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猿  害

猿に泣かされる

    Re: 雪 男 ? 阿蘇望亭 - 2010/01/28
   天童は ”散歩道でさえ所々アスファルトが見えます”・・その程度ですか! 今日の飯豊はかなりの積雪でしたが、それでも例年の半分程度とか言ってましたね。
   そちらでも野猿が出ますか? 食糧豊富でよく太ってますね(^^)/
   こちらでも農家が猿に泣かされています。年々多くなって、それに比例して被害も増えているような… (--〆)

上のそれは、阿蘇望亭さんのBBSからの転載である。
以下は、29日付け朝日新聞ローカル版の記事の写し(抄)である。

    ニホンザル被害対策 3県16市町が連携へ  宮城のシンポに300人
 ニホンザルによる農作物の被害に悩む宮城、福島、山形3県の16市町と農協などでつくる「南奥羽鳥獣害防止広域対策協議会」が主催したシンポジウムがこのほど、宮城県白石市で開かれた。
 関係者約300人が出席し、連携を深めて対策を進めることを確認した。

 同協議会は2007年5月に発足、08~10年度を期間とする被害防止計画を作っている。
 それによると、被害は06年度、果樹や野菜を中心に313㌶に及び、金額にして2億4700万円。
 対策として捕獲したり電気さくを設置したりしているが、猟友会員の高齢化による捕獲の担い手不足、電気さくの老朽化による改修費増などが課題になっているという。

 ジンポジウムでは、青森・下北半島でニホンザルの調査研究をしているNPOの松岡史朗事務局長らが事例報告した。
 松岡氏は、下北半島では1960年に約200匹だったニホンザルが、現在は約1800匹に増えていると報告。
 新たな対策として、訓練された犬を使い、ニホンザルを追い払う実験をしていることなどを紹介した。

 松岡氏は行政が計画を作り、絶えず検証していくことと、住民自身が行政委せにせず主体的に活動していくことの必要性を指摘。
 「人とサルはどういう関係であるべきか。毅然と対応しつつも、寛容さを持って野生動物とつきあうことも求められる」と話した。


天童や山寺に畑をもつ人たちも、さくらんぼ やさまざまな野菜が被害に遭っている。
「部落(民家集落)にまで現れて、このままでは赤ん坊など安心して寝かせておけない。困ったことだ」と嘆く住民の声を聞く。
被害に遭った人からみれば、寛容さなど「関係のない人が言うことだ」と笑う。

これまでずーっとそこで農業をやってきた人たちが、被害に遭うのだから、怒りの気持が分かる。
クマ・サル・カモシカなど、特にクマはさくらんぼ枝を折って食べる。スイカなど1個をちゃんと食べきらずに次々に荒らしてく。
サルが群をなして人参やイチゴなどを食べまくる。カモシカやウサギは若苗の幹を囓って枯らしてしまう。

猟友会にお願いしてクマ捕獲してもらった時、クマ肉を肴に飲んだ酒の味を思い出す。
なんとも場違いなことで申し訳ない気がするけれど、っふふ なかなか楽しい宴だったなぁ
動物との共生は、口で言うほど容易なことではない。
もちろん、寛容さを否定するわけではない。ただ、毅然とした対応と寛容さは、盾と矛のそれにつながるなかなか難しいことである。

下北半島のサルは、北限のサルでもあって、暮らしの環境はそれこそ厳しいだろう。
それなのに 50年間で200匹から1800匹と9倍にもなっている事実は、なんとも驚きであるなぁ

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今朝の気温2度、外はまだ暗い




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  1. 2010/01/31(日) 06:06:03|
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寒の内

「寒の内」

今年の大寒は、20日で、雨だった。
大寒について、あるネットには次ぎように書いてある。
   大 寒
 二十四節気の一つで、旧暦では十二月中旬頃、新暦では一月二十日頃にあたります。
 寒さがさらに厳しくなり、小寒と大寒をあわせた約三十日間が「寒の内」と呼ばれる、一年で最も寒い時期です。
 大寒が終わる頃は節分となり、その翌日から「立春」となります。
 梅の便りもちらほら出始め、待ちに待った春の到来です。

節分の豆撒きが終わると「立春」で、梅の便りがちらほらとは雪国にはあてはまらないけれど、気分として?はよくわかる。
とにかく、今日(28日)あたりは、雪国にとってはいちばん寒さが厳しい頃である。
雪が降り、積雪に囲まれた風景の中で、やがて来る春を思いながら(雪国の冬はこれだからたいへんだなぁ)などと呟くのである。

ところが、今日は朝から小雨がぱらついてる。気温も3度くらいでそんなに寒さを感じない。
「真冬の雨、なんかへんな天気だなぁ」と私
「ほんと、でも、勤めには楽でいい」と妻が言う。
庭には、まだ残雪があるけれど、束ねたアジサイの周りなどには青い雑草が見え、雀たちが黒い土を忙しく啄んでる

「こんな日は、散歩にも行く気にならないなぁ」とぼやく私
「雨降りだし、ムリして行かなくてもいい」妻が助け船をだしてくれるのが嬉しい。
「うん、踏み台(運動)をやればいいよなぁ」
「パパ、そのための踏み台だもの、それで十分」(うう、今日は散歩代わりに踏み台だなぁ)とつい笑ってしまう。

それにしても、大寒なのにこの雨はどういうことなのだろう?
温暖化と決めつけることはしたくないけれど、やはりなんらかの影響があるのだろうと考えたくなる。
雪国に生まれ、長く暮らしてきた者にとって、雪のない冬は落ち着かない。
たしかに雪は厄介物ではあるが、へへ なければもの足りない。せめて「寒の内」は、雪があった方がいいような気がする。
うう 愚痴が出てしまうなぁ 愚痴からは、なにも生まれないけれど、黙っているとストレスになるから、うふふ 書いてしまった方がすっきりするから可笑しい。
いわゆるガス抜きというものだろう。

「今度の日曜まで、雪が降らないといい」と妻
「ん? なぜ」
「だって Sさん家へ行くんでしょ だったら雪がない方がいい」
そうか、31日は仙台のSさんの所へソバを打って持って行く予定だったのを思い出す。う~む、R48は交通量が多く、雪で難儀することもないはずだが、それでも雪道でない方がいいなぁ

雪が降らなければいいと思ったり、雪がないと落ち着かないと書いたり、へへ 人はなんとも勝手気侭なものだ。
でも、なんだかんだ言って(考えて)も、ね どうしようもないことであるなぁ 雪になるのも温かい晴れた空になるのも「お天気次第」で、人の望むようにはならない。
とはいいならが、「お天気次第」で、人のこころ(気分)は大きく左右されることが多いし、また気持だけでなくて、交通事情や経済の世界まで影響あるのも事実だろう。

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今朝の気温3度、外は暗い




新潟の大竹さんから次のようなメールと画像が届いた

  今野さんこんばんわ
  私の畑の隣にトキが来ているというのに一度も見ていません。
  近所の人が撮った素晴らしい写真を頂きました。
  緑色は標識のぺいんとです。
                 ♪おおたけ♪

うう、早速「天童の家」で使わしてもらうことにした
大竹さん ありがとう!! 撮影された方にも、ね 御礼申し上げます

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今ソバ打ち(二つ)を終わった。一つは知人に、もう一つは「天童の家」で食べる
明日は、朝食後にすぐ打ちはじめ昼に間に合うように仙台のSさん家へもっていく

午後4時20分の気温2度、小雨  今日もまた、上に書いたような天気である



  1. 2010/01/30(土) 05:53:01|
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雇用創出

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雇用創出

27日、いつものようにサイクリングロードを歩く。積雪も少なくなって所々アスファルトが見える。
当然のことながら、やはり雪のない道は歩きやすい。もちろんカメラを携行するが、撮るものがない。
散歩(運動)が主目的だから、ひたすら歩く。歩くことがイヤでない、というより好きなので撮るものがなくても気にならない。
しかしぜんぜん平気なわけでもない。できればカメラを向けたくなるようなのに出合いたいと思うけれど、ままならない。それはしかたない。

でも、歩いているとあまりよけいなこと(特にイヤなこと)を考えずに済むのがありがたい。
カメラを向けなくても、いろいろなものが目に入ってきて、それに関心が向く。散歩道の近くで別々の業者が2カ所で工事をしている。
工事その1は、新規に川をつくっている。散歩道の下をまったく新しい川が流れるようになる。それを見るのがなかなか面白い。
工事その2は、護岸工事のようで、立谷川の向こう岸を大きなショベルカーが2台、大きな音を立てながら動いてる。

護岸工事で思い出したが、川の右岸・左岸というのは、いったい川上に向いてるときなのか、その逆なのか?などと考えてた。
川は高い所(山)から流れてくるのだから、流れて来る方(上流)に向かって左側が左岸で、右側が右岸かなぁと思っていた。
ところが、川岸に工事名の標識が立ってあり、それによれば左岸・右岸は、川下の方に向かって左側が左岸で、右側が右岸ということが分かった。
へへ、そういう些細な疑問を解くのがなかなか面白い。

間もなく折り返し点という辺りから、一見して国土交通省の車と分かるトラックがこちらに向かってくる。
どうしたのかと不審に思っていると、車が停止し、男たち4人が降りてきて、作業にとりかかる。
サイクリングロード上に覆い被さってるクルミの木の枝打ちをはじめる。散歩やサイクリングをするに、それらの枝が邪魔になるわけではないのだが...

