未分類日記以前の天童の家RSS|

月山賛歌

90628-a.jpg

     月山に咲くクロユリ

90628-c.jpg

     コイワカガミ

90628-e.jpg

     シラネアオイ

月山賛歌

月山については、これまで幾たびも書いた。
山形県には、鳥海山(2236m)・蔵王 熊野岳(1841m)・吾妻山(2035m)・飯豊山(2105m)・大朝日岳(1870m)などの名山があるが、これらの山々は県境にあり、隣県との共有である。
その点 月山(1984m)は、完全に山形県の真ん中に聳えてる。「母なる最上川」と「県民尊崇の山 月山」は山形の誇りとなっている。

標高だけ見れば、月山は2000mにも満たない山である。しかし、鳥海山が東北最高の山で、ここから北方で 鳥海山を超す標高の山はない。
大朝日岳のそれも月山より低いが、朝日連峰や月山は標高に比べると雪が多く、夏遅くまで残雪が谷間に見られる。
特に月山は、アクセス上のこともあり、春スキー・夏スキーのメッカとなっている。
中腹までの緑を眺めながら、半袖姿でスキーやボードを豪快に楽しめるのだから堪らない。

       雲の峰幾つ崩れて月の山     芭 蕉
       みちのくの出羽のくに三山は ふるさとの山恋しくもあるか  茂 吉

月山は、ほんとうに優しい山である。
月山の名の起こりは、半輪の月の形からではなく、その山を仰ぐ平野の人々がもっとも尊崇している農業の神 月読尊を祀ってることからだという。

今回の月山登山は、Mさんから前日に「クロユリが咲いたようなので、行きませんか」と誘われ、急に決まった山行である。
月山は、いい山である。毎年4度くらい登るのだが、今年は はじめての登山である。6月25日(31度)・26日(32度)・27日(31度)・28日も30度を超すような天気。
リフトを降り、積雪の少なさに驚く。リフトの係員も「今年は(降雪が)少なかったですね」と言う。

姥ヶ岳~金姥~牛首~月山山頂めざしマイペースで歩く。盛りをすぎたけれどシラネアオイがまだ見られる。
ヨツバシオガマ・チングルマ・イワカガミ・ウスユキソウ・タカネニガナ・ヒナザクラ・アオノツガザクラ・コケモモ・ベニハナイチゴ・イワベンケイ・キタダケソウ等々
コバイケソウはまだ蕾が固い。ニッコウキスゲが青空をバックに風に揺れてる。
そしてめざすクロユリ... ユリは下向いて咲く。撮影に手こずる。Mさんは待望のクロユリに出合って満足のようす。

月山の6月~8月、さまざまな高山植物がお花畑をつくる。
雪融けが場所によって大きくちがうから、月山はある場所はまだ雪の冬、そして初春・春・晩春、早くに融雪した場所は夏になって、初夏の花、晩夏に咲く花、8月になれば、もう秋の花たちが咲き競う。
いろいろな花たちが咲き乱れる月山...

9月になれば、もう草紅葉がはじまる。
月山は、優しい山である。月山の山開きは、たしか7月1日だったかなぁ
優しい月山に接するため全国各地から多くの人たちがやってくる。

90628-f.jpg

90628-g.jpg

    ヒナザクラ

90628-h.jpg

    キタダケソウ (ハクサンイチゲかなぁ...)

まだキタダケソウを見たことがないのですが・・・
手元の「日本の高山植物」山溪カラー名鑑によりますと
キタダケソウはご存知北岳にだけ咲くそうで。
花は茎の上に1輪だけ、この画像のように数輪咲くことはないようですね。
それと花びらの真ん中に浅い刻みが入ってやさしく見えます。

一昨年ご一緒したとき私も写していて迷ったのですが
ハクサンイチゲとしています。

上は、花に詳しいメイさんのアドバイス(メイさん、ありがとうございます)

90628-i.jpg

    ウスユキソウ

90628-j.jpg

    チングルマ

90628-k.jpg

    ゼンテイカ

今朝の気温20度、小雨



スポンサーサイト
  1. 2009/06/30(火) 06:08:03|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:8

月  山

28日 Mさんと月山へ行って楽しんできた

90628-50.jpg

90628-80.jpg

90628-20.jpg

90628-30.jpg

90628-10.jpg

     頂上の月山神社 っふふ 証拠写真... 右上の白いのは雪渓

今年は、前から言われていたことだが、積雪量が少ないの驚いた。これでは夏スキーは不如意だろう

90628-40.jpg

90628-60.jpg

90628-70.jpg

90628-90.jpg

この続きは、またアップする。たくさんの画像をゲットしてきた

今朝の気温19度、晴




  1. 2009/06/29(月) 06:17:19|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:10

さまざまな作業が...


90626-10.jpg

90626-20.jpg

26日ブログ「早起きのわけ」に次のようなコメントがあった。

  お疲れ様でしたぁ!やってらっしゃる方は大変なんでしょうが、ブログで拝見していると、花が咲いてから実がなり始め、すべて取ってしまうまであっという間に感じてしまいます。
  それにしても早起きですね・・・。へたしたら私がまだ起きている時間です・・・。
             2009/06/26(金) 23:09:01 あくあ

第三者にとって、さくらんぼの花が咲いてから収穫するまでの時間は、やはり(あっという間)の感じなのだろうと理解できる。
さくらんぼや梅は、開花から収穫までの期間が短い。それに比べたら、桃はお盆(8月15日)頃だし、ぶどうも同じ頃に早生種が収穫できるようになる。
ラ・フランスやりんごは秋にならないと収穫できない。

収穫までの期間が長い場合、その間の管理がたいへんである。消毒回数がどうしても多くなる。また収穫間近に台風がくれば落果被害も心配だ。
特にラ・フランスは風に弱い(軸が固く落果し易い)。1年間の苦労がわずか2時間の強風で全滅することもまれでない。
その点 さくらんぼはありがたい。雨避けテントと防鳥ネット張りが面倒くさいけれど、それさえちゃんとやってしまえば一気に勝負できる優れものである。

消毒・新鞘剪定・テントやネット張りをこなしているうちに、うふふ 色づいてくる。
台風はもちろん来ないし、梅雨といっても雨の心配がない。新緑のなかで赤く色づいてくさくらんぼを眺めるのは、この上ない幸せである。
ソバの収穫は、播種から75日で出来ると、収穫の速さを言われるが、さくらんぼも花から収穫までは60日くらいだから、ソバ以上に短期間で収穫できる。

さくらんぼの収穫が終われば、やはり(終わったなぁ)とホッとするが、しかし、テント外しやネットの始末が残ってる。
テントを張り、ネットを広げるのは神経をつかうけれど、その作業には創造的な気張りがあるから楽しい。
けれど、テント外しは作業そのものは楽ではあるが、創造的な気分の対極にある。それはネットの始末も同じだ。

創造の対極、すなわち破壊的な作業である。それは喜びに通じない。特にネットの始末は撤去と巻き上げで、巻き上げ作業はそれほどでもないが、撤去作業は細い針金で捩って繋いだネットを、今度は逆に捩ってネットを外しながら撤去してく。
捩り戻しが、いかにも厄介に感じるからおかしい。(よくもまぁ こんなに間隔短く締めたものだ)と思う。
繋ぎ合わせるときは、(1羽の鳥も入れないぞぉ)と意気込んで、間隔短く繋いだのであるが、外すだんになるとそれがなんとも面倒くさい気分である。

同じような気分になるのに、ボルトとナットの場合がある。ナットをボルトに入れ締める時は、特段面倒とは思わない。むしろ、しっかり締めなければと力が入る。
けれど、逆にそのナットをボルトから外す場合は、(どうしてこんなに固く締めたのだったかなぁ)と癪になるから可笑しい。
なにかの準備をする時、そこには創造的な気分がはたらく。作ったものを撤去する時は、破壊的な気分になるのはしかたないことなのか...

なんだかだ言ってもはじまらない。とにかくテントは完全に撤収したが、ネットがまだ終わっていない。
ネットを外し、お礼肥をし、雨が降ってくればひとまず終了となる。このような作業は、いわば黒子的なそれで、あまり人目につかないけれど必須の仕事である。
第三者に、わざわざ言うべきものでもなかろう...うう、さて、さて もう少し頑張ろうかなぁ ガンバロ-!

90626-30.jpg

90626-70.jpg

90626-80.jpg

今朝の気温22度、晴



  1. 2009/06/28(日) 06:00:09|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:7

野外教室

90623-10.jpg

90623-20.jpg

野外教室

散歩道がサイクリング・ロードになっている(山形市山寺 ~ 寒河江市間沢・37.8Km)ことは繰り返し書いてる。
その一方の始発点が、山寺(宮崎公民館)になっており、傍を立谷川がせせらぎの音をたて流れてる。
その川向うに 山寺小・中学校が建っている。山寺は山形市になっているが、実は天童市の中に”飛び地”のような位置にある。
山寺は、人口も少なく小学校と中学校が一つの建物になっている。
山寺は、国際観光都市?でもあり、『閑かさや岩にしみ入る蝉の声』(芭蕉)はあまりにもよく知られている。

片道40分かけて、山寺の天華岩(または天狗岩)を眺めながら その学校の所まで歩いて折り返す。
中学生たちが練習する野球姿や、スピーカーからの校内放送を聞きながら しばし立ち止まったりする。
近くにはジャコウアゲハの姿も多く、私の恰好の散歩道(場所)となっている。

散歩中にさまざまな被写体に出遭い、カメラ熱中人のこころを昂ぶらせる道(場所)でもある。
川風に吹かれながら、アカシヤの林をでると、やがてそこに展望が開け、奥羽山脈の山々が連なり、川向こうに学校が見えてくる。
ん? 賑やかなようすが川中にある。中学生たちの野外教室だ!

午後3時過ぎだから、まだ授業時刻である。見れば教師らしき大人(男性1・女性2)もいる。
そう きっと理科かなにかの野外教室にまちがいない。うう 恰好の被写体、いや 授業参観をきめこむ。
川には、さまざまな生物たちが棲んでいるはずだ。川は貴重な教材(場所)であろう。

学校の周りが、このように自然豊だと(いいなぁ)である。
人は、やはり自然を身近に暮らすのがいい。瀬音・川風・鳥たちの声・青い空・雲の色・季節を微妙にあらわす光・下校中の子どもたちの声
時には暴風が荒れ、川に濁流が渦巻き、吹雪が乱れ飛ぶ厳しさもあるけれど、それが自然というものである。

野外教室で、生徒たちはいろいろな生き物たちを眺め、学ぶはずだ。
うん 遊びを通して、命のあり方や生き物たちのさまざまなありようを目にする。
野外教室万歳! 

