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大晦日に思う


今日が大晦日。2011年最期の日である。当然のことながら、今日も24時間だ。
今日の残り時間がカウントダウンされ、あと00時間という言葉が繰り返される。
今日だって、いつもの24時間と同じなのに、なんだかムダな時がカウントダウンされてるような錯綜した気分になる。

2011年の最後の時(秒以下の瞬間)が来て、次に2012年の新しい時がはじまるのだが、2011年と2012年との境には何のしるしもない。
時は、見えないし、音もしない。匂いも、またそれが時だと分かるような何もない。
強いて言えば、時は時計の表示板上をよどみなく回っている秒針の流れ(動き)を見て分かるという錯覚がある。時間は、けっして秒針の動きではないのだが、ついそう見てしまうことがある。

「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。」だれも知ってる「おくのほそ道」の冒頭である。
「月日は永遠にとどまることのない旅を続ける旅客であり、この人生を刻む、来ては去り去っては来る年もまた同じく旅人である。」と評釈される。
だが、よく考えてみると、年も月日も同じ旅人と言ってるだけで、旅人がどのような姿をしており、どこから来てどこへ行こうとしているかは何も分かりはしない。

50年前 Tさんに出会い過ごしたあの若い自分、あの時の時間はいったいどこへ行ってしまったのだろう......
72になったしょぼくれ男は、これからどこへ行こうとしているのか...... 時間軸で考えると、何も明らかでない。

  放射性同位体であるセシウム137は約30年の半減期を持ち、医療技術、工業用計量器、水文学などに応用されている。
  .... 放射性同位体であるセシウム135は230万年という非常に長い半減期を有しており、セシウム137およびセシウム134はそれぞれ30年および2年という半減期である。

「地質学から学ぶ山寺の歴史」では、800万年とか10万年前の地質学を学んだ。
前段の放射性同位元素と似たような時間のそれに圧倒された。
時間とか宇宙のそれになると、もう自分の頭ではついていけない。それでも実際に「時間」は存在するのだからただ呆然とするほかない。(笑)

それはそうであっても、それでも大晦日がきて、その後に新年がうまれる。
時間自体をいくら吟味しても、なんの益もないから、ムダなことはしない。
悲しかった、辛かった過去(時間)は忘れ、新しい年(時間)に期待する。
う~む、あと00時間で、2011年が終わり、心機一転2012年の新年がくる。
そうやって人は生きる。

みなさん 2011年いろいろとたいへんお世話になりました。ありがとうございます
みなさん どうぞ良い新年をお迎えください。そして「天童の家」もまたよろしくお願いします

*
今朝の気温-1度、曇


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  1. 2011/12/31(土) 06:52:47|
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ソバ打ちで


今日と明日は、年越しそば打ちである。
プロとちがって素人だから打ち方が速くない。一回 600g(そば粉500gつなぎ100g)に約40分かかる。
水のやり方に神経をつかい、(これでよし!)となるまでに3回も追加するから時間がかかるのだろう。
プロなら、1回でぴったしの水量を決め、かりに少しぐらい多めの水で(べたつくかなぁ)の状態でも、そこは打ち粉を使って上手く調整するはずだ。

またプロとちがいムダな力を使うから、疲れもする。
3回も打つと、(あぁ、疲れた!)と思う。若くない証拠だろう。(笑)
それでも午前に3回、午後3回と1日に6回打たなければならない。それを30日・31日と二日間やるのだから、大仕事である。(笑)

1年365日の最後にやる仕事、それも美味いソバを食べてもらい、良い年を迎えて欲しいとの願いを込めてやる仕事だから、多少の疲れはしかたない。
たしかに疲れるけれど、ある意味(快い疲れ)である。この仕事を終えて(今年も暮らしたなぁ)と思う。
はい、やり残した仕事はない。これでこころおきなく新年が迎えられる、という気分はわるくない。


今日の画像は、ツララ。28日に撮った。
ツララは、どの軒にも伸びて下がってる。それ自体は珍しくもなんでもない。
だが、朝日にキラキラ光るツララを見ると、思わずカメラを向けたくなる。
肉眼ではとてもきれいな虹色の光芒が美しく見える。だが、撮影してみると、それがなかなかうまく写らないのである。

今度こそ! と思ってまたカメラを向ける。
ずーっと以前、一度まぁまぁの写真を撮ったことがある。その時から毎年挑戦してるのだが......
どうしてもイメージしているような画像が得られない。
今回もまたダメだったなぁ

ツララは雪と気温の寒暖さえあればいつでもできるから、まだまだチャンスがある。
いつかきっと納得できる画像をゲットしたいと思う。

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今朝の気温1度、雪


  1. 2011/12/30(金) 06:52:53|
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あと三日

2011年があと3日で暮れる。
平成23年はほんとにいろいろなことがあった。
「天童の家」は相変わらずのマンネリだったが、それでも大きな蹉跌もなくこれた。
これもアクセスしてくださった皆様のお陰と感謝している。

残りの2日間もだいじに暮らしたいと思っている。
昨日は、正月に活ける松をとりに、雪道を歩いてゲットしてきた。
明日と明後日は、年越しそば打ちである。
お世話になった人々に、年越しそばとしてあげるために忙しい。
今日は、ゆっくりすごすつもりである。

画像は、昨日撮ったものである。

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今朝の気温-3度、晴


  1. 2011/12/29(木) 07:14:45|
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「天童の家」十大ニュース

「天童の家」2011年十大ニュース

「重大ニュース」がほんとうなのだろうが...... これまで「十大ニュース」でやってきたので、今年もそれにならう。(笑)
なにかあった時にノートにメモしてたもので、暦日順に記していく。
他人さまには、よその人の出来事などどうでもいいのかも知れない。でも、他人のそれを見て、(あぁ、そういえば、自分も......)と思い出され、それでなにか裨益するものがあれば嬉しい。

 2月17日  モニター交換。パソコン不調で、息子にその理由を訊くと「ディスプレーが疲れてきたようだ」という。メカ音痴者をいちばん悩ませるのは度々の不具合で、それには堪えられない。すぐに交換する。

 3月4日   集音器更新。難聴者に欠かせないツールである集音器。昔は、会議時などに使うだけだったが、最近は日常的に使用しなければ不自由を覚える。通信販売で取り寄せる。

 3月11日  「東日本大震災」日本中が大きな衝撃を受けた出来事であろう。個人的にも多大な影響をうける。あれ以来、自分の考え方(生き方)がかなり変わった気がする。

 5月3日   それまで使っていた裏の池への浅井戸ポンプが不調になり、考え方を変えて、水揚げポンプを据える。24時間揚水では水量が多すぎるので、1時間毎に稼働・不働を繰り返すようタイムスイッチをつける。

 5月18日  妻・白内障の手術を受ける。経過・結果は良好で、24日に反対側の手術をうける。世界が明るくなったような気分だという妻の言葉が嬉しい。

 6月21日  田中さんより半世紀ぶりの音信。26日に50年ぶりに再会を果たす。消えかかってたいろいろな記憶が蘇る。人生が豊かになったような感慨を覚える。田中さんとの交友が再開する。

 7月16日  鯉の産卵。何年かぶりに鯉の産卵に出会う。すぐ孵化を試みる。結果、成功ならず。

 7月19日  茶の間エアコン交換。それまでのが突然作動しなくなり、即交換する。

 7月20日  トイレ更新。洗浄不具合となった。その部品が製造期限を超えてないという。しかたないので新型に交換する。

 7月31日  それまで足掛け6年間勤めた学童保育の指導員を辞する。民生委員任期中に立ち上げた学童保育をなんとかうまく軌道に乗せたいと、定年退職した妻に指導員を頼んだのだった。妻はその任務を果たしての退職である。