覆い被さってるのはクルミの木だけでなく、アカシヤや松、コナラやミズキなどさまざまである。
それらはまるで緑のトンネルとなり、涼風や日陰となってくれ(ありがたいなぁ)なのだが、それらの枝をノコギリや剪定ばさみで切り落としてる。
その作業員たちが乗ってきた車の脇に『緊急雇用創出作業中』の文字が読める。
(あぁ、そういうことなのかぁ)と思わず頷いてしまう。枝打ち作業を「雇用創出」のために行っているわけである。
通常なら、なんの支障もない樹木たちの枝なのだが、「仕事場」を作るための枝打ち。

山形県は、1万人の雇用創出を計画した。介護・福祉・子育て・医療、産業振興、環境・農林水産、教育・文化・防災、職業訓練関係、公共事業等の分野毎に新たな雇用現場を創出した。
枝打ち作業は、環境・農林水産分野の職場創出のようで、(不法投棄対策、景観の保全、農林水産業振興支援等) 目標数 500人  達成数 664人  達成率 132.8% (12月末現在)となっている。
だから、折角の緑のトンネルも仕事を失った人々にために消失するするのもしかたないと諦めた次第である。何年か後には、再び枝を伸ばした木々がトンネルを作ってくれることだろう。

先頃、国家予算を前にして「仕分け作業」が大きな話題になった。なにがムダで、ムダでないのがどれなのか判定するのが難しいことも多いことを知った。
山形県が創出した散歩道の「枝打ち作業」が、ムダなことなのかどうか... 議論の分かれることだろう。
うう、似たような事例は、方々にあるのではないか?と思った次第である。

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今朝の気温 1度、小雪




  1. 2010/01/29(金) 07:02:30|
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またまた

コメント・チェック

うう、また自分のコメントが送れなかった。
昨日の『自殺』に対し、3名の方からコメントがありました。
それへのレスポンスを書いてアップしようとしたけれど、どうしても受けつけられない。
何がチェックに引っかかったのが分からないまま、次のような内容に書き直したら、すんなりと受けつけられた。

   「自 殺」
   あくあさん
   nakamuraさん
   あつこさん
       コメントありがとうございます

   各自それぞれのわけがあるはずですよね
   それにしても、自分の生を否定するわけですから、辛いでしょう

   死後のことは誰も知りませんからねぇ

以下のそれが、はじめに書いて送ろうとしが、受けつけられなかったレスポンス内容である。

  あくあさん
  nakamuraさん
  あつこさん
       コメントありがとうございます
    
  自死するには、各自それぞれのわけがあるはずですよね
  それにしても、自分の生(存在)を抹殺するわけですから、辛いでしょう
  中には、幸せ?で安らかに逝く人もいるのだろうか...

  死後のことは誰も知りませんからねぇ

「自死」「抹殺」「幸せで安らかに逝く」を取り除いたのでしたが...
やはり「抹殺」なのか?
あるいは、レスポンス全体のニュアンスがチェックに引っかかったのか?

やはり過剰反応であるなぁと苦々しく思う気分である。



メールを開いたら
あつこさんから、次のようなメールが届いてた


こんのさん、コメントしようとして2回トライしましたが、スパムと判断されてしまいました。ここ載せておきます。
                                                    あつこ

うつ病で自殺する人が多いですが、日本って精神病に対するサポートや理解や医療体制が遅れてる気がします。

こちらでは結構いろんな人が坑鬱剤を飲んでます。薬漬けが良いことでもないし、実際処方されている数が日本より多いのかどうか知りませんが、少なくともそういうことをおおっぴらに言える風潮です。



  1. 2010/01/28(木) 07:53:49|
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青のシグナル

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青のシグナル

       「生きてるよ」そのことだけを知らせんと出口をわずか雪踏みにけり      山形市・大沼武久
天童市には「福祉推進員」という人々がいる。民生委員に協力し、主に地域の高齢者の(見守り)を役目にしている。
少なくともいわゆる孤独死を見過ごしたくないというところからの発想である。
発酵乳製品(ヤクルト等)とか友愛弁当を届けるというのも似たような発想だ。

       人の来ぬ道を律儀に雪掻きて老いのふたりがひっそり暮らす          群馬県・眞庭義夫
眞庭さんの歌は、上の大沼さんのそれと同じ、第三者に「無事でいる」「生きている」ことのシグナルを発しているのである。
「雪踏み」「雪掻き」は、そういう意味では「生存証明」というか、周囲に対する「青シグナル」の点灯になっている。

       百キロの麹の「天地返し」してかさかさの手に艶もどり来る          長岡市・唐沢美也子
独特の香りする麹室、発酵しつつあるご飯、「天地返し」は容易な仕事ではないが、その作業が終わる頃には、肌がしっとり汗ばみ、まるで自身が発酵しているような温かい気分になる。
百キロの麹というと何箱くらいになるのかなぁ...

       カナダの子は友情と答へ日本の子は空気と言ふとぞ目に見えぬもの    ひたちなか市・篠原克彦
答えは、その人が何に関心をもち、だいじにしているものを思い浮かべることが多い。
余談だが、山形県には空気がご神体の「空気神社」というのがある。カナダには「友情神社」とか「友愛神社」があるのかも...(笑い)

       どう見ても猫の顔なりとほほほほ賀状の虎をまねき猫にす           香川県・藪内眞由美
うふふ 猫も虎も同じ猫科の動物だもの、似ていても不思議じゃない、というか へへ 招き猫 めでたいですからなぁ
こういう歌(いいなぁ)ですねぇ

       なまはげにむしゃぶりついてゆく子かな       武蔵野市・水野李村
       闇といふ浄化装置に雪が降る             国立市・太田ひろのぶ
       白寿まで二年の山坂今朝の雪             東京都・木村茂枝
        
                  短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(25日付)より

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今朝の気温2度、曇




  1. 2010/01/28(木) 07:14:01|
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昨年自殺者 3万2753人

あつこさんの25日のブログが『ショックな出来事』である。
  突然死というのはショックだけど、自殺はさらにもっとショックです。
  いつもてきぱきとした人で、女々しいところがなく、そんなに悩みを抱えて自殺するタイプには見えません。

あつこさんのお子さんが通っている学校の先生が自死された。その自殺に対する衝撃がいろいろと書かれている。
(もっともだなぁ)と思ってコメントも書いた。
そして、今日の朝日新聞を見たら、次のような記事があり、書き写すことにした。

     昨年自殺者 3万2753人  78年以降5番目
 警察庁は26日、昨年1年間に全国で自殺した人は、前年より504人多い3万2753人(暫定値)だったと発表した。
 12年連続で3万人を超え、統計のある1978年以降では5番目に多かった。
 
 同庁によると、月別では1~8月は前年比2.9~7.4%増で、過去最悪の2003年(3万4427人)に迫るペースだったが、
 9月には一転して前年比7.2%減となり、10月(同1.3%減)、11月(同1.3%減)、12月(同1.2%減)と前年を下回り続けた。

 男女別では、男性は前年より575人多い2万3406人、女性は同71人少ない9347人。
 都道府県別では 1.東京 2989人(前年比48人増) 2.大阪 1982人(同146人減) 3. 神奈川 1798人(同20人減) 4. 埼玉 1796人(同143人増) 5. 愛知 1623人(同68人増)の順。

 同庁によると、自殺者数は98年に3万人を超えて以降、高止まり傾向が続いている。


1995年(平成7年)1月17日に起きた阪神淡路大震災の死者は、6434人で、大惨事だった。
昨年の自殺者数を阪神大震災の死者数で割ると5.09となる。昨年の自殺者数は、阪神大震災が昨年5回起きたと同じ死者数である。
「命の電話」とか「いのち110番」などで対応しているが、なかなか難しい課題があるようだ。

自殺大国からの脱出は、いかにしたらいいのか?
いろいろ言われていることがあるけれど、自分の課題として考えるとなかなか名案が浮かんでこない。
自殺を防ぐ「特効薬」はない。独り(孤独)ではないという思いをどうやって伝えていくかがキィーになるような気がする。

午前10時40分の気温1度、曇




  1. 2010/01/27(水) 10:43:18|
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資質が問われ

選ぶ側の事情

新聞を見ていて フッと気になる記事に目がいって読み出す。なぜその記事に目がいくのかなぁ
隅から隅まで読み通す人がいるようだが、とても真似できない。紙面全体をさーっと眺め、とにかく目が止まったところを読む。
斜め読みができる人も少なくないようだが、それもできない。どうしてそのような芸当?ができるのか不思議である。

今日(26日付け朝日新聞)の記事でいちばん(これはいい)または(面白いなぁ)と思ったのはスポーツコラム EYE だった。
次ぎにそれを書き写す。

     殿堂入り 落合なぜ落選    西村欣也(編集委員)
 野球殿堂入りの発表から2週間がたつ。「なぜ落合博満は2年連続1票差で落選したのか」という質問を、まだあちこちで受ける。
 プロ野球取材15年以上の記者による、記名式で所属会社名も明記した厳正な投票結果なので、僅差について説明のしようがないが、落選については考えられるいくつかの原因はある。

 ひとつはプレーヤー表彰の資格残年数だ。今年当選した東尾 修は残年数は1年。落合は9年だった。残年数が多いときは、票が入りにくいケースがある。
 かって長嶋茂雄が資格取得1年目に落選し、問題になったことがある。

 もうひとつは、記者の投票傾向だ。僕は幹事として開票に立ち会ったので、地域ごとの投票に差があることを確認した。
 名古屋地区のテレビ、新聞記者に落合の名を書かなかった票が目立った。
 落合の選手時代の成績は間違いなく偉大だ。史上最多の三冠王3回。首位打者、本塁打王、打点王各5回。それでも名古屋地区の票が伸びなかった。

 現在、中日・落合監督と地元マスコミの関係は良好ではない。記者の質問に答えないこともあり、ぶっきらぼうなコメントが多いと聞く。
 だから、地元・名古屋で、落合に好感情を持たない記者が多いのだろう。
 しかし、と思う。落合はプレーヤー部門の候補者なのだ。落合監督の態度に悪感情をもっていても、プレーヤーとしての落合の実績のみを判断基準にするべきだろう。

 2004年に資格最終年のランディ・バースが5票差で落選した例もある。歴代1位のシーズン打率記録を持ち、2年連続三冠王を獲得した男。
 彼も阪神退団のごたごたで大阪の記者の印象が悪く、大阪票が伸びなかった。
 落合の2年連続1票落選は、逆に投票する記者の資質が問われているように思う。

理屈と感情との狭間で、実績通りに評価してもらえない人がいる。そのあたりが切実に分かる。
他人がどう思おうと(実績がある、数字が証明してくれる)と思いながらも、当人のこころの底には、やはり選ばれないことへの寂しさがある。
殿堂入りなど気にしないと笑っても、こころの底から笑えない。

