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閏年に思い出す

オーストラリア旅行

閏年2月に、きまって思い出すのは、1998年のオーストラリア旅行のことである。
その年の冬季オリンピックは、長野で行われた。
その前に日本で開催された冬季オリンピックは札幌(1972年)、いろいろな思い出があるが、ここではふれない。
長野オリンピックについても、ここでは書かない。

ではなぜ、冬季オリンピックをもちだしたのかを言えば、オリンピックは閏年に行われること。
そして、長野オリンピックが開催されてる最中にオーストラリア旅行をしたことが重なるからである。
さらに、もう一つは、その時の季節感がとても印象強く記憶に残っているからでもある。

オーストラリア旅行は、定年退職の2年少し前に、「研修」として10日あまりメルボルンに滞在した。
研修だから、大半が施設見学や講義で、”おまけ”として動物園やブルーマウンテンへ連れて行ってもらい楽しんだ。
南半球は、ちょうど真夏。
長野ではスキーやスケートなどの冬季競技が行われてた。

旅行前の準備がたいへんだった。真冬の日本から、真夏のオーストラリアへだから、旅行かばんには夏物衣服を詰めたことを思い出す。日本は真冬だから半袖シャツがなかなか買えなかった。
成田空港までは真冬の服装、オーバーコートで身を包んだ。飛行機に乗る前に、慌ただしく空港で着替える。
夜、成田を出発、シドニーには朝に到着した。シドニーの夏は爽やかだった。

「緩和ケア」医療は、今では珍しいことではない。しかし、14年前は視察に値するもので学ぶことが多かった。
またITが医療のなかで重要なアイテムになって、データー共有とかカルテ・ペーパーレスなどの実際に多くを学んだものである。

メルボルンやシドニー湾などの観光が楽しかったことを今でも記憶鮮やかに思い出す。
大きなロブスターに齧りつき、港の灯りを眺めながらジョッキーを傾けた。
シドニー水族館を独りで観たことも、今では懐かしく、(まだ若かったなぁ)と思う。

閏年になると、冬季オリンピックとあの時の研修旅行が浮かんでくる。
今年もまたというか、やっぱりロンドンオリンピック、そしてメルボルンで見た花々や教会の尖塔を思い出している。
人の記憶って、面白いものだなぁと思う。


午後5時半の気温2度、晴


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  1. 2012/02/29(水) 17:36:25|
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雪が鳴る


以下は、「天童の家」26日と27日へのコメント、レスポンスの再掲である。

  雪いろいろ
 阿蘇望亭さん
 nakamuraさん
 ゆ き さ ん
       コメントありがとうございます
雪は、雨よりもいろいろな降り方があるような気がします
表現としては、語彙的には、雨と雪でどちらが多いでしょうねぇ
雪には、雨よりももっといろいろ書くことがあるような気がします
雨には音がつきますが、雪は音がない、というのは違います
「雪が鳴る」のですよぉ
それを書きましょうか?
2012/02/27(月) こんの

滑らかな雪の表面がきれいですね。
こちらでは、雪が降ると子供たちが遊んで荒らすのでこんなにきれいな雪は、見られません(^_^;)
『雪の音』は、どんな音ですか?
雪が降り積もって来ると雪明りで辺り一面がキラキラしていました。
もう何十年も前の子供の頃が懐かしいです(^-^)V
2012/02/27(月) ゆ き
  雪が鳴る
 ゆきさん 「雪の音」今日、書いてみようかと思ってます
 これから、孫を学校へ送り届けてから、ゆっくり考えて書いてみますね
 コメントありがとう
            2012/02/28(火) こんの

誤解されかねない書き方をしてしまった。
「雪の音」とは、雨音のように降る際に出る音ではない。
地上に降り積もった雪の上を歩くと、その時「キュッキュ キュッキュ」と雪が鳴く、その音をさす。

その音は、いつでも聞けるわけではない。雪質や気温等の条件が整わないと、雪は鳴かない。
雪は粉雪であること、気温が冷えて、おもわず(冷えるなぁ)と呟きが出るような日。
靴に踏みつけられた粉雪は、歩くことで靴形に抉りとられるように動き、その際に「キュッキュ キュッキュ」と雪が鳴く。

マイナス10度の場合、その音は男の声の周波数に近く、マイナス40度なら、女性の声の周波数に近い音になるといわれてる。(NHKテレビ)
いったいどのような仕組みでそうなるのか? 毎度のことで、「検索」してみたら、次のような文章に出会った(抜き書き)。
       http://www.lowtem.hokudai.ac.jp/newsletter/no17/people01.html

  鳴き雪の実験装置は簡単で、アクリル容器に雪を詰め、上から円柱状の貫入 棒を一定速度で押し込む。
  このとき貫入棒に発生する反抗力をロードセルで測定 しパソコンに取り込む。また、雪圧縮で発生した音はマイクロフォンを通して同 様にパソコンに記録する。
  このような実験を、貫入棒の材質や太さ、貫入速度、 雪の温度、等をいろいろ変えて行う。

  雪の密度と温度はそれぞれ450 kg/m3と-20℃、貫入棒の材 質はステイール、太さは3 cm、貫入速度は15 mm/sである。
  貫入棒が雪の中に押 し込まれると、雪を踏む時と同じように雪が鳴る。

  現時点では、雪粒子結合の破壊と、 雪粒子高密度層のせん断破壊による滑りの繰り返しが「鳴き雪」の原因と考えて いる。

素人には難しくてよく分からないのだが、とにかく科学的に「鳴き雪」が実験できる現象であることが理解できる。

「鳴き雪」に似たようなのに、「鳴き砂」がある。
3.11で津波被害を受け、「鳴き砂」の消滅が心配されたが、幸いに無事であり、その浜が自然保護区?に指定されたように記憶している。
あぁ、そだなぁ 「鳴き雪」と「鳴き砂」やっぱり似ている!

へへ、能力的に弱い頭は、あっちへ行ったり、こっちへとんだりと忙しい!
こんなところで、ね 俳句もどきが浮かぶから可笑しい。

       寒月や想いとどけと雪が鳴く

今日で2月が終わる。
固雪ができ、歩くたびに「キュッキュ キュッキュ」と雪が鳴く。
今年の積雪は多く、寒さが厳しかった。
こんな冬は、雪が鳴く(鳴き雪)日も多い。
28日朝も「キュッキュ キュッキュ」と雪が鳴いた。

*
今朝の気温-2度、曇


  1. 2012/02/29(水) 06:40:23|
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「寒九の水くみ」

越後村松「坂田酒店」から「菅名岳」(生原酒)が送られてきた。
もちろん、送り主は分かっている。
酒に同封されてる坂田酒店のメッセージがいい。次の通りである。

   美酒に育て 願いを込めて 五 泉 寒九の水くみ

  五泉市の菅名岳(909㍍)中腹で新酒の仕込み用の清水をくむ「寒九の水くみ」が14日、行われた。
  ことしで21回目の恒例行事だが、昨年7月の記録的豪雨で登山道が大きな被害を受けたため、一般募集を中止し、主催者側の約70人が参加した。

  水くみは1年で最も水が澄むといわれる寒の入りから9日目に催される。
  一般参加は4回目から募ってきたが、安全面に配慮し、初めて中止。
  伝統を絶やさないよう、蔵元「近藤酒造」や同酒造の地酒を販売する「越後泉山会」、菅名岳山岳会などが「水くみ応援隊」をつくり、主催した。

  雪深いため、かんじきをはいた先発隊から1列になって登山をした。
  水害で崩落した場所を避けながら、2時間ほどで「どっぱら清水」に到着。
  10㍑入のタンクに水を次々と詰めた。同酒造の近藤伸一社長は「多くの人が参加してくれてありがたい。伝統を守ることができてホッとしている」と感謝していた。

  天然水100%使用(胴腹清水)フレッシュな生酒です。
  冷やか冷やしてお飲みください。お燗は禁物です。

うう、もともとお燗なし、冷を好んで晩酌している。
うふ 送り主は、私の好みをしっかりと知っているのだから恐縮しながらも、つい頬が緩んでくる。(笑)

こういう文は、私信でやりとりすべきことと承知しているつもりだが、「寒九の水くみ」という醸造への思いが嬉しいというか、そういう取り組みを知ってもらうのも一興かなぁと、敢えてエントリーすることにした。

