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運転許可

運転可能に

日曜以外、毎日 妻の通院につき添った。術前処置や術後のしばらくの間、車が運転できないのだからしかたない。
しかたない、という言い方はないかなぁ。通院がイヤとか厄介なわけではなく、妻と一緒だから退屈もしない。(笑い)
さいわい、手術はうまくいき、経過も良く、30日の受診時に運転の許可がでた。「近くなら(運転も)いいでしょうって言われた」と、妻が報告する。

妻は 2週間ぶりで運転ができるようになった。「パパには苦労をかけた。ありがとう」妻の言葉が、へへ 照れくさい気分である。
「力がね、若芽が生えてくる、芽生え時のような力がわいてくる」妻にしては似合わない文学的な表現なので 可笑しい。
「ほんとよぉ! 目が見えるくなったら、なんだか 力がぐんぐんわいてくる。若芽、若葉かな、それが伸びるときのあの勢いと同じ力が感じられる。ほんとよ!」
妻は、納得しない顔でいる私が不満のようで、繰り返し言う。
「ママの言うこと、分かるよ。そういう気分なんだね」
「気分なんかじゃない! 実際に力がわいてくるのよ」

手術で、ものが鮮明に見えるようになった。そして頭(精神)も清明になって、「(世界は)こんなにきれいだったんだ」と言う。
っふふ、それだけでなくて、力(それが具体的によく分からないが)がわいてくるのだと繰り返して言う。
視力の回復は、単に映像が鮮明になるというだけでなく、心持ちを明るくスッキリさせ、さらに力(生命力とでも言えようか)をも旺盛にする。
うう、なんとも(凄いことだなぁ)と嬉しくなり、感動を覚える。

副作用とか、なにか不具合が生じたというのは困るけれど、それはなくて(いいこと)だらけなのだから嬉しい。それは 素直に喜びたいと思う。
ただ、日中の寝室が明るく感じるようで、障子からの光を遮るように風呂敷をカーテン代わりにピンで止めている。それがなんか滑稽に思われる。
ハンガーに掛けてある衣類をさらに障子の前に吊り下げると、「パパ、グッドアイデアだぁ」と言うので、っふふ 二人で笑い合う。

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5月が今日でおわり、明日から6月なんだなぁ



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  1. 2011/05/31(火) 06:14:27|
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「いわき」が恋し


       はるばるとカップ麺来たるハングルもタイ語も読めぬが湯を入れて待つ    仙台市・武藤敏子

       原発を逃げて浅間に一ヶ月みなさん優し「いわき」が恋し         いわき市・馬目弘平

       トラクターでほうれん草を砕きいる友は風評に黙して耐うる         群馬県・眞庭義夫

       かまどには昔神様おりましていま原子炉に神はいますか           東京都・無京水彦

       華やかに水に解かれし金魚かな     横須賀市・佐藤博一

       たましひを空つぽにして髪洗ふ     相模原市・田中 仁

       放射能田植を奪い牛を奪い       八王子市・樋口雄二

       福島がフクシマとなり夏来る       金沢市・前 九疑

             以上は、朝日歌壇・俳壇(30日付)より

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今朝の気温10度、晴


  1. 2011/05/31(火) 06:07:11|
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術後の変化

嬉しい変化

妻の白内障手術後の経過は順調である。働いてもよいとの許可がまだ出ないが、肥料の買い出しや仕事の段取りをいろいろ考えているのが分かる。
「パパ、ビニールとネット どっちを先にやったらいいのかなぁ」妻が問いかける。
ビニールは 雨によるさくらんぼの実割れを避けのためのテントであり、ネットは 鳥避け用のそれである。
「ママはどう考えてる?」
「ネットを先にやったらいい...... かなぁ。ビニールを張ってからだと(ビニールを)破る心配もあるし...... 」

「ママの思ってる通りにすればいい。ママが考えてることに間違いないだろう」笑いながら応じる私。
でも、私の本音は、テント張りを先に済ませたいのだった。先にネットをすれば、どうしてもテント張りの邪魔になりやすい。
最初にいちばん難儀なビニールテントを張ってしまった後に、ゆっくりネットを張ればいいと思ってた。しかし、妻が言うようにやっても大きな支障はない。

「パパの考えは、ね ちがうんでしょ! 私の言う通りでいいと言う、目から下は笑っているけど、目から上は怒っているのが分かる。パパはムリして私に合わせようと笑っているのよ」
「そ、そんなことはない!」慌てて私は言う。(妻は、私の本音を見透かしている)と内心 驚く。
「パパ、私ね、手術したら、なんでもよく見えるようになった。パパの顔もよく見える。だから分かる! パパは私に合わせようとしているのが分かるのよ」
「へへぇ 怖いなぁ そんなふうに見えるようになったのかぁ...... まさか」私は大きな声で笑う。

「パパ、ほんとのことよ! ものがはっきり見えるようになって、頭のぼんやりもなくなってスッキリ。パパのほんとの気持もちゃんと見える!」
「うう こわい! そこまで見えるのかぁ」
「そう! 世界がすっきり明るくなって、こんなにすばらしく見えるんだもの...... こころもスッキリ明るくなった。だから見えるのよぉ」
妻はウソを言ってるのではないなぁと思う。たしかに妻の言うとおりなのかも知れない。

鮮明に見えることは、素晴らしいことかも知れない。しかし、よく考えるとね 疲れないだろうかと心配してしまう。
見えすぎる、というか、過ぎることは精神衛生上あまりよくない、のではないのかなぁ...... と。
適当に見え、見え過ぎないくらいがよいのではないか? (笑い)

妻の顔つきが、手術後、少し変わってきたような気がする。どんなふうにと問われると、うまく表現できないのだが、しまりが出てきたというか、なにかが確かに変わってきてる。
それが「目付きがわるくなった」というようなものでなく、それとは逆の佳いかわりようなのである。
永年 添ってきた妻なのに、なんかこれまでの雰囲気となにかが変わったなぁと思えてならない。

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今朝の気温14度、雨


  1. 2011/05/30(月) 06:45:14|
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歴史ロマン


今日のそれは、いつものブログと少し毛色がちがう。
以前は、時々こういう内容のを書いたのだが、ここしばらくなかったなぁ
面白いとか感動したというそれではない。面白くも可笑しくもないものなので、お急ぎの方はパスして、お先にどうぞお進みください。

28日、午後7時から 当町内公民館で出版記念講演会があった。
講師は、山寺にお住まいの元教師 新関孝夫氏で、5月1日に「六人衆伝承を探る」を出版した著者である。
蛇足だが、新関さんとは 散歩道で馴染みの方でもある。

まずはじめに、そもそも「六人衆」とは何かを説明しなければなるまい。
「六人衆」とは、山寺(宝珠山立石寺・天台宗)を開基した円仁和尚(慈覚大師)に従ってきた六人(石堂・奥山・今野・高柳・富樫・元木)で、大師入定(逝去)後は、荻野戸に止まって諸事相勤めと言われている。
山寺開山とその後の歴史に関わって、現在の「上荻野戸」へ至ってるわけである。

新関氏の話は、いわば「上荻野戸」の歴史を語るもので、聞く者にはまことに快く響く先祖の姿、誇りが明らかになる。
「上荻野戸」に住んでる人には、たいてい一度は聞いた話ではあるが、このように出版という形で世に出て、読まれることにわるい気がしない。(笑い)
この度の講演で、(おっ?!)驚いたことが一つある。その部分を著書から引き写すと下のようになる。

