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梅雨明け期待

へんな天気

今日で7月が終わる。
なのに梅雨がまだ明けない。
例年なら遅くても7月下旬には梅雨明けがあって、8月は真夏のギラギラ天気となるのだが...

ところが今年は、ずーっとへんな天気が続いてる。
うう、すでに書いたことだが、天気の変わりぐあいが激しい。1日のうちでも晴れたり、雨が降ったりとめまぐるしく変わる。
太平洋高気圧が弱く、前線が日本列島を被い停滞しており、集中豪雨・竜巻などの予想外の気象状況を呈しているようだ。

日照時間も少なく(例年の60%)、農作物に与える影響が心配される。
「天童の家」でも、例年なら昨日・今日あたりはソバ播種をしているのだが、今年は降雨続きで畑がべとつき耕せなくて、播種は8月に入ってからだろう。
雨が多いものだから、雑草の伸びが盛んで、どこもかしこも繁茂して雑草で埋まっている。

昨日は、孫の高校(入学予定の)見学・説明会で、娘から頼まれ孫をその高校まで送り迎えした。午後からは3者面談というから、いよいよ高校受験へまっしぐらかなぁ
今日は、門徒会(真宗 大谷派)総会で中山町へ
明日は、お盆を前にアルミ缶出荷を行い、整理整頓でさっぱりしなきゃぁ... なんだかだとけっこう忙しい。

寸暇をみては 宮本 輝 著『骸骨ビルの庭』上下 講談社を読んでいる。

早く梅雨が明けることを願っている次第である。

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今朝の気温20度、曇 眠りやすい夜だった



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  1. 2009/07/31(金) 06:12:57|
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クリーング・オフ

民生委員研修

29日は、民生委員の研修会があって参加した。
200人近い天童市の民生委員が 福祉センター会議室に集まり、「山形県の福祉施策について」・「天童市福祉行政の重点」・「消費生活のトラブル防止」などについて説明があった。
その中で印象に残ったのは、高齢者虐待の状況(実態)である。

県のまとめによれば、平成20年度は163件で、75歳以上の女性が8割を超えているという。
被虐待者(加害者)は、夫(16人)妻(8人)息子(66人)娘(17人)息子の配偶者(22人)その他孫など(45人)となっている。
身体的虐待100件・心理的虐待63件・介護放棄.放任36件・経済的虐待32件・性的虐待2件(複数虐待あり)という。

身体的虐待:暴力行為などで、身体にあざ、痛みを与えるや外部との接触を意図的継続的に遮断すること(殴る・蹴る・ベッドに縛るなど)
心理的虐待:脅しや侮辱などの言動や威圧的な態度、無視、嫌がらせ等によって精神的、情緒的苦痛を与えること(人前で恥をかかせる・無視するなど)
経済的虐待:本人の合意なしに財産や金銭を使用し、本人の希望する金銭の使用を理由なく制限すること(勝手に年金や財産を使う)
介護放棄.放任:意図的か結果的かを問わず、介護や生活の世話を行っている家族が、その提供を放棄.放任し、高齢者の生活環境や身体・精神的状態を悪化させること(風呂に入れない・着替えさせない・適切な介護サービスを受けさせない)
性的虐待:本人との間で合意が形成されていない、あらゆる形態の性的な行為または強要(懲罰的に裸で放置する)

児童虐待についても説明があったが、割愛する。
天童市福祉行政の重点については、天童市のさまざまな福祉サービスが話される。民生委員として日常的に関わっている内容である。
具体的には、65歳以上の独り暮らし高齢者や高齢者のみ世帯等に食生活に関する定期的な実態把握等を目的に、自己負担1食300円で栄養バランスのとれた食事(弁当)を提供し、安否確認を行う。
また無料で週3回乳酸飲料(ヤクルト)を提供する。

比較的頻繁に利用するのに、寝たきり等の高齢者で、常時紙おむつを必要とする者に紙おむつを支給する事業も好評である。
「寝たきり高齢者でなくても認知症や慢性疾病者にも支給してもらえないか」との私の要望に、「民生委員が必要と認めれば、支給を考慮する」との返答を得たのは収穫だった。
一方的な受け身の研修ではなく、市行政とのキャッチボールができるそれに、私は嬉しかった。

まだまだ書きたいことあるが、あまり面白いこともない内容なので...このへんで止める。

最後に、消費生活のトラブル防止のクリーング・オフについてだけ書いておく。
家庭訪販・利殖商法・点検訪販・無料商法・催眠商法・次々販売・実験商法・開運商法・当選商法・送りつけ商法・紹介販売等の悪質商法には、クリーング・オフによって救済される。
クリーング・オフをする旨を書面で、簡易書留など記録の残る方法で通知する。クレジット契約を結んでいる場合も同様の書面を信販会社に通知する。書面の本文と宛名面をコピーし、郵便局などの受領証、契約書と一緒に5年間保管する。
(食品・化粧品・コンドーム)の一部、車は除外されるが、その他ほとんどはクリーング・オフが成立するという。

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今朝の気温22度、曇 いまにも雨が降りそう




  1. 2009/07/30(木) 06:43:37|
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ガングリオン

       手の甲にまるい突起物 ガングリオンガングリオンとはおまえのことか    埼玉県・小林淳子
ガングリオンは、けっこうというかよく見られる。悪性でないので心配ないのだが...それでも腫瘍だから、誰だって気になるはずだ。
小林さんは、「聖書ダコ」といわれるのを知っておられるのだろう。自分のそれを嘆かずに戯れる気分で歌にしている。余裕だなぁ...

       こうのとり娘をつれてくる途中おやつをあげすぎてはいませんか    ひたちなか市・沢口なぎさ
『第三首、葉書に「生後2か月」とある。さかんに母乳をほしがる赤ちゃんを、童話仕立てで歌ったのが面白い。』高野選者の評
子育てはたいへんなことだろうが、沢口さんも余裕のこころで(凄いなぁ)...

       道を聞く老婆を囲み中学生船団のごと動き始めぬ             東京都・丸木一磨
『第三首の中学生船団は老女に対する集団ぐるみの優しさがうれしい。』馬場選者の評
このような情景をどこかで見たような気がする... う~む、既視感だろうか... いい歌だなぁ

       どう見ても後期高齢者の猫が来て庭石の上しばし寝てゆく        佐世保市・近藤福代
近藤さんはお幾つになられるのか... 察するに、その猫とたいしてちがわないお歳かと...
うう、余裕の気分が、こういういい歌を詠めるのだろうなぁ(大きな拍手!)

       八十の肌とて容赦せぬ藪蚊       府中市・酒井 努
       燕の子代はる代はるに飛びまはり    多摩市・岩見陸二
       サングラス似合うふ顔とも思はれず  安曇野市・曽根原幸人

              短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(27日付)より

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今朝の気温23度、小雨 うう 寝苦しい夜だったなぁ



  1. 2009/07/29(水) 06:29:03|
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カボチャ収穫

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  上は、オクラの花

カボチャ収穫

毎日へんちくりんな天気である。明け方からお昼頃までは暑い陽射しが肌を焼き、ちょっと動けば汗が流れる。
昼食を済まし、午睡から醒めると雨がしとしと降ってる。(あぁ、梅雨がまだ明けないからなぁ)
26日は草刈りをやって汗を大量に流し、水風呂(温い湯)をつかった。

27日はソバ播種のために畑を耕す予定だったが、畑にいってみると前日の雨のために土がべとべとして耕せない。
みればカボチャの周りに雑草が繁茂してる。妻と二人で除草をはじめる。
今年はじめて植えたカボチャだが、人工授粉などしないけれど、けっこう実をつけている。

10株(早生5・晩生5)植えたが、いずれにも実がちゃんとついている。
「パパ、こっち(早生)のは もう食べられるみたい。試しに1個もっていこう」妻の提案に否やはない。

妻は、早速 カボチャを煮ている。
「試食して」煮立てのそれを口に入れる。(旨い!!)お世辞抜きに、ほんとうに美味しい!
「ママも食べてみたら、これは旨いぞぉ」
「とろみがあってね、香ばしい」
「ママ、こんなのが畑にごろごろあるんだぞぉ」
「やっぱり自分の畑で作ったのはちがうものねぇ はじめてだったけど、こんなに美味いのがとれて嬉しい」
「うん、汗を流した甲斐があったねぇ」
「手をかけてやれば、やっただけのことがあるから嬉しい」妻の言葉に、私は深く頷く。

ままごとのような農業だけど、次々にしなければならない作業があるけれど、うん やればやっただけ目に見える収穫がある。
農業は、汗の代償がちゃんと結果するから嬉しい。
もちろん、生業を営んでいる専業農家にはいろいろな問題(課題)はあるけれど、趣味的にやっている限りにおいて 農業は楽しく、実益がある。

さてさて、今月末にはソバ播種がまっている。
その前に、雑草がなるべく生えないように畑を念入りに耕さなければ...
早く、(梅雨明けならないかなぁ)と念じている次第である。

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今朝の気温22度、曇



  1. 2009/07/28(火) 06:02:26|
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クズの花

毎日不安定な空がつづく
昨日は、朝からガンガン照りつける中、さくらんぼ畑の草刈り
午睡後に買い物、その後は雨。どしゃぶりになったり、蒸し暑い

今日も朝から照りつけてる
今日はソバの播種準備のため、畑耕い
熱中症に要注意だなぁ

植木の刈り込みもまだだいぶ残っている
それにしても梅雨明けはいつのことか...

