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ありがとう 2009

大晦日 09

妻が勤める学童保育所は、30日~3日まで休みとなる。
今年の年末年始休暇は、3日が日曜ということもあってどこも短いようだ。

「今日(29日)は遅番だからゆっくりね」朝食を食べながら妻が言う。早番は午前8時から午後1時まで。遅番は午後1時から午後6時半までの勤務である。
「たいへんだねぇ ママにばかり難儀をかけてわるいなぁ」今年最後の勤務を控えてる妻に、慰労のことば(のつもり)をかける。
「たいへんでない! たいへんと思うようになったら辞めるから... 家計 助かるし、楽しいからやってる。パパに負担をかけてるんじゃないかなぁと、それがね」
「ママ 負担なんかなにもないよ、私は。もし、たいへんさ感じるようになったらさ、いつでも遠慮なく言ってな。もうじゅうぶん働いたのだから」男が言う。

「お正月がきて、ママの誕生日(1月8日)だ。なにがいい? 誕生祝い...」と男がいう。
「なにもいらない。着るものはいっぱいあるし、買ってほしいものもない」
「でもさぁ 記念日だもの、ゆっくり温泉に行くかぁ どこがいい?」
「パパ、あのねぇ 私の願いは...うふふ」
「何処がいい? 冬は温泉がいちばん。ママの行きたい所へ行こう」
「うん、温泉もいいけど... それより、パパへのお願いは... やっぱり、私の傍で いつまでも元気で長生きしてほしい」

「ママ、それは... う~む、いちばん難しい願いだなぁ。寿命や運命があるじゃないか、それに逆らって生きるなんて、困難の上の困難だぞぉ」と男が笑う。
「だって...私、そう思うから、言ったのよ。難しくっても頑張らなきゃダメでしょ。パパは、私の言う通りいつまでも傍にいなきゃダメ!」
「ふ~む、そうかぁ でもなぁ... ママは、優しいのに、またずいぶんと難しいことを言って 困らせるなぁ」
「今日の日記に、私 そう言ったとちゃんと書いておいて、そうすれば忘れないでしょ」
「ふふ、分かったよ。それにしても、なぁ ママのリクエストは、な、なんと難しいことか...だなぁ」男は声を立てずに笑う。


とうとう大晦日

みなさまにはいろいろとたいへんお世話になり、ありがとうございます
感謝のきもちでいっぱいです
来年もまた「天童の家」をよろしくお願いもうしあげます
どうぞ よいお年をお迎えください

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午後3時40分の気温-1度、雪



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  1. 2009/12/31(木) 15:40:56|
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「清水の美学」



朝日新聞スポーツ欄のコラム EYE を好んで読む。担当者は複数いるようだが、私は 西村欣也編集委員のフアン?である。
29日のそれは、スケートの清水宏保選手を書いてるのがよかったので、以下に転載する。

   「引退」語らぬ清水の美学  西村欣也
 小さな巨人がリンクを去っていくことになる。「現役は続けてもバンクーバー五輪までです」。清水宏保は常々そう話していた。
 この日の男子500メートルは7位。選考圏外となった。まだ1000メートルを残すが、「1000メートルは考えられないに等しい」。
 バンクーバー五輪がほぼ絶望となって、実質上の引退が決定的となった。「2本目のタイムは悪くない。でも層が厚く、レベルが高かった」

 若手のレベルを引き上げたのは清水自身だったのではなかったか。優勝した加藤条治をはじめ、清水にあこがれて育ってきた世代だ。
 その壁に彼自身がはね返されることになる。
 確かにミスもあった。1本目の第2カーブで手をついた。1,2本目ともひざが鋭角的に曲がらず、腰が高かった。
 腰にはメスを入れている。11月下旬にはインフルエンザにかかり、持病のぜんそくもあって、心肺機能を最高に整えることもできなかった。
 「悔しさはあります。でも、記録という厳然とした優劣がある。ちょっとしたことで0.2、3秒違ってくる。うれしさと悔しさがないまぜになる。それがおもしろくてやってきたんです」

 1998年2月、長野五輪男子500メートルで金メダルを獲得して、このエムウエーブから全国へ歓喜を発信した。その場所が最後の試合になるのも因縁だろう。
 「今後についてはあらためてコメントしたい」。「引退」という言葉はこの日はあえて使わなかった。
 大会は勝者をたたえる場所で、自らの去就に触れる場ではないという彼の美学がある。

 93年2月、イタリアのバゼルダディピネW杯で初出場初優勝し国際デビューを果たした18歳が今、一線を去る。
 162センチの35歳に心の底からお疲れ様といいたい。


長年リンクの王者であり続けた清水宏保選手が、とうとうリンクを去るという。スピードスケートといえば「清水」の名前が自然にでてきたものである。
そして、今回の優勝者である加藤条治選手は、山形出身で、高校が私の学んだそれと同じである(敢えて、後輩とは言わない)。
清水と加藤は好敵手として眺めた時もあった。そういう経緯もあって、清水の「引退」には、はい 感慨深いものがある。
西村編集員の筆にも「よし」と思う気持が強い。

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今朝の気温5度、霙だったが今雪に変わる。大きな牡丹雪
雪の大晦日、雪の元朝参りになるのだろう



  1. 2009/12/31(木) 07:21:48|
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一期一会

一期一会の日々

年末になると、毎年思うことがある。
クリスマスが過ぎると「あと1週間でお正月」と書き、28日になると「今年も残すところ4日になりました」と書く。
どう書いても、それは間違いではない。30日になれば「今日と明日かぎりです」となり、31日には「あと00時間で今年も終わり」と言う。

また、2010年バンクーバー冬季オリンピックまであと00日とカウントダウンが行われてる。
新年まで、オリンピックまで、あと00日と日数を少なくしていくそれを眺めていると、過ぎていく日々がなんとなく軽く感じてしまうのである。
この感じ方は、私だけのものだろうか? もしかしたら、同じように感じている方がいるのかも...
新年まであと2日、あと1日と数える時、その2日なり1日が、なんとなく普段の日よりその存在が希薄に感じて(これはおかしいなぁ)と思うのである。

1年365日。1日1日の時間なり、その存在?は等しいはずである。なのに元旦は、ふだんとはちがった時間や意味をもって感じられるのは不思議である。
誕生日や入学式の日、結婚式や誰かが亡くなった日、そういう意味では 8月15日は日本にとっては特別の日になっているように思う。
一日がとても長く、あるいは重く感じる日と、その逆の日があるような気がしてならない。

今日は12月30日、大晦日の前日である。明日が今年最後の日(改めて書くのも恥ずかしい)。365日のうちの同じ1日なのだが、「明日と明後日で終わる」となると、なんとなくこの二日間が軽く思われてしまう。
明日(31日)になれば、「今日で今年も終わる」と言われ、なんとなく(はやく過ぎてしまえばいい)みたいな気分になってしまうから可笑しい。
(そうじゃない、いつもと同じ時間と意味がある一日なんだ)と私は叫びたくなる。

明日がある。未来があると思うのは、わるいことではない。
しかし、そこには、ややもすると落とし穴(陥穽)があるのかも知れないなぁ
ある方の今日のブログに、私は次のようなコメントを書いた。

   > 毎年、これが最後かもしれないと思うの
    この言葉、いいですねぇ 見習いたいですなぁ
    最近、「一期一会」を頻繁に使ってますが、似たような言葉です
    これはたった一度きりのことと思うと、たいていのもの(こと)が新鮮に感じられます

ん? 今日は 何が書きたかったのか...
そう 日々に、軽さなどない。どの日にもみんなかけがえのない時間と意味が含まれている。
そう、自分に言い聞かせたかった。こうして書くことで、それが確かなものに思えてくる。

今日は、これからソバ打ちをやる。明日の午前中と二日かかってソバを打つ。打ったソバは、お世話になった方々に感謝の気持ちを込めてあげる。
ソバなど買えば安く手に入る。でも、種から育てたソバ粉、この手で打ったソバの味は、また格別だと考えたい。
っふふ、自己満足と言われれば否定できないが...

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午前10時15分の気温2度、晴



  1. 2009/12/30(水) 10:15:21|
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山茶花の華



       「結婚は、どちらでもいい、七割」の朝刊広げ足の爪切る      東京都・二村吉光
27日の朝日新聞で、『結婚 若者「しなくても」6割』の記事を読ん後なので、なおさらこの歌がこころにすーっと入ってくる。
以下は、その記事からの抜粋
 「できるだけ結婚するべきだ」と答えた人は52%、「必ずしも結婚しなくてもよい」は44%と、割れた。
 年代別にみると、20~30代で「しなくてもよい」とする人が6割を占めた。
 「結婚のメリットは大きいと思うか」という質問だ。20~30代はどちらについても「そう思わない」との答えが半数を超えた。
 晩婚化・非婚化が進む理由を六つの選択肢から二つまであげてもらったところ、「結婚に対する価値観が変わった」「経済的に自立している女性が増えた」(ともに39%)
 「若い人の雇用や収入が安定しない」(38%)の三つが上位で並んだ。

       テレビに映る観客席の片すみに亡き夫がいてラグビー見ており    東京都・木田治子
木田さんの見たのは、もちろん夫とはちがうのだが... そういう錯覚というか、幻影みたいな現象は 心情としてよく理解できるなぁ

       音でしか湯の分量がはかれない耳を近づけゆっくり注ぐ       坂戸市・山崎波浪
山崎さんの暮らしぶりがよく分かるような気がする。耳が遠い自分は、ポットに湯を満たすときによく溢れさせ、慌ててしまう。

       でも今は思い出たどる旅よりも思い出にする旅にゆきたい      東京都・白石瑞紀
うふふ 白石さんとまったく同感である。足腰がまだダイジョウブの今だから、たくさんの思い出をつくっておきたいと思う。

       いつからか体の中にテロありて暴れるごとき癌と闘う        川崎市・池田 功
いわば、獅子身中の虫 というか... うう まさにテロ 愛する自分の身体の中で日毎に暴れ回る癌をコントロールできない口惜しさが...