 渡辺郁子氏著「最後の遣唐使副使を蹴った男 小野篁」でつぎのように語っている。
 円仁は、広く仏道と天台の思想を広め、民衆の救済につとめた。(略)つまり、円仁は最澄の意思を引き継ぎ「人民の福利」と「鎮護国家」の建設に仏教を顕現したのあった。

新関氏は、渡辺郁子氏からの私信をも紹介している。それがなんとも興味深い。
 
 円仁和尚(慈覚大師)の入寂(死去)を知った六人衆は、円仁和尚の慈悲に救われ、円仁和尚を御仏と縋り、(略)
 比叡山では、その偉業からして、比叡山にて全山総出の告別ののち、全ての法要終了後、遺骨の一部と刻像を元の金棺に納め、多くの僧と村人に守られ、立石寺に帰った。
 比叡山延暦寺としても、これらの全ては隠密裏に済ませ、一切の記録を残さなかったのです。

 どんな難儀が振りかかろうと、円仁和尚の御遺骨を山寺に連れ帰り、親から子へ、子から孫へと語り継ぎ、守り、供養を怠ることなく今日の伝承になっているのではないでしょうか。

 この渡辺氏のロマンである「村人」に六人衆を重ねて思う時、円仁和尚の山寺入寂(入定)伝承ロマンが、一層輝きを増すことになるのではないでしょうか。

新関氏は、六人衆が金棺を比叡山から山寺まで運んだ道筋についても具体的なルートをあげて語る。その語り口には、うふ 新関氏のロマンが漂う。
氏の講演を拝聴しながら、72になる男の胸にもね ふつふつとロマンがわきあがるのを覚えるのだった。(笑い)

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直上が新関氏



  1. 2011/05/30(月) 06:27:28|
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Pさんの田圃で

昨日の散歩で Pさん家の田圃で田植えが行われてた。
家族総出での田植え。昔は全員が田圃に入って苗を植えた。
だが今は機械がやってくれるから、家族は見守っていればいい。

田植えは、だいじな作業だから家族総出で田圃にでかける。
でも、田圃は団欒の場になっているように見えた。
その情景を並べる。

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今の気温20度、雨


  1. 2011/05/29(日) 13:49:18|
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庭に咲く

「天童の家」庭に咲く花 画像フォルダーの底に残ってる 
捨てるに捨てられず、未練がましくエントリーする(笑い)

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今朝の気温16度、雨 植物たちには慈雨であるなぁ


  1. 2011/05/29(日) 06:38:01|
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コシャクの花

天童辺りでは、コシャクというよりヤマニンジン、またはサワニンジンなどと言う。
春真っ先にでてくる食べられる山野草である。ただし食べ過ぎると下痢するので要注意!(笑い)

散歩道脇は今コシャクの花盛り
昨日の散歩で撮ったので並べる

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今朝の気温16度、曇



  1. 2011/05/28(土) 05:33:52|
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教えて!

今日の散歩でも、いろいろなものに出合った。
歩きはじめるとすぐ左側にヒョウタンボクの花が咲いてる。スイカズラにとても似ている花で、私は久しくスイカズラの花と思っていた。
ヒョウタンボクは蔓性ではなく、スイカズラよりはずーっと早く咲く。この花の蜜を吸いにウスバシロチョウが集まってくる。
先日、存分にウスバシロチョウを撮ったので、今は脇見で通り過ぎる。(笑い)

次にハルジオンの花で吸蜜してるベニシジミを見る。今年はすでに幾度も見ているが撮影はまだなのでカメラを向ける。
モンシロチョウ、ウスバシロチョウ、ベニシジミ、そしてもう少し後程にはジャコウアゲハも目にする。
川向こうを仙山線の電車が走ってく。景色はもう新緑が濃くなって、吹く風が気持ちいい。

(おぉ! ニセアカシアの花!)今年の初物の花なので迷わずカメラを向ける。
いちばんに咲く花を見ると、やはり(今年もよく咲いた!)との思いがつよく、なぜか嬉しくなる。
フジの花(ノダフジ)も咲き揃って、吹く風にきれいに揺れている。うふ、またカメラを向ける。

毎日のように歩いてる散歩道だが、日毎に何かしら新しいものを見る。
孟宗竹も次々に出てくるし、緑が驚くほどの速さで濃くなってパステルカラーから水彩の緑、やがては油彩のそれになってくのだろう。
合歓の木などは、まだやっと芽吹いたばかりというのもあるから、すべてが一斉に芽吹くのでもないのが分かる。

散歩の最後近くになって、クワゴのようなそれを見つける。(いちばん下 2枚の画像)
はじめクワゴだ!と思ったが、よく見るとちがう! 実の形はクワゴのように見えるが、桑とは葉と木肌がちがう。実もクワゴとは明らかにちがう。
うう、なんという木だろう? 樹木ガイドブックを開いてみたが、分からない。
どなたか知っておられる方、教えてください。お願いします。

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今の気温21度、曇


*
追加

コウゾ

  Re: 教えて! サザン・クロス - 2011/05/28(Sat)
こんの様、お久しぶりです。
コウゾの雄株では???
菊池水源の遊歩道の脇にも見かけたような気がします。

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    Re: 教えて! 九十九とヒトツ - 2011/05/28(Sat)
皆様、こんにちは。
コウゾは雄雌同株のこともあります。画像の段階は花が開く前の蕾です。
近くに雌花の蕾または花があったかも知れません。開花していれば赤く見えます。
葉の色がすでに赤から緑に変わっていますので開花直前とみてよさそうです。
ヒメコウゾというものもありますが、異種なのか同じものであるかは確認していませんが、ヒメコウゾは雄雌同株と聞いています。

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以上は、阿蘇望亭さんのBBSの写しである。

  1. 2011/05/27(金) 17:45:04|
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春と秋のちがい


見出しを「春と秋のちがい」としたが、うう 季節の違いを目論んだわけではない。
春になると、真っ先に「花便り」を発信するのは南国の暖かい地方に住んでいる方である。
それを目にし、(あぁ、南国はいいなぁ)と思い、春の遅いみちのくにいるのをせつなく思うことがたまにある。

ブログやBBSでまず取り上げるのは季節を象徴する花や風物であろう。
それを見て、(あぁ、今年もまた春がきたなぁ)と年の巡りを思い、感慨にひたる。いえばある感動が得られる。

感動、または共感をよぶにはいろいろな条件がある。人のこころはある一定の条件が充たされると感動する。
一つは、斬新であること。ユニークさが人を嬉しがらせ、こころを弾ませる。逆にいえば、どんなにきれいな花でも何度もみているとだんだんに(美しい)と思うこころがうすれてしまう。
そういう意味では、その年の初物は、(わぁっ!)と思ってみるし、(今年もまた見られた)と嬉しくなる。陳腐は人をうんざりさせるものだ。

創造性もだいじである。斬新さと通底するが、かって見たこともないものは、人の興味をそそる。
(あぁ、こんなのがこの世にあるんだなぁ)とか、(こんなことは思ってみたこともなかったが、なるほどこういう考え(もの)もあるんだなぁ)と驚き、嬉しくなる。
似たようなものをいくら数多く並べられても、感動はわかない。独創があって、意外性があることが人の心を揺さぶる。

意味性と言おうか、その作品のなかに深甚な意味、または情念、あるいは伝えたい想いが色濃くなければならない。
単にきれいだけでは人は感動しない。その作品や情景の中に、作者の熱い想いが込められ、それがうまく表現されているかどうかが重要である。
作者の想いが、作品を通して表現されているかどうか、伝えたい、表現したい内容が感じとれるかも重要である。
斬新さ、独創的だけでなくて、さらに意思伝達の内容が意味深く、それを表現する技術が確かでなければならない。
そうした要件を充たしていれば、詩・音楽・絵画・劇・写真・物語・踊りなど いわゆる芸術がそこに成り立つはずだ。