結局は、その人の生き様といってしまえば、それまでであるが、長年培ってきた生き様は投票のために変えることなど容易にできない。
人にはコントロールが難しい感情があって、なかなか理屈通りにならない難しさ(弱さ)がある。
投票する記者にもまた、選ばれる者の言動とは別の立場での言い分があるだろう。

西村編集委員のそれを読みながら、うん 選ばれる立場の者の思い、選ぶ側の微妙なこころの動きが(なかなか面白いなぁ)と思った。
そ、そして 第三者的な、なんとも無責任な可笑しがり方でもあるなぁと「慚愧に堪えない」気分もわいてきた次第である。

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今朝の気温 -3度、曇




  1. 2010/01/27(水) 06:47:51|
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女偏の漢字

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女偏の漢字

以下は、産経ニュースの転載である。
     女性差別だ、女偏の漢字改めよ! 中国で改革案…でも反対論優勢
                              産経ニュース 2010.1.25  【北京=矢板明夫】

 「『妖』『嫌』『奴』など計16の女偏の漢字は女性差別の意味があり、改めるべきだ」

 中国の弁護士が今月初め、国務院(政府)の国家言語文字委員会に対する提案をインターネット上で発表し、大きな話題となった。賛否両論が寄せられている。
 この弁護士はフェミニストとして知られる葉満天氏で、中国メディアの取材に対し「私たちが今日使っている漢字には、男性優位の封建社会のなごりがあり、マイナスイメージを持つ女偏の漢字が多く、女性の社会的評価を下げている」と説明。
一例として「嫉(しつ)妬(と)」を挙げ、「男女共通の感情なのに、女偏をつけるのは女性に対し不公平だ」と指摘した。
 「娯楽」の「娯」も、女性が男性を楽しませるという意味が込められており、学校で子供に教えると、男尊女卑の意識を助長する恐れがあるという。
 葉氏はこれら女性差別につながる可能性がある16の女偏漢字を、行人偏に改めるよう政府に求めた。

 この提案に対しては、一部で支持はあるものの、反対意見が圧倒的に多い。
 ネットでは「『好』『妙』『嬌』などプラスイメージの女偏の漢字も多く、それなりにバランスがとれており、変える必要はない」といった主張や、「男という字は『田』に『力』と書く。男性だけが田んぼで力仕事をしなければならないということになり、漢字は別に男性優位にはなっていない」といった意見が殺到している。

 北京師範大学の女性教授で漢字学者の王寧氏は「漢字は伝統文化が積み重ねられる中で形成されており、それ自身は差別の意味はなく符号に過ぎない。
 このように言葉狩りをするなら、現代社会に合わない古代の人々の意識や社会制度を反映する漢字を全部変えなければならないので、きりがない」と中国紙、法制晩報の取材にコメントしている。


漢字の故郷は、中国であるのは誰でも知っている。その故郷での漢字論なので興味がわく。
『それ自身は差別の意味はなく符号に過ぎない』というのには必ずしも同意できないが、(なんとも明解だなぁ)と笑ってしまう。

先日、ここ「天童の家」でも『処女』が邪魔?してコメントが送れないということがあった。
その際にも、「あくあさん」が次のようなことを書いておられるのが、とても興味深い。
   やっぱり人によって感じ方は違うんですよ。差別的に感じる人もいるんだと思います。これを「ダイバーシティ=多様性」と呼びます。
   私はまあ言葉の歴史の問題だと思うので、目くじらを立てるほどのことはないと思いますが、それでも語源を考えると、今後はなくしていくべき表現だとは思います。
   放送禁止用語とかと同じですよね。
   私の所属しているような企業では、男女差や民族によって感じ方が違うような言葉や態度に対しては、もっとも保守的に扱うよう、ロールプレイングまでやって、みっちり訓練されます。
   ちなみに私はダイバーシティ委員をやってたりもします。

   クジラ船を命がけで妨害している人たちを見ても、私にはまったく理解できないし、お前だって牛を食べてるんだから同じだろ、と言いたくはなりますが、
   それでも、人はそれぞれ違う考え方を持ってるんだなと思いますねぇ。何が正しいかなんて人には決められないので、譲り合うしかないと思いますね。
                   2010/01/12(火)   あくあ

「処女」も、手垢で汚れてしまう前は、差別用語ではなかったはずである。むしろ、ある意味ではそれこそきれいなイメージさえわいたろう。(うう、今でもそうだと思う人もいる)
差別用語になるのは、そういう使い方をしてしまうから そうなるのであって、言葉自体に はじめから差別の意味があるわけでない。
そこのところ抜きにして論じるから、おかしな言葉狩りになってしまう。
だから、いわゆる言葉狩りでなく、差別的な存在にしてしまった社会の在り方を変えなければ、いくら女偏を行人偏に変えようと人偏にしようと差別的なそれは変わりはしないだろう。

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画像は、「天童の家」の熟柿を食い尽くした椋鳥たち


今朝の気温0度晴れ




  1. 2010/01/26(火) 07:18:35|
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G先生ご夫妻と

暮らすのが早い

年賀状を読み、新しい年のことをいろいろ考えたりしていたのがつい先日だったような気がするけれど、はやいものであと1週間で1月を暮らしてしまう。
元日から毎朝 雪掻きで、(今年は雪が多いのかなぁ)とうんざりした気分だったが、その後は雪掻きで苦労することもなく、助かっている。
反面、なんか拍子抜けの気持がないわけじゃないから可笑しい。

ここまで書いたら、ピンポ~ンとチャイムが鳴る。家庭医のG先生ご夫妻が来られたようだ。私は出迎えに玄関へ向かう。
G先生ご夫妻とは、毎年「飲み会」をやっている。G先生は疾うに70歳を超えている(奥さまが私と同年)。
この歳になると、あまり余計なことは考えない。とにかく楽しく飲むことが至上命令?というか、飲みたいものを飲み、食べたいものを食べて楽しむ。

特別な料理を拵えるわけではない。日常では食べないようなそれは妻が作る。が、それもたいしたものではない。
お互いに好きなもの(酒)を飲み、出された料理に舌鼓を打ちながら 4人が同等?に会話を楽しむ。
気心知れた、いわば水入らずともいえる4人が交わす会話であるから特別書くこともない話の連続で、それはしかたない、というか珍しいことではない。

G先生(内科医師)は、普段は寡黙な人で、日常診療では必要最小限の説明しかない。だが、酒好きな人が酒を飲めば、会話も弾むのが自然だろう。笑い声が絶えなく続く。
G先生の会話が滑らかになる。うん、いつの間にかG先生のアイデンティティにまで突っ込んだ話になっていく。普段のG先生からは想像できない話題であるなぁ
人は見かけによらないこころの襞をもっているものであるなぁと面白く感じる。

お酒が入ると、ふ~む 常日頃の抑制がとれ、ふだんでは見られない姿が現れる面白さがある。
無防備のなせる姿だろう。お酒とは、なるほど面白いものだ。
だが、無条件にそれを認めるというか、素直に頷くことができない。その人の”弱さ”みたいなのがかいま見るからである。

だから、ストレートにそれらが書けない。それだからなお一層その話は面白いと思うのだが、書けないのはしかたない。
うう なんとも奥歯にものが挟まったような言い方だが、そういうことが暮らしの中にはたくさんあるものだ。
とにかく、楽しい時間は、アッと思う間に過ぎてしまう。G先生はもっと居たかったようすだが、奥さまの意向もあって午後4時過ぎに”ご帰還”となる。

あと1週間を暮らすと、うう 2月になる。
ごくごく当たり前なことなのだが、それでも時間の過ぎるのがなんとも(早いなぁ)と思ってしまう。
それだけ歳をとったということなのか、なんとも悲哀感がともなう。

消極的考えてもなにも得られない。少しでも前向き、積極的に考えて生き甲斐を感じることができたら、それこそ嬉しいことである。
見る限り、これといった明るい話題がないけれど、それでも前向きに積極的に暮らしていく姿勢を失いたくないなぁと思う次第である。

まだアルコール分が抜けきらないまま書いたものだから... うう、文がふらふらと酔っぱらているなぁ
しかたない。このままアップしよう

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今朝の気温2度、曇



  1. 2010/01/25(月) 07:06:25|
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最上川冬景色

昨日はソバ打ちの師匠の家へお邪魔し、お茶(おちゃけ・お酒)をいただいた
今日は「天童の家」へ家庭医ご夫妻を招いてソバ(本命はお酒)を食べてもらう

そんなわけで、文章はなくて、先日撮った「最上川冬景色」を並べる

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今朝の気温0度、晴れ




  1. 2010/01/24(日) 07:01:40|
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世を映す記事


昨年半ば頃から大きな流行になって人々を慌てさせ、生徒たちが一斉にマスク姿になったのはインフルエンザのせいだった。
はじめ「豚インフルエンザ」といわれ世界的大流行になると恐れられ、空港などでは大規模な水際作戦がしかれたのは記憶に生々しい。
それが、いつからか「新型インフルエンザ」と呼ばれるようになり、「豚インフルエンザ」の呼称はみられなくなった。

以来、ずーっとこの新手インフルエンザは「新型インフルエンザ」と呼ばれている。
たしかに、「豚インフルエンザ」よりは、「新型インフルエンザ」の方が馴染むというか、しっくりするような?気がするから可笑しい。

ところが、今日(22日付け朝日新聞)の新聞を見て、遠い記憶になりつつあった「豚インフルエンザ」というそれを思い出した。
そのきっかけになった記事を次ぎに転載する。

     新型インフルエンザ  山形の養豚場でブタの感染確認
 農林水産省は20日、山形県北部の養豚場で新型インフルエンザに感染しているブタが確認されたと発表した。
 感染したブタが出荷された可能性は低く仮に出荷されても加熱処理していれば食べても人に感染することはないという。
 同省によると、養豚場から連絡を受けた県が13日に検査した際、感染の疑いがあることが判明。農研機構動物衛生研究所(茨城県つくば市)で遺伝子解析を実施し20日に新型インフルエンザであることを確認した。

 人から感染した可能性が高いという。
 この養豚場では8棟で約2400頭を飼育。症状はこれまでに約160頭でみられたが、19日は4頭を除き回復。13日以降は出荷を自粛しているという。
 ブタが新型インフルエンザに感染した例は国内では昨年10月に大阪府で発生して以来2件目。

