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学習発表会

午前8時半までに小学校へ行き、9時からはじまる「秋の学習発表会」待つ。
新型インフルエンザ予防のためにマスクが配られ、それをかける。

「夏の体験学習、地域探検、総合的な学習、昔話、その他いろいろなことを通して、地域のみなさんから知恵や技、心を教えていただきました。
 お世話になったお礼を込めて、これまで学習したことや自分たちで決めた歌や劇などの発表をします。精一杯がんばります。どうぞご覧ください。」

4・5年生 合唱『LETS GO! いいことあるさ』
          『世界がひとつになるまで』

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     1年生 音楽劇『おむすびころりん』

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     2年生 劇 『かに むかし』

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     3年生 むかしがたり 『干布のむかし話』

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     6年生 劇 『マイ箸で救おう! 未来の地球』

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以下は、マスク風景?2枚

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当地区では、まだ新型インフルエンザ感染者を出していない
次のそれは、来賓者の面々

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午後4時現在の気温17度、晴の一日だった




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  1. 2009/10/31(土) 16:07:44|
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奥山寺紅葉

奥山寺は、いわばフランチャイズとでも言えようか... 「天童の家」からわずかの距離にあるマイ・フィールド
地元の人々がキノコ採りとかで入る山で、その他の人々はほとんど行かない山や沢である

今日からは、そこの紅葉をなどを並べることにする

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29日は、民生委員研修で新庄へ行った。
30日は、知事と語るミーティングin天童へ行った。
31日は、小学校の学習発表会に行く。
う~む 毎日なにかがあり、それに関わっている。野暮用とは言わないけれど... 気侭になる時間が短い。
できれば、そういうことから離れてしまいたい気持も強くある...

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今朝の気温13度、晴



  1. 2009/10/31(土) 06:35:49|
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仙人沢紅葉 3

仙人沢紅葉 3 

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仙人沢紅葉は、これでおしまい
次の場面(また紅葉ですが...)が控えてる



  1. 2009/10/30(金) 07:29:35|
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仙人沢紅葉 2

今日もまた紅葉で~す

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今朝の気温11度、晴




  1. 2009/10/30(金) 06:39:29|
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仙人沢紅葉

タイトルの「仙人沢」は、宮城県(笹谷)にあるそれで、先日アップした山形県(蔵王)の仙人沢とはちがう
この沢にも大小の滝があるが、いちばん有名なのが「仙人大滝」
今回もその大滝を目指しながら紅葉を楽しんだ

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画像はまだあるが、後日にまわそう

青空が広がってる



  1. 2009/10/29(木) 06:22:08|
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転がる木の実

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転がる木の実

       一面の黄色のじゅうたんお祖母ちゃんとおはしを持ってぎんなん拾った 横浜市・高橋理沙子
理沙子 また入選しましたね。前回は10月5日だったから、凄い!ことだなぁ

       デイサービスでトランプしつつ息絶えた友をみんなが羨ましがる    福岡県・北代充明
北代さんは、施設職員なのだろうか? 新聞の書籍広告に『ころり』に関した本がけっこう目につく... ころりは、やはり願望なのだろう

       茹で栗のむき方を問うメールにも子の写真添えておくなり       高槻市・有田里絵
うふふ 親バカとばかりは言えないなぁ 

       死ぬことを忘れてしもたそれでええおかん元気でいなはれおかん    大和市・水口伸生
死のことばかり考えても(しようがないなぁ)である。元気なのがいちばん

       秋の夜の鏡の中にひとりいるモジリアーニの女のまなこ        福島市・美原凍子
モジリアーニは、哀愁を漂わせ、それでいて凜とした女性 温かさと冷たさを併せ持っている。ふ~む、美原さんのこころが澄んで秋は日毎に深まってく

       癌告知され母はゆっくり頷きぬ十月二日雨の降る午後         横浜市・滝 妙子
告知を受け入れた日から、そう 生きるための戦いがはじまり、親子の絆もいっそう深まる。

       喜んで転がり回る木の実かな     土浦市・大久保秀夫
       木の実落ち転びて風に紛れけり    松戸市・高瀬竟二

                短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(26日付け)より

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今日の画像は、食用菊 モッテノホカ

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今朝の気温12度、東の空がうっすらと朝焼け 晴れるのだろう



  1. 2009/10/29(木) 05:38:53|
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飯豊こぼれ花

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首相の所信表明演説

鳩山首相の所信表明演説(全文)を読む。けっこうな長文であるが、最後まで飽きずに読めた。
わかりやすい文章で(なかなかいいなぁ)と頷く。特に気に入った箇所?だけを次ぎに採録しておくことにする。

   「新しい公共」
 働くこと、生活の糧を得ることは容易なことではありません。しかし、同時に、働くことによって人を支え、人の役に立つことは、人間にとって大きな喜びとなります。
 私が目指したいのは、人と人が支え合い、役に立ち合う「新しい公共、の概念です。
 「新しい公共」とは、人を支えるという役割を、「官」と言われる人たちだけが担うのではなく、教育や子育て、街づくり、防犯や防災、医療や福祉などに地域でかかわっておられる方々一人ひとりにも参加していただき、それを社会全体として応援しようという新しい価値観です。
 (略)
 新たな国づくりは、決して誰かに与えられるものではありません。
 政治や行政が予算を増やしさえすれば、すべての問題が解決するというものでもありません。
 国民一人ひとりが「自立と共生」の理念を育み発展させてこそ、社会の「きずな」を再生し、人と人との信頼関係を取り戻すことができるのです。