 11月24日  ガスレンジ更新。

 12月7日   パソコン本体交換。

 12月18日  72歳の誕生記念日。よくもまぁ これまで元気に生きられたものだと感謝せずにはいられない。

 12月27日  掛け布団を買う。今は羽毛布団を使っているのだが、絹のそれが体をうまく包んでくれ空間ができず温かい。贅沢かなぁと思ったが、絹のそれを掛け、その上に羽毛を掛ければ暖房なしで十分に暖かい。
母には、リクエストに応え9月にベッドを買ってあげたので、今回は絹枕を買った。脳梗塞予防になるという。(笑)

2011年を振り返ってみて言えることは、なんといっても 3.11 の大地震と津波被害、原発事故である。
11日午後2時46分、洋間で大きな揺れを感じ、(家が倒壊する!)と思った。つけてたファンヒーターを消し、さてどうしようかと考えたが、とっさにどうしていいのか分からなかった。
左右に激しく揺れる家を見ながら、動けなかった。

大きな余震が毎日のように続いた。
そしていわゆる「地震酔い」にも罹った。実際は、地震ではないのに、自分の身体が揺れを感じてしまう。
それが何ヶ月も続いたような気がする。それがなくなったのはいつ頃からだろう......。

あの地震と津波、原発事故を経て、自分の暮らし方、考え方が以前と違ってきたのを自覚する。
年賀状にも『ありふれた日常の暮らしがとてもありがたい』と強く思うようになったと書いた。

十大ニュースが見出しだが、こうやってみると、なんだか買い物ばかりしてる印象が強い。ニュースというより、購買記録。(笑)
よくもまぁ 次々と買ったものである。でも、考えてみるとそのほとんどが買い換えの時期になっていたのである。好んで買い換えたわけではない。やむを得ずのそれで、予定外の出費。
年金生活者には、なんとも過大な負担といえるが、しかたない。みんな暮らしに必要なツールなのである。

あと4日で、今年が暮れる。
2012年(平成24年)が、どのような年になるのか?
できれば平穏な、大きな事件などない年になることを願いたい。
十大ニュースがね、買い物や地震などでなく、もっと明るく笑えるもの(こと)であることを希望する。

*
今朝の気温2度(?) 晴 もっと低い気温と思ったのですが......


  1. 2011/12/28(水) 07:15:39|
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日記を捨てる


下のそれは、朝日新聞生活面「ひととき」(27日付)に載ったエッセイである。
すばらしいとかそういう内容ではないかも知れない。しかし、とても分かるというか、共感に近い良いエッセイだと思う。
そのエッセイを読んだ後に「ぶんともさん」のブログへアクセスしたら、偶然にも同じような箇所に出会って嬉しくなり、次のコメントを書いた。
    日 記
    > 小学校五年生の時から毎日欠かさずに書いてた私......

    そうなんですかぁ
    先ほど読んだ新聞のエッセイ 筆者も同じく5年生から書いてたそうです
    これからそのエッセイを書き写し「天童の家」にアップしようっと......
                   2011/12/27(火) こんの

  書きためた日記捨てた  小西雄子 無職 70歳 東京都八王子市

   最近、50冊ほど書きためた日記帳を、最初と最後の2冊を残し、思い切って捨てた。
   日記を書き始めたのは小学5年生の時、父からのプレゼントだった。
   それから60年近く、日記を書き続けてきた。
   「いつか自分史でも書くときのために」と思っていた。

   しかし、結婚も子育てもなく、棒のように生きてきた身としては、書くようなこともなく、パワーもなくなってしまった。
   人に話すと「もったいない」と誰もが言う。
   だが、読み返すこともなく、ただ置いているだけでは、私の死後、残された者も困るだろう。
   流行の断捨離ではないが、身辺をきれいにしておきたいと思った。

   日記は日々の私の思いを吸い込んでくれる。
   捨てるにあたり、ぱらぱらとめっくてみると、幼い自分、何かに夢中になってる自分、誰にも言えない思い。悲しい! バカヤロウ! とだけ書いてある日もあった。
   「捨てるのをやめよう」とは思わなかった。
   忘れられない思い、出来事はずっと胸にしまっておけば良い。

   これからも日記は書き続ける。
   さて、買うのを3年日記にするか、5年日記にするか、迷っている。


短文で過不足なく良いエッセイだと思う。
冗漫でない、こんなのを書けたらいいなぁと羨ましく感じる。

*


  1. 2011/12/27(火) 16:50:46|
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雪虫舞う



       復興祭果てて立つ虹大漁旗をふはり背にかけ男ら仰ぐ        埼玉県・小林淳子
       ひとかけの生姜を入れて被災者の足を温めるバケツの足湯      埼玉県・小林淳子


       掃き溜めて畑に鋤込みしは去年まで行き場失う今年の落ち葉     稲敷市・川村とみ

       「除染」というショベルカーが削ってく景観、文化、こころといのち 福島市・伊藤 緑

       いわき市に逃げて来る人逃ぐる人危ふき距離の仮設住宅      いわき市・馬目 空

       塩屋埼灯台に灯がともされて土台だけなる街を照らしぬ       香取市・関 沼男

       山茶花の咲き急ぎたる師走来て仮の宿にも雪虫が舞う       南相馬市・飯崎ひろみ

       冬の底で鳴るオルガンはふるさとの唄となりゆく雪をつもらせ    福島市・美原凍子


       年暮る拉致被害者の音絶えて    前橋市・荻原葉月

       仮の世の仮設住宅寒苦かな     札幌市・江田三峰

       祈りもて常ならぬ年送らんと    枚方市・石橋玲子

         短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(26日付)より


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今朝も朝起きいちばんに雪掻き 肌着を着替える

今朝の気温-1度、雪



  1. 2011/12/27(火) 07:58:23|
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今日の雪景色

今朝は、この冬で最も多く約30センチの積雪だった。
こうなると雪掻きも本気でしなければならない。(笑)
スノーダンプではじめていると、息子もやってきて手伝う。ふ~む、嬉しい。独りでやるのとは捗り方がちがう。

前庭を終わし、裏庭にも道をつける。ゴミコンポがあるし、隣の家との道は確保しておかなければならない。
ふだんは、起床後はパソコン前に座って毎日のルチンワークを済ましてから朝食となる。
しかし、降雪時は、なにを措いても「道」の確保が優先作業である。

雪掻きが終わる頃には、汗ばみ、すぐに肌着を交換する。
朝食をゆっくりとり、その後にパソコンへ向かう。
パソコン、新聞読みを済まし、(雪景色を撮るかぁ)と出かける。

この雪ではいつもの散歩コース(サイクリングロード)はムリと判断し、除雪なってるスーパー農道へ行く。
雪質がベタ雪で、佳い景色が望めない。(佳い景色は、さらさら雪で寒さが低い日にできる)
......が、それは気にしないことにする。(笑)

言い訳は措いて、雪景色を並べる。

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午後3時40分の気温 -1度、断続的に小雪舞う





  1. 2011/12/26(月) 15:43:45|
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分かってた



夕食後、いちばんに風呂をつかい、その後はもうふとんの中。
テレビはふとんの中で、寝転がって見る。なんともだらしないものだなぁと自分でも思う。(笑)
妻は、寝る前に毎日必ず体操をやる。その体操を済まさないと落ち着いて眠れないらしい。

立っての運動が終わると、横になってふとんの上でまた足の体操をするのだから念が入ってる。
妻は、足が弱かった。だが、その足体操をやってから丈夫になり、秋には栗駒山頂まで登れた。
「この体操、良いのよ。パパもやりなさい。足の痛みなんか必ず治るから......」妻のそれには従うしかないと達観(笑)し、はじめることにした。

その体操は、寝転んだ姿勢で片足を15度ほど持ち上げ、10秒ほど停止さる。それを10回繰り返す単純なものである。
片方が済めば、反対の足を同じようにやって、左右をそれぞれ10回ずつ2回、全部で40回のそれを毎日続ける。
「パパ、体操やった?」妻に毎晩訊かれる。
「あぁ、今日はおまけで25回ずつ50回やった」などと応えると、「よかった! 膝の具合どう? 良くなってるでしょ」と言うから返答に窮する。
正直言えば、まだ少しも良くなっていない。この体操自体が面倒に感じるのである。