「1年で最も水が澄むといわれる寒の入りから9日目」
その日、菅名岳の湧き水を使って仕込んだ「菅名岳」
酒好きにはこたえられない酔い心地となるは請け合いだ(笑)


正午の気温-1度、晴


  1. 2012/02/28(火) 12:05:16|
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花咲いた人生


26日・27日の両日、少し忙しい時を過ごしてた。
特に27日は、葬式があってパソコンの前に座る時間が短かかった。
25日に、Y先生の死去を告げられ驚く。

先に、Y先生(享年86)葬儀の喪主挨拶を書いた方が分かりやすいかも知れない。

  「良きご縁に恵まれて 人生に花を咲かせました」
  限りある命というものを、父ほど無駄にせず輝かせた人もそう多くないのではないでしょうか。
  運動は何でも得意のスポーツマン。高校教師をしていた頃は野球部の顧問としても、若き芽を心身共に健やかに成長させようと力を尽くしていたものです。
  
  孫を授かると愛情を注ぐだけではなく、教育者ならではの先を見据えた助言をすることもしばしば。

  地域においては公民館の館長を十年もの長きにわたって務めたり、菩提寺 徳正寺の門徒総代として志を同じくする方々と活動したり...。
  
  どこにいても いつか場の中心となり、周りに支えられながら結果を出してきた実り多き日々だったと思います。

  そんな毎日をこれからも送って欲しかったと別れが惜しまれますが、良き父にふさわしい安らぎの地へ向かったのだと信じ、涙をこらえて見送ります。
  (後略)

「Y先生にパパは目をかけてもらったものねぇ」妻が言うとおりで、定年退職し、地域活動をするようになってから、なにかとY先生のお世話になった。
訃報を告げられ、驚いた。が、86歳という生涯は、「喪主挨拶」で分かるように悔いのない充実したものであったことを思うと、なぜかしら頷き、納得してしまう。

Y先生の生涯、素晴らしいそれと比較できないけれど、少しでも近づけたら(いいなぁ)と思う。
いろいろ活躍された場の仲間や後輩たちからの弔辞を聞き、思わず熱いものがこみ上げてくるのを覚えもした、いい葬式だった。

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今朝の気温-6度、晴


  1. 2012/02/28(火) 06:51:42|
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定点撮影?

同じ所の画像ばかりで、(すみません)です
昨日の「天童の家」の庭です

うふ、同じように見えて、同じでない?!

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今朝の気温-3度、雪 牡丹雪にちかい大きな雪


  1. 2012/02/27(月) 06:55:34|
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春の雪

25日の気温は0度、天気は小糠雪(午前6時現在)だった。
この冬は大雪で、気温も零下6度とか、冷える日が続いた。
それもここにきてようやくなんとなく春めいてきて嬉しい。

小糠雨とは言うけれど、はたして小糠雪とは言うのだろうか?
そんな疑念がわき、辞書を開いてみた。
小糠雨 こまかい雨 とある。
だが、小糠雪はなかった。

雪には、いろいろなのがあり、歌にも歌われている。
「検索」で調べたら、雪を歌ったのが 90曲以上が並んでるHPがあって驚いた。
すぐ浮かぶ歌に、新沼謙治の「津軽恋歌」がある。

その歌詞(久仁京介作詞)の中に次の繰り返しがある。

   津軽には七つの雪が降るとか
   こな雪 つぶ雪 わた雪 ざらめ雪
   みず雪 かた雪 春待つ氷雪

こな雪、わた雪 はよく分かる。
ざらめ雪、かた雪 は、降り積もってからの状態かなぁ
ざらめ雪は、積もった雪が溶けシャーベット状態になって再凍結した雪?
かた雪は、積もった雪が日中の陽気で溶け、夜間に凍結し、人が踏み込んでも陥没しない硬い雪?
かた雪は、板状の雪原となって、どこでも歩けるようになる。「かた雪」は、だから「高雪」とも言ったりした。
つぶ雪は、降った雪が頬などに当たると(痛い!)ような雪のことだろう

みず雪とは、どんな雪だろう?
もしかしたら、ミゾレ雪のことだろうか?
先日も書いたが、みぞれは冬のはじめと終わりに降る水分の多い雨雪。

春待つ氷雪は、具体的にはどのような雪かなぁ
今時の軒は、氷雪で重くなっている。屋根に降り積もった雪が溶け、また凍りつき嵩を増やしてく。
その氷雪なら、今時に多くできる。それを指して言うのなら、たしかに春待つ氷雪であるなぁ

小糠雪
粉雪
小雪

粉雪は、細かくサラサラした雪で、まさに粉雪で、気温が寒い時に降る。
蔵王の雪は、この雪がたくさん積り、スキーには絶好の雪だ。回転時や停止時には雪煙を上げ、豪快さを表す。

小糠雪は、雪自体が細かいのだが、湿気が多くべたつ。なんとなく小糠が降ってるように見える。色も粉雪より小糠っぽく感じる。
雪掻きには重くて厄介感が強い。

小雪は、降雪量があるかなしか状態で、小雨のそれよりもずーっとあえかな降り方だなぁ
その点、牡丹雪は量的には少ないけれど、一つひとつの雪の大きさが桁外れに大きく、それが鳥の羽でも舞い降りてくるようにゆっくりふわふわと降りてきて、直ぐに消えてしまう。

そう言えば、細雪というのもあったなぁ
ささめ雪 こまかく降る雪 と辞書にある。
細かく降る小糠雪とも、やはり違うなぁ ささめ雪の方が小糠雪より情緒がある気がする。

雪は、よく「しんしんと音もなく降る」などと書かれてるのを読むと、へんな気分になったりする。(笑)
吹雪く
地吹雪
雪女
雪に関しては、まだ多くのことが書ける気がする。

今日(25日)の小糠雪を眺めていたら、ほんとにいろいろなことが思い浮かんでくる。

なお、上に書いたさまざまな「雪」の表現は、あくまでも「天童の家」で独断と偏見で書いたものである。
従って、気象庁の方々が読まれたら、どのようなクレームがでるか分からない代物であることをお断りする次第である。
念のため、ご承知おきくだされたし。(笑)

*
今朝の気温-2度、曇


  1. 2012/02/26(日) 07:04:13|
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たわいない話


「天童の家」では、ときどき「他愛ない会話」などと書いてきた。
自分としては、「とりとめのない話」という感じで使ってきたのであるが、どうも間違いというか、正しい使い方ではなかったような気がする。
「他愛」には、「自分の利益より、まず他人の幸福を願うこと」という高尚な意味がある。「愛他精神」。
なのに、「天童の家」の会話には、そういう精神が微塵もない。「他愛」などという言葉は使えないのである。(笑)
「他愛主義」などという主義があるのを知ると、ますます「他愛」を気易く使うのはよくないと思う気がする。

広辞苑で、「たあい」を引いたら、「他愛」自己の福利を犠牲にして他人を愛すること。「利他」とある。
また、「たあい」⇒「たわい」 たあい無い⇒「たわいない」ともある。

直ぐに、「たわい」を見る。
「たわい」「他愛」と当てる。思慮分別。
「たわい無い」 「とりとめもない。思慮がない」とある。

「他愛ない」と書いても、ね 間違いではないようなのが分かり、ホッとする。
しかし、やはり誤解の恐れありだなぁと思う。
「とりとめのない」ということであれば、「たわいない」、または「たわいがない」とした方が良いように思った。

......で、さらに突っ込んでみたら、「天童の家」(の会話に)にはもともと他愛ということがないのだから、むしろ「他愛ない」と書いた方が、よりはっきりしていいのではないのか、と考えたりした。(笑)

自分では、これまで無意識的に「他愛ない話」などと書いてきた。
ゆきさんのコメントで、ね 「他愛ないと思うことって本当は、しあわせなことなんですね」を読み、っふふ、「他愛ない」という言葉を突きつけられた気がしたのである。
今後は、やはり「たわいない」と平かなで書こうかなぁと考えたりしている。
うう、72にもなって、どうしたらいいのかとぶれにぶれている。


午後1時半の気温0度、牡丹雪がふわりふわり


  1. 2012/02/25(土) 13:24:34|
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役に立ちたい


25日は、毎月お小遣いをもらう日である。
ずーっとサラリーマンで、給料日が25日だった。給料袋は、そのまま全部妻に渡していた。
その中から、小遣いとして5万円を受け取っていた。タバコは吸わないし、酒は妻が買っておいてくれてたから小遣いで使うのは主にガソリン代で、毎月相当額が財布に残った。

