度、


  1. 2013/12/23(月) 05:52:07|
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冬至に思う

今日は冬至である。冬至には毎年同じようなことを思い浮かべる。
昨年は、下のようなことを書いた。

 21日は、冬至である。1年中でいちばん昼の短い日だ。ということは、明日から、これまでとは逆にだんだん日あしが長くなってく。
 そのことを思うと、正月を迎えるよりも嬉しい。毎年、同じ繰り返しになるが、そう思うからそのように書いている。
 みちのく雪国にとり、日暮れが速くなるのはせつない。少しでも長くなる太陽がのこってくれるのが嬉しい。

また一昨年は、次のとおりである。

 今日が冬至と思った時、気分が急に軽やかになったのを覚える。晩秋から日脚の短さが日毎に感じられ、なんとなく憂鬱な気分になったものである。
 寒くなり、雪が降り、日までが短くなる。なんともいやな気分だった。
 だが、冬至を過ぎれば、日脚は日毎に長くなる。そのことを思うと、降雪や寒さのそれは耐えられる。
冬至の翌日、すなわち今日が、ね 私にはお正月と思えるのである。(笑)

次は、wikipediaからの抜粋。

 日本には次のような風習がある。
 柚子湯 1838年(天保9年)の『東都歳時記』によれば流行し始めたのは江戸の銭湯からであるという。
 小豆粥小豆粥には疫病にかからないという伝承がある。
 「ん」の付く食べ物を食べる。なんきん(カボチャ)・れんこん・うどん等である。特にカボチャを食べる風習は全国に残っており、これを食べると中風にならず、あるいは長生きするなどの伝承がある。
 ただし、この風習は江戸時代の記録になく明治時代以降の風習とされる。

 中国北方では餃子を、南方では湯圓(餡の入った団子をゆでたもの)を食べる習慣がある。
また、この日は家族団欒で過ごすという風習もある。

 冬至(あるいは、冬至から翌日にかけて、冬至の直後、など)には、世界各地で冬至祭が祝われる。
 太陽の力が最も弱まった日を無事過ぎ去ったことを祝う日である。クリスマスも起源は冬至祭(ユール)である。

 古代には、冬至を1年の始まりとしていた。その名残で、現在でも冬至は暦の基準となっている。

次は
http://allabout.co.jp/gm/gc/220635/のもので、
  冬至とは
 冬至(12月22日ごろ)とは北半球において太陽の位置が1年で最も低くなる日で、日照時間が最も短くなります。
 太陽の位置が1年で最も高くなる夏至(6月21日ごろ)と日照時間を比べると、北海道の根室で約6時間半、東京で約4時間40分もの差があるのです。

  一陽来復って?
1年で最も日が短いということは、翌日から日が長くなっていくということ。
 そこで、冬至を太陽が生まれ変わる日ととらえ、古くから世界各地で冬至の祝祭が盛大に行われていました。 太陰太陽暦(いわゆる旧暦)では冬至が暦を計算する上での起点です。

中国や日本では、冬至は太陽の力が一番弱まった日であり、この日を境に再び力が甦ってくることから、陰が極まり再び陽にかえる日という意の一陽来復(いちようらいふく)といって、冬至を境に運が向いてくるとしています。
 つまり、みんなが上昇運に転じる日なのです!

【ちょっぴり雑学】 冬至はクリスマスのルーツ
クリスマスは、太陽の復活を祝う古代ヨーロッパの祝祭とキリストの生誕が結びついたもので、その年の冬至が12月25日だったため、諸説あったキリストの降臨日が12月25日になったといわれています。


冬至は、やはり1年のはじまりと思うのは、間違いではないのだなぁと嬉しくなる。
日足が、藁の一節ずつ伸びてく。それが厳しい冬を耐える力になってる。
本格的な冬は、これからだが、やがてくる春を思えば、厳しい寒さ、嵩高い雪、それものり越えられる。
妻が作る冬至かぼちゃを食べられるのも嬉しいことだ。(笑)

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今朝の気温0度、さすがにまだ暗い


  1. 2013/12/22(日) 05:54:56|
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作並温泉

↓ の続き

作並温泉は、仙台の奥座敷と云われることが多い。
R48脇にあるから、アクセスはよい。
46年前、新婚旅行が作並温泉だったのを思い出す。

買ったばかりの新車(ホンダN360)で、湯野浜温泉へ新婚旅行の予定だったが、その新車がトラブルで使えない。
急遽、行き先を変更。電車で作並温泉にしたのだった。
岩松、一の坊、グリングリン(G&G)などの大きなホテルがあるけれど、今回は家庭的な 「湯の原ホテル」にしたのが正解だった。

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↑ フロント     ↓ 売 店

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↓ へつづく......