 私は、国、地方、そして国民が一体となり、すべての人々が互いの存在をかけがえないものだと感じあえる日本を実現するために、また、一人ひとりが「居場所と出番」を見いだすことのできる「支え合って生きていく日本」を実現するために、その先頭に立って、全力で取り組んでまいります。

順序が後先になるが、次の箇所も忘れたくないので採録する。

   「人の笑顔がわが喜び」
 「ものやお金があれば幸せだと思いますか」。
 続いて、「人間の究極の幸せは四つです。愛されること、ほめられること、役に立つこと、必要とされること。働くことによって愛以外の三つの幸せが得られるのです」。
 「その愛も一生懸命働くことによって得られるものだと思う」、これは社長の実体験を踏まえた感想です。

 このチョーク工場は、従業員のうち7割が「障がい」という「試練」を与えられた、いわば「チャレンジド」の方々によって構成されていますが、粉の飛びにくい、いわゆるダストレスチョークでは、全国的に有名なリーディングカンパニーになっているそうです。
 障がいを持った方たちも、あるいは高齢者も、難病の患者さんも、人間は、人に評価され、感謝され、必要とされてこそ幸せを感じるということを、この逸話は物語っているではないでしょうか。

従来の政策を羅列しただけのそれとはちがって、理念というか首相の考え方が出たいい所信表明だと拍手する。
この理念を、実際の場でどう実現していくかが政治の「しごと」である。
選挙マニフェストと同じように、この演説文も保存し、結果をみたいと思う。

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今朝の気温14度、雲多い




  1. 2009/10/28(水) 06:27:26|
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晴天・雨天

1日目(25日)は雲はあるものの陽射しがあってまぁまぁの紅葉日和だった。
翌日は、小雨もようで傘をさしての散策はダイジョウブだったが、カメラが濡れる心配があった。

撮影は、やはり晴れてる方がいい。けれど、雨や霧もわるくはない。
晴天の日と雨天(26日)に同じ場所で撮ったのを並べる。

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*(画像 上が晴天、下が雨天)

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こうして並べてみると、雨天の場合はやはりフラットな感じになるようだ。

以下は、25日に撮った画像を並べる

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ストック画像がまだたくさんあるが、後刻にまたアップの予定



  1. 2009/10/27(火) 10:27:07|
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飯豊紅葉

飯豊山荘は、標高400mの所に建ってる宿泊施設で、もちろん温泉(かけ流し)が楽しめる。
道は、もう少し先までついてるが、通行止めになっており、車はここまで。
その先は「温身平」(ぬくみだいら)までの散策コースとなっている。

まずはじめに宿舎の庭と、部屋からの眺めを

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1日目(25日)は、まずまずの空もようで、温身平の先、石転沢登山コースの入り口まで歩いて紅葉を堪能する。
飯豊連峰に登山したのは、ずーっと若い頃。その思い出を妻に聞かせながら歩く。
紅葉はちょうど見頃だった。

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今朝の気温13度、曇




  1. 2009/10/27(火) 07:05:06|
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飯豊温泉行

飯豊温泉に泊まっての紅葉探勝の旅
満足の一語にに尽きる
少し遊び疲れ気味なので画像だけ並べ、詳しいことは明日にししょう

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この画像は、今日(26日)に撮った




  1. 2009/10/26(月) 19:45:21|
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コッコの死


毎日の暮らしは、平凡で特に書き記すほどのこともない。
ん? ちがうかなぁ... 考えてみれば、毎日がこのように生きがいを感じておられることは、なんとまぁ幸せなことかと思う。
それを平凡といい、書き記すことがないといえば、不遜というか... 贅沢すぎる日常を忘れているのだろう。(こころせねば)

毎日が平穏で 幸せだと、つい「特に書き記すこともない」と思ってしまうからこわい。
やらなければならない仕事もなく、気侭に紅葉狩りにでかけ、好きな写真を撮って楽しんでいる。
眠りたいときに眠り、食べたい物を喰う暮らしがわるいわけがない。

ただ一つ、やはり気になるのが 先日亡くなったSさんのことである。なにかの時に フッと思い出す。死ということをなにかにつけ考えてしまう。
新聞を読んでも、他人の死亡記事に目がとまる。南田洋子(76)・長門裕之(75)夫妻のそれをじーっと読んでる自分に気づいて可笑しくなる。
ふだんは(どうってことないなぁ)と思うような記事にも こころが動かされたりする。次のエッセイもその一つで 採録しておこう。

   コッコの死   石井敏男(埼玉県三芳町・無職 70歳)

 「コッコどうした?」
 異変に気づいたのは、朝の鳥かご掃除の時だった。
 見たことのない白い便がおびただしく落ちていた。
 止まり木の上で目を閉じ、羽毛をふくらませ、あえぐように尾羽を上下させている。水入れをくちばしにあてがうと、少し飲んだ。

 隣町にある小鳥専門の病院へ車を駆った。
 「腫瘍ができ、腹水で体重が10グラム増えています」と獣医さん。
 水を抜けば2ヶ月持つかもしれない、と診断された。

 コッコはセキセイインコ。5年前、黄色いチョウのように空から我が家に舞い降りてきた。当時2歳だった孫が名付け親だ。
 妻からおしゃべりを教わり、「サイタマケン・イルマグン・ミヨシマチ......コッコ」と東北なまりで話した。
 
