未分類日記以前の天童の家RSS|

ありがとう 2008年

とてもお世話になりました
よいお年をお迎えください

とうとう大晦日、2008年366日を暮らした。4年に1度の閏年、北京オリンピックがいろいろな話題を巻き起こしながら終わった。
今年は、なんといってもアメリカ発の金融恐慌風が全世界に吹き荒れ、100年に一度の恐慌と言われ、その影響は日本経済をもガタガタにしてる。
これは、第二次世界大戦の敗戦に次ぐ大試練だと考える。終身雇用制度がいつの間にか消えてしまい、数多くの労働者が路上生活(野宿)を余儀なくされてる。

野宿者は 大阪市で5千人近く、全国では3万人近いという。
第二次世界大戦の敗戦時も数多くの野宿者がいた。そのようすを『鐘の鳴る丘』などを見て身震いしたのを思い出す。
それと似たような状況が、平成のこの世にあるとは信じがたい。社会は 60年前のそれよりもさらに悪化してるのではないのか?!
大震災等による非常時のことなら理解できる。しかし、そうではない。平常時の社会のなかで、野宿しなければならない状態であるなど信じがたい。
でも、それが現実なのだ。ぞーっとすることだが、誰もが野宿と隣り合わせの社会。これが現在の社会なのである。

日本の経営者は、ずーっと社員を家族の一員として慈しんできた。日本には終身雇用という世界に誇れる文化があった。
だが、いつからか、経営者は人間を見ようとしなくなった。品物と同じ、必要がなくなれば あっさりと捨ててしまう。
労働組合も、自分たちの身が大切と、非正社員を同じ労働者と見ないで切り捨てる。それがいつしか自分たち正社員にも及ぶことを見ない。
リストラなどという横文字に安易に妥協(押し流され)してしまった労働者たち。それは『天に唾する』ことであることを忘れてる。

う~む 大晦日だなぁ 
明日から新しい年がはじまる。

     去年今年貫く棒の如きもの   高浜虚子
新年になったからといって、なにかが急に好転するわけでもないだろう。それでも、心機一転というか、人間のこころを信じたい。
グローバル化は否定できない。でも、日本が営々と作りあげてきた日本文化は伊達じゃない。
北欧あたりが、それに似た文化を創りつつあるように見受けられる。日本のお株を盗られると慌てることはない。全世界がその方向へ進めばいい。
自由競争が過ぎた結果(拝金)がこうなった。金で買えないものがたくさんある。それをみんなが大事にし、できる社会(優しさ)を創ればいい。

うう 大晦日に、ずいぶんとごちゃごちゃ言ってしまった。
旧年中(間もなくそうなる)は、いっぱいお世話になりました。誠にありがとうございます。
新年も(間もなくそうなる)どうかよろしくおつき合いくださいますようお願い申し上げます。

        「天童の家」主宰 今野幸生
                     2008年 大晦日

81229-70.jpg

81229-80.jpg

今朝の気温-1度、雪
スポンサーサイト
  1. 2008/12/31(水) 06:55:00|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:4

新年への準備


押し詰まった30日の朝、ある方から電話をもらった。
「猪の肉を食べる会をしたい。来てくれますか?」 いつ?と問うと、大晦日の午後4時頃からにしたいという。
「行きます。喜んで行きます!」と返事。だって、猪鍋なんて滅多に食えるものじゃない。
猪は、元来山形では獲れなかったのだが、温暖化したせいか山形でも姿を見るようになった。

今年は熊の被害がなかったけれど、一昨年は熊が多く、っふふ 熊鍋を食べることができた。
骨付きの熊肉は、野趣に富んだ豪快な味だったなぁ
今度は猪鍋を食べさせてくれるという。友だちはありがたいものである。

30日の午前中、ソバ打ちをやる。
31日もやらなければならない。年越しソバとして7軒に配る。今日は4回打った。明日3回打つ予定である。
全力投球というか、けっこう力を込めてうつから、4回も打てばかなりの疲れを覚える。

ソバ打ちの師匠から電話がはいる。師匠も今打つところだという。っふふ 年越しソバはやはりどこでも食べるのだなぁ
「レンコンをもらったから、持っていきます」師匠からまたいただきものをするとは恐縮。もちろん、すでにお歳暮は済ましているが...
レンコンは、(先の見通しが良い)ということで縁起もの。お正月には欠かせない食材である。

妻は、ソバ配達を済まし、カレンダーを新年のそれに替えている。うう 30日、31日とまだ日にちが残っているのに...
「なんだか30日、31日に申し訳ないような気がするなぁ 今年はまだ二日あるんだ。その二日間を捨ててしまうような気分になりはしない?」
「そんなことない! 新しい年を迎える準備、いいじゃない」妻が断固としていうから(そういうものかなぁ)としぶしぶ納得。
掛け軸を替え、生け花を活ける。歳末というより、なんか新年の気分がわいてくるから可笑しい。

午後6時40分の気温0度、小雨
  1. 2008/12/30(火) 18:44:14|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

日本人の意識


昨年の5月17日(木)に、次のような文を書いた。

    御 利 益 (効果てきめん)
 認知症患者は、昔のことを比較的よく覚えている。反面、些細な変化に対応できずトイレの場所を間違えて困る。
 そこで鳥居の絵を描いて貼ったら、そこへの排尿がなくなったという話を聞き、(そうだ。人ってそういうものなんだなぁ)と、あの出来ごとを思い浮かべた。
 数年前、家電リサイクル法ができ、不要な冷蔵庫やテレビ等の処分にも金が要るようになった。
 その頃から河川敷等への不法投棄が多くなり環境保全に頭を悩ました。

 そこで一計を案じたのが鳥居の設置だった。そんなことしたってムダだと笑う人もいた。発案者自身、半信半疑だったからムリもない。
 身の丈ほどの赤い鳥居をゴミの捨てられ易い場所に立てた。
 不法投棄をやる人に、鳥居の存在などはどうってないことかも知れない。しかし、その効果のほどが気になって数日おきに鳥居を見に行った。

 その後ずいぶん長い時が経過したが、鳥居周辺にはテレビ、自転車、古タイヤ、空缶の姿もない。
 科学万能的社会に見える世の中だが、われわれの心の中にはまだ理屈では割りきれない何かが存在するようだ。

29日の朝日新聞(社会面)にかなり大きなスペースで次のような記事があり、っふふ 思わず笑ってしまった。

     ごみ封じ鳥居 ご利益は?
                  設置直後は投棄ぱったり 「多すぎ」「2年目」効果薄
 神社のシンボルである鳥居のミニチュアが最近、各地の空き地や河川沿いに設置されている。全国の自治体や民間で、ごみの不法投棄を防ぐために広がっているという。
 神様のいる場所にごみは捨てられないだろう---そんな日本人の意識を見込んだ試みだが、効果のほどは。

 秋田県にかほ市平沢の裏山を登る市道沿いに、朱色の鳥居が立っている。高さは約90センチで、「山神」と書かれた立て札が張りつけてある。
 人気がなく、背後にササやススキが生い茂る。
 「鳥居を置いたら、ごみが見当たらなくなった」。案内してくれた地元の高階峯生さん(64)と斉藤高さん(73)は口をそろえた。
 (略)
 設置して6ヶ月、今のところごみの不法投棄はない。逆に、勘違いしたお年寄りがかしわ手を打つこともあるという。
 市の担当者は「鳥居は5基で3千円以下で済むのに効果が大きい」と、鳥居の設置場所を増やす方針でいる。

 鳥居の効果は持続するのだろうか。
 福島県田村市は04年秋、ミニチュア鳥居を不法投棄のひどい剣道沿いなど5カ所に約30基設置した。市によると、その後1年はごみが激減。
 ところが2年目に入ると、同じ場所に再び布団や食器などが捨てられ始めた。効果が続けば鳥居を増やすつもりだったが、あきらめたという。
 (略)
 国土交通省秋田河川国道事務所も、橋の下に鳥居を置いたが「あまり増やすと効果がうすれる恐れもある。投棄場所が、別の所になっただけかもしれない」と増設には慎重になっている。

     神社本庁は困惑
 「鳥居は神聖な場所を示す目印。社会の役に立つのは結構だげ、よりによってごみとの組み合わせとは」と困惑している。

ふ~む、やはりなぁ 神様をこんなふうに利用するのは、的はずれ... いかにも浅知恵かもなぁ
うう 間もなく新年、元朝参りでどこの神社も参詣者でいっぱいになるだろう。

81226-10.jpg

81226-20.jpg

81226-30.jpg

今朝の気温4度、外はまだ暗い
  1. 2008/12/30(火) 05:48:03|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

「天童の家」2008

81228-10.jpg

十大ニュース

平成20年(2008年)も残すところあとわずか、「天童の家」十大ニュースを書く時期になった。
この1年をざーっと振り返ってみて今思うのは、(ずいぶん充実した年だったなぁ)との気がする。その思いが強い。
それで、大きな出来事を書いてあるノートを見ると、十大の半分 5項目しかない。以下に、具体的内容を書くことにする。