社会面片隅の記事である。そのすぐ上にある記事も(面白いなぁ)と思ったので、次ぎに転載する。

     文科省政務三役 日教組の集会へ  59年ぶり、出席調整
 日本教職員組合(日教組)が23日から3日間、山形県内で開く教育研究全国集会(教研修会)の初日の全体集会に、文部科学省の政務三役から1人が来賓として出席する方向で調整が進められていることが分かった。
 文科省によると、1951年の初開催時に当時の政務次官が出席した記録があるが、政務で同省に入っている国会議員が出席することになれば、それ以来という。

 日教組は民主党の主要な支持団体の一つで、政権交代の影響がここにも表れた。
 文科省関係者によると、日教組は当初、川端達夫文科相に出席を要請したが日程が合わず、代わりに高井美穂政務官(参院議員)が出席してあいさつする方向で最終調整中という。

22日のトップ記事は、鳩山由紀夫首相と自民党の谷垣禎一総裁が21日の衆院予算委員会でのいわゆる党首対決のそれだった。
(予算委員会委員長が山形県選出の鹿野道彦ということもあってテレビもずーっと見た)
大きく取り上げられる記事はそれなりに見ているが、上で取り上げたようないわゆる小さな三面的記事にも(世を映す面白さがあるなぁ)と思うのである。

*
今日の画像は、まったくの「こぼれ画像」で、なんの脈絡もない

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今朝の気温0度、外はまだ暗い




  1. 2010/01/23(土) 05:54:34|
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真冬に雨

冬の真っ只中で

20日が大寒だった。大寒といえばいちばん冷える日というイメージがある。
ところが今年の大寒は、全国的に記録的な温かい日となり、山形では午後から雨となる。
午前中は、陽射しに誘われ散歩にでかける。車道には雪がなく アスファルトは乾いてる。
しかし、サイクリングロードはさすがに雪があって歩きにくい。気温が高いものだから雪がシャーベット状でざくりざくりと滑る。

雪国に暮らす者には、冬はやはり雪がある方が落ち着くものだ。なのに、まるで春めいた気温はなんとなく落ち着かない気分である。
矛盾することを書くが、雪国では晴れた温かい日は(ありがたいなぁ)と思う。陽射しは、(恵み)であり、(ご馳走)と思える。
だが、それとは裏腹というか、あまりに冬らしくない日は、なんとも落ち着かないのも反面の真実というか、妙な気分を覚えるから可笑しい。

大寒だから、寒くても、それが当たり前と思う。吐く息が白くなり、川には氷が張って当然である。
けれど、気温が高く、凍りつかない川や堅雪にならない雪原はなんともしまらないものだなぁ
しまりのない雪は、だら~っとして、まるで腐れた感じがする。冷えきった時に見せるあのキラキラ輝く美しさがないのは寂しい。

人は、なんとも身勝手なものと思う。っふふ ないものねだりをしてしまう。(天の邪鬼な存在だなぁ)
厳しい冬、寒く冷たい雪があるから、迎える春がいっそうすばらしく感じられる。そのためにもやはり大寒は、大寒らしくあってほしいと思う。
雨の大寒は、冬にはマッチしない。

21日の朝も小雨だった。
雪掻きはもちろんしなくてもいい。屋根の雪下ろしをしなくても自然に融け、落下するので助かる。
それなのに、なんとなく落ち着かない気分が残る。

本格的な降雪は、まだこれからもつづくだろうし、いちばん寒くなるのも今月末から2月中旬にかけてである。
それが分かっているから、この小雨は(ありがたい)はずなのに...それでもなぜか落ち着かない。
季節にマッチしない気温、降雨は気分を騒がすようだ。

うう 午後からは気象情報通りに再び寒さが戻り、雪が降るようだ。風が強くなってきてる。
雪国の春は、まだまだずーっと先のことだなぁ

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今朝の気温 -1度、曇





  1. 2010/01/22(金) 06:51:39|
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雪が飛ぶ



雪国に暮らしているからしかたないのだろうが、この時季のブログはどうしても雪にまつわる内容になってしまう。
「雪がくる」とか、「雪が飛ぶ」という言葉というか、現象を目にする。
ある日、空を見上げると、雪が西から東に向かって飛んでるのが見える。シーズンはじめにそれを見ると「あぁ、今年も雪がきた」と言う。
また、晴れた日にふと見上げる空に、無数の雪が飛んでいるのが見えるときもある。「あっ! 雪が飛んでる」思わずそんな言葉が出る。

言葉で、それを表現しようと思っても、見たことない人にわかってもらうのは難しい。
っふふ やはり、百聞は一見に如かず である。拙い画像だが、並べる。
あらかじめ想定して撮るのでない。たまたま見つけてカメラを向ける。

むむ 写真は出合いというが、それは写真に限らず、「生」そのものがまさに出合いだと思える。さまざまなことに出合いながら生きている。
そこに感動もあれば、また悲哀も生じる。そう 一期一会 の人生と思う。だからこそ目にするものからいろいろな感動が得られる。
散歩中にもハッとするような情景に出合う。カメラを向ける間もないことも多い。まるで碧い宝石のようなカワセミが足元からサーッと飛ぶ。
名も知らないリスのような形をした小動物が石垣を伝って走り去る。きれいな羽模様の小鳥が忙しく動き回る。

うう、脇道にそれた。晴れた日の雪が飛ぶそれを見てみよう

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今朝の気温10度、小雨




  1. 2010/01/21(木) 07:27:57|
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風がきれい

「風がきれい」

       アパートの三階という浮き島に居て仮の世の鐘を聴く除夜       福島市・美原凍子
       私のりんかくぼやけゆくまま風に抱かれていようふるさと       福島市・美原凍子
美原さんのフアンということもあるのだろうか... 澄んだ、あるいはたゆたう気分が(いいなぁ)としみじみ思う。

       柚子よりも小さなこぶしもう少し大きなこぶし冬至の風呂に      高槻市・有田里絵
お子さん二人と一緒に柚子風呂に... 

       行った跡そのまま残る雪道を帰りもなぞる左右逆にて         新潟市・高橋祥子
高橋さんと同じように雪道を歩いてるのだが、うう 行きと帰りでは左右逆になるとは気づかなかったなぁ たしかめてみると、うう たしかにそうなるなぁ
左右が一緒だと、落ち着かないというか、クロスしないのであるなぁ 雪道ではなるべく抜からないようにして歩く。それにはやはり左右逆にすれば先の足跡をクロスした形になり、沈みが少なくなる。
歌詠みって、そういう細かいことまでちゃんと観察しているのだなぁと感心する。

       ぼんやりと生きてきたから気づかない「風がきれい」と盲目の子言ふ  多摩市・橘 かほる
言われてみれば、やはりきれいな風とそうでないのがたしかにあるのを感じる。
風そのものは、目に見えないけれど...やはり、気づく人には分かるのだろう

       亡き母とちょくちょく行きし食堂が売物件となりて久しい       山口市・香西堯子

       初雪の阿蘇とは心躍りけり      福津市・松崎 佐
       富士山のやうに焼けたる春の餅    東京都・河島 博
       初日記人の生死にはや触れぬ     周南市・藤井浅夫
       初旅や壱岐よ対馬よ海のいろ     東京都・鈴木淑枝

                短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(18日付け)より

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今朝の気温2度、晴




  1. 2010/01/20(水) 06:47:25|
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扱い方で

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殺人事件数

以下は、「あくあさん」のブログからの転載(抄)である。
  一般的にテレビなんかを観ている範囲ではホームレスが急増しているようなイメージを持つじゃないですか!
  それが、実際のところは若干ながら減っているのです・・・。
  私は常日頃からマスコミが作り上げようとしているイメージはそのまま信じず、必ず裏を取るように心がけています。

  そういえば、どのマスコミも、「ホームレス数が激増しています」などといったことは言ってませんでしたよね。
  単に、最近ホームレスになった一部の人をとりあげて、急に仕事がなくなったから、派遣切りをされたからホームレスになったんだといったことを言っていただけです。
  そういう意味では彼らが報道していたこと自体は正しいんでしょう。
  しかし、それを観ている一般市民は、最近の不景気で急激にホームレスが増えている、というイメージを抱いちゃうんですよね。
  マスコミはそういう効果も読んだ上でやってるんでしょうけれど・・・。

それを読んで、私は次のようなコメントを書いた。

  データとかアンケートなどの調査結果は、写真と似たようなところがありますね
  写ってるそれはウソじゃない。けれど何処をどう撮るかによって、伝わり方がちがってくる
                    こんの 2010/01/15

その後、新聞をみてたら(意外!だなぁ)という記事に出合ったので、次ぎに転載する。
    殺人事件、戦後最少 昨年1097件
  昨年1年間に全国であった殺人事件は前年より200件減り、戦後最少の1097件だったことが警察庁のまとめ(速報値)で分かった。
  殺人事件の検挙率は前年より2.7ポイント高い98.1%となり、戦後3番目に高かった。14日、同庁が発表した。
  同庁によると殺人事件は戦後間もない1946年は1791件だったが、54年には最多の3081件に達した。
  その後減少傾向が続き、90年代からは1300件前後で推移していた。
  同庁は「ネット社会となり一般社会と接触しないを持たない人が増えたことも殺人事件が減った一因の可能性がある」と推測する。
  
  刑法犯全体では昨年は前年比6.3%減の約170万3千件。7年連続の減少で、14年ぶりに170万件台にとどまった。
  全体の8割近くを占め、体感治安に影響を与えるとされる窃盗が、5.3%減の約129万9千件と28年ぶりに120万台になった。

朝日新聞社会面にコラム扱いで載った記事(15日付)である。
(意外!だなぁ)と思ったのが二つある。一つは、殺人事件数が減ってきているということ。
新聞やテレビニュースから感じるのは、(毎日のように事件が起きて、この頃の世は なんとも物騒で、事件もかなり増えてきてるのかなぁ)と思える。
「日本の安全神話が崩壊した」などとよく言われるからでもある。
だが、実際は殺人事件でいえば 戦後最低数だという、それへの驚きがあった。