 何もしなかったら悔いが残ると思い、腹水を注射で抜いてもらった。
 ヒーターで体を温めてやるのがよいと聞き、器具を買いに走った。

 ところがその日の夜に容体が急変。床をよろよろとはって私に寄ってきたが、前のめりになったまま動かなくなった。
 翌朝、家の近くの樹木の根方に埋葬した。
 「長い間、ありがとう。ここなら毎日会えるから」と手を合わせた。

         男のひととき 朝日新聞24日付より

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今日は、これから飯豊温泉(飯豊連峰の麓)へ 妻とでかける。名目は「紅葉狩り」で、温泉につかり、美味いものをいただく1泊小旅行である。
明日のブログは、家に戻った夕方にアップの予定。ストック画像がたくさん溜まっている。

今朝の気温11度、晴




  1. 2009/10/25(日) 06:06:47|
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紅葉川渓谷 3

奥山寺 紅葉川渓谷 その3

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みちのく紅葉前線は、里にも到達しつつある



  1. 2009/10/24(土) 06:16:00|
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紅葉川渓谷

昨日の続きで、奥山寺 紅葉川渓谷

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今朝の気温10度、晴


  1. 2009/10/24(土) 06:09:23|
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間抜けな失敗

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間抜けな失敗

21日のことである
パソコンを立ち上げながら空を見ると(!!)きれいな虹が出てる。パソコンを放り出しカメラを抱え家を飛び出す。
虹 儚いものと相場が決まっているが、今朝のそれは長い命だった。場所を変え何枚もシャッターを切った。

朝食後、虹の画像処理を気にしながら「芋掘ってきて」妻からのリクエストが最優先だからキクイモ掘りに河原へ行く。
(ん? 誰かも掘ったな)私以外にも誰かが掘った跡が見える。誰が掘ろうと、そこは河原だからかまわない。
うう 花が咲き終わってから芋が大きくなるのだろうか? 最初に掘ったころの芋よりずーっと大きくなっている。
汗が流れるほどたくさんの芋をゲットし帰宅。妻は、さっそく「おみ漬け」に入れる作業をしている。

不安定な空で、雨がぱらついたりしていたが、虹の画像処理を終わる頃より陽射しがみられる。
午後1時半、こころに引っかかってる奥山寺・紅葉川渓谷へ出かけることにし、山道を面白山駅めざし車を走らせる。
山峡の細道でカーブも多く、ヘッドライトを点けて注意深い運転をこころがける。

JR仙山線の面白山駅は、標高440mの山中にある無人駅で、近くにコスモスベルグや紅葉川渓谷、奥山寺トレッキングコースなどがありシーズン中だけ賑やかになる。
駅近くの空き地に車を駐め、さっそく紅葉川渓谷を探勝する。どちらかと言えば里山の範疇で紅葉はまだはじまったばかり。
でも、なにごともそうであるが「盛りを過ぎた」よりは「はじめ」の方がいい。紅葉に大きな不満はない。

本来なら、面白山駅よりずーっと手前の駐車場から紅葉川を遡って歩きだすのがセオリーなのだが、今日はいわば偵察行と位置づけてたし、また時間的な余裕もない。
そんなわけで、面白山駅から紅葉川渓谷を絹糸の滝まで下るコースをとった。その選択は正解だった。雲間から陽がまるでスポットライトのように射すのがいい。

絹糸の滝を楽しんで折り返す。車を駐めてある所に近づいて(ヘッドライトを消さず、点けたまま車を離れたような...)それに気づく。
(まさかぁ... もし、そうならバッテリーがあがってしまいエンジンがかからないことになる)

うう ヘッドライトは、まだかすかに点っている(あぁ、やっぱり消さなかったのだなぁ)。
急ぎイグニッションを回すが、ことりとも動かない。ふ~む、やはりバッテリーがあがってしまいエンジンが始動しない。
このままではどうすることもできない。馴染みの修理工場へ電話し、レスキューを頼むしかない。
ケイタイを取り出す。...が、デスプレーには「圏外」の表示。むむむ どうする? まさかあの山道を歩いて帰るなど...ムリだ。

車を駐めた所が、面白山駅の近くだった。電車に乗って山寺駅まで行き、そこで修理工場へレスキューを頼むことにする。
うふふ 久しぶりの電車だ。面白山駅の次が山寺駅なのだが、この区間はけっこうの距離がある。電車がなかったらと考えるとゾーとする。
山寺駅のプラットホームでケイタイから電話し、レスキューOKになったとき、うっふふ 自分の間抜けさが我ながら可笑しかった。

ヘッドライトを点けたまま車を離れると、警告音を発して知らせてくれる。しかし、難聴の身の哀しさでその警告音に気づかなかった。
家に戻って、夕食後、妻にバッテリーがダメになった顛末を話す。
「事故を起こしたりしたのじゃないからよしとしなきゃぁ。パパらしくない失敗だね」妻は笑いも咎めもしなかった。

「電車に乗る旅行がしたいなぁ」
「パパったら、仙山線が楽しかったようね」
「電車、へへ 久しぶりに乗ったからなぁ」

う~む、なんともそそっかしい失敗談で恥ずかしいかぎりである。

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今朝の気温9度、晴



  1. 2009/10/23(金) 06:09:22|
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三秒だけ待って