給料は、いつの頃からか銀行振込になって、給料袋を妻に渡すことはなくなったが、毎月の小遣いは従来通り25日に妻からもらうのは変わらない。
定年退職後も、日にちと金額は従来通りで続いてる。
「もう働かないのだから、小遣いは減額でいい」と申し出たが、妻は首を横にふって拒否した。(笑)

妻は、パソコンに向かっている私の脇に立ち、黙って小遣いを差し出す。それを見て、(あぁ、もう25日になるのかぁ)と思いながら「ママ、ありがとう」と受け取る。
今日が25日だから、っふふ、小遣いがもらえる日である。これまで一度も遅れたことがない。妻は前日に用意しておくようである。
毎月、相当額が財布に残る。持っていてもしようがないから預金通帳に入れてしまう。

今年の計画として、隔月に温泉への小旅行を考えていた。
ところが、今年は間もなく2月が終わろうとしてるが、まだ1度もどこへも行っていない。
「ママ、どこかへ行こう。温泉でゆっくりしよう」私の誘いに、妻はなぜか頷かない。
「先月22日からずーっと忙しかった。やっと昨日(23日)すべて終わったよね」妻は、風呂場改修のそれを言う。
たしかに、妻の言うとおりである。23日に電気屋さんが最後の仕事をし、大工さんが脱衣棚と外履き棚を据えて全ての仕事が終わった。

今年、これまでは、温泉旅行をゆったりとできる状況でなかった。行けなかったという不満もない。
でも、春になって農作業が忙しくなる前に、やはり温泉につかりたいと思う。
「ママを温泉へご招待申し上げます。どこぞ行きたい所をリクエストしてください」おどけて言う私を妻が笑う。
「新しい湯船があるからねぇ 温泉もわるくないけど、家のそれがいちばんの気持ちね、今は」妻の言葉が分からないわけではないが、納得できない。
「ご招待だから、ママにはお金の心配かけない。私の財布が膨らみすぎて、窮屈だと言ってるので」
「ん? 誰が、窮屈と?」
「っふふ、お金たちが、使ってもらい、役に立ちたいと言ってる」
「面白いパパ」
またもや、他愛ないバカ話が「天童の家」で交わされる。

*
今朝の気温0度、小糠雪


  1. 2012/02/25(土) 06:53:47|
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雪片付け


22日は、朝から好天で青空が広がった。
朝の気温は-6度と冷えたものの、昼過ぎからぐんぐん温かさを増し、室内の温度計は10度を越えた。
妻に促され、凍み大根を取り入れる。完全な「凍み大根」になっている。

午後からは、散歩がてら畑の小屋までようすを見に行く。屋根の雪が歩道に落ち邪魔になっていたら片付けようとシャベルを持参する。
車道は乾いて、黒くのびてる。歩道にはまだ雪が残ってる。
眺める里山も、日差しをいっぱいに受け、(春が近いのだなぁ)と嬉しくなる。

小屋の雪は、歩道を塞ぐこともなく小さな雪庇を作ってる。
「あれが落ちて邪魔になるとわるい」妻が、屋根の雪を削り落とすようにとのリクエスト。
方々で、雪片付けをはじめている。雪消しというべきか......

春はまだ遠いけれど、雪消しをはじめることで、ね 春は、一歩、二歩と近づいてくる気分になる。
後1週間で、2月が終わって、3月になる。3月になれば、そこにはたしかな春の足音が聞こえてくるはずだ。
写真は、22日に撮った。

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23日、孫の家へ向かう朝、ミゾレが雨にかわった。
晩秋(または初冬)には、雨がミゾレにかわる。そうやって秋から冬に季節が移る。
冬から春へは、雪やミゾレが雨に変わる。

19日は、「雨水」だった。
雨水は、空から降るものが雪から雨に変わり、雪が溶け始めるころという。
今年は大雪で、寒さも厳しいのだが、季節は多少のズレがあるものの、まちがいなくやってくる。
そう思うと、平成18年以来の豪雪と言われる今年も、もうそろそろ冬将軍も退散の時なのだろう。


今朝の気温1度、晴

  1. 2012/02/24(金) 09:50:02|
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無知の怖さ


次のようなメールを読んで、驚いた。


今野幸生さま

朝日新聞社データベース事業セクションです。
記事の二次利用について、ご連絡いただきありがとうございます。

ご利用希望を頂戴した、下記の記事を確認いたしました。

①2012.02.06付 朝日歌壇・俳壇
→短歌6首、俳句3句の転載ですが、それぞれの一義的な著作権者は
それぞれの投稿者にあります。応募規定外の二次利用については
個別に投稿者の承諾を得る必要があります。必要とあらば当方から
今野様の利用趣旨を記した手紙を送って投稿者の諾否を伺います。
この場合、承諾1件につき手数料1,000円を申し受けることになります。

②2012.02.06付 プロメテウスの罠 官邸の5日間(35) 過去、俺は語らない
③2012.01.13付 プロメテウスの罠 官邸の5日間(11) 超スーパーマンなら
④2012.01.12付 プロメテウスの罠 官邸の5日間(10) 皆さんは当事者です 
→連載「プロメテウスの罠」については、現在のところ転載を認めていません。

④2012.01.28付 天声人語
⑤2012.01.24付 セシウム放出増加か 福島第一、12月と比較
⑥2012.01.19付 原発事故 リスク知って被曝するのとは違う
⑦2012.01.15付 波聞風聞 良い会社 社会との共感重ねて育つ
→いずれも転載を許諾することはできますが、
朝日新聞社に著作権のある一般記事をウェブサイトに転載される場合、
1記事あたり10,000円の利用料を申し受けます。許諾期間は1年です。


今回の利用申請内容ですと、相当に料金がかさんでしまいます。
改めてご検討いただければ幸いです。


著作権についての無知に起因する驚きである。
知的財産権の重要性は知っていたつもりだったが、自分の認識は、的外れな、甘い考え(思い)であることを改めて知った。
「一般記事をウェブサイトに転載される場合、1記事あたり10,000円の利用料を申し受けます」を読んだ時、
(あぁ、こういうことなのか!)と驚いた。

自分としては、記事には引用元を記載し、その趣旨を歪める記述や改変を行ったつもりはなく、なおかつ営利を目的とするものでもない。
それなのに、営利目的の業者と同じ基準で権利を要求されるのは到底、一般市民として理解できる範囲ではなかった。

だが、規定がそうなっているのであれば、それに抵触することをやめるしかない。
ということで、それ以降は、一切転載をやっていない。
新聞を見る気持ちも薄らいできてるようだ。まったくおかしなことだなぁと思う。

*
今朝の気温0度、曇


  1. 2012/02/23(木) 06:41:39|
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たわごと


今日のそれは、21日朝食後の喫茶しながらの会話である。
まえがきをくだくだ書かずに、二人の話した内容をストレートに書く。

「パパがいないと、独りで食べるご飯もお茶もうまくない」19日と20日の両日、湯野浜温泉へ行った日のことを妻が言う。
「ふ~ん、やっぱりそういうふうに感じた?」と私。
「なんだか調子が狂ったような...... パパがいないと、暮らしのリズムがちがうし、ご飯もお茶も味がないみたいな気がした」
「ママには、やはり私が必要なのかなぁ?」
「そう、パパがいないと調子がでないのよ」

第三者が聞いたら、へへ まったく「なんたるたわごと!」と失笑ものだろう。
それをぬけぬけと、ここに書く方も書く方だなと笑われてもしかたないことだ。
でも、こんな他愛ないたわごとを言い合える相手がいることは、ある意味、ありがたいことだなぁと思う。

厳密に言えば、19日はさておき、20日(月曜)は、妻には忙しい一日だったという。
午前5時半起床し、洗濯・炊事をはじめ、6時半には孫を学校へ送り届けるために家を出た。
いつもなら夫と役割分担してやっている、それを妻一人でやらなければならなかった。
孫を学校へ送り届けるには、冬道だから約1時間あまりかかる。朝の1時間は、日中の1時間とは少し意味がちがって感じられる。

そうして過ごした時間だから、そこでいつものようにご飯を食べ、お茶を飲むにしても、やはりなんとなく慌ただしく、味わいもふだんとちがって感じるのはやむを得ないことかもしれない。
「パパがいないから」ということに特別な意味はなく、いつも居る役割の担い手が不在だから、調子が、リズムが少しズレた、「狂った」ように感じたのだろう。
「パパ」という存在でなくても、その時間に役割を果たしてくれる人間なら、誰でもよいのかも知れない。
へへ、そんな風に考えるのは、少し臍が曲っているのだろうか?