 1.息子が1月24日(雪)に自動車事故を起こした。相手の車、自分の車共に大破。両者に大きな傷害がなかったのがせめてもの幸いだった。
   相手の方が知人で、たいへんな迷惑をかけた。保険を使って円満に示談が成立。交通事故はこりごりだなぁ

 2.二つ目のできごとが、具体的にノートに書かれていない。一瞬(なんだったかなぁ?)と首を傾げる。日付(2月28日・29日)だけが書いてある。
  3月1日に、妻と名取の閖上港へ行った。それで思い出す。他人さまには知られたくないできごとがあったのを鮮明に思い出す。

 3.三つ目のそれも空白。でも鉛筆で小さく「3月11日逝去」と書いてある。これも他人さまはおろか、妻にも言えないこと。
   うう、なんとも今年は秘密なできごとがあったのだなぁ

 4.5月29日~6月1日に九州からTさん・Nさんの両人がみちのくの旅で「天童の家」にも来られる。念願の対面が叶い、山寺と羽黒山へご一緒する。
   6月19日には、神戸からIさんご夫妻、新潟からOさんご夫妻が「天童の家」の畑で さくらんぼ狩り。Oさん夫妻とは「天童の夜」を楽しむ。

 5.8月14日 自分らの寝室にデジタル・テレビを据える。 
   12月16日 茶の間のテレビもデジタルに。洋間には来年と考えている。

ニュース的なできごとは、以上の5項目。
この他にも思い出すことはたくさんあるけれど、それらはどなたにでもある日常茶飯事的な楽しい思い出なのが嬉しい。
しかし、考えてみれば、大きなできごとはそれなりの意味をもつことであるが、小さな営為の一つひとつの積み重ねが、現在の自分の総体である。
そのことを思うと、うん 今年の自分の1年がとても充実した、これまでの人生の中で最高の時の時だったと心底思う。そう総括していいだろう。

上にあげた 2.と 3.の具体的内容を書けないのがもうしわけないが、そのこと(事由)がそれまで自分を呪縛していた縄(タガ)だった。あの時、その呪縛が外れた気がする。
自分のこころのありかたが変わり、今年の充実感いちばんの理由はそれだったと考える。
曖昧な言い方で理解してもらえないかもしれないが、まぁ そういうこともあった年であったなぁ

18日に満69歳になった。よくぞまぁ元気にここまでこられたと自分をほめてあげたい気分。
これからも一日いちにちを味わいながら、その日までいきたい。

81228-20.jpg

81228-30.jpg

今朝の気温6度、雲多いが朝焼け
  1. 2008/12/29(月) 07:24:59|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:4

歳 末


26日に、この冬はじめての本格的な雪になった。雪掻きをやったし、市の除雪車も稼働した。
27日も、吹雪混じりの雪。早めに起床し、ブログをアップ後に雪掻きをする。20cmを超す積雪でスノーダンプでせっせと雪片付する。
雪掻きは、楽じゃない。しかし、難儀はイヤだと放っておけない。散歩や運動代わりだと自分に言い聞かせてやる。

気持ちの持ちようというか、納得しながらやれば、雪掻きだって苦にならなくなる。
急いでやらなくてもいい。ゆっくり、マイペースでやれば、うん 良い運動量だ。
狭くもない庭の雪掻きが終わる頃には汗で肌着が汗ばみ、着替えをする。冬場の運動には雪掻きもわるくないなぁ

「年賀状は25日まで出してください」とのはがきを見て、気にはしていたが、まだ日にちがあると足踏みしていた。
けれど、雪が降って、吹雪くようすを見たら、急に(書かなきゃ!)という気持ちになった。
っふふ、吹雪の中にカメラを持ち出す意欲?もないから、自然に家でやるなにかを...と、すれば うん、年賀状。
そんなわけで妻の分もあわせて完了。(あぁ、いよいよ今年もあとわずかで暮れるなぁ)
テレビでは『篤 姫』総集編が放映され、かさねて帰省や海外旅行のニュースも流れいよいよ 歳末の実感がわいてくる。

それにしてもこの吹雪の凄まじさに驚く。
先日までの暖かさがあるからか、よけいにひどく感じる。隣家のコンクリート打ち込みに際し雪除けに張ったブルーシートが狂ったようにはためく。
屋根に降り積もった雪が、風に煽られ舞い上がって吹っ飛ぶ。

昼食後、除雪車が門口に置いていった雪を片付ける。
除雪車にもいろいろあって、路面の雪を道端に寄せてく場合、門口にその雪が残って出入りの障碍物となる。
その雪塊は、放っておくと凍って硬くなり始末に困るので、できるだけ早く取り除かねばならない。
そういう除雪は、通行路面の確保だけが目的だから、住民からは苦情がでる困った方法なのである。
いちいち文句を言ってもはじまらないので、自家門口の雪片付けはすぐにやってしまう。

あれほど吹雪いた雪も、午後には止んで晴れ間が出る。青い空がなんとも嬉しい。
吹雪に驚き、また晴天に喜び、うふふ 天候一つにいろいろな感情(ないしは感動)を覚える。
うん、これも元気に生きているからだろう。

81226-40.jpg

81226-50.jpg

81226-60.jpg

今朝の気温1度、雲多いがわずかに青空も
  1. 2008/12/28(日) 07:46:55|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

雪が降る

26日の朝、目覚めてカーテンを開けると外が白い。(あぁ、降ったなぁ)と嬉しい気分。
ドカ雪でないので、雪掻きもしない。雪景色を撮ろうと朝食前にでかけるが、降りが激しく、暗く、写真はダメだなぁと諦める。
ちょうど出勤時刻に重なって、のろのろ運転。(う~む、やはり暮らしに雪は邪魔だなぁ)
家を出て、戻ってくるに30分ほどかかったかどうか... それなのに、うう 雪掻きをする。

隣家の新築工事も今は犬走りとか歩道づくり、塀づくり等の外仕事。コンクリートを流し込むばかりのところにこの積雪だから、作業はじめが雪掻きとなるから、雪はやはり厄介もの。
逆に言えば、これまでの無雪が幸運だったのだろう。
一面白い雪の中、隣の作業員たちが夕べ被せたシート上の雪を取り除きはじめる。作業員のヘルメットと合羽の上に、雪は休みなくぞくぞくと降る。
季節はまちがいなく冬、それに見合った雪が、多少の遅速はあるけれど確実にやってきた。
気象情報によれば、本格的な寒気団が日本列島を覆ってるようで、この冬はじめての大雪になるのだろう。

「23日のぼたん雪とちがって、今日のは細かい。寒いからなんだよね」朝食後のお茶を飲みながら、妻が言う。
「うん、外気が寒いから粉雪になる。溶けにくいし、外仕事はたいへんだなぁ」
「根雪になる?」
「イヤ それはまだだろ、年あけてまた降っての繰り返しかな」
「去年は、屋根の雪下ろしやらないで済んだからよかったね。今年もそうだといい」
「雪掻き、雪下ろしがなければ助かるなぁ」

隣家のコンクリート打ち作業が、雪の中ではじまる。ブルーシートを上に張りながらだから(たいへんだなぁ)
そう思う反面、雪になったことでホッとする気分もあるから可笑しい。
うう あと4つ寝ると大晦日。2008年もあとわずかで終わる。

81226-70.jpg

81226-80.jpg

今朝の気温0度、積雪はどのくらいなのかなぁ。これから雪掻き
  1. 2008/12/27(土) 06:35:29|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

あるものがない


用事がない日は、よほどの悪天候でないかぎり散歩を欠かさない。
25日の空は不安定で、朝食前までは雲が多かったが、その後陽ざしが眩しいほどの天気なった。晴れた日の散歩はなんとなく嬉しいものである。
ところが、昼食が終わる頃には小雨が降り出す。うう、期待がはずされ少し落胆。

子どもたちが年末年始休みになり、学童クラブは朝から夕方までなので、指導員3人で早出・中出・遅出に時間をずらし勤める。
妻は、毎日遅出で、午後1時半~6時半を担当する。午後1時に妻が出かけると私は傘持参で散歩へ。
なにか目的がないかぎり散歩は立谷川沿いのサイクリング道を片道40分ほどかけて歩く。

もちろんカメラは忘れない。カメラは雨に弱いので、雨天時は小型のを袋に入れて出かける。晴天の日は、広角か望遠かのどちらか1台を持つ。たまには両方を携行することもある。
「天童の家」で使う写真は、散歩道で撮ることが多い。うん、もう 繰り返し書いた。
体力保持のための散歩と、写真を撮ることは等価というか、同等に考えている。しかし、小型カメラを持つときは、もう写真撮影は諦めて散歩に専念?する。