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三秒だけ待って

       さくらさくらすこしもみづるさくらかな  国分寺市・小石川波夫
       道問へば知らぬといひて柿一つ       愛知県・有元洋剛
       吾子とゐて言葉のいらぬ良夜かな      豊中市・上原恒子
俳句は、これまで短歌の後にしていたが、っふふ 今日はなぜか先に の気分である。別に他意はない。

       栗の実の落ちし音かとふり向けばカモシカの子横切りて行く      高山市・繁憲
栗の落果音は ボトンという音であり、藪を漕ぐ物音とはちがうのだけれど、そんな詮索を措いて ね、楽しい歌である

       三秒だけ待ってください 履けるのです 飛んできて靴を履かせないで  加古川市・田中喜久子
自分でできることまで全部他人にやってもらうことの(くやしさ)がこころに広がる。できることは少し時間がかかっても自分でやりたい!
(その気持ちをどうして分かってくれないの!)田中さんのこころの叫びが痛いほど伝わってくる

       帰りたいと言わなくなりし老い母の前かがみなる白髪の背中      三鷹市・増田テルヨ
施設に入ったばかりの頃は、あんなに家に帰りたいと言って困らせたのに... 帰りたいと言わない母の気持ちが切ない

              俳句・短歌は、朝日俳壇・歌壇(19日付)より

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今朝の気温13度、まだ薄暗いが朝焼けがほんのり 晴れそう




  1. 2009/10/22(木) 05:28:40|
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ボヤキ 聞き続けたい


朝日新聞スポーツ欄のEYE(コラム)が好きである。特に西村欣也のそれを好んで読む。以下は、20日付記事の転載である。

     ボヤキ 聞き続けたい   西村欣也(編集委員)

 野村克也監督の無念を思う。
 寄せ集めの弱小球団と呼ばれてきた楽天をクライマックスシリーズ(CS)第2ステージに導き、日本一を視野に入れるところまで育て上げた。
 しかし、契約満了で今季限りでの対談を正式に告げられている。

 確かに、契約は今季1年で切れる。
 さらに契約するかどうか、の主導権は球団にある。が、今季の成績を勘案して、もう一度話し合う機会を持てなかっただろうか。

 「球団首脳は宇宙人。言葉が通じない。情愛も評価もない」。野村監督の嘆きがやむことはない。
 野村語録の中に「財を遺すは下、事業を遺すは中、人を遺すは上なり」というフレーズがある。
 このあと「されど、財なくんば事業保ちがたく、事業なくんば人育ち難し」と続く。「人を遺すために、せめてあと1年監督を続けたい」というのが老将の願いだった。

 こんな言葉も残している。「前後裁断」だ。過去も未来も裁ち切って、今という瞬間に集中するという意味合いだ。
 今の楽天はまさに「前後裁断」で戦っていると言えるのではないだろうか。

 選手に対するボヤキもまだ力になっている。
 CS第1ステージで無四球完投勝利をあげた田中将大に、辛口の言葉をかけた。「横着を覚えたな」。
 完投を念頭に置いて、投球ペースを考えた田中に「そういう投球術を考えるのはまだ早い」と言った。
 言われた方は心得ている。「三流は無視、二流は称賛、一流は非難」という語録をしっかり覚えているからだ。

 経験からくる知恵こそが「老人力」である。
 できるだけ長く野村監督のボヤキを聞いていたいと思う。

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今朝の気温9度、雲多いが朝日も



  1. 2009/10/21(水) 07:03:57|
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錦秋 仙人沢

タイトル通りで、蔵王仙人沢(観音滝あたり)の錦秋をゲットした

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今朝の気温13度、雲多いが青空も




  1. 2009/10/20(火) 06:33:22|
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蔵王 仙人沢の秋

仙人沢は蔵王熊野岳が源流である
紅葉は、水辺がきれいと相場がきまっている
仙人沢渓流に沿った両岸の紅葉を撮ったので並べる

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午前9時10分の気温14度、曇



  1. 2009/10/19(月) 09:11:31|
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蔵王 観音滝

蔵王にはいい滝がたくさんある
昨日は、観音滝の紅葉を楽しんできた

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今朝の気温12度、曇



  1. 2009/10/19(月) 06:44:30|
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蔵王晩秋

16日にまた蔵王へ行った
山頂付近は、落葉し晩秋風景で、あっけらかんとした感じ
と言っても、そこはそれまた別の見所が...
蔵王は、懐の深い山である

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澄川の上流を楽しんだ
乾いた喉を渓流の冷たい水が癒してくれる
大きな自然の恵みを感じる



  1. 2009/10/18(日) 06:39:38|
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ダケカンバ

蔵王にはダケカンバがけっこうある
その木肌が陽に映える

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     ナナカマド 落葉し赤い実が陽光に...

