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たわいない話


「天童の家」では、ときどき「他愛ない会話」などと書いてきた。
自分としては、「とりとめのない話」という感じで使ってきたのであるが、どうも間違いというか、正しい使い方ではなかったような気がする。
「他愛」には、「自分の利益より、まず他人の幸福を願うこと」という高尚な意味がある。「愛他精神」。
なのに、「天童の家」の会話には、そういう精神が微塵もない。「他愛」などという言葉は使えないのである。(笑)
「他愛主義」などという主義があるのを知ると、ますます「他愛」を気易く使うのはよくないと思う気がする。

広辞苑で、「たあい」を引いたら、「他愛」自己の福利を犠牲にして他人を愛すること。「利他」とある。
また、「たあい」⇒「たわい」 たあい無い⇒「たわいない」ともある。

直ぐに、「たわい」を見る。
「たわい」「他愛」と当てる。思慮分別。
「たわい無い」 「とりとめもない。思慮がない」とある。

「他愛ない」と書いても、ね 間違いではないようなのが分かり、ホッとする。
しかし、やはり誤解の恐れありだなぁと思う。
「とりとめのない」ということであれば、「たわいない」、または「たわいがない」とした方が良いように思った。

......で、さらに突っ込んでみたら、「天童の家」(の会話に)にはもともと他愛ということがないのだから、むしろ「他愛ない」と書いた方が、よりはっきりしていいのではないのか、と考えたりした。(笑)

自分では、これまで無意識的に「他愛ない話」などと書いてきた。
ゆきさんのコメントで、ね 「他愛ないと思うことって本当は、しあわせなことなんですね」を読み、っふふ、「他愛ない」という言葉を突きつけられた気がしたのである。
今後は、やはり「たわいない」と平かなで書こうかなぁと考えたりしている。
うう、72にもなって、どうしたらいいのかとぶれにぶれている。


午後1時半の気温0度、牡丹雪がふわりふわり


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  1. 2012/02/25(土) 13:24:34|
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役に立ちたい


25日は、毎月お小遣いをもらう日である。
ずーっとサラリーマンで、給料日が25日だった。給料袋は、そのまま全部妻に渡していた。
その中から、小遣いとして5万円を受け取っていた。タバコは吸わないし、酒は妻が買っておいてくれてたから小遣いで使うのは主にガソリン代で、毎月相当額が財布に残った。

給料は、いつの頃からか銀行振込になって、給料袋を妻に渡すことはなくなったが、毎月の小遣いは従来通り25日に妻からもらうのは変わらない。
定年退職後も、日にちと金額は従来通りで続いてる。
「もう働かないのだから、小遣いは減額でいい」と申し出たが、妻は首を横にふって拒否した。(笑)

妻は、パソコンに向かっている私の脇に立ち、黙って小遣いを差し出す。それを見て、(あぁ、もう25日になるのかぁ)と思いながら「ママ、ありがとう」と受け取る。
今日が25日だから、っふふ、小遣いがもらえる日である。これまで一度も遅れたことがない。妻は前日に用意しておくようである。
毎月、相当額が財布に残る。持っていてもしようがないから預金通帳に入れてしまう。

今年の計画として、隔月に温泉への小旅行を考えていた。
ところが、今年は間もなく2月が終わろうとしてるが、まだ1度もどこへも行っていない。
「ママ、どこかへ行こう。温泉でゆっくりしよう」私の誘いに、妻はなぜか頷かない。
「先月22日からずーっと忙しかった。やっと昨日(23日)すべて終わったよね」妻は、風呂場改修のそれを言う。
たしかに、妻の言うとおりである。23日に電気屋さんが最後の仕事をし、大工さんが脱衣棚と外履き棚を据えて全ての仕事が終わった。

今年、これまでは、温泉旅行をゆったりとできる状況でなかった。行けなかったという不満もない。
でも、春になって農作業が忙しくなる前に、やはり温泉につかりたいと思う。
「ママを温泉へご招待申し上げます。どこぞ行きたい所をリクエストしてください」おどけて言う私を妻が笑う。
「新しい湯船があるからねぇ 温泉もわるくないけど、家のそれがいちばんの気持ちね、今は」妻の言葉が分からないわけではないが、納得できない。
「ご招待だから、ママにはお金の心配かけない。私の財布が膨らみすぎて、窮屈だと言ってるので」
「ん? 誰が、窮屈と?」
「っふふ、お金たちが、使ってもらい、役に立ちたいと言ってる」
「面白いパパ」
またもや、他愛ないバカ話が「天童の家」で交わされる。

*
今朝の気温0度、小糠雪


  1. 2012/02/25(土) 06:53:47|
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