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ある会話

へんな夫婦

先日の朝のこと
「ママぁ 今日も草取り? 疲れたなぁ、今日は休もうよぉ」と私の恨み節
「パパは、休んでいいよ。 私できるだけのことしてくるから」
「ママがやっているのに、休むことできないから、行くよぉ」
そんなやりとりがあって、今日も自主的?に草取りをやった。

先日の夕食の時
「あぁ、ママにこき使われ、もうなにもする気がしない。寝る」
「私、こき使った?」妻が不満そうな顔
「あぁ、ごめん。草取り 自主的にやったのだから、ね うう『こき使われた』はないなぁ」

他人からみたら、ほんとにおかしな夫婦と思われるだろう
へへ 毎日がこんな他愛ないというか、へんちくりんな会話をしている。
こんな会話ができる相手がいることが、実はたいへんありがたいことであると心底思う。

学童保育からの帰りが遅いと、帰ってくるのを道路に出て待っている。
こうなると、もうほとんど依存症というか、共生関係で、精神医学上は病的といえる。
まだ他人へ迷惑をかけないのがせめてもの救いであり、まだ病院へいかなくてもいいかなぁと思う。

もし、今 妻がいなくなったら... どうなるのだろう??
だから、できるだけ仲良くしていきたいとおもっている。
なんとも女々しいかぎりだなぁ

今日で8月が終わる。とても長く感じた8月だったなぁ
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  1. 2008/08/31(日) 07:24:16|
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雑 草

邪魔な草

農業の真似ごとをしていて、苦手なのは草取りである。
機械で刈るのはそんなに苦痛ではない。しかし、ソバの草取りは手動?だからたいへんだ。
昔、田の草取りをやったことがある。誰がなんと言おうと田の草取りほどたいへんな作業は、この世にないと思った。

ソバ畑の草取りは、田の草取りとちがい、踏み台に腰掛けてやるぶん楽だ。
ここしばらく午前は、妻と二人で草取り。イヤではあるが、やるしかない。
田の草取りとちがい、妻と会話しながらなので、時間がけっこうはやく経つような気がする。それが救い。

「ソバは、消毒も肥料もいらないからいい」妻が言う。ふ~む、ほんとはそうじゃないのだが... それは言わないでおく。
「ソバって、米が獲れない山の畑でも収穫できるからねぇ。だから山間僻地のソバが旨いんだよ」短絡的な言い方だが、妻はそうと頷く。
「ほら、ソバを食べる虫だっているんだ」通称ネキリムシと言われる虫(2.5センチほどの丸まった蛆)を妻に見せる。
「ソバが途中で折れたようになってるのがあるだろ。この虫に食われたソバなんだ」妻に見せた後、その虫をぽいと放り投げる。
「パパ、どうして殺さない。そんな害虫は殺さなくてはダメ!」妻が呆れた顔で忠告する。

妻の言うのが正論?だろう。害虫なら処分するのが農業をやる者のセオリーだ。
だが、殺さずに目の届かない方へ放り投げた自分にも言い分がある。害虫だろうが命をもっている。またどんな成虫(たぶん蝶か蛾)になるのかなぁとの思いもある。
ソバを食べるといっても、たかが知れている。殺すよりはどこかへ放り投げた方が気楽だ。

「パパ、今度からちゃんと殺さなきゃダメよ。害虫なんだから...」
「うん、分かった。そうする。ママは強いなぁ」
「そういう言い方しないで! 強いとか、残酷とかの問題じゃないの。パパは優し過ぎるのよ。というより、ほら、消毒しなきゃさくらんぼが病気になるし、虫に食われる。それと同じ。高い金で薬剤を買ってやるんだから...」
「あぁ、分かった。今度見つけたらちゃんと処分するよ」

農業をやっている以上、やはり草取りをやり、害虫は見つけ次第殺さなければならないのは当然のことである。
ソバ畑では、ソバ以外の草は、すべて雑草である。たとえどんなにきれいな花を咲かせようと、それは雑草でしかない。
命とかへの価値観や感情が混じることは、ない。それが農業をやる者の姿であり、誰もそれを非難できない。
害虫は、害虫以外のなにものでもないし、雑草も、雑草以外のなにものでもない。