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今朝の気温22度、雲多いが陽射しが眩しい




  1. 2009/07/27(月) 06:54:30|
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夏祭り 09

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夏祭り 09

老健・特老施設から『夏祭り』の案内をもらった。今年で第五回目だという。
これまでは案内をいただきながら一度も行ったことがない。これでは失礼だなぁという気持と、(行ってみたい)気分がでる。
午後5時からはじまり、午後7時までということなので出かけることにした。

ここしばらく庭木の刈り込みが続いてる。これがなかなか捗らない。
24日は、東京・四谷小学校との交歓会の歓迎セレモニーに参加した。
私の子どもたちも東京(冬)へ行ったり、天童(夏)でキャンプや民泊をやってるから、ずーっと以前から行われている交歓会である。

25日は、もみじときゃら(イチイ)の刈り込みに汗を流した。
妻がスイカを買ってきてくれた。今年はじめてのスイカをいっぷくの時に食べた。大きなスイカを二人食べたが、うふふ 食べきれない。
「スイカ腹になって、もうご飯が食べられない」妻は、昼食をとらなかった。

夏祭りには、焼きそば・焼き鳥・カキ氷などの屋台がでた。
「徳内ばやし」 最上徳内(江戸時代の北方探検家・村山市出身)の名を冠したいかにも若々しく勇壮な踊りや、獅子舞・盆踊りがあった。
3週間早い盆踊りを兼ねた『夏祭り』 (あぁ、夏が来たんだなぁ)を実感する。

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今朝の気温24度、曇



  1. 2009/07/26(日) 06:24:39|
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ホワイトバランス

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ホワイトバランス

以下は、畏友 大竹さんからのメールである。
その前に、このメールに至る経緯がある。21日のブログ「いろいろな光」のコメントを再掲すると...

   素人目にはそれほど不自然には見えませんが、やはり撮った人のこだわりですね。
   ホワイトバランスをマニュアルにして、白い紙でホワイトバランスを設定するとだいぶ違うと思います。
         2009/07/22(水) 13:06:43  こ ろ
   *
   「ころ」さん 不自然に見えない?のですね  
   レタッチで不自然さを消し、またかえって不自然さをつくっているマッチポンプみたいなところがあり、キライです
   「ホワイトバランスをマニュアルにして、白い紙でホワイトバランスを設定する」
   そういう操作も皆目分からないので困ります
   こだわってしまうと、どうしてもイヤになって、撮り直したくなります
   (へへ、ほとんどビョウキですなぁ)
         2009/07/22(水) 15:30:00  こんの
   *
   どんな光のときでも白が白く写るという設定です。
         2009/07/22(水) 20:08:51  こ ろ
   *
   「ころ」さん そういうカメラシステムがどのカメラにもついてるのでしょうか
   白く見えるのにも、いろいろな白があるような気がするのですが...
   メールで、詳しく教えてください(お願いします)
         2009/07/23(木) 05:50:23  こんの

上のやりとりがあり、大竹さんから次のようなメールが届いた次第である

ホワイトバランスについてお話します。
ちょっと長く理屈っぽくなりますがお許しください。

そもそも光というのはご承知のとおりR、G、Bの三原色からなり、このバランスが丁度よい時白が真っ白に見えます。その時の他の色が正しい色なのです。
このバランスが偏ると赤っぽく見えたり青っぽく見えたりするわけです。
それは色温度の差なのです。太陽光は5000°K(度ケルビンと読みます)から7000°K、(青)、電灯光は3000°K以下(赤)です。(自然光は常にこの間のどこかに位置し、刻々変化しています。したがって二度と同じ光の状態はありえません)
フイルム時代はこれを補正するために曇りの日の青味を抑えるためピンク系、電灯光の赤味を抑えるために青系のフィルターを使いましたがこの段階を選ぶのは勘に頼るしかありませんでした。
デジタルではこれを電気的に補正するため、より細かく補正できるようになりました。
これが普段使っているオートホワイトバランスです。
しかしオートというのは万能ではなく平均値なので微妙にバランスが異なり、真に正しい白が再現されるとは限りません。
そこでその場その場の光に対してより厳密に白を再現するためにマニュアルのホワイトバランス調整というものがあります。
最近は中級のコンパクトデジカメでさえついていますから今野さんのような高級一眼レフにはなくてはならない機能だと思います。
やり方はホワイトバランスの設定をマニュアルにして、撮りたい場所に白い紙を置き指定の枠内でシャッターを切ります。
これがその場所に限られたホワイトバランスになるのです、今度は被写体にカメラを向けてシャッターを切れば正しい色になるはずです。
これをいちいちやるのはとても厄介なので夕日とか朝日とか極端な光を除いては、最大公約数を取ったオートバランスにしておけばたいていのものは自然に撮れるということになっているのです。
それでも設定にはお日様マーク、雲マーク、電球マークなどがあると思いますのでそのくらいはセットしたほうがより良い場合があります。
ただしオートのほうが良い場合もあるのでそこはデジカメの利点、モニターで見てより良い方を選ぶと良いでしょう。
またこれを逆手にとって夕焼けを撮る時、雲マークにするとより夕焼けが強調されるとか、晴天の日中、雲マークにすると夕焼けっぽくなるとか、海や山をより青っぽく撮るには電球マークに設定するとかと遊びもできます。
でも今野さんは正統派なのでこういう邪道はあまりお好みではないでしょうね。

マニュアルホワイトバランスの設定の仕方は、メーカーにより多少異なるので今野さんのカメラの取り扱い説明書を参照してください。

ホワイトバランスの詳細説明は、Wikipediaや他のネットで検索してみてください。
以上わかりにくい説明ですがご理解いただけましたでしょうか、一度マニュアルホワイトバランスで素敵な写真を撮ってみてください。通常は大差ないかも知れませんが朝、夕などは効果あると思います。

蛇足ですが、テレビスタジオのテレビカメラは常にホワイトバランスを細かく調整して正しい色を家庭のテレビに送り出すようにしています。
面白いのは光はR、G、Bを混ぜると白になりますが、絵の具はR、G、Bを混ぜると黒になります。
ちなみに光はRとGで黄色、GとBでシアン(青緑)、BとRでマゼンタ(ピンク)この混ぜる割合であのカラーテレビのすべての色が再現できるのです。
私は照明をやっていたのでこの色の混ぜ方に慣れてしまい、絵を描くときにとても苦労しました。

   *
大竹さんのメールに対し、私は以下を返信する。

   大竹さん
   ホワイトバランスについての解説 ありがとうございます
   難しいところもありますが、大体は理解できます

   マニュアルのホワイトバランス調整
   その設定の仕方(段取り)も理解できます
   そうすることで「正しい色」になるのですよね

   マークによる設定という便利なものも改めて理解しました
   うふ 邪道とは思いませんですが...

