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明日から師走


明日から12月。
いつもなら、もう初雪が降り、その後も2~3度降雪がある。
なのに、ことは季節が少しずつ遅れているようで、里の雪景色がまだ見られない。
「天童の家」のそれも、へへ 秋の実たちを並べるしかない。

ブログのためにわざわざ何かを求めて遠出するということがない。
散歩道で出合った些細な感動を撮るだけだから、どうしても単調になってしまうのはしかたない。
(絵になるかなぁ)と思う被写体にカメラを向ける。大きな感動ではないから、共感してもらえるかどうか... 心許ない。
それも暮らしの中の一齣であるから、と並べる次第である。

明日から師走。
月日の経つのがはやい、そう思ったのは以前のことである。
今は、はやいとも遅いとも思わない。(今のこの時を暮らしている)と思うだけである。それで(十分だなぁ)と実感する。
70歳を過ぎて、その頃、(あぁ、これからの生は 儲けもの)と思う(感じた)ようになってから、時の経過が気にならなくなった。

毎日の暮らしの中に、大きな感動がそうそうあるわけでない。
でも、些細な感動はいくらでもある。野の赤い実・黒い実・青い実などを見れば、それなりに(きれいだなぁ)と思う。
若い頃には、どうってない光景にこころがかすかに反応する。白菜や大根を干しているそれなど、なんの変哲もない寸景にさえカメラが向くから面白い。

ここに存在している自分に、ね(なんともありがたい)という気分になるのだから可笑しい。
北朝鮮による韓国への砲撃に、(うっ!? これは何だ!)というこころの動揺はある。
広州のアジア大会の結果に快哉を叫ぶこともあるし、国会のあり方に憤慨を覚えることもある。
しかし、それらも逼迫してるわけでなく(それはそれ、おれはおれ)みたいな感じ方がにちかい。(笑い)
っふふ 平和ボケ ないしは、本当の老人ボケに近づいてるのかもしれないなぁ

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  1. 2010/11/30(火) 06:00:00|
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片付けと準備


肥料をおき耕し、種を蒔いて発芽を待つ。虫がつけば消毒し駆除し、間引きをして育つのを見守る。
春蒔きにしろ、夏に蒔くにしても、畑のものはそうやって手をかける。土寄せしたり、潅水し育てる。
いろいろな野菜を収穫し、食卓に並べ、賞味できるのがあたりまえとはいえ、嬉しいものである。

今は、ほうれんそう・しゅんぎく・ちんげんさい・だいこん・かぶ・ねぎ などが収穫できる。
青菜(せいさい)は収穫し、漬け込んだ。
白菜は、母の実家で毎年持ってきてくれるから、あてにしている。
その白菜を27日に漬け込んだ。青菜の漬け込みとは違ったやり方である。

畑にはまだ青菜が少し残ってる。おみ漬け用にするためだ。
おみ漬けは、青菜漬けや白菜の漬け込み方とも違う。漬物によって漬け方を変える。
青菜は、1本丸漬けで塩・ざらめ(砂糖)・味の素を振りかけながら漬け込む。(「天童の家」では塩水に浸してから漬け込む)
白菜は、4半分にし、塩は振りかけず、はじめは白菜の株元に塩を押し込むようにし漬け込む。
おみ漬けは、青菜の若いのを刻み、まず塩揉みし、翌日あがった水を絞って捨て、水洗いし、それに人参・菊芋・生姜を刻んで一緒に漬け込む。
菊芋はスライスでもよく、半乾かしすると甘味が出て美味い。おみ漬けは、翌日には食べられるから浅漬けにちかい漬物である。

夏野菜の浅漬けも佳いけれど、漬物が美味しいのは秋野菜の方が一枚上かなぁ
夏の浅漬けも捨てがたいが、おみ漬けは漬ける家毎に味が違う。そこそこの家々の味があるから嬉しい。
白菜、青菜漬けは、いわば雪国の越冬食である。浅漬けとは違い、しっかり漬け込まないと腐敗のおそれがある。

みちのくの晩秋は、そうやって畑のものを片づけるようにしながら、越冬の準備もしていく。
生柿は保存が難しいから、大量のそれは干し柿にしてお茶うけして食べる。
冬になっても食材に困るようなことがなくなったが、それでもショッピングセンターで買うのとはちがう自家製の漬物や干し柿は、また別である。

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今朝の気温5度、曇


  1. 2010/11/29(月) 06:41:26|
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かえりばな


帰り花・返り花(かえりばな)
 1.返り咲きの花。狂い花。忘れ花。冬の季語
 2.遊女・歌舞伎役者などが2度目の勤めに出ること。

 本来なら春の頃に咲く、桜や梅、躑躅や山吹などが小春日の頃に花を咲かせることがあります。この花のことを帰り花と呼びます。
 寒さがやってきてそれが不意に途切れ、ぽかぽかした陽気となる小春日に、うっかりと冬が終わって春になったと勘違いして咲くのでしょうか。

 私の家の近所の山に、毎年なぜかこの季節になると花を咲かせる躑躅の木があります。
 春にも間違いなく花をつけるこの躑躅ですが、冬になるとまた花を咲かせます。
 この返り花に気が付いたのはもう十五年も前のことですが、それから毎年律儀に「帰り花」を咲かせ続けています。

 回りにも同じような躑躅は生えているのですが、他の躑躅は冬に花をつけることなど致しません。
 周囲からちょっと浮いた感のある変わり者の躑躅が二度目の花を咲かせるようになると、いよいよ年も終わりに近いなと近年では思うようになりました。

 一昨日の日曜日、子供のどんぐり拾いに付き合って外をぶらぶらしていると、件の躑躅が花を咲かせている姿が目に入ってきました。帰り花です。
 (ああ、年の瀬か)と帰ってきた花に、年の終わりの季節を感じました。
        http://koyomi.vis.ne.jp/doc/mlko/200712040.htm

帰り花
 帰り花(かえりばな)とは、11月頃の小春日和に、桜、梅、梨、躑躅などの草木が本来の季節とは異なって咲かせた花のこと。
 ひとが忘れた頃に咲くので、「忘れ花」といった言い方もされる。「返り花」とも書き、「二度咲」「狂い咲」ともいい、俳句では冬の季語の一つとなっている。
        wikipedia より

<帰花>
 春に咲く桜や躑躅などが初冬の暖かさ(小春日和)に惑わされたかのように 花開くことがあります。これを帰り花、二度咲などと云います。
 『春の花が帰って きた』という一種の擬人法かと思われます。
 同じ定義として狂い咲き、狂い花など ありますが、ニュアンスが大分異なるように思います。


    タンポポの花のてんぷら葉のサラダひと日の画材をいただく夕餉  大分市・岩永知子

岩永さんのタンポポは「庭の返り花」だそうな... 秋の陽射しの中に咲いてたタンポポ


先日、散歩道で撮ったタンポポ。これも 帰り花...