24日のその時も、妻に「パパ、足の体操は(やったのか)?」と妻の確認の問がでる。
「...... うう」私は生返事。
「ね、運動したんでしょ」再度妻が訊く。
「あぁ......」
「毎日続けないとね、効くんだから」妻は、テレビの歌番組をみながら言う。


23日の夜は、午後9時からTBS「帰郷」(渡哲也・渡瀬恒彦)を見た。見終わったのが11時20分。
いつもの就寝時刻は、9時のNHKニュースウオッチをみて、途中で眠ってしまう。11時過ぎまで起きていることは珍しいこのごろだ。
そのせいか、24日は歌番組をみながら妻はいつしかかるいいびきをかいてる。私も眠ろうテレビを消す。
......と、「見てるんよぉ」と妻のブービング
うふふ 妻は、いびきをかきながらでもテレビが見られるのであろうか(爆笑)


25日朝食後、喫茶しながらのこと。
「パパ、夕べ足の体操やった?」妻がまた同じようなことを言う。
「ん? あぁ、昨日は疲れてて、やらなかった」この際、正直言うしかない。
「ふふ、分かってた。(パパ やっていないなぁ)と直感で思った」
「ママ、知っていて、何度も訊いたのかぁ ママは腹黒だからなぁ。まいったなぁ、ママの意地悪さには......」
「誰が腹黒い? 黒いのはパパでしょ! はっきり言わないで、なんだか『やりました』みたいな返事して...... はっはは パパは、そうやって私を騙すんだから、油断できない。ね ズバリでしょ」妻はまたまた大口あけて笑うから憎い。

*
今朝の気温-2度、雪
この冬最高の積雪 30センチほど、息子と二人で雪掻き。今終わったところ
汗かいて、肌着の交換。いい運動だ


  1. 2011/12/26(月) 08:10:27|
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ホワイトクリスマス

クリスチャンでもないので、クリスマスといっても格別のことはない。
それでも妻はケーキを孫たちに届け、家でも手巻き寿司とケーキを食べた。

クリスマス寒波といわれたけれど、それもたいして気にならない。
今朝の雪景色を撮ったので並べる。
ホワイトクリスマスである。

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今朝の気温-2度、晴


  1. 2011/12/25(日) 10:04:25|
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昨日の会話


昨日は、比較的穏やかな天気だった。
「散歩、私も行くからね、ちょっと待って......」妻の用事が終わるまで待つよう言われ、素直に待つ。(笑)

午前10時、歩きはじめる。雪はまだ溶けてないが、気にするほど歩きづらいとも思わない。
「マスクしてくるんだったかなぁ」妻が言う。
「カゼでもひいた?」私の問に、顔の日焼け止めにマスクがいいのかなと思ったという。
雪の反射が強く、「今日は日焼けする」とつぶやいた私のことばをしっかり受け取ったようだ。
いくつになっても、女性は日焼けが気になるらしい。(笑)
「もう日焼けなど気にしなくてもいい歳だよ」とは絶対に言えないので、「ダイジョウブ、だいじょうぶ」と誤魔化す。
「紫外線、あまり身体によくないんでしょ、だから......」妻は本心からか、そう言う。

な、なんとも他愛ないことを思いつくままに喋りながら歩く。
今日は、どういうわけか 歳の離れた夫婦のことを話してた。夫が妻より10歳以上も年上の夫婦のこと......
近所にいる夫婦もそうだが、娘の旦那も10歳以上離れてる。娘の言葉や近所のその奥さんと話したことが話題になる。
少しくらい離れていても、若い時は格別なんの支障もない。だが、お互いに歳をとってくると、やはり男性の方から老いを強く感じるようになる、などと......。
妻は、夫婦のことをあからさまに娘の言葉として話す。親子だから話せるそういう話を、ね 夫婦だけの会話にも話されるのはしかたない。(笑)

「Mさん夫婦ね、嫁さんにとても気遣っているのよ」妻が言う「嫁さん」とは、Mさんの長男の妻のことである。
「ある人から、私のこと『まるで嫁さんみたいにばあさん(母)に仕えてる』って言われたことがある」妻の話題がいつか嫁姑のそれに変わってる。
「ママは、お母さんにはけっこう気遣っているからね。それなのに、私にはその半分の気遣いもないなぁ。私にももっとちゃんと仕えてもらいたいよぉ」
「パパぁ!それはないでしょ。パパにだって精一杯尽くしているじゃない! それにね、パパは、支えてあげなくても自分ひとりで十分に立っているじゃないかぁ 立ち過ぎてるほど......」妻の不満顔が...... 男を睨む。うう、怖い!

川向こうを仙山線の電車が音立てて走ってく。
誰も聞いてる人がいないから、なんでも言える。(笑)何を話しても、バカ笑いで済んでしまう。
こころに浮かんだそれを吟味することなく、ストレートに話してしまう。
こころのわだかまりが、それでずいぶんと解消する気がする。

「パパ、ほら、あそこに白いきれいな鳥が...... 撮ったら」
「あぁ、白鷺! 空が白いから、うまく写せない。バックが黒っぽくないとダメなんだ」
「しらさぎさ~ん、こっちへ、こっちへ飛んできてぇ」妻の誘いに、白鷺がまるで応えてくれるようにやってくるから嬉しい!
「どう? うまく撮れた? ちゃんと私の呼ぶ声を分かって来てくれた」妻が真顔で言うから可笑しい。
そんなことはあり得ない。たまたま偶然にそうなっただけである。でもさぁ この際だから、妻が呼んでくれたことにしておこう。
うう、今日の散歩ではいろいろなことを話したし、想定外の出来事もあったなぁ


追記
実際の会話では、もっと生々しい具体的な内容が話されたのだけれど、そのままを書くことができない。
うう、残念であるがしかたない。
書けば、みなさんからものわらいにされ、軽蔑されること間違いないからである。(笑)

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今朝の気温-1度、晴


  1. 2011/12/24(土) 06:52:40|
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今日がお正月



昨日、散歩へ出かけ、歩き出したのは午後2時である。
くもり空で、まさに冬のどんよりとした日で、気分までが陰鬱になりそう。
が、それは気にせずに歩くことにした。

この冬でいちばんの積雪で、家の前の道には除雪車がやってきた。
(この程度で、除雪はないだろう)と思った。......が、除雪の基準量?に達した積雪だったのかも知れない。
散歩道(立谷川沿い)も真っ白で、それでも何人かの足跡がついてて、その部分がとけ黒いアスファルトが現れてる所もある。
まちがいなく冬景色である。

散歩は、よほどの吹雪でもないかぎりやるつもりだから、昨日もイヤな気分もなく雪の中を歩く。
もちろんカメラを携行してたが、撮るべき被写体に出会わない。それは仕方ないことだ。
左膝の鈍痛は依然として消退せずにあって、いちばんの気がかりである。

40分歩いて折り返し点。なに思うことなく機械的に折り返す。
畑仕事をやっている人がいるけれど、散歩人の姿が皆無である。足跡があるから自分以外にも散歩してるのはたしかだ。
この散歩道は、はたしていつ雪に閉ざされて歩けなくなるのか...... もう時間のもんだいだなぁ
そうなったら、除雪するスーパー農道を歩けばいい。

周りの景色が、くすんで見える。(何時かな?)時計は3時を示す。
(あぁ、そうか!今日は冬至だったなぁ)道理でこんなにうすぐらくなってるのかぁ......
妻の作った冬至かぼちゃが美味かったのを思い出す。(笑)

今日が冬至と思った時、気分が急に軽やかになったのを覚える。晩秋から日脚の短さが日毎に感じられ、なんとなく憂鬱な気分になったものである。
寒くなり、雪が降り、日までが短くなる。なんともいやな気分だった。
だが、冬至を過ぎれば、日脚は日毎に長くなる。そのことを思うと、降雪や寒さのそれは耐えられる。
冬至の翌日、すなわち今日が、ね 私にはお正月と思えるのである。(笑)