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今朝の気温21度、雨
  1. 2008/08/31(日) 06:13:58|
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出歯亀

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出歯亀

下心はないが... カメラを向けるのになんとなく躊躇する被写体がある。
もちろん被写体自体に、人目をはばかるなにものもない。
それなのに... その情景を撮ることに、なんというか、ある種の後ろめたさのようなのを覚える。

ふと頭に浮かぶ言葉が、出歯亀
そうだなぁ 覗き見してるような妙な気分
被写体のいる場所は、誰からも見える位置である。時刻も真昼だ。当人たちもそのことは充分承知しているはずである。

女性は水着を着用しているから、川原に水遊びに来たのだろう。
流れの中で水遊びをしていれば、素直?な気分でカメラを向けられたかもしれない。
しかし、このような被写体を撮るにはなぜか出歯亀の心境?に近いかもしれない。

う~む、自分のこころに出歯亀のこころに似たものがあるから、そう感じるのだろうか
そうかも知れないし、そうでないかも... 
そんな思いで、画像を妻に見せる。

「ネットにアップしたらマズイ写真かなぁ」
「誰とも分からないし、別にわるくないと思うけど」妻が言う
「そうならいいけど... なんか覗き見してるような気分が... ママには感じない?」
「人から見られる所にいるのね。このカップル、きっと意識してそこにいるのよ。見られたくないなら、そんな見られる所で話し込まないもの」
カップルは、無邪気に会話を楽しんでいるようすだ。昔(自分たちの若い頃)は人前ではなかなかこうはいかなかった。今でもこんなのを見ると恥ずかしい気分になる、と妻が話すのを聞き、(やっぱりなぁ)と納得する。

「もっと凄いことを人前でやってる若者もいるじゃん」若者ふうな言葉を妻が言う。っふふ それが可笑しい。
「うん、世の中が変わってきてるからなぁ。別にわるいこと、迷惑になることしてるわけじゃないからね」
そう言いながら、でもなぁ (目のやりばのない時もあるなぁ) っふふ、それは自分にとっては迷惑だなぁ。
そんな屈折した感情が、今回は出歯亀などという死語に近い言葉を思う浮かべたわけかも知れない。

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今朝の気温22度、雲多いがわずかに青空
  1. 2008/08/30(土) 05:25:15|
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泥 縄


秋野菜を蒔くために雑草を取り、肥料を施し、耕したことはすでに書いた。
書くべきことが、っふふ もう一つあった。
草取りを済まし、肥料をやるという段階で、妻が言う。「パパ、肥料を買ってくるから休んでて。それとも一緒に買いに行く?」
「ん? 今、ここにまく肥料を準備してなかったの? これから買いに行く?」私は驚いて問う。
「買いに行く? 行かない?」と妻が重ねて問う。
「バカものぉ! そういうのを泥縄っていうんだ。泥棒を捕まえてから、泥棒を縛る縄を綯う。そんなことで恥ずかしくないか!」大声でがなる。
「そんなに怒らなくても... 肥料はばあさん(母)が担当だもの」膨れ面の妻。

「天童の家」では、妻も私もサラリーマンで、定年退職後に母を助ける形で農業をはじめた。
さくらんぼ消毒の調剤は、妻がやるようになったが、畑の肥料に関しては、まだ母が担当してるようだ。
へへ 私の役割は、従業員というか、言われた作業を実行する実働者である。だから、薬剤のことも肥料の詳細も知らない。

しかし、仕事には段取りがあり、手順がある。それをちゃんとやるには、それ相応の準備をきちんとしておかなければならない。
消毒には、薬剤の準備(購入)を予めしておくのは言うまでもない。
施肥作業には、必要な量を準備しなきゃならないのはもちろんである。

「パパ、ごめん。すぐに買ってくるから、休んでて。そんなに怒ったら、ばあさん気分わるくする」
妻に言われ、ハッとする。(そうか、まだ肥料担当は母だったのかぁ)
へへ、もうそろそろ分担制?を止めて、すべてを妻に任せるべきかもしれないなぁ
ん? 妻は、学童があるのだから、ここはやはり自分が引き受けるのがベターなのかも...