90623-30.jpg

90623-40.jpg

90623-50.jpg

90623-60.jpg

90623-70.jpg

今朝の気温22度、晴 暑くなりそう、というよりもう暑い
朝食前にさくらんぼ畑の後始末作業(涼しいうちに)




  1. 2009/06/27(土) 07:17:55|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:7

早起きのわけ

早起きの経緯

25日は、午前3時少し過ぎた時刻に起床した。
すぐにパソコンに向かい、「天童の家」(25日分ブログ)をアップする。その時、っふふ いつも書いている「今日の気温・天気」のうち、まだ夜が明けず空のようすが分からない。
前日の気象情報では、晴れ。気圧配置からみてもその予報はまちがいないだろう。ということで「晴れるはず」と書いて、可笑しくなり独り笑いする。

午前4時には、さすがに明るくなり電灯を消す。
妻も起き出し「行く?」と問うので、「行こう」と応え、直ぐに着替え、畑へ向かう。
前日の気象情報で、「晴れ・気温高くなる」を見て、仕事を早くやることを打ち合わせていたのである。

25日は、さくらんぼの”がらもぎ”(木になってるのをすべてもぎとる)をし、さくらんぼ収穫作業を完了することになっている。
雨になる心配がないから、まずはじめに雨避けテントを撤去することからはじめる。
高温になってからでは、テント上部での作業は、汗が流れ、そう パイプが熱くなって火傷(まさか火傷はしないが)の恐れさえある。
それで、できれば日が昇る前に終わしたいのである。

似たような作業に、消毒がある。消毒剤が肌に着かないよう雨合羽・マスクなどを着用してやる。っふふ、これがまた蒸し暑いこと甚だしい。
だから、できるだけ気温が上がる前に終わしたい。町内自治会総会で、音の出る消毒作業などは午前6時以降にやるよう申し合わせているが、なかなか守られない。
テント外し作業は、音がでないから、いくら早くてもかまわないので、へへ 午前4時起きし、はじめたというわけである。

今年の夏至は、21日だった。昼がいちばん長い日。午前4時には明るくなる。夕方は7時過ぎまで明るさが残る。
冬の頃(特に冬至前後)を思えば、この季節は毎日が得した気分である。
正午前に 11箱(1箱が1.6Kgだから17.6Kg)をセンターへ出荷する。今年最後のさくらんぼである。

ちなみに、25日午後5時半の気温は31度、晴れである。

「もう、さっぱりないのか?」昼食時に母が問う。
「家で食うくらいは、まだなってる。でも、雨が降れば割れてしまうかな」
「割れたって、家で食うのはかまわない」母が笑っていう。

午後からは、外したビニールの後片付けや、出荷の際に使った机やいろいろな道具を片づける。
「パパ、ありがとう。お陰で全部終わったねぇ」
「ママこそ、ご苦労さまでした。ネットなどは少しずつ片づけて行けばいい」

「パパ、今度はゆっくり 温泉へ行こう」妻の言葉に、私は頷きかえす。


午前7時の気温21度、快晴

午後4時20分の気温32度


  1. 2009/06/26(金) 06:58:07|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:4

さくらんぼ賛歌

さくらんぼの収穫を今日(25日)で完了する。
花が咲いてから、ずーっと楽しんできたさくらんぼ、これで前巻のおしまい。
(さくらんぼさん、ありがとう)と感謝の気持ちでいっぱいである。

さくらんぼを介して、いろいろなドラマがあったような気がする。
いろいろな方々と交流でき、とても充実した日々だったなぁ
阿蘇の宿で知りあった広島の人たち、あの親近感あふれるおばぁちゃん、入院中らしいが早く元気になられるといいなぁ

阿蘇・別府・京都・新潟・仙台・福岡・福島・広島へと さくらんぼ大使が大活躍した。
まるでままごとみたいなさくらんぼ作りだが、うふふ 楽しいままごとだったなぁ
他人の喜ぶのを、自分の嬉しさに、妻は大活躍だった。

来年もまた、今年よりも美味しいさくらんぼをならせたい!
これから、お礼肥・消毒・施肥・剪定など、後巻がはじまる。
毎年同じような、繰り返しかもしれないが、それが生のドラマ

健康で、元気にいきたい
さくらんぼさん、ありがとう!
来年もまたよろしくねぇ

90624-a.jpg

90624-b.jpg

90624-c.jpg

90624-d.jpg

90624-e.jpg


今朝の気温20度、晴 今日も暑くなり32度の予想





  1. 2009/06/26(金) 06:12:59|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

僥  倖

90623-b.jpg

奇 遇 または 僥 倖

24日は妻の「学童保育研修」で さくらんぼ収穫を休んだ。一人で出荷作業をするのも不可能ではないが、やはり妻と一緒でないと張り合いがない。
それに次回は、”がらもぎ”(なっているさくらんぼをすべてもいでしまう)なので、1日休んで熟すのを待つのもわるくない。
そういうことで、24日は さくらんぼの着色用に敷いてた反射シートをぜんぶ収納する作業を独りでやった。

それもすぐに終わってしまったので、散歩に出かける。車を駐車スペースに駐めた時、田圃の方でちらりカモシカの動く姿を目にする。
急いで車を出て、長靴に履き替え、田圃の方へ行く。うん、カモシカを撮るのもいいかなぁと思ったのである。
しかし、カモシカの姿は、もう草深い叢へ隠れて見えない。う~む(長靴を履いたことだし...)と、いつもの散歩道を行かずに田圃の小川に沿って歩く。

散歩道では見られないヒルガオやアザミの花などを撮ることができ、うふふ なんだか(得したなぁ)の気分。
いつも歩いてるサイクリング・ロードが見渡せる。積雪期には幾度も歩いたことがあるけれど、夏草が繁茂してるこの時期に歩くのははじめてである。
ながいもの(マムシや縞蛇など)が出たら怖い!なぁと思いながらも(長靴を履いてるからダイジョウブだろう)とがむしゃらに歩く。

なにかがちらりと目に入る。(? ...) もちろんマムシなどではない。それは空を移動してる。(!)そうだ、確かにクジャクチョウ
田圃の外れ、小川が流れている場所は、蝶たちにとっても棲みやすい環境なのだろう。そこにクジャクチョウがいても不思議ではない。
むしろ、こういう場こそ クジャクチョウには相応しいのかもしれないなぁ

蝶は、ひらひらひと飛びの後、羽を広げてとまった。私はカメラを向け何枚もこころ済むまで撮った。
今年、クジャクチョウに出合って撮るのは、4回目である。いつもなら2回ほどなのに、倍も出合っている。それも毎回ちゃんと撮れている。
今年は、クジャクチョウとの出遭いが多く、(奇遇だなぁ)と思うと同時に(僥倖だなぁ)と強く思った。

モンシロチョウやヒョウモンチョウなどのありふれた?蝶ならまだしも、このように美しいクジャクチョウに出合えるのはまさに奇遇、または僥倖と言っても言い過ぎではないだろう。
写真熱中人は、初回よりは2回目、3回目と少しでもいいもの(納得できる)を撮らなければ、いくら撮ってもしかたないと思う。
はじめに、マシなのを撮る(アップする)と、次回からは、それ以上のできでなければアップしないものである。
今年のクジャクチョウの場合、初回のそれはもちろん証拠写真だった。はじめはそれでいい。2回目のそれ(画像)は、撮影の”苦労話”だった。
3回目(本日のトップ画像・23日の散歩時に撮影)は自然の中でかなり素直に撮った画像となった。

そして今回が4回目(24日の散歩で)の出遭いで、じっくり納得できる画像が撮れた(下の画像4枚)ような気がする。
あと幾度クジャクチョウに出合っても、撮るだろうが... アップはおそらくしないだろう。
さくらんぼの画像がそうだった。せいぜい許されるのは4回目まで。それ以上は見飽きて、(またか)という思いしかわかないだろう。

画像は、斬新さが必須である。それがなくなれば別の、それに代わるなにか(魅力)を出さなければ見向きされない。
それは画像だけでなく、音楽でも、詩や工芸品でも同じことである。敢えていえば、芸術作品には常に斬新さが要求される。もちろん、その前に感動させるものがなければならないのは当然である。
マンネリは最大の敵!?である。
うう、なのに... っふふ、「天童の家」は、どう考えてもマンネリ化してるなぁ
まぁ、かたいこと言わずに(よし)としておこう。

90624-10.jpg

90624-20.jpg

90624-30.jpg

90624-40.jpg

今朝の気温21度、晴れるはず




  1. 2009/06/25(木) 03:15:47|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:5

蝶たち

ストック画像がたまった
23日に出合った蝶たちをアップしておく(画像はもっと多いのだが...)

90623-h.jpg

     ウラナミジャノメ

90623-c.jpg

     ヒョウモンチョウ(?)