へそ曲がりを承知で言うのだが......
「ママには、やはり私が必要なのかなぁ?」
「そう、パパがいないと調子がでないのよ」
そういう会話が、ね なんとも快く思われるのである。(あぁ、やはり脳天気夫婦だなぁ)と自分でも可笑しくなる。

だが、そんな「たわごと」を繰り返したとて、へへ 誰に迷惑がかかることでない。当人たちが満足していれば、誰からの文句も出ないはずだ。
そんなふうに考えること自体が、へへ 脳天気なのかも知れないなぁ(笑)

*
今朝の気温-3度、晴


  1. 2012/02/22(水) 06:42:38|
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湯野浜温泉 3

今度の旅で得た「絵」になるかなぁと思われる画像
甘い選択だが...... 体裁を整えることもあって、並べる

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  1. 2012/02/21(火) 09:54:28|
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湯野浜温泉 2

昨日のつづき
湯野浜温泉には小学6年生の時に、「遠足」ではじめて行った。
今ではもっと小さい子どもの時から海水浴や行楽で行ってる所。
近くにクラゲで有名な「加茂水族館」があって、通年で賑わう。

泊まった温泉宿の部屋は、8階にあり日本海が見渡せた。
海大好きだから、嬉しくなった。
冬真っ只中に観る景色は、また格別な眺めである。

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今朝の気温0度、小雪


  1. 2012/02/21(火) 09:28:46|
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湯野浜温泉へ

民生委員会からのお誘いがあり、OBとして湯野浜温泉へ行ってきた。
現役民生委員7名にOB2名が加わり、9名で温泉と宴会を楽しんできた。
その報告で、写真を並べることにする。

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この続きは、また明日



  1. 2012/02/20(月) 17:47:55|
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春待つこころ


「今朝は冷えたぁ! この冬でいちばん冷えたみたい」朝食後の喫茶しながらの会話。
「工事(風呂場改修)をした時も寒かったけれど、あの時よりも冷えた感じ。今年はどうしてこんなに寒いのか?......」妻から問いかけられるが、へへ 私にも分からない。
「積雪といい、寒さといい、今年はいかにも冬らしい冬だったなぁ」うふ 答えにならない返事だが、しかたない。

「こんなに冷えてたら、職人さんたちもたいへんね。あの時にやってもらってよかった」
「うん、気持ちいい風呂になったし、洗面台も便利になって、よかった」
温かい台所で、ゆったり茶をのみ、りんご・みかん・干し柿を食べるひと時の幸せを感じる。

「仮設暮らしの人々ね、寒くてたいへん」
「うん、この冷えだものなぁ」
自分たちの暮らしの快適さが、あの人たちになんだかすまない気分。
いつの間にか、やはりどうしても被災者の難儀さに思いが行きつく。

「でも、この寒さも後2週間くらい経てば、温かくなるよね」
「そうだなぁ 3月の声聞けば、もう春の日差しになる。2週間の辛抱だなぁ」
冬が厳しければ厳しいほど、春への渇望が深まる。
その待ち遠しい春が、あと2週間もすればやってくると思えば嬉しくなる。

うん、本格的な温かい春は、4月にならないと到来しない。
でも、3月になれば、2月とはまったくちがう春の日差しになる。2月と3月では気分がぜんぜん別になる。
その3月まで、あと2週間だと思うと気分がぐーっと軽く、明るくなる。
2月は、まだ冬だけれど、3月は春が見えてくる。雪が消え、春を告げる山野草たちが花開くことを思えば、それだけで気持ちが楽になる。

野草園が開園するのは4月だし、さくらが咲くのは4月も半ば過ぎなのだが、3月になれば春への見通しがつく。
今年は、例年にない大雪で、寒さも厳しかった。もしかしたら春も少し遅れるかも知れない。
でも、多少の遅れは問題でない。春がそこまで来てるということが嬉しいのである。
3月まで、あと2週間。2週間なんてあっという間である。

冷えが厳しい朝に思う春。春はまちがえることなく、たしかに間もなくやってくる。
そう思える、この時が嬉しい。春を待つこころが大きく膨らんでくる。

*

今朝の気温-6度、小雪


  1. 2012/02/19(日) 06:49:39|
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大本営発表

「下山の思想」五木寛之著 幻冬舎新書、「科学と宗教と死」加賀乙彦著 集英社新書を続けて読んだ。
それぞれに面白く、感じることがあった。
前著は 昨年12月10日、後者は本年1月22日発刊であり、共に次のような記述をしており(あぁ、やっぱりなぁ)と頷いた。
ちなみに五木寛之さんは1932年生まれ(79歳)、加賀乙彦さんは1929年生まれ(82歳)である。

頷いたその箇所を次に書き写す。先ず、「下山の思想」から

  今回の東日本大震災が、この国の第二の敗戦であると、みな心の底では感じているはずだ。
  戦時中の大本営発表のことを、どうしても思いださずにはいられないのである。
  このところメディアは「自粛ムード」から一転して、反「自粛ムード」へと方向を転換したように思われる。
  いつまでも頭をたれてばかりはいられない、という考えだろう。復興の第一歩は、全国の消費を活性化することだ、という意見には一理ある。
  ちゃんと花見もやれ、元気をだせ、というプラス思考の呼びかけを、感情的に無視するわけにはいかない。
  なにごとにつけ、活性化することは大事なことだ。
  しかし、と、あえて思う。大きな災害の責任をきちんと問う、ということも同時に必要なのではあるまいか。
                 52ページより

次は、「科学と宗教と死」から

  今回の原発事故により、原子爆弾と同じような被害がこれから出てくるでしょう。
  今もすでに大変なことになっていますが、これからもっと状況がわかってくるでしょう。
  原子力発電所を作った人々は、ちょうど戦争中と同じように「日本の繁栄のために大切なものだから君たちもぜひ協力しり」と国民に言ってきた。
  「これは絶対に安全なものですから大丈夫です」と、結果として真っ赤な大嘘をついてきたのです。

  今回の事故でもしきりに「健康にただちに影響はない」と発表されていますが、私のような老人はすぐに戦争中の大本営発表を思い出すのです。
  政府は国民に真実を教えない。
                 120ページより

マスメディアの役目は、権力に立ち向かうこと(反権力)にあると言われるが、それなのになかなか簡単には頷けない現状である。
テレビも新聞も、なかなか本当のことを言わないし、書かない。
それでいて「(放射能を)感染してやる」とかというつまらないゴシップを書きたてるのには呆れてしまう。

う~む、上に揚げた著書の本旨は、ここに記したようなそれではなく、<どう生き、死ぬか>を真摯に問うた内容で、読み応えがある。
一気に読んだ。伝えたいことがたくさんあるのだが、そうはできない。

*
午後6時の気温-4度、外はもう真っ暗


  1. 2012/02/18(土) 17:55:56|
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家の回りで

昨日は、久しぶりで雪掻き
家の周りを撮る気分になる
やはり春の気配が光や色に感じられる

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今朝の気温-5度、晴


  1. 2012/02/18(土) 06:59:10|
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禍福さまざま


16日のブログ(時間がかかる)の最後に、次のように書いた。
    へへ、なんとも辛気臭い愚痴になってしまった。
    もう少しましな話題が欲しい気がする。探してみよう。

感動の共有が「天童の家」の原点である。
読んでなんの共感もないブログは、「天童の家」ではなるべく少なくしたいと考えているのだが...... なかなか思うようにいかない。
まして辛気臭い愚痴などなら、なおさら避けたいと努力しているつもりである。

口直しに何か面白い話はないかと探す。探してみるのだが、見つからない。
人生、または世の中、そうそう爽やかで愉快な話は転がっていないものだなぁと思う。
むしろ、逆の話なら、ふ~む、いろいろと聞こえてくるから皮肉なものである。

「パパ、たいへんだけど、当分の間、毎日送り迎えしてもらいたいって」妻が、娘からの電話の直後に言う。
娘の夫が、凍った道で滑って転倒、腕の骨を痛めてギブスをはめた。入院しなくてもいいのだが、治るまで6週間かかるという。
その間、車の運転ができないので、孫の学校への送り迎えを私にたのみたい。そういう事情なら受け入れる他にない。
「間もなく高校入試とか春休みになる。送り迎え、そう長くないんじゃない?」妻の言葉に、頷き返す。