今朝の気温15度、青空がわずかにやけてきれい





  1. 2009/10/18(日) 05:54:52|
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まゆみ 2

マユミの赤い鞘が弾け、中からもっと真っ赤な種が...
15日に撮ったもの、ストック画像が溜まったので並べよう

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午後5時の気温19度、今日も天気が良く 刈りとったソバの脱穀をする
昨年よりは豊作で、100人分のソバが打てそう




  1. 2009/10/17(土) 16:58:45|
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身近な死

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身近な死 または衝撃

この文章が、公開できるかどうか分からない。うん そのことを措いて、書いておく。

9月12日の午前中に、仙台のSさんから便りと書籍が届いた。
便りには「いつもご心配をお掛けしているようで申し訳ありません。これまで差し上げようとしていました書籍を今回お送りしましたので、どうかお納め頂きますようお願い申し上げます。」とある。
Sさんからは幾度も「これ読んだら」との勧めで、さまざまな本を借りた。Sさんの書斎は愛読書でいっぱいだったが、これまで一度も「上げる」という言葉はなかった。

「本をあげるって書いてある。どうしたのかなぁ」便りを読んだ妻も不審そうに言う。
Sさんから届いた書籍と便りを読み、私は容易ならざる状態を察知した。
「見舞いに行こう!」私の言葉に、妻も頷く。

Sさんが直腸癌の手術を受けたのは数年前で、手術は成功したものの癌細胞はすでに肝臓に転移してたという。
それ以来、肝臓癌の治療に専念してきた。肝臓癌という爆弾を抱えながらもSさんは精力的に暮らしてこられた。
奥さんと一緒に紅葉川渓谷をトレッキングするSさんに合って、意外な出合いを喜んだこともあるし、また遊仙峡で写真を撮っている時、友だちと一緒に現れたSさんの顔も鮮やかに思い出す。

Sさんご夫妻は、さくらんぼ狩りや干し柿もぎ等で毎年幾度か「天童の家」に来てくれ歓談している。同級生でずーっと行き来が続いているSさんである。
しかし、今年のさくらんぼ狩りは、体調不良で来られなかった。さくらんぼを持参した時には入院中で奥さんにしか会えなかった。
電話では、何度も話している。話の内容からは治療効果もあって、心配ないと安心していた。
まさか、そんなにわるいとは考えなかった(考えたくなかったというべきか)。

医療を仕事として長年暮らしてきた。死に直面している患者さんもずいぶんとあつかってきた。そういう意味では、死の臨床には慣れていると思っていた。
死に行く人は、だいたいが私よりはかなり年長の方だった。また、身近かな叔父さん・叔母さん、または母や兄の死にも立ち会ってきた。
命あるものは、必ずいつかは死ぬものという思いもあり、死には冷静に相対してきたような気がする。

しかし、考えてみると、死は私よりもずーっと年長者のもので、そういうことでは自分の死を真剣に考えたことはなかった(と今、思う)。
ところが、Sさんは、同級生である。そのSさんが瀕死の状態なのである。Sさんのそれは、いわば私のものでもある、と感じられた。
こんなふうに死を感じたことはこれまでない。これまでの死は、ずーっと先というか、離れていた。
だが、Sさんに面会した時から、死は自分のものとして捉え、感じてしまった。
死(Sさんはまだ死んではいないが)が、そこにあるのを目にし、私は大きなショックを受けた。

死は、突然に目の前にあった。(繰り返すが、Sさんは死んではいず、私との会話をちゃんとやっている)が、そこにはまちがいなくこれまで臨床で経験してきた死があった。
短い時間(約30分)だが、いろいろな会話をした。痛みのこと、昼夜逆転の睡眠のこと、食べ物のこと等、Sさんの意識は清明(と言っていいだろう)で、会話に問題はなかった。
しかし、そこにいるSさんには明らかな死の兆候が見てとれる。そのことに私は大きな驚愕(ショック)を受けた。この死は、Sさんだけのもの(こと)ではなくて、まちがいなく同じ地平に私自身がいるのだ、と感じた。

死は、ずっと先だったり、他人事ではなく、Sさんにみるように、私自身にもあることなのだと思った。
それは、考えてみればごく当たり前のことなのだが、実感として死をそう感じたことはなかった。Sさんと会話しながら、私のこころはぶるぶる震えだした。
会話が切なくなり、逃げるようにSさん宅を辞した。
Sさんは、間もなく死ぬ。そして死はSさんと同じように私にも訪れるのだという思いが切実にわいてくる。


2009年9月12日(土)、これを書く
Sさん 命あるものは必ず死ぬ 私たちはこれまで70年間生きてきた。あなたと私 同じ時間を生きてきた。あとどのくらい生きるか分からないけれど、かりに少し長生きしても、70年というスパンでみれば、もうたいした違いではない。
もう「五十歩百歩」であろう。
*

Sさんは、すでに書いたように10月11日に逝去された。
上の文を読み返し、Sさんに対して礼を失することがないかを考えたが、自分としてはよく分からない。「天童の家」へのアップがどうなのかもよくわからない。
ただ、内容は読み返しても書いた時のこころもちに変わりがない。同じである。
そんなこんなを考え、迷いながらもアップすることにした。

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今朝の気温11度、晴




  1. 2009/10/17(土) 06:13:26|
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御厨さんの提言


以下は、9日付朝日新聞オピニオン記事の転載である。自分に言い聞かせる?ために保存(備忘録)しておこうと...