   大竹さんが 光のエキスパートであることも再認識しました
   「権威」ということの中身を実感しております

   自分なりに写真の色について考えました
   朝夕の色は、それが自然の光(色)なのですよね
   ホワイトバランスが決まっていればいるほど自然の色が再現される

   だとすれば、朝夕(特に夕方)は、花などの黄色や赤味が強い時間は
   撮るのを避けるべきだということになりましょう
   写真とは、やはり光を撮ることなのですねぇ

   大竹さん
   本当に労作をありがとうございます
   今後ともよろしくお願いします
                 今野拝

以下は、大竹さんからのメール

   今野さんこんばんわ
   ホワイトバランスについて若干誤解があるようですのでくどいですが補足させてください。

   どのような光の状態でも白を白と認識させるのがホワイトバランスの設定です。
   したがって朝でも昼でも夕方でもそのときの光の中でマニュアルで白を認識させれば、他の色も日中と同じ自然な色が再現できるということです。それがマニュアルホワイトバランスの設定なのです。言い換えれば朝夕の赤みが強いときにもその光でホワイトバランスをとれば日中とおなじ色に再現できるということです。
   (もっとわかりやすく言うと実際夕日の中で白い紙を見ればオレンジかピンクっぽい色にみえます、でもカメラにはこれは白だよと思わせるのです、するとほかの色もそれに付随して修正され、その結果日中と同じ色になるというわけです)

   たとえば夜電灯の下で撮ると赤味の強いさ真になります、蛍光灯の下で撮ると緑っぽくなります、でもホワイトバランスを設定すれば普通の色に写ります。
   つまりストロボをたいた時と同じと考えればよいのです。
   なぜならばストロボ光の色温度が5000°K以上、つまり太陽光と同じ色温度だからなのです。ただしストロボは光の強さという別のファクター(ガイドナンバー)が加わるため自然に撮るのは結構むずかしいです。
   理屈っぽくてすみませんがお分かりいただけましたでしょうか。

上のメールで、やっとホワイトバランスの意味を理解した私。
うう なんともお恥ずかしいかぎりである。
それにしても... エキスパートといわれる人の内実を実感でき、ある意味おおきな感動を覚えてる次第である。
大竹さん 本当にありがとうございます

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今朝の気温22度、雲多いが陽射し眩しい。32度を越す予想




  1. 2009/07/25(土) 06:13:16|
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アルミ缶

必要があってアルミ缶を撮った。
この前出荷したのが5月16日(土)だった。あれから70日経って、これだけ集まった。
当地区の世帯数が830戸、全世帯から集まったわけではないが、うう ずいぶん集まったものである。
500Kg近くあると思われる。

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午後2時4分の気温27度、先程まで雨が降ってたが、今は陽が射し蒸し暑い



  1. 2009/07/24(金) 14:47:00|
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恋人の看護

夏山登山凍死・山口県豪雨災害・衆議院解散・水死事故・皆既日食などで世間は騒がしい。
特に皆既日食は、46年ぶりの天体ショーということでテレビでも長時間放映され、人々は宇宙への関心を強める。
次回の皆既日食は 2035年に北関東で見られ、金環日食は 2012年5月21日関東で見られるというが、金環日蝕は見られる可能性がある。が 皆既日食はダメだろう。

また、親しい人の葬式・さらに夫婦で海を眺めたり、温泉で楽しんだり、身のまわりでの出来事もいろいろあった。
世間的な話題が多く、かつまた自分たちの多忙さのせいもあってか、今週の短歌・俳句に感じるのが少なかった。
これは、短歌・俳句がわるいわけではなく、読む側のこちらのこころ(チューナー)が雑音に惑わされた結果であろう。
感性が鈍った結果(短歌頭・俳句頭になりきれない)であると考えるのが妥当だろうなぁ

       一瞬の涼被らんと保護帽に水を満たして置く昼休み       東京都・津和野次郎
つかの間といえど、あの涼感がたまらなくいい。逆に言えば、それほどに外界は暑くつらいということだなぁ

       空席のリフトが海に向かいてはまた戻りくる鳥取砂丘      鳥取市・中江三青
鳥取砂丘だけでなく、リフトの回るところで見る(感じる)空気がよく伝わってくる。リフトの気持?というか、見る人の気持ちがよめる。

       入院の長き夫を通ひ看てときめきにも似る通ふといふは     浜田市・隅井泰代
『病院通いの看護はつらいはずだが、第一首は恋人のところへ通うような気持だと歌う。プラス思考の爽やかさ。』高野選者の評に深く頷く。

                短歌は、朝日歌壇(20日付)より

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今朝の気温20度、晴




  1. 2009/07/24(金) 05:44:46|
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名取川遡行

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二人の慰安旅行

名取川は、wikipediaによれば
   奥羽山脈神室岳(かむろだけ、標高1,356m)に源を発し、仙台平野に出る。若林区日辺で広瀬川を合わせ、若林区と名取市の境界から仙台湾に注ぐ。
   上流域は渓谷で、二口温泉がある。秋保大滝を経てからは川にそっ細長い盆地が数珠繋ぎに連なる。そのうちの秋保温泉は、仙台市から近く人気が高い温泉地である。
   海に近くなると水田が広がる。河口付近では貞山運河と連絡し、その下流で井戸浦に通じる。河口の閖上漁港(ゆりあげ)は、中世以来の歴史を持つ港町である。

もちろん一級河川となっているが、川の長さはわずか 55Kmと短く、秋保温泉を通り抜け、少し走れば秋保大滝があり、また少し名取川を遡る山道を走ると姉滝・妹滝がある。
滝大好きな私だから、名取川河口から遡って源流めざし走る。はじめに姉滝・妹滝に行く(下に妹滝を置いた)。
海から一気に渓流へ。瀬音が、波音とちがい、ひんやりした冷気が快い。

次ぎに秋保大滝へ(縦画像)
緑の中のそれもわるくはないが、もうひとつもの足りない。滝の季語は夏だが、よりマッチするのはやはり秋 紅葉中の滝が(いいなぁ)である。
「日本の滝 百選」になっている秋保大滝は、それなりに(いいなぁ)と実感するが、写真写りがあまりよくない。というか、アングルが... やはり滝下まで行くべきだなぁ

この時期、ヤマユリがいたるところで目につく。
ヤマユリ、ヤマユリとあまりに連呼する私に、「好きなだけ撮ったら」と妻が促す。
ヤマユリはすでに2度アップしているので(もういいかなぁ)と思う反面、(もう一度くらいは...)とつい撮ってしまうから可笑しい。


秋保温泉「ばんじ家」は、お気に入りの宿。二人だけの慰労会?は、うふふ 美味しいご馳走と旨い酒。温泉宿の時間はゆったりながれる。

21日は朝から雨。午前9時過ぎ 部屋を出てフロントへ。宿の支払いをしようとし、妻が慌て出す。
「パパ、財布 部屋の金庫から持ってくるの忘れた!」
「うふふ、財布をなぁ...」
「パパ、まさかこんな失敗を書かないでしょ。あぁ」妻は急ぎ 再び部屋へ戻る。

秋保にある「仙台 万華鏡美術館」(陶芸家 辻輝子のすべて) 万華鏡と陶器の世界を楽しむ。

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今朝の気温18度、曇



  1. 2009/07/23(木) 05:44:07|
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閑上港へ


前日までは雨だったのに、20日は朝からいい天気になった。
気象情報で晴れることは分かっていたが、それでも嬉しい。
午前8時半過ぎに「天童の家」を出発、 太平洋めざし走る。

日本海までは120Kmあるが、太平洋までは70Kmと少しで着く。10時半前に閑上港(ゆりあげ)に駐車する。
閑上港は、名取川の河口にあり、三陸沿岸の豊かな漁場を控えた良港である。
名取川の堰堤に立てば、北東に仙台湾が広がり、遥かに奥松島が眺望できる。

閑上港にはすでに3度ほど来ているが、いつ行っても(いいなぁ)と思う。
なんだかだ言うより、画像を下に並べる。

港の直ぐ傍に「若草寿司」があって、妻はここのウニ鮨が好物。
ウニが好物であることを伝え「おまかせ握り」を注文する。ここは赤貝が有名らしい。
「パパ、美味かった! 満足」妻の言葉が嬉しい。

閑上港の景色と鮨を堪能し、今度は名取川の源流めざし走る。
(その報告は、後日にする)

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今朝の気温19度、曇



  1. 2009/07/22(水) 06:10:00|
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いろいろな光

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いろいろな光

いまさらながらといえば言えることだが、朝の光と日中のそれとはちがう。まして夕方の光は朝のそれとは大きくちがう。
なぜ今さらこんな分かりきったことを言うかのか?
ワケがある。「天童の家」で最近ヤマユリとカラスウリの花を2度続けてアップした。