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今朝の気温2度、小雪


  1. 2011/12/23(金) 06:52:34|
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クリスマス寒波

気象情報では、クリスマス寒波到来とか......
「天童の家」あたりも今朝は、今年最も積雪量があった。
除雪車も出動し、(あぁ、やはりクリスマス寒波なのかなぁ)

今朝、朝食後に撮った画像である。

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   我が家の庭先

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   上隣の工場

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   さくらんぼ畑 隣の小屋

今の気温2度、曇 青空も見える


  1. 2011/12/22(木) 13:44:43|
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Sさんの場合



「お陰さまで元気になりました」仙台のSさん(奥さん)から妻に電話が入る。
「パパ、行きましょ」畑から雪の被ったカブ・ダイコンを掘り起こし、漬物など8種類の「天童の家」製造元の農産加工物を車に積んで Sさん家へ向かう。
道路(R48)に雪はないけれど、関山峠の山々はもう完全な冬景色である。

「亡くなって2年あまり、涙 流したことなかった。涙が出なかった。でも、このごろになってようやくじわりと泣けてくる。あの時(先日)アルバムを整理してたら、なんだか気分がわるくなって......」
書斎などは亡くなった時のまま、これまで手をつけないできたという。
ようやく一緒に旅したアルバムなどに手がいくようになったのだけど、思い出が生々しく蘇って情緒不安になり、食欲もなくなってしまい、体調不良で受診・点滴を受ける状態になったのだそうだ。

「喪の仕事」は、なかなかたいへんなことである。二人の仲が濃密であればあるほど、相手の死を簡単には受け入れられないのは当然のことと理解できる。
2年という時間は、長いと感じる人もいるだろうが、Sさんにはあっと思う間で、ようやくアルバムに手がのびる気持ちになった。
だが、亡くなった人を思う気持ちがまだまだ生々しく蘇る。
(あぁ、仲良かった夫婦だったものなぁ)無理もないと思う。

Sさんの表情は、想像していたよりも晴れやかでホッとする。
「こんのさんたちが来てくれると思うと、いつまでも落ち込んでいられないと......」Sさんはムリなく笑う。
3人での話しが弾む。

これからも時には思い出し、切なく、哀しくなることがあるだろう。
でも、それはしかたない。というか、むしろそうあって当然なのだ。
深い絆が、ある日突然断ちきれてしまった。そこから「喪の仕事」が続く。誰もがそうである。ただ、そこに濃淡とか、それぞれ 絆の太さ・細さに対し反応がちがってくる。


Sさん宅を辞し、帰途の車中、妻と私のこころはしっとり落ち着いてた。
「Sさん、パパ だいじょうぶよね?」
「うふ、ダイジョウブだよ。だんだんに納得してくんだ。いい夫婦だったものなぁ Sさんたち」
「私も、そう思う」妻が笑う。


夕食を済まし、風呂をつかってる最中に、妻が風呂場に顔を出す。
「今 Sさんから電話。『ソバがとっても美味しかった。パパによろしく伝えて』と言ってた。息子さんと二人で食べたそうよ。持って行ってよかったねぇ」
「ママ、風呂は? 一緒に入ろう」
いつもは二人でつかう風呂だが、今日はなにか台所で忙しそうにしている。そういう日もあるだろう。(笑)

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今朝の気温0度、曇


  1. 2011/12/22(木) 07:24:22|
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残されたりんご


いつもの散歩道をちょっと外れて歩くと、意外な情景に出会ってこころが揺さぶられることがある。
降雪がある程度の量になると、毎年歩くコースがある。そこは道ではなく、川のほとりにそって辿るのである
冬以外は、雑草が蔓延って歩きにくい。また田圃の泥で汚れたりする。......が、この季節は長靴で邪魔っけなしで歩ける。

「天童の家」あたりは果樹地帯である。でも、この時期になれば、すべての果樹は収穫され裸木になってしまうのだが......
たまに、取り残されたりんごが2つ3つ雪を冠ってあったりする。
あぁ、柿がね、柿は収穫されることなく真っ赤に熟してるのが多いなぁ
鳥たちの餌になるか、それとも落果し雪の下にかくれしまうのは時間の問題である。

先日の散歩で、荒谷堰のほとりを遡った。その時、とある果樹園でたくさんのりんごが雪を被ってなっていた。
カメラマンには、うふ 良い被写体であり、カメラを向け存分に撮った。
もちろん、食べれば美味しいりんごである。なのに雪の中でひっそりとなっている。うう、もう収穫されないのだろうか?

なぜ、どうして収穫されないのか? いろいろと想像してみる。
せっかくここまで大きく実らせたりんごなにの...... ここまで育てるのには、いろいろな管理が必要だ。消毒も何回もやったろう。その薬剤代だけでも相当な額になる。
その他にも多くの手をかけている。
収穫近くになって、働けなくなるような何か異常事態が出来したのだろうなぁ
それが、病気など一時的な事態なのか、......それとももっと耕作放棄しなければならないようなことができたのか?

う~む、どうしてもよくないことを考えてしまう。
だって、というか、今年のりんごは不作で、出荷すればけっこうな収入になったのである。
今年のりんごは甘い蜜が豊富で、出荷できないようなものでもダメにならずに食べられる。
雪をかぶったそれを見ながら、(もったいないなぁ)と思う。
できるものなら、代わって収穫してしてもいい、などという気分も湧いてくる。(笑)

何かは分からないが、収穫できない大きな事情があるのだろう......
誰かに収穫を頼むなどということもできないままに、雪を被ってしまってる。
(もったいないなぁ)と思いながらも、そういう事情でこういう情景になってるのは、やはり(どうしようもないことだなぁ)と納得せざるをえない。
世の中、思うようにいかないことことだってある。
りんごは、このまま雪を被って、地上に落果し、雪の下に隠れてしまう。

りんご(果実)は、そうなるのが本来の姿なのであって、格別に悲しむことでもないだろう。
しかし、なんだか(もったいないなぁ)の気分が繰り返しわいてくる。
他人のりんごなのに...... へへ、未練気分があとをひく (笑)

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今朝の気温-5度、晴


  1. 2011/12/21(水) 06:43:52|
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みんな健康



今年も残すところあとわずかになった。
数日前から小雪が降りつづけ、消えずに残ってる。このまま根雪になることはないだろうが、雪があるのはなんとなく落ち着いた気分である。
雪は、暮らしに厄介なものだが、それでも雪がないと、雪国としてはなんとなくもの寂しい気がするから可笑しい。

「天童の家」では、今年の忘年会を10日・18日とやった。
19日も小雪が断続的に舞った。それでも運動と取材(笑)のために散歩に出かける。散歩は、いわば日課というか、仕事だとも思っている。
イヤ、仕事と思えば義務とイコールとなるが、義務とは考えない。イヤながら行くのではない!楽しい日課である。

何かを撮るという目的があって出かけるわけでなく、散歩をしながら(おや?)とか、(これはいい!)とこころが動いたものにカメラを向ける。(あぁ、繰り返し書いたことだなぁ)
そんなわけで19日も数多くシャッターを切った。でも、ブログで使えるのは2割弱かなぁ...... その時にイメージしたようなのがなかなか撮れないのはしかたない。
特に雪景色は、(難しいなぁ)と思う。コントラストが想像以上に付いてしまう。雪は見た目以上に光を反射するのである。

画像処理時のレタッチでどうにかなる場合がたまにある。うふ、そういう時は(あぁ、カメラで描くって楽しいなぁ)と嬉しくなる。
撮る行為も楽しいが、こうしたレタッチ作業も時間を忘れる。
写真を撮り、それに伴う文章を書いてると、時間はたちまち経ってしまう。他人さまには分からないかも知れないが、うふ 至福というか、充実した時なのである。(笑)