ん? はじめのそれから、ずいぶんと脇道にそれてしまった。
そう、写真にも人のこころを動かすには(はじめて)が大きく左右すると言いたかったのである。
そういうことでは、春が早い南国のみなさん方の作品を、ね っふふ、北国の私は指をくわえているしかない。(笑い)
みちのくに春がきて、やっと感動にみちた花々や情景にカメラを向けられる時には、人々の目には、もう見飽きたものになっている。

と、ところが、秋は北の方(または高山)からやってくる。真っ先に秋の情景が発信できるから、嬉しくなる。
へへ 春と秋のちがい...... ということになる。それを書きたかっただけ......  な、なんとも可笑しい今日のブログであるなぁ

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今朝の気温15度、曇


  1. 2011/05/27(金) 05:27:18|
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鮮 明

鮮明に見える

手術の翌日、大きな期待と少しの不安を抱きながら受診した妻が、眼帯を外して笑顔いっぱいで私の前に立つ。
「両目ともきれいだと言われた」と報告する。
「きれいに入ってます。」術後回診で 医師からそう言われたので 安心していた。......が、それでも眼帯を外すまでは少し心配だったという妻の気持ちが分かる。

両方(手術を)終わって、前と後ではっきりとちがうことが3つあると言う。
一つは、ものが鮮明に見えるようになった。
二つは、頭のもやもやがとれてスッキリした。
三つは、蚊が飛ぶようなうるさいものが見えなくなった。

「見え過ぎるくらいはっきり見えて、なれないせいかちょっとこわい気がする」と笑う。
(そうかもしれないなぁ)と分かる気がする。
妻のようすを見ると、うふふ なんだか活き活きして感じられる。話しぶりが10歳くらい若返ったような感じである。(笑い)

混濁した水晶体の内容を取り除いて、そこへレンズを填め込む手術で、ね こんなにも視力が回復し、さらに気力というか、こころもちまでよくなった。
なんともありがたいことである。
技術的には複雑な手術ではない。血管や神経が直接には関与しない。水晶体という小さなそれにレンズをうまく填め込むだけである。
医師は、だから端的に「きれいにできました」と言い、また「きれいに入ってます」と言う。

妻は、腰に手をあて、じーっと池を見ている。
これまで眺めてきた池と、術後に見る池は、同じものとは見えないようだ。「金魚たちが小さくて可愛い」はじめて見るようなことを言うから可笑しい。
これから以降、目にするものがみんな鮮明に見え、ある種の感動さえ覚えることだろう。
そういう意味では、ね 人生観が変わるかもしれない。へへ 大袈裟かなぁ

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今朝の気温14度、晴



  1. 2011/05/26(木) 09:01:13|
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柳 絮

柳 絮(りゅうじょ)

nakamuraさんの「土のうた」5月14日は、タチヤナギ であった。
その中に、次のような文が読める。

   そして、連休の時(2011.05.04)の状態は実が熟し、綿状のものが旅立っていました。
   早いものです・・・。
   付近は雪が舞っているような錯覚を覚えたものです。

それに私は下のコメントを書いたのだった。
   >実が熟し、綿状のものが旅立っていました
 
   あぁ 柳絮(りゅうじょ)ですよね
   散歩道でも、まるで雪が降ってるように飛びます
         Posted by こんの at 2011年05月14日

25日の散歩道、うう その柳絮がひっきりなしに飛んでる。
「雪が降ってるように飛びます」と書いたけれど、それを撮るのはなかなか難しい。
(ダメもと)で、三脚なしの手持ちでやってみる。

さくらの花が散るのを撮るよりも難しい。
さくらのように一気には散らない(飛ばない)のである。
「雪が降る」よりはもっとまばらに横へ流れてく。

やはりまともな画像がゲットできない。
証拠?写真にもならない。手ぶれのそれは(イメージ画像)ということで... (笑い)
でも、肉眼で見るかぎりにおいては、なかなか風情のある柳絮である。

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白い点々(柳 絮)がそれ (笑い)

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  1. 2011/05/25(水) 20:44:29|
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海と暮らす人々

妻の白内障の手術、右目も無事におわった。結果は、これから受診し明らかになる。
手術後の回診で、「うまくいきました」との言葉を聞いた。
きっと「きれいな世界」が見えることだろう。

術前処置をうけ、手術までの3時間ちょっとを妻はテレビを観、私は読書しながらすごした。
前回、妻はテレビを観なかった。今回は「観る」余裕ができたようである。私は、安心して読書に専念できた。
「三陸海岸大津波」吉村 昭著 文春文庫を読みはじめる。

吉村 昭は、今度の 3.11 知らない。もし、知ってるとしたら、どう書くのだろう?
主に明治29年の津波と昭和8年の津波、それに昭和35年チリ地震によるそれを書いている。
が、読んでいて古さを少しも感じない。むしろ、新しいと思うから不思議である。

今回の 3.11 と重なって(あぁ、そうなんだぁ)と納得してしまう。
志津川町(現南三陸町)、大槌町、唐桑村(現気仙沼唐桑町)、田老町、釜石町(現釜石市)、女川村(現女川町)など、当時の被災状況詳しく書かれている。
一部を次に転載する。

田老町の牧野アイさんのことを次のように書いている。
  (前略)叔父さんとともに 家族の死体探しにつとめた。アイさんの父と祖父が死体となってまず見つかり、ついで妹の静子さんの遺体が南方の海岸に漂着しているのが発見され、与一氏は(アイさんの叔父)その三個遺体を並べて土葬した。
  が、母、叔母、弟惣吉、妹せんの四名の遺体は、その後沖に押し流されたのか発見もできなかったという。
  津波によってすべてを失ったアイさんの生家は、破産した。そして孤児となったアイさんは、田老村の叔父の家に引きとられ、その後(略)
今回の 3.11 でも、似たような第2、第3のアイさんがいることだろうと思うと、なんとも切ない。

あるところでは次のようにも書いてある。
  中央各省でも被災県と緊密な連絡をとり、救援活動を開始した。たまたま国会の開催中であったので、衆議院では議員一名につき十円(昭和8年のこと)の寄付金を集めて(略)
  衆議院・貴族院では、被災地救済の諸提案がすべて満場一致で可決、各種税金の減・免・猶予等をはじめ、食料、衣類、寝具、住宅材料等の無料配布や、(略)
それを読むにつけ、現在の国会中継のそれはなんとも嘆かわしく思われてならない、と思うのは私一人だけだろうか?