ヤマユリもカラスウリも1度目の画像は、いずれも夕方(午後4時過ぎ)の光で撮った。
ヤマユリもカラスウリも今年はじめて目にしたもので、いわば証拠?写真として撮った。夕方の光は黄色く赤っぽい画像になる。
その黄色や赤味を薄めようとかなり極端なレタッチを行った。その目的は達したが、その弊害?というか、画像に不自然さが出てしまうのは避けがたい。

そういうわけで、ヤマユリもカラスウリもリベンジというか、撮りなおすことになった。
被写体が身近にあったからいいが、もし簡単に撮り直しできない画像であったら、それこそ不満のままとなるのはしかたない。
特に、夕方の光は撮影にはよほど注意しないといけない。もちろん、逆に夕方の光で効果が増す画像だってあるから一概に夕方の光がダメというわけではない。

一般に、花を撮るにはやはり強い光や夕方でない方がいい。どちらかといえば、薄日か朝の光が好ましい。
うん、いまさらながらしみじみそう思う。レタッチである程度は調整できるけれど、できればレタッチなどしないでいい画像が得られるのが望ましい。

それにしても、ふだんの暮らしの中では光の色とか状態を気にすることはない。
でも、朝の清澄な光は、こころまで爽やかにする。日中の強烈な光はかなりの刺激となって人の行動を左右するのではないか。
光の色と強弱は、我々が考える以上に人々に大きな影響を与えているのではないだろうか...
人間の行動に影響する雨や風のことは誰でも知っているが、光が風雨以上に大きな力をもっているような気がしてならない。

ヤマユリとカラスウリの花の撮影を通し、そんな思いを強くもった次第である。

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午後4時15分の気温21度、雨

昨日は、1日だけ晴れ間が広がりラッキー 
今 葬式から戻ってきました




  1. 2009/07/21(火) 16:19:34|
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親しい友の死

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親しい友の死

19日、朝食中に来客がある。
母のいちばんの友だちであるYさんが亡くなったという”告げ”であった。
Yさんとは血のつながりはない。親類ではないけれど、親戚以上の交際をしてきた。

村祭りによんだりよばれたり、朝食を気安く食べるというようなつきあいだった。
畑で採れた野菜を分け合い、どこかに旅行などすれば、お土産を欠かさなかった。
Yさん夫婦は、製材業を生業にしていた。

Yさんと母は同年で、とにかくYさん夫妻と義父夫婦は昔から、まるで仲のいい兄弟のような交誼をつづけてきた。
妻は、Yさんからたくさんの衣類をもらった。肌着以外、自分で購入しなくてもいいほどだった。
母とYさんは、いちばんの友であった。そのYさんの逝去は、母にとって大きなショックだろう。

母と妻は、さっそくYさんに会いに行った。仏になってしまったYさんに母や妻はどんな思いを抱いたことか...
誕生日がきて84歳になる。早すぎる死ではないけれど、それでも死は寂しく切ない。
母も妻も多くを語らない。

さくらんぼ仕事の慰安小旅行(秋保温泉)を20日に計画し、宿も予約してる。
「葬式は21日午後2時だから、パパ 予定通り行きましょ」普段通りのおだかやかさで妻がいう。
「午後2時までなら、ダイジョウブだ。予定通りになぁ...」

人の命はいつ亡くなるかわからない。
先年は作並温泉へ行く途中で庵主(尼)の死が知らされたことがある。
当時は”区長役”にあって、妻を宿に残して帰ってきたことがあった。

故人の葬儀に、菓子盛り篭を供えるために菓子店に行く。
残された者のためにも、友人として寂しくない葬式をしてやりたいと思う。
84年の生涯を終えた人の冥福を祈る
                       合 掌

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今朝の気温21度、雲あるが陽射し眩しい



  1. 2009/07/20(月) 06:50:12|
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思い込み

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思い込み

18日は、朝から雨降りだった。
ゆっくり起床し、朝食ものんびり食べた。第三土曜日なのでアルミ缶の回収をし、雨の中公民館まで運ぶ。
暑い日が続いているせいか、アルミ缶の量も多く、軽トラックにいっぱいになる。

「障子張りしましょ。雨降りでないと家中のことできない。破れが気になって...」妻の提案だから否やはない。
ホームセンターで障子紙と糊を買い、午前中は部屋片づけと障子紙を剥がすことで終わる。

昼食を済ますと、寝室に使っている部屋の障子戸4枚の張り替え作業開始。
戸の大きさに合わせた寸法(巾)に障子紙を切ることからはじめる。戸1枚に4枚だから、4×4=16枚を用意する。
切り終えた障子紙を戸の桟にあてがうと、(ん?)紙巾が合わない。
障子紙は、紙巾(高さ)が28cmと決まっている。(29cm・30cm巾もあるが「天童の家」障子は全部28cm)

ところが、その部屋の桟だけ紙巾がはみ出る。
「ちぇ! こんな戸を作った指物師はバカじゃないのかねぇ」ぼやく私。
「しかたない、切って合わせるしかないでしょ」妻の一言で、16枚の紙巾(高さ)を戸の桟巾に合わせ23.5cmに切る。

さて、いよいよ張り方開始。
「ママ、ぴったしかんかん! 張るだけだから簡単かんたん」妻と息を合わせ、いちばん下の桟を張り終える。
うう、ところが意外なことが次ぎに判明した。下から2・3・4番目の桟巾は、すべて紙巾と同じ28cmだったのである。
一番下の桟だけが23.5cm巾(高さ)で、あとはすべて規格巾(28cm)なのに気づいた。

「あぁ、な・なんということだ! 一番下に合わせて切った紙、ムダな作業だったなぁ」悔しがる私。
「まさかねぇ 一番下と、それから上の高さが違うなんて思ってもみなかった。それに気づいて見ると、やはり違いが分かるものだね」確かに妻の言うとおりである。
全部が同じと思いこんでしまっての失敗である。(同じという目)で見た場合と、(違うという目)で見た場合では、明らかにその違いがわかるのだが...
思い込みというものが、時に大きな失敗に繋がるのを知って愕然とする。

「この戸に、一番最初に障子紙を張った人もびっくりしたでしょね」妻が笑って言う。
「うん、バカな指物師というより... これは設計士のミスだろうなぁ。指物師もきっと戸惑ったと思うよ」苦笑いがわいてくる。
「今度張り替えするとき、今日の失敗を忘れないよう気つけなきゃねぇ」
「うん、へへ でも、障子紙くらいでよかったというか... 思い込みって、おっかないなぁ」

今日の失敗は、妻と私 二人の注意不足にあった。お互いに、ふふ 見落としが原因だから共同責任?ということで...
たまには、こんな失敗があっても(愛嬌?)かなぁ

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今朝の気温23度、雨



  1. 2009/07/19(日) 06:40:33|
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リベンジ

今朝アップしたキカラスウリの花は、昨日の午後に撮ったものである。
うう もう一つ気に入らない。
咲いてから時間が経った花だからだろうか...
それとも午後の光が強く(黄色と赤味が強くなる)かなりレタッチした画像だからだろうか

そういうわけで今朝再度撮り直してきた。
あいにく雨天で撮影条件がよくないのだが、昨日の画像よりは少しはましかなぁ

アップするので、比べて見たらどうかなぁ...

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相変わらず雨が降っている
今日はゆっくり骨休めの日にしよう。へへ 骨折れるような仕事もしていないが...




