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汚染調査と除染

汚染調査と除染が先!

「内部被曝の真実」児玉龍彦著 冬幻社新書を読んだ。
いろいろと考えさせられることが、たくさん書かれてある。その中で、特に(そうだなぁ)と思うのを書き写す。(抜き書き)

 物事には「属性」と「本質」があります。「波の高さが何メートルか」というのは、属性の議論です。
 これに対して、「波と津波は全然違って、沖合で3メートルでも、持っているエネルギーが全然違うから、岸に来たら30メートルになりますよ」というのが本質論です。
 専門家がすべきなのは本質論です。だけれど原子力学会では、(略)現実的に考えて、だいたいこれぐらいの波に対応しておけばいいでしょう」ということをやってしまった。

 私たち専門家が言わなくてならないのは、現実はこうだと考えて結果に手心を加える、ということではありません。
 どんなに大変な事態であっても本質を正確に言わなければならない。
 専門家が本質論を言うことで、初めて専門家は信頼されるし、事態が回避される。

 今、人々がセシウムの危険性を知れば、その危険性を回避するのに、何としてもセシウムの除去をみんなで頑張ってやろうとか、どんなに大変でも食品の検査をやっていこうとか、そういうふうになっていきます。
 だから、健康被害の問題について、こういう可能性があるということをまっずきちんと言うのが、われわれ医学の専門家の責任です。
 「最初からこれを言ったらこっちがダメだろうから」と折り合いをつけてしまったら、専門家でなく政治家です。

 みんなが専門家に聞きたいのは、なにも政治家みたいに折り合いをつけることじゃない。危険を危険だとはっきり言うのが専門家なのです。
 今までの原子力学会や原子力政策のすべての失敗は、専門家が専門家の矜恃を捨てたことにあります。
 国民に本当のことを言う前に政治家になってしまった。経済人になってしまった。
                        「内部被曝の真実」59ページより
 福島原発事故からの放射能汚染の本質は、広島原爆20個分以上の膨大な放射性物質が飛散したことにある。
 そうすると、平均的には低い濃度でも、さまざまなところで濃縮されて被害が起こる。農産物も人体も、牛も同じである。
 放射能汚染を調べてみない限り、どこで何が汚染されているか分からない。そこで広範囲に徹底的に調べ、除染していかなくてはいけない。

  1.最新の技術を駆使した食品検査を
  2.住宅の汚染を検査する」”すぐやる課”を
  3.自分たち緊急的除染をするときは土ぼこりに厳重注意
  4.行政による長期的な除染は住民の同意のもとに

 福島原発の除染については、すべてこれからである。われわれは、祖国の土壌という、先祖からの預かり子どもに伝えるかけがえない財産を汚染してしまった。
 しかし、人が汚したものなら、人がきれいにできないわけがない。
 そのために全力を尽くすのがわれわれ科学者の背駅人である。
                        「内部被曝の真実」128ページより

上書を読み終え、妻が観ているテレビをみると、「緊急時避難準備区域 」が解除されたことを伝えてる。
うう、「な なんという無責任な!」と思わず呟いてしまう。

   緊急時避難準備区域 解除へ    9月30日 12時13分  NHK

 原発事故を受けて政府が福島県の5つの自治体を指定した「緊急時避難準備区域」が、30日夕方、解除されます。
 歓迎する住民がいる一方で、放射性物質の除染が進まないと不安だという声も相次いでいます。

 原発の異常事態に備え避難の準備が求められている「緊急時避難準備区域」には、福島県の南相馬市、田村市、広野町、楢葉町、川内村の5つの自治体が指定されていて、
 区域内では放射線への不安などから学校や商店、企業などの多くが閉鎖され、住民の半数に当たるおよそ2万8500人が区域外での避難生活を続けています。
 政府は原発の状況が改善してきたとして、30日夕方、原子力災害対策本部を開き「緊急時避難準備区域」を解除する予定です。

 解除を前に住民からは歓迎する声とともに放射性物質を取り除く除染が進まないと不安だという声が相次いでいます。
 このうち川内村から避難している80代の女性は「解除と聞いて本当にうれしいです。しかし、放射線の影響で戻っても安全に農作業ができるか不安です」と話していました。
 また、家族とともに避難先から南相馬市に戻った57歳の女性は「解除されても地域の除染が進んでいないので、不安な気持ちは変わりません。早く除染を進めてほしい」と話していました。

この国の政治家たちの、な なんという無責任なことかと呆れてしまう。


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  1. 2011/09/30(金) 15:18:27|
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きれい・きらい


「ころ」さんのブログに、次のような文が添えられ、たくさんの美しい花たち(画像)が並んだ。
   暑い暑い夏も過ぎてようやく涼しくなってきた。
   虫たちの合唱もにぎやかになり、庭の花たちも生気を取り戻しているようだ。

それに私は、次のようなコメントを書いた。
   きらいな花たち! (いいなぁ)です
   ほんとうに(いいなぁ)
                   2011/09/27   こんの
自分の書いたコメントを読み、間違いに気づき 慌てて 次のそれを投稿する。
   訂正!
   間違いました
   「きれいな」です! ごめんなさい

「ころ」さんからのレスポンス
   こんのさん
   1字違いでとんでもなく変わるものですね(笑)
   コメント有難うございます。
                  2011/09/27    こ ろ

「きれいな花たち」と書いたつもりが、「きらいな花たち」になっていた。
うう、「ら」と「れ」の一字ちがいでまったく反対の言葉になってしまってる。

他に(似たようなのがないかなぁ)と思いだしてみた。
「金閣寺」と「きんかくし」 
「し」と「じ」だけの違いでまったくの別ものになってしまう。(笑い)

「きし(岸)」と「きじ(記事)」、「きす(キス)」
「し」「じ」「す」などでちがったものになる。

「きみ(気味)(君)(黄身)」
「きも(胆」
探してみればもっとたくさんあるような気がする。

「こんどうむかってこい」そうタイピングしたら...
「コンドウム買って来い」と変換され、慌てたという話がある。
「近藤 向かって来い」と激励した言葉を求めていたのだが、まったく意図するそれとは違うのに変換された。
意外に思うことはよくあるのだが、うう それを思い出そうとするとなかなか思い浮かばない(笑い)

話がズレるが...
「いろはにほへとちりぬるおわかよたれそつねならむうゐのおくやまけふこへてあさきゆめみしゑひもせず」
「色は匂へど散りぬるを、我が世誰ぞ常ならむ、有為(うい)の奥山今日越えて、浅き夢見し酔(ゑ)ひもせず」
(涅槃経)という仏教精神を和文で表わしたと言われる 「いろは歌」 47文字と、「京」 を合わせた 48文字を、句の頭において作った短歌かるた

言葉の世界って、ね(面白いなぁ)と思う。
*

先程から小雨が降り出した
ふ~む、何日ぶりの雨だろう


  1. 2011/09/30(金) 09:00:43|
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みどり色の風


現在、画像ホルダーにあるのが下の4枚だけである。
上2枚は、言わずと知れた「山寺学講座」25日の講師のそれで、彼は、私の住んでいるここ荻野戸の成り立ちについて興味深く語った。
今年の講座は、これで終わって、来年また第3回のそれがある。来年また受講できるかどうか分からないのだが、まぁ 楽しみしている。

下2枚は、これも何回目かのゴーヤである。が、また写真に撮ったのは、今年はこれで最後のゴーヤであるからだ。
29日に、ゴーヤ全体を撤去した。夏も過ぎ、緑のカーテンも(秋の扇)になってしまった。いつまでも残しておくのは、なんか不精に思えてならない。
たくさんのゴーヤを収穫できた。ほんとに一石二鳥のゴーヤだったなぁ
ゴーヤの味にもすっかり馴染み、しばらく食べないと妙に食べたくなる、そんなふうになったのには可笑しい。来年もまた必ず育てようと思う。

毎週1回は必ずアップしていた朝日歌壇・俳壇のエントリーが遅れてしまった。
ここに合わせておこう。

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みどり色の風

       吹く時を知りて野分の吹き来たりふたりはしょせんひとりとひとり     福島市・美原凍子

       原発にさよならをしたこの秋のドイツの空の風みどり色          ドイツ・西田リーバウ望東子

       魚好きの父はきれいに骨残しピカソのごとく押葉一枚           秦野市・森谷四郎

       開かずに捨てる夫の専門書たちまち過ぎしよ二人のひと世         彦根市・西野和子

       雨上がり萩の乱れの立ち直る        久留米市・谷川章子

       山からも津波襲いし野分かな         伊丹市・小早健介

       枝豆を大豆と知らず五十年         名古屋市・可知豊親

       新酒古酒濁り酒飲み年老いぬ         堺 市・有田圭介

           以上は、朝日歌壇・俳壇(26日付け)より
*

今朝の気温18度、曇


  1. 2011/09/30(金) 06:32:30|
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月  山 6