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今朝の気温10度、小雨


  1. 2010/11/28(日) 07:27:19|
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足 跡

干し柿が、何者かに食われてなくなることが続いた。はじめは鴉かと思ったが、どうも違うようである。
小動物の仕業に思われる。そこで、足跡を確かめようと石灰を撒いた。

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20日の画像再掲

ところが、吊し柿を高くしたこともあってか、被害がなくなった。
足跡への関心もうすれた。
が、今日 その足跡を発見した。地上40cmの所にくっきりとそれが見えた。
さらに地上60cmの柱にたくさんついてる。

いちばん高い所は、柱の85センチの所に一つだけある。
足跡の大きさは、直径4.5cmである。
85cmのそこまでジャンプし、なんとか獲物を得ようとしたのだろう。

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↑ 地上40cmの足跡

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↑ 地上60cmのそれで、数が多い

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↑ 地上85cmの所に一つ

ジャンプしても届かない位置まで高く吊し変えたので、被害がなくなったのだろう。
干し柿も出来上がって、半分は収穫(収納)した。
残りのそれも高い位置に吊したので、喰われることはない。

鴉にはとんだ濡れ衣で、動物の足跡 それこそ犯人?の証拠
はたしてどんな動物なのか?
詳しい方なら、きっと足跡から特定できるのだろうなぁ

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午後5時の気温11度、今日は朝から快晴だった



  1. 2010/11/27(土) 17:07:53|
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中指さん


25日に青菜を漬け込んだ。大樽3個、小樽2個に妻と二人で(美味しくな~れ)の思いも漬け込む。
漬け終わり、葦簀で日陰を作る。今年は暖かめの冬になるらしい。漬物には、むしろ厳しい寒さがほしいのだが...
漬け込んだ樽に、重石をかける。その石を洗って運んでるとき、何かに躓き、左手の中指を強く石と石の間に挟まれてしまう。
幸いにゴム手袋をしていたから皮膚が裂けて血が出るようなことがなかった。激痛を覚えたが、我慢する。

歳をとると、(あぁ、こういうことになるのだなぁ)と自分にいいきかせる。(しかたないなぁ)
漬け込み作業には、少しは気になるが、大きな支障もなくできる。
(やれやれ骨折でないようだし、ダイジョウブだろう)と妻には何も言わずにおいた。

毎日の晩酌を念のために止めた。風呂も今晩だけは入らない方がいいだろうと中止した。
毎日の晩酌をせず、必ず使う風呂もやめたのを妻が不審に感じたのか、「パパどうした?」と問いただす。
隠してもしかたないなぁと左手中指を見せると、妻の躰がぶるると震える。「いつ、どうして?!」と責める。

大きな重石だから、けっこう重い。これまで、重石でふらつようなことはなかった。
なのに、なにかの拍子で躓き、バランスをくずして指を痛めてしまった。やはりこれは老いた証拠である。
晩酌・風呂も中止し、テレビも見ずに寝てしまう。痛みがあって、見れば中指が腫れ、色が紫色になっている。
とにかく安静にし、時間という薬で自然治癒を待つしかないと観念したのである。

26日の朝、指のいろに生気なく、なんだか自分の指でないような気分(笑い)
血管が挫傷し、内出血したそれが鬱血し、腫脹し、変色しているのが分かる。
いつもはあるとも感じない中指が、(ここが痛い。ここが...)と主張するのに閉口する。

たった中指1本のそれが使えないことの不便さをしっかりと思い知らされる(笑い)
ご飯を食べる時、飯椀がちゃんと持てない。他の指がなんとかカバーするから支障がないけれど、なんともぎこちない。
パソコンのキーをたたく時、中指が使えない。ふだん何気なしにやっているタイピングがうまくできない。
うう 指1本の役割の大きさをしみじみと思い知らされる。

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今朝の気温6度、晴



  1. 2010/11/27(土) 06:53:18|
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オ ギ その2

性格的には、かなり「いい加減」なところがあって、例えば花や実が(きれいだなぁ)と思って写真に撮る。
ところがその植物の名前が分からない。ほんとうなら、ちゃんと調べて名前をつけてアップするべきだろう。あるいは「名前を知っている方、教えて」というようにする。
そういう時でも、(名前なんかなんでもいいや。きれいと思ったから撮ったので、それでいいじゃないか)と思ってしまう。
「いい加減」というより、不精者というべきなのだろう。名前に拘る気がない。

と、ところが... 先日書いたオギについて言えば、うう なんというか かなり拘ってしまった。
翌日の散歩は、散歩自体が目的ではなく、別の目的があって、散歩が手段?になった。
はい 散歩道の両側に生えてるススキとオギの写真を撮ることが目的になった。
よくよく考えてみれば、っふふ かなり拘ってる自分に呆れてしまう。まるで「てんかん気質」ないしはパラノイヤ的だなぁと苦笑せずにはいられない。

実は、これには訳がある。
「天童の家」のあるそこの住所表示は、天童市上荻野戸である。その集落ができるまでには歴史があって、今でもさまざまな土器類が出土する。
また、荻野戸六人衆とか、荻の塔(下にその写真)などという言葉やモニュメントがある。
要するに、荻(オギ)にゆかりのある土地なのである。だから、ススキとオギの違いなどどうでもいいのであるが、っふふ されどオギという気分が強い(笑い)

ススキは誰だって知っている秋の草である。しかし、オギを知っている人は多くないだろう。
郵便などで、よく上萩野戸と間違って書いてるのがけっこうある。萩を知っていても荻をちゃんと書いてくれる人が少ない。
っふふ だから、オギに拘るのかもしれないなぁ
ハギでもススキでもない、オギだようと声を大にして叫びたいのである(笑い)

そんなわけでして、今日は自分で撮ったススキとオギの写真を並べることにした。
なお、撮りながら気づいたことであるが、オギの穂を手にする(穂に手を入れる)と、ススキにはない温かみが感じられるのに驚いた。まるで羽毛のような暖かさである。
ススキの3倍近い毛が晩秋の陽射しを穂いっぱいに受けているからであろう。

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↑ ススキのある風景

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↑ オギを前景に

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ススキの穂 (上下)

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   「オギにノギなく、ススキにノギあり」

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↑ オギの穂  ノギがなく、毛がふさふさと長い

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今朝の気温8度、曇  青空も見えるが...


  1. 2010/11/26(金) 06:50:28|
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削られる春と秋


       わが国の春夏秋冬ほどの良き春と秋とが削られてゆく       兵庫県・影山 毅
新潟の友人「ころ」さんも同じようなことを言っておられる。
あの素晴らしい春があるから、厳しい冬も堪えられるし、感動させてくれるこの秋が楽しみで、多少の暮らしにくさも忘れられる。
その春と秋が削られてくような四季の現状は、なんとも寂しい。

       タンポポの花のてんぷら葉のサラダひと日の画材をいただく夕餉  大分市・岩永知子
岩永さんのタンポポは「庭の返り花」だそうな... 秋の陽射しの中に咲いてたタンポポ

       峡棚田空稲架あると見たりしが夕べに百の大根吊りて       宮城県・須郷 柏
似たような情景を、いつだったか見たような気がする。
うう デジャブかなぁ...

       義父介護ひたすら務めし我が妻はひたすら眠る初七日の夜    いわき市・松崎高明
長い介護の後の葬送...張りつめた心の糸がぷつんと切れたように... (ごくろうさん)と心で呟く松崎さん

       現れし自然薯揺らしつつ引きぬ      下田市・森本幸平
       補聴器をつけて聞き入る秋の声   埼玉県宮代町・鈴木清三
       凩や記憶の中の貰ひ風呂      東京都府中市・酒井 努
       毛糸編み恋がかたちになって行く    名古屋市・江部幸夫

            短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(22日付)より

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今朝の気温3度、晴


  1. 2010/11/25(木) 07:55:00|
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2匹目の...