     二大政党制へ 長い目で見守ろう  御厨 貴(東大先端技術研究センター教授)

 政権交代可能な政治を目指した政治改革が始まって16年。選挙による政権交代がついに実現した。
 ただこれで二大政党の時代が到来したと考えるのは早計だ。本当の意味で二大政党制が成立するのは、野党が民主政権を倒してもう一度、政権が交代した時だ。
 
 民主党政権は、自民党的なものを排除し、「止める」ということでスタートを切ったが、国家戦略室や閣僚委員会といった政治主導の新しい政治が動き出すのはこれからだ。
 だから政権の評価は短期的でなく、5年、10年という長いスパンで下すべきだ。
 
 他方、野党はその間、組織を立て直し、政策を磨き、政権党の失敗を突いて政権奪還を図る気構えを持とう。それが野党というものだ。
 茫然自失の自民党はそこを理解しているのだろうか。

 戦前の8年間、政友会と民政党が政権を交互に担った政党政治の時代があった。
 研究者はこれを二大政党による政権交代と言ってきたが、間違いだと感じている。2年やそこらの短い間隔で代わるのを二大政党制の成立とは言えない。
 政権交代はもっと長期的ダイナミックなものだから。


今回の政権交代以前には、日本に二大政党制は存在しなかったという御厨さんの提言の是非を云々することが目的ではない。
イギリスやアメリカのように、二大政党制が定着している先進国は、やはり政権党が数年間政権をになってきている事実がある。
国民が、政権の意味をちゃんと知っており、政策を実現するには2年やそこらではムリなのを承知し、見つめているということだろう。
性急に結果を求めるのではなく、政権のスパン?を忍耐強く見守り、そしていよいよの時は はっきりと意思表示する。
そうした政権交代のあり方を、我々もしっかり認識し、選挙による政権交代(二大政党制)を確立していかなければと考える次第である。

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今朝の気温12度、晴



  1. 2009/10/16(金) 06:37:50|
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葬儀社との交渉



       あめんぼの水面踏みたる足跡がまあろく川の底に影する      西予市・大和田澄男
凄い歌だなぁ こういう写実の最たる歌にはめったに出合わないから嬉しい。

       どんぐりをぷちぷち踏みてゆく径はくりもくるみも待っている径  福島市・美原凍子
どんぐりが踏まれてぷちぷち音立てることは実際はない。(ぷちぷちと割れる音はしない)しかし、そんな音が出れば面白いだろうなぁ
そう思い、そういう場所にはくりもくるみも待っていると思うのは楽しい、空想の世界。くるみとくりの木の生える場所も実際は一緒のことはまれである。

       わたしの失業保険切れる日もなにも変わらぬ一日である      東京都・野上 卓
いつもと同じような日なのだが... 野上さんにとっては、それこそたいへんな日がはじまる

       父逝きて数時間にて葬儀社と掛け合ふことの現 悲しゑ       箕面市・大野美恵子
哀しさをおしやって、現実社会と向き合って妥協点をみつける交渉をしなければならない。それが生きることに伴う実務。

       小さくともはやへうたんでありにけり  福岡市・松尾康乃
       ディックミネ現れさうな霧の夜     横浜市・高田たけし
「青い夜霧に~」を歌うディックミネ うう、私には裕次郎の声が聞こえてくる... 彼もそれを歌っている

           短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(12日付)より

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今朝の気温10度、晴




  1. 2009/10/15(木) 06:26:49|
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誠実な人

0000さん 私たちは昭和21年、大郷小学校へ入学しました。中学時代の頃が浮かんできます。
楽譜(あのオタマジャクシですが)を見ただけで、あなたは メロディが声になって出てきましたね。楽譜を見ただけで音がだせる、私にはそれが不思議というか、驚きでした。
音楽担任は、まだ若い女の中村先生で、山形にある先生の家へ同級生ら何人かで遊びに行ったことがあります。あの頃から00さんには仲良くしてもらってたのですね。

あなたは、山形南高等学校からストレートで山形大学に入られました。あの頃(昭和30年代はじめ)大学へ行ける人は学年で数人でした。
最高学府で学ぶ あなたは、私のような者も分け隔てなくつき合ってくださり、いろいろな話を聞かせてくれました。私は嬉しかったですねぇ
お互いが仕事をするようになり、直接的な交友は間遠くなりましたが、それでもなにかにつけ思い出し、連絡だけは途絶えませんでした。

お互い、勤めから離れ、時間的余裕ができると、山好きな私たちは再び行動を共にするようになりました。
笹谷峠から雁戸山を案内してもらったり、南蔵王を一緒に登りながらいろいろな知識を教えてもらいました。植物のこと、気象のことなど今でも役だってます。
楯岡の甑岳をガイドしてもらった時のカタクリの花の美しかった思い出が忘れられません。

奥山寺の紅葉川渓谷を歩いたとき、向こうからあなたと奥さまが仲良く歩いて来られるのに出遭いました。
あぁ、あれは手術を受けられた後のことでしたですね
また、奥山寺遊仙峡で滝の写真を撮っている時、また偶然にあなたとお友だちと出遭い、びっくりしました。
あの時に、滑って腕を骨折されたことを聞いて驚きました。あれも手術後のことでした。
いつ再発するかもしれない中で、一生懸命身体つくりをなさっておられたのでしょう。