文庫本は191ページと比較的薄いものである。しかし、中味は濃く、いろいろなことが考えさせられる。
妻に付添ながら、妻が手術室から戻ってくるまでに読了したのだった。
妻の右目の眼帯も外され、両目が開く今日、きっと清明な世界が開けてくるだろう。と思うとね 嬉しい気分がわいてくるのだが、一方ではやはり 3.11 のことが気になる。
うう、それはそれ、これはこれと上手に割りきることも必要なことかも知れないなぁ

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今朝の気温16度、晴


  1. 2011/05/25(水) 05:22:28|
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植うるとは



       馬鈴薯の種芋に土被せつつ日常失う悔しさを思う         山形市・渋間悦子
田畑仕事をしたい。それができない辛さがね 同じ農業をやってる者にはよく分かる。

       ふるさとは無音無人の町になり地の果てのごと遠くなりたり    福島県・半杭螢子

       ランドセル負いたる遺体抱きしめて自衛隊員泥沼の中       浦安市・白石美代子

       終わりなき八十八夜の余震かな      久慈市・和城弘志

       カーネーション届き私は母とかや     彦根市・阿知波裕子

       植うるとは大地にいのち託すこと     新潟市・伊藤 敏

            短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(23日付)より


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日が照ってきた


  1. 2011/05/24(火) 08:53:48|
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きれいな世界


今日は、妻の右目の手術日である。白内障の手術は日帰りでいいのだが、生体ににメスを入れるわけだから、それなりの負荷がある。
孫は可愛いくて「眼に入れても痛くない」などと言われる。あくまでも言葉上のそれで、「冷や汗三斗」と同じ線上にある大袈裟な言い回し。(笑い)
現実的には、ゴマ粒大のゴミが入っても、その痛さ・異物感は我慢できるものでない。
「目は口ほどにものを言い」とも言われるほどいろいろなこと(情・意)を内包し、表現する目。なによりも繊細な器官である。
耳がわるいのと、目がだめなのと、どっちが辛いか?などというバカな比較はなりたたないが、目の不具合は、こころに大きな影響を及ぼすのは間違いない。

先日(18日)、左目の手術をうけ、その結果はよくて、回復も順調であるのが嬉しい!
手術自体、そして術後の疼痛もなく、妻にとっては右の手術も早く済ませたい気分なのが分かる。
左と右目の視力のアンバランスが、距離感をうまく得られなく戸惑ってる。右目の手術が済めば、バランスがとれ、負担もなくなる。
そういうことでいえば、左目の時の気持と、今回のそれとは大きく違って、ね 今日の日を明るい気持で待つようになってる。

「日中 こんなにテレビを観たことがなかった。いろんなことを放送してるのね」1回目の術後、5日間をゆっくり休んだ妻が言う。
そう言われれば、(そうだなぁ 妻が日中にテレビを見てる姿、なかったなぁ)と思う。もう少しゆったり暮らしたらいいのにと思い、そう言ったこともある。
だが、妻はなかなかそうしなかった。今回はからずもゆっくりと観たという。うう やれやれである。
児童クラブの総会も15日に終わったし、学童保育の勤めも7月いっぱいで辞める。妻には、ゆっくり・ゆったりした暮らしをさせたい。

さくらんぼの収穫が終わるまでは、ちょっと忙しいが、それが済んだら二人してのんびり温泉につかりたいと思う。
3.11 後があるけれど、自粛は忘れないけれど、それなりの保養(慰労)は許されることだろう。

娘は、息子(中学1年生)の担任教師の家庭訪問があって今日見舞いに行けない(来られない)といい、次のようなメールをくれた。
  お父さんが付いていてくれるから、お母さん大丈夫ですね。
  よろしくお願いします。
  また、連絡します。

うふ、そう 私がちゃんと付添うから任せなさい。ダイジョウブだよぉ
妻が、「きれいな世界」をとりもどすための戦いにいざ出陣!(笑い)

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今朝の気温13度、曇


  1. 2011/05/24(火) 05:24:00|
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ウスバシロチョウ 2

順序を後先にすればよかったかなぁ...
先にアップした方が正攻法で撮った画像(笑い)
その2は、おまけの画像とでも言えばいいのかなぁ
とにかく並べる

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うう 上の画像から、下のそれへ至る過程にはもっと数多くのシーンがあるのだが(もちろん撮った)
それはあまりにも煩わしいので、割愛した。どうか想像してくだされたし(笑い)

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と、まぁ 散歩をそっちのけにして、ね 撮影を楽しんだのでした



  1. 2011/05/23(月) 15:20:40|
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ウスバシロチョウ

今日の散歩で、ヒョウタンボクの花に吸蜜にきてるウスバシロチョウを撮ったので並べる

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今の気温19度、晴


  1. 2011/05/23(月) 15:02:01|
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山菜賛歌

21日のブログに、散歩道脇でワラビを採ってる人の画像をならべた。
この日 コメントしてくださった nakamuraさん、阿蘇望亭さんが次のように書いてくださった。

  ワラビ狩りのシーズンなんですねえ。
  ワラビ狩りも土地柄が感じられます。
  天童は河原でよく太ったワラビが!
  阿蘇は草原でのワラビ狩りなんですが、一般的には細いワラビが多く、太ったワラビの在処はそれぞれ他人には教えないようですヽ(^。^)ノ
       2011/05/21(土)   阿蘇望亭

  こちらはワラビも大きくておいしそうですね。房総はそろそろ終わりです。
       2011/05/21(土)   nakamura

「天童の家」では、文と画像を等価に考えている。
コメントは、文についてでも、画像に対してでも、かまわないと思っており、なにでも良いのでコメントしてもらえればありがたい。(笑い)

阿蘇望亭さんのそれに「天童は河原で」「阿蘇は草原で」と書かれてある。
(あぁ、阿蘇のあの広大な草原がワラビ狩りの場所になるのだなぁ)と懐かしく思い出した。
...... で、「天童は河原で」ワラビを採る、それについて若干の説明が要ると思ったわけである。

田植えの頃が近づくと、ワラビ が気にかかるようになる。ワラビは河原でも田圃や畑の畦道などにも生えてくる。
でも、本格的に採れるのは、やはり里山である。
里山といっても、いわゆる豪雪地帯の里山で、「ワラビ園」の多くは小国とか尾花沢など積雪の多い土地にある。

話がすこしズレるかも知れないが、今 小学校PTA と婦人会がタイアップして資源回収(雑誌・ビールビン等)を行い、それで得た金で図書やスポーツ用具を買っている。
一昔(いやもっと以前)前は、子ども達が近くの山へワラビ採りを行い、それを売って図書や運動用具の資金源にしていた。
みちのく雪国の里山には、太くて元気のいいワラビがたくさん採れる。
そういえば、学校では「落ち穂拾い」「いなご捕り」もやった。特にいなご捕りはいい資金源であった。

今、問題になるのは、遠い他所から車でやってきて、せっかくのそういう資金源をかっさらって行く人々の存在である。
「ワラビ園」があって、いくばくかの入園料を払えば、迷惑もかけずにワラビ狩りが楽しめるのだが......
さくらんぼ泥棒がいる世の中だから、山菜としてのワラビなど採るになんの罪悪感もないのだろう。

上のそれ(問題)は、どこにもあるということではない。一般的には、家庭で食する山菜などは、どこで採っても誰にもなにも言われない。
ワラビだけでなく、食べられる山菜は枚挙にいとまないほどであるから、誰でも山菜の季節になれば 採って食べることができる。
ゼンマイや笹だけ(ネマガリダケ)採りで遭難することもないではない。 ...... それは自己責任である。それを踏まえた上で楽しめばいい。

みちのくは、いわば山菜の宝庫である。
ソバは、米食がままならない貧しい人々の主食代わりで、だから美味しく食べられるようさまざまな工夫をした。その結果が「山形のソバが美味い」となる。(笑い)
山菜も似たような意味で、貧しい豪雪山間地帯の人々の暮らしを豊にするために、大事な換金物であり、また食卓を賑やかに彩る季節の食材である。
山菜は、大地からの贅沢な贈り物! とまぁ、うふふ 今日は、山菜賛歌になってしまったなぁ(笑い)

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今朝の気温11度、晴


  1. 2011/05/23(月) 05:43:25|
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慈  雨

  