90623-d.jpg

     モンシロチョウ

90623-f.jpg

     ジャコウアゲハ

90623-a.jpg

     クジャクチョウ

90623-g.jpg

     キチョウ

午後5時50分の気温26度、晴




  1. 2009/06/24(水) 17:54:18|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

妻の保育研修

学童保育

妻が、学童保育の仕事をしているので、それに関した記事に目が行くのは自然の成り行きだろう。
ネット・ニュースでは次のような扱いだった。

   学童保育の利用80万人を突破 設置数も過去最多に
KYODO NEWS 2009年6月23日 18時04分
 共働きやひとり親家庭の小学生を放課後に預かる学童保育の利用児童数が、5月1日現在で過去最多の80万1390人となったことが23日、全国学童保育連絡協議会の調査で分かった。
 学童保育の設置数も1万8475カ所で過去最多だった。
 大規模施設の分割促進のため、厚労省が10年度から補助金廃止の方針を決めている71人以上の学童保育は、2137カ所。このうち1300カ所以上で補助金が打ち切られる見込みという。

24日付けの朝日新聞では、以下のような記事だった。

   学童保育に9257人が待機  利用者80万人超
 共働き世帯などを対象に放課後の小学生を預かる学童保育(放課後児童クラブ)は5月1日現在、全国1万8475カ所あり、利用児童は80万人を超えることが23日、明らかになった。
 前年と比べ980カ所、約1万4500人増えたが、利用できずに待機する児童は都市部を中心に9257人にのぼった。
 全国学童保育連絡協議会が、全国1800市区町村を対象に調査した。

 学童保育を利用する児童数の増加は08年の約4万2千人、07年の約6万1千人を大きく下回った。
 厚労省は学童保育の大規模化を是正するため、10年度から71人以上を保育する施設(5月1日現在で2137カ所)への補助金を打ち切る。
 こうして国の措置に対応するため、利用を制限する自治体もあることが、利用児童の増加が抑えられた一因と見られている。

 また、不況の影響で仕事を失い、利用する必要がなくなった家庭の増加や、少子化なども影響しているという。


妻は、さくらんぼ収穫作業を休んで、24日「子育て支援センター」で行われる「学童保育者のための研修」に出席した。
「こんな忙しい時に、研修日程を組まないようしたらいいのになぁ」と私のぼやき
「センターにもそのことを言ったの...『講師の都合でこうなりました』と係の人が言うけど、なにもわざわざ忙しい時期にね」と妻

放課後から午後6時半まで、中途半端な時間をうすい報酬にもかかわらず懸命にやっているいるのは、午前中に家の仕事ができるからである。
そのことを研修企画担当者は、もっと真摯に考慮すべきだと心底おもう次第である。
この地の公民館等では、6月は ほとんどの行事等を空白にしてしまう。地域住民の事情に配慮しての措置である。
”役人”たちに不足しているのは、そういう地域住民たちの気持を汲むという細やかな気持がない。それが残念というか、腹立たしい。

90623-q.jpg

     ヒョウタンボクの実

90623-o.jpg

午後2時40分の気温24度、雲多いが晴




  1. 2009/06/24(水) 14:43:09|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

緑陰を出てゆく風も緑なり


90623-n.jpg

夕焼けの空

       桃の実に生まれてももになれない実摘果は黙々としてなされいる    福島市・美原凍子
さくらんぼは芽摘みで花開くこともなく、りんごは花摘みで実になることもない。ももは実がかなり大きくなってから摘果する。
農家の人々は、そういう仕事をして美味しいさくらんぼ・りんご・桃にならせる。なかなかたいへんな作業である。

       この母があの母なのか「ありがとう」「世話かける」と繰り返し言う  山形市・渋間悦子
母を、私ははじめ「義母」と読んだ。しかし、『あの気丈だった母がと、優しくなった母が悲しい』と永田選者の評を読み、(実の母娘なのかなぁ)とも思い直した。
いずれにしても身にしみるいい歌だなぁ

       叩かれるたびに口あく縞蛇の死にゆくことを知ってをる貌      いわき市・馬目弘平
馬目さんらしい歌だなぁ 蛇の動作・その目が見えるような気がする

       かもしかの走り去りたる谷あいに走野老の繁りて咲けり        熊谷市・内野 修
走野老(はしりどころ): 山菜と間違えて誤食し、中毒症状が出た場合、走り回るということではしりどころの名前が付いているという。
走り去るカモシカと、山野草の名(走野老)の両方に「走」という字を使って細やかな心性を醸し出しているのだなぁ

       水張りし棚田百枚 夕焼けの空を映して空より紅し           山形県・清野弘也
あぁ! 久しぶりに清野さん しばらく見えなかったので...(どうなされたのかぁ)と心配だったが、健在なのがとても嬉しい!
以前、蔵王の紅葉で、渓流に映っている紅葉の色が、やはり紅葉よりもずーっと紅かったのを鮮やかに思い出している。

       緑陰を出てゆく風も緑なり       坂出市・溝淵和幸
       荒草のみどりに遊ぶ夏の蝶       高岡市・杉本 透
       いかづちが天に青すじ立てにけり    三鷹市・川原瀞秋

                  短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(22日付)より

90623-m.jpg

90623-l.jpg

90623-k.jpg

今朝の気温19度、晴



  1. 2009/06/24(水) 05:20:42|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

”拍手”

”拍手”に感謝

「天童の家」を毎日アップしていて、やはり(いったいどのくらいのアクセスがあるのかなぁ)と思うことがある。
アップするのは、読んで(見て)欲しいと思うからである。うん 繰り返し書けば、共感してもらいたいからである。
ブログ自体、誰かに読んでもらいたいという気持が根底にある。どんな理由をつけようと(読んでもらいたい)からである。

だから コメントがあることで嬉しさがわいてくる。(あぁ、そういう感じで読まれたのだなぁ)と具体的にわかる。
もちろん、褒めて欲しいとか、共感して欲しいという気持がないといえば、ウソになる。しかし、いつもそう思っているわけではない。
批判があって当然のブログもあるし、あらかじめ予想できるコメントもないではない。でも、いつもそういう反応だけを気にしているわけではない。

人は、存在が認められれば、正直に嬉しい!と思う。例え、反発的なコメントでも、それはある意味で存在感の裏返しである。
それで気分をわるくすることは滅多にない。たかがブログ されどブログの気持である。
コメントの他に、「天童の家」には”拍手”のそれがある。っふふ、それもけっこうな励みになる。

「天童の家」の場合、5日分がスクロールで見られる(読める)ように設定してある。
その5日間の”拍手”を見てみると、毎日それなりの変化がある。
 18日(クジャクチョウ)2拍手
 19日(白 蛇)     3拍手
 20日(友だち)     2拍手
 21日(根気強く)   1拍手
 22日(散歩再開)   1拍手

コメント数よりは少ないけれど、毎日”拍手”ボタンをクリックしてくださる方がおられることが嬉しい!
どなたが拍手してくださるかは、いっさい分からないけれど、それでも喜んでいるから可笑しいといえば言えよう。
(ありがとうございます)ほんとに 衷心から感謝する次第である。

90619-i.jpg

90619-j.jpg

90619-k.jpg

90619-l.jpg

今朝の気温19度、雨があがって青空も





  1. 2009/06/23(火) 06:12:48|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:6

散歩再開

90619-f.jpg

90619-e.jpg

90619-a.jpg

散歩再開

2週間ぶりに散歩を再開したと昨日のブログに書いた。
(あぁ 久しぶりだなぁ)となんだか懐かしい気分がわく。と同時に、景色がまったく夏の緑になってることにもある種の感動を覚える。
(2週間という時間は、やはり短くはないなぁ)

再会した景色に挨拶するような気分で河原の方へ行くと、ん! ミヤマシジミ(orヒメシジミ)がさかんに蜜を吸っている。その愛らしい姿をカメラにおさめる。
おぉ! ミスジチョウも足元に飛んでくる。もちろんそれも撮る。
さらにコムラサキもいるではないか! っふふ、忙しいカメラマンとなって撮りまくる。
モンシロチョウ、ヒョウモンチョウも方々に飛翔している。(あぁ、そういう季節なのだなぁ)と嬉しくなってくる。

スイカズラの花は、もうとうに盛りを過ぎ、オオマツヨイグサが咲き始めてる。
ニワトコの実が赤くなってきてる。うう クワゴ(桑の実)が黒く熟し、鳥たちのごちそうになってきてる。
季節は確実に移り変わり、カッコウが鳴き、間もなく合歓の花が観られるだろう...

毎日散歩しててもそれなりの変化に気づくのだが、2週間ぶりの散歩だもの、目にする景色がなんとも新鮮に映る。
緑が、そして吹く風が心地よい。(あぁ、健康で散歩ができるって、こんなにいいものかぁ)と心底思う。
考えてみれば、どうってない見慣れた風景である。なのに、そのなんでもない景色が、風が、とてもいい というか、感動さえわいてくる。

奥羽山脈の上には、白い雲がわき、空の色はもう完全な夏のもだ。
まだ蝉の鳴き声は聞こえないが、立谷川を渡る川風が気持ちいい。夏は川風、蝉の音 滝が似合う季節がまたやってきたのが嬉しい。
13日には、南面白山にギンリョウソウを撮りにいくつもりだった。けれど、あの風邪でとうとう今年も行けなかった。風邪でなくてもさくらんぼで忙しく、行けなかったかも...

そういえば、散歩もまた19・20日を休んでしまった。今度はウソ偽りなく仕事が忙しかったからである。
さくらんぼもほぼ7割方もぎ終わった。今週いっぱいで完了の予定である。そうすれば、散歩も毎日できるようになる。
はやくもぎ終わって、テントを外し、さくらんぼの木に慈雨をしっかりあげたいと思う。

90619-c.jpg

90619-d.jpg

90619-b.jpg

今朝の気温18度、晴れるか 明るいけど、まだ日が射さない




  1. 2009/06/22(月) 05:17:32|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:6

根気強く

根くらべ

風呂に10日間入らなかったことを書いたが、散歩は14日間休み 19日に2週間ぶりに再開した。
散歩を、風呂よりも長くしなかったのには3つの理由がある。一つは、さくらんぼの収穫で忙しかったこと。散歩の時間がなかった。
二つは、やはり体力消耗をできるだけ少なくしたかった。三つは、怠惰なこころである。

理由1・2ともウソではなく、真っ当な”わけ”だと思ってる。ただし、3番目のそれも厳然としてある。
2週間も休んでしまうと、それまでの習慣は失せてしまう、というか、なにか強力なモチベーションがないと復帰の意欲がわいてこないのである。
16日から(散歩再開)を宣言しておきながら、うう 結局、行かなかった。さくらんぼ収穫作業を休んでも、体力が回復してきたと思いながらも 3日間さぼった。

歩くことは、キライではない。というより好きである。「長生きが仕事で、散歩は仕事の一つ」と考えてやっている。好きなことをやあるのにそのワケはいらない。
なのに「何々のため」という大義名分を掲げるのは、矛盾していると我ながらおかしいと思う。うん、いくら好きなことでも毎日のルチンワークとなると負担感が生じるのかなぁ...
好きなことでも、毎日義務的にしなければならない、というのはやはりイヤになってしまうのはしかたない気がする。