       赤い実の生る木を置いてこの窓に鳥呼ぶという母の計画       横浜市・原田彩加
原田さんのお母さまの気持がよく分かる。その計画はよし

       
       山茶花の垣も地も赤デフレ無し     熊谷市・時田幻椏
時田さんの句、大串選で4席に入選。
とても分かり易く、よい句だなぁ 今年の時田さんは、秀句をたくさん詠まれて豊饒な年だった。
これは個性的な研ぎ澄まされた感性とご精進の賜であり、こころより大きな拍手をおくります。

       枯れ欅五つ六つ臼取れさうな      白井市・酒井康正
       遠くにも釣人ひとり冬の川       枚方市・上野鮎太
       我痒し故に我在り冬至風呂       東京都・青柳 森

               短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(28日付)より

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今朝の気温1度、晴



  1. 2009/12/30(水) 07:38:32|
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最後の日曜

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平凡な一日

今年最後の日曜(27日)、妻より一足先に起床し、パソコンに向かう。「天童の家」今日の分をアップし、昨日のブログのコメントにレスポンスする。
この時が、やはり楽しい。そう コミュニケーションの楽しさである。こういう時があるから、寒さがあっても元気に起きられる。
またブログを毎日続けられるのも仲間とのいろいろなやりとりができて楽しいから、多少の苦労も苦にならないでやれる。

ネット仲間のブログやBBSで現在只今の新鮮な情報が得られるのがまた嬉しい。
インターネットがこうやってできるから、こんな楽しみ方ができるので、つい20年前には考えられないことだった。
書斎に居ながらイギリスのクリスマスのようす、また寒さで凍りついた道で転倒し負傷したことなどリアルタイムで知ることができる。

房総の山野では、冬なのにスミレやアザミが咲いているようすがきれいな画像で見られる。またスイセンの瑞々しい香りが漂う写真に感動する。
「21日の阿蘇登山道路、草千里付近です。観光バスが登ってきていましたが、寒さにビックリしながらも雪景色に歓声を上げていました」などと書かれたBBSを見ると、思わず頬がゆるむ。
イギリスも阿蘇も函館も繋がってるネット世界がなんとも楽しい。と、まぁ ごく当たり前のことを嬉しがっている。
でも、よく考えれば、なんともまぁ便利ですばらしい時代を生きているのだと思わずにはいられない。

「パパ、ご飯にしましょ」妻に促され、少し遅い朝食をゆっくりした気分でいただく。
食卓には特別おいしいおかずが並んでるわけでない。ごはん・豆腐の味噌汁・青菜漬け・厚焼き卵・明太子など質素なものだがなんの不足もない。
おかずが足りなければ冷蔵庫からなにか取り出し(納豆・笹蒲鉾・缶詰 etc)て食べればいい。
食後のお茶(抹茶)を喫しながら妻との他愛ない話が弾む。こんな平穏な時が嬉しい。

日曜は買い物の日だから、妻が買う物をいろいろメモする。ショッピングセンターは、元日からやっているから特別買い溜めておくものもない。
それでも大晦日のお餅に必要な食材を揃えたり、孫たちの好みのものを買い求める。
うう「孫」で思い出した(書き忘れるところだったなぁ)。買い物だけでなく、精米も頼んだ。
「天童の家」で、ふだん通りの食べ方なら 年内に食べる米の量は 年を越してもダイジョウブなほどあるのだが...孫たちが来ることを考えると、話は別で 残量はぎりぎり。
保存には玄米のままの方がいい。あまり早く精米してしまうと美味しいご飯にならない。だが、食べ盛りの孫たちのご飯がなくなったでは困るので、二人で判断し 精米することにした。

昼食を済ますと、お正月に活ける松をとりに行く。神棚前と玄関脇の2カ所に活ける。枝ぶりいいのを切り取り、妻がさらに鋏を入れて整える。
松の枝をゲットした後は、畑でゴミ焼きをする。「これでお正月を迎える準備ができた」と妻がいう。
積もった雪の下からホウレンソウを収穫し、池で洗う。雪を被ると野菜は甘味を増す。

夕食は鍋料理でザッパ汁(魚のアラを野菜で煮込む)。白菜や人参をたくさん入れたザッパ汁は庶民の味である。
好きな晩酌がいっそう旨く感じる。酒田の冬の鍋料理「寒鱈まつり」を語りながらの夕食となる。
児童クラブが休みの日曜、夕食時刻は早い。7時のニュースは入浴後となる。

「坂の上の雲」を観終わると間もなく妻のイビキが聞こえる。私は藤沢周平原作の「武士の一分」を観る。
雪降りはしばらくなかったが、明日あたりからまた雪になるらしい。
今年も残すところわずかになってしまったなぁ

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今朝の気温2度、雲多いが青空も




  1. 2009/12/29(火) 07:08:13|
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発信する喜び

身近な感動を

若い時は、行動半径が大きかった。多少ムリな行動でも「ムリ」と思わないで動き回って楽しかった。いろいろな所へ行った。
今、そこへ再び行けと言われたら、躊躇してしまう。今さら苦労して行かなくてもいいと思ってしまう。へへ 我ながら(歳をとったなぁ)と思う。
どうしてあのように元気に飛び回れたのか? う~む、動きに見合った感動が得られたからである。いろんな体験をし、あとに残る感動を得た。
その思い出は、今でも懐かしく蘇る。人生を彩る数々の感動を折々に思い出す。

年寄りは、昔を懐かしみ、過去を生きると言われることが多い。それはわるいことでもないし、否定しない。
けれど、今を生きていないかといえば、そんなことはない。年老いても今をたしかに生きている。むしろ、老いてからこそ今現在を生きているという思いが強い。
ただ、上に述べたように行動半径はあきらかに狭くなっている。だからといって得られる感動が少なくなってしまったとは限らない。

若いときに得た感動がそのままあるわけではない。若いときには感じなかった種類の感動が身近くにみつけられるように変わったのである。
例えば、若いときはみんなに知られた名所旧跡や絶景の地から感動を得るために、遠距離をものともせず走った。
1日に200~300Kmも平気で移動し、絶景を眺めるのに苦労を厭わない行動力があった。雨の高速道路を時速120Kmで暴走することもあった。
若かったからできたことで、今考えれば無謀以外のなにものでもない。この歳になると、その暴挙がはっきり見え 恥ずかしく思う。

歳老いた今、無茶はできない。感動は名所旧跡でなくてもいっぱい見つけられる。
具体的言えば、毎日の散歩道で目にする景色、いつも見慣れた風景に思われるが、実際はそうでない。言えば、同じ風景などあるわけがない。
昨日と同じ場所でも、光りの具合、風の吹き方、時刻などによって見え方がちがう。一期一会の気持で眺めれば、すべてが目新しい感動に出合える。
感動は遠くにあるのではない。身近な足元に転がってる。これまではそれを見逃してきたのである。遠くの有名地がありがたく思えた。
今考えれば、若気の未熟な思考(念慮)が可笑しく思え、っふふ 笑いが出る。

冬の陽に光るスイカズラの葉っぱ、瓢箪形の黒い実、かすかな風に揺らぎながらそこにある。なんの変哲もない光景だが、それにすらある種の感動を覚える。
年老いて「多幸症」になったのかと笑われるかも知れないが、それが事実だからしかたないというか...「存在」自体がありがたく思える。
感動、もしくは幸せは、身近くにある。「青い鳥」は遠くにあるのではなく、卑近なところに転がっているという寓話は(本当だなぁ)と実感する。

身の周りにある感動をみつける喜びは、なんとも嬉しいというか(ありがたいなぁ)と思える。
深く大きな感動と、そうでないのがあるのは承知している。でも、些細な感動にこころ動かされなくて、どうして大きく深いそれに対峙することができよう。
雪国に住む者が、雪景色に感動を見つけ、仲間に発信してく喜びはとても大きい。これからも身近くにある小さな感動を見つけながら、発信していきたい

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今朝の気温3度、まだ暗い




  1. 2009/12/28(月) 05:38:11|
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「高齢受給証」

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「高齢受給証」

市役所から封書(2通)が届いた。1通は「医療費のお知らせ」で、1月から6月までの間に国民健康保険を使用して医療機関を受診した状況が詳しく書かれてる。
妻が10回受診し 88600円、私は4回で27480円、息子1回 15870円となっており(母は『長寿医療制度』の対象者)、最後に「医療費を意識して、適正な受診に努めましょう」とある。
保険料もずいぶんと払っていると思うけれど、こういう報告書を見ると(医療費もけっこうかかるものだなぁ)と驚く気分...