「天童の家」には、決まったテーマがあるわけではない。
繰り返し書くが、「感動の共有」が原点である。この感動をだれかにも感じてもらえば嬉しいと思って続けてきた。
感動を意識して、なにかを見る・やる・わけではなく、ふだんの日常の暮らしの中で得た・覚えた感動を文に書き、写真に撮ってきた。

具体的な例でいえば、水路に落ちたモミジの葉を(きれいだなぁ)と感じ、それにカメラを向け、画像として発信する。
「天童の家」ではモミジのそれを12日に撮ったのと、翌日に写したのと、似たようなのを2度アップした。
13日に見た(撮った)それが、前日のものよりさらに(きれいだなぁ)と思ったからである。

今日のガガイモの画像も、モミジに似たような経緯で今年2度目のアップである。
ガガイモの光る綿毛の画像は、17日に登場した。内心では(もっと違った、しっかりしたのを)と思っていた。
17日に、再度ガガイモ綿毛にカメラを向ける気になった。躊躇なく行動に移し、(よりマシなのがゲットできた!)と思った(笑い)

モミジにしろ、ガガイモにしても「 柳の下 二匹目のどじょう」的なのは否めない。
しかし、それでもやっぱり(これも見て欲しい)との気分である。
っふふ、マンネリ化はどうしようもない。けれど、こんな突っ込みもあってわるくないのはないか...と

はじめて出合った些細な情景に感動し、それを撮ってアップする。
ところが場所や日時を違え、同じような感動を覚えてまたカメラを向ける。
(あぁ、こっちの方が、あれよりもいい!)そう思ってしまう画像がある。そういう時、っふふ やはり若干の戸惑いめいた気分がある。
それでも(えいっ! かまうものか)と腹を括るつもりでアップしてしまう(苦笑)

ガガイモのそれで言えば、(前回はこういう写し方はしなかった)と自分に言い訳する。
今回はガガイモの光る綿毛をクローズアップ、(この光る彩りが目玉なんだ)と自分を納得させる。
柳の木の下に、また二匹目のどじょうがいるとは限らないけれど、敢えて?いることを主張したい気分もある(笑い)

ある情景に対する感動は、最初がいちばん大きく感じる。はじめが肝心。同じような情景、あるいは味などでも回を重ねるごとのに感動の振幅は小幅になってく。
でも、似たような出来事や風景でも、初回のそれを上回る感度を覚えることだってある。
「一度も行ったことのない所がいい」妻が、旅先を決める時の選択条件である。しかし、私はそう思わない。良い所なら何度でも行きたい。
食べ物もそうである。美味いものなら何度でも食べたい。「食べる物と、旅行先は一緒にならない!」妻は、呆れ顔でいう。

ん? 今日の文は、右往左往、支離滅裂であるなぁ

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今朝の気温3度、晴



  1. 2010/11/24(水) 06:44:34|
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オ ギ(荻)

『土のうた』のnakamuraさんの今日の見出しが「ススキ 犬吠の花(56)」である。
            http://blog.livedoor.jp/ynakamura1/
そのブログのコメントに、私は次のようなコメントを書いた。
   
   散歩道の脇(河川敷)にもススキやオギが生えてて、たくさんの雀が群がってます
   あぁ、やっぱり実を食べてるのですかぁ(納得)
   ススキと言えば、茅葺き屋根と炭俵が真っ先に思い浮かびます。特に炭俵が懐かしい(笑い)
   ありがとうございます
         Posted by こんの at 2010年11月23日

「ススキやオギが...」のオギ 散歩道にはススキよりもオギの方が多く生えてる。
オギとはどんなものか、次は在る方のHPからの転載である。
            http://members.jcom.home.ne.jp/3111223201/ikimono/ogi.htm
 オ ギ(荻)
   荻を見たことがありますか。
   字面は、萩(はぎ)の字に似ていますが、マメ科の萩とはまったく違った植物です。 実は、荻は、薄(すすき)にとても近い植物です。
 ほとんどの人は、荻を見ても「あゝ、ススキか」くらいにしか思わないでしょうから、気づかないだけで、荻を見たことのある人は多いはずです。
   昔の人は、ススキと荻を、きちんと分けて見ていたのに、多くの現代人は区別が付けられません。現代人は、それほど自然から離れてしまっているのでしょう。

   ススキはイネ科ですから、当然、荻もイネ科です。
  花が咲いたり、実を付ける時期は、おなじで、秋です。でも、荻とススキは別の種です。では、どこが違うのでしょうか。
   まず、見た目で分かる特徴は、密生の程度です。
   ススキは、とても密生します。根もと付近では、茎と茎の間にあまり隙間がありません。密生しすぎて、ひとつの群れの端のススキは真っ直ぐに立っていないことが多いくらいです。

   一方、荻は、よく大きな群落を作りますが、一株一株の荻の間はかなり(5から20cmほど)空いています。
   また、荻は大きくて、ススキの中でもっとも大きい種類のススキと同じ程度と考えていいでしょう。つまり、穂が出る頃でもまだ小さなものは、ススキだと思ってください。

   さて、見た目で区別がつけにくいとき、例えば、ススキと荻が混ざってしまっているなどのときは、穂を詳細に調べましょう。
   イネ科ですので、穂には、稲のように沢山の花(あるいは実)が付いています。この一つ一つの花(実)のことを小穂(しょうすい)と言います。
   ススキも荻も、小穂を包み込むように沢山の毛が生えています。この毛のことを基毛と言います。

 まず、この毛の長さですが、ススキの基毛は荻よりも短く、小穂と同じくらいです。
   しかし、荻の基毛は、小穂の2~4倍の長さがあります。

   次に、ススキの場合、小穂の先端から毛のようなものが1本出ています。
 これは、ノギといい、途中の一カ所で少し折れ曲がっていて、また基毛より長く伸びているので、基毛とはすぐに区別できます。

   一方、荻にはノギがありません。
   それで、わたしは、「オギにノギなく、ススキにノギあり」と覚えました。
 これは、落語のマクラに使われる、「世の中は澄むと濁るで大違い、ハゲに毛がなく、ハケに毛があり」をもじったものです。

オギとススキの違いが、お分かりかなぁ
ふだん ススキと見ているその中に、ね けっこうオギがあるのですよぉ
nakamura さんのそれが間違っているというのではない。私が書いたコメントのオギを分かってもらいたいというのが本意である。

*

次のHPに分かりやすい画像がある
    http://w2222.nsk.ne.jp/~mizuaoi/36susukitoogi.htm

図8 ススキの小穂(毛が短く、ノギがある)
図9 オギの小穂(毛が長く、ススキより白く、ノギがない)

5 それぞれの穂は、小穂と呼ばれる最小単位で構成されていますが、ススキでは小穂の基部に小穂とほぼ同じ長さの白毛が付いており、小穂の先端には刺のようなノギが付いています。
オギでは、小穂の基部の毛は、小穂の2~3倍もの長さになり、ノギはありません。


午後1時40分の気温8度、曇  さきほどまでは小雨



  1. 2010/11/23(火) 13:41:24|
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ジュウガツザクラ


先日は、運動公園に咲いてる「近畿豆さくら」をアップしたが、今日は 知人の庭に咲くジュウガツザクラである。
昨日撮ったもので、以下のそれは Wikipedia からの転載。

 ジュウガツザクラ(十月桜、学名:Cerasus × subhirtella ‘Autumnalis’)は、バラ目バラ科サクラ属の植物。桜の園芸品種。毎年、年に二度開花する。
エドヒガンの系列でコヒガンの雑種とされている。
花が4月上旬頃と10月頃の年2回開花する。花は十数枚で、花弁の縁が薄く紅色になる。また萼筒が紅色でつぼ型である。
春は開花期に新芽も見られる。また、春のほうが花は大きい。
樹高は5m程。
シキザクラ、コブクザクラ等も年に2回開花する。また、フユザクラは冬に咲くが、別種。
秋口に咲く特徴から紅葉する樹木と共に植えられることもあり、桜と紅葉が楽しめるように設置される事もある。

11月も中旬を過ぎ、紅葉も半ば裸木となってる。いつ雪が降ってもおかしくない。雪を被って咲いてるジュウガツザクラを見てるが、今年は雪がまだである。
雪に降られたサクラはかわいそうというか、惨めな感じを受ける。さくらはやっぱり元気に咲いてるのがいい。
その点、今年のそれは11月の寒さ(毎朝の気温10度以下)にもめげずにはつらつ?と咲いてるのが嬉しい。

サザンカやツバキの花に白い雪は 絵になることもあるが、さくらの花に雪は似合わない。
ジュウガツザクラの名前のように10月には開花するが、それからずーっと咲いてる。なんとも長い花であると驚く。
ソメイヨシノなどは、1週間も咲けば、あとはアッというまに散ってしまう。なのにこの花は... 