年末の雨降り、景色はうらぶれて寒々しい。70年近くを雪国で暮らしてきた。冬に雪があるのは当たり前で、今年のように雪がないのはこころが落ち着かない。
雪があれば、当然寒いし、暮らしにくい。雪がないと暮らしが楽だから嬉しいようなものだが、気持ちとしてはそうでない。
なんとも落ち着かない気分が強い。雪国では、冬は雪があるものだ。あるものがないとやはり落ち着かないなぁ

「天童の家」では、飯米を田畑の年貢として受け取り、それで間に合っていた。米を買うことがなかった。
ところが、ある時から年貢米がなくなり、飯米を買わなければならなくなった。その時の戸惑った気分を思い出す。
長年、飯米はもらうものだったのに、ある年から買わなければならなくなった。その時の気分は、なんとも複雑なものだった。
その時の気分と、冬に雪のないこの気分がどこかで重なり合う。あるべきものがないときの気分。う~む、この気分はなかなか理解しがたいかも知れないなぁ

散歩の折り返し地点近くで猿の群れに出合う。きっと熟柿を食べに山から下りてきたのだろう。
サイクリング道でローラースケートをしている中学生たちも珍しがってワイワイ声を交わすと、猿たちは急いで山の方へ逃げてしまう。
うむむ、光量不足もありカメラは諦め、情景を楽しむ。大きなボスらしいのや小さく可愛い子猿などが飛び跳ねて賑やか。
ふ~む、これから本格的な冬に向かう。猿たちにとっても厳しい季節だろう。

81224-d.jpg

81224-e.jpg

81224-f.jpg

今朝の気温0度、曇。地上は白くなっている
  1. 2008/12/26(金) 06:45:33|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

痛み分け

今日のニュースから転載し、備忘録とする
                            kyodo NEWS 2008年12月25日 11時51分
      年俸返上申し入れ HPでバレンタイン監督
  09年限りで退団が決まっているロッテのバレンタイン監督が球団に対し、自身の09年の年俸返上を申し入れていた。25日分かった。本人のホームページ(HP)で明らかにした。
  年俸5億円ともいわれるバレンタイン監督。HPでは「世界経済の現状は理解している」と金融危機による世界的な景気悪化への配慮を示し、3度も申し入れたという。
  契約延長を要望したことはないとも記し、09年の指揮に意欲。

 *
                            毎 日 jp   2008年12月25日 12時49分
   <いすゞ>課長級以上の管理職の給与、来春にもカットへ
  いすゞ自動車は、課長級以上の管理職の給与を来年4月にも数%程度カットする調整に入った。
  トラック販売の不振が長引いているためで、役員報酬も年明け以降、2~3割前後削減する方向。
  同社は11月、業績悪化を踏まえ非正規従業員(期間従業員と派遣社員)約1400人を年末までに解雇する方針を決定。
  しかし社内外の反発が強まったことから今月24日、期間従業員約550人については契約期間に限って雇用し続ける方針に切り替えた。
  しかし、人件費削減は避けられないとして、管理職の給与カットなどに踏み切ることにした。

  自動車業界では、トヨタ自動車も管理職の今冬の賞与を平均1割削減している。【宮島寛】

午後1時半の気温8度、一時眩しいほど晴れたのに、今は雨
  1. 2008/12/25(木) 13:20:03|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

幻 想


ある方のブログに次のようなことが書いてあるのを読み(面白いなぁ)と思った。

      古き良き時代という幻想
   景気が悪くなったりすると、人々はすぐに「昔は良かった」と言い始めるけれど、私は、それは人間の記憶の構造に起因していると思っています。
   人間はおそらく自分の心を守るため、悪いことは簡単に忘れ、いいことだけを覚えている傾向があります。
   そのせいで、すぐに「昔は良かった」と言い始める。

う~む、そういうこともあるのかも知れないなぁ
ただ、そうなるのは「人間の記憶の構造に起因している」という説、はたしてそうだろうか?とも考えた。
また、「幻想」自体をなにか「まちがったこと」のような捉え方をしている気もした(うう 自分の曲った解釈か、または被害的念慮か)。

『幻想を語る』岸田 秀 対談集(青土社 1981年)を思い浮かべた。その中の一章「幻想としての経済」栗本慎一郎 との対談の断片が思い浮かぶ。
岸田 秀は「唯幻論」者?であり、栗本慎一郎も「貨幣は、みんなが金は価値があると思っているから価値があるにすぎない」という共同幻想に同意する。
「経済の根本である貨幣が共同幻想に基づいているとすれば、経済活動すべてが、幻想だ」ということになる。
この世は、経済だけでなく、すべてが幻想の上に成り立っている(まぁ、極論だが)という考え方も成り立つ。
そういう観点で言えば、幻想はけっして「まちがった」ことではない。

また、『「昔は良かった」と言い始める。』も、その中身を吟味したい。
「今は物がたくさんあるけれども昔は不足してたんだと我々は思いたがっているんだけれど、そんなことはない。
 たしかに昔の方が自動車や車はないという意味では物はないけれど、生存という基礎的な問題から考えると」その考えはちがうようだ。
まったく逆の考え方もできる。
「人間の記憶の構造に起因して」ると断定していいのかどうか... なかなか難しいメカニズムがある。

この世の中が、すべて幻想だとはもちろん考えない。厳粛な現実(実態)が存在する。
だが、人のこころの領域では、かなりの部分 幻想によるところが多い。その幻想が(わるい)わけではない。

ある方のブログに触発され「幻想」について思い浮かんだ断片を書いてみた。っふふ、まったくの断片...

午前10時の気温4度、雲多いけれど青空もあり日が射す
  1. 2008/12/25(木) 09:58:24|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

野毛の如き光


       初冬の安達太良高原しずもりて野毛のようなる光ふりいる     福島市・美原凍子
野毛とは、金箔・銀箔を細長く切った切り箔をいうとのこと。
なるほど! そうだなぁ その光景が目に浮かぶ。

       水の無い川が不思議な明るさに川床見せて冬の日の中       本庄市・福島光良
うん この風景も目に浮かぶ。福島さんが不思議と思う明るさもよく分かる。

       戦時下を手つなぎ逃げし兄逝けり混乱の上野吹雪の越後      川崎市・河野悦子
あれから63年。う~む、次々に訃報が伝わってくる年代だものなぁ

       鍵持たぬ生活に慣れ年を越す今さら何を脱ぎ棄てたのか    ホームレス・公田耕一
      (柔らかい時計)を持ちて炊き出しのカレーの列に二時間並ぶ  ホームレス・公田耕一 (8日付け朝日歌壇)
       炊き出しに並ぶ歌あり住所欄(ホームレス)とありて寒き日    豊中市・竹富純一


       初氷足が自づと踏みにゆく     東かがわ市・桑島正樹
うふふ 桑島さんの句、実感を伴って蘇ってくる。つい先日もそんなふうにした気がする。

       死ぬことを全く忘れ日向ぼこ      町田市・枝澤聖文

                 短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(22日付)より

81224-a.jpg

81224-b.jpg

81224-c.jpg

今朝の気温5度、曇
  1. 2008/12/25(木) 06:40:39|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

忘年会

81219-10.jpg

81219-20.jpg

ソバ打ち

23日は天皇誕生日で祝日。天皇家もいろいろあるようで、天皇の体調がいまいちで、公務も控え目のようだが、それはしかたない。
天皇も生身なのだから、ストレスが大きければ血圧も上がって不調になる。日本国の象徴だから、つつがなくいてほしいのだが...