月山行を締めくくるのは、やはり高山植物たちである。
雪解けを待って次々に咲いて楽しませてくれた植物たちにも、間もなく雪が降りかかるだろう。
月山の春・夏・秋は、短く同時にやってくると言ってもよいかも知れない。

月山の雪渓は、8月中旬まである。雪のない月山は二月半くらいの短い期間である。
雪渓が融けた後に春の花咲くわけだが、8月に融けた雪渓の後には春の花は咲かない。
よって、その場所には植物の姿はなく、河原のように白い空白になったまま、また冬を迎える。

秋の真っ最中なのに、月山の所々に初夏のような緑が見られる。
雪渓が消えた後に、かろうじて繁った緑がまるで6月の緑みたいに青いのである。
それが秋冷によって一気に紅葉に変わるのだから、その赤の鮮やかさは、まさに燃えるような色になる。

月山、全山燃えるような紅葉は、それこそ大感動なのだが、その見時がなかなか難しい。(笑い)
まぁ、来年に期待しながら今年の月山を終わることにする。

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今朝の気温13度、晴


  1. 2011/09/29(木) 06:49:52|
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月  山 5

月山は、山形県民のこころの山である。
冬季は、あまりの豪雪で近づけないが、春から秋まで多くの人々を楽しませてくれる。
春・夏スキーのメッカであるとともに、ね 信仰の山である。

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月山は、高山植物の宝庫
それらについては、場をあらためてアップしよう


  1. 2011/09/28(水) 06:48:35|
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月  山 4

月山のそれを並べる。
紅葉は、残念ながらまだ時期尚早というか、今年は遅いようだ。それを云々してもしようがない。
紅葉でなくても、ね 月山はそれなりに楽しめる山である。

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上のような景色を眺めながら食べる おにぎりが、ね 美味しい!


今朝の気温12度、晴


  1. 2011/09/28(水) 06:36:55|
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月  山 3


26日、姪との待ち合わせ場所へ。約束の時刻 8時にぎりぎりで間に合う。
からりと晴れわたった空ではないが、雨の心配はなさそうでホッとする。
月山へは妻と一緒に登っているが、3人でというのは息子と行った時以来、久しぶりである。
駐車場へは9時過ぎに到着。かなりの台数が並んでる。ナンバーを見ると、県外の車が多い。

ペアリフト乗り場までの道を歩いてる時、意外な人と出会う。元職場での同僚S君である。S君には飯豊登山に連れて行ってもらった。
飯豊の雪渓で、あの豪快なグリセードを彼に教えてもらったのだった。職場では「四季の会」を主宰し、山好き同行会のリーダーであったS君。
退職以来 約12年ぶり、思わぬ場所での再会がなんだかとても嬉しさを強く覚えた。(ある種の感動であったなぁ)
姪が月山登山を申し入れたり、元同僚のS君と遭えたりしたことは、なんとも嬉しいことだ。特にS君との再会はこの日の月山登山を特別なことにした気がする。
姪が記念写真のシャッターをおしてくれた。(下画像の一番上、左がS君)

月山の紅葉探勝登山ということだった。が、今年の紅葉は遅れており、草紅葉がようやっとであった。
日は頭上に光ってるのだが、次々にガスが生まれ、上昇気流にのって雲になってく。
「雲が下からわいてくる。壮大な景色だよね。こういうのは はじめて見る」姪がいかにも感動したというように言う。
そんな彼女に、全山(真っ赤に紅葉した月山を見せたかったなぁ)という思いがわいてくるが、こればかりはどうしようもない。

姥ガ岳山頂で、薬師岳からわき出す雲の赤ちゃんを眺めながら、おにぎりを食べる。
うん、風と一緒に食べるのが美味い! 
(画像、4枚・5枚目は、姪が写してくれた)
今回は はじめから月山登頂はしないと決めてたから、昼食もゆっくり、存分に景色を眺めながらとる。

姥ガ岳から牛首を経て、木道をリフト乗り場へ歩く。
写真をたくさん撮った。この続きはまた明日アップしよう。
乞う、期待!(笑い)

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  1. 2011/09/27(火) 17:41:37|
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月 山 2

月山を楽しんできた。
たくさんの写真も撮ってきた。その画像処理も終わらないままに、これから仙台の友人宅へ
とりあえず、処理済みのそれをアップしておこう

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残りの画像、並びに文(説明)は、後刻に(仙台から帰ってから)


  1. 2011/09/27(火) 12:39:51|
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探  秋

「お兄さん、月山へ連れてって」
夏の終わりに、姪から言われ、「分かった。紅葉の月山へ行こう」と請けあった。
姪は「叔父さん」と言わず、昔から「お兄さん」と私をよぶ。彼女は長兄の長女で、10歳ちがいで、誕生日が私と同じ月日である。まるで兄妹ようなかたちで育ってきた仲である。

はじめ10月最初の日曜(2日)を予定していたが...
「天気がよくない。仕事休むからね、明日 行けない?」彼女から再度電話がはいる。
そういうことで今日、月山へ行くことにした。
紅葉には若干早い気がしないでもない。が、2009年には9月21日に登った時には、もうきれいな紅葉が観られた。

2~3日前から毎朝寒いくらいの気温がつづいてるから、月山はもう紅葉がはじまっているかも知れない。
10月5日には、栗駒登山を予定している。その前哨戦(笑い)ということで足慣らし。
天気も良くなるようだし、姪もきっと喜ぶだろう。
はい、もちろん妻も同行する。

以下は、青菜(せいさい)の間引きの合間に撮ったものである。

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今朝の気温14度、まだ日が照らないが晴れるはず


  1. 2011/09/26(月) 05:43:11|
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知るからはじまる支援


昨日の新聞は、夕方遅くに読んだ。
社説に頷きながら、備忘録に入れておこうと思った。

.福島の花火 ― 知る、から始まる支援   朝日新聞社説 2011年9月24日

東日本大震災からの復興を応援する花火大会が、被災者を失望させる結果になった。
 愛知県日進市の商工会や市職員らが今月18日に開いた花火大会は、福島県川俣町の会社がつくった打ち上げ花火80発に「がんばっぺ!!福島」と名付け、大会プログラムに掲載していた。
応援の思いは伝わっていた。

 しかし、大会の2日前から「放射能で汚染された花火を上げるな」「安全の確認はしたのか」と、約20件の電話やメールが寄せられた。
 主催者は「意見を真摯(しんし)に受け止める」と福島産の打ち上げを取りやめ、愛知県内で製造された花火に替えた。
花火の放射線量の確認が間に合わず、安全性について十分な検証をする余裕がなかったと説明している。

 不安を訴えた人は「花火から放射能が降ってくるのではないか」と、心配したのかもしれない。
しかし、製造元は福島第一原発事故の計画的避難区域の外にあり、敷地内の放射線量は避難の目安となる基準を大きく下回っていた。
主催者も「花火は室内で保管していたので問題ない」と考えていた。

 このいきさつが報じられると、日進市役所などに「放射能への過剰な反応だ」「風評被害を招く」と、抗議する電話やメールが、3日間で約3千件寄せられた。

 今月初めには、福岡市の市民グループが農産物直売所に「ふくしま応援ショップ」を開店しようとして断念した。
「福島からのトラックは放射能をばらまく」などとメールが届き、直売所側が出店見送りを求めたからだった。

 8月の京都五山送り火では、岩手県陸前高田市の松に被災者の思いを書いて燃やすはずだったのが、汚染を心配する声で、方針が何度も変わる混乱の後にとりやめとなる騒ぎがあった。
 催しの主催者や自治体に求めたい。不安を訴える声に耳を傾けるが、過剰に反応しない。企画をたてる段階から、危険があるのかないのか、現地を訪ねて調べ、話し合う。
専門家にも聞き、その結果を自分たちの地元で積極的に説明する――。

 復興を支援したい思いを大切にしたい。そのためには、こうした準備を重ね、心配だという人々を納得させる心構えが必要だろう。政府や公の機関とともに、まさに草の根レベルの取り組みが重要になる。
 原発事故被災地への支援は、放射能被害を正しく知ることから始まる。被災地の人たちを、理不尽なことで失望させてはならない。

今朝の気温11度、晴
今日は天童市市議会議員選挙投票日である。22名の定員に27名が立候補し、1週間の戦いであった。今回は「天の風」というグループが、議員数削減(-7)・議員報酬減を掲げた。果たしてどのくらいの得票があるのか。大きな関心事である。
青菜の間引き作業の前に投票を済ませようと思う。午後は「山寺学講座」最終回である。


  1. 2011/09/25(日) 06:54:35|
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惻隠の情

あの 3.11 から半年が過ぎ、大震災の記憶が薄れ、悲惨さの感情が減退し、少しは落ち着くのかと考えていた。
だが、時間の経過とともにあの 3.11 の出来事の大きさがますますはっきり浮き彫りになってくるのに大きな戸惑いを覚える。
はじめ津波や福島原発の事象が「未曾有の出来事」と目に映って驚愕した。死者の多さ、津波のエネルギー、避難民が日本にも存在するという驚き!