うう、それこそ、泥縄みたいな感じだなぁ
もうこうなったら、妻がすべてを統括する。妻が社長で、私は従業員でいい。母には決定権のない会長になってもらおう。
うん、それで行こう。妻には、いつ話そうかなぁ...

「泥縄にならないために、ママが肥料のこともやる、ということで如何でしょう」
妻の機嫌の良いときに一気に認めさせることにしょう

  1. 2008/08/29(金) 08:55:17|
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秋野菜

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秋野菜のために

「パパ、今日の予定は?」妻が朝食時にすました顔で問う。
(ん? こういうときは何かあるぞぉ)と用心するが、残念ながら格別の予定がない。
「別に... なにもない。なぜ? 今日もソバ畑の草取りだろ」ここ数日、午前中は草取りをしている。
「ちがう。ばあさん(母)の畑(さくらんぼ畑の道路際の菜園)を耕ってもらいたいの」秋野菜を植える(播種)のだという。
妻の「お願い」は、毎度のことだが命令と同じだから、否やはない。「承知しました」私は戯けていう。

大根などを植えた後の畑に、スベリヒュ(ひょう)などの雑草がはびこってる。それらの草をひき、肥料をいろいろ施し、耕耘機で耕す。
まぁ たいした作業ではないが、久しぶりに晴れた空はやはりまだ夏で、汗が流れる。
「なにを蒔くんだ?」と私。
「ほら、まこちゃんと約束したでしょ。青菜漬を送るって... だから、というわけでもないけど、青菜」
まこちゃんとの約束。うう そうだったなぁ へへ「天童の家」の青菜漬は美味い。自慢できるほどで、さくらんぼ狩りの時に「今度 送る」と約束したのだったなぁ

まだ8月なのだが... 青菜漬といえば、欠かせない越冬食品である。
そういえば、そろそろ秋野菜(青菜漬・白菜漬・近江漬・大根漬など)の播種なんだなぁ
ソバ畑の草取りを毎日やっていて、うん ソバの花が咲きはじめた。あと45日後には収穫できる。
もってのほか(食用菊)の花は、晩秋に咲くのだが... うう、そうした先々のことを考えながらの農作業である。

猫の額ほどの狭い畑だが、雑草を取り、肥料を施し、耕耘機で耕す作業は、3人でやったが、肥料を準備してなかったという不手際もあり、午前中いっぱいかかった。
うう 作業には、やはり手順があり、準備するものはちゃんとしておかないと齟齬をきたす。
そのことに関しては、へへ あらためて別に書くことにする。

秋野菜のために汗を流した半日であった。
午後からは、散歩。感動するなにかに出合えるかどうか... たとえ、なにもなくても、身体のために運動が欠かせない

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今朝の気温22度、雨
  1. 2008/08/29(金) 06:43:22|
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シグナル

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インシデント・シグナル

しばらく続いた雨もあがり、青空になった。白い雲があるけれど、それがかえって青い空に映えてきれい!
(写真に撮ろう)とパソコンも中途半端にし、見晴らしの利くスパー農道へ車を走らせる。
(う~ん 絵になるなぁ)と喜んでカメラを向けるがシャッターが切れない。
(??? どうしたのか!)とバッテリーを入れ直したり、メモリカードをフォーマットなどしてみたがダメ。
ファインダーになにかシグナルが点滅しているの気づく。が、その意味がわからない。

別のカメラにレンズ交換して撮ろうかと思ったが、ゴミのことを考え止めてしまう。
暗い被写体ならゴミもなんとか誤魔化せ?るのだが... 空のように明るいのを撮ると目立ってどうしようもない。
フイルムカメラにはないデジタルカメラの大きな欠点だなぁ
最近のカメラは、ゴミの付着を取り除くシステムがついているようだが... 買い換える余力がない。

諦めて家に戻り 使用説明書を見る。
そのシグナルは、「レンズが装着されていないか、非CPUレンズが装着されています」であった。
該当しない指摘だったが、レンズを装着し直すとシグナルは消え、正常に戻る。なにかのはずみでズレが生じたのだろうと理解した。

使用説明書は、やはり(カメラバッグに入れておくべきだなぁ)
以前は、そうしていたのだが、見る必要もなく、冊子が捲れてしまうので書斎の隅に放置していた。
うう できれば見ないで済ましたい。
肝心の時にカメラがストライキを起こすのには(まいってしまうなぁ)