もう1通は「国民健康保険『高齢受給者証』の送付」である。70になったので医療費の自己負担割合が1割(74歳以下の人は法律上2割だが、法律の凍結により平成22年3月までは1割)に軽減されるという。
自己負担が1割になるのは(助かるなぁ)である。しかし、同時にかすかな悲哀感を催す。(あぁ、とうとうこれで高齢者の仲間入りだなぁ)と思わずため息が出る。
統計などでは、65歳以上を「老人」として扱うことが多い。でも、それはあくまでも統計上の扱いであって、自分とは無関係という意識があった。

けれど、実際に「高齢受給証」が送付され、負担割合が3割から1割に軽減されるという実益?が得られるという事実を突きつけられると「高齢者イコール老人」という意識になってしまう。
これまで、自分はたしかに高齢になったが、まだ老人ではないみたいな気分があった。しかし「高齢受給証」は、そんな私の意識を木っ端微塵に砕いてしまう。
(あぁ、これでとうとう私も老人医療を受けることになるのだ!)と思えてくる。な、なんという悲哀感!

余談だが、先程 母は「長寿医療制度」の対象者としたが、正式名称は「後期高齢者医療制度」である。市の説明パンフでもはっきりとそう書いてある。
なお 65歳~74歳の人は「前期高齢者」と呼ばれることは周知のことである。
75歳になれば、うう 今度は「後期高齢者医療保険者証」が交付される。はたしてそれまでに元気でいられるかどうか...  それは分からない。

「高齢受給証」が交付されただけで悲哀を感じるのはおかしいと思われる方がおられるだろう。それは理解できる、が 人さまざまである。私は悲哀を感じて、今このような文を書いている。
深刻な悲哀ではないけれど、やはりこれはまちがいない悲哀感である。
人は(歳をとった)と意識した瞬間から歳をとると言われているが、それも確かだろう。だから(歳をとったなぁ)とは思いたくないのだが、ムリして老人であるのを否定することもないと思う。

朝から晩まで歳のことや生き死にを考えているわけではない。時折ふっと思うだけである。でも、それは決してわるいことではないだろう。
70を越してしまえば、いつなにしてもおかしくはない。毎日、今をかみしめている。それがまた楽しいというか、嬉しいのである。若いときには感じなかった感慨である。
この年代になってやっとわかった生にたいする感じ方である。

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今朝の気温6度、曇



  1. 2009/12/27(日) 06:49:44|
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立谷川沿いの散歩道にはたくさんのアオサギがいる
他にもいろいろな鳥がいるのだが、なかなか撮らせてもらえない

今日は白いアオサギ(白鷺ではないと思う)を撮ったので並べる

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今朝の気温2度、外は暗い




  1. 2009/12/26(土) 05:47:30|
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いくつ寝ると...

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あと1週間で

キリスト教徒でもないのだけれど、クリスマスイブはなんとなくケーキを食べる気分になるようだ。
22日は冬至で、23日は天皇誕生日、そして24日がクリスマスイブとなんとなく特別な日?が並んでるなぁと思ったりする。
子どもたちならサンタクロースから贈り物が届く?から嬉しいだろうが、84歳にになる母が「今晩はケーキを食べなきゃぁ」と言い出すのは可笑しい。

「デコレーションは高いから、ショートケーキを買ってくる。テレビがケーキ、ケーキというからねぇ」妻は(しかたない)と言いたそうな顔して買い物に行く。
(孫たちにはちゃんとしたデコレーションケーキを持っていってあげたのになぁ)と思うと可笑しくなる。
まぁ、ケーキを買ったからといって別に家計を圧迫するわけでもないだろうから、クリスマスが異教徒のまつりなどと目くじらたてるほどのこともない。

日本は、もともと八百万神の国であった。神と一口に言っても、まさに八百万(やおよろず)だけおられる。
聖徳太子の頃、そこへまたありがたい仏様が加わった。第二次世界大戦後は、さらにキリストさまのおまつり(クリスマス)が加わり、巷の夜が賑やかさを増し、その余波が家庭までやってきた。
やってくる神様たちを無碍に排除する理由はない。「日本人は無節操」と言われようが、これまでそうやって外国の文化や宗教も取り入れてやってきた。
それにしてもジングルベルの賑やかな音は、まさに狂想曲(音楽用語のそれとは別の)というべきか...

巷の動向は措いて、24日の空は晴れて青い。白い雲が西から東へゆっくり移動してく。
降り積もった雪も融け、風がわずかにあるもののまるで小春日和だなぁ
こういう穏やか景色を眺めていると、うん こころまで穏やかになってくるからありがたい。

以前の自分なら、こんな日和には 家にじーっとして居られず出かけたものだが、うう 最近は、暖かい書斎でパソコンに向かって、このような冗漫な文を綴っている。
これがよいことなのか、またはわるいことなのか分からない。はっきりしているのは、(うう、穏やかないい気分だなぁ)ということである。
こころの片隅に(明日のブログで使う画像がないなぁ)と思いながらも、(画像がなくても、別にどうってことないなぁ)という開き直った気分もある。

それとは別に、(年賀状をださなきゃぁ)と少し気になってるが、それもパソコンでやればほんの一時で済むことだからとのほほんとした気分である。
うん、自分のと妻の分(文)はもうちゃんと書いて保存してある。あとはプリントするだけだからそう気にすることではない。
小学校は、今日が終業式で、子どもたちが12時10分には学童保育所へやってくるという。妻は、早めに昼食を済まし出勤する。
うん、重い腰をあげ、私も歩かないと... 病気しない、元気でいることが仕事だと妻に言われている。妻の言うことを守らないわけにはいかないだろう。
今年もあと1週間で終わる。

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今朝の気温2度、晴



  1. 2009/12/25(金) 06:59:06|
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冬の川

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冬の川

当然のことだが、風景には季節が表れる。春のさくら、夏の入道雲、秋は紅葉、そして冬は雪。もちろん春はさくらだけではない。季節にはさまざまな特有の彩りがある。
その点、冬は他の季節と少し違う。多彩さが消え モノクロームの世界にかぎりなく近づく。銀世界で表現されるように、雪国ではどこかしこも雪にまみれてモノクローム。
ところが、大雪でも雪に埋まらない所がある。川に降った雪は、降れども降れども水面に着いた途端に融けてしまう。

したがって、雪に被われた地上にも水の流れているそこは、空の色を映し青く、または黒く長い帯となる。
白い大地を黒い川がずーっと流れて目立つ。近づけば、冬空を映して美しい。私はその色が好きだ。
冬以外にも川は空色を映して流れているのだが、いちばんはっきり目立つのは冬。

春には雪融け水を集めいたるところに小川が出来る。小さな滝がいくつもできる。滝といえば夏の季語。川風も夏のものだ。
紅葉を映した川面は、黄金色に輝く。冬以外の流れは、周りの色に染まってあまり目立たない。
その点、冬の川は俄然目立ようになる。大地の岸と流れの境が際だつ。川は自己主張するような形になる。

冬は、被写体が極端に少なくなる。それだけの理由で川を撮りはじめるのではない。
自己主張するような川自体が面白いからカメラを向ける。冬以外は存在感がうすい川だが、雪が積もりはじめるとぐぐぐーっと存在感を増す。
それが嬉しくて、川を撮りはじめる。川が織り成す構図が私を誘う。川は絵を成り立たせる力強い構成力をもつ。

今日の川(画像)は、「天童の家」から娘の家に行くまでの途中にある風景である。
23日、ケーキやお歳暮を娘の家に届け、その帰り道に撮った。もちろん少し回り道して撮ったのもあるけれど、そんなに逸れたわけではない。
馬見ヶ崎川の下流(白川)と散歩道沿いに流れる立谷川の下流、2本の川を撮った。

「天童の家」冬の画像は、当然のこと雪景色が多くなる。また毎年最上川の冬景色が登場する。
と、まぁ ここまで書いてきて、(うう、書かなくてもいいようなことを書いてしまったかなぁ)と...