春になると、恒例の「さくらんぼ狩り」に、また秋になれば、干し柿つくりのために柿もぎと、奥さまと仲良く私の家に来られ、話に花が咲きました。
ある時、あなたは「ソバ打ちがしたい」ということで、私はほんの少し打ち方を伝授したのでした。ソバを打つ手順の概略を教えた、というより伝えただけです。
あなたは、何事にも探求心が旺盛で、間もなく私よりも上手にソバ打ちが出来るようになり、招待されていただいたソバの醍醐味に驚き、感歎したものです。
奥さまと二人で作られた干し柿の味も忘れられません。美味くする方法も教えてもらいました。
間もなくソバ刈りです。また柿も色づいてきました。みんなでソバを打ち、干し柿を食べながら、話に花を咲かせることを楽しみにしておりました。

恐縮ですが、私ごとを言わせてもらいます。私は好き嫌いの激しい人間です。御調子者との交友は真っ平御免ですので、友人が少ないです。
00さん あなたは、誠実な方です。あなたは、私のいちばんの友でした。生涯でいちばんの親友でした。
あなたの誠実さ、博識、同級生というより、どこか兄貴のような人でした。
なによりも、その「誠実」さから多くのことを学びました。これからも仲良くさせてもらいたいと思っておりました。
それなのに、このように早くあなたとの別れが来るとは... 失った哀しみのこころでいっぱいです。

あなたの誠実さは、ご家族や私たちみんなにだいじなことをいっぱい残してくれました。そのことを決して忘れません。
ありがとうございます。やすらかにお眠りください。言いたいことがまだたくさん残ってますが、お別れの言葉といたします。
                                                         合 掌

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今朝の気温11度、晴




  1. 2009/10/14(水) 06:12:46|
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友の死

Sさん 逝去

12日、朝食を食べ終わってパソコンに向かっていると電話コールがある。
仙台の友人 Sさんの奥さまからである。「昨日、主人が亡くなりましたので、お知らせします」
うむむ (とうとう来るべき知らせが来たな)という感じで、驚きはしなかった。
奥さまの声も沈痛さで聞き取れないというわけではない。
だが、私も、そして奥さまも、表面的には動揺していないように振る舞いながら、実はこころは大揺れに揺れ動いてた。
そうであろう。最愛の夫、親愛なる友人の逝去の通知である。驚かないわけがない。なのに、私たちは動揺を抑えた形で会話した。
「分かりました」奥さまにそう返事し、静かに受話器を置く。

「ママ! Sさんが亡くなった」妻に伝える。
「いつ?」妻が息をのむようにして問い返す。
「昨日、顔出しに行こう」妻はすぐに応じ、ソバ刈りの予定を捨て、Sさん家へ向かう。

Sさんを見舞ったのは、9月12日だった。その時 私はすでにある状況を察知したのだった。だから、奥さまからの電話に驚きはしなかった。
だが、実際にその死去を告げられた時、私は内心慌てていた。死の知らせに、返す言葉が出なかった。恥ずかしいけれど、ただ「あああ、うむむ」と言葉にならない。
「あの時(見舞いの帰途に)言った通りだろ。あれから30日...」Sさん家に向かう車中で妻に言う。
「私は、こんなに早く逝くとは思わなかった。」妻は、ポツリという。

Sさんの顔は凜として美しかった。奥さまがいろいろと話してくれる。死の直前まで、いかにもSさんらしい振る舞いだったという。
会いたいと言っていた子どもや孫たちにも会えたし、痛みも苦しみもなく、ほんとうに穏やかな死だったのは救いである。
享年70は、まだまだ若い。
「後 半年の命」と告知されたのに、その後6年4ヶ月を生き抜いた。奥さまと一緒に、奥山寺の紅葉川渓谷でばったり出遭ったこと、また奥山寺遊仙峡で偶然の出合いに喜んだこともある。

同級生無二の親友として、さくらんぼ狩り、干し柿もぎ、ソバ打ちを教えてあげたり、本を貸してもらったりと長い交誼が続いた仲である。
大腸癌の手術は成功したが、すでに癌が肝臓に転移していた。余命告知後、6年4ヶ月の生は(凄い!)ことである。
14日の「お別れ会」では「別れの言葉」を述べるつもりだが、頭が混乱していて、何をどう語るべきか纏まらない。
う~む、妻と二人で「お別れ会」に出席して欲しいと、Sさんの生前の意向が奥さまから告げられ、(あぁ、そこまで考えておられたのだなぁ)と胸がつまる。

書きたいことがまだたくさんある。その前に、「別れの言葉」をちゃんと纏めなければ... 言うべき言葉はたくさんある。Sさんはなんといっても「誠実の人」だった。
日を改めて、書き直そう

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今朝の気温10度、晴




  1. 2009/10/13(火) 06:27:19|
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zao紅葉探勝

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zao紅葉探勝

蔵王より月山の方が好きだという人が多いかも知れない。
もちろん月山はいい山である。春から夏にかけての月山は、どの山より素晴らしい!と思う。月山の雪がとびきりいい。
でも、蔵王もいいというか、懐の深い山である。月山は孤高の姿がいい。その点、蔵王はある山(例えば熊野岳とか)飛び抜けていいとかではなくて、蔵王連峰を構成する山の連なりがいい。

月山や鳥海山は、独立峰というか、月山という山、鳥海山という名の山があってそれ一つが聳えて(厳密にいえば違うが)秀峰なのである。
ところが蔵王には、蔵王山という名の山はない。熊野岳・刈田峰・屏風岳・不忘山などの峰々が連なって、それらの総称が蔵王なのである。
上の峰々の他に、地蔵岳・三宝荒神・名号峰・杉ヶ峰・烏帽子岳・中丸山・龍山などの山々が連なって広がりをみせてる。