もう一つの意外は、殺人事件数そのもの件数の多さである。年間に1097件とは! 
うう 1日に3件の殺人事件が起きていることになる。なにかの間違いかなぁ... ホントだろうか?
ありふれた?殺人事件は、報道の値いもない、そんな扱いになっているのだろうか?
犬が人を噛んでもニュースにはならないが、人が犬を噛めばニュースになると言われるが、殺人事件をいちいち報道していたら、やはり世の中おかしくなってしまうかも知れないなぁ。

毎日のように写真を撮っていると、なにをどんなふうに撮るかによって、写真の語る内容がかなり違ってくるのを実感する。
写真は、真を写すと書くが、写された事物は写ってるそのままにしても、その画像が語る(伝える、または表現する)意味がさまざまに変わるのが実際である。
データも扱い方によって、その意味が変わることは否定できない。写真も文章も同じで、なにをどう扱うかによって伝わる意味が大きく違ってくる。
そんなことを感じた新聞記事であった。

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今朝の気温1度、雲多いけれど青空も




  1. 2010/01/19(火) 06:53:56|
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イクラ

イクラ
(はらこ=生すじこ)から作る


以下は、あくあさんのBBS(12月14日)のコメント部分の転載である。分かり易いように少し変更してる。

函館に行きたいのか、カニを食べたいのか?
          あつこ 2009/12/14 03:01
食べ放題いいですね!でもカニはともかくイクラは...美味しいのをちょっと食べるのがいいと思います。
           Sokichi 2009/12/14 10:11
「天童の家」では、はらこ(卵)を買ってきて、私がイクラを作ります
好みの味が楽しめますし、出来合いを買うよりはずーっと贅沢に食べられます
はらこを解すのがちょっと面倒な気がしますが、慣れてしまえばわけないです
          こんの 2009/12/14 17:01

 あつこ>ははは、もちろん食べ物目的です。カニに限らないけどね。
          管理人あくあ
 Sokichiさん>でも函館朝市で食べた山盛りのイクラ丼が忘れられないんですよ。
                          管理人あくあ
 こんのさん>そうなんですか。こっちでは、はらこなんて売ってません。見たこともありません・・・。
 いくらって最初からあんな感じかと思ってました(笑)
                          管理人あくあ 2009/12/14 20:14

 私もこんのさんの「イクラを作る」という表現にちょっと驚き。私もあれがおなかから出てきた状態だと思ってました。
                          あつこ 2009/12/14 21:33
 鮭の卵は、硬い弾力性のある袋に包まれてます
 北海道へ行けば分かりますが、雌鮭を買うと、そのお腹に卵がいっぱい詰まっております
 「天童の家」あたりでは、卵だけで売っておりますので、それを自分で解いてイクラを作るのですよぉ
 卵1粒は、ちょっと動いただけではびくともしないように袋にびっしりと包まれてるのです
                          こんの 2009/12/15 07:12
 ス、スジコってなんだ? あくあさん知ってる?
                          あつこ 2009/12/15 08:28
 ばらす前のものは全て筋子と呼ばれるが、流通している物のほとんどが塩蔵加工品であり、特に断りなく筋子と言うとほとんどは塩蔵品である。
 このため特に未加工の筋子を生筋子と呼んで区別をつける。 東北地方においては、塩蔵品を筋子、未加工品を腹子と呼んで区別するので注意が必要。
                          こんの 2009/12/15 14:50
 あぁ、上の解説文(?)は、wikipediaの転載です
                           こんの 2009/12/15 14:59
 知り合いが山形から(♪)送ってくれたことがあります。
 手作りのいくらって、一粒一粒がしっかりしていて、狙いを定めてガチって噛んで食べるかんじですよね。
 噛みそこねたら口の中でピュッと逃げる。
 食べたくなったでしょ。
 あくあさん、貴女は思ったことは実行するからなぁ~。
                          ぎ 2009/12/15 17:57

 こんのさん、解説ありがとうございます。Wikipediaはほんとに便利ですよねぇ。

 ぎ・ちゃん>もちろん実行します。はい。
                          管理人あくあ 2009/12/16 10:32

17日、ショッピングセンターへ行ったら、はらこが並んでたのでゲットした。
18日、はらこ(生すじこ)からイクラに作りするのを写真に撮ったので並べる。妻は別用があって外出中なので、一人二役なので「はらこ」「解く」「イクラ」の3行程のみとなった。
最後の写真に、酒(匙1)・醤油(匙2)を加え、冷蔵庫へ1時間保存すると「天童の家」製イクラの出来上がり。醤油は、どこにも負けないほどのいい味のを使っている。
味は、好み次第でいかようにもなる。はらこ(生すじこ)は1200円ちょっと、これだけのイクラを買えば、3000円を超す値段だろう。

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午後3時半の気温5度、曇




  1. 2010/01/18(月) 15:27:23|
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宝珠山 立石寺

1015段

見出しの「1015段」とは、山寺の石段の数である。
山寺は、「宝珠山 立石寺」といわれるように、やや険しい山が修験に適してたのか、慈覚大師(円仁)が開山したといわれている。
麓から急な階段を一つ上ったところに根本中堂が建ち、さらにいろいろなお堂を経巡りながら左へ進むと奥の院へ至る山門にであう。

山寺が賑わうのは、さくらんぼが色づく初夏(6月)、そして紅葉の時である。奥の院へ続く長い階段が人に溢れ、まるで銀座のようになる。
もちろん、ゴールデンウイークや夏休みの頃もそれなりに活況を呈する。彼岸や秋の彼岸も参拝の人々が多いし、お盆や元朝参りも混む。
要するに、いつも人々の姿が絶えない。なにしろ国際観光地なのである。日本語ではない言葉が飛び交う。

山寺は、「天童の家」から車で5分と近い。毎日の散歩も山寺の山を眺めながらしている。
14日に「かざぐるま」の見出しで(詩もどき)をアップした。その中に水子地蔵や風車の字句がでてくる(そうだ、山寺で写真を)と思い立った。
15日は、さいわいに雪が止み、空もわるくないので山寺へ出かけた。

車を降りると、ちょうど大型観光バスも客を降ろしはじめたところだった。バスから出た客たちが雪を見て、いかにも珍しそうに騒いでいる。
言葉が通じない、外国の観光客なのが分かる。つららを食べながらカメラにおさまっている。
うう 余談は措いて、私は奥の院への参道を上りはじめる。マイペースでゆっくり、時には立ち止まってカメラを向ける。
もともとは水子地蔵と風車を撮るために来たのだから、それらの被写体にカメラを向け迷わずシャッターをきる。

五大堂で冬景色を楽しみ、奥の院まで階段を上る。もちろん石段には雪が積もっているけれど、雪掻きがなされており、歩くのに支障はない。
麓から奥の院まで1015段を上るが、疲れは覚えない。階段は上るより下りが神経をつかう。転ばないように、滑らないように気遣う。
金曜日ということで、参拝客の姿は多くなく、ゆったりした気分がいい。疲れた気分はすこしもなく、満足し下山できた。


16日の朝、ん? 脚の筋肉が痛むのを覚える。(あぁ、やっぱりあの1015段が応えてるなぁ)思わず苦笑する。
土曜日なので アルミ缶の集荷作業をする。特に苦痛を感じない。が、歩く度に筋肉痛を感じるのは否めない。

17日の起床時にも(あぁ、まだ 1015段が...)と笑ってしまう。歳をとると、疲れがいつまでも残って回復しない。
若いときなら、一晩寝てしまえば、翌朝は疲れなど気にならなかった。なのに、翌々日まで疲れがとれないのは、やはり老いたということだろう。
わずか1015段のそれを往復しただけだというのに...これが、朝日連峰などの深い山々だったら、たいへんなことになる可能性が大であるなぁ

老いると、疲れをその日には感じない(鈍る)。実際は疲れてるのに、それを感じないとしたら、へへ ムリをしてしまうことになる。
そのムリは、翌日、もしくは翌々日まで引きずることになる。これはよく考えれば怖いことである。
疲れたまま、翌日もさらにハードな行程をこなさなければならないとしたら、それこそいつダウンしてもおかしくない。
疲れを疲れとして感じることに鈍くなっているのがこわい。
これからは、1日限りのハードさはしかたないとしても、連続してのムリは決してできないなぁ

近まの蔵王や月山くらいが行動範囲なのだろう。うん、それはしかたないことだ。遠い、または高い山だけがいいわけではない。
歳に見合った行動するしかない。それを忘れずにやれば、まだまだけっこう楽しめるはずだ。
気持が若いのはいいのだが、身体は気持とはパラレルではない。そのことをしっかり念頭に置いておこうと思った1015段である。

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今朝の気温 -3度、曇




  1. 2010/01/18(月) 07:25:46|
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かざぐるま

赤い風車(かざぐるま)

以下の文は、次のHPからの転載である。全文をコピーしようとしたのだが、出来なかったの、ある部分だけ書き写した。
             http://kyoto.cool.ne.jp/monto/houyou/mizuko.html

     水子供養を考える
 世間では、水子を供養しないと、私たちに祟られるなどというようなことを申しますが、断じてそのようなことはありません。
 祟るのは自分自身、障りの原因は全て私たち自身の心の中にあるのです。
 祟ると考える人たちの中には、なにかあると水子に責任転嫁するかのように、水子がたたるが如くいいますが、これは大きな間違いです。
 何か自分に都合の悪いことが起こると、すぐに「水子のせいで」と水子を悪者にしてしまっているのは、世間の脅かしに迷っている私たち自身なのです。

 水子という用語も、本来、江戸時代 とくに享保・天明・天保などの三大飢饉のときには生活防衛のためにやむなく「間引き」という農業用語が転じて用いられたほど、飢饉などで、出生後、口減らしで故意で殺害した子供に対する用語だったのが、現代では、主に人工中絶した子を指すようになり、その後は流産した子も含むようになってきています。

 現在、浄土真宗以外の、特に新種の水子除霊・水子慰霊商法の新興宗教的寺院等で行われている水子供養というのは、わずか20数年ほど前からできた新しい風習です。
 水子が「タタリ始めた」のも実はその頃からのようです。
 つまり単なる迷信、いや、脅かしであります。