「パパ、そろそろ終わる?」妻が声をかける。
「あぁ、もう夕食かぁ......」
「ちがう、違う! 今日は我が家の忘年会。『彩』に行く」妻の言葉に驚く。

「えっ! 忘年会は、昨日もやったろう。ママ、なにか間違って聞いたかなぁ おれ」
「これまでの忘年会、他人さまとのそれでね、家族水入らずの会じゃなかった。パパの誕生祝いを兼ねて、今日は家族だけの忘年会よ」
「ほぉ そうなの...... よし、分かった! 行こう、行きましょ」妻の誘いに否やはない。
家族4人、いそいそと 寿司ショップ「彩」へ向かう。雪が激しく降ってる。

「彩」に行くと、再度びっくり! 指定席に豪華(?)な料理が並んでる。
こんなことははじめてである。
あぁ、「天童の家」の家族水入らずの忘年会、楽しく、嬉しく、なんともいい宴になったことはいうまでもない。(笑)
うふふ、こんな幸せが夢ではないのか...... とは、へへ 思わなかった。たまにはこんな贅沢があってもいいのだろう。

*
今の気温-1度、曇



  1. 2011/12/20(火) 10:22:50|
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冬を案じる

       三月十一日永眠と記された喪中の葉書われに届きぬ      仙台市・三角清造

       釜石に住宅地図の調査員×入るる度その指震う        町田市・冨山俊朗

       わが里の阿武隈川が500億ベクレル海へ注ぎ込みゆく      宮城県・大友道子

       終点で夜行バス降り海霧深き大地を踏みぬここが故郷    気仙沼市・千葉迅太

       山茶花に三原噴火を回想し東日本の冬を案じる        東京都・大村森魚
みちのく雪国の冬は、厳しい。
日本海側には雪がたくさん降る。雪はたしかに冷たい。
太平洋側にはそんなに大雪が降らないけれど、寒気は雪以上に冷たい。津波被災地の人々の暮らしの難儀さが思われる。

       育みし万の茸は汚染され友はしずかに廃業告ぐる       福島県・佐藤照子

       「負苦島」にさせてはならぬうつくしま歌詠む力届け富来島  日田市・石井かおり

       福島を「負苦島」にして冬が来る汚染されたるまんまの大地  福島市・美原凍子(11月28日)

「負苦島」の対極に位置づけたい「富来島」

       原発の方より来たり冬の犬     いわき市・馬目 空

       虎落笛さへも絶えたり津波跡     芦屋市・酒井湧水

       木枯らしの木のなき街を掻き鳴らす 南相馬市・山崎秀夫

          短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(19日付け)より


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今朝の気温0度、雪


  1. 2011/12/20(火) 07:06:55|
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散歩中の会話



妻が、学童保育の仕事を辞めたのが7月だった。うふ、また初っ端から妻が登場(笑)
仕事を続けたい気持ちが強かったが、母の希望を受け入れての退職だった。
それからの妻は、暇をもてあます気配は微塵もなく、朝から晩まで忙しそうに動きまわっている。
お陰で、こちらまで午睡などゆっくりとれず、へへ ちょっと迷惑な気分。

畑仕事や草取りが好きなようで、「こうやっているのが好きだから、勝手にやらせて」と言われると
「ゆっくり休んでもいられない」等の苦情も減っこんでしまい、(しかたないなぁ)とつい手伝ってしまったりする。
畑仕事もなくなり、漬物仕込み等もおわると、さすがに妻にも少し暇が出てきたようす。
「少し肥ってきたかなぁ」などと言う。

たしかに妻の身に(だいぶ肉がついてきたようだ)と思うけれど、滅多なことで言葉に出せない。
「学童の時のように動かなくてもよくなったから...... 運動すればいい。また一緒に散歩しようか」
「そうしよう。パパとの散歩、久しぶりね」

というわけで、最近また二人で散歩をやっている。
立谷川沿いのサイクリングロードを、片道3000歩、往復6000歩を他愛ない話をしながらの散歩。

「Kさん、藪に足をとられて転び、肋骨3本折ったんだって。そんなこと考えられる?」妻とKさんは いとこで、同世代である。
「ゴルフクラブ打ってさえ肋骨を折ることがある。折れやすいんだよ、肋骨って」
「どうすれば折れない?」
Kさんは、奥さんに先立たれ独り暮らし。骨折には運動不足や栄養のアンバランスも考えられる、ことを話す。
「あぁ、やっぱり運動がだいじなんだね」と妻。

「うちのばあさん(母)も、歩くのがたいへんになったみたい」妻がいう。
「お母さん、小幅歩行になってきたなぁ」
「歩幅が小さくなるのね。腰が痛い、疲れるって愚痴ることが多くなった」
「歳をとると、みんなそうなる。86だもの、歳相応だろう」
「洗濯した衣類を乾かすのも『外は寒くて耳が痛くなるので止めたい、』などと......もう、子どもの言い方」

「学童に行ってた時は、ばあさんが夕飯の準備などやってた。今は全部私がやってる。ばあさんのやること何もなくなった。立ったり、考えることがないと、足腰も弱くなるみたい......」
「この間、体具合わるくなり朝起きられなくなってから洗濯もママがやるし、お母さんのやることなくなったものなぁ」
「年寄りには気侭にしてもらいたいのよ。世間目にも 年寄りを働かせるのは、あまり好ましく見えないしね」
「う~む、なかなか難しい問題だなぁ 世間目と、実際というか、実情のそれ...... 」

身体の運動として散歩をやっている。が、同時にね、他愛ない会話だけでなくて、微妙というか、けっこう大切な話しもしている気がする。
二人だけで、誰から聞かれているわけでない会話だから、そうとう際どい内容までかまわずに話せる。(笑)
考えれば、へへ これは精神衛生にもたいへん良いのではないかと思う次第である。

*
今朝の気温-4度、小雪


  1. 2011/12/19(月) 07:15:11|
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誕生の日



1939年12月18日、この世に生をうけた。
今日で72歳になる。へへ 実を言えば、73歳になったと思っていたが、よく考えると72であることが分かった。
うふ、1歳儲けたような気分。(笑)
この歳になると、どうも歳などどうでもいいような気がする。もう、すっかり73になったとばかり思ってたのであるから可笑しい。

朝食後の喫茶時に、毎日妻と「今日の予定」を話しあう。その時は(そうか)と思う。
だが、しばらくして「パパ、そろそろやりましょう」とか、「さぁ行く時間よ」などと催促されると、(う~ん、何をするのだったかなぁ)などと肝心の用事を忘れている。
「パパ、私の話など聞いていないのね!」などと叱咤されて、慌てて「あぁ、分かった!すぐしよう」とか、「今行くからダイジョウブだよ」などと取り繕うことになる。

これが本当のことで、いわば認知症予備軍だなぁと思う。その割に深刻な気分もない。もうかなり現在進行形なのかもしれない。
物事すべてに深刻さが感じられない。っふふ、なるようになるさという気分が強い。強いとか弱いではなく、何でもケセラセラと考えてしまう。
自分の誕生日には、毎年なにか思うこと、感じることを書いてきた。過去のそれを読めば、その歳、その時のようすがだいたい分かる。

過去のそれを捲って再読してみようという気力がなくなり、はっきり言えないのだが、誕生日にはそれなりの感慨を書いてきたと思う。
ところが、今年の自分には感慨といえるようなのがわいてこない。これはやっぱり老いてしまった証拠というか、気力・意欲の減退というか、歳相応の状態なのだろう。
個人差があって、72になってもまだまだ元気で活躍している人もいる。そういう人は、それでいいと思う。でも、自分がそうでないからと悲観する気分もない。

はっきり言えることは、「今がいちばん幸せ」と思えるのが嬉しい。そういうふうに妻が言うのを、(そうだなぁ 自分も同じだ)と思う(感じる)ようになった。
以前(若い時)は、いつも何かに対し挑戦するような、何もしないでいることが辛かった。それがいつの間にかなくなった。
今ここに存在してることが、なんとも(ありがたい)というか、幸せを覚えるのである。
*

今日は、家庭医のG先生夫妻と4人で「天童の家」で忘年会をやる。
そばを打ち、好きな酒を飲んでお喋りを楽しむ。恒例のことで お互いに楽しみにしている会である。
若先生夫妻にあげるソバも打たなければならない。さぁ、ガンバッテはじめるぞぉ