  1. 2009/07/18(土) 08:53:17|
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庭木の刈り込み

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庭木の刈り込み

みちのく天童の梅雨明けがそろそろかなぁ
15日は35.5度にもなったし、16日は30度、17日も夏空で暑く 30度を超すのは必至だろう。
暑いけれど、あのじめじめした不快感が比較的少ないからたすかる。吹く風がけっこう爽やかに感じ、気持ちいい。

15日から庭木の刈り込みをやっている。
これまで 表の庭木は、庭師からやってもらっていた。裏のそれは私がやっていたのだが...
「パパも上手いんだから、裏だけでなくて表もやればいいのになぁ」妻におだてられ、昨年から表の方もやっている。
電動鋏(バリカンみたいな)を使うと、自分でも納得できる刈り込みができるから嬉しい。

昨年は、電気コードを何度も切ったりしたが、使い勝手がわかった(慣れた)せいか、今年は3日間でまだ一度も切断していない。
「パパ、少しずつやればいい。疲れるのがいちばんわるいんだ」妻に励まされながら、妻は繁茂した雑草を引き、私は刈り込みをやっている。
暑いから、休みやすみしながらやっているが、動いている方が多いか、休んでいるのが長いか、へへ 分かったものではない。
「私は、木の下影になるからそんなに暑くない。パパは、直焼きだもの休みながらやればいい」妻が、そんなことを言って気遣ってくれるのが嬉しい。
風に吹かれながら一服で飲む 氷が浮かんだ冷たい梅シロップがうまい。

15日は、「天童の家」でいちばん目立つ大きなツツジ(直径1.7mの丸い玉状)を刈り込んだ。っふふ、それで終わり。
16日は、玄関前にあるツゲ(柘植)を済まし、道路際にあるツツジも刈り込む。午後は昼寝し、その後散歩。
17日は、道路と庭の境に植えてあるチャボヒバ(9本)のうち2本を刈り込む。道路間際なので脚立(2.8m)に上がっての作業は楽でない。
これには後3日くらいかけてやるつもりである。

刈り込み作業は、楽な仕事ではないが、けっしてイヤではない。
長く伸び放題になった頭髪にバリカンを入れ、くりくりの頭になるのは気持いいものだが、それと同じ気分が味わえる。
刈り手によって、出来上がりの姿がちがってくる。「天童の家」の向かいの家では、プロに刈り込んでもらってるが、それを見ると違いがよく分かる。
なんだかだ言っても、自分の好みの姿に仕立てられるのがいい。

特にツゲの場合は、それぞれの枝毎に形が微妙にちがって、全体としての姿(バランス)が出来上がる。
いわば、形を創りあげていく楽しみがある。こういう作業は、私は大好きだ。樹木を土台にした芸術品を創りあげていく面白さである。
ツツジはほとんどが丸い玉仕上がり。その点ツゲやヒバの場合は1本1本に個性がでる。それでいて全体としてバランスのとれた配列にする。

ヒバは樹高がある(4.4m)。脚立(2.8m)の最上段に上って、さらに1.6m(自分の背丈ほど)もあるところの刈り込みは、なかなか難しい。
脚立を反対側に移動して刈り込みをしなければならない。脚立に上っての作業は、意外に神経を遣い、疲れるものである。
電動鋏があるから、片手を保身用に枝をしっかり掴み、片手で刈り込みする。それでもどうにか見られるくらいに姿を整えられるから嬉しい!

刈り込み作業は、まだまだこれから続く。
20日には、さくらんぼ作業の慰安小旅行(温泉)などもあり、お盆までに終わればいいと気楽に考えている次第である。

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今朝の気温22度、曇




  1. 2009/07/18(土) 06:09:20|
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ある約束

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ある約束

「パパ、約束だから、ちゃんと書いてくれるよね」妻が笑っていう。
「あぁ、そうする。でも、参ったなぁ というか、驚いた! まさかこうなるとは...」
「ダイジョウブって言ったでしょ。パパは信じないんだから」
「だって、もうほとんど萎んだ状態だったし、根がないわけだから... ママは、マジシャンみたいだなぁ 命を蘇らせる達人! だぁ」
「パパ、降参?」
「あぁ、降参 こうさん。約束は守るよ」

今朝のお茶を飲んでる時の会話である。ちょっと説明を要する会話であるなぁ

先日、強風のため ミニトマトが途中で折れ、上半分が萎れた状態となった。妻は、その上半分を「挿し木」するという。私は即「ダメだぁ もう生きない!」と断言した。
「生かしてみる。ダイジョウブ」妻があまりに自信ありげに言うから、私は冗談に「もし、本当に生きたら、ブログに書いてみんなに読んでもらう」と約束した。
根も生えていない茎を、それもかなり萎んだ状態のを生かせるなどと考えられないことであった。

朝食後の喫茶途中に妻が私を裏の畑に連れだし ミニトマトを見させる。まだ本来の元気さは見られないものの、先日折れた上半分が、さらに2分され植えられ、それが不思議にも生きて、もう少し経てばさらに成長していくようすである。
(うう、な・なんという不思議なこと!)と思わざるを得ない。
妻は、目の前にあるミニトマト8本すべてを挿し木で増やしたのだという。トマトの生命力の強靱さに正直というか、心底驚きを覚える。
そして、折れて萎んだ茎をみごと挿し木で生き返らせた妻の営為に惜しみない拍手を送りたい。

「ママ、凄い!なぁ あの萎んだ茎を蘇らせたんだから...」
「トマトの生命力が強いからね。これ全部挿し木だから、私自信があるんだ」

元々のミニトマトは、苗でさくらんぼ畑に植えた。それにはたわわに実がつき、色づいてきている。
妻は、そのトマトから枝をかいて裏の畑に挿し木したという。それが今では挿し木を重ねて8本にまで増えている。
はじめに挿し木したそれには実も大きくなり、間もなく色づいて収穫できるようになるだろう。

啓翁桜も、枝を切って挿し木にして増やす。植物は生命力が強い。根もないのに、根が生え、どんどん成長していく。
もちろん、逆に水分が足りなくなるとあっけなく枯れてしまうのもある。
いずれにして、妻の営為は拍手に値するものだなぁとしみじみ思う次第である。

以上まで書き終わり、その文を妻に読んでもらう。
「パパ、生かすにはコツがあるんだ。植える際の水遣りがだいじね、少しずつ徐々に気長にやるんだ。生きるように祈るような気持で。もう一つは、根づいたことが分かったら肥料をあげるのよ」
妻がそう言うのを聞きながら、(あぁ、やっぱりコツというか、慈しむこころがあるからなんだなぁ)と嬉しくなる。

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今朝の気温22度、晴れ



  1. 2009/07/17(金) 06:22:01|
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『天地人』ゆかりの地

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『天地人』ゆかりの地

14日、民生委員第6ブロック(20名)の研修で米沢へ行った。はじめに社会福祉法人「成島園」で研修し、その後は上杉神社の近くにある「上杉伯爵邸」で米沢牛の昼食に舌鼓をうつ。
米沢の美味しいものといえば、やはり米沢牛!
昼食後は、1時半まで自由行動。米沢は今『天地人』で賑わっている。観光客は例年の倍近いという。「かねたん」(兼続の愛称)キャラクターぬいぐるみやその名を冠せたお土産が人気だという。
同行者たちも「かねたんまんじゅう」とか「米沢牛コロッケ」をお土産に買っている。

NHK大河テレビ『天地人』の影響がやはり大きい。普段はあまり行くこともないだろう上杉家菩提寺「林泉寺」(拝観料400円)もなかなかの人気で賑わっている。
『天地人』主人公である直江兼続と奥方(お船)の位牌・墓などが見られる。
民生委員会研修も米沢でというのは、『天地人』人気にあやかった(野次馬根性!)のである。ふふ 当然ながら、民生委員も人の子であるなぁ

上杉廟所は、米沢観光では欠かせない場所であるが、たいていの人はすでに1度は訪れていることもあり、また時間の関係もあって、車中より拝観?する。
バスは、米沢を後にし、高畠ワイナリーめざし走る。
高畠ワイナリーでまたまたお土産を買い、ワインの試飲を楽しむ。アイスクリームが美味しかったなぁ

というわけで、スナップ写真をたくさん撮ってきたので、少しだけ並べる。

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   お船の左が兼続の墓

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   謙信の姉・景勝の母 仙洞院の墓

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   上杉家臣たちの墓

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   高畠ワイナリーで

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今朝の気温25度、曇り
昨日は35.5度と暑くなった。今日は5時半起床し、里芋に給水、その後庭木の剪定




  1. 2009/07/16(木) 08:33:17|
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打ちのめす妻


       山里の馬頭観音ぽつねんと「明治十七年」に霧雨       福島市・美原凍子
  馬頭観世音菩薩とは六観音のひとつで、インド神話に登場するヒンズー教の最高神のひとり、毘紐拏(びしゅぬ)が馬に化身して悪魔に奪われたヴェーダ(インド最古の聖典)を取り戻したという説話が起源となったという。
  一切の魔や煩悩をうち伏せる働きをするとされるが、これは馬が周囲の草をむさぼるように人間の煩悩を食べ尽くして救済するということのよう。わが国では奈良時代以降に信仰されるようになったという。

  明治十七年(1884年)今から125年前 その頃の日本は、地租条例(税率の固定・法定地価の決定)を制定、華族令(公侯伯子男の5爵)を公布、京城に甲申事変起こり日本軍出兵・日本公使館襲撃される。
  大隈重信ら改進党を脱党・名古屋事件(政府転覆の計画)発覚するなどの動きがあった。
当時の日本人には深い信仰心があったのだろう...霧雨の中、馬頭観音がぽつねんと佇むのに、美原さんはある感慨を覚える。

       歯科医院ピアノの曲が流れいて治療すめば去りがたく聴く    栃木市・飯塚哲夫
音楽は、痛みをやわらげるといわれる。私が通院している診療室にもBGMが流れてる。治療を済ませ、ホッとしたこころで聴くピアノ曲が...