それまでは正常に作動してたプリンターが、年賀状印刷時にトラブルが生じ、(なにもこんな押し詰まった時に!)と歯ぎしりしたこともある。
相手は機械だから文句のいいようもない。使用する側がわるいのだろう。
なにもかわったことをしていないつもりなのに、メモリカードが、または電池がズレて正常に作動しないこともあった。
まぁ、それもたいていは説明書を見れば、ことたりる程度のことだから、説明書はいつでも見られるようにしておくべきだろうなぁ

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今朝の気温22度、雲が広がってるが青空も
  1. 2008/08/28(木) 06:13:09|
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ダダチャマメ

       蓬莱の森にゴロスケホーが鳴く帰ってきたかとゴロスケホーホ     福島市・美原凍子
       鳥のこえ、赤児泣くこえ、蝉のこえ、声上ぐるもの満ちて蓬莱     福島市・美原凍子
美原さんの故郷は、福島市蓬莱町。フクロウが鳴く静かな街。故郷にはやはり数々の思い出がある。
しばらくは、いやずーっと夕張を思い出すことだろうが、ふるさともまたいいところのはずだ。そうでなきゃ、戻らないだろう。

       一分間二十四トンの湧き水の牛渡川に梅花藻咲き咲く         鶴岡市・大沼二三枝
牛渡川は、鳥海山の湧き水が水源。牛渡川の中流域には梅花藻が見られる。梅花藻は水温15度前後の渓流や湧き水などの清らかな水環境のもとでしか生育しない。
梅花藻は、沈水性の多年草で 6月末から夏にかけて、白い可憐な花を咲かせる。

       山猿に抗ふ術もなきままに早めにわれはダダチャ豆ひく        村山市・飯田正義
ダダチャマメは、鶴岡市を中心に古くから作られている茶香エダマメのことで 味や香りが特段に優れていて、お茶うけやビールのつまみとして好まれている。
ダダチャとは庄内地方では父や主人のことを指し、これが名称の由来になったといわれている。
飯田さんは、村山市の方だが... 最近は村山地方でも栽培するようになったようだ。

       麻痺の手で杖つく妻に日傘さす     静岡県・藤田のりや

       雲の峰今日も一人の畑かな       山形県・新野祐子

                    短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(25日付け)より

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今朝の気温20度、うっすらとした雲あるが日射しが爽やかに感じられる
  1. 2008/08/27(水) 06:02:54|
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二人の旅

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二人の旅

これまでの旅行では、比較的いい天気に恵まれてきた。雨でも車で移動中だったり、二日のうち一日は晴れというふうだった。
今回の作並温泉へのそれは、両日ともずーっと雨降りで、今までこんなことはなかった。
で、つまらない旅だったかといえば、そうではない。

今回は、はじめから観光が目的ではなかった。一つは、友人からソバをご馳走になること。二つは、近場の温泉でゆったりすることだったから、雨はさして不都合ではない。
午前10時過ぎに「天童の家」を発つ。その時から雨だったが、気にならない。友人の家には11時半に着く。
友人(Sさん)にソバ打ちを伝授?したのが3~4年前だった(すでに書いた)。
彼はなにごとにも探求心が旺盛で、雑誌などで「ソバ特集」などを眼にすると、その記事を手本に早速自分でも打ってしまう。
Sさん 今回は「太打ち」と「蘭切り蕎麦」を試食してくれという。「太打ち」は、越前おろし蕎麦に似たもので旨い!
「蘭切り蕎麦」は、更科粉を使い、つながりにくい粉を卵で練り込んだ打ち方で、蕎麦本来の香りなどが薄いが、甘味の濃い洗練された味がする。
昭和天皇が釧路へ巡幸した折、竹老園東家総本店の蘭切り蕎麦のお代わりを所望したという記事がある。

友人の家を辞し、二つめの目的である作並温泉 岩松旅館に着いたのが午後2時半頃。
早速、天然岩風呂へ。ここは混浴だが、妻も気にしない。他にも女性がいるし、豪快な岩風呂を楽しむ。すぐ傍を広瀬川が流れているが、今日は水嵩が増え、ごうごうと音高く響かせてる。
川面と大差ない川原湯には、増水のため入れない。