雪国で育ち、暮らしていれば、滅多なことで滑り転んで骨折などは考え難いことなのだ。が、皆無でもない。
現実に娘の夫が、そうなったのだから(災難だなぁ)と思うしかない。
へへ、やはり世の中、爽やかに愉快なできごとばかりではない。滑って転倒し、頭を強打し、意識障害で入院する人もいる。慣れているからといって、油断できない。危険は至る所に潜んでる。

月曜日から金曜日までの5日間、朝は6時45分に「天童の家」を出発、娘の家に向かう。そして夕方、4時40分になると、孫の学校へ向かって車を走らせる。
「毎日が日曜日」のはずの暮らしが、ね なかなかそうはならない。
でも、まぁ 誰かにあてにされている。誰かの役に立っている、と思えば、それもまたわるいことではない。

うう、今日もまた感動のできごとに縁遠いブログになってしまった。
青空がいっぱいに広がってる。日差しも明るく、降り積もった雪もどんどん溶けるだろう。
春が、待ち望んでる春の足音が聞こえてくるような気がする。

*
今朝の気温-5度、雪 久しぶりの積雪


  1. 2012/02/17(金) 06:43:40|
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裕次郎の「乳母車」

今日もまた、「山田洋次監督が選んだ日本の名画100本」を観た。
昨日の「狂った果実」と同じ1956年封切り、裕次郎の「乳母車」。
「太陽の季節」「狂った果実」は、太陽族映画・反社会的などと一部の人には批判されたものである。
そういう太陽族映画をなじった人も「乳母車」を観ると、今度は大きな拍手を惜しまなかった。
これで 石原裕次郎は、国民的大スターの道を歩きはじめることになった。

昔、映画館で観た感想は(なんだか期待はずれ)だったような気がする。若者にはあまりにも地味に映じて面白みが不足だった。
だが、この歳になって観ると、まったく違う映画に思える。落ち着いてじっくり楽しめた。
うふ、我が身にしみるような筋立ても切ない。若い昔の自分には関係ないことだったが...... (笑)

先の「狂った果実」もそうだが、まだモノクロームの画面が古臭い感じがない。というより、それがかえってリアリティを覚える。
カラーの情報量は、モノクロームより絶対的に多い。だが、映画の感動は情報量で決まるわけではないだろう。白黒だけのそれでもちゃんと表現できるのが分かる。
また、撮影のあり方というか、どういう撮り方をするのがいいのかということが重要なのだとも分かる。

同じ作品を見ても、観る年代によって、その受け取り方がずいぶんと違ってくる。それを如実に感じもした。

*
午後3時半の気温マイナス1度、晴


  1. 2012/02/16(木) 15:29:08|
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時間がかかる

歳をとると、変化への対応が難しく感じる。
若い時なら、柔軟に応じられた些細な事柄も、なんだか難儀に思えてしまう。
新しくなったそれに慣れるまでに時間がかかる。
昨年12月7日にPCを新機に変えた。息子は、今までと同じだというけれど、それでも些細な箇所で戸惑いを覚えた。

例えば、再起動の場合、旧機では左下スタートアイコンの所に「再起動」の文字が現れ、それをクリックすればできた。
ところが、新機では、スタートアイコンのどこにも「再起動」の文字がない。こうなると途端に不安になってしまう。
息子に訊ねると、それはシャットダウンの右脇にある三角マークをクリックすると、そこに「再起動」の文字が現れる。それをクリックすればできることが分かった。
うう、知ってしまえば、どうってことないのだが、それが分かるまでに時間がかかる。

「天童の家」風呂場回りの改修で、やはりある変化がおき、戸惑いも生じた。
例えば、ユニットバスの機能を働かせるためのボタン(スイッチ)の内容が、なかなか理解しにくい。
湯温度を上げたい、浴槽の湯量を増やしたい、このボタンはいったい何?といちいち戸惑いを覚える。

洗面台だけの湯を沸かしたい。どうすればいいのか?
業者から説明を受けたのだが、その時は理解したつもりなのに、後で自分でやろうとすると分からなくなる。
パソコンなどと違って、家電だから、そう七面倒でないはずなのに、ただこれまでの操作と違うというだけで戸惑いを覚えるのである。

72歳の私でさえそうなのだから、86歳になる母は、もっと大きく深い戸惑いだろう。
妻から、丁寧に教えてもらっているのだが、やはり時間がかかる。忘れしまうこともある。
せっかく快適な使い勝手にしてあげたつもりなのに...... 母には、それが良くなったという気がしない。
押さなくてもいいボタン(スイッチ)を押し、思う通りに機能しないことで苛立ちを覚えたりする。

時間をかけて覚え、慣れるしかないだろう。年寄りは、時間がかかるものだと開き直ればいいのだ。
忘れたり、分からなくなるのが年寄りである。ということを家族みんなの共有認識にすればいい。
しばらくすれば、分かって、慣れ親しみ、より快適な風呂や洗面台となるはずだ。
歳をとりたくないといってもはじまらない。誰もが歳をとる。

暮らしの環境が変わる、ということは、高齢者にとってはたいへんな負荷になる。
良かれと思って、優しく整った施設に入所させたら、そのことが大きな重荷になって状態が悪化する人もいる。70過ぎれば、人の能力は年毎に減退する。自分のそれを見て、母の姿を眺めていると、そう思う。
昨年の自分と比較しても、(あぁ、行動力がなくなったなぁ)と如実に感じる。

へへ、なんとも辛気臭い愚痴になってしまった。
もう少しましな話題が欲しい気がする。探してみよう。

*

今朝の気温-5度、晴


  1. 2012/02/16(木) 06:18:33|
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裕次郎フアン


15日午後1時からBSプレミアで『狂った果実』を観る。もちろん、はじめてではない。映画館でも観たが、テレビでも何度か見ている。

原作・脚本が石原慎太郎、俳優 石原裕次郎の実質的なデビュー作品である。裕次郎はこの作品で一躍スターダムに上った。
監督は中平康で、彼の代表作であるのみならず、フランスのヌーヴェル・ヴァーグへの影響も指摘されるなど、映画史の上でも重要な作品となっている。
              wikipedia「狂った果実」を参照

15日放映のそれは、山田洋次監督選「映画百選」番組で、民放とちがいCMなしでの87分間を堪能した。
封切りは、1956年。なんと56年前の映画であるのだが、少しも古臭さを感じさせない。
若き日の裕次郎、北原三枝、津川雅彦らの溌剌した姿が嬉しい。

あれ以来(それ以来)、熱烈な裕次郎フアンとなり、私の青春は裕次郎映画、裕次郎の歌声ともにあり続けた。石原慎太郎本も読んだ。書棚にはたくさんの彼の本が並んでる。
裕次郎は、52歳の若さで逝ってしまった。彼の死は、神戸での講演会の帰りに東京の宿舎で知った。
慎太郎は、芥川賞選考委員辞退で話題が広がっている。また、新党旗揚げの動きもあって賑やかだ。

音痴の自分だが、へへ 裕次郎の歌だけは好きで、散歩道でも大声で歌ったりするから可笑しい。
慎太郎が今後どのような言動をとるのか...... 関心をもって眺めているところである。

あぁ、そうだ、小樽にある「石原裕次郎記念館」へも行ったことがあるなぁ

*
午後4時の気温3度、曇 それでも青空が少し見える。ただ風が強い。


  1. 2012/02/15(水) 15:53:58|
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忘れもの

失敗顛末記

久しぶりで、じっくりと洗面台の鏡を眺める。
そこに異様な顔が写ってる。一瞬、(誰?!)と思う。なんとも老いて、眼の下に深いシワシワがたるんでる顔だ。
へへ、もちろん自分のそれであることは、承知してる。......が、信じられない老け具合に愕然とする。(笑)
風呂場にも鏡が取り付けられてるが、幸いなことに曇ってて、はっきり見えない。自分の身体など見えなくてもかまわない。
だから、はっきり写る洗面台の鏡(自分の顔)を見たのは、ほんとにしばらくぶりである。
それまでは、毎朝の髭剃りも、盲剃りというか、手探りで、鏡なしでやっていたのである。

その顔は、とても72歳とは見えない。着草臥れ、汚れ果てたジャンバーのようなシワだらけの顔は、哀れっぽい。

(あぁ、これだから、あれもしかたないなぁ)と思った。
「あれ」とは、今朝やらかした2つの失敗である。次に、その顛末を書くことにする。
まず、一つの失敗......