  1. 2013/12/21(土) 06:31:37|
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宴の膳

宴 膳

小旅行を年数回やっている。妻と二人で近くの温泉に1泊するだけ。旅行というにはあまりにささやかな旅である。
さりながら、ゆるりと温泉につかり、日常では味わえないお膳をいただくのは、大きな喜び、楽しみである。
在職中は、かなり遠く(黒四ダムなど)まで出かけたが、最近は近場が多くなったのは、体力の低下により自然のなりゆきだろう。

以前は、温泉、宴は、もちろん楽しみだが、旅行といえば名所旧跡地の観光が目的だった。
ところが、最近の旅は、観光も楽しいけれど、湯や宴の比重がだんだん大きくなってきてる気がする。
旅行の報告は、風景写真が中心だった。宴会の写真もあったけれど、それはあくまでも宴会のようすを写したもので、お膳の中身を撮ったものではない。

今回の作並温泉では、これまで撮ったことがあまりないお膳にカメラを向けた。
それには理由がある。いつもそうであるように、宴へはカメラを携行しなかった。はじめに二人で乾杯し、お膳のものを食べはじめる。
ん! 口にするものが美味い。(な、なんという旨さ!)と嬉しくなる。そして、「カメラを持ってくる」と妻に告げ、席を立つ。

はじめからお膳を撮る気だったら、もうちょっと違う撮り方をしたのだが、食べはじめ、しばらくし、その途中から、あまりの美味しさに(撮ろう!)と思い立ったのである。
食べた料理は下げられ、新しい器が運ばれてくる。(惜しかったなぁ、はじめから撮るのだった!)と思うが、っふふ「後悔先に立たず」、「後の祭り」である。
仕方ないから、「おしながき」を次に添る。このようなお膳だった。

 「おしながき」
 鳳鳴四十八滝(梅貝旨煮・手長川海老艶煮・丸十チーズ焼・長芋・旬の貝立)
 三陸の幸(鮪・勘八・甘えび)
 美女づくりスープ(鶏の薬膳スープ・清0鶏)
 山海のささやき(冬鰈朴葉焼)
 広瀬川清流の里(皮付豚と大根の柔煮)
 みちのくの旬菜(鱈 菊 うに 衣フリッター揚・芽子にんにく・柿の木茸すすき見立て柚子塩)
 雪化粧の鎌倉山(雪鍋豆乳仕立て)
 ごはん(宮城県認証ひとめぼれ)
 果 物(オレンジ・キウイ)
 仙台名物(ずんだ餅)
                 湯の原ホテル 調理長 犬塚 勝

以下に、お膳の写真を並べるが、「おしながき」とは順序が合ってないかも知れない。
「お膳」と書いてきたが、実際はテーブル上にお皿や鍋が運ばれて置かれる。食べた料理は片付けられるが、そのタイミングがまた良い。間合いが早くも、遅くもなく絶妙なのである。
なお、いただいたお酒は「浦霞」、宮城県の銘酒である。なお3種の銘酒がサービスとしてつき、その中から口にあった銘柄と量をオーダーできる。

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今朝の気温0度、


  1. 2013/12/21(土) 05:58:16|
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閑話休題

埋め草 2

18日は誕生記念日だったが、あいにくの空模様で散歩を休む。書斎で妻と他愛ない話などしながら静かに過ごした。
記念の祝宴は、先日寿司ショップ「彩」でやってもらった。
19日は、妻と二人で仙台の友人宅へ招かれてる。昼食を一緒にしながら懇談。
その後、作並温泉へ行き宿泊する。

したがって、今日のブログは自動アップ。昨日の続き

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今頃はまだ温泉宿で布団のなか?
それとも朝風呂かなぁ......