3日間サボタージュしたら、今度は特別なきっかけもないのに...急に(散歩したい!)気がわいてきた。
カメラをもって出かけようとした矢先、うう 庭の隅にいるクジャクチョウに目がとまる。その蝶を無視して散歩に行けるはずがない!
カメラを構えながら、近づく。蝶は、羽を閉じたままじーっと動かない。先日も書いたことだが、羽を閉じたクジャクチョウは真っ黒な塊(物体)でしかない。
(下に、その画像を置いた)

蝶から1.20mほどの距離で カメラを構え、いつでもシャッターが切れるようにし、羽を広げるのを待つ。
午後の陽射しが、帽子なしの頭・肩に容赦なく降り注いで暑いというより熱い。(帽子は車の中・被るのだったなぁ)後悔先に立たず。
蝶から目が離せない。いつ羽を広げるか分からない。ちょっとでも目を離した隙に羽を広げて飛んでくかも知れない。

(う~む、こうなったら...もう、根くらべだなぁ)カメラを構えたまま蝶を見つめ続ける。
15分経過、蝶はぴくとも動かない。アリが蝶の近くを動き回る。が、無関心なのか微動だにしない。
20分経過、小さな虫が蝶の羽にとまる。(今度は動く!)とカメラを握り直す。...が、動かない。

(根くらべ、負けてたまるか!)と私も動かず待つ。もちろん、蝶に根くらべの意志はないだろう。何故じーっと動かないのか、その理由が分からない。
とにかく開くまで待つしかない。あの羽の開いたクジャクチョウをもう一度撮りたい! その気持ちがますます強くなってくるから可笑しい。
バイクが「天童の家」にやってくる。そのバイクの音か震動に蝶がぴくりと動く。(動いた!)と緊張するが、蝶は羽を広げず、再びじーっと動かない。
(バイクは、郵便配達だった)

30分経過、と、なんのワケもなくクジャクチョウは、あのきれいな羽を広げる。
もう興奮し、シャッターを切る。連続し、何枚も撮る。そうとう長い間開いたままじーっとしている。まるで、「どうぞ思う存分撮ってください」と言うように...
同じアングルでは味気ないかなぁと、移動すようと動いた時、蝶は、さーっと飛び立ってしまう。
(あぁ、欲張ったのがいけなかったかなぁ)それでも、再びきれいな姿を見せてくれたクジャクチョウに(ありがとう!)と呟いた。

その日(19日)の夕方、開けておいた小屋のガラス戸を閉めようとして、再度クジャクチョウを見る。小屋から外へ出たそうにしてたので、窓を大きく開いてやる。
蝶は、その窓から一気に外の世界に飛んで行った。

90619-g.jpg

90619-h.jpg

今朝の気温17度、小雨




  1. 2009/06/21(日) 07:11:00|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:4

友だち

友 情

18日に、新潟のOさんご夫妻が「天童の家」へ さくらんぼ狩りに来られた。うん、今年で4回目になる。
Oさんとは、ネットで知りあった仲であるが、もうずーっと以前からお付き合いしてたような気がしてならない。親戚との距離よりも近いかなぁの気分。
毎日のブログを読んでもらっているから、っふふ 身内以上のことがら(情報・気分など)が 通じてるから 面白いというか、可笑しい。

友情といえば、利害関係のない学生時代に生まれたそれが一般的な姿(あり方)で、世の中に出てからは、純な友情は難しくなると言われてる。
が、そうとばかりは言えない気がする。
Oさんとのそればかりでなく、TさんやAさん、あるいはYさんたちとのあり方をみても、友情(の厳密な定義?は措いて)は、けっして学生時代の占有物ではない。
大人になっても、友情は生まれ育ってくと自信をもって言える。

友となるのは、こころが通い合うことからはじまる。人としての情けが通じ合うことで親愛感が生まれ育つ。
互いにわかりあえることで、相手を必要な人と思い、大事にしたいと思うきもちが育まれる。
なにかを考えるとき(もしあの人ならどんなふうに考えるだろう)と思うこともある。うん、自分を映す鏡になってもらえるような人となる。

友だちがいることで、なぜかこころが安定してくる。そういう意味では、友は安定剤であり、たいせつな宝となる。
もちろん、いつもそんなふうに考えているわけではない。ふだんは滅多に思わないが、ここで敢えて言えば、そうなるのではないかなぁ
私の友だちは、たいてい優れた何かを持っておられる”優れもの”が多い。私にないもの(能力・技能・こころね)が、私を魅了する。

友情には利害関係がないとはいうけれど、たしかに金銭的なそれはない。けれど、単なる他人からは得られない貴重ななにかを友から得ている。
情けもそうだが、人間的なつながり、お互いを認め合っているという思いが、いちばん大きなことかも知れない。

再会の瞬間から温かい血のようなものが通じ、さまざまな話に花が咲く。ブログは、どちらかと言えば一方通行的だが、出会いによる双方向的対話が楽しく弾む。
さくらんぼ狩りは、交流の場であり、穏やかで楽しい時が流れる。
Oさんご夫妻とは、さらに第2ステージがある。うふふ、そう、夜の交流会。お互い好きなそれを酌み交わしながら話の花が咲く至福の時。

友だちとは、お金では買えない貴重な財産であるなぁ

90619-n.jpg

90619-o.jpg

90619-p.jpg

90619-q.jpg

今朝の気温17度、晴 昨日は暑かったが、今日も暑くなりそうな予感




  1. 2009/06/20(土) 05:12:13|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:8

白 蛇



       鑑眞の御廟の池を夢ならず水紋曳きて白蛇の渡る          奈良市・佐保川澄子
水面に波紋をつくりながら、蛇がおよぎ渡る情景を、ずーっと以前に見たことがある。そこも寺の池だったなぁ
なんとなく敬虔な気分になったのを覚えている。まして白蛇であればなおさらであろう...

       「焼き立て」の看板掲げるパン屋まで蛇に二度会う雨の山道     岡山市・佐藤茂広
梅雨から梅雨明けまでは、蛇の姿を多く見かける。蛇だけは幾度見ても馴染めず、いつも(ぞーっ)としてしまうなぁ
佐藤さんの歩いている姿が絵になって見える。いい絵だ。

       歯ブラシのピンクが一本嫁に行きさみしいコップにハナミズキ挿す  岩国市・兼重陽子
歯ブラシ1本に、嫁いだ娘の姿が重なる。娘の幸せを願ってハナミズキを挿した兼重さんの思いが伝わってくる。

    連続入選
 明日は新聞休刊日なので、今日日曜日に朝日俳壇が掲載されている。
 何時もの早朝の友人・叔母からのメールも無いし、先週入選させて頂いているので万が一にも無いと思いながらページを開いた。
 今回最上段は、大串章先生の選句が並んでいる。先ず、知人の句が目に飛び込み、そして我が句、加えて素竹氏の句も並んでいた。

       クレーの絵テレビ画面に蚊の止まる    幻椏

 私なりに気に入っていた句だっやので、この句をお採り頂いた事が嬉しい。そして初の2週連続の入選である。
 大串先生には昨年末 コート着て電車の窓に水平線 をお採り頂いているので2句目となり、不遜にも我が内なる目標としていた年齢と同じ入選回数を今回果たせた。
 一昨日、今野さんのブログに、「これで59句目の入選と成りました。ここまで来たら、7月31日の誕生日前にもう1句、と欲張っています。ゴルフではありませんが、エージ入選を叶えて見たいものです。(この欲が突然の凋落を招く、俳句とはそんなものと知りながらも・・・です。)」 とコメントを書いたばかりである。
 思えば、2000年から投句を始め、10年目にして60回の入選である。
 この間、多くの句友を頂き、金子先生、黒田先生を始め諸先生にも、素晴らしい良い出会いを頂いて来た。
 そして何より俳句と言う表現の場を得て、折々に我が思いを句に込める事が出来た。この事が、どれ程の救いになった事か、ありがたい限りである。
 只々、皆様に感謝です。心から御礼申し上げます。

上(*印の所)は、時田さんのブログからの転載。
時田さん 精励の賜と、衷心からお慶び申し上げる。

       香水をふって心を鎧ひけり      泉大津市・多田羅初美
       口中で皮が破れてさくらんぼ      東京都・藤森荘吉
       半世紀飽かぬ夫と蛍狩り        群馬県・酒井せつ子

                短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(14日付)より

今朝の気温16度、晴





  1. 2009/06/19(金) 06:29:29|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:8

クジャクチョウ

クジャクチョウ 09

クジャクチョウをはじめて見たのは07年である。さくらんぼ畑ではじめて見た時は、そのきれいさに驚いた。2回目は月山の登り口付近で見た。
08年は「天童の家」の庭で見た(26日に撮った)。散歩道でも出合ってる(28日にアップしてる)。その時のブログの最後に次のように書いた。

以下は、尊敬する友人(と言わせてください)やはたさん からの文である。
   クジャクチョウの写真、とてもきれいですね。
   私の大好きな蝶のひとつです。
   この蝶は学名も素敵です。
   学名は Inachis io といいます。
   この種小名の io はギリシャ神話に登場する美しい娘の名に由来しています。
   日本産の亜種の学名は、Inachis io geisha で、geisha は「芸者」に由来する亜種名です。
   名前まで艶やかな蝶なのです。

今年もクジャクチョウに出合った。出会いのいきさつを書く。
17日 午前5時起床し、さくらんぼ畑へ。朝食前に、JAに出荷するさくらんぼをもぐ。
8時前に妻が「ご飯」と迎えに来る。朝食を済まし、今度は妻とさくらんぼ畑へ。贈答用のさくらんぼをもぐ。
午前11時半、妻がJAセンターへさくらんぼを運ぶ。私は畑を片づけ、歩いて家へ戻る。その時、畑で今年はじめてのクジャクチョウを見る。

いつもはカメラを持っているのだが... この時は、うう カメラを持たなかった。蝶を目にやきつけ、歩き出す。
...と、道ばたに先程のとは別のクジャクチョウが羽を閉じ、じーっと留まっている。同じ日に、同時刻に2羽のクジャクチョウを目にし(撮りたいなぁ)と熱望する。
急ぎ家へ戻ってカメラを抱え込んで先程の所へ。(あぁ、まだいる!)羽を閉じたまま動かない。
(羽を広げないと、つまらないなぁ)と困惑...してると、間もなく大粒の雨が落ちてくる。