       母の手と吾が手を紐にゆわえて寝ぬ徘徊の母とのかなし絆    松戸市・猪野富子
猪野さんの切ないこころが...

       燕(つばくろ)の巣に忍び寄る大蛇を打ちのめす妻は違う妻なり 萩 市 ・ 斉藤 定
いつもの優しい妻の姿とはちがう阿修羅のような姿に、感動さえ覚える

       耳遠き妻と入歯の合わぬ我会話無きまま夕餉済ませぬ     つくば市・松村勝行
難聴者は、特に食事中の会話が苦手である。自分の咀嚼音が骨伝導でけっこう大きな雑音となり、相手の話し声を邪魔する。
それでも気まずくなることはない。長年連れ添った仲だもの...

       郭公や己が名前を節つけて     西宮市・山谷陽久
       夏の蝶硝子たたいて行きにけり   藤岡市・飯塚柚花
       合歓の花まだ白きまま風にゆれ   今治市・山本芳子

                短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(13日付)より

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今朝の気温20度、晴れ




  1. 2009/07/15(水) 06:38:57|
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日常茶飯時に

食後の喫茶

日常茶飯という言葉がある。ありふれた、ごく平凡・普通のことである。そのありふれたことを大切にというか、日常茶飯に幸せを感じられるのがいい。
朝食と昼食後に、まさに言葉通りに毎日お茶を飲んでいる。夕食後は、妻が「眠れなくなる」というので飲まない。
お茶うけには、「食べる煮干」と「季節の果物」か「菓子」のどちらかが出る。果物と菓子が一緒のこともある。
例えば、9日の昼食後は、煮干と杏(自家製漬け)と「白いくも」というチーズ焼き菓子(もらい物)だった。

季節の果物では、ここしばらくは「さくらんぼの砂糖煮」が続いた。生食はすぐに傷んでしまうので、砂糖を入れて煮ると、しばらくは保存が利く。
それを小皿に山盛りで食べる。食後のデザート代わりである。が、それも食べ尽くし、今度は杏(あんあず梅)。「カリカリ梅」を作った時の残り液(焼酎と砂糖と塩の混合液)に杏を漬けた。
それがまた美味い! 杏もそのままにしておくとしょっぱいくなるので、液からあげて容器に入れたのを冷蔵庫に収納した。
甕の残り液には氷砂糖を追加した。それをコップに汲み、氷を入れて飲むと、これがまた美味しい。

「さくらんぼの砂糖煮」は以前から作ってるから、要領がわかっている。「カリカリ梅」は今年はじめて作った。なにが不足しているのか「まろやかさ」がない。
「このまま少しおけば、馴染んでまろやかになるんじゃないか」妻がいうけれど、どうも作る過程で梅に切り込みを入れなかったのが原因のように思える。
来年は、ちゃんと切り込みをいれ、塩揉みも念入りにして、まろやかな味の「カリカリ梅」にしたいと考えている。卵殻量も多く確保しなければ...なぁ

梅を仕込んだ残り液を、妻は捨てようとしたので驚いて止めさせた。焼酎と砂糖をたくさん使ったのだ。少し塩辛いのは氷砂糖を追加することでかわる。
少しずつ汲んで、氷を入れて飲めば、うん とても美味くなる(実証済み)。 お茶受けとは別に、楽しみながら飲めばいい。
「さくらんぼの砂糖煮」の後は、杏を漬けたのがお茶うけとなる。りんごの季節になれば、「りんごの砂糖煮」が登場する。
季節ごとにお茶うけも変わる。それがなんとも嬉しい。うん ささやかな幸せを感じる時である。

ことさらに贅沢しているわけではない。身近くある商品価値の低い果物(色つきや形・傷物など)を美味しく変身させて楽しんでいるのである。
ちょっとした工夫次第で、豊かな気分が味わえるというものだ。自分の手で作った(自家製)お茶うけが、お客に喜ばれることもある。
うう 暮らしの豊かさは、なにも高価なものだけに限らない。工夫すれば、それなりに十分楽しめることがいっぱいある。

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今朝の気温21度、曇り



  1. 2009/07/14(火) 05:44:03|
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ある恐妻家

指示されて

11日は、さくらんぼの消毒をした。収穫は6月で終わったのだが、収穫後にお礼肥を施し、そして消毒をやる。
消毒はもう1回8月にやって、今年は終わる。施肥は有機肥料を考えているようだ。消毒薬剤や肥料の中身はすべて妻に任せている。へへ 私は言われた通りをやるだけの使用人。

12日は、ソバ畑(食用菊とカボチャが植えてある)を耕す。ソバの播種は7月末に行う。畑には容赦なく雑草が蔓延っている。
ソバの播種前に、雑草を根こそぎやっつけないとソバの生育におおきな邪魔になる。
昨年は、雑草を少し残したまま播種したので、草取りが厄介な作業だった。今年は、とにかく今生えてる雑草を根絶やししなければと早めに耕し、雑草退治に勤しんでいる。

消毒作業は、雨合羽を着用してやるので汗びっしょりになる。辛いといえば言える。別の言い方をすれば疲れる作業である。
畑を耕す(耕耘機かけ)のは機械であるけれど、それだって楽な仕事ではない。
ん? うう、はぁ とうとう愚痴になってしまったなぁ

楽な仕事なんてない。仕事はみんなそれなりに辛いものだ。
それは承知しているつもりなのに、へへ 疲れがたまると、つい愚痴がでてしまう。うう 修行が足りないなぁ

土・日曜は妻が一緒だから嬉しい!のだが、反面 ちょっとちがう気分もある。妻が私の気持ちを先取りして、仕事を計画してしまう。
「パパ、消毒しましょ」とか「ソバ畑の草取りしなきゃぁ」とか、妻に言われる前に(しなければなぁ)と思っていても、いちいちそれを言われると、なんだか妻に指示されているような気分になってしまうから癪である。
被害者意識?が強いのかもしれないなぁ 

妻が学童保育に行く時は、その時間気侭になるのだが、妻がずーっと一緒にいる土・日曜は、なんとなく妻に支配されている?気分になるから困る。
ふふ 被害妄想が出てきたのかなぁ
妻がいないと、寂しい気分なのに、妻が居放しだと、それがどうも縛られている気分になるのだ。いつからこんな恐妻家になってしまったのかなぁ

この文をパソコンでタイピングしていると...「パパ、これ」と焼き鳥を持ってくる。うふふ、焼酎の梅割を飲んでいたから、酒の肴ということだろう。
「あぁ、ありがとう。それは後でご飯の時でいい。今はこれだけでいいんだ」とグラスを傾ける。
うう、へへ なんだかだ言ってもなぁ 妻は、妻なりに考えているのが分かり、嬉しくなる。

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今朝の気温20度、雨




  1. 2009/07/13(月) 05:58:42|
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絵の周辺の

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絵の周辺で

ある方のブログを読んでいたら、自分の昔のことが脈絡もなく浮かんできた。ふ~む「脈絡もなく」でもないかなぁ...
絵に関する途切れとぎれのエピソードといえばいいのか、それを次ぎに書くことにする。

はじめのそれは、生まれ育った家(実家)での教師と父との会話である。
その教師が何のために私の実家に来て、なぜ家族と一緒にご飯をたべているのか不確かである。その時私は小学2年生(昭和22年)だった。
教師は、なにかおかずを「美味い、美味い」と盛んに褒めながらご飯をお代わりしながら食べていた。食事が一段落したころに教師が言う。