千年に一度の地球規模の出来事などというように、地震とそれに伴う津波、そして人災の色濃い原発による放射能災害と、それに巻き込まれた人間の小さな群像...... そんな構図が見えた。
それも一つの見え方だろうが、ただ大震災当時に報道されたそれらはまちがいない事実ではあったろうが、そこにはそれまでそこで暮らしてきた人々の日常生活が見えなかった。
時間が経つにつれ、ようやくあの大震災で失った多くのものが次々に明らかになって、記憶が薄れ、悲惨さの感情が減退するどころか、むしろ逆に 3.11 のそれがどれほど大きな出来事だったのかが見えてきた。

一人一人の人間は小さいけれど、その小さい人間が大切にしてきた親や子、同胞や友だち、隣人といった人の命が 3.11 で失った多くの人々の嘆きがさまざまな媒体を通し明らかになった。
平穏に暮らしてきた命と財産が消え、なにをどうすればいいのかに戸惑い、苦悩する多くの被災者のいろいろな姿が次々に知らされる。語られる。
あの大震災で失われた命の多さもさることながら、さいわい命を失わなかった人々でも、言葉で言い尽くせない多くのものをなくし、苦悩している。
そのことが時間とともに明らかになって、目の前に具体的に知らされる。

なにげなく暮らしている我々の日常生活がどれほど大切なものなのか...... 被災者のその後の言動から知らされる。
原発の恐ろしさ、政治の貧困さ、風評被害に見る人々の冷酷さ、時間が経つにつれそれがますますはっきりと見えてくる。
京都五山の送り火騒動、そして今度の福島製花火問題...... そのまま引いてよいのか迷うけれど、宗教学者・哲学者 山折哲雄氏が8月21日の「山寺学講座」で次のように言う。
  もう西国の人々は(3.11を)忘れはじめています。
  私は京都から参りましたが、ついこの間五山の送り火騒動で二転三転し、まことにみっともないことを京都はやってしまった。(略)
  単なる観光事業としてやっていたからこそ、今度のような騒動になってしまった。
  被災地の方々のその悲しみ、絶望的な苦しみに寄りそうためにこそ、この五山の送り火という鎮魂の儀礼があったのではなかったのか。
  そのことにぐらついていたわけですよ。(略)
  振り返ってみるに、それは京都だけの問題ではない。先程申しましたように、二万を超える死者と行方不明者を出した東北の地で、その犠牲者の方々を本当に鎮魂するその手だてを我々はもっているかどうかという問題にいきつきます。

3.11 は、我々にとってまだ途上にあって、これからどう立ち向かうのかが問われているのだと考える。
「忘れはじめて」よいわけがない!
これからも自分の問題として考え、運命共同体としての日本を蘇らせなければ、落ち着かないのである。(笑い)


時間がなくて、尻切れトンボになってしまった。
これから青菜の間引きに行かねばならない。(笑い)
次回は、もっと時間をかけて書こうと思う。

*
今朝の気温14度、晴


  1. 2011/09/24(土) 09:05:10|
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原子力学会 4


   原子力学会:「脱原発依存」 専攻の学生にも広がる       毎日新聞 2011年9月23日 10時35分

  将来の日本の原子力産業や研究をリードすることが期待される原子力専攻の学生にも、「脱原発依存」が広がっていることが分かった。
  北九州市で19~22日に開かれた日本原子力学会に参加した学生に毎日新聞がアンケートしたところ、原子力政策について「原発への依存度を下げていくべきだ」と考えている割合が半数近くで、原発推進を望む学生を上回った。

  アンケートは、同学会に参加した230人の学生から無作為に選んだ50人に聞き取りなどで実施。
「東京電力福島第1原発事故を受け、今後の原発をどうすべきか」の問いに対しては「時間かけ原発への依存度を下げるべきだ」との答えが24人で最多。
「現状維持か増設」は21人、「その他」は5人だった。「なるべく早く全廃」はいなかった。

 「依存度の低減」を選んだ理由としては「再生可能エネルギーの割合を増やしていくべきだ」との意見が多かった。
大阪大の男子学生(修士2年)は「原発新設は住民の理解を得るのが難しい」と指摘する。

  これに対し、東京大の女子学生(修士1年)は「古い原発は減らすべきだが、より安全な新しい炉に代えるべきだ」と現状維持を支持。
京都大の男子学生(修士2年)は「原子力関係の企業に内定したので維持の方がありがたい」と語った。
維持もしくは増設を望む学生は、経済水準の維持や資源の乏しさを重視した。

 進路についても質問。1割強の学生が原子力業界(産業界・学界)への就職や進学を見直すなど、事故の影響がうかがえた。
澤田隆・同学会副会長(三菱重工業)は、「一時的に原発に逆風が吹いている状況を反映していると思う」と述べた。【比嘉洋、阿部周一、西嶋正法】

 ◇学会、人材確保に危機感
 日本原子力学会に参加した学生の多くは、地球温暖化対策の一環として原発の評価が高まった「原子力ルネサンス」と呼ばれる00年代後半に原子力を専攻した世代だ。
しかし、原発事故は学生たちの考え方を少なからず変え、学会側も人材確保の面で危機感を募らせている。
今後、原発の数が減っていくことになっても、放射性廃棄物の処理や除染、廃炉などの専門家の需要はむしろ高まるからだ。

 学生50人を対象にしたアンケートでは、6人が「進路を変更する」と答えた。
九州大の男子学生(修士2年)は「授業では『安全』と繰り返し教えられてきたので失望した」と異業種への就職を決めた。
学会では学生同士が原子力の将来を話し合うセッションもあり、「原子力に携わるモチベーションが保てない」といった不安の声が相次いだ。

 一方で31人は「原子力業界に進む気持ちは変わらない」と回答した。
学会の教育担当理事を務める百々(どど)隆・日本原子力技術協会専務理事は「既に専攻している学生より、これから専攻する学生をどう確保するかが問題になるだろう」と指摘する。
学会には、学生たちの信頼を得るためにも、安全性を強調する従来の姿勢を改め、リスクに関する正確な情報を発信する努力が求められる。【比嘉洋】
*

台風が去って、光や色は、もうすっかり秋のものだなぁ
21度、白い雲、青い空がすっきりと感じられる


  1. 2011/09/23(金) 11:36:01|
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花火 & 原発

福島製花火&原発学会

下は、先の「福島製花火2」とほぼ同じだが...より具体的な報道である

花火大会:福島製打ち上げ中止で謝罪 愛知・日進市長 毎日新聞 2011年9月22日 19時48分

愛知県日進市であった花火大会で、市などで作る実行委員会が福島県製花火の打ち上げを中止した問題で、同市の萩野幸三市長が22日、福島県川俣町役場を訪れ、
花火を製造した「菅野煙火店」の菅野忠夫社長と古川道郎町長に謝罪した。

 萩野市長は「多大なご迷惑を与えたばかりか、新たな風評被害への心労をかけ、心からおわびする」と謝罪。
古川町長は「来年はぜひ打ち上げてほしい」、
菅野社長は「非常に残念だったが、愛知県からは激励の電話ももらっている。今後も頑張るのでよろしくお願いしたい」と応じた。

 川俣町は20日に日進市に抗議文を送付。
その中で、打ち上げなかった花火の放射線量の測定結果を周知するよう求めていたが、萩野市長は「なるべく早く検査し、市のホームページで特集を組むなどしたい」と約束した。

 面談後、萩野市長は報道陣に「当時は市民に理解を積極的に求められる状況ではなかった。結果的に中止の判断は誤っていた」と述べた。【結城かほる】

以下は、原子力学会の報道から

  福島原発収束「長期戦で」=チェルノブイリの現状報告―原子力学会    2011年9月22日17時6分 [時事通信社]

  北九州市での原子力学会で、旧ソ連(現ウクライナ)のチェルノブイリ原発事故から25年経過した現状に関する講演会が22日、開かれた。
原子力安全研究協会の武田充司研究参与は、石棺をさらにシェルターで覆う工事が2015年までかかると報告した上で、福島第1原発事故の収束について、
「長期戦と構え、データを取り続けることが重要だ」と指摘した。

武田研究参与はシェルター設置の国際プロジェクトのアドバイザーを務めている。
チェルノブイリ事故で新たなシェルターが必要となった経緯について、「石棺は部材が固定されていない箇所もあり、傾きが増すなど不安定になっている」と説明。
「シェルターは100年間、健全性を維持することが求められている」との展望を示した。 

*
今朝の気温13度、晴


  1. 2011/09/23(金) 06:50:12|
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福島産花火中止 2


以下は、福島産花火中止問題の2報である。
それで分かるように、かなり多くの人々が電話やメールで批判や抗議があったということに、なんだか救われた思いがするのは私だけだろうか...