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今朝の気温5度、曇




  1. 2009/12/24(木) 06:54:11|
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オノマトペ

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オノマトペ

       こんこんと眠る幼なのこんこんが聴こえてきそうな冬の訪れ     高槻市・有田里絵
しんしんと降る雪 こんこんもしんしんもオノマトペ でも、しんしんもこんこんもなんだか実際に聴こえてくるように思えることがある。
うん、しっとりした感じのオノマトペは、大きなちからを秘めている。

       「贔屓」とは読みも字面も奇妙なりなにか魚介の類にも似て     山形市・黒沼 智
うう 黒沼さんの詠う通りだなぁ うふふ 貝という字が4個も見られるから、そう思うのだろうか... 
黒沼さんの歌とは無関係だが... 贔屓はよしとしても、依怙贔屓には苦い思いがある。

       北国より養蜂業者ら越して来て南房総に蜜蜂飛び交う        松戸市・猪野富子
日本の春は、やはり南房総からやってくるのだろうか... 菜の花だよりは、決まって房総発でやってくる気がする

       憂国忌知る人も減り今日もまた市ヶ谷駅は昨日と同じ        東京都・佐藤次郎
昭和45年(1970)に東京・市ヶ谷の自衛隊駐屯地で割腹自殺をした作家・三島由紀夫の命日 11月25日
佐藤さんの歌の通りの市ヶ谷駅だろうが... 憂国忌は、現在も多くの人が集って盛況のようである。

       塞ぐこと思ひ出したる隙間風     名古屋市・山田邦博
       辛抱の上に辛抱山の芋         横浜市・李 培張

           短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(21日付)より

昨日22日は冬至だった。1年でいちばん日の短い日。したがって、今日からは「藁の一節ずつ日足が伸びる」ことになる。
独断と偏見で言えば「新年は今日からはじまる」。我ひとり、そんなふうに思っている。
寒さ、暑さは、日足にずーっと遅れてやってくるのはしかたないなぁ

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今朝の気温2度、曇



  1. 2009/12/23(水) 06:45:07|
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「天童の家」十大ニュース 09

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「天童の家」十大ニュース 09

今年も残すところ10日となった。
「天童の家」恒例の十大ニュースを書く時が来た。
どれが重い・軽いということではなく、月順に書くことにする。

控えのノート「2009年 十大ニュース」を見ると、1月から4月までは何も書いていない。書き忘れたわけでなくて、要するに大きな出来事がなかったということである。
ノート端の方に「オバマ大統領」と書かれている。アメリカの出来事は「天童の家」のそれと直接の関係がない。けれどやはりチェンジが気になったからメモ的に書き残してる。

 1.九州の旅(5月3日~6日) 妻と二人で、熊本(主に阿蘇)と大分(別府)を旅した。ゴールデンウイーク中の旅は避けたかったが、妻の日程に合わせた。
   今度は、日程を気にしないでゆっくりと考えている。あのように素晴らしい所なら何度でも行きたい!

 2.スローステップ運動をはじめる(8月21日より) 年々太ってきている。健診でもメタボリックシンドロームが指摘されている。その対応策として踏台運動をはじめる。
   その効果が現れるのは、3ヶ月後だというが、うう まだ効果の兆しが見えないのかどうしたことか...

 3.衆議院選挙(8月31日) 「天童の家」の出来事ではないけれど、この国に暮らすものとして「政権交代」は大きなことであるので、項目を起こした。

 4.Sさんの死(10月11日) 小学校・中学校を共に学んだ同級生。いちばんの親友の死亡は衝撃だった。お別れ会では弔辞を述べる。
   Sさんの死は、自分の死を見つめてるような気がした。

 5.自動車バッテリー交換(10月21日) 奥山寺へ紅葉狩り(写真撮影)に行った際、車のヘッドライト点灯したままでバッテリーをダメにした。
   ケイタイが圏外でレスキューが頼めない。さいわい仙山線に乗ることができ、ことなきを得る。大きな失敗だったなぁ

 6.先輩Kさんの死(11月8日) 同じ町内で 区長を2期務めたKさんは、1年先輩で 私を可愛がってくれた。
   先輩というけれど、意識的には同年配で、同級生Sさんに続いてのKさんの急逝は、私にとっては大きな出来事であった。

 7.民生委員活動事例発表(11月26日) 民生委員中堅研修会(400人規模)が天童温泉で開催され、その場で天童地区を代表し「大災害時における活動の在り方」を発表する。
   仕事をしている頃なら、どうってないことなのだが... 久しぶりに大勢の前で話すのは、へへ できごとであった。

 8.70歳になる(12月18日) なにもしなくとも誰でも歳をとる。それはどうってないこと。だが、私にとって70になったことは感慨深いことである。
   よくもまぁ ここまでこられたなぁという思いがある。これからの生は余命と考えたい。

細々したことをあげれば、もっといろいろあるが、それは誰にでもあることだろう。とにかく、病気もせずに元気に、また妻とも仲良くいられることがいちばんである。
また、「天童の家」を通して優しいネット仲間と交流できることがなんとも嬉しい。
これからもおまけの人生を楽しんでいきたい
ただ、欲張って多くを望むことはしないでいこうと思う。命の炎が燃え尽きるまで、できれば平穏でいられたらこれにまさることはない。

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今朝の気温-1度、晴



  1. 2009/12/22(火) 07:04:46|
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あるアイテム

孫の手

日曜は、買い出しが欠かせない。日曜はショッピングセンターの特典(買物点数が10倍になる)があり、それがバカにならない。ある点数に達すると、500円の買い物券がもらえる。
妻は、その特典を最大限に利用している。「天童の家」の買い物はもちろん、学童保育でつかう「おやつ」(菓子類)の買い物も日曜にする。
おやつ代の点数は、厳密にいえば学童クラブのものであろうが、妻は「役得」としてその点数を稼いでいるから可笑しい。(おやつの買い物は、3人の指導者が交代でやっている)
考えてみれば、点数とか役得といっても、その数字はなんともささやかなもので リベートといえるような額ではないけれど、そんな些細なことにも気遣いながら暮らしているのが庶民の実態である。

今日、書こうとしているのは、上のようなしみったれたことではない。

妻は、母から「孫の手」を買ってきてくれと頼まれたという。「孫の手」はショッピングセンターにはないので、すぐ近くのホームセンターへ行った。
「以前には置いてあったんですが... 申し訳ありません。もしかしたら、カワチの薬局部で扱ってるかも知れません」ホームセンターの店員が言う。
別の買い物もあるので、カワチへ行く。しかし、そこにも「孫の手」がなかった。

「温泉場の土産物店で売っているんだがなぁ... 天童は温泉もあるから、もしかしたら『道の駅』にあるかも」困惑顔の妻に向かって言う。
「パパ、『道の駅』に行ってみよう!」妻の言うとおりに温泉近くの道の駅に行く。...が、いろいろなお土産品がたくさん並んでるが、どこを探しても孫の手は見当たらない。
「こうなったら、温泉の売店に行ってみるか」天童温泉売店なら道路の向こうに旅館やホテルが並んで見える。

Tホテルの駐車場に車をおき、Tホテルの自動扉をくぐってフロント前ホールに妻と二人で入って行く。
「いらっしゃいませ」Tホテルの従業員が丁寧に迎えてくれる。
「あの 売店へ用があるのですが」と私
「はぁ 売店は午後4時から10までとなっておりまして... 只今は、閉店中なのです。どのようなご用でしょうか」
妻が、「孫の手」のことを説明すると、その従業員は、Tホテルでも孫の手は扱っていないことを告げ、「もしかしたら、『将棋の館』においてあるかも知れません」と言う。

Tホテルの人に丁寧に見送られ、私たちは近くにある『将棋の館』へ向かう。「孫の手」は、入り口に近い場所ですぐに目に入った。
1000円もしない孫の手であったが、ようやくゲットできた。
山深い温泉宿の土産物売場などでは無造作に並べられてるものだが、いざ買う段になるとなかなか得られないのに苦笑してしまう。
うう「孫の手」ゲットのため、わずかな距離だが そちこち動き回った次第である。はい、目的の物を入手するまでの顛末、どうってないことを書いた。
おつきあい、ありがとうございます

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今朝の気温0度、雪




  1. 2009/12/21(月) 06:47:28|
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穏やかな気分

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穏やかな気分

午前5時になったばかりなのに、妻はむくりと起き上がって着替えをはじめる。
いつもの起床時刻は、午前6時である。起床前の数分間 ごちゃごちゃあまり意味もない会話をするのだが、今朝(19日)はそれもない。
土曜日は学校が休みだから、児童クラブが午前8時からはじまる。妻は、早番勤務なので、数分間の会話もなく急ぎ飛び起きたのがわかる。
うう、妻の性格が出ている。なにかしなければならない課題があると、そのことが気になって他のことは眼中になくなる。
とにかく8時までの出勤がすべてで、それが妻の行動の原点?になってしまう。

「起きるの、まだ早いじゃない。ママ 8時まで3時間もある」
「雪掻きして、朝ご飯のしたく、後始末 時間がない。パパ、アルミ缶出荷でしょ!」妻の言い方に(とりつく島がないなぁ)と憮然とする私。
しかたないので起床し、雪掻きをする。今年2回目の雪掻きである。うう こういうときは庭の広さが恨めしい。
雪景色は、観るぶんには美しく情緒がある。だが、雪掻き、雪下ろし、車の運転などを考えると、暮らしに雪は厄介物でしかない。
しかし、なんだかだ言ってもはじまらない。「運動代わり」と自分に言い聞かせスノーダンプを押す。雪掻きを終えるころには汗で着替えなきゃならないほど。

