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コメントゼロの・・・


28日の「天童の家」に奥山寺1をエントリーした。
自分ではお気に入りだったのだが...コメントはゼロだった。
こういうことはままある。それはしかたないことである。

捨てる神あれば拾う神あり とは、よく言ったものである。
「パパ、あの写真を撮った所へ行って観たい!」妻が言うのを聞き、(あぁ、家の神さん)と思った。(笑)
「行こう! 行こう」二つ返事で、ね 翌日、いそいそと出かける。
っふふ そうして撮ったのが今日の画像である。

したがって、先日と同じ被写体(場所)だから、う~ん 似ているのはしかたない。
それでも敢えて?アップすることにした。
へへ なにしろお気に入りなのである。(笑)

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今朝の気温13度、雨


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  1. 2011/10/31(月) 06:05:15|
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モッテノホカ

今年もまたモッテノホカが咲いた。
「天童の家」の定番画像になって久しい。
これが単なる花ではなくて、ね 食べて美味しい食用菊だから嬉しい!(笑)

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  1. 2011/10/30(日) 07:22:34|
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奥山寺紅葉3

今日もまた、紅葉川渓谷のそれを並べる

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今朝の気温14度、曇


  1. 2011/10/30(日) 06:11:38|
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奥山寺紅葉 2

紅葉川の滝 2つ
定番のそれですから... 今年はどう撮ろうかと思えど、まったくのマンネリ 月並み(笑)
まぁ おつきあい願うことにする

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今朝の気温10度、晴


  1. 2011/10/29(土) 06:32:29|
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放射能汚染を語る


作家 川上弘美さんと漫画家 萩尾望都さんが、28日付けの朝日新聞オピニオンで次のように語っている。
全文は長くなるので、それぞれの後半部分を書き写す。

  「神様 2011」 手に余る原子力   川上弘美(作家)

  最初は、この小説を発表するつもりはありませんでした。あの事故を言語化するやり方として適切かどうか、自分でも分からない。
  あえて出版したのは、「原子力は人間の手に余る」ということを、私自身にできるやり方で、どうしても訴えたかったからです。

  45億年前、地球ができた当初は今よりもずっと多くの放射性物質がありました。
  長い長い年月の間に放射性物質が自然に崩壊し、少しずつ減っていったことで、複雑な生命が住める環境がようやく整ったのです。
  せっかく放射線の少ない環境になったのに、なぜ今になって残りわずかな「ウラン235」という放射性物質をかき集めて核分裂させ、さらには自然界にないプルトニウムという放射性物質をつくり出すのか。

  発表前に、放射線の専門家の方に作品内容を確認していただきました。
  その方が「福島ではもっと恐ろしいことが起こっています」とおっしゃったのが、強く印象に残っています。

  私は理系出身でSFに親しんできました。そのせいか、「人類はいつ、どんな風に滅びるのか」ということをいつも考えます。
  生物の「種としての寿命」は数百万年程度と言われています。人類もいつかは種としての終わりを迎える。
  放射性物質の利用は、自分たちの手でわざわざ終わりを早める可能性を広げる行為ではないか。

  みんなが持っていた「核戦争で世界が滅びるかも」という思いは冷戦の終結では少しは緩みました。
  でも、実は原爆も原発も原理は同じ。今回の事故でも、広島の原爆の168倍もの放射性セシウムがまき散らされた。
  世界が滅びる脅威は少しも緩んでいなかった。

  希望と絶望は常に同居していると思います。人類って大したものじゃない。技術力は高くて核兵器や原発をいっぱいつくったけど、それを制御する力がない。
  そうした面では非常に絶望的です。
  
  でも、生物としてみれば「生きているだけですごい」と思います。日常がどんなに変わってしまったとしても、生の本質を味わう自由なのびのびしたひととき、生きているよろこびがありまっすし、それを手放すことは決してしたくない。
  そう思っています。


  「プルート夫人」 愛して裏切られ  萩尾望都(漫画家)

  「なのはな」の創作中に思いついたのが、フラワーズ10月号に掲載した「プルート夫人」です。
  放射性物質プルトニウムが絶世の美女「プルート夫人」となって現れ、彼女を裁こうとする人々に対して自己弁護する、というブラックコメディーです。
  
  プルトニウムの歴史を調べ、この危険な人造の物質を人類がいかに愛し、固執してきた、ということを実感しました。
  核兵器の材料になるし、夢のエネルギー源にもなりうる。こんなに求められる物質って、人々の目にはマリリン・モンローやレディ・ガガのような男性を悩殺する美女に見えているのかなあ、と思ったんです。
  プルート夫人にひかれつつも恐れる人々に対して、彼女はこう言います。「死を司る冥界の王プルートは、後に豊饒の神にも変化したのよ」「さあ、どうぞ私にふれて。キラキラとテーブルにあふれる四季の食べ物も花も、優雅で豊かな都市の毎日も、輝く未来も、あなたがたの望みすべてを私はかなえてあげる......!」