   愛知県日進市:萩野市長、謝罪へ 福島産花火中止問題で 2011年9月22日 2時8分 毎日JP

  愛知県日進市の萩野幸三市長 愛知県日進市の花火大会で福島県製花火を打ち上げなかった問題で、市は21日、萩野幸三市長が花火を製造した業者のいる同県川俣町を22日に訪れ、謝罪すると発表した。
市には21日夕までに、この問題に関する電話やメールが計約3350件寄せられ、うち9割が批判や抗議という。

18日にあった花火大会の実行委員会は市民有志や市商工会などで構成。
訪問では、町役場で古川道郎町長と面会した後、花火を製造した菅野煙火店を訪れ、「花火打ち上げ中止により風評被害を広げた」と謝罪すると共に、中止に至った経緯を説明する。
市商工会の塚本英雄会長も同行する予定。

  同町20日、実行委に対し、花火が放射性物質に汚染されていないことを確認し、周知することなどを求める要請書を出している。
  花火の放射線量測定を実行委から依頼された専門業者は21日、測定を実施。結果は22日までに出る予定という。【岡村恵子】

測定結果がどうでるか分からないけれど、その結果如何に関わらず、これはあきらかに差別と偏見の構図である。
打ち上げ中止を言い張った人々は、その時点で「放射能に汚染されている」とは分からなかったわけで、あくまでも思い込みで主張したのである。
根拠もなく相手が不利になるような言動をとることが、即ち偏見と差別なのだからである。

仮に、放射能にわずかでも汚染されてたという結果が出ても、それだから打ち上げ中止のそれが正しかったということにはならない。
明らかな事実に基づいての発言でなければ、後でそういう結果がでたからといって動向を正当化するのは詭弁でしかない。そのことを間違えてもらっては困る。
今回の問題について、結果判明の前に、市長が謝罪を表明したことは確かな判断だとホッとしている。


  1. 2011/09/22(木) 11:04:05|
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観光バス

お馴染み「ころ」さん、20日のブログは、鶴岡市へ来られたそれの報告だった。
この夏、鼠ヶ関の帰りに私たちも同市にある藤沢周平記念館へ行ったことをコメントに書いたところ...
「ころ」さんからのレスポンスが次のようなものだった。

  こんのさん
  鶴岡でも観光バスは殆ど見かけませんでした。
  見学箇所もガラガラでした。

(あぁ、やっぱりなぁ)と思った。
あの 3.11 以来、人々は観光を自粛し、どこの観光地も閑散となった。
「天童の家」の近くに、国際観光地「山寺」があって、大型観光バスが何台も連なって走るのだが、今年は観光バスが走ると(珍しい!)と思うくらいだった。

さくらんぼが熟す頃、まるでお祭りのように賑わい、観光バスがひっきりなしに往来するのだったが、バスはおろか今年は自家用車の台数もめっきり少なかった。
観光果樹園は、軒並みさくらんぼ狩りのお客が少なく、多くのさくらんぼをダメにした。観光バスが走らないのだからどうにもならない。
他の目的があって写真アルバムを開いてみた。が、楽しんで撮ったそれがたくさんアルバムにおさまっているはずなのに、今年は 3.11 以来 鼠ヶ関の海に行った時の写真しかない。

「ころ」さんのそれに(やっぱりそうか!)と納得するしかない。
3.11 から半年経った。先日(18日)「山寺学講座」を受講しに山寺へ行った。
観光バスも少しは見られたが、参道が(観光客でだいぶ賑やかになってきてるなぁ)と嬉しくなったのを覚えてる。
山寺のシーズンは、さくらんぼ時と紅葉の秋である。いちばん賑わうのはやはり秋。ふ~む、これからである。

あの大震災を忘れることなく、それからの復興を早めるためにも、自粛気分を脱し、元気に行動する必要がある。
うん、そう考える。しかし、あの出来事がとてつもなく大きく(なかなか考えているようにはいかないのもだなぁ)とも思う。
大きな地球がもつエネルギーは、想像を絶するものを秘めているのだなぁ

話がズレるかも知れないが、東北の背骨として存在してる奥羽山脈も地球の歴史(地質学)からみれば、まだごく若いのだという。
地球内部の大きなうねりがあってあの峨々たる山脈が出来上がった。そういう時の地動を考えれば、ね 今回の大震災はまさに一瞬のできごと!
でも、でも、そこに住んでる人々には、なんとも恐ろしくとてつもなく大きな出来事である。
人々は、そういうできごとに畏敬の念を禁じ得ない。
そして、一日も早い復興と、観光バスが走るようになることを念願する。

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台風15号が降らした雨は、各地に大きな被害をもたらしてる。
ケータイが、久しぶりに夜中に鳴った。(緊急地震情報かなぁ?)と慌ててメールを見る。
山形市民への「洪水危険避難勧告」のそれだった。
立谷川のもう一つ東を流れる高瀬川の河川である。
さいわいに堤防決壊はなくおさまった。上の画像は、わが「立谷川」のそれであるが、洪水の心配はなく、ホッとしている。

今朝の気温17度、曇 


  1. 2011/09/22(木) 08:35:33|
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福島製の花火

フクシマ製花火

以下は、またまた今日の天声人語である。

 花火は遠いのに限ると書いたのは、独文学者の高橋義孝さんだ。
 両国の川開きの夕、師と仰ぐ内田百けん(けんは門がまえの中に月)宅に招かれた折のこと、なぜか障子がぴたりと閉めてある。酒の合間の短い沈黙を狙ったように、トントントトーンときた
 ▼その趣に打たれた高橋さんは、見えるが音なしの遠花火にも触れる。「郊外の畑の向(むこ)うの、はるかかなたの夜空に、ぱっと拡(ひろ)がる花火も味のあるものだ」と。
  欠けた情報を心で補う時、想像の大輪はしばしば現実を超える
 ▼さて、想像力が過ぎるのも考えもので、愛知県日進(にっしん)市の花火大会で福島製の花火だけが外されたという。
  「放射能をまき散らす」などの苦情が、復興を後押しする催しに水を差した
  ▼花火工場の放射線は十分に弱く、品は屋内に置かれていた。漠たる不安への感度はそれぞれだろうが、これはもう風評被害というほかない。
  一部の異論に折れた主催者に、情けない思いを抱いた市民も多かろう
  ▼とはいえ、やれば叱られ、やらねば叩(たた)かれ、どちらにしても角が立つ。これでは自治体も、福島を応援する企画に二の足を踏むことになる。
  被災地を支える決意と、心配を丁寧に取り除く気配りが、これまで以上に求められる
  ▼朝日歌壇に、京都から鮮烈な一首が届いた。
〈桃買うを迷いてポップ確認す「福島」とあり迷わずに買う〉中野由美子。
  手書き広告の産地名に店の心意気を感じ、思わず手に取る人がいる。被災地の産品を気負いなく買える日まで、絆を欲する遠花火に耳を澄ましたい。

なぜにまた天声人語かを言えば、花火中止のそれを悲しんだことが第一である。
第二は、中野さんの歌を、ね 「天童の家」では、20日に「黒い旗舞う」で取り上げているからである。

上の二つの理由よりも、もっと強いわけは、3.11 から半年も経った頃の世情の空気というか、いわゆる風評被害のありようを記録しておきたいと思った。
はい、備忘録として記録しておきたかった。


  1. 2011/09/21(水) 09:45:04|
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原子力学会 2