着替えを済まし、上の小屋に仕舞ってあるアルミ缶を詰める袋をトラックに積んで公民館へ運ぶ。
家へ戻ると 今度はアルミ缶出荷用の木枠をトラックに据え付ける。雪が相変わらず降り続く。こんな日の作業はイヤなのだが、予めの日程だからしかたない。
朝食を済まし、いつものようにゆっくり茶を飲むこともままならず、妻はあたふたと児童クラブへ出勤。私も町内のアルミ缶をトラックに積みながら公民館へ。
民生委員と福祉推進員とでアルミ缶に混じってるスチール缶やガラス瓶などを取り除いてトラックに積む。
10月22日に560Kg(33,600円)を出荷しているので、今回はアルミ缶も少なく短時間で作業が終了できたし、雪も作業中は降らず助かる。
10月は、60円/1Kgだったが、今月は65円/1Kgで、16,900円(260Kg)をゲットする。
アルミ缶出荷で、年間約20数万円が得られる。それを善意銀行へ預託し、役立ててもらってる。
アルミ缶出荷を終え、(あぁ、これですっきりとお正月が迎えられるなぁ)とホッとする。

昼に妻が帰宅。昼食をゆっくりとる。柚子湯ジュースを妻が拵えてくれる。今日の茶請けはりんご・食べる煮干し・干し柿。
書斎で、妻は年賀状をたしかめている。そして私はこの文を書いてる。
只今、先の区長から電話が入る。今日の夕方から天童駅パルテで忘年会がある。パルテへの交通手段についての打合せ。
今年の忘年会は、これで4回目。「天童の家」のソバ打ち忘年会は、日程が混んでしまい 新年会に変更となる。

うう、ここまでが前書きで、これからが書きたかったことである。
繰り返しになるが、18日に70の誕生日を迎えた。当然のことながら17日は69で、18日に70となった。うう、気分的には、17日と18日ではだいぶ違う。
わずか1日のそれ(24時間)はたいした違いではない(というより、まったく同じに限りなく近い)のだが、私の気分には大きな違いがある。
(あぁ、とうとう70になったなぁ)という感慨は深く、大きい。17日にはなかった思いである。

70年間生きたということ(感慨)に大きな満足を覚える。ここまできたら、あとはもう余命だという儲けもののような気分がある。
厚労省のいう「平均余命」には、後期高齢者に似た響きがないでもない。しかし、私は素直に「余命」に頷く気分なのである。
(よくもまぁ ここまで来られたなぁ)と自分を褒めてやりたい気分だ。(笑い)
うう(笑い)と書いたが、へへ 正直で素直な気分である。照れ隠しで書いた(笑い)である。

この気分が一時的なものか、それとも永続的なものかは知らない。
っふふ、その詮索は措いて、ね 今のこの気持をだいじにしたい。

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今朝の気温1度、小雪 今朝も雪掻きする 




  1. 2009/12/20(日) 07:49:17|
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誕生日に思う

70になって

肩を揺り動かされ目がさめた。何時かと時計をみる。う~む、まだ6時前である。
「こんなに早く、米とりに行くの?」
「ちがう、米とりはご飯を食べてから... パパ 誕生日おめでとう。忘れるとわるいから、言っておきたかったのよぉ」
「うう そのためにわざわざ起こした?」
「だって、米とりに行ったり わたわたして肝心のことを言い忘れたりするから...今日だけは絶対に忘れないようにと...」

「米とり」とは、飯米を親戚の家(Mさん)から譲ってもらっている。今日(18日)はその飯米を運び、これまで運んだ分の代金も支払う約束になっている。
Mさん夫妻は「多忙な方だから 時間に遅れないように行かなければ」妻は 昨日から約束を気にしていたのを私は知っている。
妻は、まるで子どものようなところがあり、なにか気にし出すと待つことができずに、それを果たさないと落ち着かず、時や場所にかまわず自分の気持ちを果たしてしまう。
うふふ(あぁ、またかぁ)と私は笑ってしまう。

「パパ 忘れなかったでしょ 朝いちばんに言わなきゃぁ と思っていたんだからぁ おめでとうね」
「ママ ありがとう。これからもよろしくお願いしますねぇ あとわずかのことだと思うけど」
「パパ なにを言う!のぉ 長生きしてもらわないと困る!」
「分かった。分かってるよぉ 年金もらえなくなると困るよなぁ」
「パパ! そいうことじゃない!でしょ 元気で、もっと楽しんでもらいたいのよぉ そうでしょう」
「はい、はい ママ ありがとう。仲良く、いきましょう」

朝早くから、なんともおかしな会話がごちゃごちゃはじまる。他人さまに迷惑かけているわけでないからいいものの、なんともしまらない話であるなぁ
14日から降った雪が、今朝はこれまででいちばんの積雪量(数センチだが)になった。小屋からスノーダンプや雪掻きヘラなどを取り出し、今年はじめての雪掻きをする。
朝食を急いでとり、Mさん家へ向かう。タイヤ交換はすでにやっているので走るに支障はない。Mさんとの約束時刻(9時)ちょうどに到着する。

運んだ飯米を小屋に仕舞い、すぐに写真を撮りにでかける。雪道を運転しながら(あぁ、とうとう70になったなぁ)との感慨がわく。
「平均余命」とかが浮かんでくるが、そういうものはなんの意味もない。命は統計ではない。
でもなぁ(これからの命は、まちがいなく余命だなぁ)
毎年見る雪景色は、同じようなものかも知れない。だが、見てわく感じは毎年ちがう。昨年と同じ場所で同じ景色を見て、そう思う。
同じ景色などない。すべて一期一会...

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以上は17日に撮る。そして下は18日に撮った

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今朝の気温-1度、雪降り 10数センチの積雪(20センチ近い)



  1. 2009/12/19(土) 05:23:18|
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雪景色

14日から断続的に降り続いてる雪 
日中は陽射しが出て雪は消えていたが、今日は日中も降って消えない
積雪も10センチちかくなった

雪景色が珍しく思え、数多く撮った
ストック画像がたまりタイムラグが気になるので並べることにする
画像は、うう 月並みなものばかりだが、捨てるにしのびない

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先日もアップしたヒメリンゴ

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午後3時20分の気温-2度、雪



  1. 2009/12/18(金) 15:19:19|
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最良の時

今がいちばん

今日(16日)は、午前5時半に起床しルチンワークのパソコンをする。「鍋合戦」に阿蘇望亭さんと夢さんのコメントがある。(嬉しい)
ブログの最後に、その朝の気温を記入し 空模様を書き添えるため書斎のカーテンを開けて見る...が、外はまだ暗い。
隣家の屋根が白く見える。うう、そうだ、今日も朝食前に出かけなきゃぁ

朝日が上がる前に撮らないと雪が消えてしまう。少し早いのを承知でハンドルをにぎる。
午前7時を過ぎたのに、雲が多くてどんよりと光りが弱い。まだ手持ちでシャッターが切れない明るさなので、面倒だが三脚を使う。
三脚を使うのだから、絞りをぎりぎり絞って撮ることにする。雪が舞い、太陽は期待できない。弱い光りだが 開き直ってシャッターをきる。

遅めの朝食をゆっくり食べる。妻が母と私に柚子を搾って砂糖をたっぷり入れたジュースを拵えてくれる。
今日のお茶うけは、小魚とりんごと干し柿。うう なんとも豊饒な気分で抹茶を2杯飲む。
妻は、この後、ハローワークと銀行へ行くのだという。児童クラブ指導員のなにか書類を出すよう指摘されたらしい。銀行へは、私の誕生(18日)記念品をもらうためだそうな
「カレンダー二つもらってきて。書斎と洋間に銀行のがいちばんいい」私のリクエストに妻は承知したと頷く。

出かけた妻は、私が朝食前に撮ってきた画像処理を終わし、新聞を見てるところに戻ってくる。
「エビ料理するから、パパ手伝って」妻のそれは厳命だから、腕まくりして台所に行く。大きな車エビが箱の中でまだ動いている。
その『姫島えび』は、大分県東国郡姫島村の「一村一品運動」産品であり、別府の友人からのいただきものである。

「お料理のしおり」を広げた妻が、指さし「パパ、これにしよう!」と言う。しおりには、「塩焼き」「天ぷら」「活きづくり」「寿司」の調理法の説明が書かれてある。
妻が指さしてるのは、「活きづくり」。私は(うっ!?)と声をのむ。妻は、動いてるエビを見て尻込みするほどだから、うう、調理はもちろん、食べることができるのか?
正直いえば、かくいう私も活き作りは苦手なのである。
「ママ、簡単にそう言うけど、これは難しいんだぞぉ 天ぷらとか塩焼きにしたら...」
「ダメ? パパならやれるでしょ!」
「うう、活き作りはなぁ ママ、かわいそうと思わない? 天ぷらとかならいいけどさぁ」

台所へ母もやってきて、「これがいちばんいい」と寿司種を指さす。私は(ホッ)とし、腕まくりを戻す。調理は、母と妻に任せ、洋間に戻る。
「パパ、ごはんよぉ ほら、エビができた。食べて」
うん、妻の言う通りで、弾力的な歯応えがなんとも美味い。素材が良いからだと思いながらも、「上手くできた。さすが調理人の腕が冴えるなぁ」と言う。