この他に興味ある記述があった。もし関心ある方は上のHPへ行かれることをお勧めする次第である。
人間の弱さにつけいる宗教的悪徳商法は許し難いけれど、それでも人はこころに引っかかるものを引きずりながら生きている。
山形では、水子供養は山寺が知られている。それについてめくじらたてて強い言葉でいうほどの気持はない。

水子供養とは、どういうことをやるのか知らないけれど、きれいに彩りされた小さな土人形や赤や青い風車(かざぐるま)を見ると、(あぁ、これでこころが休まる人がいるのだなぁ)とホッとしながら眺める。
15日にその山寺へ行き、1015段の石段を上ってきた。

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今朝の気温 -2度、小雪




  1. 2010/01/17(日) 07:17:16|
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山  寺

山寺で通ってるが、宝珠山 立石寺が正式名である
天台宗の名刹 円仁(慈覚大師)が開祖といわれ、円仁餅が名物になっている

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       閑かさや岩にしみ入る蝉の声   芭 蕉

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       線香を焚く香炉 蓋の上に積もった雪に

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       右上のそれは、納経堂

午前11時半の気温 -3度、小雪




  1. 2010/01/16(土) 11:25:31|
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大当たり


早いもので、今年も半月を暮らした。
今日のそれは、年始回りの話からまたまた逸脱したバカ話である。

13日に、母の方の親戚回りを(母が)した。母の兄弟たちの家にゆかりの 4人が集まって新年の会合をした時、話された話題の一部。
母の兄の子ども(甥)が結婚に至る思い出話をしたという。甥(Sさん)といっても明日あす70歳になる、その彼が言う。
「結婚まで、見合い 10回した。それでやっと今の妻と巡り会えた。これもなにかの縁だべなぁ」うふふ お正月に似合っためでたい話である。

その話を母から聞いた妻が、翌日の朝食後のお茶飲み時に、私に語ってくれる。
「ふっ はじめて聞いたなぁ へぇ 10回もなぁ」私は軽い驚きを覚える。Sさんたちはオシドリ夫婦である。ようやっと10回目でとは考えなかったなぁ
「縁なんて、どこに転がってるか分からないねぇ」

「ママと結婚して、よかったなぁ はじめての見合いだったなぁ 私は」
「パパとは2回目、Sさんの10回って多いよね」
「でも、いい奥さんと出合えてよかったよなぁ 私はたった一度でこんなにいいママと出合えてさぁ 大当たりだった! ママは、こんなのを掴まされ大外れだったろ?」
「ちがう! 大外れなんてない。大当たりよぉ 大当たり!」

「1回きり、はじめての見合いでの結婚。Sさんとは大違いだけど、それでもこんなにいいママと結婚できて幸せ」
「パパは、それまでにいろいろといっぱい楽しいことをやってきたでしょ。私なんかパパの何分の一だもの...」
「そ、そんなことない! 真面目だったし、もてなかったから...」
「またウソ言う。M・Yさんとの大恋愛 私知っているもん パパはウソ語るからキライ」
「ママが言うようなもんじゃない。昔、むかし40年も前のことだったしなぁ もう忘れてしまった。やっぱりママがいちばんだなぁ」

他人が聞いたら、ホント 顔が赤くなるような恥ずかしい話を、へへ 当人たちはそうも思わずに話し合っている。
しかし、まぁ 誰に迷惑をかけるでなし、っふふ バカ丸出しでもいいじゃないか...
「大外れ」と口惜しい思いをするより、「大当たり」と無邪気にはしゃぎ、他愛ない話を楽しんでいるのだか、なにおかいわんや であるなぁ

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今朝の気温 -2度、外はまだ暗い




  1. 2010/01/16(土) 06:02:02|
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冬の灯かざし

冬の灯をかざし

       帰宅後にチョコひと切れを食べるため落ち葉五袋掃き集めたり     船橋市・田中澄子
終戦前生まれの私には、ダイエットということがどうもよく分からない気分が強い。食べるのは、必要なカロリーをとるためであり、栄養豊富な食べ物はそれだけでありがたいものに思える。
なのに...低カロリーとか、低脂肪などというのがセールスポイントになっているだから(おかしなことだなぁ)と思ってしまう。
美味しいチョコを食べるのに、五袋分の仕事(エネルギーを消費する)をするというのである。世の中、まさに飽食の時代なのだなぁ。
それなのに、一方では食糧難で餓死寸前の子どもたちもいるというし、我が日本ですら、空腹を抱え、寒空に困窮している人々がいるのが現実である。

       中学を出て働きしご褒美にこの頃年金友より多し        山陽小野田市・浅上 薫
浅上さんをどうこういうつもりはないが、(あぁ、友と比較して嬉しがっているのかぁ)と哀しくなってくるのである。
年金で暮らせるようになったのは、たしかに嬉しい。でも、その額(たいした差ではないだろう)の多寡を云々する気持が哀れと思える。
たいへん申し訳ない言い方だと思うが、正直な気持ちである。

       下腹に力を込めてゆまりする冬夜にあふぐ北斗七星          川越市・小野長辰
(よくぞ男に生まれけり)との感慨を覚えながら立ちションをし、一時幸せ?な気分になる。夜空には うん、北斗七星が煌めいて、またまた(いいなぁ)と思わず声をあげてしまう。
(いいなぁ)には二つの思いが込められてる。一つは、立ちションができる幸せ、もう一つは夜空に煌めく星たちの美しさを眺める幸せである。

       冬の灯をかざして針の糸通す穴の向かうに老いを感じつつ      大牟田市・鹿子生憲二
少し観念的かなぁと思いながらも、でもやっぱり(いい歌だ)と思う。老いは、最初に目にくる。やがて鼻・耳・歯へと順々に確実に現れる。
針の穴ならまだ我慢できるが、70を過ぎた私の場合、新聞の文字さえぼやけて見えるから口惜しい。

       福笑いとっても長い鼻の下       長岡市・内山秀隆
       ある日より寝酒となりし薬用酒     横浜市・永井良和
       白才と書いて真顔の八百屋かや     島原市・伊藤育子
       天国と思ふ布団の中にゐる       北海道・高橋とも子
うふふ、天国にいて天国と思えない人もあれば、逆に 地獄にいてもそう思わないで平気で暮らせるひともいるから、この世は面白い
せめて、天国にいるときくらいは、(あぁ、天国、極楽!)と思っていたい。『茶いっぱいの幸せ』これも天国だなぁ

             短歌、俳句は、朝日歌壇・俳壇(11日付)より

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今朝の気温 -3度、小雪だが空が青い




  1. 2010/01/15(金) 07:12:27|
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かざぐるま

くるくる回る風車(かざぐるま)

     雪が、しんしんと降る
     暗く深い川を埋め尽くすかのように
     雪は、はてしなく しんしんと降り続く 

     白い闇をつくるように
     雪が、しんしんと降る
     降り積もった雪は、けっして寒くはない

     でも、吹雪がやってくると
     水子供養の風車が、くるくる
     くるくる くるくる と回り

     冷たい というか 急に寂しくなる
     (間引き)という言葉も同じ
     風車が、くるくると回る 

     白い闇の中で、くるくると回る
     夕鶴の里は、雪の里  
     繭を育てた 夕鶴の里  

     繭は、まるで 雪みたい
     真っ白で 温かい    
     でも、(間引き)という言葉が寂しい      

     雪の しんしん 降る日に
     娘たちが 売られていった こともあった 
     (間引き)の絵馬がせつない
     しんしん しんしん 雪が降る

     雪深い里にも、眩しい太陽が
     きらきら きらきら 輝けば
     さみしさもつめたさもない

     きらきら きらきら 輝く
      光り満ち溢れた世界は、あたたかい
     だから、人はいつも輝く世界を求めた

     ぽかぽか ぽかぽか あたたかい世界
     きらきら きらきら 光り満ちた 世界
      きらきら きらり きらきら きらり

     温もりをもとめて
     「むかし あったげなぁ」
     母が 子に語るおとぎ話

     子は、毎晩 話をせがむ
     「それから、、、、どうしたの?」
     「続きは明日の楽しみだよぉ」
      子は、夢の中で 続きの夢を見る

      くるくる回る風車の音が消え
       あぁ 吹雪はいつしか止んでる
       雪が しんしん と降る

      誰かが、がらがら がらがら釣瓶井戸を汲む
      こんな夜更けに がらがら がらがら
       でも、決して寂しくない音

      ん? 空耳かもしれない
      今時分に釣瓶井戸など、、、、
      くわぁーっ と一声 鶴がなく   

      鶴がないたような気がした
      雪が、しんしんと降る
      風車は、もう回らない

                         2001年1月23日(火曜日)


午後6時半の気温 -5度、雪がしんしんと降り続く



  1. 2010/01/14(木) 18:20:41|
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列島雪だらけ

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列島雪だらけ

阿蘇望亭さんのBBS、阿蘇望亭さんが次のように書いておられる。
   暖かい芦北でも積もりましたか~鹿児島でも積もったそうですからねえ。今回の寒波は大物ですね(--〆)
   午後、阿蘇登山道路を走ったら、なんと!こんな表示が出ていましたよ~マイナスの二桁なんて初めてです。しかも昼間ですからねえ!!!
阿蘇望亭さんの画像(阿蘇登山道路情景)を見ると、道路情報板には「路面凍結」の文字が光ってる。また-12度の気温が表示されている。

今年の冬で驚いたのは、「天童の家」辺りで初雪が降った同じ日に阿蘇地方も初雪だったことである。
その後の降雪も、量の多寡があるにしても雪国で降った日は、阿蘇や別府でも雪だった。
13日朝のニュースが「阿蘇に大雪」、それを聞いて起床したが「天童の家」あたりは、ちらほら舞う程度で、朝食後は陽さえさしてきた。

それで散歩にでかける。いつものサイクリング道でなく、山寺の山裾を歩く。
山にはもちろんかなりの積雪があるけれど、林道がなぜか除雪してある。車を路肩に駐めて林道を歩く。
(なんのために除雪してあるのか?)そのワケを知りたくて、どんどん歩く。

小一時間ほど歩くと、除雪道路が終わって、積雪の林道となる。
うう 結局、なぜ除雪したのか そのワケが分からずに(不思議なこともあるものだなぁ)と首を傾げる。
ここまで歩いたのだから、あの水くみ場(名水)まで行こうと、雪を掻き分け歩く。その頃から雪が降りはじめる。