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今朝の気温0度、雪


  1. 2011/12/18(日) 06:47:25|
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「裸のフクシマ」



「裸のフクシマ」たくきよしみつ著 講談社を読んだ。
著者 鐸木能光は 1953年福島市に生まれた。現在は、福島県川内村(原発30Km圏内で暮らしている。
350ページと、けっこう厚い本である。
「マスコミがまったく報じない3.11 後に地元で始まった悲喜劇」がその内容である。

「政府や自治体の機能不全ぶりを鋭く批判すると同時に、福島の人々はどうしているのか、何を考えているのかを克明に記していく。」
「技術評論で培った冷静さと平明さ、そして静かな怒りに裏打ちされた正義感とでも呼びうる公平さが本書の持ち味である。」
上のそれは、福岡伸一氏(青山学院大学教授)の本書に対する評である。

読後、印象に残った部分を書き写す。

  数年前には天皇家への献上米も出した、村有数のプロ農家である よしたかさんだけは、県や村からの圧力に屈せず、田圃2枚だけ水を入れた。
  1枚は水だけ入れ、もう1枚は苗を植えた。
  県や村からは、連日のように「やめてください」と言われた。
  それでも よしたかさんはひとりでトラクターを出し、田圃を耕し、苗を植えた。
  よしたかさんが田圃を耕す前、実際に土壌の汚染状況を調べるために、僕は友人と一緒に よしたかさんを訪ねた。
  よしたかさんは「それは助かる」と、土壌調査を快諾してくれた。
  よしたかさんの田圃は、村内でも最も汚染が低いエリアにある。そこで収穫した米に含まれるセシウムはごく微量で基準値以下になるだろうと確信していたが、やってみなければわからない。
  よしたかさんもこう言った。
  「この米を出荷するつもりなんてさらさらない。でも、実際に作ってみなければどれだけ米が汚染されるのかわからない。今年作らなかったら、来年またゼロから実験してみなければならない」
  当然の話だ。
  まったく作付けせず、データを得なかったら、安全宣言も危険だという判断もできない。
  どの程度に汚染された土地で作られた作物がどの程度の放射能物質を含むのか。これは日本にとって重要なデータなのだから、行政が金を出して農家に委託してやらせるべきことだ。
  それを自腹で、つまり、出荷しないことを承知の上でやろうとしている農家に、行政が「やめてください」と言う理由がまったくわからない。
                220ページより

もっと書き写したい!のだが、長くなるので、別のところも写す。

  例えば、水を電気分解して水素を取り出して、その水素を燃やしてエネルギーを得ることはできる。
  しかし、水素を燃やして得られるエネルギーよりも、その水素を得るために水を電気分解するときに使うエネルギーのほうが大きいので、やる意味がない。
  そんなことをやるなら、水を電気分解するときに使ったエネルギーをそのまま使ったほうがいいに決まっている。
  当然、事業として成立しないから誰もやらない。
  ところが、これを「水素はクリーンなエネルギーだから、高くついても水素エネルギーを推進することに意味がある」として国が税金を投入したとすれば、事業者は儲けを出せる。
                344ページより

「原発は、クリーンで安い」ということで税金を湯水の如くつぎ込んでやってきた。
ところが、クリーンどころか、人の手ではなんともできない恐るべき物質であることが今度の事故で明らかになった。
著者は、こう書く。
  核燃料サイクルという幻想をきっぱり捨てて、巨額の国費投入をやめること。
  発電送電事業を分離させ、10電力会社の独占利権を解体させること。
  危険度の高いものから早急に原発を止め廃炉処理に移行すること。
                322ページより
書き写したい箇所がまだたくさんある。けれど、それはできない。
今、エネルギーを考えることは、とてもだいじなことである。
とにかく、国民一人ひとりがどうすればいいのかを真剣に考える時だと痛切に思った。
こういう時にこういう本が読めるのは、ありがたいことである。

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今朝の気温1度、雪


  1. 2011/12/17(土) 06:07:58|
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コロボックル



散歩していると、さまざまなものに出会う。
この時期、よく目にするのがユキムシである。
ユキムシは、どこでも見られるのかなぁ...... ?

次のそれは ネットからのもので、いろいろな方のそれを取捨選択しまとめてみた。
          http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%AA%E8%99%AB
          http://pucchi.net/hokkaido/snow/life01.php 
          
  越冬の準備のために冬が来る前に飛翔して移動します。
北海道や東北ではこの飛翔が見られると近いうちに初雪が降るという言い伝えがあります。
季節の移り変わりを敏感に察知して雪が降る前に移動するようなので当たることは多いと思いますが、気象が相手なので絶対ということはないと思います。


  雪虫(ゆきむし)とは、アブラムシ(カメムシ目ヨコバイ亜目アブラムシ上科)のうち、白腺物質を分泌するが存在するものの通称。体全体が綿で包まれたようになる。
  雪虫という呼び方は主に北国での呼び名で、他に、綿虫・オオワタ・シーラッコ・シロコババ・オナツコジョロ・オユキコジョロ・ユキンコ・しろばんばといった俗称がある。体長5mm前後。

  アブラムシは普通、羽のない姿で単為生殖によって多数が集まったコロニーを作る。
  しかし、秋になって越冬する前などに羽を持つ成虫が生まれ、交尾をして越冬の為の卵を産む。
  この時の羽を持つ成虫が、蝋物質を身にまとって飛ぶ姿が雪を思わせるのである。
  アブラムシの飛ぶ力は弱く、風になびいて流れるので、なおさらに雪を思わせる。

  北海道では初雪の降る少し前に出現したりする(と感じられることが多い)ことから、冬の訪れを告げる風物詩ともなっている。
  雄には口が無く、寿命は一週間ほど。雌も卵を産むと死んでしまう。熱に弱く、人間の体温でも弱る。


「飛翔が見られると近いうちに初雪が降るという言い伝え」
「初雪の降る少し前に出現したりする」
だいたいは、そうなのだが...... 今年はすでに2回の降雪をみた。その後のユキムシだ。
が、ユキムシを見ると、(あぁ、雪虫 そろそろ今年も本格的な雪降りになるなぁ)と思う。

「体長5mm前後」と本当に小さな虫である。
その集団が、ちらちら動いて上下左右に飛んでいる。なんとなく(あぁ コロボックルの世界だなぁ)と見とれてしまう。
こういう情景が好きなのだ。これまで一度もカメラを向けたことがなかったが、迷わず撮ってみた。

画像処理しながら(小さな妖精!だなぁ)と思った。
コロボックルよりも小さなかわいい妖精! っふふ、73の大人が、ね 子どものように嬉しがっている。(笑)
まぁ、誰に迷惑かけるじゃなし、自己満足で十分!ということにしておこう。

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  1. 2011/12/16(金) 10:00:35|
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可愛い「こ」



昨日のブログ「すが」について、次のようなコメントがあった。

夢 12月15日(木) 22:09
  こんのさん あらっ~~又難しい言葉「すが」(・・?
  氷がはってるのですね、

  阿蘇望亭さんところでヒントが書かれてましたので

  「どじょっこ、ふなっこ」の歌詞で検索
  春になれば 氷(しが)こも解(と)けて どじょっこだの ・・・
  やっぱり“氷”の事なんですね!(^^)!

  改めて、へ~もう氷が張ったのですか(@_@)
  寒いんですね「陸奥」は~
              ('-'*)アリガト♪~~


  「すが」 阿蘇望亭 - 2011/12/15(Thu) 19:32

  ♪どじょうっこだの ふなっこだの♪・・は”ご幼少の”ころから歌っていましたが、
  考えてみれば、どじょうやふなは記憶にあっても”すが”には全然目が向いていませんでしたねえ(*^_^*)
  山形弁?  
  「すがこ」ではなく「すが」ですか!