  その言葉にウソはないし、「こんな美女となら結婚したい」という人々は、これからもいるでしょう。
  でも、プルトニウムの半減期は2万4千年。そのまた半分になるのにさらに2万4千年。約10万年たっても16分の1が残っています。
  それだけの間、人類は彼女を手なずけ、愛を受けとり続けられるのでしょうか。

  先日、原子力安全委員会の斑目春樹委員長がテレビに出て、「3月11日以降のことが全部取り消せるんだったら、私は何を捨ててもかまいません」と遠い目をして話されていました。
  愛するプルート夫人に裏切られた男性のように見えました。あるいは、愛して育てたのに思春期になった子どもが親に反抗して、「まさか」と、ぼうぜんとする父親のようでした。
  
  あの事故は、「原発」という子どもが「もっときちんと地震や津波に備えて育ててくれれば、私はこうならなかった!」と、親である人間たちを責め立てているふうにも思えました。
  「百%安心。事故は絶対に無い」と思われていた子どもの反乱の可能性をシビアに考慮していれば、もっと効果的な対策を講じられていたでしょう。
  今さらですが、原発について反省し再考したいです。
                          (聞き手はいずれも太田裕之)


  1. 2011/10/28(金) 11:32:15|
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奥山寺紅葉

昨日は、妻と一緒に奥山寺紅葉狩りを予定してた。が、妻に急用ができて、単独行となった。
少し早めだったので、月末か来月初めでも十分たのしめることを妻に伝える。
それでもけっこう楽しんで写真もたくさん撮ってきたので、並べる。

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今朝の気温11度、晴




  1. 2011/10/28(金) 06:22:13|
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原発と自治体とカネ 2


48年前の10月26日は、日本ではじめて原子力発電が成功した記念の日だそうな
昨日の敦賀市長の言い分とは違う 東海村長 のそれを次に書き写す。

  繁栄は一炊の夢だった  「東海第二」廃炉を    村上達也(茨城県東海村長)

  実は東海村の日本原子力発電東海第二原発も、東京電力福島第一原発で起きた「全電源喪失」の寸前でした。
  地震の影響で外部電源がすべてダウン。非常用発電機でポンプを動かして原子炉を冷却しましたが、1時間後に押し寄せた津波があと70㌢高ければ、海水は防波堤を乗り越えて、すべての冷却機能が失われていたかもしれません。
  2週間後にその事実を知り、背筋が凍る思いをしました。

  東海第二の場合、20㌔圏内に75万人、30㌔圏内には100万人の人が住んでおり、県庁所在地の水戸市も含まれます。
  細野豪志原発相に「選択肢として東海第二の廃炉ということも考えるべきではないか」と問題提起したのは、こうした事情があったからです。
  そもそも世界有数の地震大国の日本に、54基もの原子炉があること自体が異常です。しかも、東海第二のように人口密集地に原発を立地している国は世界でもあまり例がありません。
  
  「原発がなくなったら住民の雇用をどうするのか」という議論も村内にはあります。
  しかし、原発マネーは麻薬と同じです。原子炉を1基誘致すると固定資産税や交付金など10年間で数百億円のカネが入る。
  そのカネがなくなると、また「原子炉を誘致せよ」という話になる。尋常な姿ではありません。

  東海村の人口約3万7千人の3分の1は、日本原子力研究機構を中心とする13の事業所と何らかの関わりを持っています。
  また原子力関連からの財源は一般会計の3分の1に当たる約60億円にのぼり、まさに「原子力の村」です。
  しかし、今後の世界は「脱原発依存」が主流となるでしょう。いつまでも原発マネーに頼ってはいられない。
  日本最初の「原子の火」がともった東海村は原子力と55年の歴史を共有し、原子力が文化として定着しています。これを地域づくりに生かすかが重要です。

  現在、村では原子力に関する科学・技術を総合的に集積する「原子力センター構想」を策定中です。
  「脱原発」の場合も、廃炉や放射性廃棄物の処理、原発事故後の環境修復など様々な技術や人材が必要になります。
  そのための基礎研究、人材育成を担う構想です。世界屈指の大強度陽子加速器施設もあり、海外からも多くの研究者や学生が訪れ、欧米の科学研究都市に匹敵する条件がある。
  持続性の高い発展が期待できます。

  福島のような事故が起こればなにもかも失ってしまう。
  原発による繁栄は一炊の夢に過ぎません。目を覚まして、持続可能な地域経済をつくるべきです。
                  (聞き手・山口栄二)