私は、クジャクチョウを手の中へ入れ、さくらんぼ畑のテントへ走る。雨が本格的降ってくる。先程から雷が鳴っていたのだ。雷雨である。
蝶はテントの中でじーっとしている。カメラがあるのに... 羽根裏の黒い色だけの蝶は撮る気がしない。(どうしようかなぁ...)
どしゃ降りの雨の中を家へ戻る気もしない。動かない蝶を見つめながらこころの膠着状態。

間もなく、妻が車でテントにやってくる。妻にわけを話すと、「パパ、これ食べながら考えよう」という。
JAセンターからの帰り道、買ってきたケーキを並んで食べる。うふふ 謎をかけておいたから、妻は謎解きし、こんな場がもてたのが嬉しい!
「パパ、いつまでもここ(テント)にいるわけにもいかないから、(蝶を)家に持って行こう。きっと、羽を広げてくれるよ」

蝶を廊下に置き、砂糖をミルクで溶いた皿を傍におく。蝶は、相変わらず羽を閉じたまま動かない。
妻は、なんとか羽を開かせようとするが、なかなか開いてくれない。っふふ、(そう簡単には、人間の思うとおりにはならないよなぁ)

雨が止んだので、蝶を外に放す。しばらくじーっとしていたが、時をおいて見ると、(うっ! 広げてる)
私は、興奮の気持を抑えカメラを向け、羽を広げた美しいクジャクチョウを何枚もシャッターを切り続ける。

クジャクチョウは、いつの間にか「天童の家」の軒下から姿が見えなくなった。

90617-10.jpg

90617-20.jpg

90617-30.jpg

90617-40.jpg

今朝の気温16度、雲多いが青空も




  1. 2009/06/18(木) 05:34:17|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:6

似たもの夫婦

90616-60.jpg

似たもの夫婦

「天童の家」の食事は、母は茶の間で1人テレビを観ながらする。息子(朝食せず)と私たち夫婦は、台所のテーブルで食べる。
母は「お膳」を使う。お膳(実際は盆)に妻がおかずを小皿に盛って並べ、牛乳やヨーグルトも一緒に茶の間に運ぶ。
息子には、魚や卵焼き、茶碗蒸しなどはおかずごとに容器に盛るが、お浸し・漬物・鍋物などは食べたいものを大皿や鍋から自分の容器にとって食べる。

私たち夫婦は、ほとんどすべてのおかずを一つの容器に盛って、食べる(一つの容器を共用している)。
例えば、母や息子の卵焼きは、小皿に1個分の卵焼きが盛りつけられるが、私たちのそれは小皿1つに2個分の卵焼きが盛られるというぐあいである。
ヨーグルトは 容器が別々だが、牛乳は一つのカップである。さすがに汁椀と飯椀と箸は別々なのは当然?であるが...

そんなわけで、例えば豆腐(冷や奴)などの場合、妻はあまり箸を付けないが、私は好物なので、豆腐の大半が私の口に入ってしまう。
ホウレンソウのお浸しは、妻はどちらかといえば葉っぱの方に箸が伸びる。私は逆に根に近い方が好きだから...
白菜や青菜の漬物でも同じようなことが言える。妻は葉っぱの方、私は茎の方に箸がいく。
いえば、ちょうど上手い具合にいっているというわけである。

「はい、これ!パパの分」 今日はあまり食べたくないなぁと思う魚が私の前に皿ごと移動する。
「食べたくないのにぃ そうムリムリ食べさせないで! 皿をこちらによこさないで...」と、私は抗議?する。
「パパだって、私の前に皿を並べるでしょ! パパに食べてもらいたいのよぉ」
「私の真似をしなくてもいいだろう。食べたけりゃ自分でとってでも食べるから... なにも私の真似しなくてもいいじゃん」
「パパの真似なんかしていない。パパに似てきたのよぉ もう、なにからなにまでパパに似てきた。真似じゃない!」妻が真剣な顔で云うから可笑しい。

真似るのと、似てくるではそんなに違うのだろうか?
うう、長年夫婦でいると顔まで似てくるといわれるが、それはたしかだと思う。
私のわるいところを真似しなくてもいい!と言ったつもりだが、妻は「真似てるつもりはなく、似てきたのだ」というのだからから(うう、そうかぁ)と納得してしてしまう。

わるいところは真似などしない。したくない!が、似てきた(意識しないで同じような表情・言動表現)のであれば、うう なにおかいわんやであるなぁ
っふふ 考えてみれば、夫婦になって41年以上も一緒に暮らしているのだから、真似なくても似てくることは当然であろう。
夫婦仲が良いのは、わるいことではないが、しかし、相手のわるいところまで似てくるというのは考えものだなぁ、というか困ったことである。
しかし、まぁ それほど深刻に考えることでもないだろう。

せいぜい いつまでも健康で仲良くしていきたいと思う。

90616-20.jpg

90616-30.jpg

90616-40.jpg

90616-50.jpg

今朝の気温15度、晴れるはず



  1. 2009/06/17(水) 04:45:19|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:4

ホメオシタシス

ホメオシタシス

今日のブログ・コメントにホメオシスと間違った書き方をしてしまった。正しくはホメオシタシス。
ホメオシタシス(homeostasis)とは、身体の恒常性を維持することをいう。

身体の外側の条件が変化しても、身体の内部条件は一定に保たれることをアメリカの生理学者キャノン(cannon.w.b)は、ホメオシターシスと名づけた。
この考えは古く 1855年フランスの生理学者クロード=ベルナール(Claude Bernard)も考えていたことであるという。

wikpedia は、次のように説明してある。

 恒常性、ホメオスタシス(ホメオステイシスとも)は、生物のもつ重要な性質のひとつで、生体の内部や外部の環境因子の変化にかかわらず、生体の状態が一定に保たれるという性質、あるいはその状態を指す。生物が生物である要件のひとつであるほか、健康を定義する重要な要素でもある。生体恒常性とも言われる。
 19世紀のクロード・ベルナールは生体の組織液を内部環境とし、20世紀初頭にアメリカ合衆国の生理学者ウォルター・B・キャノン(Walter B. Cannon)が「ホメオスタシス」(同一の(homeo)状態(stasis)を意味するギリシア語から造語)と命名したものである。

 恒常性の保たれる範囲は、体温や血圧、体液の浸透圧やpHなどをはじめ、病原微生物やウイルスといった異物(非自己)の排除、創傷の修復など、生体機能全般に及ぶ。
 恒常性が保たれるためには、これらが変化したとき、それを元に戻そうとする作用、すなわち、生じた変化を打ち消す向きの変化を生む働きが存在しなければならない。これは、負のフィードバック作用と呼ばれる。この作用を主に司っているのが間脳視床下部であり、その指令の伝達網の役割を自律神経系や内分泌系(ホルモン分泌)が担っている。

午前11時20分の気温 19度、晴 暑くなりそう

90616-10.jpg

「天童の家」さくらんぼ畑で、今日ぱちり

午後2時40分の気温25度、日射しが暑い



  1. 2009/06/16(火) 11:23:50|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

風邪退散

風邪治癒

5日に発症した風邪が、15日朝には治癒してるのが分かった。昨日までのあのいやな症状がウソのようになくなってる。
風呂は5日の日中に入った。その時洗髪もした。が、風邪をひいてからは1度も風呂に入らず、また洗髪もしていない。
15日午後3時半に、うう 実に10日ぶりに入浴し、髪を洗った。っふうー 生き返ったような気分が可笑しい。

以前は、症状が多少残っていても入浴や洗髪をしたのだが、歳をとってからは臆病になったというか、慎重になり(風呂遣わなくても死にはしない)と嘯いてる。
考えてみれば、風呂って感覚的な爽快感であって、健康とか生き死にのそれとは無関係だろう。10日間どころか3週間、1月入らなくても病気になるわけではない。
...が、風呂はやはり気持いい。洗髪すると頭がかるくなったような気がするから面白い。

入浴は、気持も身体ももみほぐしてくれる。まさしく”癒し”を実感するなぁ
湯って、水が温かくなっただけ... なのに、なんという感覚のこころよさ。う~ん、さくらんぼの収穫が終わったら、ゆっくり温泉につかりたいなぁ
妻は、近くの東根温泉「花の湯」へ行こうというけれど... そこもわるくはないけれど、どうせなら妻の好きなウニ寿司を食べ、私の好きな海を眺め、そしてゆっくり温泉に入りたい。

「どこへ行きたい?」妻が問う。
「海を見て、寿司を食べ、温泉に入りたい」
「だからどこ?へ... 秋保温泉もいいねぇ」
「うん、秋保なら滝も見れる!」

健康になって、うう 健康のありがたさが(ありがたいなぁ)と実感する。風呂を遣って、入浴の爽快さを改めて思う。
日常と非日常は背中合わせ。非日常があるから日常のそれもありがたく思われる。
非日常的な旅から、家に戻って(あぁ、家がいちばんだなぁ)と思うことがある。

(毎日同じような暮らしでつまらないなぁ)とは思わない。
平々凡々だから退屈だとも考えない。そうした穏やかな毎日があることに(ありがたさ)を感じる。
うう、やはり年老いたということだろうか...