  1. 2013/12/20(金) 06:00:00|
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埋め草

小さな実たち

雪国の冬は、雪があっての冬であり、雪のない冬は間抜けた気分になる。
積雪のある冬に、雪のない太平洋側に旅すると、風景がなにかこう間延びして見え、なんとも落ち着かない。
気象情報では雪だるまが並ぶのだが、実際は雪が降らずまだ冬枯れでうらぶれた景色がみすぼらしく感じる。

一面濃い緑で覆われ、見通しない散歩道が、今は裸木になって空間が広がって感じられる。
これまで緑に隠れて見えなかった小さな赤い実たちが、はっきりと目立つ。
(あぁ、こんな所ににも......)黒いものさえ目敏く現れる。

まるで「はいポーズ!}し、撮ってくれとでも言ってるような姿で目に入る実たちに、ついカメラを向けてしまう。
大きな感動とかではないのだが、やがてくる雪を前に、最後の輝きを見せてるような気がする。
黒い実もあるけれど、小さな実たちの多くは赤い色だ。やはり赤は目立つ色だなぁと思う。
小鳥たちにとっても赤色は目立つのだろうなぁ


この文は、雪の降る前、12月3日に書いた。
添付する画像(赤い実)もフォルダーの隅にある。
エントリーするチャンスを逸してしまった。

時制に大きくズレてしまった。
ふ~む、埋草として使うしかない。

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今朝の気温0度、寒い朝


  1. 2013/12/19(木) 06:00:12|
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冬空が... 青い

悲しいほど青い

 湯音がたち、釜から湯気がのぼっている。
 宗易が柄杓をとって、赤い茶碗に湯をそそいだ。
 茶を点て、長次郎の前にさしだした。
 茶碗は、じぶんでも驚くほど軽かった。
 その軽みが、野ざらしの骨を思わせ、みょうにせつなくなった。
 玄妙な気持ちで、茶を口にふくんだ。
 味がしたのか、しなかったのか。飲みほすと、不思議な爽やかさだけが残った。冬空が、悲しいほど青い。
 やがて、口中に苦みがひろがった。
 人が生きることのとてつもない重さを、むりに飲まされた気がした。

    「利休にたずねよ」山本兼一著 PHP文芸文庫 381ページ


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↓ にも......


  1. 2013/12/18(水) 10:53:53|
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後期高齢者前年

前期高齢者

12月18日が誕生日で、74歳になる。前期高齢者(65~74歳)の最後の年である。来年75歳になれば、後期高齢者となる。
平成20年、後期高齢者医療制度が施行される際には、この制度(特にその呼称)に大きな反発があった。政権交代前の民主党は、呼称をはじめ制度改正をウリ(政策)にあげ、多くの票を得たように思う。
...が、自分は、制度そのものに大きな関心がなかった。後期高齢者にはまだ間があり、切実な問題と思わなかったからである。

ところが、やがて後期高齢者仲間入りの身となって、改めて対象年齢を75歳で区別したのかを調べてみた。
そこには、次のような理由が並んでた。

  75歳以上で区切った理由
1.働き盛りと比べ老化に伴う生理的機能の低下により、治療の長期化、複数疾患への罹患、特に慢性疾患が見られる。
2.多くの高齢者に症状の軽重は別として認知症の問題が見られる。
3.後期高齢者は、この制度の中でいずれ死を迎える。

上記3つの心身特性に応じて、生活を重視した医療、尊厳に配慮した医療、後期高齢者及びその家族が安心、納得できる医療を行うためだとしている。

因みに、平成25年1月から6月までの間に、国民健康保険を使用して、医療機関を受診した状況は、次のようになってる。上が私で、下は妻のもの。

歯科2回、内科3回。それの医療費総額が64.160円。支払った金額 6.416円(1割)
眼科6回、内科6回、歯科5回、薬局3回。総額164.530円。支払った金額49.359円(3割)

医療費を窓口で支払う度に、妻は「パパは安くていいなぁ」と言う。上のそれでみる通りで、妻の慨嘆がよく分かる。

...が、自分には、医療費の問題もあるけれど、それより衝撃的なのは、区切りの理由の3番めの文言だった。
3番めのそれは、なんの間違いでもなく、事実をそのまま書いてる。その文がまるで短刀を喉元に突けつけられたような気分になる。
「後期高齢者は、この制度の中でいずれ死を迎える。」

前期高齢者として最後の年を暮らせば、後は有無を言わさず後期高齢者。それを思うと、へへ 誕生日などと浮かれてるわけにはいかない。


↓ にも......