もう一人、牧之原市長の言い分を次に転載する。

  工場移転させぬ切り札  「浜岡」永久停止に    西原茂樹(静岡県牧之原市長)

  初当選した05年、すぐに市長公用車をスズキのセダンに替えました。それに乗って鈴木修会長兼社長を訪れたら、感激してくれたんです。
  スズキは静岡県のトップ企業。牧之原市には200㌶の敷地内にエンジンの工場があります。
  当時は新たに、小型車の組み立て工場をどこかにつくろうとしていました。私たちは誘致に全力をあげました。努力は実り、08年に新工場ができたばかりです。

  いま、市税75億円の1割強はスズキに負っています。関係する企業も多くあります。
  しかし南に隣接する御前崎市には浜岡原発があり、スズキの工場まで11㌔の距離です。
  東日本大震災の半月後、会長に告げられました。「万一のときは、車をつくれなくなる。半分くらい別のところに打つし、リスク分散しなければいけないな」

  そのとき、気づきました。
  「エネルギーを必要とする産業界にとっても、原発はリスクなのだ」と。
  ほかの大手企業9社に聞いたら5社が移転や機能分散を示唆しました。雇用や地域経済、税収......。実際にそうなったら大きな痛手です。

  ここはお茶の名産地です。農家の収入だけでは生活が大変だからと、工場で働く人も多い。その収入のおかげで、家族は安心して畑仕事ができるわけです。
  工場が次々と出ていったら農業にも影響するんですよ。
  市民に意識調査したところ、「浜岡原発は止めたままのほうがいい」という人が約6割を占めました。
  それを受けて、市議会は9月に「永久停止すべきだ」との決議をしました。

  原発周辺の自治体の一つがそう主張する限り、浜岡原発の再稼働は難しいはず。
  「永久停止」は、企業をここに引き留めるための切り札です。

  原発関連の交付金は、市の財政の1%もありません。固定資産税と合わせ、予算の4割を原発に依存する御前崎市とは、受ける恩恵に開きがあります。
  これまでの交付金の総額は66億円。おかげで文化施設などの整備ができたのは事実です。
  でも、私たちは福島の原発事故を見てしまった。あのような事態を覚悟してまで原発を受け入れたのではありません。
  財産を手放し、健康をおびやかされて故郷を離れる。そんなこと、あってはならないんです。
  
  東海地震が30年以内に起きる確率は87%と言われています。
  それでもまだ、未来を原発に託すのか。原発の恩恵には感謝しつつも、「次」へ進まなければなりません。
  新たな産業をつくりだすことを考えるべきと考えています。
                  (聞き手・磯村健太郎)

村上東海村長は、「原発マネーは麻薬と同じ」という。それが私には(こわい話だなぁ)と心底思う。
麻薬依存患者を知っている。また似たようなそれにアルコール依存患者がいて、その症例に関わってきたものだから、薬物依存から脱却することの大変さ(困難さ)も分かる。
依存になってしまうと、それから脱することは至難のことなのだ。

原発マネーだけでなく、というか...... ある意味、原発そのものが麻薬なのだろう。
麻薬は、まだ人間の手でコントロールできるからいいのだが...... 原発は一度事故を起こしてしまうとコントロールできなくなる。それがなんとも致しがたい。

*


  1. 2011/10/27(木) 08:55:54|
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「時間」の顕れ


25日、元同僚の葬儀に行った。
天童市から上山市までR13を南進。30年あまり職場へと通い続けた道。蔵王紅葉狩りでも通る道だから特別の感慨もないのだが...
それでも亡くなったKさんのことが頭にあるせいか、なんとなくいつもと違った気分だ。20㌔ちょっとの道程、時間にすれば40分もかからない。
紅葉狩りの時とは、やはり明らかに違う感慨がわくのを覚える。

道が空いていたせいもあってか、セレモニーホールにはあっという間に着いてしまった気がする。
69年の生涯は、現在では早すぎる逝去。だが、式場は意外に乾いたというか、悲哀の空気がない。
微妙な歳、というところなのだろう。たしかにまだ早いと思う反面、持病の果てならしかたない。そういう感情の分水嶺というような歳頃なのかも知れない。

式場中央にこじんまりとした椅子が並べられ、なんだか(こんな数なのかなぁ?ずいぶんと狭い)との思いで一般席いちばん後端に座って待つ。
開式近くになって、椅子席が埋まり、立ち姿が多くなる。次々に追加の椅子が並べられ、式場が満杯になる。
元職場の同僚たちの姿が多く、前後左右に懐かし顔、顔、顔が見える。退職以来はじめて見る顔もある。定年退職して間もなく13年になる。
式場でみる同僚たちの姿は、13年間の時間を一気に飛び越え、まるで当時のままここにいるのではないのかという不思議な感じを覚える。