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今朝の気温12度、曇



  1. 2010/11/23(火) 06:32:26|
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晩秋の日曜日


21日の日曜、6時頃に起床し、ルチンワークのパソコンを済ませ窓外を見ると濃い靄がかかってる。
毎年、今頃にでる靄である。夜間に霜ったそれが朝日に照らされ 融けて蒸発し、わずかな時間濃い靄となる。
こういう時の景色は、なかなかいいもので、(よ~し!立谷川辺りを撮ろう)と朝食前に気負いたって家を出た。
だが、向かった方向には靄が無く、からりと晴れて、なんの情緒もない。靄は、とても狭い範囲で発生しているのが分かる。

出鼻を挫かれ、へへ なんとも中途半端な気分。それでも気持ちをたてなおし、靄ってる八幡神社の方へ走る。
鎮守の森の靄がなかなかいいので、何枚かシャッターをきる。
しかし、画像処理してみると、肉眼で(きれい)と思ったそれが撮れていない。こういうことはしょっちゅうで(しかたないなぁ)と諦める。

「パパ、青菜をとろう!」朝食後、妻の提案に否やはない。昨年は23日に収穫したが、今年は23日に妻たちの懇親会が天童温泉である。
昨年より2日早いが、天気も良いし、妻の申し出に不都合はない。できるだけ土がつかないように鋏で丁寧に摘み取る。
それを妻がトラックで「天童の家」の庭に運んで 広げて天日で乾かす。2~3日乾かし、パリパリがとれれば洗って漬け込むことになる。

越冬用には欠かせない「青菜漬け」(せいさいづけ)で、九州のTさん達や新潟のOさんも「天童の家」青菜漬けを楽しみに待っている。
今年青菜の育ちは、順調で、豊作。「天童の家」では大樽4つに漬け込むが、それ以上の収穫なので、友達のKさん・Mさん家にもトラックに積んで分けてあげる。
山形の青菜漬けは、長野の野沢菜などと同じように、漬物としては美味いというか、名産となっている(笑い)

「パパ、干し柿ね (さくらんぼ畑の小屋に干してあるそれ)こっちへ持ってこよう」盗難を避けるための処置で、これにも否やはなく頷く。
340個一つも欠けずに、もう食べられるくらいになった。渋味がほとんどなくなり、後は甘味が増すのを待つ(あと1週間くらい吊す)ことになる。
干し柿を移し、青菜を裏返し終わると、ショッピングセンターへ買い出し。ホームセンターへ寄って干し柿を収納するビニール袋も買う。
家に戻って青菜を車庫へ取り込む。っふふ、暖かな晩秋の一日もはや黄昏れ、東の山の端からのぼりつつある名月がなかなか風情がある。

うう 別にどうってない一日を書いてしまった。読まれて退屈だっただろう(ごめんなさい)

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今朝の気温11度、晴



  1. 2010/11/22(月) 06:56:44|
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濡れ衣


「天童の家」の干し柿作り中に、幾つかの柿が鴉に啄まれた。そこで、防鳥ネットで吊し柿を覆って一安心ということを書いた。
だが、翌々日にもまた6個ほどが失せていた。そのようすを見ると、鴉の仕業とはどうしても思えない。
鳥ではなく、小動物のような気がしてならない。地上からネットをくぐり抜けて喰ってくとしか考えられない。

「狸かハクビシンのような奴でないと、このネットを入ることはムリだなぁ。いったい何か、正体が見たい!」
「パパ、まさか寝ずの番で見張ることもできないしね」妻と私は思案投げ首となる。
「石灰を撒こうか... 」言って、妻の反応をみると、妻は「あっ! 足跡が分かるのね」と賛意のようす。

石灰のヒントは、実はコメントでお馴染みの「あつこさん」のブログ「サンタ」で知ったのである。以下は、そのサンタの部分の転載である。

  イギリスの親はこんなにするのかというくらいの工夫をして子供にサンタを信じさせます。
  よくやるのはクリスマスイブの夜、ミンスパイというお菓子とブランディーをサンタのために用意しておくというもの。
そしてトナカイのためににんじんとバケツに入れた水を置いておきます。
興奮状態の子供がやっと寝たら、これを親が食べて、パイのかけらをお皿に残しておきます。にんじんもへただけ残したり。

  うちではしたことはありませんが、家によっては床に小麦粉をまいてその上をブーツで歩いて、足跡を残したりするそうです。
チャーリーは一度学校で、サンタ用の粉を作ってきました。これは大麦と銀のラメを混ぜたもので、庭などにまいておきます。
するとラメがきらきらしてサンタが空からどの家を訪れるか間違うことが無いというもの。

石灰は、さくらんぼ畑の小屋に置いてあるので、直ぐにトラックで運ぶ。
その上を歩けば、鴉だろうと狸やハクビシンでも足跡がつくほどに吊し柿の真下に撒いた。
それでもこの目で真犯人?を見たいと、夜中の12時と明け方4時前に懐中電灯でたしかめてみたが、なんの姿も見えないし、盗られた跡もない。

翌朝、すっかり明るくなってから石灰の撒いた所の足跡を探す。が、なんの痕跡も見つからない。
「ママ、一つも無くなっていない。セーフだったなぁ」
「石灰のニオイに警戒したのかなぁ...」妻の顔が晴れ晴れしい。
「犯人がわからなくて... どんな足跡かと期待してたのにぃ」私の不満顔を見て、妻が笑う。

「Kさんのさくらんぼ畑で盗まれた時も、Kさんから石灰を撒いたと聞いた。パパが『石灰撒こう』と言うのでね、思い出した」妻のそれを聞き(なんだぁ 石灰のこと知ってたのかぁ)とちょっぴり口惜しい気分がわいた。
っふふ、知らないのは私だけだった(笑い)
それにしても、私らの意向を知った真犯人?の知恵(警戒)も たいしたものだなぁと感心する気持ちが湧いてくる。そうした対応力が、危険に満ちた自然界を生き抜くことになるのだろう。

干し柿を失敬していったのが誰(何)なのかも見極めないで、鴉が啄んだと思った自分の間違いに恥しさを覚える。へへ 鴉には「ぬれぎぬ」であったなぁ
それにしても、本当の真犯人は何物なのか? せめて、石灰の上に足跡だけでも残してくれたら、少しは納得?できた気分になるのだろうが...(笑い)

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今朝の気温6度、晴


  1. 2010/11/21(日) 06:44:22|
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雪の月山 2


18日の気象情報を見てたら、急に山へ行きたくなった。19日の気圧配置が、久しぶりの晴を約束してたからである。
もちろん登山をしようと思ったのではない。雪景色が見たい!と思ったのである。
蔵王にするか、月山にするか、考えた末に積雪量の多い月山に行こうと決めた。
どちらにしても、道路はもう冬季閉鎖になっているはずだから、途中までしか行けない。それを前提にすれば、やはり月山の方が確実に雪景色を見られる。

蔵王より月山の方がやや遠いけれど、アクセスには高速道を使える月山が、むしろ心的距離は近い。
っふふ、そういう意味で高速道無料はありがたいというか、動き易いから嬉しい。信号を気にせず一気に走れるのがいい。
道路閉鎖がどの辺でなっているのか、道路の雪はどうなっているのか、とにかく行ける所まで行くことにした(笑い)