  1. 2013/12/18(水) 07:29:10|
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冬の彩り

雪の風景

四季には、それぞれ相応の景色がある。色がある
春は萌黄、パステルカラー
夏は濃い緑、ゴッホのヒマワリ
秋は紅葉、燃えるもみじ
冬は雪

冬ほど色彩が目立つ時季は他にない
自動車のテールランプがどの季節よりも目につく
サンシュユの赤い実、ナンテンの小さな実
交通標識が、こんなにもカラフルだったのかと驚く

空の青さ
冬空がいちばん青い、そう感じる
空って、こんなにも青かったのかと......

雪の中で見るヒイラギの葉、ナンテンの葉
緑って、こんなにも鮮やかだったのか......
緑がもっとも濃く見えるのは、雪の中

色すべてがきれいになる冬
色彩が少ないから、そう感じるのかも知れない
雪が、色を引きたてるからだろう

きれいな色にであいたくて、歩く
辻の角で、お地蔵さんにであう
赤い帽子が、ここに居るよと教えてくれた

赤い鳥居、そこにあるのは知っていた
でも、ふだんは意識しなかった(不在)
なんだかいつもより赤くなった気がする鳥居
冬は、なにかを見つけ出す季節かもしれない
冬は、色彩が目立つ時季だ

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今朝の気温-1度、また寒波がくるようだ


  1. 2013/12/18(水) 06:25:35|
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造 形

造 形

陸続と、地に雪が降る
地の凹凸に応じて積る

積った雪を撫るように
風がさらりと滑ってく

雪も風も意図してるのだ
その形を流暢に整えてく

なんという魔術師
みごとな仕掛人だ

雪と風は共謀者
風と雪は造形者

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↓ 下にも......


  1. 2013/12/17(火) 14:06:11|
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漕いで

なにもしないで2日間も散歩を休むことはできない。
積雪は、膝までもあり、散歩道はもちろん除雪ならないから歩けない。
歩けないのは承知で、雪道を漕ぐように進む。

無理が通れば道理が引っ込む
気持ちの半分に、(どうだ)みたいなところがある。
一面真っ白な雪面に、足跡が乱れて続いてる。

見慣れてるはずの景色が、まるではじめて目にするような新鮮さを覚えカメラを向ける。
雪は、風景の魔術師?
だが、画像処理で、撮った半数以上、イヤ 8割方がすぐに、明らかに使えないと分かる。
なぜ、そういうのにカメラを向けたのだろう......
ふ~む、景色も気分で見ているようなところがあるのだなぁ(そんなこと、あるのか?)

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昨日の散歩で、130枚近く撮った。...が、画像処理に残ったのは30枚くらい。
その中で、使えるのは半分にも満たない。残りのそれは後刻に......

今朝の気温1度、今朝は雪掻きしなくてもいい。ホッとする


  1. 2013/12/17(火) 06:24:35|
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赤い実に雪

カーテンの外は、まだ暗い
こぼれ灯で屋根の雪を見る
やはり間違いなく今朝も雪掻きしなければならないなぁ

昨日は、散歩を休んだ。風雪の中はちょっと歩けない。
今日のブログに使う画像は、撮りためてたものである。
時制に少しズレるが、しかたない。

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今朝の気温2度、空がわずかにぼんやりと赤く見える。灯明かりが雪に反射してるのだろう


  1. 2013/12/16(月) 05:57:53|
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大  雪

今朝、カーテンを開け、風雪に驚く。
朝のルチンワークを済ませ、身支度を整え、雪掻きをはじめる。
スノーダンプを使って、本格的な雪掻きに汗を流す。

水分の多い、重い雪だ。十数センチくらい積もったようだ。
はじめ独りでやってたが、途中から妻が助っ人にはいる。
小一時間かかって済まし、漬物桶などを移動する。
汗で濡れた肌着を着替える。

朝食後、積雪のようすを撮る。
道路は、除雪車が掃いたので、黒いアスファルトが見える。

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雪は、断続的に降り続いてる。
積雪量も、写真で見るそれの倍になったろう。16日の朝まで降り続くという。
大雪だなぁ

明日の朝の雪掻きがたいへんだなぁ
雪国にくらしているのだから、しかたない

「根雪になるの?」妻が問う。
まさかそれはないだろう......