でも、子細に観察すれば、その姿・顔には、たしかに13年の時間が経ったのが分かる。時間、そう 時間とはこういう姿・ようすで顕れる(示される)ものなのだなぁ
個性で、多少のちがいはあるものの、頭髪がかなり顕著に「時」を語り、顔貌が年輪を相応に示す。身体全体のありようが、ね 風格というか、そんなのをあらわす。

同時代に、同じ職場で喜怒哀楽を共にした仲間たちの姿に、ふ~む 懐かしさとはまた別の(あぁ、これが人生なのだなぁ)というような感慨がわきあがる。
各人、それぞれの暮らし、人生模様なのだが、ある面では、同じ職場で、同時代を生きた仲間たちというような味わい深い気分...... うん、わるくない気分だ。
右肩上がりの世の中で、春闘で 3万円のベースアップということもあった。今では考えられないことである。
そういう中で、自己実現などを叫び、それが曲がりなりにもやりぬけた時代、社会だった、のをいまさらながら思い浮かべ、思わず肩の力を抜いた。

葬儀が終わり、式場を出るとき、互いの顔を見合う。
不遜な言い方だが、Kさんの逝去への悼みはあるものの、それよりはお互いの息災な姿にホッとするような気分が優っているような気がしてならなかった。
(お互いに元気で、なによりだなぁ)言葉には出さないけれど、たしかにそんな感情がそれぞれの顔に読みとれた。
「それじゃ 7日に...」昔の仲間に、言葉短く来月の再会(ある目的で11月7日会合予定)を約し、式場を後にする。

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今朝の気温6度、晴
久しぶりの青空 今日は妻と二人で奥山寺へ紅葉狩り


  1. 2011/10/27(木) 06:49:23|
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原発と自治体とカネ


26日の朝日新聞「原発と自治体とカネ」(オピニオン)を面白く読んだ。
茨城県東海村長 村上達也さん・福井県敦賀市長 河瀬一治さん・静岡県牧之原市長 西原茂樹さん、3首長それぞれの言い分である。
3氏のそれを一度に全部ここに転載できない。先ずは、敦賀市長のそれを書き写す。

  「地域産業」市民も理解  「敦賀」増設したい   福井県敦賀市長 河瀬一治

  敦賀市は原子力と「共存共栄」してきた街です。原発には確かにリスクがある。けど、我々は一定のリスクを背負った分、経済的なメリットを受けるという選択をしています。
  市内には、日本原子力発電の敦賀1,2号機と、日本原子力研究開発機構の「もんじゅ」、解体中の「ふげん」があります。
  さらに北陸電力の敦賀火力発電所1,2号機もある。「原発銀座」といわれるゆえんです。

  敦賀市の2010年度決算の全歳入は約564億円です。うち原子力、火力の発電所があることで国から支払われる「電源三法交付金」の額は40億円です。
  さらに県から核燃料税交付金3億9千万円が来ます。
  全歳入のおよそ14%が電力関係でまかなわれています。

  特に市民に喜ばれているのは、電源三法のお金を使ったサービスです。今年の予算では、紙おむつなどを支給する「子育て応援品支給事業」に約600万円、お年寄りにコミュニティバスや市民温泉で使える金権を渡す「高齢者外出支援事業」に約800万円を充てました。
  原発が地域雇用の柱であることは言うまでもありません。市の人口約6万9千人のうち、原発の直接の雇用だけで5千人。
  さらに原発があることで商売ができている商店や飲食店の従業員たちが5千人います。

  ここは漁業も盛んです。コンテナ貨物の取扱高を増やそうと港湾整備にも力を入れてきました。
  けど、1万人の生活を支えられる産業は原発以外にありません。脱原発を言っている人たちは、こうした立地条件の事情を分かっているのでしょうか。
  敦賀市では敦賀3,4号機の増設も求めています。

  「原発マネー」への依存体質になっているって? 私はそう思いません。他の都市でも工場がなくなったら、別の工場を誘致してくるでしょう。
  私たちは原発という「地域産業」を誘致しているのです。そして、その成果として、交付金145億円をありがたく受けとるのです。
  私は全国原子力発電所所在市町村協議会(全原協)の会長をしています。
  東京電力福島第一原発の事故のため、これまでのように会員の自治体が原発推進で一致できないでしょう。福島の自治体は、すでに脱原発の主張に変わりました。

  それでも、敦賀市長としては原発は敦賀に必要だと言い続けます。
  福島の事故後、市民から「原発より安全なものにして下さいね」という声聞きます。けど、「原発いらないよ」「3,4号機なんて必要ない」との声は聞いていません。
  これが敦賀の現状なのです。
                    (聞き手・高野真吾)