アメリカ発、サブプライムローンを震源とする金融世界恐慌は、単に金融界だけにとどまらず世界経済を底知れずの状態にしている。
アメリカ自動車界のビック3と言われた会社も危篤状態だし、日本のトヨタも1500億円の赤字になるようだ。トヨタの赤字転落は83年6月期の連結決算開示以来初めて。
ホンダも下期の赤字転落を予想しており、日本の自動車メーカーも世界的な景気後退の波にのまれ総崩れの様相を見せ始めた。(23日付朝日新聞)

アメリカがクシャミをすれば、日本は風邪を引く、と言われたのずーっと以前のことだが、現在でもそれはかわっていない。
不況の波は、我が国を覆いつつあり、その犠牲になっているのが派遣労働者たち。真っ先に影響を受けるのが弱者たちだから切ない。
それ以前にも ワーキングプアーと言われる人たちが増えていた。まともに働いても通常の暮らしができないほどの低賃金。
アパート料も払えず、しかたなくIT喫茶などに寝泊まりし、そこで火災に遭って逃げ遅れ、死んだ人もいる。

日本には終身雇用という世界に誇れる文化があった。護衛船団(日本という国体)が 日本丸をしっかりと衛っていた。
グローバル化した世界の中で、激しい競争がくり広げられ、気づいてみたらいつの間にかあの強力な護衛船団がいなくなってた。
大きな日本の企業が次々に海外へ工場をつくり、日本の産業構造はドーナツ化していった。

少子高齢社会、格差社会が顕著になり、国の財産だった労働者が簡単にリストラされ、職を失うことになった。
日本固有の文化が失われ、はては日本の存在そのものが影うすくなり、日本国を信じてきた多くの国民は、大きな戸惑を覚えている。
おそらく、あの第二次世界大戦の敗戦以来の「日本の危機」なのだろう。

と、まぁ このような認識が当たっているかどうかは分からない。
うう 我々庶民は、どんな世界に暮らしていようと、そう簡単にギブアップできない。しぶとく生きるしかない。
苦しければ苦しいなりに、自分たちの力に応じた暮らしや社会をつくっていきたい。

23日は、「天童の家」のソバ打ち忘年会
親友たちが集まって、年忘れの宴を遅くまで楽しむ
雪乞いの願いが通じたのか、ソバを打ちはじめた頃から雪が降りだす

81219-30.jpg

81220-20.jpg

今朝の気温-3度、晴
  1. 2008/12/24(水) 07:03:26|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

ダイゴダイゴ

81221-10.jpg

「ダイゴダイゴ」

ダイゴダイゴ(醍醐)は、元来11月15日に氏神(八幡神社)に大豆やりんご、米・塩・スルメイカ等を供え収穫への感謝、来る年の五穀豊穣を祈願する祭事である。
同時に豆腐と大根を煮たものをいただき、その醍醐味を神に大声で告げる祭事であると認識している。
「ダイゴダイゴ」の由来を、山寺立石寺の災難(領地侵害)や、それに伴う僧侶の救援に活躍した6在家(荻野戸6人衆)と絡ませるのは、ルーツを重くみる大きな意味づけとなる。

祭事の由来説明で、「ダイゴダイゴ」と叫ぶのは、大根(料理)が訛ったものと解釈するのはおかしい。
ダイゴは、美味しい・醍醐味のそれであって、大きな声で「美味い! 美味い!」と叫んで、神に感謝したと解すべきだろう。
隣集落(石倉)まで、その声が届けば、翌年の豊作が約束されるというのは、人々の勢いを言っている。元気で働ければ、きっと豊作になると自らを励ました。
風呂吹大根を11月15日に食べる習慣(行事)は、探せばそちこちに見られる。

本来11月15日にやっていたそれを、当町内自治会では数年前から毎年12月第三日曜に行うことになった。
伝統行事「ダイゴダイゴ」に、今年はNHKと朝日新聞の取材があった。NHKのそれは当日(21日)午後6時45分から放映された。朝日山形版には翌日(22日)に載った。
この時期の風物詩として恰好な催しなのだろう。本年の収穫に感謝し、来る年の五穀豊穣を祈願するにはちょうどいい時期・行事内容といえる。
神事は、小一時間で終わる。その後、神社境内にある公民館に場を移しさまざまなアトラクションを楽しむことになる。
今年はマジックショーとなった。子どもも大人もマジシャンと一体になって数々のマジックを楽しんだ。

こうした伝統行事や余興を通し、人々は連帯意識を強めていく。そうすることによって例えば震災時等の避難・救助などが円滑に行われることを目指してる。
安心・安全な地域作り、住みよい街づくりにつながることを意識している。
なにかと世知辛い世の中、それに巻き込まれることでなく、(あぁ、この地で暮らせてよかったなぁ)と思える環境を、自分たちで作ってくことが大事だろう。

弱肉強食の世で今いちばん必要なのは、他人を思いやる心。連帯感を強め、福祉のこころを篤くすること。
「情けはひとのためならず」を忘れてならない。
現在の世情は、「天に唾す」の結果と言える。
アメリカ発、サブプライムローンを震源とする金融世界恐慌は、日本にも大きな影響を与えつつある。どこまで深刻化していくのか...

うう ダイゴダイゴからずいぶんと飛躍してしまったなぁ

81221-20.jpg

81221-30.jpg

81221-40.jpg

今朝の気温-2度、晴
  1. 2008/12/23(火) 06:58:39|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

雪乞い

                              Kyodo News 2008年12月22日 12時30分

   冬至翌日、季節外れの暖かい朝 前線通過で9月並みも
   冬至から一夜明けた日本列島は22日、前線の通過に伴い暖気が流れ込んだため、東日本を中心に季節外れの暖かい朝を迎えた。
   東京都心(大手町)の朝の最低気温は、平年を14・5度も上回る9月下旬並みの18・4度で、コートを脱いで通勤する人の姿が目立った。
   気象庁の観測によると、22日朝の最低気温は、千葉県市原市の牛久で、平年を18・0度上回る18・0度など、各地で9月中旬並みを記録。

ニュースは、風物詩などを別にすれば、珍しいことや事件とか、普通でないこと、それが通常から離れていればいるほど大きく扱われる。
よく言われるのは、「犬が人を噛んでもニュースにならないけれど、人が犬に噛みついたらニュースだ」と。
そういうことで言えば、この暖かさはやはり異常なのだろうなぁ

天童の今朝(午前7時)の気温は6度だった。こんなに温かいとやはり季節外れの感じが強い。
「漬物が... 美味くできないと困る。Mちゃんとの約束があるから」と妻
「うん、でも天気のことだから... やはり温暖化が進んでるということかなぁ」

「雪は山にだけ降って、里にはいらない。そうなら嬉しいんだけど...」妻の口癖みたいな言い方だが、今年はまるで妻の願いが叶ったような状態である。
たしかに暮らしやすい。雪などいらない。けれどなんとなく落ち着かない気分である。冬にはやはり雪が似合う。
「雪がないと寒くもならないしねぇ。雪が少しでもあれば寒さが強いもの。雪はない方がいいなぁ」」
「でもぉ、やっぱり漬物のために、雪が欲しい! このままでは困る」っふふ、妻のジレンマがよく分かる。
「雪国は、雪がないと絵にならない。ママ雪乞いをしようか」
「なのをする?」
「何をすればいいのかなぁ。晴れを願うのはてるてる坊主、雨乞いには寝仏を起こす、さて雪乞いはどうすればいいのかなぁ」

へへ、妻と二人で思案顔 
神様 こんな二人の願いをどうか叶えてください!

  1. 2008/12/22(月) 15:11:12|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

散歩の効用

81220-10.jpg

81220-40.jpg

2008年12月21日(日)晴 

まず昨日のことから
いつものように午前6時に起床し、ルチン・ワークのパソコンを済まし、朝食を食べ終わるとすぐにトラックにアルミ缶運搬用の箱を組み立て、町内の各収集所からアルミ缶をトラックに積んで公民館へ。
今年最後の出荷日であり、福祉推進員のみなさんが早々に作業をはじめている。外気は放射冷却で冷えたけれど、日が照るに従って気温もゆるんでくるだろう。
アルミ缶出荷日は誰よりも早く作業をはじめる自分だが、20日は伯父の49日法要で、それに出席しなければならず、トラックを置いて家にもどる。

伯父の死去は11月18日だったから、もちろんまだ49日にはならないけれど、早いけれど年内に49日法要を済ますのは通例である。
法要には40人近い人が寺に集まって、厳かに執り行われる。その後 墓地に行って納骨。納骨が済めばもう完全に仏さま、神さまとなる。
月山・朝日連峰・葉山の積雪が陽に輝き美しい。とても12月の陽気とは思えない穏やかさ。

天童温泉 舞鶴荘で昼の会食があり、家に戻ったのが午後2時。その後妻と散歩。
妻と一緒の散歩は久しぶり。18日から少しぎくしゃくしていた気分を歩きながら話しあって解消、仲直りする。夫婦はやはり仲良しがいちばんだなぁ
散歩中に、法要の導師であるYさんと出合う。Yさんは同じ民生委員として馴染みの方。会席ではいちばん上座に座った人だが、散歩道では上下はない。
アルコールと贅沢な食べ物を摂ったままでは身体によくないので、散歩やサイクリングで運動しているお互いの姿を認め合い談笑する。

妻が学童の仕事をはじめてからは、妻と一緒に散歩することが少なくなった。妻は学童での運動量が多くなって、わざわざ散歩する必要がないからである。
土日と休みなので、妻は久しぶりに一緒に散歩する気になったようだ。
柿の皮剥きとか、大根掘りなどの仕事をしながらも話しができるけれど、散歩しながらのそれのようにはしっくりいかない。話し合うのは散歩しながらがいちばん。
いくら仲良しといっても、毎日の暮らしの中でちょっとした齟齬が生じることもある。そういう気分を整理しておくことも必要で、それには一緒の散歩がいい。

「気がきかなくて、パパ ごめんね ]
「ママは、一人娘だからなぁ 」
「なにかあったら言って、気づくように」
「分かった。仲良くしよう」
へへ、そんな他愛ない会話で気分がなおればなにもいうことはない。