21日、久しぶりに雨の朝になった。雨脚は穏やかであるが、(あぁ、いい雨だなぁ)と思う。
20日の夕方 里芋・南瓜・ヤーコンの苗を移植した畑に行き、カボチャのフードを取り外しながら(一雨欲しいなぁ)と思ったのだった。
(雨がなければ 潅水しなきゃぁ)と思いながらも、(妻がいないとちょっと面倒だなぁ)と雨を強く待ち望んだのである。

「パパ、今日は雨降りよ」起きがけ、妻に教えられ カーテンを開けて見る。今し方降りはじめたばかりのようだ。
「慈雨だ!」独り言をつぶやく。
「パパ、なにか言った?」
「あぁ、この雨ね、植物たちにはいい雨だよなぁ 慈雨」
妻は、私の顔を見て頷く。

「パパの顔、今までより小さく見える」なにが可笑しいのか、けらけら笑う。今までぼーっと膨らんでた顔が、きりきり締まって見えるのだと説明する。
うう、これは今朝の雨と無関係だなぁ(笑い) 話を戻す。

この時期の雨は、誰がなんと言おうと慈雨である。先に移植した野菜苗への潅水を書いたが、その他にもたくさんの野菜を播種した。
その若芽には、肥料以上のありがたい水分補給である。まだ発芽前の種も土中にある。
さくらんぼの小さな膨らみにも、この時期は大量の水が必要である。2~3日中に降雨がなければ、動噴で潅水しなければと考えていた。
他所の畑では、すでに潅水をやっているのも見ている。

植物には、なんともありがたい雨!である。
もう一つ、ありがたいわけがある。

妻の眼の手術の合間には、除草作業をやってた。これは自走の草刈機でやるのだが、畑の中の駐車場スペース(2カ所)とさくらんぼ畑への長い道。
そしていちばん手間のかかる肝心の さくらんぼ畑の除草は、正直いえば かなりの労力を要する。くたびれる仕事である。
また、さくらんぼの管理もある。今は二つのことをやらなければならない。
一つは、双子さくらんぼの除去(摘果)である。先にもちょっと触れたような気がするが、双子さくらんぼは 曲がった胡瓜と同じで商品価値がない。
もう一つは、病果の廃棄(摘果)である。消毒してもいくらかの病果が発生する。感染するのでそのままにしておけないから見つけ次第に摘果する。
そうした地味な作業が収穫まで続く。
妻と他愛ない会話をしながらやれば、作業も苦にならないのだが...... 一人で、黙々とやるのは辛い。

雨が降れば、仕事は休みだ! うふ、私にとっても今度のそれは慈雨!である。
大手をふって、堂々と休める。(爆笑)

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今朝の気温15度、曇


  1. 2011/05/22(日) 06:43:53|
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きれい


ここ二日間の見出し「きれいにできました」「きれいです」と、「きれい」が続いた。
今日のそれがまた「きれい」なのだから、っふふ(しつこいなぁ)と思われてもしかたない。
元来というか、粘着気質(てんかん性格)なのである。
ん? この他に分裂気質もあるし、そううつ気質も色濃くある。さらにパラノイヤ的なそれは突出している。

「天童の家」の出発点は「感動の共有」であることはしつこく書いてきた。感動したそれを文や画像で伝えたい。自分の感動が原点である。
毎日の暮らしの中で、いろいろな「こと」や「もの」に感動する。そうした感動を覚える一つに(きれい!)がある。
妻の眼科通院のため出かけようとし、ふと何気なしに庭木に目が行く。(あぁ、きれい!)と思う。ライラックが咲いてる。躊躇なくカメラを向ける。
ん? 足元に小さな花が可憐に咲いてる。(可愛い!)と感じる。エビネが笑ってるように思われ、カメラを向ける。

「天童の家」を毎日更新していることが習い性になって、散歩をしながら何かを探し求めている自分に気づく。
いわゆる取材である。マイ・サイトにエントリーできるネタを探しているのである。(笑い)
そういう時は、こころが動かなくてもいろいろな風物(被写体)にカメラを向けることがかなりの頻度で多くある。
冷静な時は、感動しないものにカメラを向ける気がしない。無視というか見過ごしてしまう。
ところが、文や画像フォルダーのストックがなくなると、冷静さがなくなり、なにかに構わずカメラを向けシャッターを切るようになる。
(あさましいなぁ)我ながらそう思う。(笑い)

そうやって撮ってきたのを画像処理しながら、その段階で 感動をともなわないで写したものは、やはり(ダメだなぁ)とはっきり分かる。
その過程で、ダメ画像は捨てられる。これがあるから(救いだなぁ)と苦笑する。

(きれい!)とこころが動くのは、やはり「きれい」なのである。っふふ、この言い回しはおかしいと思うけれど、実際そうなのだ。
(きれい!)と思うその美しさを、どうやって伝えるか ある程度は考えながら撮る。が、なかなか思うようには写らないから困る。
イヤ だからこそ面白いのかも知れないなぁ
とにかく、人にも自分が感じたような気分(感動)を伝えたいと思う。少なくとも(きれい)というかすかな思いでも味わえる画像をと努力している。(笑い)

伝える内容によっては、説明的な画像も要るかも知れない。が、できるだけ少ない画像(できれば1枚に)で表現できたら望ましいと考えている。
そのわけ(理由)は、いろいろあるが、ここでは省略し、いつかの機会にじっくり 持論を披瀝しよう。(笑い)
最低限、どこかに(きれい)と感じられるのをエントリーしたいものだと拘っている次第である。
(きれい)とは、感動にともなう一つの必須条件であると頑なに思っている。(笑い)

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今朝の気温18度、雨   久しぶりの雨 慈雨だなぁ



  1. 2011/05/21(土) 05:51:04|
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「きれいです」


白内障手術をうけた翌日(19日)、午前8時半までに受診するようにとのことで、早めに通院した。
同じ眼帯をしている人が次々に姿をみせる。

「『きれいです』と言われた」妻が受診を済ませて、待合室にいる私に笑顔で報告する。
妻の顔には眼帯がなく、保護メガネをかけている。
「もやもやして、頭の中までもやもやだったのが、ね ちゃんと見えてすっきりしたぁ」
「よかった! そっちも終われば、もっとはっきりするだろう」
「うん、そうよね。『きれいです』と言われて嬉しかった! どうかと少し心配してたけど...... はっきり見える。信号など今まで複数見えてたけど、今はちゃんと一つだし、きれいに見える」
妻の喜ぶ顔を見ると、こちらまで嬉しくなってくる。

それとは少し横道にズレるが、医師の言葉に(面白いなぁ)との思いを抱いた。
手術が終わった時は、「きれいにできました」と説明し、翌日の受診時には、「きれいです」と言ったという。
なぜか「きれい」に拘ってい、医師というより芸術家の言葉のような気がするのである。(笑い)

それでも、医師のいう「きれい」には、分かる気がする。というより 分かるのである。(笑い)
白内障は、水晶体が白濁する病気で、視力が低下する。外見的にも瞳孔部分が白くなってき、いかにも汚い目というか、生き生きさが減じ、まるで死んだ魚の目のようになってくる。
別の言い方をすれば、「きれいでなくなる」のである。医師は、だれよりもそのこと(汚い眼)を知っている。
汚くなるには、二つの姿がある。繰り返しになるが、一つは見えるものがぼんやりしてきれいに見えなくなる。もう一つは、水晶体(瞳孔部分)が白濁し、いかにも汚くなってしまう。