敦賀市長の言い分に対し、茨城県東海村長と静岡県牧之原市長のそれは違う。できれば、両人の言い分も並べてみたい気がする。
特に、茨城県東海村長の村上達也氏は、「原発マネーは麻薬と同じ」と断じている。


  1. 2011/10/26(水) 15:28:16|
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「南三陸日記」から

今日は、朝日新聞社会面に毎日載ってる「震災被害地日記」25日付の記事からの転載である。

   雪道・塩害 なお続く試練    三浦英之(宮城・南三陸駐在)

  取材の足である私有車が故障した。エンジンルームで摩擦音がする。IAF(日本自動車連盟)を呼ぶと、整備員はボンネットを開けるなり、ため息をついた。
  「塩ですね。さびついてます」
  津波で堤防が壊れ、地番沈下も著しい南三陸町の沿岸部は、台風や高潮の度に道路が冠水してしまう。
  町一面が「海」になってしまうため、取材に行くにも、宿泊施設に帰るにも、車で塩水の中を通らなければならない。

  「被災地の車は多かれ少なかれ、同じような症状が出ています」と整備員。
  「実はJAFの整備車両も2台故障しました。我々も呼ばれれば、塩水の中を走っていかなければなりませんから」

  車でもう一つ、気がかりなことがある。冬タイヤだ。
  車を流された被災者の多くは、夏に中古車を買っている。ほとんどが冬タイヤを持っていない。

  「どうします」と仮設住宅で尋ねると、「夏タイヤでゆっくり走る」「おっかあ(妻)に内緒で冬タイヤを買う」と笑って答える。
  「どっちも怖いなあ」と私が冗談をもらすと、一人が言った。
  「買えるわけねっぺ。この夏だって電気代かかるからクーラーさえつけられなかったんだ」

  助かった命を、もう失いたくない。どうにかならないものか。
  雪が積もり、道路も凍る。三陸の冬はすぐに来る。

雪国暮らしをしているから、はっきり言える。
雪道を夏タイヤで走るのは、怖い。夏タイヤでの雪道は、いえば、命がけである。
被災地の人々の苦衷がよく分かる。

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紅葉が里に下りてきてる。
青空を期待しているのだが... なかなか思い通りにはならない。

今朝の気温12度、曇


  1. 2011/10/26(水) 06:19:43|
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瓦礫の山


       フクシマの車で県外走るとき人目はばかる我情けなし       福島市・伊藤 緑

       陸奥のしかも今年の秋桜悲しいほどの青空に揺れる        新潟市・岩田 桂

       和太鼓の数多津波に流されて子供らは打つタイヤの太鼓      奥洲市・大松澤武哉

       三陸の磯駆け上がる夫婦波なは鎮まらぬたましひ多し       仙台市・小野英雄

       海釣りも畑仕事もジョキングもみな奪われて福島にいる      福島市・武藤恒雄

       ドイツ語で我等ゲンパツやめると言う原発という日本語をつかう  福岡市・鬼塚夏子

輸出できない車が国内で流通していることについて、ある輸出業者は「氷山の一角」と断言する。
「高い線量が出ると除染が大変なので、規制のない国内のオークションで売りに出す。トランプの『ババ抜き』みたいな状態です」
こうした車を購入した業者がナンバーを再登録すれば、他地域のナンバーで店頭に並ぶ。過去のナンバーは車検証に登録されず、運輸支局で詳細記録を調べない限り分からない。

中古車輸出の規制はより厳しくなり、国内市場に舞い戻る車はさらに増えているという。
8月以降、全国の港湾で全台検査が決められ、0.3マイクロシーベルト以上の車は貨物船に積めなくなった。
日本港運協会(東京)によると、全国で9月に基準を超えたのは輸送車全体の約1%にあたる660台。8台が毎時5マイクロシーベルト以上だった。
             朝日新聞(24日付け記事)より

       後の月瓦礫の山を素通りす     久慈市・和城弘志

       秋冷の俄に来たる山の朝      西予市・武知洋子
       木の実降る青きは青き音たてて  大牟田市・菊次春美

       芋つるで育ちて卆寿祝ひけり    大津市・岡田糺子
       虫の音に遠近感のある夜かな    東京都・森住霞人

          短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(24日付)より

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今朝の気温15度、曇


  1. 2011/10/25(火) 06:31:34|
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同僚の逝去


「惜 別」

朝日新聞に定期的に載る「惜別」がある。今日は 元バトミントン選手 新沼博江さんのそれが一際こころにしみこんだ。
新沼博江さんは、歌手の新沼謙治さんの奥さまと言えば知っている人が多いかも知れない。
以下に、その全文を引く