水面に張ったうすい氷を、みちのくでは「すが」または「しが」と言う。やはり方言であるのだなぁ
「すがっこ」とか「しがっこ」とも言うことがある。
「こ」がついたときには、(可愛い)とか(可愛らしい)と意味が加わる。

「子ども」を「わらし」(童)と言い、「牛」を「べこ」とも言う。
「わらしっこ」「べこっこ」は、「可愛い子ども」「めんこいべこっこ」となる。
「すがこ」または「すがっこ」「しがっこ」は、そういう意味がこもった表現となる。

「かわいい」と似たそれが、「めんこい」であり、また「寵しい」などとも言う。
♪どじょうっこ ふなっこ♪ は、まさに方言で書かれたすてきな歌なのである。
かわいいどじょうやふなたちがたくさん、「すが」もかわいい存在になってる。
とまぁ、以上そういう「こ」の解説である。(笑)

*
午前10時の気温0度、小雪



  1. 2011/12/16(金) 09:54:57|
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カメラで描く

昨日の散歩で、カメラで絵を描いてみた(???)
独り勝手な「絵」である(笑)

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うふ、自己満足....... の世界(笑)


  1. 2011/12/15(木) 07:27:03|
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「すが」



野田内閣は「どじょう内閣」と呼ばれ、庶民的で(いいじゃない)と人気を得たかに思われた。
が、発足当時の支持率は低下し(前途多難だなぁ)との思いが強い。
ん? 野田内閣について云々するつもりじゃない。「どじょうっこふなっこ」の歌を思い浮かべ、それの連想で、脇道にそれてしまった。(笑)

「どじょうこ ふなっこ」の歌は知っている。その歌詞は次の通りである。
『どじょっこ ふなっこ』 作詞:豊口 清志 作曲:岡本 敏明
         http://www.miyajimusic.com/blog/cho/?p=115

春になれば すがこもとけて
どじょっこだの ふなっこだの
夜が明けたと 思うべな

二(略)

三(略)


冬になれば すがこもはって
どじょっこだの ふなっこだの
てんじょこはったと 思うべな

二番・三番を略したのは、今日のブログに関わりないからである。
一番・四番に共通してでる言葉に「すがこ」がある。
「すが」または「しがっこ」とは、気温が冷え氷が張る。張ったその氷を「すが」または「すがこ」という。(言うまでもないか)

14日の朝は、-2度になってた。実際はもっと下がったのだろう。
「天童の家」裏の池に「すが」が張って、それが朝日に溶けはじめて光ってた。
それを撮って並べたのが、今日のそれである。

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今朝の気温6度、曇


  1. 2011/12/15(木) 06:42:30|
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鳳鳴の滝



13日、R48を走って仙台のPさん(親戚)家へ用があって妻と出かけた。山には雪があるけれど、道路は乾いており、道路端にわずかに除雪されたそれが残っている。
目的の用はあっさり済ませた。せっかくここまで来たのだから仙台の海に行ってみようかと妻を誘ってみた。
「こっちの海はイヤ。まだ行きたくない!」との返事。まぁ、想定通りの応えだったので落胆もない。
自分自身にもまだ迷いというか、海へのおそれのような気分が色濃くあるのを覚える。3.11 は、そう簡単に忘れられることではない。行方不明者がまだたくさんいるのが気にかかる。

「鳳鳴の滝へ行ってみる?」その問いに妻はすんなり頷く。
滝は、夏のものである。......が、好きなものをみるのに季節は関係ない。
木々は落葉し、視線を遮るものがなく、空気も澄んで、滝を見るのは今頃が最適なのである。滝好きの人には、きっと同意してもらえるだろう。

日差しも好条件で、雲に隠れたり、さーっとスポットを投げかけたりの変化があるのが良い。
「きれい! パパ、ほらあんなに青く透き通って...... 水が澄んでいるのね」
「あぁ、冬は水が澄むんだね。<ころ>さんところの<寒九の水>なぁ...... 1年中でいちばん良い水を汲んで作る酒、だから美味いんだよ」
「パパは、すぐにそっちへ話が行く」
「うふ、あの酒は美味い!」
「忘年会でも、みんなが美味いって喜んでいたものね」
「そ、そうだろう。<寒九の水>は美味いんだ」

透き通るきれいな滝を眺めながら、話すことはなんとも他愛ない。
でもなぁ、何を話そうと、まぁ そんなことはどうでもいい。二人だけの世界。(笑)
撮ってきた<鳳鳴の滝>を並べる。

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今朝の気温-2度、晴


  1. 2011/12/14(水) 07:14:39|
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話の種探し



昼食に青菜漬けが出た。
「試しに...... どう?」妻の言葉に応じ、すぐに試食する。
「う~む、少しショッパイ(塩分過多)」
「どうする? ザラメ加えようか......?」
妻と二人で真剣に(笑)対応を検討し、粗目砂糖を溶かし 追加することにする。

昨年、暖かいのに、塩の量が少なく、慌てたことが念頭にあったものだから、今年は多目の塩にした。それがまともに(ショッパイ)となってしまった。
が、わずかに塩味が強いだけだから、砂糖を加えることで調整できると読んだ。
昼食後、冷やした砂糖液を漬物桶に追加する。これで、また味をみてから再度メンテナンスすればいい。
「美味く漬けるには、なかなか難しいものね」妻の言葉に、何度も頷く。

「ママ、何かいい話の種ない? 天気わるくて写真撮りにも行けないし、面白い話ないか?」年賀状の枚数確認している妻に話しかける。
「ほら、午前中ここを片付けたでしょ。そしたら、歯ブラシ・歯磨き、踵につけるクリームが出てきた。片付けには何かきっかけがないとなかなか出来ない。でも、片付けてみると、思ってもみなかった品物が出てきて(得したなぁ)と思える。そういうことってあるじゃない!?」
「うん、1年以上もかまわない小物入れの中の物に、意外なのを見つけること、あるよね」
「パパ、そういう時、嬉しいというか、得した気分になる。要らないものを片付け、すっきりした気分になって気持ち良い。そういう気持ちわかる?でしょ」
そういうのをありのままに書いたらいいじゃないか、というのが妻の「面白い話の種」らしい。

「そんなこと書いたって、誰も面白く感じないよぉ! あまりにも当たり前過ぎて...... 誰だって経験してることだし、なんの意外性もなくてダメだね。もっとなにかこう目新しい変わった話題ないかなぁ......」
「パパは、また私のバカ話を書きたいんでしょ。ダメな妻と思われるから、もう書いてはダメ!」
「イヤ、ママを誰もダメママなどとは思わないよぉ! うん、私には過ぎた女房だもの......」
「パパは、またそうやっておちょろかすからキライ! 私のことはもう書かないで!」

「ママ、《天童の家》はね、ママが登場すると途端に活き活きしてくると評判だよ」
「ウソ、そんな煽てに乗るからパパはおっちょこちょいと言われる」
「誰がおっちょこちょいなどと言う? 許せない! いったい誰が言う」
「誰とかじゃなくても、みんなそう思うわよ」
「ママが、そう思ってるからそんなこと言うのだべ。許せない!」
「パパは、すぐそうごしゃぐ(怒る)から、やっぱりおっちょこちょい!」妻がそう言って大口開いて笑うから、憎いが、つられて私も笑ってしまうしかない。
お互いに、なんともしまらない夫婦であるなぁ...... (笑)

*
今朝の気温2度、晴


  1. 2011/12/13(火) 06:55:39|
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連れ合いの死



12日の朝食後、いつもの喫茶しながら とりとめもないお喋り。
「パパ、今日の予定は?」と妻
「ん? あぁ、何もない」(だからどうしようというつもりか?)と身構える。こういう問いかけの時は、要注意!なのである。たいてい何か難題というか、厄介な提案(命令)があるからである。

「提案なのだけれど......」(うう、ほら想定通りだ!)と思う。が......
「はい、はい、ママさん、どのような提案でしょうか、何でも言ってください」と、さりげなく応じる。(笑)「あのね、電話して確かめてからだけど、今日ソバ打ちして(仙台の)S さんへ持って行かない?」妻の申し出に、(あぁ、それは佳いことだ!)と思う。
「ママ、そうしよう。漬物と干し柿、ソバ打って持って行こう」