午後3時半の気温 -1度、朝から変わらず寒い。つららが伸びてる

↓ にも......


  1. 2013/12/15(日) 15:28:44|
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『少年王者』

『少年王者』

今日もまた鳥羽省三さんの「臆病なビーズ刺繍」から転載させてもらった。
[長谷川櫂選]、上川畑裕文作品について、鳥羽さんの評は以下の通り......


(東京都・上川畑裕文)
〇  まぼろしの少年とをる焚火かな

 ?句に接して思い出されたのは、山川惣治作の少年絵物語『少年ケニヤ』であった。
 アフリカのジャングルで放浪生活をしながらも成長して行く日本人少年「ワタル」の冒険物語『少年ケニヤ』を私が愛読していたのは、小学五年生の頃でありました。
 『少年ケニヤ』には、ワタル少年が「焚火」をしている場面がしばしば描かれていたが、あれはライオンなどの猛獣から襲われるのを防ぐ為と言うよりも、思索する場として「焚火」が必要だったからでありましょう。
 〔返〕  幻の少年ケニヤ焚火してどんな思索に耽って居たか? 

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山川惣治の名に、懐かしさが ぐっ!と こみ上げてき、思わずコメントを書いてしまった。

山川惣治作の少年絵物語『少年ケニヤ』 (こんの)2013-12-15 06:34:44
うふ、懐かしいなぁ です
自分では買えない雑誌、友だちに見せてもらって読みました
62年も前の思い出です

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上のコメントだけでは物足りない気分から、鳥羽さんの返歌に並べ、追いかけ次のように書き足した。

幻の少年ケニヤ焚火してどんな思索に耽って居たか? (こんの)2013-12-15 06:46:03
ふむむ 『少年王者』にも、幼い日の血をたぎらせました(笑)

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小学館の学習雑誌は、「小学一年生」とか「小学六年生」と学年毎に発行され、学年の副読本的な雑誌で、いわば教科書に沿った面白くも「ためになる」ものだった。
巻頭を飾るカラーものとして、小松崎茂も人気があった。が、私は山川惣治が好きだった。
『少年王者』が連載されてるのは、たしか「小学五年生」と「小学六年生」だったと思うが、毎月読むのが待遠しかった。

当時、私の家は貧しく、その本が買えなかった。クラスでも買って読める子は少なかった。だから、読ませてくれる子と仲良くしなければ、「少年王者」は読めなかったのである。
そのようなことが次から次に思い浮かび、上のようなコメントなったのである。
あの頃は、まだ医療保険がなかった。多くの田畑が医療費になって消えた。

医療保険は制度として世界に誇れるものになったし、介護保険もかなり整備されてきてる。
だが、最近、特定秘密保護法とか、あるいは税制改正(改定)、原子力発電の再稼働などの動向が妙に気になるのはどうしてだろう......
ん? これは、「少年王者」の物語とは関係ないなぁ
っふふ、これも出直しだなぁ

*
↓ 下にも......

  1. 2013/12/15(日) 14:56:00|
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同じような絵

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次は、13日「輪」へ 阿蘇望亭さんからのコメント。
  遊び心
 昨年も似たような絵があったなあって思い出して調べてみました。
 12月4日にありました!・・が、昨年はUターしただけの「絵」でした。
 今年は見事な「輪」!
 今年の漢字が「輪」に決まったと知った運転手さんの遊び心に違いなさそうですヽ(^。^)ノ
 粋な運転手さんの遊び心と撮影したこんのさんに拍手!!!
                 2013/12/13(金) 阿蘇望亭

昨年も似たようなのを撮っているという。自分では具体的な絵(画像)を忘れていたので、確かめてみた。なるほど、そうだったなぁと思い出す。
撮影した場所が違うけれど、狙いは同じ轍である。ふ~む、同じ人間が考える(思いつく)ことは、同じような内容になるのだなぁ
いえば、それこそがアイデンティティなのだ。昨年の自分と、今年の自分とは同じく繋がってるという厳粛?な事実。
っふふ、そんなだいそれたことではないけれど、一人の人間が考えることだから似たようになるは当然なのだなぁ