13日の夜に、娘から電話があった。「明日の朝、光浩(孫)を学校までお願いします」という依頼で、私は二つ返事で承知した。午前7時15分までに、娘の家に行けばいい。もう何度もやっていることである。
14日の朝、私は娘からの頼みをすっかり忘れて、パソコンに向かってた。
「パパ、光浩を送るんでしょ!」妻が、叫ぶように言う。
「あっ!! 思い出した」と、私は慌てて立ち上がる。時刻は、午前7時に5分過ぎてる。約束の15分まではムリだが、これからすぐ行けば、登校時刻に遅刻することはあるまい。

妻は、娘の家に「すぐ行くから、待ってて」と電話する。
洗面もせずに、携帯をポケットに突っ込み、車を発進させる。
ということで、どうにか遅刻しないで孫を学校へ届けることができた。うふぅ、やれやれである。

次に、この日、2つ目の失敗というか......それを書く。
孫を学校へ送り届け、「天童の家」へ戻って、少し遅い朝食をとる。喫茶をゆっくりし終え、洗面所で食後の歯磨き。
さっぱりした気分で、洋間で新聞を広げる。職人さんは、もう来ないから、ゆったりした時間が過ぎてく。
へへ、久しぶりでのんびりしたいい気分。なにか(緊張?)荷をおろしたような気もする。

「パパ、お昼にしましょ」妻に促され、食卓につく。箸をとり焼き魚をほぐし、口に入れようとした。
(ん?!)何かが違うのを感じる。
(あぁ、歯が入っていない!)へへ、義歯を取り外し、歯磨きを済ました。洗った義歯は洗面台の所に置き忘れたままであった。
義歯を装着しないままでずーっと気づかないで過ごし、昼食をとる前にも入れ歯をしないまま食事に向かったのである。
このようなことは、これまでにないことだった。

先の娘との約束、そして義歯の件と、連続して2つのもの忘れは、やはり老いた証拠だろう。
鏡に写った我が顔貌を見れば、そのあまりの老醜に身震いしないではおられない。
この顔をみれば、今日の失敗も(しかたない自然のなりゆきだなぁ)と納得する。
うう、あまり面白い話でなくて申し訳ないのだが、これが事実だから、書いておこうと思った次第である。

こうした失敗、というか、もの忘れ、ないしはギクシャクした言動は、私だけのもの(こと)だろうか?
それとも、似たような事象は、同年代の方々にもあるのだろうか?
もし、できれば、そのあたりを知りたいなぁと思わないでもない。
こういう状態は、ある意味、恰好わるく、できれば誰にも知られたくないことだろう。
うう、歳はとりたくない、と思うけれど、叶わないことである。
歳をとる、失敗を重ねる、それは仕方ないことだろうが、やっぱり切ないことでもあるなぁ


今朝の気温-2度、曇


  1. 2012/02/15(水) 06:46:33|
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ストップ原発

一年でいちばん寒く、降雪の多い時に、「天童の家」では風呂場の改修をやった。
なにもない年なら、じーっと家に閉じこもってるか、晴れた日を選んで冬の最上川風景を撮りにいったか、あるいは白鳥たちの飛翔する姿をもとめて出かけたりしたかも知れない。
だが、今年は工事に来てくれる大工さんはじめ、多くの職人さんたちの接待に時間をつかった。

ある意味、とても充実した日々だった気がする。
それは、「天童の家」ブログを読んでもらえば分かるだろう。
でも、ブログには書かなかったけれど、こころ痛むことも少なからずあった。
それは、3.11 とフクシマ原発事故にかかわることごとだった。

難民という言葉は、以前から知ってはいた。でも、難民とは、我ら日本国民とは無縁のことと思っていた。
中近東とかアフリカなどの遠い国のことであり、いわば「対岸の火事」であった気がする。
ところが、3.11巨大地震と大津波、そしてフクシマ原発事故により、身近に数多くの難民をみることになった。
難民とは、一時的な状況でないことも痛切に知った。奥羽山脈の向こう側で、多くの同胞たちが難民となった。距離にして、わずか60キロという近くの出来事である。避難、そして仮設住宅での暮らしはなんとも辛いだろうと身にしみて感じる。
これまで観光などで親しんできた土地の人々が、難民になっている。それがなんだか信じがたい。でも、紛れもない現実だから、切ない。

同じ地平線上に、もっと悲惨な難民も出来した。フクシマ原発事故の放射線難民である。
津波では、多くの人命が失われ、家屋・財産が流され、仮設入りを余儀なくされた。
一方、原発によるフクシマ放射能難民は、家も田畑も以前の姿で目前にある。けれど、家々があった町や村は「死の町」になった。
田畑は、あっても、耕作ができない。農民にとって、それは失くなった以上の無残であろう。目前にある田畑が耕せないことの残酷さ。

「死の街」と言って大臣を辞めた(辞めさせられた)国会議員がいた。
けれど、実際の状況をみれば(テレビ映像であるが)、そこは紛れなく「死の街」である。
人間がコントロールできない物質(極めて有害な)を撒き散らされ、人々は必死になって逃げた。
人々は、家と財産を残したまま、難民となって方々をさまよわなければならない。
人間が住まなくなった(住めなくなった)所は、まさにゴーストタウンである。

難民・ゴーストタウン、その言葉が該当する現状を目にする(テレビ映像)と、言葉を失う。
しかし、叫ばなければならない、と思う。第2,第3の難民・ゴーストタウンを出してはならない、と......
言葉を発し、行動しなければならないと思う。
*

次は、「凍み大根3」へのコメントである。
上の文章と直接の関係はないのだけれど......

   こんのさんへ
   うわぁ~凍み大根、まるで生きてるみたい♪
   違う食べ物みたいです。
   自然の恵みをいっぱいすって…
   でも…食べるにはまだまだなのですかね?
   どんなごちそうになるのか楽しみです。
   それもぜひ♪凍み大根の七変化ですね。
               2012/02/13(月) ぶんとも
そしてレスポンス
   大根にも
   ぶんともさん 嬉しいコメントなのですが......
   福島で作った「切干大根」からも放射能がでて、出荷自粛だそうです
   そういうニュースを聞くと、(天童はダイジョウブ)と思うのですが、やっはりいい気分ではないです
   干し柿、凍み大根 空気に晒して、天の恵みで作るもので、困惑します
               2012/02/13(月) こんの
*

今朝の気温-3度、晴


  1. 2012/02/14(火) 06:47:56|
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アメニティを得る


一軒の家屋のうちで、どの部屋が大事かという問は、意味がないと思う。
それでも、やはり重要視したい部屋というのがあるような気がしてならない。
へへ、独断と偏見で書けば、台所・トイレ・風呂場は要所というか、アメニティが欠かせない気がする。

家族の食事を調理することは、とても重要な営為で、家族の健康を左右することにつながる。
毎日3食、365日、食事作りをする場所は、やはり快適な環境でありたいと思う。
同じようにトイレと風呂場は、台所と同様に重視したい所である。

一昨年は、台所に高性能のエアコンを設置した。昨年はガスレンジを更新した。
妻は、ちゃんとした洗面台を望んでいた。あることはあったのだが、洗髪などは出来なくて、ものたりなかったのだろう。
妻のイメージしてるようなのを造ろうと話していたが、なかなか大工さんを呼ぶまでにはいかないでた。
それが、風呂釜の不具合が発端となって、今度の風呂場改造と洗面台設置につながった。

いえば、これでようやっと納得できる一軒の家ができたなぁということだろう。
ユニットバスは、アメニティに富んで満足だし、新洗面台もイメージしてたようなもので、妻も喜んでる。
いちばん厳しい寒冷時に、3週間不便な思いをしたけれど、13日にすべて完成した。
(嬉しいなぁ)と素直に思う。

今回の改造事業では、いろいろな業者が関わった。
大工さん・左官さん・設備屋さん・ユニットバス組み込み職人さん・電気屋さん・ガラス屋さん・建具屋さん・内装屋さん。
それぞれが、それぞれの仕事をてきぱきとやってくれた。今回し残されたトタン屋根の修復(煙突撤去に伴う)は、雪が消えたら改めてやってもらう。
実に9職種の参加があったことに軽い驚きさえ覚える。