「天童の家」では、見出しに「蔵王紅葉」を使ってるが、出かける山はその都度ちがう。
25日は、南蔵王(杉ヶ峰~屏風岳)だったし、27日は刈田岳周辺、1日は中丸山、6日が鳥兜山、9日が御清水周辺、そして11日は後烏帽子岳近くの林道。
要するに、至る所に探勝コースが通じてる。紅葉の染まり方が微妙に違うので「盛り(旬)」に合った場所を探しながら楽しめるから嬉しい。

まだ行ったことにないコースがいっぱいある。11日のそこはまったくの当てずっぽうで行き、(あぁ、こんな所に、このような眺めがあった!)という出合いの嬉しさが加わった。
なんだか得をしたような、新しい場所の発見であった。
月山には年間で6回登ったことがあったが、今年の蔵王はすでに6回訪れてる。まだシーズン半ばだから、これからもまた蔵王へ行く。
今年はご来光もコマクサも撮らなかったが、紅葉狩りだけで6回プラスαとなるなぁ

山の紅葉が素晴らしいのは、なんといっても栗駒だろう。でも、蔵王はそれに優るとも劣らない山だ。
自分だけ楽しむにはもったいないから、ね アクセスしてくれる方々にも楽しんでもらいたいと思う。
もうしばらくは、蔵王紅葉(探勝)が続くかなぁ 
紅葉は、蔵王だけでなく、もっと近くの里山もきれいな所がたくさんある。

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今朝の気温9度、晴




  1. 2009/10/12(月) 06:09:56|
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蔵王紅葉 番外編

今日も蔵王へ行ってきた
うふふ 「蔵王番外編」ということで...

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上の画像は、9月14日に撮った
さて、下が今日 撮影したものである

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あれからまだ1ヶ月も経っていないが、ご覧の通り すっかり秋の装い
蔵王は紅葉の真っ最中

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今日も何枚か撮ってきたので、明日アップしよう




  1. 2009/10/11(日) 16:18:37|
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38度線

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38度線

「18号台風」見出しの文中で「午後4時、台風の位置が北緯38度だという。画面で観ると、間もなく太平洋にでるようだ。」と書いた。
東北自動車道を走ると、ある地点(宮城県白石市)の路肩に「北緯38度」という表示が見える。その標識を見る度に、朝鮮戦争を思い出す。

その戦争がはじまったのは、1950年6月で、小学6年生の時である。太平洋戦争に敗け降伏たのが1945年、小学校へあがる前年で 記憶は断片的にあるだけ。
しかし、隣国朝鮮の戦況は、毎日の新聞で大きく報道され、教室の休み時間の話題はめまぐるしく変わる戦況が賑やかに話された。
六年生ともなれば、それなりに社会の動きや世界へも目が行き、話題にもなる。特に、朝鮮戦争は、地理的にも近く、進駐軍の姿も見ているから身近なことに感じた。

戦線は、毎日大きく動いた。もちろんテレビはなかったから新聞報道で知ったそれを、まるでウルトラマンと怪獣の戦いのような興味で見ていたような気がする。
廊下に、そういうニュースを掲示する場所があって、生徒たち(自分ら)は、いかにもこうなるみたいな口調で自分の知識を披露するのである。
うん、不遜な言い方だが、「戦争」というよりゲームを云々するような楽しい時だったなぁ

「九州から、朝鮮の戦争が見えるらしい」と言いふらす生徒もおり、うふふ それがあたかも本当のように信じたのだから可笑しい。
戦争は、日本の経済復興にとって福音というか、大きな弾み車になったことは確かだろう。
人々は、戦争の悲惨さよりも、なにか時代劇のちゃんばらを見るような気分だったといえば、やはり不遜であろうなぁ

38度線は、朝鮮(当然のことながら 北朝鮮・韓国と呼び方がちがう)という国を真っ二つに裂く国境線として現在も存在する。
台風の現在位置という北緯38度から、ふ~む 朝鮮戦争を思い出した。その北緯38度線が横断する国 々は、世界にたくさんある。
経度180度線から東回りに アメリカ ・ポルトガル ・スペイン ・イタリア ・ギリシャ ・トルコ ・イラン ・ウズベキスタン ・アフガニスタン ・中国
そして日本(新潟県新発田市・佐渡市、山形県高畠町、宮城県白石市など) の国々である。

人の記憶とか、また関心がある点にとどまると、そこからさまざまな事柄が連想される。
38度線 それを目にしても、なにも感じない人が多いだろう。しかし、道路標示などでそれを目にすれば(あぁ、ここのずーっと西隣に朝鮮の板門店があるのだなぁ)との感慨をもつ。
山形県高畠町がその同じ緯度にあると思えば、なにかしら うん、親近感さえ湧いてくるから可笑しい。

韓国にはまだ行ったことがない。おそらく今後もいくことはないだろう。
近くて遠い国 我が日本は、多くの文化を朝鮮経由で移入してきた。現在でも、日米安保・日韓関係は重要な関係にあるのはまちがいない現実である。

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今日は、妻の研修旅行で庄内映画村などを観てくるので、午前5時に起床

今朝の気温11度、空もようやく明るんできた。晴れるといいのだが





  1. 2009/10/11(日) 05:27:11|
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