岩松旅館の岩風呂は、広瀬川岸辺と山裾の巨岩との間に湯壺(一つが2~3坪ほど)が4カ所ある。その他に川原湯が一段低いところにある。
別の所に女性専用の岩風呂もあり、また地下1階には大きな内風呂(男女別)があって、豊富な湯が楽しめる。
午後7時(時間はオーダー)に部屋へ夕食が運ばれる。うふふ いよいよお待ちかねの宴。ワインで乾杯し、盛りだくさんのご馳走をいただく。

仲居さんが、恐縮した顔で1枚の紙を差し出す。増水し、岩風呂が閉鎖されるかもしれないという。その紙は、次のような文面だった。
 「岩風呂のご利用について」
 長雨の影響で広瀬川の水位が、みるみる上がっております。
 状況次第では一時閉鎖するかもしれません。午後7時30分から午後9時までは女性専用時間帯となっておりますがお急ぎください。
 なお、夜半(午前0時)から明朝まで安全が確認されるまで岩風呂への入場はご遠慮願います。

「パパ、早く入って、よかったね、岩風呂。水が増えるのが分かったものぉ...」
「篤姫がはじまるぞぉ、観よう」妻の言葉に頷きながら言う。
オリンピック閉会式もあるし、っふふ なかなか忙しい???

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今朝の気温18度、雲多いが青空も見える
  1. 2008/08/26(火) 06:41:53|
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老いたのだなぁ


8月24日 雨 間に晴れた日があったけれど、14日からずーっとこんな梅雨みたいな日が続いてる。
うう もう戻り梅雨とはいわない。ここ数日は、朝夕が涼しさを通り越して寒いくらいである。
寝苦しかったあの暑さがウソのような、信じがたい気分。半袖ではマッチせず、8月だというのに長袖がちょうどいい。

「パパ、長袖ね」作並温泉へ着ていく服をたしかめている妻が言う。
「あぁ、雨降りだし... そうする」
真夏から一気に秋にはいったようで、残暑がないのがしっくりしない。

仙台の友人から「太打ちをやってみたので、試食してください」と招待され、温泉の前にソバをご馳走になりに行く。
ソバ打ちを彼に伝授してから、3~4年経つ。今では彼独自で研究・研鑽し、私を超えてしまった。
畑のソバは順調に育っているが、うう 除草に(たいへん=厄介)さを覚えるようになった。それだけソバへの情熱が低下したのだろう。

「粉は買っても高くないのだし、来年からはソバの代わりになにか植えようか?」
「カボチャにしよう」ふふ 妻も私の気持ちを忖度し、そう言う。
(やっぱり歳をとったのかなぁ)

月山や蔵王へ行く回数も減った。
散歩だけは欠かさずやっているが、わざわざ山登りをする気分が失せてしまった。
老いるとはこういうことなのだろう。

うむむ 温泉へは行きたい。
雨だろうが、雪だろうが、温泉につかってのんびりは極楽だ。
うう やっぱり老いたのだなぁ

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正午少し前の気温24度、曇
温泉から只今帰ってきた。やはり温泉はいい

  1. 2008/08/25(月) 11:48:56|
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「楽園」

宮部みゆき著「楽園」上下を読了。
そして考えた(思った)。この小説の眼目は、これなのだなぁ
その部分を次ぎに転載する(ほんとは、こういうことをすべきじゃないとも思うのだが...)

 -それなら、どうすればよろしいというのでしょう。
 幸せになるためには。
 -身内のなかに、どうにも行状のよろしくない者がいる。世間様には後ろ指さされるようなことをしてしまう。挙句に警察のご厄介になった。そういう者がいるとき、家族はどうすればよろしいのです?
 そんな出来損ないなど放っておけ。切り捨ててしまえ。前畑(滋子)さんはそうおっしゃるのですか。