14日の朝も新しい雪が降り積もった。あそこに行ってみようと、また朝食前に出かける。
13日の「輪」が後をひいてるのを意識する。轍を撮りに県立病院の9階に上った。今日のトップ画像がそれである。
今日の画像全てが、「いつかも撮った」ものである。同じような状況では、えてして同じような思考、行動をとることに我ながら呆れ返る。
人の毎日など、同じような繰り返しなのかもしれない。

ただ、全く同じというわけではなく、些少なりの変化がそこにあるような気がする。上の轍でいえば、場所が変わってるし、もちろんその軌跡はまったく違う。
そうしたわずかの変化に、過去のそれとは違う感慨、あるいは何かを創っている(創ろうとしている)という意志がある気がする。それがあるからカメラを向ける。
ただ、それだからといって、過去の絵(画像)よりもマシなのを撮れる(撮れた)というふうにはならないのはしかたない。

今日の画像も例外ではなく、過去のそれよりむしろ劣ってるかも知れない。それでも過去画像とを見比べることもせず、いきがかり上並べることにする。今年は今年である。
「天童の家」は毎日更新なので、こんな開き直りもしなければネタ切れになってしまう。(笑)

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今朝の気温-1度、外はまだ暗い


  1. 2013/12/15(日) 05:54:49|
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写真が好き


俳句や短歌が好きで、自分でもつくってみようと試みた時がある。
とにかく575なり、57577になるように指折り数え、言葉を並べてみる。
でも、言葉をどんなものにするか、それがなかなか難しい。

まず思考モードを切り替え、俳句頭や短歌頭にしなければ、言葉そのものが浮かんでこないのである。
俳句頭、短歌頭に切り替え、維持するにはそれ相応のエネルギーが要ることも分かった。
どうにか575や57577に言葉を並べても、それで俳句や短歌になるわけではない。
作るからには、それなりに共感が得られるような作品にしたいと願うのだが...... それができない。
結論は、自分にはやはり能力がないのだということになる。

その点、写真はかなり違う気がする。一々写真頭になる必要がない。写真を撮るという頭の切り替え、俳句や短歌を作る時のようなモード切り替えが不要である。カメラを持てば、自然のままで被写体に向かえる。
撮った画像が、良いかわるいかがおおよそ分かる。要するに、被写体を見て(撮りたい!)と思うと、どんなふうに撮りたいのかイメージが自然にわく。そのイメージに近づけようとの工夫や努力は自分なりに考え、行動に移せる。

画像処理してみれば、意図したイメージ通りに写っているかどうかが分かる。ダメなもの、まぁまぁの画像の区別がつく。
俳句や短歌をつくる時の、あの戸惑いがない。だから、まぁまぁのが撮れた時には嬉しさがわく。楽しい!
俳句や短歌をつくろうとすると、それなりの覚悟というか、身構えが必要だった。
でも、写真撮影にはなんの身構えなしでいい。良い被写体に出合えば、即 カメラを向け、構図を決め、データを入れれば、あとはシャッターを押すだけである。
だから、写真が好き、カメラが楽しい。

先に、写真の善し悪しも分かると書いたが、それはもしかしたら自分だけの思い込みかも知れない。
だから時々、自分ではまぁまぁの出来と思う写真が、誰からの共感(コメント)もない時がある。人には、それぞれの好ききらいがある。撮影者の強い思い込みもあれば、見る人の感性によっても評価は左右される。それはしかたない。

秀逸な短歌作者である井原さんは、「やはり読み手あっての作り手ですので・・・」と私信で書かれている。
短歌でそうであるなら、写真でも同じではないのかと考える。
「天童の家」の原点である共感。アクセスしてくださるみなさんの共感を得られるにはどうしたらいいのか?
毎日の散歩時に撮る写真に、共感を依拠しているのは間違いないのだから、写真を楽しみながら、アクセスしてくださるみなさんの共感を得られたら、それこそ嬉しい。