手術をすることで、二つの汚さがなくなり、まさしく「きれい」になる。
執刀者(術者)は、手術が イメージしてるような手順で、結果的にも(きれい)に出来たかどうか自己評価する。水晶体内容を外壁を傷つけずに全部「きれい」に除去でき、またレンズを「きれい」に装着できたかどうか?
その答が、手術後の言葉に反映される。「きれいにできました」「きれいです」
医師も人間だから、不調の時だってある。それはしかたない、というか、人のやることはそういうことである。
数ミリの切開でやる処置(手術)である。失敗は許されないというけれど、人間のやる仕事には失敗が皆無というわけにはいかない。
何処かに不具合が生じれば、それ(手術)は「きれい」でなくなる。手術で乱視をつくってしまうこともある。

妻が聞いた「きれいにできました」「きれいです」は、目的の手術がちゃんと行われたという宣言である。
妻には、いちいちそうは説明しないけれど、そういう解釈で間違いないことである。

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「天童の家」庭に咲くエビネ  下は、言わずと知れたライラック

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今朝の気温18度、晴


  1. 2011/05/20(金) 05:17:43|
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「きれいにできました」


白内障の手術をうけるため、T医院へ着いたのが10時ちょっと前。
一般診療の待合室とは別になっている2階(仕切りで個室仕様になってる)で術前処置(点眼や点滴)をうけながら待つ。
テレビもあるのだが、妻は「観ない」というので、私は持参した『災害がほんとうに襲った時』中井久夫著 みすず書房を読む。

   今度のことで知ったのは、東北地方がものづくりを担う、その比重の大きさである。低賃金によるのであるというが、(略)日本国内にも『中国』があったわけだ。
   日本人を代表しているのは東北人である。『未開の顔・文明の顔』中根千枝著 中公文庫 によれば、勇敢で規律正しいのが東北兵であるという。今回の大震災でも、沈着ぶりは遺憾なく発揮され、世界中から称賛された。
もともと中井久夫氏の愛読者だったから、時々妻のようすを見ながら読書してたら、午前11時半ころに揺れを覚える。震度を云々するような地震ではないが、「地震ね」と妻も言う。

妻が受ける手術の順番がきて、3階にある手術室へ向かったのが午後2時半近い。
15分経ったかどうか? また2階へ戻ってくる。「痛くなかった」との言葉に(よかったなぁ)と思う。
間もなく執刀医もやってきて、「きれいにできました」と言うの聞き、ホッとする。

手術をうける妻の気持ちを考えれば、いちばん疲れ(緊張)るのは妻だろうが、付き添ってるのもなかなかしんどいものだなぁ(笑い)
家に戻りパソコンを開く。
ある方から次のようなメールが届いてる。

  (前略)
  先日奥様の白内障の記事を読み、コメントを送ったつもりだったのですが、うまく送れなかったようなので、メールにしました。
  小生の妻も一昨年手術をしました。やはり日帰りで、片目づつでし た。
  中学生の時からの近視だったので、眼鏡なしで世界が見えると喜ん でいました。
  一緒に散歩すると「世界はこんなに明るかったんだ。あ、 小川の魚が見える」などと。

  ところが、家の中が見えるようになると、「あなたはこんなに古い、 きたない家に私を住ませていたの」と怒られてしまいました(笑)。
  でも総じて言えばいいことばかりです。術後のケアさえきちんとすれ ば大丈夫です。お大事になさってください。
  (後略)

大勢の方々から、お見舞いのことばを頂戴し、ほんとうに嬉しく思う次第である。
今回は左目で、今日は 午前8時半までに通院し診療を受ける。
右目は24日の予定である。

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今朝の気温12度、晴 今日も暑くなりそう



  1. 2011/05/19(木) 05:45:01|
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さまざまな思い

今日は、妻が白内障の手術を受ける。
妻にはさまざまな思いや不安が浮かび、消えたことであろう。

先日、手術を受ける患者たちが合同の説明を受ける会があった。
妻が二つ、私も二つの質問をした。

次の質問は、男性患者のそれである。
「手術中に地震があったら、どうするのですか? それが知りたいです」

医師は、「もっともな心配である」と応え、いちばん心配なのは停電で手術が続行出来なくなることである。
でも、停電への対応は、ちゃんとバックアップしてありますので、大丈夫との答えであり、患者も付添者も安心したのだった。

3.11 以前だったら、こんな心配もなく、質問は滑稽だったろう。
しかし、あの震災以後、その質問は、むしろとても大事なこととなってしまった。

手術という言葉には、重い響きがある。
これからしっかりと妻に付き添いたいと思う。(笑い)

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 小さいお祖母ちゃんへ
 白内障の手術頑張って下さい
 俺達は応援してます
  光浩・克行・敬より
 PS・電話しようと思ったけど、夜遅くなってしまったのでメールにします
 良くなったらまた遊びにいきます


 お母さん、明日白内障の手術頑張って下さいね。
 17日は夜勤で泊りなので、18日の午後から伺います。病み上がりなんですから、くれぐれもお気遣いなく。
 ばあちゃんも、しげやさんの件で心細くなっているようなので、顔見にいくつもり


今朝の気温15度、晴


  1. 2011/05/18(水) 07:19:14|
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カキドオシ

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16日に「ラショウモンカズラ」の見出しでエントリーした。
そのコメントに次のようなのがあった。

   おはようございます。
   よく撮れていますね。
   腰が痛くなりそうです(笑い)。
   葉っぱと花の付き方をみると、ひょっとして、カキドオシに見えましたが・・・。
            2011/05/17(火)  nakamura

     カキドオシ
   nakamura さん はぁ カキドオシ なのですかぁ
           名前が苦手で、困惑です
   やはり、ご指摘のカキドオシに訂正すべきでしょうか?
            2011/05/17(火)  こんの

   こんにちは。
   失礼ですが↑この画像はカキドオシと思われます。
   2年前の記事で申し訳ありませんが↓私が定点観測しているラショウモンカズラがあります。渓谷の山の中です。
            2011/05/17(火) 18:31:24 空 見
   あ、すみません・・不鮮明な写真ですが↓なおラショウモンカズラは散歩道には出て来ないような種類です。
http://blog.goo.ne.jp/decollo07/e/7795f1275b02c2b5980e4c31fb08a31e
2011/05/17(火) 18:35:13 空 見

   私もカキドオシだと思います。
            2011/05/17(火)   こ ろ

     野の花
   富山県からの緊急消防援助隊の活躍、それが役目といえばそれまでですが本当に素晴らしいですね!
   今回の震災ではそうした献身的な行動、感動的な行動がいたるところで見られて私も涙・涙の毎日ですよ~

   ラショウモンカズラとカキドオシの件ですが、野の花を撮っているとその同定に苦しみますね(*^^)v
   ラショウモンカズラの葉は三角形のハート形、カキドオシの葉はいわゆる円形のハート形のようですが如何でしょう?
   いろいろ悩まされますが、逆に言えばそれだからおもしろいという面もありますよ(^-^)
            2011/05/17(火)   阿蘇望亭

いい加減な名前で、間違ったのをエントリーし、恥じ入る。うう 冷や汗三斗である。
それにしても、こんなに素早く正しい名前を教えて頂いたことを嬉しいく思う。
みなさん ありがとうございます

  1. 2011/05/18(水) 07:00:51|
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浮き草的な


3.11 は、私を涙もろくさせた。震災関連のそれを見聞きすると、知らない間に涙が伝ってるを覚え(老いたなぁ)と思う。
16日も俳句や短歌を読みながら涙がぽろぽろりと流れてどうしようもない。恰好わるいのだが、他人に迷惑かけているわけでもない。
朝日俳壇・歌壇に「うたをよむ」というコラム(随筆)がある。16日は短歌選者の高野さんが書いてた。
それを読んで、また涙がこぼれる。前半部分だけを次に書き写す。