  「意思力」持つ女王にして姉御  新沼博江さん(元バトミントン選手)

  1970年代にバトミントン界の世界女王として君臨した。
  世界一を決める大会だった全英オープンのシングルスで日本女子体育大2年の69年に初優勝。その後もシングルスで3度、ダブルスで1度、優勝した。
  心肺機能に優れ、2時間近くなる試合でもコートを駆けめぐることができた。相手に予測させない変化自在のショットは、狙ったところに落とせる正確さを備えていた。
  「女王として必要なものをすべて持っていた」。当時を知る関係者は口をそろえる。

  その資質は、妥協を許さない「意思力」で勝ちとったものだった。
  当時の実業団は夕方まで働くのが普通だったが、練習量を増やすために2、3時間早く出社し、仕事を早く切りあげた。
  体を冷やさないためにと、夏でも長袖長ズボンを着た。
  日本代表の合宿中も、早く起きてただ1人走った。

  仲間内では姉御肌で通した。
  88年ソウル五輪女子シングルスで銅メダルを取る 芝(旧姓・北田)スミ子さ(49)の高校生時代に、その素質を見抜いて「次のチャンピオンはあなたよ」と声をかけた。
  練習でショットを教え、手紙で「すべての苦しさがバトミントンにつながる」と鼓舞し続けた。

  現役引退後、競技の普及活動で知りあった歌手の新沼謙治さん(55 )と86年に結婚して、「女王」の顔を封印した。
  「家でだんなさんの帰りを待つため、昼食を一緒に食べても、夜は会おうとしなかった。友達と旅行に行くこともなかったと思う」と 芝さん。
  「意思力」で妻の役割を全うした。

  一男一女をもうけた。
  「子の手が離れたら一緒に全英オープンにいきたいね」と 芝さんに言っていた。
  自分が輝いた舞台をもう一度見る夢を抱きながら永遠の眠りについた。

      にいぬま・ひろえ  旧姓・湯木  9月7日死去(肺がん)62歳  9月18日葬儀

この記事を読んでる時、「パパ、電話。Tさんから... 久しぶりのTさんね」妻から告げられ受話器をとる。
Tさんは同僚というより「仲間」だった。公私ともに一緒になって職場改革?をやった仲である。
「Kさんが、亡くなって... 明日葬式なのです」Tさんの言葉に驚く。
Kさんとは学校で共に学んだ仲である。もちろん同僚なのだが、彼は 4歳年若い。まだ70にもならないのに...先に逝ってしまった。

いつかは必ず亡くなる命。そう思うのだが...... 70前の逝去は、やはり少し早い、と惜しむ気がわいてくる。
もちろん、明日は葬儀に参列する。
うん、「惜別」の情がこころを占める。


  1. 2011/10/24(月) 11:06:55|
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蔵王紅葉 17

蔵王の紅葉は、標高をぐーっと下げている。
「天童の家」から見える里山も赤くなって... 奧山寺紅葉川渓谷をめざし青空を待ってるのだが、やきもきしている。
フォルダー画像を並べる。21日に蔵王坊平お清水(1100㍍)辺りで撮った。もちろん今はもう枯葉いろである。

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今朝の気温14度、曇



  1. 2011/10/24(月) 06:30:17|
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蔵  王 16

観音滝
うふ、「天童の家」定番の滝
もう すっかり馴染まれてる方もおられるだろうが... まぁ、今年のにもつき合ってください

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今朝の気温18度、雲多いが青空も...


  1. 2011/10/23(日) 06:30:25|
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蔵  王 15-2

もうすっかり馴染みになられたであろう蔵王の紅葉
フォルダーにはまだ画像が詰まってる。
見飽きの感は否めないと思われるが、いましばらくはおつきあいを...(笑)

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  1. 2011/10/22(土) 06:58:48|
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蔵王紅葉 15

今日のそれは、いわば足元の秋を並べた。
大きな紅葉の他に、小さなそれもしみじみと秋を感じさせてくれる。

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いちばん最後のそれは、「山椒は小粒でもピリリと辛い」の山椒の実


今朝の気温16度、雨


  1. 2011/10/22(土) 06:46:07|
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蔵  王 14-2

順序は、この際 気にしない。同じ日(19日)に撮った。

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  1. 2011/10/21(金) 06:39:41|
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蔵  王 14

今日もまた蔵王をならべる。
19日に撮った。

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今朝の気温13度、晴


  1. 2011/10/21(金) 06:35:05|
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蔵  王 13

山頂の方はすでに枯葉色だが、標高が下がればまだきれいなのが見られる。
画像がたくさんあるので、並べる。

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午後4時過ぎの気温20度、晴
天気がいいので、ソバの選別をする。あとは製粉するだけ...