蔵王の道路閉鎖になっている所から雪が見られる(雪中を歩ける)所までは、かなりの距離がある。
蔵王とちがい、月山の閉鎖箇所が分からないものだから、それも(確かめたい)という興味もあって月山をチョイスしたのだった。
それがまんまと的中し、詳しいことを省略し 結論からいえば、月山駐車場まで行けたのは、まさに僥倖(笑い)であった。
道路は、なぜか駐車場まで除雪されてた。たしかに「冬季閉鎖」されていた(看板とゲート閉鎖)が 道はそこからも除雪されて 駐車場まで行けた。

積雪は、長靴(もちろん長靴を履いてた)が隠れるほどの所もあって、うふふ 子どものように雪中を歩いた。念願成就で(満足・まんぞく)である。
ペアリフトは来春まで動かないし、宿泊所やトイレなども完璧に雪囲いされ、月山の施設は完全に冬眠態勢であった。
誰にじゃまされることなく、私だけの月山が楽しめた(笑い) あと10日も経てば、積雪で完全に通れないだろう。12月から4月までの5ヵ月間、月山はまったく人を寄せつけない。

その点、蔵王は、冬こそ賑わう。スキー・スノーボード、樹氷ができれば観光客を楽しませてくれる。
山岳観光道路エコーラインは冬季閉鎖になる。が、樹氷ができる地蔵岳、全山がスキーゲレンデとなる蔵王にはリフトやゴンドラが数多く稼働する。
美しい樹氷ができ、幻想的なモンスターが見られるころになったら、私も楽しみたいと思う。もちろん「天童の家」で報告するつもりである。

月山に限らず、どの山でもそうだろうが、見る位置によってその姿が違う。
「天童の家」でアップする月山は、お椀を伏せたようななだらかな山容であるが、今日の画像にみるそれは月山の南西側(志津・姥沢)から撮った。

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↑ 薬師岳

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↑ 姥ヶ岳

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↑ 月 山



  1. 2010/11/20(土) 06:59:11|
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雪の月山へ

昨日、月山の雪景色を楽しんできた
その写真を2回に分けて並べる

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今朝の気温6度、晴


  1. 2010/11/20(土) 06:41:52|
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紅葉未練


「紅葉未練」という見出しで、昨年はシリーズ4までアップした。
紅葉未練という言葉を使ったのは一昨年からであった。っふふ それが気に入って今年もまた...(笑い)
昨年は13日付けで撮っているが、今年のは17日撮影である。

昨年と比べてみれば、やはり赤い色が鮮やかでなく、黄色が広がってい、彩りがいまいちの感が拭えない。
また、色づきが遅かったが、その割に落葉は早く、紅葉の期間が短かかった。
そういう視点で言えば、今年の彩りはまさに紅葉未練の感情を如実に現してると思う。

そんな思い入れで撮ったわけではないが、今日の画像は暗く、彩りがくすんで、いかにも未練がましい(笑い)絵になってる。
昨年のようにシリーズをつくることもできず、これっきりで、今年の紅葉は最後となる。
むむ 未練心が寂しく尾を引くなぁ

後は、いろいろな実たちをアップし、初雪が降るのを待つことになろう。
振り返ってみれば、紅葉不作といいながら、10月いっぱい、そして11月も中旬まで楽しんだ。
約50日をほとんど紅葉一色でやってきたような気がする。そういうことで言えば、未練をもたなくてもいいはずなのだが...
なんだかだ言っても、みちのくの紅葉は、やはりこころ動かすものであったなぁ

そういう紅葉だったから、未練もなく(これで終わった!)という気分になれないのもしかたないだろう。
雪が降り、春がやってきて、緑滴る夏の次には、また秋になる。365日は、アッと思う間に過ぎてしまう。
はたして来年の錦秋がみられるかどうか分からないけれど、未練心をおさめ またの秋を待つことにしたい。

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今朝の気温3度、晴



  1. 2010/11/19(金) 06:58:14|
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落ち葉

似たような画像は、すでにアップしてあるのだが... 
それを撮った翌日に、また写したもので、捨てようかとも考えたが、捨てられなかった。
「天童の家」庭にある池から流れ出た水路に散ってるのが(きれいだなぁ)とカメラを向けた。

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午後4時半の気温10度、晴 もう黄昏れて暗い



  1. 2010/11/18(木) 16:36:44|
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ズレの戸惑い

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早い・遅いはあるものの季節はまちがいなく移り変わる。それは自然の摂理であろう。
みちのくでは、秋が駆け足で去ってくような感じで晩秋から冬へ向かっている。変わりの変化が大きくて、一日毎に情景がちがう。
季節の変わり目では、いつもある戸惑いを覚える。ストック画像が、実際のそれとズレしまう。そのことでいつも戸惑い、困惑する。
2~3日のズレは、実際にはどうってないのかも知れない。それでもやはり季節そのものを発信の大きなファクターにしている者にとっては気になる。

ある人の掲示板には、北海道の雪景色の写真があった。(あぁ、もう北国は雪なのだなぁ)との感慨がひとしお身にしむ。
16日の散歩で、奥山寺の向こうの山々(奥羽山脈)が白くなっているの見てカメラを向ける。
ところが、画像ホルダーにはまだ未発信画像のストックがかなりあって、それらを後回しにして白くなった山々を使うかどうかに戸惑う。

他人からみれば、別に実害があるわけでもないから、特にズレに拘ることもないと笑われるかも知れない。
しかし、やはり実際のそれとズレるのは、なんだかウソついてるみたいな気がして...(笑い)そういう融通の利かない性格だから、困ったものである。
その解決策として、画像をストックせずに全部発信してしまえばいいのだが、そうすると、画像のない日がでてくるし、一気に何枚も並べるのには容量のことなどもからんで抵抗がある。

っふふ なにもよけいなことにとらわれず、気侭に、やりたいことができたら(いいなぁ)と思う。
しかし、いろいろな制約をうけながら、その中で工夫をしたり、考えながらね、そういうムダな努力(笑い)がまたいいのではないかと思ったりする次第である。
人とはおかしなものであるなぁと可笑しくなる。

コメントでお馴染みの「あつこさん」とのやりとりも可笑しい。
以下は、「あつこさん」のブログでのやりとりである。

      こんの said...
     うふふ 最近(ここ十年間)は、朝起きが(辛い)と思ったことがありません
     勤めていた頃はあったなぁ
     逆に、遅くまで寝てることが辛い!と(笑い)の思いは何度もありました
     なにか楽しいことをする日は、特に朝がくるのが遅い気がします
     6時間も眠れば、気力がもりもり(笑い)
     歳とったせいかなぁ
     きっとそうだろう...
         16 November 2010

     Atsuko said...
     こんのさん、年取ったせいどころか、それってまるで子供と同じじゃないですか。うちの子供も週末は早く起きてます。
     どうしてか聞くと、週日はどうせ早起きしても学校に行かなければいけないけれど、週末は行かなくてもいいから早く起きるとのことでした。
     でも朝7時まではベッドから出てはいけないという母からの厳しい通達があるので、いやいやながら朝ベッドで7時になるのを待ってるみたいです。
         16 November 2010

      こんの said...
     「年寄り子ども」という言葉があります
     人は、歳をとってくと、だんだん子ども還りする
     いつしかまるで本当の子どもなってしまう
     っふふ 私も、そうなりつつある(笑い)ようですなぁ
     「もっと静かに寝ていなさい!」妻に時々どやされます(笑い)
         16 November 2010