おおぜいの皆さん方の働きがあって完成したのであるなぁ
仕事の窓口は、大工さん(Rさん)。私たちは、Rさんの技術と人柄を信頼し全てを任せた。
その信頼に、みごと応えてくれた Rさんに、感謝の気持ちがわいてくる。

新築とはちがい、面倒くさい仕事だったろう。
Rさんは、精力的な仕事をやってくれた。
アメニティを得たことは、大きな喜びである。さらに嬉しいのは、大工さんはじめおおぜいの職人さん方の仕事ぶりが見られたことである。

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午後5時50分の気温1度、曇


  1. 2012/02/13(月) 17:48:37|
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バレンタインデー

「ちょっぴり春の気配が感じられますよねぇ」妻が、そんな挨拶を大工さんと交わす。
「夜明けが早くなって、日も伸びたのが分かる」大工さんは、仕事へ来る前に、娘さん(高校生)を車で駅まで送るのだという。
「日足が伸びるのは、それだけで嬉しくなるなぁ」と私。
「鳥の鳴き声を聞くと、やっぱり春が近づいたなぁと思われるのね」と妻。
大工さんが仕事に入る前のコーヒタイム、時候のあいさつで、うふ なんか詩人になったような気分。(笑)
光や空気の色に、春を感じ、あらためて(そういえば、そうだなぁ)とかすかな春の気配に嬉しくなる。

「パパは、チョコなどよりもっと何か欲しいものない?」12日の朝、食後の喫茶を楽しみながら妻が言う。バレンタインデーをイメージして言ってるのだろう。
「もうチョコは卒業だなぁ。なにも要らないよ」
「だってぇ 娘たちが、今日パパに持ってくるというのに...... 欲しいのがあったら、あげるから」
「ママが居るだけで十分。それだけでいい」
娘は、これまで毎年欠かさず、チョコやなにかを持ってきてくれる。妻は、それに少し競争心を煽られるようだ。(笑)

まだ仕事をしている頃は、いわゆる義理チョコの多寡さえ気になったものである。
だが、72にもなると、もうそういうことはどうでもいいような気がする。
実際、それを気にしたって如何ともしがたいのだから、むしろきっぱりと諦めるというか、気にしない方がいい。
せめて娘が持ってきてくれるそれくらいは、ありがとうと素直に受け取るのが見苦しくない姿だろう。(笑)

「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」である。

あぁ、ほんとに春の気配が日毎に濃くなってくるのが嬉しい!
空の色、光のそれが冬のものではない。
本格的な春は、まだまだ先かもしれないが、「春」に思いを巡らせることでこころはずいぶんと明るくなる。


画像は、娘と孫たちが書斎にきて置いてったもの。(笑)
他の2枚は、12日に撮った、なんの変哲もない庭から見る景色

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今朝の気温-1度、晴


  1. 2012/02/13(月) 06:22:50|
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凍み大根 3


凍み大根作りをしたのは、1月22日だった。
はたして凍み大根を作れるだけの寒冷になるかどうかと懸念したのだったが、その後は厳しい寒さが続いた。
凍み大根つくりに零下の気温は望ましいことである。
ところが、雪国に暮らす人々に、厳冬は至極迷惑である。人々は、「凍み大根など吊すから、こんなに寒くなるのだ」と恨めしげに空と凍み大根を睨むことになる。(笑)
うふ、(まさか)と思うかも知れないが、似たようなことがあるので次に書く。

五月節句に、鯉のぼりを立てお祝いするわけだが、節句を過ぎてもその鯉のぼりを下ろさないでおいたとする。
その頃、雨天が続いて、雨がもういらない時がある。それとは逆に、晴天続きで雨乞いしなければと思うこともある。
そんな時、「いつまでも鯉のぼりを下ろさないから、こんな雨降りが続くのだ」とか、その逆に「いつまでも鯉のぼりをしまわないから、こんな日照りが続くのだ。早く下ろしてくれないと困る」などの声が聞かれる。

そんなこじつけ!と笑い過ごすことができない。
本気で「鯉のぼりのせい」とか、「凍み大根のため」と思いたがる人がいる(いた)のである。
都市部では、そんなことはないだろうが、昔の田舎にはそういう言い方があった。

鯉のぼりには、別の解釈もある。
ものごとにはケジメが必要で、いつまでもだらだらと鯉のぼりを下ろさないのはだらしないと笑われる。
また、大切な鯉のぼりも傷んでしまう。だから、人々に恨まれるという物語を作って諭しているのだと。

鯉のぼりと雨天・晴天はなんの関わりもない。だけれども、人知では如何ともしがたい天候が続くと、一部の人は(誰か他人のせい)にして愚痴ることになり易い。
もちろん、凍み大根と寒冷についても無関係である。それでも、六曜などを真剣に口にする人をみると、油断できないなぁと、つい思うことがある。(笑)

うう? へへ、とんでもない脇道にそれてしまった。話を戻す。
23日の朝に、茹でた大根を吊るした。
同じその日から、風呂場改修工事がはじまった。
それ以来、ずーっと(途中2日間を除く)気温は、毎朝零下になった。絶好の凍み大根日和である。

大根は、雪を被り、日中はその雪も溶け、夜になると再び凍る日が繰り返し、3週間が過ぎた。
見れば、確実に凍み大根になりつつある。このままいけば、3月上旬には立派な凍み大根に仕上がるだろう。

凍み大根で思い出したが、畑に囲ってある蕪と大根を10日に掘り出してきた。
積雪は、1メートル近くあったが、そう難儀せずに蕪10個と大根4本を持ってきた。
今年は、ネズミに噛じられることもなく、みな新鮮でホッとする。洗ったそれを米袋に入れ、台所に置いてある。

雪国の冬は、まだまだ厳しいが、それでも空気と光になんとなく春の気配が感じられる。
三寒四温を繰り返しながら、やがてみちのくにも春がやってくる。そのことを思うだけでもこころが軽くなる。
   
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次は、干しはじめの頃に撮ったそれの再掲

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今朝の気温-6度、小雪


  1. 2012/02/12(日) 06:54:54|
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顧客本位


クロス張りは、10日と11日の両日で完了した。
11日には大工さんも来てくれ、妻の細々したリクエスト箇所をやってくれてる。
大工さんの心づもりとしては、設備屋さんも11日に来て、洗濯機と洗面台を使えるようになるとの日程だったが、設備屋さんは会社組織での勤務、11日は祝日で休みとなり、13日にやってくれるという。
もう1回だけコインランドリーを使うことになるが、それは仕方ないことだ。

クロス張りの仕事を見ていると、(あぁ、仕上げだなぁ)と思う。
大工さんの仕事、それだけで美しいと思うのだが、やはりクロスは最後の仕上げ、(化粧だなぁ)と納得する。内装というだけあり、それらしく装うことで、そこの存在がさらに引き立ってくるのを確認する。
仕事ぶりを眺めて、さすが「張り師」と感心する。表具師が師匠で、クロス張りもその師匠から教わったという。

職人たちは、仕事量をうまくこなしてる。自分の仕事の段取りをちゃんと計算し、進めてるのが分かる。
それは、休憩のとり方にも現れる。今日は、大工さん、内装屋さん、妻と私の4人で寛いで話ができた。
話に夢中になって、コーヒーを注ぐ(コーヒメーカから)ことも忘れるほどだった。(苦笑)
仕事量が大きければ、そうそう話てる間もなく、休憩を終わすのだろうけれど...... 余裕の休憩に話の花が咲く。嬉しい時だ。

「祝日なんて、休めるのは正月くらいだなぁ。建国記念日なんて休んだことない」大工さんの言葉に、内装屋さんも頷く。
会社に雇われているのではなく、自営業の職人さんには仕事の進行次第で、祝日も日曜もないこともあるのだろう。
うん、顧客本位で働く。風呂が、洗濯機が、早く使えるようにしてあげたい。そういう依頼主の意向に少しでも早く応えるようにする。顧客が喜ぶ姿をね、働きの大きなモチベーションにしている。そうしてあげられるという思いが、いわゆる職人さんの矜持になる。

大工さんの金槌音を聞いていると、そう思えてくる。ありがたいことだなぁと思う。

*
午後5時20分の気温-2度、晴


  1. 2012/02/11(土) 17:21:20|
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職人たちの矜持


9日の夜に電話が入る。
「大工さんからで、はりしやさん明日来ると......」妻が告げる。
「......ん? 何、誰が来るって」
「はりしやさん、クロス張りに明日来るって、大工さんからだった」妻が繰り返す。