 誰かを切り捨てなければ、排除しなければ、得ることのできない幸福がある。
 滋子には馴染みのない、よくできた物語のようにしか思えない海の向こうの宗教は、人間は原罪を抱えていると説く。神が触れることを禁じた果実を口にして、知恵を知り恥を知り、しかしそれによって神の怒りに触れ、楽園を追放されたという。
 それが真実であるならば、人びとが求める楽園は、常にあらかじめ失われているのだ。
 それでも人は幸せを求め、確かにそれを手にすることがある。錯覚ではない。幻覚ではない。
 海の向こうの異国の神がどう教えようと、この世を生きる人びとは、あるとき必ず、己の楽園を見出すのだ。たとえ、ほんのひとときであろうとも。

 血にまみれていようと、苦難を強いるものであろうと、秘密に裏打ちされた危ういものであろうと、短く儚いものであろうと、たとえ呪われてさえいても、そこは、それを求めた者の楽園だ。
 支払った代償が、楽園を地上に呼び戻す。

「楽園」は物語(小説)だから、いろいろな話がいっぱい詰まってる。
転載部分が、すべてを集約するものではもちろんない。けれど、作者が「楽園」で書きたかった(読者に伝えたい)のは転載した箇所なのは間違いないはずだ。
人は、それぞれ自分の物語を生きている。

まぁ 小難しいことは措いて、読書を久しぶりで楽しんだ。
宮部みゆき は、いつも面白い小説を書く。

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今朝の気温16度、曇
  1. 2008/08/24(日) 06:30:58|
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読 書

喪の仕事

お盆が過ぎたら、急に涼しくなった。
22日午前六時の気温が16度。20日から毛布を使っている。
21日は、晴れたり、雨が降ったりと不安定な空もようだった。

「今日はどこまで行ってきた?」妻が散歩のことを問う。
「こんな天気だったので... 本を読んでた」
仙台の友人から借りた本を、これまで1冊も読んでいなかった。そろそろ返さなきゃ... (やばいなぁ)
急遽 読むことにしたのである。

借りたのは、「長野殺人事件」・「ユタが愛した探偵」 内田康夫著 「楽園」上下 宮部みゆき著 の4冊
迷いなく「楽園」から読み始めた。「楽園」の帯に次のような惹句が読める。
 『「模倣犯」から9年-前畑滋子 再び事件の渦中に!』 「模倣犯」事件から9年が経った。事件のショックから立ち直れずにいるフリーライター・前畑滋子のもとに、萩谷敏子という女性が現れる。
 12歳で死んだ息子に関する、不思議な依頼だった。少年は16年前に殺された少女の遺体が発見される前に、それを絵に描いていたという-

宮部みゆき もちろん「模倣犯」は読んだ。
「楽園」を読みはじめ、早い段階(44ページ)で次のような記述に出合う。
 「そこなのよ」滋子はうなずいてみせた。「萩谷さんもね、本当は等君が超能力者だったかどうかなんて、どうでもいいじゃないのかな」
 敏子(萩谷敏子)はただ、等のことを思い出していたいのだろう。それも一人で思い出を反芻するだけではなく、誰かと語り合いたいのだろう。
 誰かに、等がどんな子だったのか聞いてもらいたいのだろう。話題にしてもらいたいのだ。

 だからこそ、秋吉というパート仲間の言葉にすがりついてしまったのだ。罪な話である。
 「これは、萩谷さんの”喪の仕事”なんだろうと思うんですよ」
 残された者が死者を悼み、その記憶を整理してゆくことで、喪失の傷を癒し、愛する者の死を認めてゆく過程のことだ。

こういう記述を読み、(宮部の作品はこれだから読めるなぁ)と嬉しくなる。
「喪の仕事」は、馴染みない概念かもしれない。しかし、だいじなことである。それを作品を通し正確に伝えてるのが嬉しい。
小説を読むのにはさまざまな目的(読み方)があるだろうが、っふふ 私は、こんなふうな楽しみ方もしている。

「楽園」上を読了し、下巻へ
オリンピック ソフトボール中継も見たい(観た)。あっ! ホームランだ!! うう なかなか忙しい
念願の金メダル おめでとう!!

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今朝の気温16度、向こうの雲厚いけれど、天井には青空が...
うう それにしてもこの低温は... まだ8月だというのに
  1. 2008/08/23(土) 05:53:27|
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ふるさとの風

       やわらかき訛こぼるるふるさとの風に結び目ゆるびゆくなり      福島市・美原凍子
美原さん 夕張から福島に戻られたのだなぁ こんどは福島で、どんな歌が詠まれるのか... 楽しみが増えた

       パパきょうもおしごとがんばっているよって平仮名だけのメールが届く 高槻市・有田里絵
お子さん もう字が書けるようになったのだなぁ 有田さん 二人目のママになられるのだから...