この10日間、妻や息子、母にも心配をかけた。息子と母は、妻に「パパを医者へ連れて行け」と催促したという。
私は、妻の指示を無視し続けた。(あぁ、わるい夫だったなぁ)
器質的な疾病なら、当然通院したはずだ。しかし、風邪(感染症)は、免疫機能が解決してくれるのを知っているから受診しなかった。
考えた通りに、発症から10日で治癒した。時間との戦いを辛抱強く待つしかない。休養・栄養・水分補給・睡眠を多くし、免疫機能がスムーズに整うのを待つ。
よけいな負担(入浴はけっこう高負荷)を避け、もちろん散歩も休んだ。(さくらんぼもぎだけはしなければならなかったが)
散歩といえば、10日間休んだ。明日(16日)から再会しようと思う。(ブログで使う画像もなくなった)

撮影熱中人としては、やはり画像のないブログはものたりないなぁ




  1. 2009/06/16(火) 05:24:23|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:4

さくらんぼ


「天童の家」の さくらんぼは、3つの形で扱われる。一つは JAへの出荷で、早生種はほとんど JAへ出す。
二つは 贈答用(佐藤錦)で、これにも二通りがあって、一つは「天童の家」とは無関係の方々へ知人から依頼され 送るケース。もう一方は「天童の家」と懇意の方々への贈答。
三つは、さくらんぼ狩り用である。

JA への出荷は、パック詰めでいちばん手がかからないし、資材等(消毒剤代・肥料代・雨避けビニール代)の支払いがまかなえるから、実益がからむ。
知人から頼まれた贈答用は、神経を遣う。贈り主の顔を潰すような品は使えない。また配達日時を指定されることが多いから、それに合わせた作業が要求される。
ままごとみたいに狭い園地だから、うまく熟してくれればいいのだが、なかなかそうとばかりはいかないから困る。

「天童の家」懇意の方々へもできるだけ早めに送りたいと思うが、熟し方が... そう思うとおりにいかない。
さくらんぼ狩りに来られる人たちの日程も考慮にいれなきゃならない。せっかく来園してくださったのに... さくらんぼがなかったでは済まされない。

頼まれた数量の贈答用さくらんぼがなくなった場合は、知人から分けてもらってでもやらねばなるまい。
密やかに、身に合ったやり方をしていればいちばん気楽なのだが、「天童の家」でさくらんぼ画像を華々しく?アップしたりしているものだから、知人からの贈答依頼もあって、その処理に戸惑っている。
へへ(身から出た錆びだなぁ)と笑ってしまう。

いちばん楽なのは、すべてをJA に出荷することだろう。でも、それはあまりにも味気ない。さくらんぼ狩りや、さくらんぼの味や色をを楽しんでもらう喜びがない。
知人からの贈答依頼を受けないとずいぶんと負担がかるくなるのだが、頼まれたのをむげに断ることはなかなか難しい。浮き世のしがらみがある。
さくらんぼは、山形の特産品。自慢できるそれをお世話になっている方々に味わってもらいたい気持がいちばん強い。同じように さくらんぼ狩りに来てくださった方々に楽しんでもらいたいと思う。

うふふ みんなの要望に応えられるものを十分にもっていればいいのだが、それだけのものがない。うん、能力不足はいなめないなぁ
開花時の気温がもう少し高く、マメコバチが十分に活動できてたなら、こんなぼやきはなかったはずなのに...
世の中、そうそうなにごとも上手くいくはずがない。だから楽しい。

今朝の気温15度、晴れるだろう



  1. 2009/06/16(火) 05:15:02|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:1

嗜好の違い

好みの味

今日も、さくらんぼ収穫作業をしながらの夫婦の会話(作業終了間際のそれ)。面白くもない。

「二日つづけて夫婦漫才みたいな会話を書いたけど、今日は書けるような話しなかったなぁ」と私。
「ふ~ん、そうかなぁ けっこういろいろ話したけど... 話したこと(内容)そのままを書いても面白くないものね」
「書くには、やはり書く内容がないと... 起承転結みたいなのが、やっぱりいるというか、ないとつまらない」

「パパ 明日は、また贈答用をもがなきゃならない。どの木のをもぐ?」妻が問う。
「いちばん旨い木のさくらんぼをもがなきゃ」
「パパ、もういちど食べて、どの木のが美味いかたしかめて...」妻の言葉に頷く。
「ママ、食べてみて。ママがいちばん旨いと思う木からもごう」私に促され、妻がそれぞれの木になっているさくらんぼ(佐藤錦)を試食する。

今収穫できる佐藤錦の木は太い木が2本、そうでない木が4本ある。人に個性があるように、さくらんぼの木にもかなりのちがいがある。
甘味の少ない木、酸味の多い木、皮の硬い木・成熟の早い木・実つきの多寡などがあって、これが完璧という木がなかなかない。
それだけを味わえば、まぁまぁの味でも、他と比較するとそのちがいがよく分かる。見た目だけで味のちがいはわからない。食べ比べてはじめて分かる。

「パパ、去年はあの木がいちばん美味かったけど...今年は甘味が少くないのね。どれにも同じように肥料をやったし、同じ手入れをしたのだけどなぁ... 今年いちばんは、これだね」妻は、収穫できるようになってまだ3年目の細い木を指す。
「ママ、それじゃ、明日はそれをもぐかぁ」
「でも、(量的に)間に合う? 一気に6Kgはムリじゃない」
「う~ん、そうだなぁ、あっちの木だって、美味くないわけではないのだから... そちらのももげばいい」
「食べ比べるから、違いがわかるのよね。どのさくらんぼだって味と色を楽しんでもらえるよね、きっと」
「ママ、そうだよ。丹誠込めて育てたんだから... きっと喜んでもらえるさ」

さくらんぼのいちばんの食べ方(楽しみ方)は、やはりさくらんぼ狩りである。食べ比べができる。いちばん自分の口にあったさくらんぼを食べる幸せ。
でも、それができない方々には送るしかない。自分の好みに合ったさくらんぼに出合えばラッキー!
たかがさくらんぼ されどさくらんぼ 「天童の家」のさくらんぼは、まさに今が旬

90603-40.jpg

90602-c.jpg

ここ2~3日、撮っていない。上はストック画像から...
これから贈答用のさくらんぼもぎで、今日もカメラをもてるかどうか...

今朝の気温17度、晴れるのだろう






  1. 2009/06/15(月) 05:28:15|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:4

黄色いさくらんぼ

以下は、13日にさくらんぼ畑での会話。さして面白くもない。例の如く漫才というか、しまりのない話。

予定量のさくらんぼをもぎ終え、贈答用のさくらんぼ詰めをしている妻に文句を言う。
「ママ、もっと手早く詰めたらいい。見ているといらいらしてくるなぁ」
「パパ、またちょっかい出すつもり? 詰め方は任せておいて...」
「丁寧なのはわるくないけど、なぜ黄色のさくらんぼ詰めないの? もう熟したんだから、旨いんだぜ」
「赤くないのは見栄えしなくて... 見た目もたいせつなのよ」妻は、熟したさくらんぼでも黄色いというだけで詰めない。それが私には不満なのである。

「パパ、店に並んでるさくらんぼ 真っ赤に色づいてる。あれが高いのよ」
「あれは、葉摘みし、着色した色なんだ。葉摘みしたさくらんぼは旨くない。消費者はそれを知らないんだ。赤ければいいと思っている。黄色でも旨ければ喜んでもらえるんだ」
「パパの言うことわかるけど、でもねぇ 赤いのがきれいに並んでるといかにも美味しそうに見える。見栄えってだいじだと思うけど... ほら、暗いところ食べると味もおちる。人って目で食べてることってあるじゃない」
「うう、それは否定しないけどなぁ 葉摘みし、日光に当てれば赤くなるんだ。でも、葉を摘み取れば甘味も旨みにもよくない。見た目だけで売る(買う)なんてイヤだね」

「ママ、勇気だして黄色いのも詰めて」
「そんな勇気はイヤ! パパ、やっぱりきれいなさくらんぼがいい」
へへ、妻の頑固さが憎い! もっと素直に夫の言うことを聞くべきである。

「パパ、きれいに並べてあるさくらんぼね、ほんとは傷みやすいんだって。ほんとはばらばらに詰めてあるのが美味しいのよね」
「そうだろう。見た目じゃないんだ。なるべく人手を触れさせないで、もいだままの新鮮さを届ければいいだよ」
「でもねぇ、やっぱり見栄えもだいじと思うなぁ」妻は自説に固守するから愛らしくない。

梅雨入りし連日雨が降っている。雨避けテントの内にいて雨音の高いのに驚く。
やがて雨も止んで、キジが鳴く。カッコウも声高く鳴きはじめる。その鳴き声がいかにも初夏の訪れを告げているよう。
「カッコウ、けっこう、お二人さん仲良くね、って聞こえない?」妻が問う。
「カッコウ、けっこう、ママのおバカさんって聞こえる」
「パパのヘソがだいぶ曲がってきてるなぁ。今晩しらべてやるから」
「カッコウ、カッコウ、それはごめんだね」

さくらんぼを車に積んで、病後の体調不良で さくらんぼ狩りに来られなくなった仙台の友人Sさんを見舞う。
往路は私が運転してくが、復路は妻に代わってもらう。(楽ちんだなぁ)っふふ、妻はやはりだいじにしなきゃねぇ

90604-f.jpg

90604-h.jpg

90604-j.jpg

90604-i.jpg

今朝の気温15度、曇




  1. 2009/06/14(日) 06:00:35|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:7

茶一杯の幸せ

90612-10.jpg

茶一杯の幸せ

喘息発作などという持病があると(厄介だなぁ)と思う。
人は、無意識的に呼吸している。肺がそこにあるとは普段は思いもしない。心臓や胃の場合もそうである。動悸がしたり、胸やけなどの症状があった時に臓器の存在を意識する。
普段意識してない動作を意識する時は、たいてい不具合が生じてる。歩行時に脚が意識にのぼれば、ね 痛みとか突っ張りなど違和感がある時だ。

呼吸(または心臓)が止まることを人間の死という。それほどに呼吸は生と結びついてる感覚をもっている。
その呼吸が、努力しないとできないというのは苦痛このうえない気がする。不安感がわきあがり、脂汗が滲んでくる。頭が痛くなり、このまま呼吸ができなくなるような切迫感が押し寄せる。
呼吸の度に喉がひゅーひゅーと鳴り、ぜいぜい感がひろがる。(あぁ、いったいいつまでつづくのか!)と絶望感が生じる。

人は、苦痛に強くない。(私に限って言えば、そう思う)我慢できない。苦痛の最中は、わるいことばかり考える。
それでも長年にわたり喘息とつきあってきて、慣れ(諦め)もでて、(いまによくなる)というふうに思うようになった。
ほんとに苦しい時間は、せいぜい数時間。それさえなんとか過ごせばなんとかなると思えるようになった。

私の喘息は、たいていの場合風邪が引き金になる。だから、風邪の経過を考えれば、現在どの過程にあるかが分かるから、苦しさの時間も推し量れる。
そう、台風のそれと似ている。台風の真っ只中は怖いけれど、通過してしてしまえばいい。あと数時間で台風は去ってしまうとわかれば、耐えやすい。

夜の明けない朝はない。朝は必ずやってくる。発作はやがておさまり、風邪も治癒に向かう。
発作がおさまった時の気分は、なんとも平穏な安らぎとなる。発作前の当たり前な日常生活が戻ってくる。
発作がおさまり、健康な「当たり前」な状態になったとき、普段はあじわえない「ありがたい」気分が深まる。