はじめの妻の言い方が分からなかったが、クロス張りと聞いて(そうか)と思った。
クロス職人さんを妻は、はじめ「はりしやさん」と言った。うう、そうか、たしかに張り師ともいうのを聞いたことがある。
妻は、クロスというより、張り師屋の方が言い易すかったのだろう。妻には、クロスよりも襖や障子の張替えの方によりたしかなイメージがあったのだろう。

大工さん、左官さん、設備屋、トタン屋、畳屋、建具屋、張り師、表具師 と、職人さんたちを呼ぶ名がさまざまである。
次は、コメントでお馴染みの nakamuraさん「土のうた」のコメントから

> 地道に体を使う職業が避けられるような世の中はおかしいし

   nakamuraさんの言われる通りですよね(大きな拍手)

   > 土木屋のウデであります
   プロの職人さんの矜持 分かりますです。それがあるから美しい!
                      Posted by こんの at 2012年02月09日

nakamuraさんご自身を「土木屋」と書いておられる。
さて、次はやはりいつもコメントしてくださる「ゆきさん」のそれである。

   小さい頃に実家の建て替えを大工さんがやっていたのを思い出しました。
   祖母と一緒にお茶出しの手伝いをして楽しかったです。

   会社の傍で新築の家を建てているお宅がありますが、遠くの方なのかお茶を出している様子もないようです。
   埼玉県の工務店で『ボクの家、大工さんがつくるんだ。』っていうキャッチフレーズの看板があるんです。
   なんかいいなぁって思います♪
   いづれ『職人』という言葉もなくなりつつあるかと思うと寂しいですね。
                          2012/02/09(木) ゆ き
それへのレスポンス
   職 人
   ゆきさん 職人という言葉、ご当人たちにはどう響くのでしょうねぇ
   職人の矜持 とよく言われますし、好きな言葉です
   やはり減ってくのでしょうか、寂しい気がしますです
   コメントありがとうございます
                          2012/02/10(金) こんの

10日、妻がいうところの「はりしさん」が来、茶を飲みながら、仕事をはじめる前の打ち合わせ。
打ち合わせ一段落した際にたずねる。
「名刺の肩書き、何なのですか?」
「はい、内装としております。昔はクロスとか張り師とも言いました。師匠が表具師をしておりまして、弟子になった頃クロスの仕事を教わりました。内装は、床やカーテンなども取り扱います」

「職人と呼ばれることに違和感はないです」内装屋さん(クロス張り職人)は、そう言って笑う。
師匠から受け継いだ技術、さらに自身で磨いた技に誇りをもっているのだろう、笑顔がきれいだ。
「ゆきさん」が言われるように、職人という言葉は百姓と同じような運命なのだろうか......?
百姓という言葉に、私自身は違和感がないし、むしろ親しみさえ覚えるのである。

*
今朝の気温-5度、雲多いが青空も


  1. 2012/02/11(土) 06:36:01|
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サービス

過剰サービス

大工さんは、毎朝8時にやって来た。まっすぐ現場に入って仕事をはじめることが多かった。
それでも、なにか相談がある時は洋間でコーヒー飲みながら打ち合わせ、時には仕事抜きの話で、仕事場に入るのが8時半とか8時40分になることが珍しくなかった。
そういう時は、夕方の上がりが午後6時を過ぎる。時には午後7時までということもあった。

そのような作業時間の中、いわゆる一服(休憩)は、午前10時と午後3時の2回設けた。
もちろん、大工さんの方でリクエストした休憩ではない。妻が(「天童の家」での接遇方針?)そう決めて茶菓を用意し、大工さんに「一服で~す」と休むことを督促?したからである。
依頼主からの誘いを無碍に断れない大工さんは、仕事を中断し、洋間にやってくる。午前・午後の2回、15分は仕事をするわけにはいかない。(笑)

善意から発した休憩(の強要?)、それが職人さんたちにはどうなのだろう?
せっかくリズムに乗った作業を中断しなければならない面倒さ!段取り通りに行かない厄介な気分がなかっただろうか?
例えば、自分でやる植木の剪定作業など、区切りの良いところまでやりたい、そう思えば休憩などとらずにやる。休憩で、かえって仕事の流れが滞ることがある。
もちろん、適当な休憩が必要なことはよく分かっている。
画一的に休憩時刻を決めるのではなく、仕事・作業の流れの中で、適宜に休憩できれば、それがベターではないのか?

10日、内装屋さんが「天童の家」に来たのは、午前9時を過ぎてた。
さっそく洋間で打ち合わせ。クロスを張るための下準備にとりかかったのは9時半近かった。
その後、工事とはまったく無関係の来客があった。その客が帰り、時計を見ると10時20分。
「張り師さん、休憩!」妻が、慌てて準備する。
今日は、仕事はじめた時刻が遅かったし、10時の休憩なしでいいのではないか、と思った。

......が、妻は律儀に「遅くなってごめんなさい。張り師さん、休憩してください」と呼びかける。
(あぁ、作業妨害の休憩だなぁ)と思う。
クロス張りの下準備を止め、職人は洋間に向かう。
職人と出会って2回目、まだ互いに本音で語ることが難しい。
依頼主と職人の関係は当たり障りない姿で、多少の不都合、厄介さは引っ込めてやるしかないのだろう。
(職人さんもたいへんだなぁ)と思う。

「お昼は、ここ(「天童の家」)で弁当でしょうか?」妻が訊ねてる。
大工さんは、自分の家へ昼食をとりに行った。
設備屋さん(複数)は、弁当を洋間でつかった。ここで昼食であれば、味噌汁や少々のおかずを用意をする。
妻の心遣いを過剰サービスというか、それともまぁまぁそれでもいいと思うべきか......
接遇って、ね なかなか難しいことだなぁと考えてしまう。(笑)


正午の気温-1度、晴


  1. 2012/02/10(金) 12:08:07|
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金槌の響き


風呂釜の不具合から端を発した風呂場・洗面所改修工事が終わりに近づいた。
繰り返しになるが、これからやるのはクロス張り、照明器とりつけ、洗面台水回り配管の接合だけになった。
今週いっぱいで全て完了の予定である。

8日、9日、職人さんたちは誰も来なくて、「天童の家」は静かだった。
それまでの16日間、コンクリート破砕やタイルを剥がす騒音が家の内外へも漏れた。
はじめは、破壊の音で、気持ちまで壊されるような響きをもつ。
風呂場コンクリート床、タイル壁などのそれが済むと、騒音はなくなり、やがて建設への音が広がる。

破壊音は正直イヤな音である。ガタガタ! バリバリッ! ガガガァー! 濁音と破裂音、難聴者である私だけれど耐え難い騒音だった。
破壊音とちがって、建設音は濁音さが減って、音にリズム感が加わる。ドンドンドン、とんとんとんと丸みさえ感じられる。
単に先入観とだけは言えない音の違いがあるのをたしかに聞き分ける。難聴者ほど騒音を嫌う。

対面しながらの会話ならそうとう低い言葉でも聞きとれる。ところが、少し離れたり、また話者以外の話し声が混じるとなかなか聞きとれなくなる。
他人の声が騒音に感じてしまう。こいう感覚は、難聴者独特のものかも知れないなぁ
うん、難聴者ほど、音に注意深くなる、というか、音に拘らざるを得ない。

9日朝、台所のストーブ前に腰掛け、妻が使う包丁の音を聞いている。とんとんとん、そのリズム感が快い。
「ママ、金槌の音がしないとさぁ なんだか、ものたりない気がする」
「パパもそうなの...... 私もよ。さっきからそう思ってた」
「金槌の音が聞こえると、なんだか家が生きているなぁみたいな感じだった」
「ふ~ん、じゃぁ今は死んでる?」
「イヤ、ちがう! ママの包丁の音が良い響きでな、この家は生きている」
「うふ、おかしなパパ」

とんとんとん 大工さんが使う金槌の音が、響いてる。(懐かしいなぁ)
あの音がすると、そう まるで(家が生きてるな)と感じた。
びゅーんと電動鋸の音が、血液の流れを思わせる。大工さんの動きが美しかった。
うふ、なんだかあの金槌の音がとても懐かしい。
そう思いながら、妻が使う包丁の とんとんとんという音、ストーブの温かさを感じながら聞いている。

*
今朝の気温-3度、曇


  1. 2012/02/10(金) 06:09:21|
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