       送信後のメール消せどもはじめからなかったことにはならない記憶   和泉市・星田美紀
『後悔先に立たず、の現代版。機械は消せるが記憶は消せないのである。』とは、2席に選んだ佐佐木選者の評。

       生徒見る目の険しさを同僚の我の顔見る視線で気づく      北海道伊達市・今 奈奈
自分がどう見られているかに気づく教師。なのに...気づかない鈍なのもいるから救いがたい(うう、こういう自分の言い方好きじゃないなぁ)

       一頭の軍馬還らず終戦日     岐阜県・野原 武

       玄関に蛇の入るを見てしまふ   香取市・関 沼男
うう 似たことを体験したような気がする。気がするだけで、実際はそのような経験あったのかどうか さだかでない

              短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(18日付)より

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今朝の気温16度、雲多いけれど晴れそう。毛布を使う
  1. 2008/08/22(金) 05:55:52|
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為政者へ

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改革開放路線

   華国鋒元主席が死去 毛沢東の後継者
                     2008年8月20日 21時20分 共同通信 【北京20日共同】
 中国国営通信新華社によると、毛沢東主席の後継者として1976年10月に中国共産党主席に就任、文化大革命を推進した江青・毛沢東夫人ら「4人組」の逮捕でも大きな役割を果たした華国鋒氏が20日、病気のため北京で死去した。87歳だった。
 新華社は華氏について「中国共産党の優秀な党員で、忠実な共産主義の戦士、プロレタリアート革命家」と伝えた。

1978年12月4日、中国・上海空港で入国手続きをした。はじめての海外旅行であった。
今は、オリンピック開催中で賑やかだが、30年前の中国はわびしさが目立つ国だった。
12月15日に北京空港から帰国の途につくまで、12日間の中国旅行は楽しい毎日だった。

北京~鄭州~開封~石家荘~北京と回ったが、どこへ行っても熱烈歓迎の旅であり、いい思い出がいっぱいある。
万里の長城や天安門広場など観光地はもちろんのこと、北京師範大学や綿紡工場、小学校等々も見学した。
どこへ行っても目につくのが、掲示板・横断幕・立て看板などに書かれたスローガンである。
それと同じように毛沢東の写真と並んで、当時の国家主席である華国鋒の額入り写真が目立ったのを印象深く覚えている。

華国鋒は、毛沢東が76年9月に死去した後、例の四人組の逮捕に踏み切り、同年10月に党主席と中央軍事委員会主席に就任し、中国のトップになった。
しかし、中国へ行った78年には華国鋒に対抗する 小平の台頭がはっきりっしつつあった。
そういう情勢の中で見る華国鋒の掲額は、なんとなく虚ろに見えたのを思い出す。

華国鋒は、81年に党主席を辞任。02年には党中央委員を引退した。
その華国鋒が、20日 87歳で死去したとの報道にある感慨を覚える。
中国へは、その後妻と旅し、その発展ぶりに驚いた。また今日のオリンピックの放映で見る北京のさまがわりには大きな驚きを感じる。
(あぁ、 小平の改革開放路線が正しかったんだなぁ)

オリンピック後の中国が、いったいどのような途を辿るのか?
どのような国造りをしてくのか... 国は一部指導者のものではない! 歴史がそのことを如実に教えている。民衆の意向を無視した国造りは結局瓦解へ繋がる。
是々非々が生かされ、民衆の暮らしをだいじにする、そんな国造りを、どこの為政者もやって欲しい。

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午前11時の気温22度、雲多いが日射しあり
  1. 2008/08/21(木) 11:15:36|
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コムラサキ 2



季節がくると花が咲くように、チョウが飛ぶのもそれぞれの種類によって時期があるようだ。
花期の短いのや長いのもあるが、チョウも同じように短日に姿が見えなくなるのと いつまでも飛んでいるのがある。
チョウのビギナーには、そんなことにもいちいち感心させられる。