教師「こうせいくん(私のこと)は、絵が上手でねぇ。いつも感心してるんですよ。ただ、1枚不思議に思う絵がある。画面の上部に3という数字がたくさん並んでる。あれは何を意味しているのか...」
父 「3ですかぁ... 数字の3が書いてあるのですね」
教師「そうです。3が空にいっぱい描いてあるんですよ」
父 「本人は何と言っているのですか... この子は、絵が好きのようですが」
教師「まだ確認してはいないのですが、将来が楽しみな子どもですねぇ」

その会話を、私は歯がゆい思いで聞いていた。「それは3なんかじゃない! 夕方になって、カラスが家に帰るために飛んでいるのを描いたんだ」そう心の中で叫んでいた。
実は、誰が見てもその絵には3の数字がたくさん書かれてるのは事実だった。しかし、私が描いたのは、3ではなくカラスが飛んでいる姿である。
っふふ、3を左横に転がして見ればいい。ほら! カラスが飛んでいるじゃないか


次のそれは、小学6年生の二学期はじめのことである。
夏休みが終わって、宿題(図工なども)の数々をもって登校する。その中で、私はある期待というか、こころに期するものがあった。
それは、自分でも(上手く描けたなぁ)と思う絵である。
教師は、生徒の工作や絵を見ながら質問したり、褒めていった。自分の絵もきっと褒められるだろうと期待して順番を待った。
しかし、教師は、私の絵を素通りした。褒めることはなかった。むしろ無視するような素振りさえ感じた。
なぜ? 私は不満だった。そんな私を見て、その教師が言った。

「こうせい、お前、この絵、誰かに描いてもらったな! こんなに上手く描けるわけがない。誰かに描いてもらったのを出すなんて...」
教師の言葉に、私ははらわたが千切れる思いだった。正真正銘、この絵は自分が描いたのである。誰の手助けもアドバイスもうけていない!
なにの... 誰かに描いてもらったという言葉が許せない! 私は抗議も弁解もしなかった。


長くなるので、もう一つだけ
中学2年生のことである。担任(N先生)は英語と芸術を教えていた。N先生自身、県展などへ入選の実績があった。
校庭で花壇のグラジオラスを写生していたら、N先生が言った。
「伊藤(その頃の姓)、いいじゃないか!うん、とてもよく描けている。川西展へ出そう」
川西展とは、最上川の西にある東村山郡の中学3校で開催している巡回美術展のことで、私はN先生の言葉を今でも鮮やかに思い出す。

だが結果は、N先生の言葉に沿うことができずその絵は落選してしまった。
落選は 口惜しかったが、N先生の言葉は、私を嬉しがらせ、大きな自信を植え付けてくれた。
(来年はきっと入選してみせる)と思ったが、その後 慢性中耳炎根治手術を受けたり、高校進学などが重なって 川西展どころでなくなり、とうとうN先生の期待に応えなかった。
N先生からは1年から3年まで担任してもらい、今でも大きな恩義を感じている。


絵に関わる3つのエピソード この他にも絵に関わる思い出がたくさんある。
機会があったら、また続きを書くことにする。

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今朝の気温20度、晴れ



  1. 2009/07/12(日) 05:31:56|
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散歩道風景

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散歩道の夏景色

ずーっと以前は、散歩コースがいろいろあって、その日の気分で(今日はこっち)というふうに選んで歩いていた。
コースは 6通以上あって、それぞれ特色があった。果樹地帯を通るルートが3通りあって、さくらんぼ・ぶどう・ラ.フランス・りんご等を眺めながら歩いた。
立谷川に沿うルートも3通りあり、大森の赤石橋を下るのと上るコース、さらにもっと下流から歩きはじめるコースが選択できる。
もちろんこの他にもいくつものバリエーションが可能というか、その日の天気や目的でコースも違った。また積雪期にはこれらとはまったく違うコースとなる。

でも、最近の散歩はほぼ毎日赤石橋から立谷川を遡るルートがほとんどである。どうしてこんなふうになってしまったのか...
いえば、今歩いているコースがいちばんいい、というか気分的に落ち着くからだろう。
もちろん、紅花を撮るにはスーパー農道に行かなければならないし、カタクリなど山野草を見たいときはまた別の山沿いの道を歩くことになる。
が、赤石橋から山寺へのサイクリング・ロード往復が圧倒的に多く、最近はそこを歩いているのが事実である。

景色は、季節によって変わって見える。どの季節でも、その季節に似合う風景がある。
その季節の旬の風景を感じたときカメラを向ける。感動が毎日ありえないように、旬の風景も毎日観られるわけではない。
だから、時には違った散歩道を行くことになる。そんなわけで、10日は立谷川の少し下流(赤石橋から2Km位)のサイクリング・ロードを歩いた。

赤石橋から上流の道との違いは、上流の向こう岸を仙山線が走っているが、10日に歩いた下流の道の向こう岸は工業(工場)団地になっていることである。
距離はわずかしか離れていないのに、風景がかなり違う。川岸のこちら側の河川敷には、山形県警察学校の自動車と自動二輪の運転練習場がある。
うう やはり「百聞は一見に如かず」であるなぁ 写真を撮ってきたので並べる。

しばらくぶりで歩くと、う~む 目新しい変化にも出合うから面白い。
「風景」を撮るという下心もあって、そちらを歩いたのだったから、たくさん撮った画像の中から、今日は風景を並べることにする。
上流では目にしない画像もゲットしたので、それも後日並べることにする。

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今朝の気温20度、晴れ



  1. 2009/07/11(土) 05:14:19|
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蝶たち

蝶たちの画像がたまってしまった
画像ホルダーにストックのままではかわいそうだもの... アップしよう

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午後5時30分の気温24度、晴れ



  1. 2009/07/10(金) 17:33:05|
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みなづきの雨



       あぐらの子机に伏す子注意されずどんよりすすむ参観の授業     和泉市・長尾幹也
これが実態なのだ、ということを知らされる親は堪らない。教師の、学校の努力はどこへいってしまったのか?!
教室崩壊ともいうべき姿に、愕然とする親たちにできることはいったい何か?
とにかく、教師も親たちも共に立て直しをはからなければ、この子たちがかわいそう。心底そう思う。

       どんな仕事をしてゐるのですか検診の数値に医師のだしぬけに言ふ  福岡市・中島行矢
医師の言葉(こころ)も、中島さんの戸惑いもよく分かるような気がする。
こういう場面というか、ことばのやりとり、他の場面でもたまにあることだなぁ

       喫茶店の窓から風に揺れる葉をみていた 話聞くふりして       赤穂市・内波志保
内波さんのおかれてる状況が... っふふ、その心理状態もよく分かる歌だなぁ

       だれだっていつかはいなくなるのですみなづきにふるみなづきの雨   福島市・美原凍子
命は、いつかかならずなくなってしまう...


       初夏の風のベランダにタマネギを二個ずつ束ねて収穫を吊す      高崎市・多胡由起子
うふふ 「収穫を吊す」だよなぁ 爽やかな風が吹き抜けるのがわかる

       見上げれば蛸の赤ちゃん柘榴咲く     川崎市・多田 敬
       箱庭の池なる場所に砂を播く       京都市・林 達男
       百年は遠くて近し桜桃忌         金沢市・今村征一

                短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(6日付け)より

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今朝の気温22度、雨




  1. 2009/07/10(金) 05:51:28|
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ながいもの

マムシではないのですが... 昨日、散歩道で撮りましたので

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ながむし・くちなわ うん、縞蛇で~す

叩かれるたびに口あく縞蛇の死にゆくことを知ってをる貌      いわき市・馬目弘平

ぶらさげて青大将の長さ見す     成瀬正とし
蛇逃げて我を見し眼の草に残る    高浜虚子


  1. 2009/07/09(木) 06:39:28|
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思いの外

想定外のこと

文章を書くというのは(または、ブログをアップするのも)なかなか難しいなぁとしみじみ思う。
「天童の家」にアクセスした方は、そこに書かれている文章や画像を見て、感じられたことや助言などをコメントしてくださる。
それがごく普通のというか、当たり前のあり方である。コメントしてくださる方には、いつも(ありがたいなぁ)と感謝している。

ところが、ブログを主宰するものは、いろいろ工夫をしたり、ある種の演出(企み)をして内容に起伏というか、物語性のようなものを考えることがある。
例えば 8日は、はじめ『ある苛立ち』の見出しの文章をアップした。画像は、できるだけ苛立ちに遠い感じのを選んだ。
文章を読んでくれた方は、私の「苛立ち」を少しでも軽減してやりたいとアドバイスをしてくださる。