原子力学会 20日

以下は、21日朝(午前6時半現在)に読んだものを並べた。

   「次の災害を考えるべき」=津波想定の不確かさ指摘―原子力学会    2011年9月20日17時6分 [時事通信社]
  北九州市で開催中の日本原子力学会で20日、過去に起きた大津波や、津波の高さの予測法についての特別講演があり、首藤伸夫東北大大学院名誉教授(津波工学)は東京電力福島第1原発事故について、「想定外と騒いでいるが、何があったかを考察し、次(の災害)を考えるべきだ」と訴えた。
 首藤名誉教授は津波の高さ予測について、「計算が少し違えば簡単に2、3メートル程度は変わってくる」と指摘。「『防波堤を乗り越えないから大丈夫』ではなく、乗り越えられても大丈夫な構造にしなければならない」と語った。 

*
   津波予測「過信は禁物」 原子力学会で東北大・首藤氏          2011/09/21付       西日本新聞朝刊
  日本原子力学会で講演した東北大の首藤伸夫名誉教授 北九州市で開かれている日本原子力学会で20日、東北大の首藤伸夫名誉教授(津波工学)が原子力発電所の防災をめぐる津波シミュレーションの在り方について講演。
「防災のため不可欠な道具だが、思わぬ落とし穴もある」などと述べ機械的な利用や過信を戒めた。

  原子力学会で津波研究者が講師に招かれるのは異例。東北大が開発した津波の高精度数値予測システムは、海外にも技術移転されるなど優秀性に定評がある。
 首藤氏は、東日本大震災に伴う福島第1原発事故を機に、全国の原発で重要視されている津波対策について、どういった地震でどんな津波が起こり、原発施設にどう影響を及ぼすかのシミュレーションに「落とし穴がいくつかある」と指摘。
  計算結果と被害実態の比較ができた安政の東海地震津波(1854年)などの事例を基に、周辺の海底地形データや、地震発生時に海底で生じる波動のデータの正確さ、用いる計算式の使い分けが適切かどうかなどで「予測結果は変わってくる」と強調した。

  さらに原発施設の防災に関し、高い堤防で防ぐといった発想を戒め、漂流物の激突や、運ばれた土砂の施設内への堆積、油の拡散による火災なども考慮すべきだとして「過去の被害例が分かっていても、沿岸部の状況が変われば災害は『進化』する。水をかぶったら何が起こるのか、想像力が大切だ」と助言した。

*
首藤氏、「原子力学会で津波研究者が講師に招かれるのは異例」という。
氏は、世界的な津波のオーソリティだそうな



  1. 2011/09/21(水) 07:10:40|
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原子力学会

原子力学会(北九州市)

フクシマ原発事故後、はじめて行われた学会の報道二つ。
一つは、NHK のそれ(以下)
   原子力学会 自己批判相次ぐ (9月19日 19時14分)
 原子力に携わる研究者で作る日本原子力学会の大会が、東京電力福島第一原子力発電所の事故のあと初めて開かれ、パネルディスカッションでは、「原子力のさまざまな問題があることを知りながら、あいまいにしていたことが事故につながった」など、これまでの学会の姿勢をみずから批判する声が相次ぎました。

 日本原子力学会には、大学や研究機関、それに電力会社などで原子力に携わる人たちが所属していて、福島第一原発の事故のあと開催が見送られていた大会が、19日から北九州市で始まりました。
 午前中のシンポジウムでは、学会として事故の調査を進めている分科会の主査で、東京工業大学の二ノ方壽教授が、事故を防げなかった背景について「専門家もこんなことは起こらないだろうと過信し、われわれ自身が『安全の神話』を作り出したと言われてもしかたがない。今後、原子力学会は事故と真正面から向き合い、収束に向けて努力しなければならない」と訴えました。

 午後からは、大学や民間の研究者などが参加しパネルディスカッションが開かれ、会場からの質問も交えながら、今後の原子力学会の在り方について議論をしました。
 この中では「原子力のさまざまな問題があることを知りながら、対策を取らずにあいまいにしていたことが結果として事故につながった」「いろいろな立場の人とのディスカッションが重要で、学会の枠にとどまらず一般の人と議論をしていく風土が大切だ」など、これまでの学会の姿勢をみずから批判する声が相次ぎました。
 学会の会長で東京大学の田中知教授は「安全をどうすれば高められるのかを考える機会はたくさんあったが、それを変えられなかった。国や産業界の硬直した考えを指摘できなかった学会にも責任がある。学会が社会とどう関わっていけばよいのか、改善を続けていきたい」と話しています


もう一つは、朝日新聞(20日付)のそれ(以下)
   原子力学会、反省の声   事故後初の大会はじまる
 東京電力福島第一原発の事故後初めてとなる日本原子力学会の大会が19日、北九州市で始まった。
 事故をテーマにした特別シンポジウムでは、専門家として事故を防止できなかった反省や批判の声が相次いだ。

 同学会は大学や電力会社などの約7千人が所属。大会は4日間の日程。一般公開だが、事前申し込みが必要で、参加者約500人のうち一般は60人だった。
 冒頭、会長の田中知・東京大教授は「現在も多くの周辺地域の方々が避難しており、学会の立場として大変遺憾」と述べた。
 二ノ方寿・東京工業大教授は「事故が起きても大丈夫だと過信していた。真正面から事故に向き合い、徹底した原因究明が必要」と訴えた。

 さらに、事故の背景について、宮野廣・法政大客員教授は国内の原発がトラブルなど計画外で停止する頻度が低いことが安全神話につながったと指摘。「本格的な原子力安全の取り組みを避けてきた」と振り返った。


4日間の会期のうち、初日のそれであるが、はたしてどのような事柄が発表され、議論されるのか。
詳しい報道を期待したい。


今朝の気温15度、雨 台風15号の影響で、明日まで降り続くという
各地で災害が起きてるようだが... 


  1. 2011/09/21(水) 06:23:12|
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黒い旗舞う


       江戸期より水を抱きて田に分けし助宗堤も五キロ圏内        福島市・新妻順子
       休み明け友の転校知った子の言葉少なしひぐらしが鳴く       福島市・新妻順子

       またひとつ更地が増えてまたひとつ まちの記憶が抜け落ちてゆく   福島市・米倉みなと

       皆去りし避難所の隅にひっそりと犬小屋二つ形見のごとし      宮城県・桜井レイ

       玉手箱開けたごとくに海水を浴びた公園みるみる錆びる       岩沼市・山田洋子

       目に見えぬベクレル案じて暮らす日は空の奧処に黒い旗舞う     福島市・青木崇郎

       桃買うを迷いてポップ確認す「福島」とあり迷わずに買う      木津川市・中野由美子

       人と居て無名を恥じる残暑かな      熊谷市・時田幻椏
畏友 時田さん 金子選の二席である。「時田氏。プライドのある男の率直な気持。」と選者評。

       あの叔母が介護されをり吾亦紅      東京都・大畑たけ子
       台風も勝利もなぜか女性なり       堺 市・高崎なほみ
       標高のここに始まる花野かな      鹿児島市・青野迦葉
       秋の虹またも首相の代わりけり      横浜市・岡部重喜

       何もかも九月になれば新しき       小平市・平田映允
       最北の旅の葉書と九月くる        松原市・加藤あや
       亡きひとのこゑ遠くなる九月かな     東京都・森川嘉子

          短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(19日付け)より

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今朝の気温 17度、雨


  1. 2011/09/20(火) 06:19:39|
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敬老の日


18日は、八幡神社の祭典だった。いわゆる村祭りである。
昔は出店もいくつか並び 賑わったものだが、今は消防団がちまちました模擬店をかまえるぐらいになってしまった。
村の若い衆が、夕食後に練習した芝居や踊りを奉納したものだが、今は映画を上映するように様変わりした。これも時代の流れで しようがないのだろう。

各家庭でも、親戚や親しくしている友だちを招いて賑やかな宴をはったものだが、今はそういうこともしなくなった。
でも、「天童の家」では娘たちに「お祭りだから、お出で」と知らせる。毎年のことなので孫たちも楽しみにやってくる。
今年も娘と孫3人がやってきた。
そして、「おとうさん、敬老日に飲んでください」と”からい水”をもらう。
孫たちもそれぞれ用意してきたものを「ジーィ」にさしだすのに、ちょっと驚いた気分で受けとる。