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今朝の気温7度、曇



  1. 2010/11/18(木) 06:30:41|
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今年もまた


14日の日曜日、庭の大きな柿の木にたくさんなった実をぜんぶもいだ。
直径が50cmを超えるような木だから、いっぱいになった実は、当然食べきれない。

仙台のSさん宅へ持って行ってあげた。仙台のOさん夫妻は、もぎにきて大きな段ボール箱4つ満杯にして持ち帰った。
友達のMさん家にもコンテナ2個へいっぱいにつめてあげた。隣りのKさんも干し柿つくりをしたいというのであげる。

「天童の家」では、まずアルコールで渋を抜いて食べてる。圧倒的に多くは、干し柿にたくさん吊した。
14日には、だいぶ熟し、熟しすぎたのは「湯漬け」で渋抜きして食べるのをコンテナに入れてある。
1本の柿の木から、150Kg以上収穫したろう。計量したわけでないので、もしかしたらそれ以上かも知れない。

はじめに干し柿として吊したのが4日である。それから10日が過ぎ、吊し柿はだいぶ大きさを減らしてスマートになってきた(笑い)
色も黒くなり柔らかくなってきた。完全に渋が抜け、甘くなるのには3週間吊す。
上下を逆さにして吊し変えたり、一つ一つの柿の向きを変えたりして、美味しい干し柿作りを楽しんでいる。

と、ところが、14日の夕方に、数個が無くなってるのに気づく! うう 鴉の仕業であろう。
多少の渋味があっても、食べられるようになったのを知っての喰いだ。うう(早々と今年もやられたなぁ)と慌てる気分。
妻に告げると、「パパ、網をかけよう」防鳥網で干し柿を囲ってしまおうと言う。妻の提案に、否やはない。すぐに畑の小屋から網を運ぶ。

「畑に りんご、ぶどうなどあるのに...」雪がまだ降らないから、鳥たちの餌がまだ畑に豊富にある。なのに、干し柿を食べに来る鳥に、妻は恨み節を言う。
「畑のものより、この干し柿が美味いのを知っているんだ、鴉は」
「だって、そちら(他家の吊し柿)のは喰われていないみたい...」妻が納得しがたいらしい。
「これが美味いことを鴉が証明してくれた。そう思えば悔しくない」
「パパのようには思えない!」妻の気持ちが分からないわけではない。

他人からごっそり盗み取られるよりは、鳥たちから数個くらい啄まれるのは、(しかたないなぁ)と諦めたほうがいい。
鳥だって(悪気)があって喰うわけじゃない。生きるために、あるいはより美味しいものを喰いたいだけである。
「天童の家」の干し柿が(美味しい!)と鳥が証明してくれたと思えば、悔しさも半減する(笑い)

「あぁ、これで安心した!」防鳥ネットを掛け終えた妻が、さも安堵した顔で笑う。
「(さくらんぼ畑の)小屋(に吊した)の柿、いつ持ってくる?」去年、盗難があったので、今年は早めに屋敷に持ってくる予定である。
「あそこは風通しがいいから、もう少しさげておきたい。食べてみて判断ね。渋味がとれる寸前」妻が言う。

世の中、さまざま。いろいろな些細なことが起きる。
そういう中で、ああでもない、こうしたいなどと言いながら、ね へへ まぁ なんとか平穏に暮らしている。
なんとも平和なことであるなぁ

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ガガイモの綿毛

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今朝の気温3度、曇


  1. 2010/11/17(水) 06:59:51|
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ひぐまの親子

       猿二頭わっさわっさと木を揺らす廃屋なればそれさえうれし       飯田市・草田礼子
草田さんのこころまで揺すられる気分が(分かるなぁ)である

       「MRI」異常あらずわが脳に帽子かぶせて海を見にゆく         尾道市・山口芳子
っふふ、頭ではなくてね、「脳」にですなぁ 分かる分かるだなぁ

       ピッカピカに光ってるひいばあちゃんの新米今日は私がとぐよ      富山市・松田わこ
       PTAのママとろう下ですれちがう私のママじゃないママみたい      富山市・松田梨子
親子・姉妹ですてきな歌を詠まれるって(いいなぁ)である

       市街地をじゃれて歩きし二十分後射殺されたる羆の親子         稚内市・藤林正則
親子 ふ~む、なんとかならなかったのかなぁ... と、思う気分が強いのだが

       菜園のキャベツ野兎に食べられてスーパーに行くマンガのような     石岡市・武石達子
兎の行為を怒ってるわけではない武石さん。心優しい方なのだなぁ

       恋話いつも聞き役わたしには失恋さえも眩しいひびき         八王子市・青木 凪

       魚道をば鮠がのぼりてゆく如くだんだん満ちてくる子の言葉       青梅市・石田武美

       金木犀母の腋毛を見る少年      入間市・峠谷清広
       芋の露終に一つとなりにけり     佐倉市・松本好勝
       甲斐駒に向けて恵みの柿を干す    多摩市・崎山 亨
       ふんだんに入れて松茸飯であり    名張市・山崎美代子

       棒のごとき迅さの鼬かな       熊谷市・時田幻椏

畏友 時田さんの句が、大串選で今週も入選。この句を読ませてもらい、先々週(1日)の句が頭に浮かんだ。
       熊谷市稲田に狸字佐谷田   幻 椏
あの時の狸が、鼬になったのかなぁ...と  それには時田さんの次の言葉があったからだろう。
 > 不意に動物が畦道を横切った。犬でも猫でも鼬(いたち)でも無い。思い返して、狸だと気付いた時の驚きは感動であった。

以下は、時田さんのブログからの転載である。
   狸を見つけて間も無くのある夜、農道を照らすヘッドライトに細長い小動物が横切った。
   両側はまだ刈り取られる前の稲田で、その動く物は、美しい黄金色だった。私は、直ぐに鼬と了解したのである。
   立て続けの野生動物遭遇に、何とも幸運な思いがした。
   そして何よりも、11月2句目の入選の元を作ってくれたのであるから、有難い限りである。

            短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(14日付)より

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今朝の気温5度、曇


  1. 2010/11/16(火) 06:53:19|
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ゴミの周辺で

ゴミ処理の周辺で

あつこさんの13日は、ゴミ処理について書かれてた。イギリスのリサイクルの歴史がわかりやすく、(ありがたいなぁ)と読んだ。
そのコメントに、私の所ではどうやっているのかを書くと約束した。
自治体によって、ゴミ処理のやり方は違いがあるから「日本ではこうだ」といえないので、以下は「天童市」の例である。
天童市のゴミ処理は、三市一町が東根市に「クリーンピア」という処理場をもっていて、そこでなされる。

産業廃棄物は措いて、一般家庭のゴミについて書く。
具体的にいえば、「天童の家」がある上荻野戸には 156世帯があり、そこに3カ所のゴミ収集所がある。
ゴミの分別は、もやせるごみ・資源物・プラスチック・廃食用油・ペットボトル・乾電池・酒ビン・ビールビン・アルミ缶・古着・新聞紙・段ボール・雑誌・雑紙・食品トレー・粗大ゴミ等

もやせるごみ・廃食用油は、毎週水曜・土曜に回収車がくる。(台所からでる野菜クズや魚肉、紙おむつ・紙くず・長靴・手袋等ゴム製類・布類・CDやテープ等)
資源物は、毎月第1・第3金曜日に出す。(資源物とは、主にビン類・カン類・鉄くず等)
もやせないごみは、毎月第2火曜日。(せともの・ガラスくず類・玩具・小型家電製品類・ホーロー製・ブリキ製・電球類等)
プラスチック容器包装は、第2・第4金曜日。
以上のごみは、指定袋(有料)に入れ、世帯番号をマジックで書いて近くのゴミ収集所へ出す。