だが 実際(私の事実)は、8日にはすでに『ある苛立ち』が解消し、『やすらかな気分』になっていたのである。
『やすらかな気分』は、9日か10日にアップする予定でいた。
ところが コメントには問題を解決する方策が書かれ、そのコメントにレスポンスする言葉に窮することになった。
翌日または翌々日に予定してた『やすらかな気分』は、8日にアップしなければ、せっかくアドバイスしてくださった方に申し訳ないことになる。

ブログは、一種のキャッチボールだと考えている。共通の話題について、それぞれの意見や思いを述べ合って、共感したり批評したりすることでこころが豊になる。
ブログ主宰者は、そのことを念頭に毎日のブログを進行してく。毎日が必ずそうなるわけでもないが、そういう方向性を目指してる。
感動の共感 それが原点である。けれども、常にプラスアルファを考えている。マンネリ化を少しでも脱したいという思いがある。

そんなわけで、8日は『ある苛立ち』だけの予定であった。しかし、上に書いたような経緯で『やすらかな気分』を同日にアップすることになった。
他人からみれば、なんだか独り相撲をやっているようで可笑しく思われるかも知れない。
しかし、ブログ主宰者としては、うふふ 真面目にやっているつもりである。

誤解されかねないやり方かもしれないなぁ
悪意があってやっているわけではないことをどうかご理解くださるようお願いする次第である。

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今朝の気温22度、小雨




  1. 2009/07/09(木) 06:13:32|
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やすらかな気分


8日に、「ある苛立ち」をアップした。
あの文の結末は、現実にはちがって、直さなければならなかったのであるが、敢えてそのままでアップした。
画像がでないという苛立ちは、あの文を書き終わる前に、息子の努力の甲斐があって解消していたのである。
「もしかしたら、また(画像が)出なくなるかも知れないが...」息子はそう言って笑った。

言えば、大手術のようなことを息子はしてくれた。その結果、使い勝手がこれまでと多少ちがうというかすかな戸惑いを覚えながら、それに勝る安心感を得た。
やすらかな気分が嬉しい! それまでのイライラした気持がなくなったのだ。
メカ音痴の私には、ギブアップ状態だったから、その問題が解決した喜びは、へへ とても大きく感じる。

息子の念押しの言葉がなければ、私はあの文章をそのまま歓喜の結末にしただろう。
だが、私にもかすかな(もしかしたら... また)という懸念があった。
7日の夕方(問題が解消した時)から今日まで、不具合は起きていない。使い勝手の小さな違いにも慣れた。慣れてしまえば、むしろこっちの方が快適環境に思えるから可笑しい。

加齢すると、変化に対応することが厄介に感じるようになる。だから、できればこれまでと同じ使い方が安心できる。
しかし、考えてみれば、多少の変化があっても慣れてしまえばなんの問題もない。それどころか便利になっているのだから、困ることはなにもない!
老いるということは、そういう意味では悲しいというか、切ないことであるなぁ 若い時は、変化こそ面白いことだったのに...

変化がイヤと思えるのは、変わった状況にうまく適応できない時のせつなさを味わいたくないからである。
若人は柔軟なこころでチャレンジしていくが、老いるとフレキシブルなこころが萎え、頑固さだけが増してくる。
ここまで生きてきたのだから、もうなにを失ってもいいような気がするのだが... まだ、失敗してもいいやという覚悟?ができていない。

う~む うふふ 問題が解決した時の喜びが、まだこのように大きく感じる。そういうこころがまだ残っていることを喜びたい。
そうポジティブな捉え方が、むしろだいじなのかなぁと、へへ 開き直っている次第である。

午後5時15分の気温30度、曇り




  1. 2009/07/08(水) 17:16:35|
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ある苛立ち

苛立ち

数日前から、イライラしている。その原因がわかっている。「天童の家」の画像が表示されない。いつもではなくて、正常に見られることもある。
メカ音痴の私だから、なにがどうして画像が出ないのか分からない。
ただ、「天童の家」にアクセスしてくださる方には、支障なく見られるというから、迷惑をかけていないことは確かで ホッとしている。

自分のモニターに画像が表示されないという不条理?は耐え難い。
強力な助っ人である息子にレスキューを頼んでいろいろ調べてもらった。はじめサーバー側に問題があると考え、対応を依頼したところ、問題は解決したとの返事。
そうなると、結局 「天童の家」側のどこかに不具合が生じていることになる。

再度、息子にメンテナンスしてもらう。
「直った」息子の言う通りで、目前のモニターにはちゃんと画像が表示されている。
改めて 自分でパソコンを立ち上げ「天童の家」へアクセスする。と... う~ん、画像が出ない! 直ったはずなのに、画像が現れない。

腹痛があり、我慢できずに医者へ行く。うん 医者に診てもらうと腹痛はなくなっている。ホッとし家へ戻ると、再び腹の痛みが出る。
あれに似ているというか、息子や他人にはどこもわるくなく見られるのに、当の本人に肝心の画像が見えない。
う~ん、なんともイライラする。へへ この気分、はたして分かってもらえるだろうか...

イライラしている私を見かねて、息子は再度パソコンの前に座る。見ていてもよく分からない操作をいろいろやっている。
私は隣で、地区担当民生委員の月間活動報告書のまとめにかかる。朝食の後始末を終えた妻も児童クラブのなにかをパソコンに打ち込んでる。
書斎は、しばし親子3人が揃って活況?のようす...

いつかも書いたことだが、息子は小さい頃から(コマンドをいちいち打ち込みながら)やっていたので、パソコンには詳しいのだが、その彼にもなぜ画像が出たり出なかったりするのか、その原因がよく分からないようだ。
それでも、ある確率?で我慢できるまでに回復した。しばらくようすを見てまた対処することで納得。
パソコンの不具合は、やはり(不便だなぁ)を通りこし、うふふ へへ イライラの原因になってしまう。こうなれば本末転倒というしかないなぁ

しかしまぁ 冷静に考えてみれば、パソコン不調といっても、それで暮らしが崩壊するわけでもないし、なにかが失われるものでもない。
そのうちに何かが分かったり、変わることで、問題がなくなることだってあるかもしれない(過去に、しばしばあった)。
う~む、たかがぱそこん されどパソコン...

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今朝の気温22度、曇り




  1. 2009/07/08(水) 05:24:09|
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失われつつある言葉

「失われた言葉」

以下は、「大江戸ビジネス社会」(小学館文庫)、「藤沢周平と江戸を歩く」(光文社)等の著者であり、編集者の 呉 光生(百足光生氏)さんから、只今届いたメールである。
許しを得て、ここにアップすることにした。

 お久しぶりです。ご無沙汰ばかりで申し訳ありません。
 今日の書き込みの疑問、もっともなお話しだとは思います。
 しかし、多くは漢語であったり、日本語の古語であって、決して「短 詩の世界の隠語」ではありません。

 たとえば「鞦韆」や「半仙戯」は、漢語ですし、日本で「ぶらんこ」 と呼んでいるものは、もとは中国の宮中の春分の日の行事でした。
 「半 分仙人になった気分の遊戯」なんて素敵な言葉でしょう。
 詩を作る、あるいは謳うことは、かなり高等な言葉の遊びですし、昔 のことを知っていることを前提にしています。

 有名な芭蕉の「夏草や」の句は、陰に「国破れて山河あり」を踏まえ て、日本の「現在の」情景に移し替えているわけですし、
 読む側もそれ を知っていることを前提にしています。
 他の疑問を持たれた言葉も、ほとんどが広辞苑などに出ている言葉だ と思います。
 むしろ「失われた言葉」を生かし続けているのが短詩の世界に限られ てしまったと考えた方がいいと思いますよ。

 勝手なことを言って済みません。(百足拝)


百足さん うう 私こそなにも知らずに的はずれなことを書き、恥ずかしい。
「失われた言葉」または、失われつつある言葉を大事にしておられる人々に対し、失礼なことを書いてしまった。

言葉っていろいろな意味や姿を伝えているのだなぁ
百足さん ありがとうございます

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午後6時10分の気温25度、曇 蒸し暑い




  1. 2009/07/07(火) 18:09:25|
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