昼食後、妻は児童クラブへ出勤。私は散歩へ。
雪が溶けてしまい、景色は冬枯れいろのそれ。無聊といえば、その通りだが、それはいたしかたない。特に不満も感じない。
散歩する人の姿も少ない。顔馴染みが1人、見知らぬ2人に出合っただけ。
散歩から戻って、しばらくぼんやりした後に、この文を書いている。このような平穏な気持でいられる今が、なんとも(ありがたいなぁ)としみじみ思える。

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今朝の気温1度、小雪




  1. 2009/12/18(金) 06:56:43|
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既視感の周辺

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既視感の周辺

14日、黒沢温泉から戻り、13日の新聞を見る。14日の新聞が休刊で、朝日歌壇・俳壇が載ってる。
俳句、金子選の首席に時田さんの句が選ばれている。
     傑作ががらんと消えて冬の脳    幻椏

 金子兜太選 首席でお取り頂いていた。勿論、予想だにしていない1句である。
 「自分のことば遣いで書けるようになるとスランプ脱却。まだ「冬の脳」などと気にしているが、この言い方も個性的。」と句評に御書き頂いていた。
 恐れ多くも金子先生からの私信として、この句評を拝読させて頂いた。半年程前に、「最近良く無い、スランプだな・・」 と御指摘を受けていた。
 何処が如何と言う事は一切無く言われたので、実のところ混迷は深まるばかりだったのである。が、「スランプ脱却」と言われても、これもプレッシャーだ。
 我が句は、何時も偶然に得るフロッグの産物であるからである。今日の句も、加齢と共に感じていた身体的心情的空虚感を俳句にしたのだが、すでにがらんと消えて良く覚えていない。
 今年、11句目の入選。2000年以降、朝日俳壇に投句を始めて年間10句を超える入選は、勿論初めてである。

上は、時田さんのブログからの転載(抄)である。

さて今日は、いつもと少し違うことを書く。
13日付の朝日歌壇を読んでたところ、次の歌に出合い、戸惑う。

       道を尋ねればわからんと答へて蜜柑をを五つ持たせてくれぬ     奈良市・杉田菜穂
ん? いつか、どこかで、すでに読んだことのある歌だなぁ そう思った。
ちがうかなぁ... うう、既視感だろうか。イヤ 確かにすでにこの歌は読んでいる。その思いはどうしようもなく強くなってく。
私は、過去の新聞を次から次へとめくっていった。そう遠くない時に読んだことがある。きっとみつけてやるぞぉ...

11月2日付けの朝日歌壇に次ぎの歌があった。
       道問われ得意顔して饂飩屋の在り処教える我は讃岐っ子       高松市・木内邦治
道を尋ねられた時の歌であるが、杉田さんのそれとは大きくちがう。

10月19日付、朝日俳壇に次の歌があった。
       道問へば知らぬといひて柿一つ      愛知県・有元洋剛
俳句と短歌のかたちはちがうけれど、詠われている内容は同じである。

短歌をさらに昨年まで遡って調べたが、杉田さんの歌と同じのはなかった。
やはり私のそれは、既視感というか、厳密にいえば、思い違いであり、いわゆるデジャブではない。
それにしても...
       道問へば知らぬといひて柿一つ
       道を尋ねればわからんと答へて蜜柑をを五つ持たせてくれぬ
な、なんとも似てるというか、同じことを17文字と31文字で表現しているのだなぁ

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今朝の気温-2度、3日続けて雪 鶴岡(庄内)では大雪のようす




  1. 2009/12/17(木) 06:38:04|
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初  雪

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初 雪 09

今年平地の初雪は、14日の夕方近くから降りはじめた。降り積もるような降り方ではない。
それでも夜間に気温が下がったために、翌朝(15日)には屋根や地上も白くなった。
いくら雪国に暮らしていても、初雪はやはり珍しく感じるから面白い。起床後のルチンワークであるパソコンを済ますと、朝食もとらずいそいそと散歩道へ。

散歩道には歩いた足跡がまだ一つもついていない。うふふ いわば(処女歩行だなぁ)?とほくそ笑む。
いつも見慣れた散歩道なのだが、雪があると景色が一変して感じられ、どこもかしこも新鮮?な風景に思われてカメラを向けてしまうから可笑しい。
う~む なんの変哲もない景色が、すばらしい雪景色と感じられるのは実感で、不思議と言えば不思議なことであるなぁ

午前7時40分ころから歩き出し、方々を撮りながらいつもの折り返し地点(山寺宮崎公民館)まで行く。
その頃(午前8時半)から陽射しが、少ない雪を溶かしはじめ 黒いアスファルトが見える。
一晩で降った雪の量はわずかで、1cmほどだろうか? 大地もまだ冷えていないこともあって、雪は溶けるのがはやい。

日中は、陽射しもあったが、黄昏とともにまた雪が舞う。夜間の気温低下にしたがい、16朝にはまた屋根も地上も白くなるのだろう。
今夜(15日午後7時半)は地域社会福祉協議会立ち上げ準備会議あるが、明朝はまた朝食前にカメラを持って出かけることになろう。
雪は、暮らしには厄介な代物だけれど、雪景色はまた別であるなぁ
とまぁ、そういうわけで、今年はじめての雪景色を並べることにする。

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今朝の気温1度、まだ暗い



  1. 2009/12/16(水) 05:43:41|
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天童・鍋合戦 2

写真をいっぱい撮ったので、続きを並べる

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午後1時40分の気温4度、雲多いけれど陽射しある



  1. 2009/12/15(火) 13:38:36|
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鍋合戦を楽しむ

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鍋合戦を楽しむ

今(14日午後3時50分)外を見ると、うう やはり雪が降ってる
気象情報では雪だるまだったから、予報通りだなぁ
平地では、今年の初雪である
まだ降り積もるようなそれではない
でも、もしかしたら、明朝は白くなっているのかも...

13日は、天童冬の陣・鍋合戦が 県総合運動公園で行われた
妻と一緒に日曜の定期買い物?を済まし、その後鍋合戦を楽しむ
うう すごい人出で混雑し、人気鍋には長い行列がずーっと続く
食べることを放棄し、私はカメラを楽しむ

妻は、それでもちゃんと旨い鍋をゲットし、私にも食べさせてくれる
うん、冬は やはり鍋物が美味いなぁ
なんだかだ言っても3種類の鍋を楽しむ
いろいろな鍋をいくつもゲットし、容器を5つも6つも重ねている人をけっこう見受ける

鍋合戦の後は、黒沢温泉「ゆさ」に行って宿泊する
...が、鍋合戦ではたくさんの写真を撮ったので、それを並べよう
うう、カメラを向けたくなる被写体がありすぎて困る?くらいだった
年に1度の催しだし、宣伝も効いてるようで、大盛況だから「お祭り」好きな私は嬉しくなる

なお、どの鍋が将軍になったのかは、次のHPを見られたし
        http://news.ameba.jp/domestic/2009/12/52627.html

        http://www.nhk.or.jp/news/k10014380551000.html

        http://www.47news.jp/CN/200912/CN2009121301000226.html

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今朝の気温1度、うっすらと雪が...




  1. 2009/12/15(火) 06:27:29|
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子どもと遊ぶ


11日のこと
妻に電話が入り、学童保育の指導員が急に休むという。指導員は3名おり、これまで同時に2人が休むことはなかったが、その滅多にないことがこの日 出来した。
妻が私の顔をみて「手伝って」という。民生委員をやってて、これまで立ち上げからいろいろと関わってきた経緯もあり、夏休みや冬休みなどには民生委員も児童クラブを手伝ってきている。
「分かった」と応え、約束通りに午後3時にクラブへ出かける。

クラブ在籍者は現在15名であるが、この日(11日)は1年生6名、2年生2名、3年生が2名、合計10名の子どもたちがやってきた。
1年違っただけで1年生と上級生の差は歴然としているのに驚く。1年生はまだいかにも幼く感じられるが、それに比べ2・3年生はずいぶんと成長してるのが分かる。
この日は、あいにくの小雨模様で外遊びができない。公民館講堂でドッチボールやサッカーボールで遊ぶ。

子どもたちを黙って見ているだけでは済まされない。誘われるし、子どもたちと一緒にドッチボールやサッカーをする。
小学生(7・8歳)の子どもたちに混じって遊ぶのは、70歳にとってはなかなかしんどい。見ているぶんにはそう激しく動いてるとは思えないのだが...
実際に、遊びの中に混じって動いてみると うう、息切れしてくるからなさけない。

(なさけない)とは癪だから思いたくないので、(よーし、やるかぁ)とスリッパを脱いで動けば、うん まだまだ小学2・3年生位の相手はできる。
相手ができる、のは確かだが... それも短時間に限られる。いつまでも動けない。うう 動悸が激しくなって、汗が流れる。
それでも、踏み台運動とはちがって、俊敏さが求まられるその運動が懐かしく、快い。(あぁ、久しぶりの動きだなぁ)と我ながら驚く気分。