  1. 2011/10/20(木) 16:17:19|
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蔵  王 12

昨日また蔵王の山を楽しんできた。
目指した(イメージした)紅葉には少し遅くなってしまったが... まぁ、それもよし!である。(笑)
高山のそれは一晩で変わってしまう。それを実感した。

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  1. 2011/10/20(木) 07:30:45|
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戻りたい、帰れない


       戻れない家と識りつつ部屋々々にゴキブリホイホイ据えて町去る     いわき市・多田千恵

       ここは風呂ここは居間なり大槌町矩形につづく基礎石のみが        熊本市・大畑靖夫

       鳳仙花の種子爆ぜつづくフクシマのみ寺に僧の在さぬ彼岸会        下野市・若島安子

大震災・津波・原発事故を詠んだ歌が少なくなって、今週は上の3首になってしまった。
月日があのことを風化させてくのだろうか......  被災地は、まだまだ復旧のめどがたっていないというのに。
双葉町で農業をやっていた妻の従姉妹が、自分の田圃が耕作できず、飯米を買いに実家にやってきたという。

先日、蔵王の紅葉探勝していたら、蔵王坊平の「お清水」で道を間違え困惑してるハイカーに出合った。
蔵王ロープウエー下駅に駐車し、熊野岳へ登頂し、坊平お清水へ下山してしまったのである。
駐車してあるそことはずいぶんと離れている。っふ、見かねたので車に乗せ、蔵王温泉ロープウエーへ向かう。
福島浪江町に暮らしていたが、今回の事故で山形県上山市狸森へ避難しているのだとういう。

避難中は、なにもすることがないので、登山などで気を紛らわしているのだと笑う。
先日は尾瀬へ行ったとも語る。が、本来楽しいはずの登山などが、時間つぶし 気晴らしが目的とは...... なんとも切ないというか
そのような暮らしが、いったいいつまで続くのかと思うと、ね

       徘徊の父を探せばこの町が夜ふけて見知らぬ町となりゆく         東京都・長坂八代江

       「かなしい顔している字」だと言いながら幼は<谷>と半紙に書きたり   広島市・小田優子

       枝垂れ萩荒るるにまかす他はなく      姫路市・黒田千賀子

       心音も秋思も医師に聴かれけり       横浜市・犬山達四郎

       一升は入る瓢となりゐたり        泉大津市・多田羅初美

           短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(17日付)より

今朝の気温10度、晴


  1. 2011/10/20(木) 06:25:08|
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収穫の秋


17日、妻に誘われ畑にヤーコンを掘りに行く。
ヤーコンは、今年はじめて植えた。どんなふうになるのか、どうやって収穫するのか、まったくの初体験である。
おそるおそる鋏をいれ、鍬をふるう。

土の中から出てきたのは、店で買ったそれよりも立派(大きな)なころころに太ったヤーコンが何本もついてた!
1本の茎(株)からバケツ1杯になるほどである。
1株分は洗って、ね すぐ料理にまわす。残りは土のついたままを軽く乾かし、新聞紙に包んで保存する。
もちろん、近くの人々には お裾分けを忘れない。
昨年は、スーパで何度か買ったが、今年は買わずに済む。それがままごと農業の楽しみである。

下の画像は、ヤーコン収穫を主にして撮ったが、ついでに里芋も1食分(1株)を掘ったので並べてみた。
ソバも先日刈り取りし、乾燥・脱穀・精選中である。
いわゆる「ままごと農業」なので、収穫量などは自分の家で間に合えばそれでいい。
ソバ粉などは、師匠(ソバ打ちの)へお裾分けできるほどである。仲良し連中との年越し忘年会にも食べ放題で楽しめる。

「天童の家」これからの農作業は、食用菊モッテノホカの収穫、青菜漬け(せいさいづけ)の漬け込み、越冬用ネギの収穫保存、大根・カブの収穫・保存、そして干し柿作り。
クリスマス・お正月用の啓翁桜のそれは、母の実家でやってくれるから、発送伝票を書くだけ。
11月に入れば、そろそろ冬支度に向けての用意であるなぁ

でも、まだ秋たけなわである。里山も色づきはじめた。
っふふ、この秋の素晴らしさを楽しまない手はない!
*
18日、「パパは山へ行っていいよ」妻がそういう。
「ママは、なにする?」私の問いかけに、裏のゴミコンポがいっぱいになったので土に埋めるのだという。その作業は、女手には重労働だ。それを知って自分だけ山に行けるわけがない。
梅の木脇に生えてるアスパラガスとキクイモを先ず片付ける。アスパラは切り取るだけだが、キクイモは茎を引っ張るとたくさんのイモがなっている。
そのイモが、てんぷらにすると天下一品の味なのだ。また「おみ漬け」に入れるとサキサキした歯触りとかすかな甘味が漬物にマッチし美味しい「おみ漬け」となる。