と、ここまで書いてきて、またいつものように(あれ、何を書きたかった?......)と慌ててる。
ふ~む、出直そう

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今朝の気温0度、外はまだ暗いなぁ


  1. 2013/12/14(土) 05:55:06|
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今年一年の世相を表す「今年の漢字」に12日「輪」が選ばれた。
それにあやかるわけでもないのだが、今日の画像は「輪」である。うう、正しくは轍。
12日朝に、降り積もった雪を見て、「輪」を撮ろうと思って出かける。

今度雪が降ったら撮ろうと考えていたのである。
轍が多すぎても、少なくても面白くない。ちょうどいいのが出来ないと絵にならない。
もちろん、朝食前に行って、チャンス到来を待つ。計算したわけではないのだが、都合よく定期バスが走ってきて、いい塩梅の輪を作ってくれた。

バスの運転手に感謝したい気持ちである。運転手のこころにも遊び心があったのだろう。思えば、真っ白な処女雪を見れば、誰にだって轍をつけてみたい気分になろう。
その風流心を咎め立てするのは、野暮の骨頂というものだ。誰に迷惑をかけるわけでも、まして危険な行為でもない。そのくらいの遊び心は、黙認されていい。
積雪道路上の慣らし運転、ないしはブレーキテストをやったのだと言えばいい。広い駐車場でのテストだ。

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今朝の気温1度、隣の屋根がまだ白く見える


  1. 2013/12/13(金) 06:08:42|
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入口と出口で

今日の画像は、昨日の散歩で撮った。
一年に2回見られる景色である。一度は冬の入口、そしてもう一回が冬の終わりに。
冬の終わりというより、春先にというべきかもしれない。

真冬は、どこもかしこも一面の白。モノクロームの世界だが、入口はこのようにまだ秋の名残を伴う。
一方 冬の出口は、春の気配を連れてくるから似たような景色だが、春にはルンルン気分がわいてくる。
いずれにしても年に2回眺められるこの景色を(美しい!)と思いながらも、それぞれに違った感慨を持つのである。

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今朝の気温4度、


  1. 2013/12/12(木) 06:07:07|
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山寺讃歌


観光には、やはりシーズンがあるようで、山寺(立石寺)が賑わうのは秋と春である。
ふ~む、春というより初夏かなぁ
さくらんぼ狩りとセットで、まるでお祭りのような賑わいをみせる。
大型観光バスが、うるさいほど通り、さくらんぼ園は活気を呈する。

でも、山寺がいちばん混むのは、秋だ。
♪「花の山形、もみじの天童」♪ 花笠音頭に歌われるように初夏の紅花、秋の紅葉は、たしかにいいものである。
観光会社は、「紅葉の山寺」を惹句にし観光客を誘う。それはそれでわるくはない。(笑)

だが、山寺がいちばん、とびきり魅惑的な姿をみせるのは冬である。
松に白い雪をのせ、青く晴れた空をバックした山寺風景は、まさに絶景だ。
雪は、世俗的なもろもろの汚れを隠してくれるから、四季の中ではいちばん清い姿で存在する。
この時期、歩きにくい。寒い、風が冷たい。だが、それを承知で対すれば、冬ほど清々しい山寺は他にない。


       山寺の急階段を登り来て見おろす川原に芋煮の煙    佐倉市・阿部民郎

10日づけ、読売歌壇に載った歌。秋の山寺で見られる風景。


       黒き猫ゐると言はれて外に出づ木犀の香に濃淡のあり  市原市・井原茂明

井原さんの歌は、山寺とは無関係だが...... 俵万智選で3席の歌。
ここに並べるのはミスマッチかもしれないが、(いいなぁ)と思い、敢えて並べる。

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今朝の気温6度、午後には荒れる空もようとか


  1. 2013/12/11(水) 06:16:14|
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主語が二つ

先日のブログ『まだ分からない』の冒頭に、次のように書いた。

先日、ブログ「靄その2」で次のようなフレーズを書いた。
「そのわずかな時間が、景色がいろいろと變化(へんげ)するなんとも楽しい時だ」
それを読んだ妻が、「なんだか変な文......『が』が並んでおかしい」と言う。