今日も朝から天気がいい。冬の陽気ではないなぁ
でも、嬉しい気分。これからは少しでも温かい方がいい。ただ困るのは、こう暖かいと漬物が心配である。漬物には寒冷がいいのだが...
漬け物桶に厚い氷が張るくらいでちょうどいい。そうすれば美味い漬物に仕上がるというものだ。

今日は市長選(市議補選も)投票日。
それに当町内八幡神社にて、恒例の伝統行事「ダイゴダイゴ」がある。

81220-50.jpg

今朝の気温6度、曇
  1. 2008/12/22(月) 07:05:38|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

習い性


最近、妻の言葉遣いに違和感を覚える時がある。
被害妄想かなぁ?と思ったこともあったが、どうもそうでないような気がしてならない。
以前とちがうのは、言葉が軽々しく、断定的な言い方が気に障る。
自分がなんか邪険に扱われ?ているような気になり、落ち着かない。

「ママは、もう私なんかいらなくなったんだねぇ」とか、「歳とって、大人童子(おとなわらし・おとなこども)になってしまったからなぁ」とか愚痴をこぼしてしまう。
「パパぁ、なぜそんなこと言う? パパは大事なひとだがら、いつまでも元気で長生きしてほしい。いちばん大切ななパパよ」などと慰められ、っふふ ホッとすることもある。

だが、いつもはあまり感じないのだけれど、時折(あぁ、また乱暴な言葉!)と思うことがある。
乱暴というより、高圧的というか、断定的、もしくは命令的なニュアンスが強い。
妻のお願い(依頼)は、命令だから、という書き方をしてきたが、それは若干の揶揄が含まれている。
決して不快とか高圧的というようなそれはなかった。
しかし、最近の言葉遣いの中で、ふっとそれに似た響きを感じ取ってしまう。

(いったい、どうしたのかなぁ?)と考えてしまう。
そして、なんのはずみなのか、その原因に思い当たった。
(あぁ、そうなのか、これが習い性なのだ)と。
うう 何が(習い性)かを言えば、毎日頑張っている学童保育のことである。

妻は、「最近の子どもは、きかない(素直で温和しくない)。行動も乱暴で、言葉の使い方も知らない」と愚痴めいたことをこぼすのを何度も聞いた。
制御し難い子どもたちと毎日接し、妻の言葉も知らないうちに断定的・命令的になってしまったのだろう。
優しい言葉だけではきかない子どもたち。うう 毒には毒を用いなければならない時が多くなったのかも知れない。
そのこと事態は、切ないことである。本人がはたしてどれほどそれを意識しているかどうか分からないが、その言葉遣いが無意識に出てしまう。
それが習い性というものだろう。

教師の方々には、そういうことはないのだろうか?
仮にあったとしても、子どもたちへの場面と、そうでない場では、ちゃんと切り替えているのだろうか...
妻は、そういう意味ではまったく訓練されていない素人だから、学童保育の場と、それ以外の場面での切り替えを行うということができず、私に対する場面でも、子どもたちへ使う言葉をつかってしまうのかも知れない。

そういうことなら、妻は毎日たいへんな仕事をやっているのだなぁ
優しさだけではやりきれない仕事の場って、けっこうあるものだ。
う~む 妻は、もう少し保育の仕事を続けたい という。
うん 気のすむまでやるのはかまわないが...

81219-70.jpg

81219-80.jpg

81219-90.jpg

今朝の気温0度、晴
冬至だなぁ 明日からは藁の一節ずつ日脚がのびる
  1. 2008/12/21(日) 06:43:56|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

期 待

81218-10.jpg

81218-20.jpg

81218-30.jpg

81218-40.jpg

出合いへの期待

今年だけというわけでもないはずだが、ここのところずーっと毎日濃い靄がかかっている。
太陽が昇ってしばらくすると靄は消えてしまい、晴天になることが多いのだが、今年は昼近くまで晴れない。
終日靄が消えないまま暮れてしまうことさえある。

そういうわけで写真に必要な充分な光が得られなく、眠いようなぼんやりした画像が並んでしまう。
写真にはやはりそれなりの光量が必須である。
靄のかかった光景もわるくはないのだが、それでも必要とする光がなければうまく写らない。光が欲しい。

うう そこでジレンマが生じる。靄と光は両立しない。光は靄を消してしまう。
肉眼では、濃い靄の風景も美しく見ることができる。しかし、カメラはそれなりの光がないとうまく機能しない。
靄が(きれい!だなぁ)思うのは、光と靄が絡み合う時である。光で靄が消される瞬間がいちばん美しく見える。

そういう瞬間、時と場所に居なければ撮れない。
写真は出合い。これも私の持論、というより現実(実際)であろう。何もない(イメージだけでは)のを撮ることはできない。
感動的な映像は、被写体というか、現場事態が感動の現場なのである。そういう現場に出合うかどうかが写真(作品)を左右する。
詩や俳句などは、目で見たそれを蘇らせながらつくることができるけれど、写真は目前のそれを写すしかない。

花や風景は、美しい時間がある程度持続するが、煙りや靄が光と絡み合う光景は、瞬間的である。スポーツや人の表情(場面)なども似ている。
持続する時間とそうでない瞬間(再現不能な)ではまったくちがう。
持続するシーンは、何度でもリセットできて撮り直しがきくけれど、瞬間は1回性でありリセットできない。

そういうことで言えば、リセットできないシーンは、それだけで写真(作品)になることが多いのかも知れないなぁ
うう 例えば、釣り落とした魚が大きく感じる?のに似ているのかも...
久しく「彩雲」を撮りたいと、ことあるごとに空を見上げるのだが、感動を覚えるそれにはなかなか出合えない。
瞬間・1回性・希な出合い等の写真がうまく撮れたら、それこそ僥倖というべきだろう。
いわゆる「やらせ」で、似たようなのを撮ってもそれは感動を覚えるものにはならない。

う~む、だからこそ写真って楽しいのかも知れないなぁ

81218-50.jpg

81218-60.jpg

81218-70.jpg

今朝の気温4度、晴
  1. 2008/12/20(土) 06:58:59|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

変わる農作業

81216-b.jpg

81216-c.jpg

81216-d.jpg

意図とちがう

ある方のBBSに重機の写っている画像をおいたところ、次のようなコメントをいただいた。
   当地にも全く同じような光景が見られます
   年末の工事が盛んですね 工事用のブルドーザーが盛んに動いていますね
   野焼きの光景もなかなか絵になりますね

う~む、重機だからなぁ... 重機(ブルドーザー)イコール 工事と思われても、それは仕方ない。
広い意味で言えば、畑でのそれも工事といえば言える。
実は、その画像に写っている重機は、果樹を植える穴を拵えているのであり、厳密には道路工事等のそれとは違う。

同じと言えば同じかも知れないが、農作業は工事ではない。
果樹(古木)を伐採し、根を掘り起こし、その畑に新しい品種の苗を移植する。それは農作業であり、いわゆる工事とはちがう。
農作業も機械化され、果樹の剪定・花摘み・消毒・除草にも昇降機やスプレーヤー、除草機械を使う。稲作でも田植えから収穫まですべて機械化されてる。

農作業風景に重機が写っていても当然で、それを工事と見るのは... うう 現在では見当外れになってしまう。
工事用ブルドーザーと映ってしまったのなら、それこそ失敗写真であるなぁ
写真を撮るのも、また見るのも人の目。画像から得る意味は、感性によって大きく左右する。
現在の農業の姿をリアルに撮ったつもりなのが、まちがった姿で受け取られ、なんとなく落胆している。

ただ救いなのは、たとえ間違った(見当外れ)の受け取り方をされても、実害がないことである。
(ちがうんだけどなぁ)で終わってしまう。微苦笑は出ても、他人へ迷惑を与えたり、害を生じるわけでもない。
しかし、写真を好きでやっている者同士に齟齬が生じるのは好ましいことではないなぁ

写真を見るのは楽しい。同じ写真を見ても、その感想はいろいろちがう。
それでいい! さまざまな見方・感じ方ができるのは、豊かな映像かも知れない。
しかし、事実とちがう認識で見られたら、うう ちょっと戸惑いを覚える。そして、このようなご託を並べることになる。

予算に基づいた事業(工事)と農作業は大きくちがう。農作業は、年度内に消化する事業とちがって、年末だからやるという性質のものじゃない。
1年を通し、計画した農作業である。雪がくる前、春になってからでは遅い、時季を選ぶ作業だから、この時期に慌ただしくやっているのである。
この時季の旬の風景として、野焼きとダブらせて撮った。

写真って、ね 楽しいけれど、なかなか難しい面もあるなぁ

81216-e.jpg

81216-f.jpg

81216-g.jpg

今朝の気温2度、雲多いが青空も
  1. 2008/12/19(金) 06:06:11|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