この「平穏な安らぎ」感の深まりは、ずーっと健康でいられる人には分からない「幸せ」感だろうなぁ
「ありがとう」の反対語は「当たり前」という。
しかし、「当たり前」の状態に「幸せ」を感じ「ありがたい」と思えるのは... おかしなものだなぁ

「茶一杯の幸せ」をだいじにしている。日常的な喫茶は「当たり前」のことである。でも、その日常の喫茶にしみじみとした幸せを覚える。
「茶一杯の幸せ」とはそういうことである。「当たり前」を「ありがとう」の対極におきたくない気がする。

90612-20.jpg

90612-30.jpg

90612-40.jpg

90612-50.jpg

今朝の気温17度、小雨





  1. 2009/06/13(土) 06:25:05|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:6

梅雨入り

90608-e.jpg

90608-g.jpg

梅雨入り

9日に関東・北陸・南東北の梅雨入りが宣言された。
5月の雨量は、例年の1/3 だったという。(やはり、そうだったのかぁ)と納得。
天童は、9日の夕方から断続的に雨が降り続いてる。(ふ~む、梅雨入りだなぁ)とまたも頷く。

6月に入って、9日に休んだほかは毎日さくらんぼ収穫作業をやってきた。
雨避けテント(透明なビニール天蓋)を張ってあるから、雨でさくらんぼが実割れする心配がない。だから雨に神経をつかわなくてもいい。
日が照ればテント内は暑いけれど、雨の日はむしろ過ごし易い。雨音がけっこう高いけれど、五月蝿いほどではない。
空気に水分が混じってテント内を流れる。それが気分をしっとりさせてくれるのがいい。湿度が肺にやさしさをあたえてくれる。
雨音・快い空気・妻と二人だけの空間がなんともよく、こころが落ち着く。っふふ、アメニティ豊かな世界...

梅雨といえば、じめじめした不快感をイメージさせるが、これまでの降雨量が少なかったこと、緑にはだいじな慈雨だったこと、さらに気温がそれほど高くない等で不快感はない。
さくらんぼの収穫作業で、どこの農家も忙しい。出荷のための運搬に雨は邪魔なのだが、目くじら立てるほどのことでもない。
宅急便や郵便局も、さくらんぼを送る人々で賑やかだ。
例年の通り、今年も九州へ「さくらんぼ専用機(便)」が15日から飛ぶという。山形から全国各地へさくらんぼが親善大使となる。

13日・14日はもちろん、その他の日も山寺街道は、さくらんぼ狩りの人々で賑わい、まるでお祭りのようになる。
大型バスは秋の方が多いかも知れないが、さくらんぼ狩りご一行様のバスもけっこう多く目につく。
雨天だろうと、テント内だから濡れることなくさくらんぼ狩りが楽しめる。

梅雨といえば梅がイメージされるが、山形では さくらんぼ どこもかしこもさくらんぼ一色なってしまう。
大河ドラマ「天地人」にあやかって、今年は山形が観光目玉になってしまったが、わるいことではないなぁ
小さな恋人さくらんぼ 直江兼続の兜前立ての「愛」 うふふ、どちらもイメージとして好ましい気がする。
へへ、我田引水(的文章)もここまでくると、ね 笑って許容してもらえるのじゃないかなぁ...

90608-h.jpg

90608-k.jpg

90608-m.jpg

今朝の気温16度、晴






  1. 2009/06/12(金) 05:01:28|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:6

オンエアー800回

オンエアー800回

なんの気なしに「天童の家」をいじくって見ていたら、それまでのサーバーから現在のサーバーに変わって、今日のブログ「箱庭セラピー」で800回になっているのに気づいた。
現在のサーバーを使うようになったのが 07.11.30 であるから、計19ヶ月である。日数に直すと580日。その間に800回のオンエアーだから、吾ながら(へぇ そんなにぃ)と驚く。
驚くというか、その熱中ぶりに(マニアックだなぁ)と呆れる。むしろパラノイヤ的というべきか?...

考えてみるに、自分から「天童の家」をとってしまったら、っふふ、腑抜けの殻になってしまうかなぁ
毎日のオンエアーがあるから、毎日元気にやっていられるような気がする。パラノイヤといっても、自分の場合は他人に迷惑をかけていない(と、思っている)。
だから、ふふ 入院(治療)の必要もないだろう。

「天童の家」をやっていることで、アクセしてくださる方々からおおきなエネルギーをもらっている。
(ありがたいなぁ)と思っている。
「天童の家」自体は、大きなマンネリ化は否めない。毎日オンエアーされる内容は、すでに何度か繰りかえされたもの(画像・文)ないしは似てるものである。
ただし、自分としては過去のそれを再使用していない。同じような画像でも新品?である。

同じような季節に、同じ被写体だから似てくる(新鮮味がない)のはやむを得ない。
でも、見る目・感じるこころは似ているとは限らないと思っている。
まぁ ごちゃごちゃ言ってもしかたない。これからも(大いなるマンネリ化)を打ち立てる?ために、邁進していきたい。

みなさん方のアクセス、そしてコメントが大きな励みになる。今後ともよろしくお願いする次第である。

午後6時25分の気温20度、曇





  1. 2009/06/11(木) 18:24:44|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:8

箱庭セラピー

90609-a.jpg

90609-b.jpg

箱庭セラピー

       山里の伐採されし桃畑のキリカブ、キリカブ、キリカブに雨      福島市・美原凍子
 『悼む心やかすかな憤りのこもるものがある』一席に選んだ馬場選者の評。
 『後継者のいない桃畑の寂しさ』二席に選んだ高野選者の評。
「かすかな憤り」とは、いったい誰にたいしてのものだろうか? わずか31文字だからこそ、いろいろなことが想像される。

       獄中の吾がセラピーは野の花を寄せ植えしたる<禅ガーデン>也   アメリカ・郷 隼人
「箱庭療法」という世界がある。箱庭にはこころが表現される。
今週の俳壇にも次のような句がみえる。

       箱庭の人まぎれなく私かな      横浜市・猪狩鳳保
       箱庭や毎日変える石の位置      野田市・塩野谷慎吾
猪狩さんの句は、長谷川選者が一席、金子選者(十句)の共選句。

       高々と白きシーツを干したのは障害のなかった五月晴れの日      神戸市・田中きくこ
健常者には、どうってない営為が、ハンディキャッパーにはいかにも晴れがましく思われる。かっては健常者であったものほど...

       猪の牙を逃れし筍が崖に三本伸び始めたり             佐世保市・近藤福代
       靴を穿く鏡の我は遠き日の地下足袋を穿く父に似てきた        長野市・関 龍夫

      「いまがいちばんいい時だね」と言うから味噌汁ふいと咽せてしまえり つくば市・橋本美知子
橋本さんは、はじめて耳にしたのだろうか... 驚きと同意と、そしてじわーっとした感動が...
うふふ、いい歌だだなぁ

       真っ白に祭は終り黒南風来      熊谷市・時田幻椏

 「祭りの盛況を『真っ白』と言い切ったのは『黒南風』に響かせるため。この語感」 との句評を頂き、今日、金子兜太選の朝日俳壇首席入選を頂いた。感謝である。
 「黒南風」は「くろはえ」と読み、梅雨の内に吹く南風を言う。梅雨に入るころ、この風が吹いて空が暗くなるので黒南風と言うのだが、梅雨が明けるころの南風は「白南風」という。
 梅雨の始まりと終わりを、黒と白の南風で表現する色彩と言語感覚の豊穣さを、私はありがたいと思っている。
 「上手に終わり白む思いや黒南風来」 も我が句で、入選句から暫く経っての句である。祭りの充実と、だからこその虚脱感。
 白と言う色彩の抱える微妙な感覚の深みが面白い、と私は思うのである。

上は、時田さんのブログからの転載。
(凄いなぁ)と感嘆しきりである。

       天たかく上りて蝶の睦みあふ     東京都・大村森美
       海鳴りに誘われし如蝶一羽      浜松市・浅井昭裕

                 短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(8日付)より

90609-c.jpg

90609-e.jpg

90609-f.jpg

今朝の気温17度、雨  昨日「梅雨入り」宣言




  1. 2009/06/11(木) 04:55:32|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:6

得した気分

90609-10.jpg

90609-20.jpg

儲けた気分

喘息発作はない。風邪の回復も順調でホッとしている。
9日は、さくらんぼもぎを休んだ。色づきを待つためである。10日から少しずつ贈答用の収穫に入る。佐藤錦もそろそろ旬になってきた。
仙台の友人S さんが、身体不調で退院してきたばかりなので、今年はさくらんぼ狩りを休むという。残念だがしかたない。
新潟のO さんご夫妻は、18日に来られるというから、「呑う会」を楽しみにしている。
家庭医のご次男(仙台市で開業)は20日にさくらんぼ狩りという。
その他に、妻の友人たち(2組)が今年もやってくるだろう。みなさんの楽しまれる姿が嬉しい。私たち夫婦の幸せな時である。

散歩は、6日から休んでる。できるだけ酸素を使わないようにしている。運動を控え、食事も7分目に抑える。
身体を動かす、物を食べることで酸素使用量を増す。肺機能が弱っているときにはできるだけ酸素使用量を減らすことだ。
息苦しさは安静にしていることで半減する。やはりいちばんいいのは寝ていることである。

カメラ熱中人は、じーっと寝ていることが出来ない。
9日の朝もカメラ持参でさくらんぼ畑に行く。さくらんぼ・またはキジが(撮れたらいいなぁ)との思いがあるから可笑しい。
散歩を休むと被写体は、家の周りの花や池の鯉など、また近くの畑のさくらんぼやキジに限られてくるのはやむを得ない。
期待通りの被写体に巡り会えるかどうかは、運次第... 9日には、幸いキジも撮れた。

うう、ここまでは前書き。以下が 今日書きたいこと。

「天童の家」の池は、表と裏庭にある。表のそれはセミプロに作ってもらったが、裏の池は私の手掘りである。
04.03.24に作った。あれからもう5年が経った。裏の池には、表の池から浅井戸ポンプで水を引いている。
その井戸ポンプ(日立製)が、最近不具合となって水が流れなくなることがあるので、修理を頼んだ。
5日、日立山形SCから修理のプロが来て、診断し、部品が来るまで数日かかるというので、了解し待つ。