間もなく、水くみ場へ到着。雪降りは激しくなり、吹雪となる。その降りようが尋常でない。
うむ、まるで気が狂ったように降り続く。これまで見たことのない降りよう。雪の幕を張りつめたような猛烈な降り。
雨なら「バケツをひっくり返したような」という表現があるけれど、雪だからそれとは違う。とにかくこれまで見たこともない激しい降りである。
その降り方が、驚きから感動にかわるのを覚える。見たことないような降り方、もちろんカメラにも容赦なく雪が積もる。
が、私はカメラを向け、半ばめくら滅法的にシャッターを切る。ピントとか構図など無視し、とにかくシャッターを切りまくる。

(このままではマズイなぁ)と膝まで抜かる雪を漕いで、水場を後にし、林道を急いで下る。ジャンバーに雪が積もる。カメラにも雪が降る。
ようやく車に辿り着き、林道を走り降りるが、道はかなりの積雪でこわい。あっという間にだいぶ積もったのが分かる。4WDに切り替え時速20Kmほどで走る。
「正午頃から大雪」という予想が当たったようだ。
九州の雪を知っていて、また大荒れの気象情報を知りながら、出かけたのに... 除雪されているのに誘われたように歩いたのだった。
うう 自分の行動がなんとも恥ずかしい気がする。どうにか無事で帰れたからいいものの、もし雪の中で遭難したら(終わりだったなぁ)

日本列島(長い)と思う時が多いけれど、今回の雪降りをみると(列島雪だらけ)と、意外な気がする。
今年の冬は、北国も南国も一緒(同時)の雪降りで、これまでにないことだろう。

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今朝の気温-2度,小雪



  1. 2010/01/14(木) 07:23:00|
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ちゃんと生かして

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ちゃんと生かして

「ママ、新年会 楽しかった。絶大なご協力ありがとう」
「みんなも楽しんでくれたようで、よかったね」
「これもみんなママのお陰だよなぁ」
「特別なことしたわけでないし、あらためて礼など言われるとくすぐったい」
「はは、こんなふうに楽しく、元気な新年会をやれるのもそう長くない。ママ、いつまでも二人でいられると思わない方がいいかも...」
「なに言うの、パパは、私がちゃんと生かしておくからダイジョウブ」
「? うふふ、そうかぁ ママは、金魚でも飼うように、『ちゃんと生かして』くれるのだぁ」
「金魚とパパを一緒にするつもりない。そういうつもりで言ったのでない!」
「ママの気持は、分かってるよぉ 気にしない、気にしない」

妻は、他人と話す時、けっこう気遣いながら話しているのが分かる。(話し上手・聞き上手だなぁ)といつも思う。
が、私たち二人だけになると、まったく無防備・無作為・天衣無縫となる。
新年会で使うキクラゲ料理味付けの際、「酢醤油と芥子の塩梅をみてくれ」と妻が言う。その言い方がまったく命令口調なのだ。
いつものことで慣れているのだが、「親しき仲にも礼儀あり」みたいなものがあるのが普通だろうが、妻にはそういう気分はまったくなくなる。

干し柿をデザートに出そうという。「どんなふうに出したらいい?」と訊ねるので、「洒落た銘々皿に1個ずつ」にして出そうと応える。
「パパ、そしたら皿を洗うのがたいへんだぁ」と不同意のようす。
「あのなぁ 皿洗いがたいへんといってしまったら、料理とか盛りつけすべてが『たいへん』となるべぇ ママは、ほんとにたいへんと思うの?」
「うふふ たいへんはたいへん。大きいなたいへん」妻の顔が大きく膨れ、まるで子どもが駄々をこねるようなようす。

要するに、私の前では王様、いや王女様になってしまう。私は金魚と同じように「生かして」やる存在になってしまう。
自分の味付けだけでは不安になるようで、下僕の味見を要求する。
調理も、皿洗いも面倒なことで、できれば面倒なことはしたくないという。
だが、実際の料理はかなりの手間暇をかけて作るし、見映えがいいとはいえないけれど、味付けはなかなか美味いから、言うこととやることが一致しないのが可笑しい。

天の邪鬼・天衣無縫・裸の王様・年老いた天使?のような妻の姿にいつも救われているなぁと感じている。
うん、そう『ちゃんと生かして』もらうのがいちばんだなぁと、心底思い、そう念願している次第である。

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今朝の気温1度、小雪



  1. 2010/01/13(水) 07:13:23|
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過剰反応


ブログの楽しみ方は いろいろあるが、なかでもコメントを読み、それへのレスポンスも大きな楽しみである。
10日の「雪道を歩く」に対し、あつこさんからコメントがあり、それに対し次のような返事を書いた。
 「誰も歩いていない雪道、そこは処女地ですねぇ へへ うふ もう死語になってるかもしれない「処女」などという言葉(文字)が浮かんできます。
  でも、この時期では、足跡のない雪道も少ないです。鉄砲撃ちが、獲物を探して朝早くから歩きまわるからです
  真っ白な雪面は、やはり気持ちいい、というより新鮮な気持ちが嬉しいですねぇ

書いた短文を手順通りの作業でサーバーに送ろうとするが、どういうわけか送れない。(ん?)なにか手違いしたかな...
パソコンを立ち上げ直したりし、いつもの手順通りにやり直すが、それでも送ることが出来ない。

そうこうしているうちに「ころ」さんからのコメントも届く。
先程のそれとは別に、次のような短文を書いて送ろうとした。

  あつこさん  誰の足跡もついていない道、うふふ そこは処女地です。歩いた足跡が刻まれる
         気持いい、とまではいかないけれどちょっとした新鮮な気分ですなぁ

  「ころ」さん 今年になってから降った雪が、根雪になってしまいました
         新潟は、はやりこちらよりは少し温かいのでしょうねぇ

  ご両人さん コメントありがとうございます

う~む、何回繰り返しても「先程のコメントと重複してます」という赤い文字が出て、送れない。
困りはて、息子にみてもらう。いろいろとやっていたが、こんな言葉が返ってくる。
「なにもわるいとこないね。こっち(「ころ」さんへの文)のはちゃんと行くようだし」
「どうしてこれ(あつこさんへの文)が行かない?」私は納得いかない。

「これがネックなのかなぁ 別にそうではないとは思うけど...」と、息子は「処女地」の文字を指す。
要するに、サーバーにチェック機能があって、それがあたかも迷惑文と判断し、受けつけてもらえなかったということらしい。
「ころ」さんへのそれは引っかかる文字はないから、すんなり送れたが、あつこさんへの文にある「処女」とか「気持ちいい」などの表現が、いわゆる迷惑文と判断されたようだ。

「う~ん、過剰反応だなぁ そういう意図はないし、そうだろう」
「機械だからなぁ たまに、こういうことある」息子は、苦笑する。
「こんなフレーズをいちいち『迷惑文』と判断されたら、それこそ迷惑だ」と私。
「文句言ってもしようがない」息子は困惑顔でいう。
(うう、たしかに息子の言う通りだなぁ)と思い、息子に「ありがとう 助かった」と言う。

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今朝の気温2度、小雨




  1. 2010/01/12(火) 07:32:23|
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新春の集い

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新春の集い

9日の夕刻から、地区公民館で「新春の集い」行われた。恒例のそれで、今年が10回目である。
「新春を祝い、地区民の親睦と融和を深め、あたたかい豊かなまちづくりをめざす」が趣旨だ。
常日頃公民館を利用している人たち101人が講堂に集まって、挨拶を交わし、まためでたい祝い歌や謡曲、踊りなどをみんなで楽しむ。

「年のはじめに」 年のはじめのためしとて
         終わりなき世のめでたさを
         松竹立てて門ごとに
         祝う今日こそ楽しけれ

干布地区840世帯 その中から101人も集まって、歌を歌い、美味しい肴で好きなお酒をいただく、こんな楽しい場が年頭にあるのが嬉しい。
大正琴で「さくら変奏曲」や「上を向いて歩こう」が演奏され、日本舞踊「ことぶき丸」、そして元気なよさこい踊りなどが披露され、大きな拍手がわく。

世界はチェンジだの、政権交代とめまぐるしい。21世紀の10年が終わって、次の10年がはじまる。
(あぁ、こういう時代に生きているのだなぁ)としみじみ思い、(このような世界に生きてるって不思議だなぁ)とも感じてしまう。
まさか、というか... インターネットやケイタイの世の中、自分が車を走らせ、また飛行機に乗って移動するなど考えられないことだった。

人は、いったいどこへ向かって行こうとしているのか?
自動車事故死者が年間5千人を下回るようになった。一方、自殺者が3万人を超す、なんとも不思議な世の中。
億万長者がごまんといる一方で、仕事もなく寝泊まりする場所もない人が寒さにふるえている。

新しい年を祝い、美味しいものをいただき、話に花を咲かせる場がある。
「世の中いろいろ」と言ってしまえば、それまでだが...