自分では、間違ってはいないという気で書いた。時間と景色がどちらも主語のように思っての文。
でも、妻に指摘されれば、主語が二つあって、やはりおかしい。思い込みが強く、その時の気分で書いているから、間違いに気づかない。
妻の指摘を素直に受け入れ、なおせばいいのだが、素直になれない。なんだかだと屁理屈を並べ、これでいいのだと、腋下に汗をかきながら主張する。

それについて、鳥羽省三さんから以下のようなコメントが届いた。
拝読し、嬉しくなった!
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そのわずかな時間が、景色がいろいろと變化(へんげ)するなんとも楽しい時だ
今野 様

 >そのわずかな時間が、景色がいろいろと變化(へんげ)するなんとも楽しい時だ

 一文の中に主語(主部)が二つ在り、それらが対等関係を成して、一つの述語(述部)に係って行く場合もありますから、「そのわずかな時間が、景色がいろいろと變化(へんげ)するなんとも楽しい時だ」という叙述は、必ずしも間違った叙述とは言えません。

 件の叙述に必要な語句や句読点を補って正しく表記すると「そのわずかな時間が、(そのささやかな)景色が、いろいろと變化する。なんとも楽しい時だ。」という二文になりましょうか。

 一文目に就いて文法的に説明すれば、この場合、「そのわずかな時間が」という連文節と「(そのささやかな)景色が」という連文節とが対等関係を成し、共に主語連文節として、述部に当たる「變化する」と言う動詞に係って行くのであり、「そのわずかな時間で、景色がいろいろと変化する。」という一文とは、自ずから異なった意味の一文として構成されている、ということになりましょう。

 要は、話者が何を言いたかったのか?ということになりましょう。
 「わずかな時間の中で、時間と空間(景色)とがいろいろと變化するので楽しい時だ」と言いたかったのならば、「少し破格な文ではあるが、語法的に間違った文とは言えない」ということになり、「わずかな時間の中で、景色がいろいろと變化するので楽しい時だ」と言いたかったのならば、奥様のご指摘通り「間違った文」ということになりましょう。

 話者としての今野様とすれば、「自分が視ている、ほんのひと時の間に、時間と空間とが様々に移り変わって行くので、このひと時は、私にとっては真に充実していて、楽しいひと時である」といったお気持ちであったと拝察されるのであるが、如何でありましょうか?

〇  鉄道が仙山線が湾曲し隧道に迫り衝突せんとす  鳥羽省三

 「仙山線」は、私も数回乗ったことがありますが、トンネルが多かったように記憶しております。
 即興で詠んだ凡作ではありますが、この場合は、「鉄道が」という主語文節と「仙山線が」という主語文節とは、対等(並立)関係を成していて、共に、後続の述語(述部)「湾曲し」、「(隧道に)迫り」、「(衝突せんと)す」に係って行くのである。

 即ち、掲歌の構成は、「鉄道が⇒湾曲し」、「仙山線が⇒湾曲し」、「鉄道が⇒隧道に迫り」、「仙山線が⇒隧道に迫り」、「鉄道が⇒衝突せんとす」、「仙山線が⇒衝突せんとす」といった複雑な主述関係となっているのである。
 述部を構成している三つの文節に就いても、解説しなければなりませんが、今日のところはこれくらいで止めときましょう。

2013/12/10(火) 鳥羽省三

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弁解がましくいえば、鳥羽さんが書かれた次のそれにしたがって書いたのだった。
「わずかな時間の中で、時間と空間(景色)とがいろいろと變化するので楽しい時だ」と言いたかったのです。
ということで、「少し破格な文ではあるが、語法的に間違った文とは言えない」ということになるのですね。

っふふ、自分ではよく分からないままに書いた文。妻から「おかしい」と言われれば、(そうだなぁ)と慌て、そして国語の先生から「破格だが、間違いではない」と言われ、嬉しくなって、妻を大声で呼んで、コメントを読ませる。
なんとも宙ぶらりんな自分を可笑しく思わずに入られない。

それにしても、こころの想いを文にして表現するのは(難しいものだなぁ)と思う。
ふ~む、もっともっと勉強しないとダメだなぁとも思う。

鳥羽さんに改めてありがとうを言いたい。
鳥羽さん、ありがとうございます

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↓ にも......



  1. 2013/12/10(火) 12:21:33|
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