なんの手入れなしでバケツ2個分のキクイモ(天童あたりではカライモと呼ぶ)がゲットできた。
見れば、近くの里山もだいぶ赤くなってるのが分かる。空も青いし、山へ行くべきだったかなぁとの気分もあるが、ゴミコンポのそれも土に埋めたし、裏庭のそこらもきれいに片付いた。
遊んでばかりでは済まない気分が残る。こうやって暮らしの上でやらなければならないことをきちんとやるのもだいじだ!と自分に言い聞かせる。(笑)

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今朝の気温9度、晴


  1. 2011/10/19(水) 06:44:29|
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鳴子峡 

再会をはたす

2011年6月27日に、50年ぶりで再会した田中さんとのことを書いた。
その田中さんと16日に再び会い、楽しいひとときを過ごすことができた。
今回はご夫妻で来られ、寿司ショップ「彩」で昼食をすまし、その後 鳴子峡 へ紅葉を観に行った。

なぜ蔵王でなく鳴子峡なのかをいえば、田中さんご夫妻は16日の宿泊が銀山温泉だったからである。
田中さんは、学生たちを引率し蔵王へは何度も来ている。銀山温泉は奥さまの意向で決められたという。
鳴子峡は、銀山温泉の先にある景勝の地である。アクセス的にも時間的にも丁度良い所にある。

鳴子峡は、しばらくぶりで行ったが、少し変わっていた。
一つは、駐車場が有料になっていた。それはしかたないことだろう。維持管理もなかなかたいへんなことである。
二つは、川沿いの探勝路がかなり手前で行き止まり(閉鎖)になってた。これには残念というか、(なぜ?!)との疑念が拭いきれなかった。
見場所が狭く(短く)なって、せっかく楽しみにやって来た人々にどう説明するのか?
係員に問うてみたが、「今年から勤めたので......」分からないという。

天下の名勝 鳴子峡 は、何度も観ているが、今年のそれは少し色づきが遅れていると感じた。
田中さんご夫妻は、はじめての鳴子峡で、それなりに楽しんでくださったようで、そっと胸をなでおろした。
奧さまと妻が楽しそうに会話しているのが、みていて嬉しかった。

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今朝の気温12度、曇


  1. 2011/10/18(火) 06:44:58|
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鳴子峡 2

紅葉の名所 鳴子峡 
順序が後先になるが、その2を並べる

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間もなく、その1をアップ予定

  1. 2011/10/18(火) 06:38:01|
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蔵王紅葉11

標高1100㍍辺りのそれである。
14日に撮った。時のズレが気になるのでホルダーにあるそれを並べるが、へへ 月並みな画像だ。

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  1. 2011/10/17(月) 06:46:24|
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蔵王紅葉10

わけあって(後日に説明)忙しい。
ストック画像(14日撮影)を並べる。

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今朝の気温20度、雲多いが青空も...


  1. 2011/10/17(月) 06:38:08|
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蔵 王 9

今日のエントリー画像は、14日に撮った
標高1400~1500㍍あたりかなぁ...

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  1. 2011/10/16(日) 07:23:11|
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蔵 王 8-2

以下は、阿蘇望亭さんのBBS からのそれである。

   Re: 蔵王紅葉6 阿蘇望亭 - 2011/10/15(Sat) 19:40
  蔵王の紅葉も終末段階の感じなので、相当上の方まで登っていらっしゃったのかと思いきや、農作業の合間に?
 なんとも贅沢な紅葉狩りですねえヽ(^。^)ノ
 交通の便がいいんでしょうねえ。


蔵王は、地元といっても家から50㌔離れている。
空を眺め、天気もダイジョウブだろうと判断するといそいそと出かける。(笑)

車を駐め、さらに登山道を歩く。
そうやって楽しむのだから、どうしても一日がかりとなる。
二カ所(高所と中腹のポイント)をかけると時間はすぐに経ってしまう。農作業の合間、というのは日にち単位のことである。(笑)

今日もまた蔵王のそれを並べよう。
もう、見飽きられたでしょうか?...

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今朝の気温18度、雨


  1. 2011/10/16(日) 06:06:25|
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蔵王紅葉 8

蔵王は奥深い!(笑)
紅葉はまだまだつづく、並べよう
昨日(14日)撮ったものである

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今朝の気温18度、雨


  1. 2011/10/15(土) 06:03:53|
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蔵王紅葉 7

今日並べる画像は、11日に撮ったものである。
山の紅葉は、かなり進んでることだろう。
っふふ、なんとも気がもめる。(笑)

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今朝の気温12度、晴


  1. 2011/10/14(金) 06:43:02|
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