古希を祝う会

81216-i.jpg

81216-j.jpg

古希を祝う会

昭和30年に中学を卒業した我々の同級生から、「古希を祝う会」の案内があった。
正直言えば、「古希」のことをあまり知らない。そこで早速検索(http://70iwai.snbp.net/)すると、以下のようなことが書いてある。
                          
   古希祝いとは数え年で70歳の長寿のお祝いです。
   古希の由来は唐の詩人、杜甫の曲江詩「人生七十古来稀」にちなんでいると言われています。
   還暦祝いは満61歳ですが、古希祝いを含め、これ以降の長寿のお祝いは全て数え年で祝います。
   これは昔は70歳まで存命するのは非常に稀なことだった為であると考えられます。

   ちなみに、古希祝いの前の還暦祝いは60歳ですが、現役の方も多く、現代では古希祝いが昔の還暦祝いに当たると言われることもあります。これは納得できる話ですね。
   ご参考迄に長寿の祝いとは、還暦祝いが数え61才、古希の祝い 数え70才、喜寿の祝い 数え77才 、傘寿の祝い 数え80才 、米寿の祝い 数え88才、卒寿の祝 い 数え90才 、白寿の祝い 数え99才、紀寿の祝い、 数え100才 です。

   古希祝いのしきたり還暦祝いには赤いちゃんちゃんこを贈るしきたりがあるようですが、古希祝いの場合、色は紫色がしきたりです。
   平均寿命が伸びている現代では、還暦祝いはまだまだ本人に長寿、老人という気持ちも薄い為、長生きを祝いというよりも、ますます健康でいられるように、という意味でいつもより賑やかで派手めの誕生祝をしてあげることも多いようです。
   古希からは長寿祝いとして家族で祝ったり、親族、知り合い等も呼んで古希祝いを催す場合もあります。古希祝いといっても主役は本人ですので、場所や食事内容、贈り物など、古希を迎えた本人の意思を尊重してあげることが大切だと思います。

ふ~む、そういうことなのだなぁ  昔は、数えで70を超えて生きることが希だったのかぁ 
現在では、80歳を超えないと、「もう少し長生きしてもらいたかった」などの言葉が聞かれるほどで、70を超えてる人は多くなっている。
案内文には、「盛大にお祝いをすることに意見が纏まりました」とある。
ふ~ん、70を超えたことがそんなお祝いするほどのことなのかと... へへ なんともヘソがむず痒い気分である。

でも、まぁ 目出度いといえば、めでたいような気になるから可笑しい。
さてさて、古希を祝う会は、来年3月1日~2日、天童温泉 天童ホテルで行うというのだが、出欠についてはまだ決めていない。
どうするか、ゆるゆると考えることにしよう

81216-k.jpg

81216-l.jpg

81216-m.jpg

午前10時10分の気温8度、曇
午前6前の表示サービスが不具合で書けなかった
  1. 2008/12/18(木) 10:10:08|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

市長選挙

81216-90.jpg

市長選挙

現天童市長は、残り任期わずかだったが 一身上の都合(高齢・病気)で辞職した。
新市長を選ぶ選挙が21日に執行される。年の暮れでなんか忙しい気分なのだが、我国の総理大臣がみじめな姿でおたおたしているのを見るにつけ、うん 新しい市長で新年を迎えるのもいいなぁと思っている。
市長候補に二人が立った。Y氏(61)とK氏(58)である。両氏とも無所属であるが、Y氏の後ろには自民党のE衆議院議員がおり、K氏の後ろには民主党のK元衆議院議員がいて、いわゆる代理戦争的な選挙戦になっているのは周知のことである。
Y氏は、自民党と公明党からの推薦を受けたようである。
一方のK氏は、党派からの推薦を受けず、市民党を名乗り、チェンジを声高く叫んでいる。
市長選挙(市議補選)に続いて、新年早々には知事選挙(県議補選)があり、さらに早晩衆議院選挙がある。
政治への高まり(関心度の高まり)は、やはり自然だろう。人が集まれば、話題は選挙のことになってしまうは、わるいことではない。。

「天童の家」食事の際にも配られた選挙公報が話題になる。
「市長は誰を選ぶか決められるが、市議会(補選)は広報だけでは分からない」妻がいう。
「マニフェストをちゃんと載せないで、惹句ばかり並べてもなぁ」息子が言うのを聞き(ふむむ そうだなぁ)と同意の気分。
「政治は、やはり金の使い方(予算の立て方)だよ。そういう意味では、今回の広報、Y候補のそれはいい。乳幼児から小学校6年までの医療費完全無料化に1億8千万円とか、学童保育所の完全公設民営化に1億円などと具体的に数字をあげている」と私

「『今こそ、天童市民の力を結集しよう!』とか、『天童チェンジ市民力』などと言ってもなぁ、何に対して結集しチェンジするのか分からない」息子から批判されるようなものでは(やはりダメだなぁ)と思う。
「私、誰に入れるか決めた」妻がきっぱり?言うから可笑しい。

政治は、ある力(権力・制度)によって集めた金を使う。その使い方がよければ善政になるし、おかしな使い方が悪政となる。
市長になったら、お金はこのように使うことにします、とはっきり言う必要がある。
それも言わないで、いくら惹句や美辞麗句を並べてもしかたない。
心情的には、自民党より民社党に傾いているのだけれど、選挙広報(マニフェスト)を読む限りにおいては、Y氏に手をあげたい。

はてさて、どういう結果になるのか?
21日投票、即日開票だから、今後 4年間市政を託す新市長が4日後に決まる。

81216-80.jpg

81216-a.jpg

81216-h.jpg

今朝の気温
  1. 2008/12/18(木) 05:33:39|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

カレンダー

81215-f.jpg

81215-g.jpg

81215-h.jpg

カレンダー

ふ~っ 溜息をつかなければならないようなものは何もない。
アメリカ発の世界金融恐慌は、100年に1度あるかどうかなどと世間が騒いでるけれど、「天童の家」にはまだその波が届かない。毎日が平穏で、こころ穏やかなのはありがたい。
今朝(16日午前9時)「天童の家」に2つ目のデジタル・テレビが入った。はじめの1台は6月に自分たちの部屋に入れた。今度は半年ぶりに茶の間に据えた。洋間には来年でいい。
デジタル・テレビもずいぶんと安くなった。以前は20~30万円もしたようだが、32型でも10万円未満で買える。(ポイント制を利用たが)

うう テレビのことはどうでもいい。
カレンダーについて書こうと思ったのである。溜息は、その時に出た。うん(今年も残り少なくなったなぁ)と思ったら、なぜか溜息が出た。
時が過ぎるのが速いとはちっとも思わない。それでも、やっぱりいつの間にかこんなに暮らして来たのだなぁと思う。
『篤 姫』が終わり、来年からは『天地人』がはじまる。直江兼継が主人公だから米沢が力をいれている。 ん? 大河ドラマは、暦とは無関係だなぁ
ふむむ カレンダーになかなか集中できないなぁ

この時期になるとカレンダーのことを思う。妻とも話す。行事等を書き込めるのが欲しいとか、月毎のだけでなく1年を通しで見られるのも必要で、それをどこからもらう(入手)かなど確かめる。
銀行・農協・車屋・燃料店・商売をやっている親類からも届くから、数に不足はないのだけれど、考えているようなのが必ずしも入手できるとは限らない。
世の中、不況になればなったでカレンダーがPR手段となる。それでも好況の時とは微妙にちがって、カレンダー入手もそれなりに手をうつことになる。
カレンダー確保は、特別難儀なことではない。どうしてもというのであれば、買えばいい。これまで 買ったことは一度もないが...

うう 前置きはこのくらいにし、今日 書きたかったことを書こう。
妻のカレンダーは、妻専用で、いろいろと書き込んである。普段 私がそれを見ることはない。
その妻の書き込みに、なぜか目が行った。けっこういろいろな行事などが書かれている。それらの中で、18日の日付の所に「パパ誕生日」と大きな字が読める。
先日の「ど忘れ」があったから、大きく書いておいたのだろう。その書き込みを見ていたら、う~ん なんだか可笑しくなってきた。
子どもであるまいし、この歳になっていまさら誕生日でもあるまい。

でも、カレンダーってなかなか便利なものだなぁ
書き込みスペースが大きければ大きいほどいろいろと利用ができる。18日の妻の書き込みに続けて「いつまでも仲良くしてくださいね」などと書いたら、へへ 妻はどんな顔をするだろう、などと思って一人でにやにやする。

81215-i.jpg

81215-j.jpg

81215-k.jpg

今朝の気温0度、晴
  1. 2008/12/17(水) 06:42:55|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

スイカズラ

昨日、散歩道で撮ったスイカズラ
スイカズラは、忍冬とも書く
雪国では、常緑樹以外はたいてい落葉するが、スイカズラは雪の中でも青い葉っぱのまま越冬する

81215-l.jpg

81215-m.jpg

関心がなければ、なんの変哲もない植物
春になれば、花が咲き、蜜を求めて蝶(特にアゲハ)たちが寄ってくる

81215-n.jpg

雪や寒さに耐えるという思い入れがあるから愛おしく感じる

81215-o.jpg

日暮れが近づき、気温がどんどん下がってくる
午後4時にまだ間があるのだけれど5度と寒くなってきた
  1. 2008/12/16(火) 15:50:59|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

実たち

また画像を並べる
今日も晴れて気持ちいい。散歩しながらまたカメラを楽しんできた
これらは昨日撮ったもの(クレマチスとサンシュユは庭で写した)

81215-e.jpg

81215-a.jpg

81215-b.jpg

81215-c.jpg

ストック画像はまだいっぱいある
どうしようかなぁ...