昨年11月までは、民生委員をやっていて、敬老会をやる側というか、お年寄りに敬老の気持を表す立場だった。
自分が、まさか敬老される側にあるという意識がぜんぜんなかった。だから、娘や孫たちから「敬老の日だから」とプレゼントをもらうのは はじめてで、予期しないできごとだった。
(う~むむ、そうなのかぁ それだけ年老いたということだなぁ)日頃、歳とったと思いながらも、実際に「敬老の日」プレゼントを差し出され、ドギマギせずにはいられなかった。
嬉しいといえば、へへ 嬉しいのだが...... 一方では、なんか哀しいような複雑な気分。「ありがとう...... 」と言ったものの、なんとなく落ち着かないのである。

昼食を食べ終え、私はそくさくと「山寺学講座」を受講しに家を出る。
村まつり、敬老の日のそれより、私は講座が楽しい。へへ なんとも身勝手というか、つまり居場所が家よりの講座の方にあった。
現実逃避と言われるかも知れない。が、なにを言われようとかまうものかと講座がはじまるのを待った。

第4回目の講師は、高校教師を定年退職し、今は米沢女子短大非常勤講師をしている梅津保一氏。「山寺を訪れた文人墨客」がテーマで、2時間半が長く感じなかった。
「毎日見ている田圃、それをすばらしい風景と感じる、または逆に感じないかによって、世界は大きくかわってくる」
「文人墨客は、我々がふだんなにげなく観ている景観にも深い意味を感じ取って、詩や絵、写真や俳句という形で表現する」
そういう意味が語られたとても楽しい講座だった。

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今朝の気温25度、小雨


  1. 2011/09/19(月) 06:22:16|
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かみのやま温泉かかし祭


17日、「全国かかし祭」を観に行った。
第41回 かみのやま温泉 全国かかし祭が上山市役所隣の公園を中心会場にして17日からはじまった。9月25日までの9日間である。
あちら方面に別の用事もあり、妻と二人で出かけた。
かかし祭は、はじめ農業高校の田圃ではじめられた。何年か後に、会場を温泉近くの月岡公園に移して盛大に行われるようになった。
そして、さらに会場を市役所隣りに移し現在に至っている。

仕事場が上山市にあった関係で、はじまった頃からずーっと観続けてきた。
定年退職した後も、祭がはじまると孫や妻と一緒に会場へ足を運んていた。
そんなわけで、今年も初日にいそいそと出かけた。

かかし祭は、長い間にはそのありようも少しずつ変わってきているが、変わらないもの(こと)もある。
その年にできた(起きた)出来事がうまく作品に反映されることである。今年で言えば、なんと言っても東日本大震災で、それからの復興を願う思いが作品に込められる。
(今年は、何が、どういう形でかかしになっているか?)想像しながら会場へ向かう。
嬉しいできごと、「なでしこジャパン」の世界一もそうだし、野田内閣の発足も作品にとりあげられていた。
節電とか、そういう社会的な動向が作品に反映され、見る者の共感を得るのである。それが、マンネリ化を防いでいる。

家族の絆、豊作への願い、福祉現場のようすなどもかかしによって表現される。
また毎年必ず登場するのは、NHK大河ドラマのそれである。今年は「江」だが、かかしにするにはちょっと難しいのか、作品数が少なかったようだ。

かかし祭期間中、さまざまなイベントが企画されてる。絶叫大会、かかし立ち大会、下駄飛ばし大会など盛り沢山。
以下に、撮ってきた今年のそれを並べる。もちろんほんの一部である。

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今朝の気温24度、晴


  1. 2011/09/18(日) 06:46:11|
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天声人語 2

今朝(17日)の新聞を開いて、ちょっぴり驚いたことがある。
天声人語のテーマが、17日にアップした「天童の家」のそれと重なってたからである。
いつかも似たようなことがあった。もちろん、ソースが同一であるけれど、それをどう表現したかは 別である。
たまたま同一ソースをとりあげたというそのことだけである。

それでも、ちょっぴり嬉しいことである。
天下の「天声人語」が 取り上げた内容を知る前に、「天童の家」で すでにブログにしていた。
17日の「天童の家」のそれと、天声人語を比べることはとてもできない無謀なことである。が、それを承知しながらも敢えてやってみたい、というか記録に残しておきたいと思う。
以下は、17日の天声人語 全文である。

   安く食べれる天丼などと書けば、読者に叱られる前に校正ソフトが「ら抜き」を警告する。
   そんなパソコンにしばられる身には、話し言葉の「進化」がまぶしい。ら抜きの是非、どうやら勝負が見えてきた
  ▼文化庁の「国語に関する世論調査」によると、「(朝5時に)来れますか」を使う人は、5年前の35%から43%に増え、本来の「来られますか」との両刀遣いを足すと過半の51%になる。
   10代では「来れますか」が74%と圧倒的だ。彼らが親になる頃には誤用とは言われまい
▼ら抜きは日本語の乱れの象徴とされるが、昔からあった。戦争を挟んで書かれた川端康成の「雪国」でも、芸者駒子が「来れないわ」「来れやしない」と多用している
▼13年前の岩波新書『日本語ウォッチング』(井上史雄著)は、ら抜きを「千年に及ぶ日本語動詞の簡略化の一部」と説いた。
受け身や尊敬の「られる」と区別する利点もあってか、着実に浸透している
▼国語調査では、「すごい」を「すごっ」と言う人が36%、「使わぬが気にならない」が43%いた。
形容詞の語幹で感嘆を示すのも昔からで、寒(さむ)、怖(こわ)あたりは広辞苑にある。昨今は「早っ」「でかっ」と、何でも語幹で驚くらしい
▼古くはソ連、デモからメタボ、就活まで、略語が定着した例は多い。短い口語も、携帯メールを通じて書き言葉に浸透しよう。
簡便に流れるのが「生きた言語」ならば、主役は話し言葉で、書く方はそっと後を追う。この現実、まともに見れないほど怖っ。
*

天声人語には決められた字数があり、かつ筆者の主張が明確に打ち出されてる。
「天童の家」のそれには、書くのになんの制約もない。
両者のそれを並べてみると、やっぱり(プロは流石だなぁ)と思わずにはいられない。へへ あまりにも当然のことだなぁ(笑い)

そにしても、目をつけたソースの一致が...... うふ、嬉しいのである。
ざっこ(雑魚)は、やはりざっこでしかない。へへ こんなことで喜んでいる次第である。うふ しかたないなぁ
っふふ まぁ 笑ってくだされ...


  1. 2011/09/17(土) 16:36:49|
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生きもの言葉


言葉は生きもの

今日もまた、16日の朝日新聞からである。
記事のソースは、文化庁が15日に発表した2011年度の国語世論調査。
  どちらの意味だと思う?
  1.情けは人のためならず
       a.人に情けを掛けると、巡り巡って自分のためになる   45.8%
       b.人に情けを掛けると、その人のためにならない     45.7%
  2.雨模様
       a.雨が降りそうな様子                 43.3%
       b.小雨が降ったりやんだりしている様子         47.5%
  3.姑 息
       a.一時しのぎ                     15.0%
       b.ひきょうな                     70.9%
  4.すべからく
       a.当然、ぜひとも                   41.2%
       b.全て、みな                     38.5%
  5.号泣する
       a.大声をあげて泣く                  34.1%
       b.激しく泣く                     48.3%

  5年ごとに定期調査をしている「ら」ぬき言葉の使用は
             前回調査    今回調査
    「来れます」   35.4%  43.2% (7.8ポイント↑)
    「見れた」    未調査     47.2%
    「出れる」    未調査     44.0%  
  「見る」「来る」などのように元の動詞の音節が短いものほど、「らぬき」が浸透しているという。
  また、「寒っ」「凄っ」「うるさっ」など、語幹のみの形容詞もよく耳にするようになったという。

言葉はいきものとよく言われるように、実際に数多くの言葉が生まれ、また消滅してるのだろう。
ことさらに「言葉が乱れている」などと息巻いてもしようのないことだろうなぁ
生きのびる言葉は長く使われ、消滅するそれはいつの間にか使われなくなってく、それでいいのだと思う。

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今朝の気温24度、曇


  1. 2011/09/17(土) 06:49:23|
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ヨウシュヤマゴボウ

見れば一度で目に焼きつこう。
茎が赤く、高さは二メートル、葉は長さ20~30センチにもなる大型の多年草。
果実は黒く熟し、直径8ミリほどで数十が穂状に鈴なり。

つぶすと鮮烈な赤紫の汁が出る。ベタシアニン色素を多量に含み、昔は赤インクに。
ヤマゴボウ科で食べると有毒。漬物の山ごぼうはキク科で縁遠い。

       「花おりおり」湯浅浩史著 朝日新聞社

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午後4時25分の気温31度、陽射しは真夏のものだなぁ


  1. 2011/09/16(金) 16:27:46|
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野 菜・夏から秋へ