  先ごろ、ある写真を見て驚いた。
  三月十一日、東日本大震災が発生したが、その翌日、宮城県名取市の瓦礫の中から一人の婦人を、四人の消防隊員が救出していた。
  ふと隊員のヘルメットを見ると「高岡市消防」「射水市消防」と書かれている(13日、朝日新聞東京本社発行の朝刊に掲載の写真)。
  遠い富山県の消防隊がなぜこうも早く名取市に? 新聞社に尋ねると、調べてくれた。

  震災発生の当日、消防法に基づき、ただちに富山県で緊急消防援助隊が組織され、高岡隊・射水隊などが合流して夕方五時ごろ東北に向かって出発し、夜通し走って被災地に到着、午前七時ごろから救助活動を始めたという。
  胸の熱くなる話だ。写真はその一シーンだった。

こういう文を読むと、知らぬ間に涙が出る。自分の中のなにかが、変わってしまった気がする。(しかたないなぁ)と思うけれど、どうしようもない。
母の姪、妻の従姉妹が福島双葉町にいる(居た、今は避難中)。見舞いに行った従兄弟がいろいろ報告するのを聞いていると被災者の苦労(苦悩)が分かる。切ない。
無力さというか、なすすべもなく落ち着かない。

       フクシマに追われる民や胡瓜苗   こんの
俳句(もどき)が自然にうかんでくる。
播種や移植で農家は忙しい時であるが、避難するしかない人々には、なにすることも出来ない。
こんな先進国にも、避難民たちが手も足も出ず(だせない)日を過ごしている。
土地や仕事を奪われた人々は、どんなにか切ない毎日だろう。

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今朝の気温15度、曇


  1. 2011/05/17(火) 07:05:25|
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ラショウモンカズラ

いつも的確なコメントをくださる nakamuraさん「土のうた」今日のエントリーがタツナミソウ。
アクセスした時、(あぁ、ラショウモンカズラだ!)と思ったが、よく見ると 違ってて タツナミソウだった。
でもタツナミソウとラショウモンカズラはとても似ている。

他所の人のサイトでも、「5月18日にアップしました ”ラショウモンカズラ”は”タツナミソウ”の間違いでした!」などという訂正文があったりする。
また、別のサイトでも、「タツナミソウだと思って撮影しましたが、手持ちの図鑑では似た花としてラショウモンカズラが載ってます。見ればみるほどそっくりで私には見分けつきません」
などというのが読める。

さらに別の人のサイト 「ラショウモンカズラはマイフィールドに咲いています!! タツナミソウの花の2~3倍の大きさです。何れも、シソ科の多年草です。
            タツナミソウは花の姿が、寄せては砕ける波に見立てたのが名前の由来。
            ラショウモンカズラは太くて長い花の姿が、羅生門で退治した鬼女の腕に見立てたのが名前の由来。」
こういうのを読むと、ね うふ 嬉しくなる。(笑い)

それで、今日の散歩道で、意識して両者を探してあるいたが、見つけたのは全部 ラショウモンカズラのみだった。
撮ってきたのを並べよう。

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今の気温20度、雲が広がってるけれど雨雲ではないなぁ



植物に詳しい nakamura さんのコメントに、次のようなご指摘がある。

 > 葉っぱと花の付き方をみると、ひょっとして、カキドオシに見えましたが・・・。

動植物などの名前には、まったく苦手なので nakamura さんのそれにどうレスポンスしたらいいのか困惑するばかり...... (苦笑)

どなたか「これはこうだ」と知らせていただくと助かるのだがなぁ
どうかよろしくお願いします

*
カキドオシ

16日に「ラショウモンカズラ」の見出しでエントリーした。
そのコメントに次のようなのがあった。

   おはようございます。
   よく撮れていますね。
   腰が痛くなりそうです(笑い)。
   葉っぱと花の付き方をみると、ひょっとして、カキドオシに見えましたが・・・。
            2011/05/17(火)  nakamura

     カキドオシ
   nakamura さん はぁ カキドオシ なのですかぁ
           名前が苦手で、困惑です
   やはり、ご指摘のカキドオシに訂正すべきでしょうか?
            2011/05/17(火)  こんの

   こんにちは。
   失礼ですが↑この画像はカキドオシと思われます。
   2年前の記事で申し訳ありませんが↓私が定点観測しているラショウモンカズラがあります。渓谷の山の中です。
            2011/05/17(火) 18:31:24 空 見
   あ、すみません・・不鮮明な写真ですが↓なおラショウモンカズラは散歩道には出て来ないような種類です。
http://blog.goo.ne.jp/decollo07/e/7795f1275b02c2b5980e4c31fb08a31e
2011/05/17(火) 18:35:13 空 見

   私もカキドオシだと思います。
            2011/05/17(火)   こ ろ

     野の花
   富山県からの緊急消防援助隊の活躍、それが役目といえばそれまでですが本当に素晴らしいですね!
   今回の震災ではそうした献身的な行動、感動的な行動がいたるところで見られて私も涙・涙の毎日ですよ~

   ラショウモンカズラとカキドオシの件ですが、野の花を撮っているとその同定に苦しみますね(*^^)v
   ラショウモンカズラの葉は三角形のハート形、カキドオシの葉はいわゆる円形のハート形のようですが如何でしょう?
   いろいろ悩まされますが、逆に言えばそれだからおもしろいという面もありますよ(^-^)
            2011/05/17(火)   阿蘇望亭

いい加減な名前で、間違ったのをエントリーし、恥じ入る。うう 冷や汗三斗である。
それにしても、こんなに素早く正しい名前を教えて頂いたことを嬉しいく思う。
みなさん ありがとうございます

  1. 2011/05/16(月) 17:22:58|
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りんごの花

大竹さんから、次のようなメールと素敵な画像が届いた。

 (略)
  今野さんのリンゴの花がきれいだったので、描いて見ました。
  現物を見ないで写真を見て描くと細かいところがよくわからず難しいです。

  ところで描きながら気づいたのですが、リンゴというのは雌雄異花なのでしょうか?
  細くて長いシベが沢山ありその先に茶色の花粉らしきものがついている花と
  太くて短い白っぽいシベのある花があり、前者が雄花、後者が雌花のように見えましたが。
  (略)

とても佳い画像なので、ね 使わせてもらうことにした。
ただ、原画の色がうまく出るかどうか......

大竹さんにお伺いです
どちらが、原画に近いでしょうか

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同じに見えますでしょうか?

やはり色については、難しいですねぇ


  1. 2011/05/16(月) 11:08:14|
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「棄郷の民に」


       地震(ない)津波棄郷の民に花吹雪    熊谷市・時田幻椏
畏友 時田さんの句 金子選者の首席となっている。
短歌とちがって、俳句には時事を詠うことが難しいような気がする。そうしたなかで 時田さん さすがだなぁと敬服する。
また、熊谷市では、時田さんたちが発起人になって 3.11 被災者のみなさんへの自立支援組織を立ち上げられ、本日詳しいホームページも開かれた。
そのHPのURL
        http://www.city.kumagaya.lg.jp/kakuka/sogo/kikaku/oshirase/AllKumagayaNetwork.html

       茎立や乳を飲む豚眠る豚      東京都府中市・天地わたる

       明日といふ日を疑はず種を蒔く      西宮市・吉田邦男

       入学式の返事の中に低い声遺影を抱いた母親の声        塩尻市・百瀬 亨
       遺影抱く入学式こそ悲しけれ呼ばれし名前「はい」と言う声   松原市・北岡 稔