その楽しい新年会の第二弾が、今日「天童の家」である。
親しい友、7人がソバを食べ、旨い酒を飲んで楽しむ。うう このような会(場)が持てることは嬉しいことである。
妻は、もてなし料理つくりに大わらわである。私もソバ打ちにとりかかろう

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     上のそれは、凍み大根を作ってるのを撮った

今朝の気温3度、まだ暗い




  1. 2010/01/11(月) 05:59:54|
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雪道を歩く


今朝(9日)も小雪が降ってる。正月4日までは毎朝雪掻きをしたものだが、それ以降はたいした積雪がない。
それでも断続的に毎日雪が舞ってる。道路は、除雪したり、交通量があるので雪がないけれど、路肩や野原には雪が消えずに残って、いわゆる根雪になってる。
サイクリングロードはもちろん除雪をしないから、数センチ~十数センチの積雪状態で、散歩するにはとても歩きにくい。

歩きにくいけれど、私は敢えて雪道を漕ぐようなかたち(気分)で散歩する。
雪掻きはたいへんだけど、いい運動量になる。汗が流れ、着替えしなければならない状態だ。
だが、5日以降はその雪掻きもしないので、意識して散歩に出かける。運動ということもあるが、雪景色を撮るという思惑も大きい。

毎日文に添え画像をアップしているので、やはりそれなりの写真を撮っておきたいと思う。
せっかく雪国にくらしているのだから、地元の景色をとりあげたいと考えている。わざわざ遠くへ行って撮るのではなく、身の回りにあるなんの変哲もないそれを写したい。
そうした画像に、いさかでもこころが動くようであれば、それこそ嬉しいというか、幸せと思うからである。

毎日散歩している道で、目新しい感動的な情景に出合うことはなかなか難しい。
それでも、一期一会の目(こころ)で見れば、うん なにかしら感じることができる。光・風・雲・積雪量・時刻などのそれが同じでないから、同じ場所でもまったく違って映ることがある。
(ん?! まるではじめて見るみたいな感じだなぁ)と思うことがしばしばだから嬉しく、飽きずに毎日歩ける。

冬季は、他の季節とちがって草木の変わりがない。草は雪の下に埋もれ、樹木は裸木となって風に震え、毎日同じような姿に見える。
だが、硬い蕾にふとなにかを感じることがある(できる)。見る方のこころが反映されるだけではないような気がする。
本格的な降雪や寒さは、これからである。春はまだずーっと先で、その足音はいくら耳を澄まして聞こえない。

なのに、日足はわずかながら確実にのびてきてるのが嬉しい。これから厳冬を迎えるのだが、そこには重苦しい気分はない。
雪中カルタ取り大会、雪灯籠まつり、冬季スポーツ大会などの行事が楽しみだし、「天童の家」では明日(11日)が新年会である。
例年、歳末にやっていた「ソバの忘年会」を今年は「ソバの新年会」にかえ、馴染みのメンバーで明日やる。

青空が見えるのだが、小雪がずーっと降ってる。大雪にならず、雪掻き・屋根の雪下ろしの心配もない。
土曜日なので、妻は午前8時に児童クラブへ出勤したが、子どもたちが来なければ 9時には帰ってくる。
そしたら、二人で、買い物に行き、新年会の準備も少しずつはじめようと話し合ってる。

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今朝の気温-2度、曇




  1. 2010/01/10(日) 06:51:43|
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浮  気

ある浮気

自分の浮気について書いたら、シビアなコメントをもらった。
女性が読んだら、きっとそういう思いがするだろうなぁと納得する。イヤ、男性でもいい気分ではないだろう。
不 倫 人の道に外れたことだからである。
そのコメントになにかを書けばきっと弁解になるだろうと思う。でも、なにか書かなければなぁと考え、書いたが、うう どうも落ち着かない。

人は恋愛や浮気を(したい)と思って(意識して)するのだろうか...
そういう願望を持つことがある。しかし、だからといって恋愛が成り立ち、気ままに浮気ができるというわけではない。
恋愛は、願っても相手がいなければどうしようもない。男性とほぼ同数の女性がいるわけだが、本当?の恋愛関係にあるカップルはどうなんだろう。

自分の過去のそれをみても、願望がいくら強くあっても、へへ なんだかいつも肘鉄砲を食らっていたような気がする。
たくさんいる女性たち、その誰彼選ばずに恋愛感情がわくわけでもなかった。その感情は、いつの間にか強くなって苦しいものだった。
でも、感情をコントロールする力もあって、暴走せずになんとか社会から爪弾きされずに済んだ。

お互いに恋愛感情に気づいてからも、感情をコントロールしたり、知性的な言動でその恋愛感情を育てることに努力したのを思い出す。
欲望の赴くままの言動をとったわけではない。

いわゆる浮気といわれる関係のそれだって、はじめから浮気と意識していたわけではない。
気がついた時には、そこに抜き差しならない感情と関係ができてしまってた。もちろん、そこまで至る過程(途上)にいろいろ考え、判断もする。
その時には、はっきり不倫(浮気)だと認識する。
欲望や快楽が伴うから、なかなかその関係を倫理上の判断で清算するのが難しい(人間的な弱さ)。

なにを書きたいかと言えば、はじめから浮気しようとしたわけではなく、いろいろな経緯があってそういう関係になってしまった。
もちろん、正当化しようとする気持はない。
妻に知られ「関係を絶つよう」に言われた。それでも直ぐに<完了形>にすることができなかった。

いまさら、なにを言おうと書こうと弁解にしかならない。
だが、浮気したいからそういう関係になったわけではない。
でも、大人ならいつの時点でも知性が働く。そういうことで言えば、やはり浮気がしたかったからしたのであろう。

妻をだいじに思う気持ちがありながら、他方で不倫をやっていた。
そんな自分がイヤになって、どうしようもない時が襲う。それを思えば、浮気は地獄に通じる。
書きたいことがいっぱいあるが、まだ自己弁護になってしまう。もう少し時間が経てば、もっとちがった形でかけるのではないか...

  1. 2010/01/09(土) 16:21:02|
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女性は7掛け

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女性は7掛け

高齢になると、誕生日は扱いにくい日となる。
「歳とる誕生日など、来なければいい」妻が言うのを耳にし、(うん、ほんとだなぁ)と頷いてしまう。
でも、その日をまったく無視するのもなかなかムリというか、不自然な気がする。

「天童の家」でも、妻の誕生日を巡るドタバタをブログに書いてアップした。
みなさん方からいろいろなコメントをいただき、(嬉しい!)ことだと思う。
特に、時田さんから次のようなコメントがあったので、妻に告げた。

   おめでとうございます
   奥様の誕生日、おめでとうございます。
   兜太先生の持論ですが、今日女性は7掛け、男性は8掛けが実年齢だ、と言っております。まだまだお若い、大いなる御活躍祈を念しております。
     2010/01/08(金)  幻椏

妻は、さっそく電卓に向かって計算している。
「45.5歳! この間、G先生(家庭医)に『今野さんの骨密度 50歳台ですねぇ』って言われた。7掛けというのはホントだぁ」と大きな声でいう。
(あぁ、妻が喜んでるなぁ)と私も嬉しくなる。

「女性は7掛け、男性は8掛けが実年齢」の根拠が どこにあるかは知らないけれど、それでもそう言われれば、やっぱり嬉しくなり、元気が出てくるように感じるから可笑しい。
(歳とったなぁ)と思うよりは、(まだ若い!)と思う方が、たしかに元気がわいてくる。空元気はどうかと思うけれど、前向きに考えるのはわるいことでないだろいう。

話がかわる。
8日のブログで、おかしな見出しをつけた。(ヤバイかなぁ)と逡巡したのだが、(面倒くさい)とそのままアップした。
妻は、私の浮気を知ってた。そういう意味では、私はわるい奴だった。妻を苦しませ、泣かせた。
進行形の時は、それを認めるような書き方ができない。だが、<完了形>になれば別である。もう妻を困らせることはしない。だから、ほんとのことが書ける。

浮気中は、やはり気持にひっかかりをもって暮らしてた。いつもなにかに気遣って、こころ休まる時がなかった。
でも、<完了形>を決意したときから、こころの荷がなくなった。うう、勝手な言い分だが、こころの平安を感じるようになった。
妻への”罪滅ぼし”をやっている。本来なら恥ずかしくて書けないことだが、妻に甘えてバカな自分を書いている。
「天童の家」ここ一連のブログを読んでもらえば、(そういうことがあるのだな)と分かってもらえると思う。

こんな中途半端な書き方ではよく分かってもらえないことは承知している。だが、まだ詳しく書く勇気がない。
いずれ...
 
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今朝の気温-1度、小雪



  1. 2010/01/09(土) 06:01:30|
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妻の誕生日

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浮気はもう

今日8日は、妻65歳の誕生日である。
市役所から「介護保険証」が送られてきた。(後で聞いたことだが、書留郵便だったので何かと驚いたという)
妻は、私にその証書を黙って差し出す。妻の胸にはやはり大きな感慨があるのだろう。黙っていることが、それをよく物語っている。
5年前の自分を思い出す。(とうとう老人入りしてしまったなぁ)と思いながら、(イヤ、まだまだ老人なんかではない)と否定の気持が強かった。

男は70になり、しみじみと老いを感じている。
妻は65で、やはり(まだ老人などではない)と思いながらも、「介護保険証」を前にし、大きな戸惑いを感じているのだろう。
どう藻掻いても、どんなに否定しようと、誰でも歳をとる。う~む 65といい、70を認めるしかない。女65、男70 そういう夫婦でいいじゃないか。
いいじゃないか、というより、それを認めた上で暮らしていくしかない。

昨日(7日)から小学校がはじまった。妻の学童保育がまた午後に戻って、午前中の時間が使える。
昨日、朝食後に妻は母を目医者へ連れて行く。ついでに「民生委員活動報告書」を市役所まで届けてくれるよう頼む。
いよいよ今年も通常の暮らしがはじまったなぁと思う。

う~むむ 妻の誕生日だもの、なにかそれなりの祝意?をあらわさなきゃ... 
「ママ 明日、誕生日。なにかしてあげたいなぁ」
「言ったでしょ、なにもいらないって 65なんて、イヤねぇ。もう歳なんかとりたくない!」
「はは そうだなぁ 誰かいる人がいたらくれてあげたい」
「パパ、何をあげるの?」
「歳をよぉ」
「バカなことを言うのもやすみやすみにしたら... 誰が歳などいるものか。本気で言ってるの?」妻が真剣な顔で云うから、笑ってしまう。

実にバカげた他愛ない会話。そんな話相手がいる。現在の二人「今のままでいい」と妻がいう。
「パパ、これでいいと思わない?」
「うん、あぁ そうだね。今のママがいれば、十分」
「パパ、もう浮気しない?」
「うう、浮気なんかしたことないじゃないか」
「ウソ言っちゃダメ。ちゃんと約束しなさい!」
「70過ぎた男に浮気なんかできるわけないだろう」本音を言いたくないけれど、つい言ってしまう。

ここまできたら、もうウソを言ってもはじまらない。
妻の誕生日から、うう ずいぶんとおかしな方へ話が逸れてしまったなぁ へへ、やぶ蛇とはこのことだろう
「ママ、誕生日おめでとう。これからも仲良くしていきたいね」日記にだけはちゃんと書いておこう。

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今朝の気温0度、小雪




  1. 2010/01/08(金) 07:14:32|
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