秋野菜の播種をしたのは、9月5日だった。
それから10日経った昨日(15日)、「ずいぶん大きくなったよぉ ...... 」妻に促され、っふふ カメラを持って出かける。
播種をした身にとって、やはりどんなふうに大きくなったのか気にかかる。

発芽した頃に、ちょっと見には、(まぁまぁの蒔きぐあいかなぁ)と思っていたが...... うう、とんでもない厚蒔(濃い)。
これでは(間引きがたいへんだなぁ)と思う。
種の値段は、そう高いものでないからと、つい濃く播いてしまったのだなぁ
発芽しなくて、黒い土が見えるのは、とても恥ずかしい気がする、けれど...... っふふ、こんなにも密生してるのもやっぱり恥ずかしいものだなぁ(笑い)

頃合いを見計らって、間引きをせっせとしなければなるまいなぁ
間引いたそれは食べられるから、ムダにはならないのだが...... でもねぇ、やっぱりなんとなく申し訳ないような気分になる。
それにしても、種の力というか、その生命力は、あらためて(凄いものだなぁ)と思う。

夏野菜であるキュウリはそろそろ終わりだ。ナスはもう少し収穫できる。オクラも間もなく終わる。
ネギをたくさん作ったのでお裾分けして喜ばれてる。まだまだたくさんあり冬までもつ。
そろそろ里芋の出番なのだが...... 「天童の家」のそれは不作というか、勢いがない。
地味な野菜だが、モロヘイヤがまだまだ元気で新しい葉っぱを立ち上げてる。

今年、(得したなぁ)との思いを強くしているのがゴーヤだ。今も次々に新しい実をつけ、食卓にのぼってくる。
今年の夏は暑かったし、まだまだ暑い日が続いてる。緑のカーテンさまさまである。(笑い)
午後6時を過ぎても30度だから、クーラーの世話にならなければならないなぁ

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↑ ほうれんそう

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↑ か ぶ

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↑ だいこん
     種が大きく、5粒ずつ数えて蒔く こういう播種なら楽なのだが......

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↑↓ 山形青菜(せいさい)
     種が小さく、蒔くのに苦労?した。やはりあまりにも濃密になってしまったなぁ

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越冬用漬物「青菜漬」は、山形特産?である(笑い)

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今朝の気温23度、晴 今日も34度ほどの猛暑になるという


  1. 2011/09/16(金) 06:11:30|
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剪定の周辺で

以下は、9月5日に阿蘇望亭さんへ送ったメールである。

 阿蘇望亭さん
      >盂蘭盆前に済ませるように仕事を進めるようですよ

 昨年までは、「天童の家」でも」そうしておりました
 ですが、昨年は剪定後の猛暑で「葉焼け」が生じました
 ので、今年はお盆をやり過ごし、少し涼しくなってからはじめました

 それで遅れております
 前庭が8割ほど進み、のんびりやってます
 このへんの剪定をみてますと 他所でもやはり今頃盛んにやってます

 今年も猛暑でしたからねぇ(笑い)
 そろそろ秋の光になってるのを感じます
 今年の夏は、長かった気がします

 阿蘇望亭さん
 お孫さんたちの子守 その頃が華です 
 「天童の家」では、もうジージ役はなくなりました。ちょっと寂しい感じがします(笑い)

 掲示板に置ける画像もなく  うふ メールにしました
 他意はないです(笑い)
                 今野拝

「天童の家」でも以前、剪定は庭師にお願いしていた。
ところが、その庭師さんが身体をこわしてしまい、別の庭師に頼むのも面倒で(自分でやるか)とやりはじめた。

庭師をお願いすると、一つはその期間中ずーっと家を留守できない。午前十時と午後三時の休憩にお茶を出さなければならないからである。
お茶うけにも気を遣う。その役目(接待)を母がやっていたが、高齢で大儀になったという。

もう一つは、経費のことである。庭師のそれは1日いくらである。プロでも「天童の家」のそれは1週間はかかる。
その経費がなかなかバカにできない金額になる。勤めているころはどうっということもなかったが、年金生活になると事情がちがってくる。

そんなこともあって、いっそ自分でやろうとはじめた。
上の二つの理由の他に、次のようなこともあった。
一つは、剪定道具のことで、電動バリカンを利用すればかなり楽にやれることが分かった。
もう一つは、ちょっと説明を要する。

庭師にやってもらう時、よほどの注文がないかぎりは、すべて庭師に任せ放しである。よけいな口出しはしない。
どのような姿になるかは、庭師の仕事が終わってはじめて分かる。
まぁ、そいうことでだいたいは(きれいになったなぁ)と納得する。

ある年のこと、柘植が2本並んで伸びてきていた。(これが大きくなったら双幹の柘植として観られるなぁ)と楽しみにしていた。
ところが、2本の内の片方がばっさりと切られてしまったのには、大きな悔しさが残った。けれど、その気持を庭師に言うことはしなかった。
伐られてしまったことで、もう取り返しができない。言ってもムダなことだった。

また、庭師が作る姿にかすかな違和感を覚えることもある。こうじゃないかとはなかなか言えない。
なにしろ相手はプロなのである。でも、プロであっても感性まで同じというか、同調しないことがけっこうある。
そういうズレを解消するには、よほど上手に申し入れなければならない。

自分で剪定鋏やバリカンを持てば、まったく自分の気侭である。自分の庭木なのだから、自分の思うようにやればいい。
庭木を素材にして、自分のイメージする姿を作りあげてく、それが っふふ、楽しいことに気づいた。
髪の伸びたのを散髪してもらう、あの時の気持ちよさを超える楽しさなのだ。なんだか彫刻家になったような気分に近い。(笑い)

「パパ、草取りした後のこのきれいさ、気持いいでしょ?」と 妻が、賛意を強要する(笑い)けれど、私だって同じように刈り込んだ後の姿を見てもらい、褒めてもらいたい。(笑い)
だから、この頃は、妻の言葉には即、「きれいだ! ママ、気もちいいよぉ」の賛辞を惜しまないことにしている。
格好よくなったそれを見るのは、けっしてわるいことじゃない。はい、気分いいのである。こういう仕事は、多少は辛くてもしのげる。

ただし、自分では(格好いいなぁ)と思っても、ね その道のたしかな目にどう映るかは、またちがったことであろう。
15日、最後にやった隣家との境のそれは、うふふ 遊び心をもってやった。プロの目からみたら噴飯ものだろうが...... 方形・自然形・円形とに刈り込んだ。
その道の達者なら決してやらない禁じ手?かも知れないが、そこは素人のやることだから、へへ なんでもありなのである。(笑い)
というわけで、暑い中の刈り込み作業だったが、マイペースで十分に楽しんでやり終えたのである。

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午後3時40分の気温32度、真夏の陽射し



  1. 2011/09/15(木) 15:51:53|
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剪定終わる

今朝、起床するとすぐに隣家との境の剪定にとりかかり、朝食まえにすべての剪定作業(庭木)を完了する。
そんなわけで今朝の「天童の家」のアップが遅れてしまった(ごめんなさい)

そういうことで、剪定については少し書くつもりである。
まず、とりあえず今日のぶんだけはアップしておこう。
朝食後にホッとした気分で、久しぶりでカメラを持った次第である。

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一昨日には、今日の3倍ほどの収穫があった。
なか1日おいての収穫である。思ってた以上によく穫れるなぁと嬉しくなる。

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今の気温30度、晴 いつまでも暑い日が続くなぁ


  1. 2011/09/15(木) 12:15:05|
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鉢呂前経産相の発言


鉢呂前経産相の「発言」について、13日の朝日新聞は4カ所で報じている。
一つは、社説で、次のように言う。(抜き書き)
  鉢呂氏は福島第一原発の周辺自治体を「死のまち」と表現し、陳謝、撤回した。
  たしかに人影のない地域だが、国策として原発政策を進めてきた立場の人物としては、原発事故の被害者への配慮を欠いていた。
  そのうえ、非公式の取材で記者団に「放射能をつけちゃうぞ」と、服の袖をなすりつけるようなしぐさをしたことも表沙汰になった。
  担当閣僚として、あまりに緊張感を欠いており、辞任はやむを得ない。
  