うふふ、なんとなく若返った気分が嬉しい。考えてみれば、年齢差が60以上である。子どもたちは70男をどんな目で見ているのだろう
一緒に遊んで(遊ぶというより、必死で動く)くれる先生(指導員の助っ人)がいることに、子どもたちは嬉しそうに動き回る。
講堂の使用は午後5時まで、それ以降は児童クラブ室で宿題をやったり、テレビを観たりしながら家族の迎えを待つ。

5時前後に半数以上の子どもたちが家族と一緒に帰ってく。
宿題をやっている子どもたちの傍で見守っていると、遊ぶ姿とはまた違う個性がそこに見られる。人の能力はさまざまだなぁと強く感じる。
運動能力の優れている子ども、国語が得意だけれど算数の苦手な子。子どもたちはためらうことなく能力を発揮する。
「ね、先生 聞いて!」私に読本を渡し、自分は得々と身振りを入れて暗唱する。その姿が、うん お世辞ぬきで美しいというか、溌剌として輝いてる。
そういう姿を目にするのは、ある種の感動であるなぁ

目の前の子どもたちは、競い合って私の前に立つ。拍手してもらえることが嬉しいのだろう。私は単純に、称賛の拍手を送り続ける。
自分にも、こういう姿があったのだろう。今では暗記・暗唱は苦痛である。
はからずも、急に妻の手助けにかりだされたボランティア指導員になって、思いがけない感動を得ることができた。
こうした場を与えてくれた妻と子どもたちに、声にはださなかったけれど「ありがとう」を言ったのであった。

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この時刻は、黒沢温泉で湯につかっているだろう...
今日のブログは、自動でアップした



  1. 2009/12/14(月) 06:30:00|
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習い性で

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習い性で

「天童の家」では、食事が済むとお茶を淹れるのが私の役目である。夕食後はないけれど、朝と昼食後に果物と抹茶を喫することが習慣になっている。
なにか急ぎの用事があったりして喫茶しないと、なんとなくしっくりしない気分で、習慣とはおかしなものであるなぁ
食後のデザートというか、お茶うけには季節の果物がでる。果物の代わりに菓子になったり、時には菓子と果物が一緒だったりする。

今日書くのは、その食後の果物について...
夏の終わりから秋にかけ ぶどう・柿・梨(ラ.フランス)・りんごと切れ目なく並ぶ。柿以外はすべてもらい物。食べきれないほどたくさんもらう。
今は りんご。妻が皮を剥いて、適当な大きさにカットし出してくれる。ミツの入ったフジりんごが美味しい。
? そのりんごを見て、(なんかちがうなぁ)と首を傾げる私。

1個のりんごが、食べ易いように何等分かにカットされて出されるのだが、以前のそれはたいてい6等分くらいの大きさであった。
ところが、今目の前のそれを見ると、8等分かそれ以上にカットされている。
「ママ、こんなに薄く切るのはどうして?」問う私に、妻は「食べやすくと思って...」とさも当然のような応えである。
「前は、もっと厚く切ってたなぁ あの位の大きさが旨いんだけど... どうして、こんなに薄く切るようになった?」と私。

「あぁ、そうか。分かった。学童では大勢の子どもにあげるから、薄く切って数を作らなきゃ... その切り方になったのね。ごめん、パパは大きい方が好みなのね。分かった、今度からそうする」
りんごを作っている農家の子は、家ではりんごを食べないのに、学童クラブにくると他の子どもたちと競うようにして食べるという。
子どもの数が多い時は、りんごの皮を剥いて、カットしてあげるのがとても忙しいという。
子どもたちはりんごの数をかぞえ、他の子より少ないとブーイングが飛ぶ。みんなに平等にやらねばならない。1個のりんごを薄く切って数を稼ぐようにしてる。
子どもたちは、薄い厚いに関してはなにも言わない。数が同じならそれでいいというように競うようにして食べるらしい。りんごは子どもたちの好物である。

「学童でのクセが、家でも出てしまったんだね。ごめんなさい」妻は笑いながらあやまる。
なにも謝ることはないのだが... 妻の言葉を聞いて、つい可笑しくなって私も笑ってしまう。
妻は、子どもたちから「先生」と呼ばれる。妻は、私にも「先生」の口調でものを言うことがある。
うう 人は、やはり習い性が身についてしまうものらしい。

「パパ、私は1時までには行ってるが、パパは3時までにきてね」妻は、言葉上は「お願いする」と言うけれど、実際は先生から子どもたちへの口調でいうから可笑しい。
学童保育所には 妻の他に「指導員」が2名いるけれど、2人とものっぴきならない事情で今日(11日)は出勤できなくなった。それで私が急遽 手伝いに頼まれたのである。
「はい、はい 先生、分かりました。遅れないように行きます」
「パパ、おちょくらないで! ちゃんと頼んでいるんだから」妻はむきになって言う。それがまた可笑しくて笑ってしまう。
「ごめん 分かったよぉ 安心して... 強力な助っ人がここにいるんだから」私の言葉に、妻は頷きながら出勤する。

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今朝の気温7度、晴 今日も淡い朝焼けがきれい



  1. 2009/12/13(日) 06:52:46|
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池の冬支度

次は、「天童の家」によくコメントを書いてくださる「ころ」さんが、ある方のBBSに書かれたものの転載である。

題名:冬支度 名前:ころ 2009/12/10(木) 22:26
 今日はポカポカあったかかったので冬タイヤ(スタッドレス)に交換しました。
 ついでに池に雪覆いをして鯉を冬眠させました。
 寒さに弱い鉢植えを家に取り込んだり一日いそがしかったです。
  明日はお天気が崩れるというので無理してきょう片付けたのでかなり疲れました。
 雪国は冬支度が大変です。
**

それを読んで、以下の写真を撮ることにした。
画像は、「天童の家、の裏の池(上2枚)と表の池(一番下)のようすである。
毎年、12月に入ると池に発泡スチロールのそれを浮かべる。
雪が降り積もると、池が雪で覆われる。冷えれば氷も張る。
他所の家でも、たいていこんなふうに発泡スチロールを浮かべるので、それを真似ている。
はたしてどのような効果があるのか分からないままに真似てする処置である。
うう、なんともおかしなことだが、誰もなにも言わないし、こんなのでいいと思っている次第である。

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今朝の気温7度、外はまだ暗い




  1. 2009/12/12(土) 05:57:22|
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冬の足音

昨日は歯科受診の日で、朝食を済ますと妻と二人で山形の病院へ。歯痛があるわけではなく、定期的なメンテナンス
その後、親戚の家へお歳暮をもって行く。妻の祖父の代の血縁だから、縁遠い関係になっているのだが...義理的?なつきあいも残ってある

その後は、車にガソリンをつめたり、妻が学童保育でつかう菓子を仕入れたりして家に戻ったのがお昼近い
天気がよくて、月山が白い雪を輝かせてきれい
「写真撮ってくる」妻に言い残し、近くのスーパー農道へ

昼は、うどん 妻が、病院待合室のテレビで観た料理番組のそれを作ったもので、なかなか旨い
妻が児童クラブへ出勤し、私は撮ってきた月山の画像処理。この画像処理がけっこう時間をくう
たった1つの月山を撮るだけだから、時間がかからないと思っていたが、結局は30枚あまりのシャッターを切っていた
その取捨選択がばかにならない時間となる

画像処理を済まし、昨日の民生委員会の後始末をする。毎月10日までに、活動報告書を提出しなければならない
わずか7人分のそれだから、面倒なことではない。それを市役所に持って行く
そんなことをやっていると日はすぐに傾いてくる。午後4時になれば黄昏の感じが濃くなる
あと10日で冬至だものなぁ

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今朝の気温5度、曇



  1. 2009/12/11(金) 06:37:02|
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吹雪みたいに

昨日、午前中は「配分委員会」。歳末助け合いで集まった善意のお金を有意義に、公平に使わせてもらうために社会福祉協議会々長、小・中学校長、婦人会正副会長、公民館長・事務長、民生委員全メンバーで協議した。
どうしてもボーダーラインの人々がでるけれど、それはどこかで区切らなければしようがない。考えれば、なかなか面倒な作業である。
うう、あの「仕分け作業」を思い出し苦笑する。

午後は、民生委員会第六ブロックの研修を天童温泉で行う。同じ仲間の住職(僧侶)に講話をお願いした。
ふだん疑問に思っていることを質問、それに応えてくれるかたちをとった。
神職(神主)も仲間にいるので、お互いに補完しあって面白いというか、有意義な研修となった。
マツリ・マツル・マツリゴト・オマツリなどの言葉がでてくる研修だったので、それについては別に書くことにする。

研修の後は、忘年会。 うふふ、これがメインといえば言えるかも...