       遺体はこぶ要請うけし搬送車パンと水積みて被災地に向かう   八戸市・山村陽一

       帰らざるひと、帰れざるひと、万のいのちに万の名のありしこと 福島市・美原凍子

       ひと月を体育館に過ごしたる亡骸三百体運ばれゆきぬ      久慈市・三船武子

            俳句・短歌は、朝日俳壇・歌壇(16日付)より

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上と下は、クルミの花(雌雄)

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今朝は、5時に起床し さくらんぼの消毒を朝飯前にやった

今朝の気温18度、晴  無風状態の時をえらんでの消毒作業


  1. 2011/05/16(月) 09:51:20|
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おかしな連想

おかしな連想(水は命)

揚水ポンプとタイマーが順調に作動し、裏の池への注水はうまくいっている。水の量は多くも少なくもなく、ちょうどいい具合なのが、なんとも嬉しい。
セットした時がくれば、ホースから勢いよく水が吐き出され、池は徐々に水嵩を増してくる。また指定した時刻になれば確実に水は止まる。
機械がやることだから、ごく当たり前のことなのだが、それがなんとも嬉しい。(笑い)

水が出る時と、止まる時ではそのようすに違いがある。
その瞬間が面白くて、出水や止水時刻が近づくと、それまでやっている事をやめ、今か今かと息をつめ ホースの先を見つめる。
出水の時刻になる(10時・2時など偶数時刻)と、まず水鉄砲が発射されるような感じの水が短時間(一瞬)出る。その後、わずかの時間(1秒未満)をおき 1時間に亘って水が流れる。

1時間が経過し、止水の時刻(奇数時刻)になると、それまでホースから流れていた水は、なんの変化もなく止まる。今まで流れてたことがウソのようにピタリと止まる。
流れはじめには、まず鉄砲水のようなのが発射され、その後に水が流れ続けるのだが、止まる時は、何の予兆もないままにすーっと水は消え、流れなくなる。
出水時と止水時のそれが、わずかながら違うのに気づき、それが面白く思った。

(なにを馬鹿な!)と笑われるような気がするけれど、次のような連想をした。
ホースの水に、命のはじまりと、その終焉を感じたのである。水を命とみたのである。
ホースから水が出るのは、命が続いてるということであり、水が流れなくなるのは、命がなくなったさまを表徴している、とみた。

命の終焉は、そう ホースの水が止まるように、すーっと終わるのだ。っふふ ホースから水が流れなくなるそれを見ていると、そういう連想が生まれた。
(あぁ、これは命の終焉のさまと同じ!)と確信したのである。(笑い)
はい、なんの予兆もなしに、ある時がくれば、水が止まるように命も尽きるのだと......

縁起でもない!と笑われるかもしれないが、これはあくまでも連想であり、イメージの問題である。
揚水ポンプとタイマーが健在なれば、水はホースから流れ続ける。
停電になれば、確かにポンプもタイマーも作動しない。それは紛れもない現実である。でも、停電は回復するから(命の終焉)とかには繋がらない。(笑い)
ホースの先から流れ出る水を見ていて、ふと、そして確かな感じで、水を命とみなしたのである。
停止時刻が来れば、水はすーっと流れなくなるのである。寿命がくれば、命もすーっとなくなってしまう。

へへ おかしな、おかしな連想 お笑いくだされたし
もし、ご不快になられた方おられましたら、「馬鹿な奴」とご寛恕ねがいまする

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上3枚は、りんごの摘花    下が椿の落花

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今朝の気温13度、晴



  1. 2011/05/15(日) 05:38:23|
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「夏炉冬扇」

天声人語 今日のそれが面白いというか、記憶に残った。
冒頭に「夏炉冬扇」をあげ、役に立たないものの例えだ、と説明し、その後に珍解釈を並べ 笑いを誘う。
「夏炉冬扇」を「我慢くらべ」と解答した女生徒がいたという。夏に火にあたり、冬にあおぐと類推したのか? なかなかの想像力に感心したものだと書く。

天声人語の主旨は、スーパークールビスを論じ、「我慢」の夏が今年は待っている、ということである。
いつかも書いたことだが、家を開け放つのが日本の夏のありようだった。そのことを『徒然草』では次のように書いてる。
  「家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬はいかなる所にも住まる。暑き比(ころ)わろき住居は、耐へがたき事なり」

天声人語は、次のようにも書く。
  今は締め切って室内を冷やし、代わりに戸外へ熱風を噴き出す。どこか現代人の心の姿に、通じるものはないだろうか
最後に、次のように締めくくってる。
  汗だくの我慢は長続きすまい。現代と伝統の知恵を取り合わせて涼しい風を深そう。

伝統の知恵とは... 何か?
天声人語では、すててこ、打ち水、青すだれ、陶枕、抱き籠(かご)等をあげているが、他にどのようなのがあるだろう。
「天童の家」の場合、池が表と裏にある。この池がかなりの冷風を呼ぶようだし、小さな人工の滝もある。
さらに冷風を誘うのがあるかどうか、本格的な暑さがくるまでに考えたいと思う。

みなさん方が考え、工夫されてるのがありましたら、ぜひお知らせくださるようお願い申し上げます。

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   上が表の池の小さな滝と渓流   下が裏の池への注水のようす

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今の気温17度、晴


  1. 2011/05/14(土) 08:33:52|
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妻の病気


「メガネが合わなくなったので眼鏡屋へ行ってくる」妻がそう言って出かけた。
人並みに老眼になってきたのだろうから、眼に合ったのをこしらえてもらうのがいい、と思った。
だが、妻はメガネを新調することなく戻ってきた。

「だいぶ見えなくなってる。ちゃんと目医者に診てもらった方がいい。眼鏡屋から言われ、医者に行ってきた」
眼科医の診察で、白内障と診断され、手術が必要と言われたという。
さくらんぼ 収穫を終え、児童クラブを退職した後(7月頃)に手術を考えたようだが、そんな悠長なことは許されないことが判明。
今月18日・24日に手術を受けるのだという。

あぁ(迂闊だったなぁ)と思う。
パソコンしてる妻の姿をみれば、視力がなくなってるのに もっと早く気づいたはずである。
「眩しい! 明るい所がイヤなのよ」草取りなどでも日陰を好み、日当たりのいい所は私にやらせる。これまでの妻にはみられない変化だった。
それらから推して考えれば、もっと早くに妻の眼疾患に気づき、眼科受診をさせていたろうに......
いちばん身近くに居ながら、妻の白内障に気づかなかったことにある種の罪悪感さえわいてくる。

10日、二人で眼科へ行って説明(合同の)を受ける。手術は日帰りでいいという。手術日はもちろんだが、その後の通院は私の運転で通う。
左右両眼なので 片目後6日おいての手術となり、2週間は過度の負荷は避けなければならない。
児童クラブの勤務もまるまる病欠ではないが、まともな勤務ができないだろう。
児童数が増え、指導員の増員も考えていた矢先なので、13日にハローワークへ行き就業者募集手続きをする。
その書類記載事項がたくさんあり、妻には文字が小さすぎて読めない。私が代わって記入する。
(見えないこと、やはり不自由なことなのだなぁ)と、自分の難聴をさておいて強く感じたのだった。

募集要項用紙は、今日(13日)から提示するというが、はたして短日時で就業者が決まるかどうか......
定年退職後に、失業保険をもらうために何度か通ったハローワークだったが、12年ぶりで、こういう形で再び訪れるとは思いがけないことだった。
それよりも、なによりも、妻の白内障にまったく気づかなかったこと、うう 慚愧の念に堪えない!

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5日前に撮った仙山線の電車

今朝の気温14度、晴
  1. 2011/05/14(土) 05:26:51|
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