二つは、「声」欄で、次のようである。
  鉢呂氏の発言 非難は的外れ   石渡靖政 神奈川県鎌倉市 70
  鉢呂吉雄経産相が福島視察後の発言をメディアに問題視され辞任した。だが、果たして辞任に値するような発言だろうか。
  特に「残念ながら市街地は人っ子一人いない。まさに死の町という形だった」という発言は、深刻な事実を率直に表現しただけではないか。
  言葉の裏にも避難住民を侮蔑する気配はみじんも無い。ではチェルノブイリ周辺を「死の町」と報じたメディアはなかったのか。
  「放射能をつけちゃうぞ」も非公式の場でじゃれただけの話ではないか。
  
  私も東日本大震災の被害者だ。宮城県山元町にいずれ永住するために家を買い、約18年行き来していた。だが、家は津波で一瞬にして全壊した。
  震災後も行くたびに被災時と変わらぬ悲惨な町の状況を見て、まさに「死の町」だと感じた。

  私が今回の鉢呂氏の発言を聞き、改めてこみ上げてきたのは安全をなおざりにして原発を推し進めてきた者たちへの怒りだ。
  政治家や官僚、電力会社、学者たち。非難されるべきは事実を語った鉢呂氏ではなく、「死の町」を生み出したこれらの者たちのはずだ。
  その責任追及こそメディアの仕事ではないのか。

  政治家の悪意のない素直な表現にまで目くじらを立てていたら、だれも真実を語れなくなり、現実に即した政治などできなくなる。
  横並びで揚げ足とりばかりする昨今のメディアの報道姿勢には強い不信を感じる。

三つは、オピニオン 耕論 震災から半年 フクシマの希望(抜き書き)
  自分の足で歩くしかない   藤原新也  写真家・作家
  今マスコミはその矛先を本丸ではなく、あさっての方向に向けている。鉢呂吉雄前経産相の問題がよい例だ。
  福島第一原発の周辺を「死のまちのようだった」と話したことの、どこがおかしいのか。ありのままだ。
  死という言葉が福島県民の神経をさかなでする、という差別用語への過敏が、事実すらも排除してしまう。
  「放射能をつけちゃうぞ」という記者との瑣末なやり取りを、重箱の隅をつつくような記事にする神経も尋常ではない。
  まるで小学校の反省会の「言いつけ」のようなものだ。胆力の衰えた幼稚な報道で能力未知数の政治家がたちどころに消えるのは、国民にとってただただくだらない損失だ。

四つは、在京新聞・通信社が報じた鉢呂氏の発言(抄録) 社会面から
  朝日新聞  記者団に「放射能をつけちゃうぞ」と発言。記者の1人に、着ていた防災服をなすりつけるような」しぐさもした
  読売新聞  防災服の袖をくっつけるしぐさをし、「ほら、放射能」と語りかけた
  毎日新聞  毎日新聞の記者に近寄り、防災服をすりつけるしぐさをして「放射能をつけたぞ」という趣旨の発言をした
  日経新聞  報道陣の1人に防災服をすりつけて「放射能を」つけてやろうか」と冗談まじりに述べた
  東京新聞  報道陣の1人に防災服をすりつけるしぐさをし、「放射能をうつしてやる」という趣旨の発言をした
  産経新聞  記者に防災服の袖をすりつけるしぐさをし「放射能をうつしてやる」などと発言
  共同通信  報道陣の1人に防災服をすりつけるしぐさをし、「放射能」をうつしてやる」という趣旨の発言をした
  時事通信  記者のうちの1人に防災服の腕の部分などを近づけ、「放射能を付けたぞ」との趣旨の発言をした

  鉢呂氏の発言は、8日午後11時20分ごろ、9日午前、新聞やテレビ・通信社は鉢呂氏の「放射能」発言を報じなかった。
  だが、その日午前の記者会見で、鉢呂氏は原発周辺自治体を「死のまち」と表現。野田佳彦首相は9日昼すぎ、「不穏当な発言だ。謝罪して訂正してほしい」と語り、鉢呂氏は同日夕に発言を撤回し、謝罪した。
  「放射能」発言を最初に報じたのはフジテレビとみられる。9日午後6時50分過ぎ、鉢呂氏の失言関連ニュースの最後に「防災服の袖を取材記者の服に」なすりつけて、『放射能を分けてやるよ』などと話している姿が目撃されている」と伝聞調で伝えた。

新聞を読み、こうしていろいろな記事などを写していると、なんだか知らないが(怖いなぁ)との気分になってくる。
自分の気持ちとしては、藤原新也氏のそれに同調する。藤原氏の写真・著作の愛読者だからだろうか(笑い)

*
今朝の気温23度、晴


  1. 2011/09/14(水) 05:31:44|
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ヒカリノオト


       県外へ避難する子の荷の中へ机の名札を剥がして入れぬ        福島市・渡部かつ子

       ヒマワリはかなしき花となりにけり汚染の土地にあまた咲きいて    福島市・美原凍子
       木漏れ日の下で瞼を閉じおればヒカリノオトに秋ガキテイル      福島市・美原凍子

       幼子ら希望を掴む両手出し体内被曝量測らるる            福生市・斉藤千秋

       平和てふ幸せにゐて南瓜煮る     島原市・三好立夏

       放射能塗れの土に父埋める     いわき市・馬目 空

       総理には桃の悲しみ分かる人    名古屋市・富山貴政

          以上は、朝日歌壇・俳壇(11日付)より

同じ紙面に「うたをよむ」というコラムがあり、次のそれを面白く読んだ。書き写す

  類 句...選者もつらい      稲畑汀子
 類句の問題は短詩型文学、十七音の短い詩である俳句にとって、宿命のようなものである。
 どの新聞にも投稿俳句の欄があり、最近では俳句を募集し、大会で表彰する様々なイベントが増えているから、ますます問題が深くなっている。
 我々俳人は自らの句に独創性を持たせるために努力している。
 
 同じものを、同じ見方をすれば、同じ表現が生まれても不思議ではないが、同じ着想でも違った面を見て詠んだ場合は、類句とは言い切れない。
 前に作られたいい句が頭にあり、それがふっと口について出て、自分の句になる場合もあるだろう。
 しかし、盗作や故意に類句を作ることは言語道断である。

 調子の良すぎる句はそういう場合が多い。そのような句が紙面に載ると、たちまち投書が来る。
 選者が過去のいい句を全て記憶しておくことは不可能である。どこそこの俳誌に載っていた句と言われても、全ての俳誌に目を通すわけにもいかない。
 結局その俳句を見て、作者の感動が本物か偽物かを、選者の心と経験で判断するしか仕方がない。選者もつらい。

 作者は神経質にならないで、その時その時、真摯に感動ををこめて作ってほしい。
 たまたまその俳句が類句であれば、自分の句帳にだけ残して捨てればよいのである。
 読む側も、表現や内容が似ていても、それらの句が本当に類句かどうか、識別できる力を養ってほしい。(俳人)

*
今朝の気温23度、晴
今度はフランスで核施設の爆発!


  1. 2011/09/13(火) 05:35:13|
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大震災から半年

9月11日は、東日本大震災から半年経った日である。
それを強く意識していたが、自分の暮らしはいつもと同じで、朝食前から裏庭木の刈り込みをやる。朝食後もやって檜2本と欅1本を逐わす。
こんな、なんでもない日常がむしろ(ありがたいなぁ)なのである。

昼食を早めに摂り、横になる。
「山寺学講座」に行く予定なので、ちょっと休憩のつもりだったが、へへ やはり疲れているのか眠ってしまう。
それでも遅刻することなく受講できる。

「山寺立石寺創建の謎」 ~大和朝廷の東北経営と天台宗寺院の配置~
 講師は、元天童市役所職員 長瀬一男氏
立石寺は、貞観2年(860年)12月8日、清和天皇の勅願所として、円仁によって創建された。立石寺は、後世になって比叡山の別寺として、あるときは、僧坊三百余り、千四百二十石の朱印地をもった天台宗屈指の名刹である。

長瀬氏は、上の説に大きな疑問をもって、調べはじめた。その結果報告である。
詳しいことは割愛するが、なかなか面白く、楽しい話であった。

講座から戻り、定期の買い物をしに妻と出かける。
夕食後は、大河ドラマ「江」を観る。
9時からNHKスペシャル「巨大津波 知られざる脅威」を息をのみながら観る。あの津波火災のそれは、まさに恐怖!
毎日の穏やかな暮らしの対極にある地獄

平凡な日常茶飯時がなんとも(ありがたいなぁ)と強く思う。

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今朝の空

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今朝の気温22度、晴


  1. 2011/09/12(月) 08:00:04|
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