今日の画像は、はじめから説明しないと分からない。
散歩道で出合った情景を撮った。
蒲の穂、ガガイモやボタンヅルの種、ススキの穂、アシの穂などが風に吹かれ、一斉に飛び立つそれを撮った。
まるで吹雪のような情景に驚きシャッターを切った。

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今朝の気温6度、晴



  1. 2009/12/10(木) 07:06:58|
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雪ふりしきる

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雪ふりしきる

       無念さを殺して棋士は水を飲む「負けました」とう一語言うために     横浜市・おのめぐみ
水と一緒に、ね 負けたという口惜しい気分も飲み込んだ... 歌の気持がよくわかるなぁ

       わが左肺墓に入らず瓶に入り研究棟にて見本となりぬ           知立市・鈴木清美
鈴木さんのこころがいろいろと推し量られ、なんとも深みのある歌。こういう歌が詠めるって(凄い!)ことだなぁ

       長男を亡くしたわれに口重き三男が短き電話かけくる           山形市・渋間悦子
人の生き死に、親子の在り方等々が31文字に凝縮されて語りかけてくる。短歌ってすごい文学だと思う。

       電気ストーブ三台分の陽のひかり部屋いっぱいに差して霜月       いわき市・清矢暁子
寒くなれば、暖かさがいちばんのご馳走。太陽のありがたさもひとしお身にしみる。ストーブ三台分以上の恩恵だろう。

      「ジンゾウヲヒトツトルノ」という友の声の向こうに雪ふりしきる      福島市・美原凍子
電話の声は夕張に住んでいる友人だろうか... 美原さんの脳裏には、雪降る情景がまざまざと浮かんでくる

       自由得し落葉地表を駈けめぐる      札幌市・前田豊作
       羨むは炭焼く友のなめこ汁        川崎市・藤田 恭
       安達太良に冠雪ありと柿届く       北海道・菊地ナミ
       茶碗にも寿命ありけり霜の朝       東京都・小出 功

                短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(7日付)より

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今朝の気温2度、晴




  1. 2009/12/09(水) 06:41:55|
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どわすれ

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どわすれ

なんの脈絡もなしに、短歌が浮かんでくる。明け方 まだ寝床に横になっているときである。
だが、肝心の歌詠みの名前が思い出せない。頭の片隅では、その名前が分かっているのだが...
金田一京助とか、岩手など関連する事項が次々に浮かんでくるのだが、肝心の詠み手の名前がどうしても浮かばない。

はたらけど はたらけど猶わが生活楽にならざり ぢっと手を見る
たはむれに母を背負ひて そのあまり軽きに泣きて 三歩あゆまず
東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる

日本人なら一度は耳にした歌であり、詠み手は有名人だからほとんど誰でも知っている歌人である。
もどかしい... 0000の名前が、なぜか思い出せない。いわゆる(ど忘れ・健忘)である。
やや諦めの気分で、なぜ唐突にその歌を思い出したのかを考え(詮索)た。

そうかぁ 昨日(6日)の新聞(読書欄)でその歌人を主題にした本の書評を読んだ。それが尾をひいているのに思い当たった。
  やはらかに柳あおめる 北上の岸辺目に見ゆ 泣けとごとくに
上の歌について具体的にふれていたのを思い出す。その延長上に、他の歌も思い出していたのだろう。
だが、なぜ作者0000の名前が思い出せないのか...?

もどかしさを通りこし、寝床を抜け出し、その新聞を見て確かめようかなぁと何度も思った。
しかし、癪だなぁの気分も強い。
が、いつの間にか0000のことは関心の外に...すっかり忘れて起床した。
新聞を見ることさえしなかった(忘れてた)。

毎日のルチンワークであるパソコンを済まし、ふと... 脈絡もなく自然にぽっと、石川啄木の名前が浮かぶ。
(あぁ、啄木だったなぁ)私は思わず独り苦笑い。
うう、まだ認知症になったわけではないなぁ

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今朝の気温7度、雲多いが青空も 




  1. 2009/12/08(火) 06:40:22|
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今年の冬至は、22日である。いちばん日が短くなるまで、あと15日。まぁ2週間と思えば、我慢?できる。
現在6時半だが、まだ薄暗い。

昨日、虹がかかった。一日中不安定な空で、風が強かった。
妻と散髪しに行ったり、庭木の手入れをしたりとそれなりに忙しかった。

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今朝の気温6度、曇



  1. 2009/12/07(月) 06:36:27|
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「碍」の字

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今日は、朝日新聞のシリーズ記事「ニッポン 人・脈・記」の転載(4日付)である。

     漢字の森深く[7] 「碍」の字で社会は変わる
 普段の生活でよく使う漢字を一覧したのが常用漢字表だ。国が選び、あくまで使用の目安だが、社会への影響は大きい。
 兵庫県芦屋市に住む豊田徳治郎(74)は、来年秋に向けた常用漢字表の改訂作業を祈る思いで見守っている。
 「障害者ではなく、障碍者と書けるようにしてほしい」

 豊田には苦い体験がある。高度成長期を商社マンとして生き、会社も起こした。家は妻に任せ、長男の実(みのる・47)とは親子らしい会話もない日々。
 1995年、実が統合失調症と診断される。でも、何もできなかった。
 2000年に仕事を退き、初めて息子と向きあう。「自分は一体、何をしてきたのか。贖罪しかない」。

 ボランティアで障害福祉に取り組むうちに、障害者という表記が気になった。「害のある人と誤解されかねない。名は体を表しますから」
 三十数年前のソウル駐在時代の記憶がよむがえる。日本語がよくできる取引先の部長に尋ねられた。
 「韓国では障碍者と書く。日本ではなぜ書かないのか。」答えられなかった。

 障害も障碍も戦前から妨げるの意で使われていた。害には災いの意味があり、害悪など否定的なイメージが強い。
 なのに障害が使われ、定着した背景には、国の漢字政策がある。
 敗戦の翌46年、膨大な漢字に手を取られていては国の発展は望めないと、使用を制限する当用漢字表(1850字)ができる。
 だが制限すべきではないという声も強まり、81年の常用漢字表(1945字)では目安とされた。
 この間、碍は一貫して採用されていない。

 今年1月、改訂作業で最初の試案が公表されると、碍の採用を求める意見が20件も寄せられた。
 豊田が副理事長のNPO法人「芦屋メンタルサポートセンター」もそのひとつ。精神障害者に代わる言葉として、心的障碍者を提唱している。
 米国では障害者をチャレンジド(challenged)と呼ぶことがある。挑戦すべき試練を神から与えられた人。
 豊田は日本語でもこんんあ言葉がほしい。まずは「障碍」からだ。

 豊田は5月、「tokujirouの日記」というブログを始めた。碍について発信している。
 最初に応えたのが日本語学者の當山日出夫(54)で、「敬意を表します」と伝えてきた。
 豊田が実のことを書いたのも、目的達成には目立つ覚悟も必要と當山に助言されたから。
 立命館大などで教える當山は、黒板に書く時に赤チョークを絶対使わない。色覚異常のある人は見づらいためだ。奈良市内の住職でもある。

 10月に2度目の試案が公表され、碍はやはり採用されなかった。使用頻度が低く、熟語も障碍と融通無碍ぐらいしかない。そんな理由からだった。
 當山は言う。
 「障害や人権にかかわる漢字には、使用頻度とは別の判断基準が要ります。その意味で、障碍の碍は政治的な文字なんです」
 當山は豊田と意気投合した。賛同者を募り、精神保健福祉の推進のために行動する「みんなげんき倶楽部」を、11月29日に東京で発足させたばかりだ。

 企業にも変化がある。
 マイクロソフト最高技術責任者の加治佐俊一(50)は昨年初め、自治体では「障がい」と表記している例があることに気づいた。
 部下で全盲のプログラマーに尋ねてみると、害を使わない動きが出ているという。
 うかつだった。日本版ウィンドウズ製品の開発責任者を長く務め、障害者への配慮を心がけてきたのに、「マイクロソフトはなぜ迷いもなく、害虫の害を使ってきたのか」。
 社内で議論し、製品や文書の表記で障害を障碍と改めることにした。

 最初の試案には碍の採用を求める意見を送った。10月に発売した基本ソフト「ウィンドウズ7」も障碍を採用している。
 そんなさなか、豊田からメールでブログを知り、共感する。「あの方の主張がきちんと受け入れられたら、社会は優しい方向へ向かう気がします」
 
 文化審議会国語分科会会長の林 史典(68)は、2度目の試案をまとめる時にこう発言していた。
 「碍は微妙な問題なので、結論はまだ出さない。最終案までさらに考えたい」
 可能性は残っている。
                   (白石明彦)
天童市でも数年前から「障がい者」などと仮名書きにしているが、なんとも歯痒いというか、奇妙な気分が拭えない。
害が碍になったとしても、障碍者感がそう簡単に変わるわけでもないだろう。
精神分裂病が、統合失調症に変わって数年経つ。だが長い間に染みついた「偏見や差別」のそれがなくなったとはいえない。
「碍」の字で社会は変わる というのは、見出しであって、実社会はそう生やさしいものではない。

しかし、前向きに捉えて糺すべきものは正してくのは必要なことである。
長い時間がかかるかも知れないが、統合失調症も、また障碍者も理解が深まって、みんなが優しく暮らせるようになればありがたい。

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今朝の気温5度、雲多いけれど青空が... 今朝も淡いきれいな朝焼け




  1. 2009/12/06(日) 06:53:37|
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