どのくらいの経費がかかるのか? まぁ、2万円以下ならしかたないだろうと考えた。
うふふ、新潟のO さんが井戸ポンプを2万円で落札したということを知ったので、そう考えたのであるから可笑しい。
その修理が9日に行われ、井戸は完全復旧した。

部品交換 ハネグルマ・ケーシングカバー (2940円)
技術料 (8000円)
出張料 (2000円)
消費税 (647円)
以上を合計すると 13.587円
っふふ、2万円出したら、おつりが戻ってきた。当たり前なのだが... (ありがたいなぁ)との気分がわいてくるから面白い。

90609-30.jpg

90609-40.jpg

90609-50.jpg

90609-60.jpg

今朝の気温16度、曇



  1. 2009/06/10(水) 04:46:53|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:5

心のすさび

すさんだ気持ち

普段は、目覚めると妻は朝食の準備にかかり、私は寝床を畳んだ後にパソコンに向かう。夕方に布団を敷くのも私の役目としている。
なんとも恥ずかしいというか、あまり恰好いい姿ではないが、事実だからしかたない。
6日の朝は、その寝床畳みをしないで、パソコンをやり、朝食にした。妻が布団を押し入れに片づけた。私は さくらんぼ収穫出荷の仕事から戻ると、畳の上に横になり、毛布をかけて寝た。

7日の朝も、また私は 寝床を畳まないでおいた。さくらんぼの仕事を終え家へ戻ると、敷きっぱなしの布団にそのまま入って寝た。妻も意識して布団を片づけなかった。
8日の朝は、元気に起きたが、私は 寝床を畳まなかった。
「パパ、布団どうする?」妻が問う。
「ん? あぁ、もう畳んでいい」私の言葉に、妻は布団を押し入れに片づける。

喘息発作はなくなったけれど、風邪が全快したわけではない。できれば(本当は)、ゆっくり休むのが正解だったのだが、さくらんぼのこと(妻の気持ち)を考えると、やはりさくらんぼもぎをしなければならない。
「布団を片づけていい」という私の言葉に、妻はホッとしたのがなんとなく分かる。
妻一人だけでは、出荷はとうていムリだ。少々ムリしてでもさくらんぼもぎをしなければならない。

さくらんぼもぎは、決して重労働ではない。多少体調不良でもなんとかやれる作業だ。脚立に立ったままどしどしもいでいくのはしんどいけれど、脚立に跨って(腰をおろした姿勢)でマイペースでやる。
正光錦は、ざくざく(たくさん)なっているので、そうしたもぎ方ができる。それで詰め方に追われることはない。休み休みしながらの作業で間に合う。
色づいたさくらんぼ おおよそもぎおわり、妻のパック詰めの傍に腰掛け、妻の手伝いをはじめる。

「パパ、詰め方は私がする! 余計な手出しはしないで。パパ、もう(家へ)帰って、休んだらいい! 後は一人でできるから」
「ほほぉ そんな邪険な言い方ないだろ! 病人をこき使っておいて... ママのバカたれ!」
「パパの詰め方は、乱暴なのよぉ もっと見栄えするように、少しでも高く買ってもらえるように詰めなきゃ」
「ママのクソたれ! そんな詰め方したって、変わりないよ。早く逐わして帰ろう」
「パパ、先に帰って休んで! 後は一人でやるから」
「ふ~ん、布団片づけたんじゃないかぁ ママのバカたれが...」

へへ、どうも恥ずかしい。が、こんな喧嘩?が時々おっぱじまるのは珍しいことではない。
ボタンの掛け違い、思いの蹉跌がけっこう多い。なんとも我が侭言い放題の夫婦なのである。

90608-a.jpg

90608-b.jpg

90608-c.jpg

90608-d.jpg

今朝の気温14度、晴れるか



  1. 2009/06/09(火) 05:42:36|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:10

喘息発作

90605-f.jpg

90605-g.jpg

90605-h.jpg

喘息発作

5日午後7時半から公民館で「子ども見まわり隊」の研修があった。
講師は、天童市警察署長で身近く発生した自転車盗難・交通事故・万引き・非行等の事例をもとに、防犯の効果的な対応が話される。
犯罪の発生件数の多さ、また検挙率の低さ(?)に驚いたりする。日本の安全神話は遠い昔のことになったのか...

研修後半から、(???)と思った。話の内容ではなく、自分の体調にである。喉がぜらぜらし、風邪のひきはじめのような症状。
6日の朝は、喉の詰まりを覚え、ムリして咳をし、喀痰の排泄を促す。黄色い膿がでてくる。(あぁ、細菌性の風邪にやられたなぁ)と思う。
久しぶりの風邪ひきである。もう数年間は風邪にならなかった。イヤ、歯医者以外の通院をしばらくやっていない。

年をとると、いろいろな病気を起こしがちだが、ここ数年間は健康だった。ありがたいと思うことはあったが、健康な時ほど切実に健康をありがたいとは思わない。
6日の午前中は、さくらんぼ出荷作業をやった。格別辛いとは思わなかった。が、11時頃に作業を終わるとすぐに毛布を被って寝る。妻に「昼ご飯」を促されたが、食べずに横臥し続ける。
午後6時から BS2で「熱中時間」を観る。こういうマニアックな人々が意想外に多くいることに驚き、大きな拍手をしながら楽しんでいる。
この日は、エスカレータ撮影・カエル撮影に熱中している人、もう1本は温泉発掘をして入浴を楽しんでいる方の放映だった。

夕食を食べ終えると、すぐに就床する。が... 発作がはじまる。しばらくぶりである。30年前半に喘息発作を発症し、その後幾度も発作に苦しんだ。
人は意識せずに呼吸をやっている。しかし、喘息発作は、その呼吸が苦しい。脂汗が額ににじむ。意識して呼吸するのだが、肺機能がうまく働かず、換気不全が生じ、苦しい。
横臥している姿勢がよくない。苦しいので起き上がる。起座呼吸が比較的呼吸しやすい。便座に腰掛け、上半身を前に傾けた姿勢が比較的楽だが...

呼吸が苦しいから、できれば眠って忘れたいと思う。が、なかなか眠れない。眠ったと思ってもすぐに目覚める。
もう幾度も目覚め、トイレにたつ。発作はイヤなものだ。努力呼吸の辛さは、罹ったひとでないと分からないだろう。
50歳代に入ると発作はいつしか起きなくなった。だから、発作を軽減する薬も身の周りからなくなってた。
それでも、起き出し、机の引き出しなど探す。が、薬はどこにもない。
諦め、寝苦しいが眠るよりしかたない。

7日、午前6時頃に起床する。睡眠中何度もさくらんぼもぎの夢を見る。
朝食後、さくらんぼもぎをする。妻が強く「休め」というが、「ダイジョウブ」である。
雉のペアがさくらんぼ畑で遊んでる。それを眺めながら、この日の出荷分をもぎおえる。

妻が「昼ご飯」を告げるが、食べずに寝ている。
午後2時半頃目覚め、この文章をタイピングしている。(あぁ、自分も相当マニアックな人間だなぁ)と可笑しくなる。
パソコンに向かっているかぎりは、それほどの息苦しさも覚えない。

家庭医の奥さんの姿が見える。先日の結婚披露宴のこと・またさくらんぼ狩り招待のことなど話に華を咲かせているのだろう。
できれば、プレドニン(20Mg)を処方してもらえば、(助かる)のだがなぁ
それはいい。だいぶ回復してきた。さて、夕食までもう一度横臥しよう。体力温存が第一だ。

90605-i.jpg

90605-k.jpg

90605-m.jpg

今朝は、熟睡して目覚める。もちろん発作はない。免疫機構ができ、治癒は時間の問題で、明後日には治癒となるだろう

今朝の気温15度、まだ日は照っていないが...
さぁ 今日もさくらんぼもぎをがんばるぞぉ




  1. 2009/06/08(月) 05:57:29|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:12

可笑しな会話

テントの中で

昨日(土曜)は、児童クラブが朝からあったのだが、妻は他の指導員に仕事を頼んで休み、さくらんぼの出荷作業をする。
雨降りだが、テントの中での作業だからちっとも気にすることはない。むしろ雨音を聞きながらの仕事は風情?がある。

なっている木からさくらんぼを摘み取るのが私の役目で、妻はそれをパックに詰め、8パックで1箱となる。
「小さな恋人」と言われるさくらんぼ もぎ取る方も、詰める方もなかなかたいへんというか、進捗がおそい作業である。
1パックに200gが詰まるから、1箱で1.6Kg。二人でやる仕事量は多くない。出荷は10箱未満のことが多い。

早生種でも、熟し赤くなったものを選んでもぐ。それを選別しながら丁寧にパック詰めしてく。
同じ種類でも、木によって、また場所によって熟し方がちがう。大きさも、美味さもちがうから面白い。
さくらんぼは、「大粒ほど美味い」と言われてる。

「同じさくらんぼなのに、どうしてこんなに大きさや味がちがうんだろう」
「人だって、大きい人、小さい人、きれいな人、そうでない人、いろいろじゃないか」
「パパ、『そうでない人』って、ブスっていうこと... まさか、私を言ってる?」妻が問う。
「め、滅相もない!  ママはチャーミングだよぉ。ママは世界一だよ」
「まぁ、パパったら...」二人は顔を見合わせ大笑い。

二人の他に誰もいないテントの中。大声で話しても誰にも聞こえない雨降りのテント。うふふ 二人だけの世界、遠慮会釈ない別世界に笑い声が響く。
「我が家のさくらんぼ 美味いのはね、ママが私に魚や肉を食わせないで、肥料を買って、それをさくらんぼにふんだんにやるからなんだ」
「パパったら、バカなことを... ちゃんと美味いものを出してるでしょ! それが証拠に、パパの腹... 超メタボ!」
「うう、ママはきついことを言うなぁ」
またまた爆笑! 漫才夫婦みたいな会話が続く。他人さまが見たり、聞いたりしたら、きっと噴飯ものだろう。

市場にもそろそろさくらんぼが出揃ってきたという。
「パパ、あのねぇ」妻は、誰も聞く人いないのに声を小さくし、まだ品薄で高価がついてたことを報告する。
繰り返し書くが、なんといっても旬の味がいちばんだなぁ

90605-a.jpg

90605-b.jpg

90605-c.jpg

今朝の気温15度、曇





  1. 2009/06/07(日) 06:09:27|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:6