午後3時20分の気温7度、晴
  1. 2008/12/16(火) 15:21:34|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

大地の音

81215-d.jpg

生きた軌跡

       逝し子がアゲハになりて帰りくる庭の柚子の木冬囲いする     糸魚川市・二上ユミ子
哀しくも、こころ温まる歌だなぁ

       大根の目の覚める白 蓮根の柔らかき白 冬到来す        西東京市・林 千鶴
白にもさまざまな白がある。雪は白だが、雪にもさまざまな色がある。

       照れながら息子がつれてきたひとはやさしく話す京のことばで    越谷市・黒田祐花
       25冊の短編集を編んできた銀婚式のあなたと私           越谷市・黒田祐花
あと25年たてば、二人の大長編物語ができる。うん、誰でも一人1冊は長編小説が書けるのだといわれている。

       美しき衣いちまい纏うごと年重ねたしわが誕生日          佐倉市・船岡みさ
美しく老いることは、なかなか難しい。歳を重ねる毎に薄汚れていく方が多い。うう 自身のことを冷静に見るとそんな気がしてならない。
美しく老いたらどんなにいいか。そういう方を見かけると羨ましく思う。

       焼薯も食べてみたかろ郷隼人       広島市・安永達生
先週の朝日歌壇で、郷さんの歌について私の感想を書いた。(以下2行、先週の再掲)
 異郷の獄舎で、寒い夜に懐かしさが一入増すのは、故郷で食べたあの味。自由の身なら、また食べることもできるだろうに... それが叶わない。
 娑婆にいれば、風呂吹や藷粥はすぐにも食べられるし、暮らしが楽でないといっても鮟鱇鍋くらいはなんとかなるから、うん ささやかな欲望
       風呂吹に藷粥、鮟鱇鍋などを想い浮かべる時雨るる夜は     アメリカ・郷 隼人
安永さんの句は、郷さんの歌を読んでのもの

       餅を搗く音を大地の音と聞く       埼玉県・宮城和歌夫
       何処までも蒼き小春のけふを生く     川崎市・渡辺蝶遊
       郷土紙にくるんでありぬ泥の葱      久慈市・和城弘志
       柴刈も洗濯もせで紅葉狩         柏崎市・須田久男

                      短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(14日付)より

81215-30.jpg

81215-10.jpg

81215-20.jpg

はてさて、どっちがいいのか...
迷った

今朝の気温0度、晴
  1. 2008/12/16(火) 06:28:13|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:4

雪降る前の

今朝 雪が舞ってたが、白くなることはなかった
ストック画像がたまったので並べる。雪降る前の景色など
昨日撮った

81214-10.jpg

散歩道から眺めてる風景の中で...
見る位置をちょっと変えただけで、うん 違う風景に見える

81214-30.jpg

81214-50.jpg

カリン 収穫されないまま落果してる。間もなく雪の下に隠れてしまう

81214-60.jpg

スイカズラ 冬でも葉っぱをつけたままで越冬する うう、「忍冬」

午後4時25分に気温4度、今日は穏やかな一日だった。もう薄暗い
  1. 2008/12/15(月) 16:25:18|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

ど忘れ

81211-10.jpg

81211-20.jpg

九州旅行

「パパの誕生日、16日だったよねぇ。今度何歳になる?」妻の言葉を聞き、(ドッキ!)と心臓が動く?
「16日?って、何処の誰の誕生日かなぁ」さりげなく言う。
「パパのでしょ! えっ! ちがうの?」
「さぁ、ねぇ 夫の誕生日を忘れてしまったのかなぁ... さてさて」
「ねぇ 」妻は、みるみる困惑顔になってく。

12月6日は、娘の誕生日だった。妻は、娘の6日と混同してるのかな、それとも母(10月16日)のそれとかな...
6日、16日と6が並ぶから... でも、私は18日である。12月18日で69歳になる。
妻は故意に違えて言ったようすではない。
思い違いというのは誰にでもあるけれど、夫の誕生日を失念したというのではちょっとマズイのではないか。

うむむ なんか気まずい空気が流れる。
どう対処すればいいかなぁ 
もちろんど忘れであって、決して痴呆などのはじまりではない。
それでも妻にしてみれば、気持ちいいものではない。うむむ。私だって同じ

「2日早くお祝いしてもらえるんだから、なんか得した気分だなぁ」私はおどけた気分を強調して言う。
「あっ、パパぁ 18日だったねぇ。ごめん、どうして16日なんて...」
「うん、誰にでもあることさぁ 気にすることない。18日で69歳だなぁ」
「誕生祝い、なにがいい?」
「ほら、結婚記念の旅行もまだだし、ママの誕生日(1月8日)も近いからさぁ みんなまとめて温泉にしよう」

「パパ、来年は九州へ行こうよ。別府と阿蘇を楽しみたいなぁ」
「うん、九州旅行、しよう。ママは九州ははじめてだよな。行こう、行こう!」

ということで、来年のゴールデン・ウイークは念願の九州旅行が実現しそうである。

81211-30.jpg

81211-40.jpg

今朝の気温-2度、晴れて見えるが...
  1. 2008/12/15(月) 06:34:03|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:4

見方いろいろ

81211-60.jpg

81211-70.jpg

写真を読む

ある方のBBSに、赤い実の画像をおいたところ、次のようなコメントがあった。
   赤い実が印象的ですね 大変綺麗で食べられるのでしょうか
   こうした作品は主役だけで脇役がいませんから難しいですね
   どう撮ったら良いのか私にも分かりません

(なるほど、他人さまにはこのように映るのだなぁ)と頷く。
その画像は、たいしたものではなく(人の目にどういう感じをあたえるのかなぁ)と軽い気持ちだった。
よく考えると、そのBBSの方(仮にTさん)に申し訳ないことをしたと反省している。

自分のブログでは、どのような画像を使おうとかまわないのだが、他人さまへはちゃんとしたのをおかないと失礼になる。
ちゃんとした、というのは、それなりの意図があり、伝えたい、見てもらいたいという画像でなければならない。
曖昧な、というか あやふやなどうでもいいような画像は他人さまの掲示板を汚すことになる。

Tさんのコメントを繰り返し読み、いろいろ思うことがあった。
「主役と脇役」とは何を指すのか? Tさんは、画像が何を表現しているのか分からないと言っているのだろうと理解した。
写真に主役(テーマ)と脇役(見る人)がいるということなのか、脇役の意味がもう一つ掴めない。
「どう撮ったらよいか」をTさんは分からないといわれるが、やはりなぜこのようなのを撮ったか理解できないと重ねて言ってるのだろうと理解した。

うむむ、写真(画像)を見るに、よけいなことを考えることはない。
そこにある写真が全てである。目の前にある画像から何を感じるか、感じないか、ただそれだけ。
主役も脇役もない。何をどう撮るかなどの心配も不要である。目の前にある画像から何を受け取るか(受け取らないか)だけでいい。

詩や俳句を読んだ時、感動を受けるかどうかが肝心。こころはさまざまに動く。快感だけでなく、大きな不快感を覚えることもある。
詩や俳句から、時に大きな意味や時間を感じることもある。そういう作品に出合ったときには、深い感動を受けることがある。
写真(画像)にも詩や俳句と同じような働き(力)がある。
1枚の写真に、詩情を覚え、また時間の流れを感じ、感動することがある。

構図とか、何をどう撮る(写っている)かなどを吟味する前に、その映像から何を受け、どう感じるかである。
何も感じない(もしくは感じたくもない)という場合もある(しばしばある!)
それはそれで仕方ない。見る者の感性や理性も大きく関与するからである。

写真が好きで、撮っている。
質のいい詩や俳句などと同じような写真が撮れればいいなぁ
一枚の画像から、詩情や、時の流れを読めるようなものであれば、撮った甲斐があるというものだ。

81210-b.jpg

81211-80.jpg

今朝の気温3度、曇
  1. 2008/12/14(日) 07:06:19|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