乾電池・水銀入り体温計は無料で、もやせないごみの時に、別の袋でだす。
蛍光管は無料で、資源物収集日に、新聞紙などに包んで出す。割れたものは もやせないごみへ。
指定袋に入らない粗大ゴミは、有料による個別収集となる。

ペットボトル・食品トレー・牛乳パックはショッピングセンターの回収ボックスへ。
酒ビン・ビールビン・古新聞・雑誌・布類は、小学校の資源回収日に出す。
段ボール・雑誌などは業者がトイレットペーパーと交換してくれる。

アルミ缶は、毎月第3土曜日にゴミ収集所へ出す。民生委員がこれを公民館に運び、金属業者へ出荷し得たそれが 福祉のための活動資金となる。

『分ければ資源 まぜればゴミ』それが合い言葉で、限りある資源の有効活用と、地球温暖化防止のために「もやせるごみの減量化」に取り組んでる。
台所からの生ゴミ(例えば西瓜の皮)は水切りをしっかりとやってから出すなどちょっとした工夫で燃費が大きく違ってくる。
はい 一人一人のちょっとした努力が、地球温暖化を防ぐ大きな力になる!
資源のリサイクルは、限られた資源をね 大切使うことになるのだから、けっしてバカにできないだいじなことである。
まずは些細なことでも自分でできることからはじめようではないか! 交通渋滞もわずかな時間(秒)の累積が積もり積もって大きな渋滞になる。

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今日の画像は「天童の家」の庭で12日に撮った

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このモミジもすでにすっかり落葉し、今は裸木

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今朝の気温9度、雲多いが青空も


  1. 2010/11/15(月) 07:16:29|
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錠を開けて


電話のコールが鳴る。受話器をとるとNさんだった。
「鍵を(家の)中に置いたまましめてしまって、開けられない。助けてください」と言う。
Nさんは独り暮らしの若い女性である。なにか相談や困り事があると、民生委員の私に電話をかけてくる。

玄関の戸締まりは、南京錠でやっている。錠を開ける鍵を家の中に置いたままで南京錠をかけてしまった。
困っているNさんに「直ぐ行くから、待っていて」と告げ、パソコンの前を離れる。
ドライバー・金槌・バール・ペンチなどを持って車に乗る。Nさんの家に向かう途中で大工のOさん家へ寄る。自分では上手く処理できないので、Oさんに手助けを頼もうと思った。

Oさんは、幸いなことに家の近くで働いていた。訳を話しレスキュウをお願いする。過去、一緒に自治会役員をしたこともあって すぐ解ってくれた。
Nさんは、ドライバーでネジを外していたが、それ以上どうにもならずギブアップしてる。そうだろう、ドライバー1本で簡単に戸が開くのでは戸締まりにならない。
Oさんは、さすがに大工のプロで、てきぱきと処理してく。
そうしてる途中に、市役所からYさんも駆けつけてくる。Yさんは、昨年の3月まで当地区の公民館事務長をしてた馴染みの人で、現在は社会福祉課で仕事をやっている。

Nさん・Oさん・Yさん・そして私の4人が顔を揃えた。他人がみればなんのこともないのだが、実はこれまでも数度この顔ぶれで事をやってきた。
Nさんに、私が告げる。「今月いっぱいで民生委員を辞める。だから12月からは新しい人が担当になるからね。その人の電話番号・家も紹介する」
Yさんは、私の辞任を承知しており、Nさんにも担当者が変わることを話してくれる。
Oさんには、これまでお世話になった礼を述べる。図らずも、この時期に、こうした場ができたことを嬉しく思った。

Nさんには、私がどんな民生委員に映ったかは知らない。けれど、これまでの9年間 Nさんとはけっこういろいろと関わってきた気がする。
若い女性の独り暮らしで、授産所に通うNさんには 家屋修理の手助けや屋根の雪下ろしなど、また自治会のなかでのさまざまな義務(自治会費や労役等)の免除や軽減などについて仲立ちしてきた。
今後も、新しい民生委員に相談したり、アドバイスを受けながら暮らしてくことになろう。

3期9年間 民生委員をやってきて、社会参加あるいは自己啓発をうけたことは有意義だっとありがたく思う。
11月まで公的な役目を終える。間もなく71歳になる。あぁ 忘れるところだったが、妻の協力があったから民生委員も無事務めることが出来たのである。
Nさんが南京錠の鍵を家の中に忘れたことで、うふふ こうした最後の仕事ができたのだなぁ
イヤ、18日は独り暮らし高齢者や在宅介護をやっている方の「ゆぴあ」(天童最上川温泉)招待事業がまだ残ってた。
後任者との引き継ぎも残ってるなぁ...

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今朝の気温10度、靄が濃い



  1. 2010/11/14(日) 06:32:24|
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里の秋


今年の紅葉は、10日から1週間遅かった。
また紅葉の彩りも鮮やかさがいまいちの感があって、(不作だなぁ)と思った。
それでも蔵王や月山などの高山からはじまった紅葉狩りは、十分に楽めたのが嬉しい!

その上で書くのだが、例年ならまだ里の紅葉が真っ盛りのはずなのに、今年はもう早々と落葉しはじめてる。
今日 並べた画像は、県運動公園で9日に撮ったもので、イチョウ並木は花吹雪ならぬ紅葉吹雪で、感動的な出合いだった。
昨年・一昨年の「天童の家」と見比べたが、今年の落葉は1週間ちかく早いようだ。

紅葉のはじまりが遅く、逆に落葉が早くなってる。要するに、秋が短くなってる。
春の花が咲くのが、遅かった。記録的な猛暑が長く続いた。紅葉で見るかぎりは、秋が短く感じられる。
今年は早々と10月に初雪が里山に降った。けれど その後、里にはいつ降雪があってもおかしくないはずなのに、まだ初雪がない。

「花の命は短い」といわれるけれど、今年の紅葉は なんとも儚い。アッと思う間の落葉であるなぁ
モミジ・ドウタンツツジ などがはらりと落ちる。柿の葉も一晩で落ち裸木に近く寂しく感じられる。
マユミやサンシュユの落葉も間もなくだろう。カリン・マルメロも落葉すれば黄色い大きな実を晩秋の陽をうけ目立つようになる。
ヒヨドリがたくさんなったウメモドキの赤い実を啄んでる。

畑からホウレンソウ・シュンギク・大根・蕪・葱 をとってきた。ナンバンの葉も摘み取った。好きな食材である。
青菜がだいぶ大きくなって、20日過ぎには収穫し、2日ほど干した後に水洗いし、漬け込むことになる。収穫前に、雪を被れば甘味も増すのだが...
干し柿が風に揺れてる。日照不足気味だが、風と寒さがあるからきっとうまくできあがるだろう。

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今朝の気温14度、雲多いが青空も



  1. 2010/11/13(土) 06:48:27|
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撮ること

撮影の動機

写真は「足し算」と「引き算」であると書いたが、また「出合い」でもある。
カメラの前に何かがなければ、どんなに頑張っても なにも写らない。(佳い写真だなぁ)と思うそこには、たしかな被写体があった。
卑近な例で言えば、雪をうっすらかぶった山茶花が、初冬の光に輝いてる佳い写真がある。
その画像は、山茶花と雪と陽光がなければ撮れない。そういう被写体との出合いがあって、はじめて撮影できる。