妻は、さっそくS さんの奥さんへ電話する。
「パパ、OK! ソバ打ち頼むね」という返事がくるのかと思っていたが、長々と通話している。
会話の中身がよくわからないが、なんとなく湿っぽい気がする。

ようやく受話器を置き「波があるんだって...... Sさんの3周忌を終えたそうよ。この前会った時は、あんなに元気だったのに...... 残された者の悲哀がね、ぶり返して身体不調になるのね。連れ合いに先立たれるって、たいへんなことなんだね」と、いまさらのように言う。
(そうか、そういうことなのかぁ)と納得する。

Sさんは、私のもっとも親しい友人だった。お互いに夫婦同士でつき合ってた。
Sさんにソバ打ちを伝授したのは私である。癌闘病中もソバ打ちを楽しんでたSさん。そのことを奥さんはとても喜んでいた。
Sさんは、69歳で亡くなった。残された奥さんを何度も訪ねた。

(Sさんに今年の新粉で打ったソバを持って行こう)と妻が提案したのだった。
ところが、電話で奥さんの不調を知った。亡くなって2年も経ったけれど、まだいろいろなことが思い出され、(そのことがストレスで)落ち込んでいる、という。
訪ねて、慰めるという手もないではない。しかし、こういう時はよけいな刺激を与えないようそーっとしておくのがベターだろう。
ソバを持って行くのは、またの日でいい。ということで妻は納得する。
電話で、だいたいそういうことになったとも妻は言う。

「パパ、私をおいて逝かないでね」妻が真剣な顔で言うから可笑しい。
「ママ、それぁ分からない。請け合えないことだなぁ......命は、寿命で、自分ではどうにもならない」
「そんなこと言わないで! おいて逝かないって約束して!」
「うう、うん できれば、そうしたい。ママ、誰だっていつかは寿命が尽きるんだ」
「Sさんの奥さん、かわいそう......」
「うん、かわいそうって、私も思う。けどなぁ...... 他人が力になってあげられることって、なかなか難しい」

こういう話(命)になると、いつもあやふやになってしまう。
命・死などに、これとはっきり断定できるものがみつからないもどかしさがある。
......が、それはしかたないことなのかもしれない。

*
今の気温4度、雨


  1. 2011/12/12(月) 15:14:46|
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「霜月の青」


       お風呂場で声を殺して泣く我が子福島に残るパパ恋しくて      横浜市・蕪木由紀

       家失くし故里失くし友失くし寂しき暮に賀状は書けず        宮城県・櫻井レイ

       たらちねの母の言葉は遠慮がち「フクシマノコメモラッテケッカイ」 平塚市・三井せつ子

       八ヶ月瓦礫を底に抱きしめて秋深みゆく海底無音         四万十市・島村宣暢
今日は12月11日。3.11 からちょうど9カ月...
9日午後6時までに判明した死者数15,841、行方不明者 3,493。
瓦礫の中に犠牲者がいるかもしれない...

       荒れしままの被災地映像被災者のあいつぐ自殺告げつつ流る     横浜市・土屋美弥子

       終わりなき始まりなのか二十キロ区域を区切る赤き点滅      南相馬市・斎藤 杏

 
       朝顔の青霜月の色として     熊谷市・時田幻椏
畏友 時田さんの句である。
これまでになかった長谷川選での入選句。「霜月の青」彩りが凛とした姿で思い浮かんでくる。

       福島の落穂食ふてる鳥たちよ  いわき市・馬目 空

       人も亦足より弱る枯蟷螂     徳島市・椎野たか子

       眠らんと山粧ひを解きにけり   東京都・宮内曳光

       花を愛で実を愛で今日の林檎もぐ 北杜市・亀村慶子

         短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(11日付)より

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今朝の気温-1度、晴


  1. 2011/12/12(月) 06:57:25|
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雪景色 2011

昨日の朝食前に撮った、今シーズンはじめての雪景色

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今の気温3度、小雨
今日は「天童鍋合戦」の日である。が、出かけてみたものの雨模様に降参、入り口で退散した(笑)
天童市の大きなイベントの一つであるが、この空模様に残念でならない。


  1. 2011/12/11(日) 13:21:40|
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そば打ち

「天童の家」恒例のそば打ち忘年会が昨夜あった。
うふ えんえんと4時間、飲み・語り・食べる。

昨日は、朝からその準備である。
だいたいの準備をすませ、いよいよそば打ちにとりかかる。

あぁ、そういえばこの朝は本格的な雪景色となった。
朝食前に、その撮影をしている。後刻にそれもアップしよう。

先ずは、もう馴染みの方には見飽きただろうが...... そば打ちのそれを並べる。

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今朝の気温2度、雨


  1. 2011/12/11(日) 07:10:41|
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土着の農業



以下は、朝日新聞オピニオン(9日付)インタビュー 1ページ記事である。
全文はとてもムリなので、お気に入りの箇所だけ書き写す。

   北の国から T P P を考える   脚本家 倉本 聡 さん

  「農林漁業は統御できない自然を相手にするところから始まっている。工業は、すべてを統御できるという考え方に立っている。この違いはでかいですよ。統御できるもので勝負して、統御できないものは切り捨てる。そういう考え方が、TPPの最大の問題点だと思えるんです」

  「自然を征服できなければ、その土地を捨てて、次の場所へ移ればいい。それが米国流の資本主義の思考じゃないかな。でも、日本の農業は明らかに違う。土着なんです。天候が悪くて不作の年は天運だと受け止め、歯をくいしばって細かい作物で生きていく。それが農業の本来の姿でしょう」

  「役者やライターを育ててきた富良野塾では26年間、3食を280円で賄ってきたんです。野菜の4割は、規格外で畑に捨てられちゃう。それを拾ってくればいい。細いニンジンや小さなタマネギがたくさんある。富良野塾をやってみて、ああ、食えちゃうんだって思いましたね。自給自足の弥生式をやろうと思っていましたが、採取の縄文式です」

  ------ むしろ、社会の仕組みのほうがニンジンを捨てさせている。
  「ええ。考えてみてください、それって本当は商品なんですよ。刻んでカレーに入れたら変わらないのに流通には乗らない。捨てられたニンジンを集めて浜松あたりまで運んで売ろうとしたことがあるんです。20人くらいで2,3カ月やったけど、10万円にもならなかった。輸送経費がかさんでね、がっくりしましたよ、なるほど、社会の仕組みはこうなのかと」

  ------ 倉本さん自身も、土をいじるようになって変わりましたか。
  「そりぁ、変わりますよ。まず、毎朝起きた時に、天気が心配ですよね。窓を開けた時に、今日は冷えているな、とか。今日はぬるいなとか。雲を見てどっちに流れてるかな、今日は崩れるな、とか。うちの近所で十勝岳がちょっと出ると見えるんだけれど、十勝の雲が上にあがっている時は晴れる、山沿いに下がっている時は崩れてくる。習慣になっちゃってますよ。畑の手入れがありますからね。冷え込む日に霜対策をしなかったら、1年分の収穫がパーになっちゃう。自分の力が及ばない自然を相手にすると、人間は変わりますゆ」

  ------ 畏敬の念が生まれると。
  「生まれますね。自然を統御できるなんて、思い上がりですよ。なぜ、経済って、こんなに偉くなっちゃたんですかね。日本は確かに経済大国になった。でも、日本というスーパーカーに付け忘れた装置が二つあると思う。ブレーキとバックギアですよ。みんながブレーキをかけることを恐れ、バックは絶対しないと考えている。前年比プラス、前年比プラスと、ひたすらゴールのないマラソンを突き進んでいる」


自分の気持としては、全文を書き写したかった。
できると思ったが、止めた。掲載ページは保存してある。思い出し、再読するつもりである。

*


今朝の気温1度、小雪



  1. 2011/12/10(土) 06:33:55|
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