P R


見出しをPRとしたのは、「天童の家」をPRしようというわけではない。
昨日の新聞折り込みチラシで、1000円カットショップのオープン広告を見た。ヘアカット専門店は、東北中央病院への途中にあるのを地図で知った。
歯科受診は午前11時半の予約なので、その前に伸びすぎた髪をカットしようと午前10時まえに出かける。

チラシに載っていた地図で店(東京エスカットショップ大野目店)の所在の見当がついていたので探しながら車を走らせる。
が、それらしい店が見つからないので、山寺街道に戻り再度13号線を南下しながら探す。
3度探したが、とうとう見つからず、あきらめ病院へ行き、待合室で持参の本を開く。
(開店が13日だったから、前日に行ったことを後で気づいた)

病院から家に戻って、妻に「店が見つからなかった」ことを話すと、妻が店へ電話をし、店の在り場所が地図とちがうのが分かる。
チラシの地図は、まったくデタラメで、なんとも迷惑千万の代物。これではせっかくのPRが役立たない。
在職中は広報の仕事もやっていた(広報部長だった)から、こういうチラシを見ると呆れてしまう。

以上は昨日のことで、以下は今日のこと

朝食を済ますと、製粉を頼んでた高瀬の即売所へ行きソバ粉を受けとる。そのソバ粉を仙台の友人に届ける予定だったが、妻に急に野暮用が入る。
仙台へは妻の用事を済ませてからということで、時間が空く。「パパ、髪をカットしてきたら」妻の言う通りに昨日探せなかった店を目指す。
うふふ 謎探しめいた気分が楽しい。ヒントは「ドコモショップ」の近くにあるらしい(電話で知る)...
大野目交差点を突っ切り、千歳橋への道を進んで探すが空振り。次ぎに二口橋への道を探す、と、ドコモショップが見えてくる。
けれど、今日オープンしたようなヘアカット店が目につかない。ずーっと行き過ぎてから、同じ道を戻りながら探すがなかなかそれらしい店がない。

ドコモショップ隣の書店の駐車場に車を入れ、ドコモ周辺を探す。
目指す店が、ドコモショップの奥に隣接してあった。よく眺めると開店を祝う花がたくさん並んでる。
だが、通りからは目立たない。なんという宣伝下手さだろう。通りから眺めて、よく分かるような花の置き方をしなければせっかくの賑やかな花が華でなくなる。
折り込み広告の地図の拙さ、また開店祝いの花の飾り方に工夫が足りない。要するにPRがなっていないのである。

レベル高いサービスをしようと考えても、そういう店があることを知ってもらわなければ目的は達せない。
店内は静かで明るく、カットスキルも申し分ない。とにかく宣伝下手はなんといってもダメだ!
そうしみじみ思った。

すっきりした頭で、仙台の友人宅へソバ粉を届け、今戻ってきた。
店のことを書いてくださいと頼まれたわけじゃないけれど、なぜか書く気になった。
広報(PR)って、ほんとうに難しいんだよなぁ

午後4時50分の気温9度、外は暗い
  1. 2008/12/13(土) 16:52:42|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

ある運動

81210-c.jpg

81210-d.jpg

あいさつ運動

干布地区(「天童の家」がある所)では「地域づくり委員会」なるものがって、その中の小委員会の一つが「あいさつ運動」というのを企画し、実践している。
「あいさつ運動」は、なにも難しいことをやるわけではない。朝には「おはよう」とか、「おはようございます」と挨拶を交わそうというそれだけ。
四辻に、町内会の役員・民生委員などが立って、登校してくる子どもたちや信号待ちしてるドライバーなどに「おはよう」と挨拶する。

あいさつは、コミュニケーション はじめの一歩。対面した者同士がまずはじめに発する言葉があいさつ。
それが最近ではなかなか実行されていないのが実情である。出合ってもなにも言わない。無言ではなにもはじまらない。
毎日散歩している。何の関係ない人とも出会う。それでも「おはようございます」とか、季節や天気模様などを話すことが多い。

ところが、出合ってもあいさつもない場合、なんとなく(へんだなぁ)という気分になることがある。
身知らずの人に言葉をかけることが、逆におかしいのかも知れないが、それでも散歩を目的にしているのが分かれば、たいてい親近感を覚え、言葉の一つぐらいかけたくなる。
「おはようございます」と言うだけで、なんとなく納得?というか、落ち着く。
なのに、無言ですれ違うのは... なんとなく落ち着かなく、不要な警戒心さえ生じることもある。

挨拶したところで、なにかを失うわけではない。プライバシーに立ち入ろうとするわけでもない。
散歩以外のために歩いている人もいないわけではないが、多くは散歩が目的である。そんな場での挨拶はどうっていうこともない。
あいさつ運動は、散歩道でのそれとは少し違うかもしれないが、まぁ だいたいは同じと考えてもいい。
挨拶は、実行してみれば、それほど面倒なことでもない。むしろ、短い言葉であっても、言葉を交わすこと(コミュニケーション)の第一歩がたしかに実感できる。

「天童の家」をやっていて、最近思うのは(あぁ 散歩に似ているなぁ)である。
ちがうのは対面がないことだろう。でも、「天童の家」という私の分身がいる。私はなにかしら話しかけている。うふふ それに対し、一言返事があったらどんなにか嬉しいことだろう。
うう 我田引水になってしまったなぁ 気にしないでください。

81210-a.jpg

81210-e.jpg

今朝の気温4度、曇
  1. 2008/12/13(土) 06:58:05|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

義 歯 5


他人さまには、どうってないことであるが、義歯のメンテナンスをしてもらったら、やはりそれなりに具合がいい。
っふふ 苦痛がある、なしで、気分は大きく変わる、というか うむむ、痛まないと穏やかな気持ちになれる。
痒いとか痛いというのはこころを落ち着かせない。そういう苦痛が解消すると、うう 幸福感さえ覚えるから面白い。

医者(技工士)の技は、(凄いものだなぁ)と思う。それを仕事にしてご飯を食べているプロだから当然といえばそうなのだが...
それでも(凄い)というか、(ありがたいなぁ)と素直に嬉しくなる。

調整してもらい、元の自分の歯と同じようになったわけではない。
やわらかい食べ物なら、義歯であることを意識せずに咀嚼できるが、硬い物を噛めば、まだ痛みを覚える。
生身の歯肉(顎)に、相当に強い力をかけるのだから、むしろ痛みを覚えない方がおかしい。
そのことをわきまえ、少しずつ歯茎を鍛え、上手な噛み方を会得していくしかないだろう。

上のそれは、医師から言われたことではない。自分なりに考えれば出てくる当然の答えである。
抜歯した歯肉は、やわらかい。そこへ硬い義歯(人工の歯肉と歯)を被せるのだから、強い力を加えれば痛まないわけがない。
そのことを理解すると、義歯に対し過大な期待をもつことがいかにバカげたことかが分かる。
義歯は、あくまでも代替物でしかない。言えば偽物。偽物が本物を凌駕することはない。

そのあたりを理解し、わきまえてしまえば、人工物の義歯を上手に使うしかない。
過剰な期待は禁物。そう思うことでこころも落ち着いてくる。

へへ これは、自分への忠言。
他人さまからみれば、な、なんとも女々しいと映るかも知れない。うう 義歯使用とは、なんともまぁ こんな次第である。
あっ 「女々しい」などと言っては、女性の方々に怒られる。(ごめんなさい)

午後3時の気温6度、雲多いが青空ものぞく
  1. 2008/12/12(金) 15:03:35|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

クラブ名変更

月山山形
    モンテディオ改名?

                           2008年12月12日 06時02分   スポニチ
 モンテディオ改名? 候補は「月山山形」
 来季からJ1に昇格するJ2山形がチーム名を変える計画があることが11日、明らかになった。
 現在の「モンテディオ」を漢字名に変更するプランで、庄内、内陸の両地域を結ぶ名山「月山」が候補に挙がっている。

 モンテディオはイタリア語の「モンテ=山」、「ディーオ=神」を組み合わせた造語。
 月山、湯殿山、羽黒山からなる霊峰・出羽三山に引っかけているが、96年にわずか約1500票の県民投票で決まった経緯がある。

 そのため、新たなチーム名を模索してきたが、出羽三山で標高1984メートルと最も高く、蔵王連峰や鳥海山のように他県にまたがっていない月山が候補となり、18日の臨時理事会で提案されることになった。
 「月山山形」が採用されれば、J初の漢字の愛称。ただ、来季はリーグの承認が間に合わないため「モンテディオ山形」で戦う。


朝日新聞「山形版」でも大きく取り上げられてる。
 周囲は疑問・戸惑い
 J1定着目指し集中を / これ以上の名前ない
などの見出しが並ぶ

 構想実現には費用がかかる上、県民投票で選ばれ、長年親しまれた名だけに、議論を呼びそうだ。
とも書かれている。

  1. 2008/12/12(金) 09:08:53|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2