飛ぶ宝石とまで言われるカワセミ。一度はこの手で撮ってみたいと思う。
しかし、カワセミとの出合いがなければ、写せない。
立谷川でもまれにカワセミやオシドリなどを見ることがあるけれど、年に1度か、そんな出合いしかない。残念だが撮影はムリである。
絵画としてなら、描けるものでも、写真にはたしかな出合いがなければ絶対に撮れない。
たまに瞬間的な出合いがあって、まれに撮影できることがある。そういう時は”僥倖”であって、まさに神が与え賜うた奇蹟!
うう、こういう当然すぎることを書くのは、バカげているなぁ(笑い)

写真で、もう一つ言いたいことがある。
それは、足し算とか引き算、あるいは出合いなどというのとは別に、「感性」が作画には重要なファクターとなる。
作画ということばは好きでない。が、撮影は、まずなによりも(撮りたい!)と思う(こころが動かされる)気持ちが先立って、はじまる。
こころが動かないものにカメラを向ける気がしない。(あぁ、この情景を誰かに伝えたい)そこから作画は出発する。

この他に、撮影動機となるのが「トライ」である。
他人の佳い写真を見て、(あぁ、自分もこういうのが撮りたい!)と思うことがある。
そういうのはけっこう強いイメージとして残ってる。いつかイメージしてるような画像をゲットしたいと狙っている(笑い)
っふふ トライが撮影のモチベーションになることが少なくない。まぁ ある種の遊び...

なんだかだ言っても、やはりカメラが好き、写真撮りが大好きなのである。
フィルム写真の時は、ランニングコストが高く、金のかかる趣味だった。だが、デジカメになって、マイコンで処理できるようになって、いくら撮りまくっても腹が痛まない。
ケイタイと同じように、どこへ出かけるにもカメラを携行する。カメラが道具(機械)というより、自己表現の一つになったような...

とまぁ、ここまで書いて、(うん、いったい何が書きたかったの?)と自問している。
実は、飲み会があって、したたかに暴飲した(笑い) で、まだアルコールが抜けきっていないようだ。
昨日書いたそれとダブってしまい、混乱してる次第でありまする

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近畿豆サクラ(上下)

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今朝の気温5度、曇


  1. 2010/11/12(金) 06:38:10|
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頒ちあふ友


       落花生の豆ぼっち並ぶ下総の畑道ゆけば豆ぼっちの影       松戸市・猪野富子
先日の東京・千葉研修旅行で豆ぼっちを見た。落花生を乾燥させるためのそれを ぼっち というのだと知ったのは最近である。

       百十七人かまれし中に我もいてかみつきザルの捕まりホッとす   沼津市・岩城英雄
被害者の一人としては、当然の気持ちだろう。
       捕獲され上目づかいのまなざしにサルの孤独の闘いをみる     浜松市・岡本 寛 (1日付・同じ佐佐木選者の選)

       朝の来てひらきて夜のきて閉じる花のようなるまぶた二枚     福島市・美原凍子
美原さん 久しぶりの歌 いかにも美原さんらしいいい歌

       ちょきはまだできないけれど吾子の手はちゅうりっぷにも羽にもなれる  高槻市・有田里絵
有田さん 久しぶりの歌 いかにも美原さんらしいいい歌

       こめふさくくりはまあまあポチしんだ電報みたい母の手紙は    札幌市・伊藤元彦
昔のお母さんの手紙は、こういうのが多かった。おくろのそれも似たようなものだったなぁ

       煙突屋来て教室の冬支度      東京都・大和 勲
       父一人米研ぐといふ夜長かな   八王子市・瀧上裕幸
       頒ちあふ友あり旅の胡桃餅     岡山市・大本武千代
       おでん煮て日本人と思ひけり    可児市・金子嘉幸

             短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(8日付)より

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今朝の気温10度、雲多いが陽射し射す



  1. 2010/11/11(木) 07:04:28|
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自然は芸術家


いつかも書いたことであるが、写真には「足し算」と「引き算」がある。
絵画にも同じことが言える。描くに邪魔なもの(不要なもの)があれば、それは画布に表現しなくてもいい。
反対に、そこに花とか青い色が欲しいと思えば、躊躇なく描き込める。

写真には、絵画のような自由気侭さはないけれど、それでも邪魔なものはフレームから外せばいいし、もしそこに傘などがあれば絵になるなぁと思えば、傘をそこに置けばいい。
引き算には、なにをどう切り取るかというそれも含まれる。
足し算には、物を加えるというだけではなく、時間を加えるというのもある。通常的には、シャッタースピードは1/100(秒)程度にすれば手ぶれがでないということで多用する。1/1000とか、それ以上のスピードで撮ることも珍しくはない。
逆に、三脚を立てて1秒とか、数秒のスローシャッター、あるいは15分間もシャッターを開いたままという撮影もまれにする。これは時間を足した撮影だろう。

「写真はウソつきである」という人がいる。きれいな景色が並んでるそれを見て、感動を期待して撮影現場を訪れた。だが、その期待が外れてしまい、なんだかウソをつかれた思いがするという。
っふふ、そうかも知れないなぁ。通常は、写真は引き算で撮る。どうという景色は無視(引き算)し、これぞと思う情景だけを選んで撮る。
結果的には、見る人を惑わしてしまうかも知れない。写真はウソをついてるわけではない。引き算や足し算をして、現実とはややちがう情景を写していることがある。

被写体の取捨選択は、撮る人の意図次第である。何をどう写すかはカメラマンの取捨選択にかかっている。また、それをどう撮影するかもしかりである。
画像が、撮影者のすべてである。なにをどう言おうと、画像が撮影者の意図するものだ。
その画像から、なにが伝わってくるか、なにを読みとれるか、それだけである。キャプションなど不要だ。

へへ そのキャプション(説明)をこれからする(笑い)
山へ紅葉を撮りに行ったが、時はすでに紅葉に遅く、落葉がたけなわ?だった。
しかるべき場所に三脚を立て、撮影をはじめる。その最中にも落ち葉が まるで雪が降るように舞い落ちる。

何枚も、何回も、シャッターを切る。
渓流の中に立ち、数秒に設定したスローシャッターを切り続ける。
花火と似たようなもので、どのような絵柄になるか分からない。水の流れと風の吹きようで、絵柄は千変万化...

こういう撮影は、遊び。感動はまちがいなくあるけれど、画像に関しては、まったくのカメラまかせ。
そんな撮り方をしてできたのが、今日の画像たちである。

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今朝の気温10度、雨



  1. 2010/11/10(水) 06:39:14|
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紅葉川渓谷 4

紅葉川渓谷シリーズは、これで終わり、明日は別の場所...

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今朝の気温12度、靄が濃い



  1. 2010/11/09(火) 06:57:25|
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紅葉川渓谷 3

紅葉川シリーズ 3
画像を並べよう

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  1. 2010/11/09(火) 06:49:32|
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紅葉川渓谷 2

今朝のつづき

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この続きは、また...



  1. 2010/11/08(月) 08:53:55|
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紅葉川渓谷 2010

紅葉川渓谷の紅葉を、昨日 楽しんできた
写真をいっぱい撮ってきたので、何回かに分けて並べる

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今朝の気温4度、晴



  1. 2010/11/08(月) 07:02:00|
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食用菊

あつこさんからのリクエストに応え

  春菊のように葉を食べるのではなく、花を食べるんですよね。大阪ではぜんぜん見たこと無いです。
  調理されて食卓に載ってる写真をリクエストします!これが食べ物になってるところがうまく想像できませんので。よろしくお願いします。
         2010/11/07(日)  あつこ

モッテノホカをさーっと茹でる。その時は酢を多目に入れる。
水からあげて時間が経つと色が変わってしまうので、食べる前まで水につけておく。

質素な「天童の家」の朝食 

干し柿は、昨日追加したので、そのようすを

あつこさん 百聞は一見に如かず でしょう

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  1. 2010/11/07(日) 09:34:19|
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