蝶図鑑などに載っているきれいなのを見ると、実際に現物をこの目で見てみたと思う。
(見たい!)と思っているチョウに出合うと、うん 嬉しい。感動すら覚え、カメラを向ける。
コムラサキのあのきれいな青紫色を図鑑で見て、現物に出合うことを念じていたら、先日念願が叶った。(「天童の家」にアップ済み)

しかし、撮影条件がよくなく、不満の残る画像であり、もう一度出合い、こんどは少しはましななのを撮りたいと思っていた。
散歩道でカモの親子連れにカメラを向けているとき、なにかの影がちらちら身に纏い付くのを感じながらシャッターを切っていた。
その影を確かめた。コムラサキへの再会!だった。

しかも、そのコムラサキは、私の帽子や背中、ズボンに止まってさかんになにかを吸っている?のである。
帽子に止まってるのを撮ることはできないので、思い切って帽子に手をやりそーっと地上に置く。
コムラサキは散歩道に置かれた帽子に止まったまま吸水?を続けている。撮影条件はわるくない。私は撮影に集中できた。

見たいと思っていたコムラサキが、私の帽子はおろか、背中やズボンにまで止まるのには感激というか、なにか因縁めいたものさえ覚える。
チョウが必要とするなにかが、汗とか衣服についていたのだろうか...
チョウは、吸水行動をとるときは警戒心が希薄になることはすでに他のチョウで体験している。

コムラサキと私の交歓?は、かなりの時間にわたって行われ、私は納得できるまで撮影が続けることができた。
画像処理し、先日のコムラサキよりは少しましなのが撮れたことを素直に喜ぶ。
きれいな青紫色は、光の加減で濃くなったり薄くなるのがはっきり分かった。
うう、当然のことだが、色は光の反射で見えるのだということを改めて確認できた次第である。

『写真は、光を撮ること』が私の持論である。今度のコムラサキ撮影で、それを再確認したような気がする。

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明日から二学期がはじまる
  1. 2008/08/21(木) 07:43:37|
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雨降り続く

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雨の日に

それまで続いていた炎天が、お盆に入ると雨空に変わった。14日はどうにか墓参りができ、花火が観られたが、15日から雨になった。
15日は、それでも盆踊りはグランドでやった。踊り終えた頃から雨になった。左沢の花火は、空模様と野暮用が重なって行かなかった。
16日は朝から雨が降り続き、大石田の花火ははじめから諦めた。
17日も朝から雨だったが、「隣組対抗グランドゴルフ大会」はやった。「合羽をきてやった」と妻が笑う。私は法要で、雨音を聞きながら神妙にお経をきいた。

18日は、晴れた。午前8時から、庭の草取りをする。この前取ったばかりのような気がするが、もうだいぶ伸びている。
10時に来客があり、応対。結局、昼近くまで話し込み、草取りは2時間で終わる。
午後、妻の学童保育がはじまり、出勤。私は散歩へ。

渇水状態だった川が、3日続きの降雨で水嵩を増し、(川は、やはり流れてなきゃなぁ)とホッとした気分。
草木も元気そうに見えるし、いろいろな蝶の姿もある。クロアゲハ・コミスジ・モンシロチョウ・キアゲハ・ジャノメチョウ・シジミチョウ等々。
ルリ色したシジミチョウも見たし、仲良く交尾してるのも撮った。

お盆休みしてた隣家の新築(基礎工事)も再開した。
19日、朝から雨。この雨で工事ができないのか?と思っていたが、合羽着用でやっている。スケジュール通りにやっているのだろう。
百姓仕事とはやはりちがうのだなぁ(百姓は、差別用語らしいが、別に嫌みはない)

明日が20日盆だというのに、もう秋の気配が濃い。雨と風が野分をイメージさせるのかもしれない。
実りの秋になるわけだが、はたしてどのような秋になるのか... 豊饒を期待したい。
ナツズイセンがにょきりと顔を出しはじめた。『暑さ寒さも彼岸まで』といわれるように、猛暑も終わりになるのだろう。

ん? といっても、秋の彼岸(9月23日)までには、まだ1月以上もある。
オリンピックも後半に入り、熾烈な戦いが繰り広げられてる。暑さは、まだまだ終わらないのかぁ...
雨の中で働いている姿を眺めながら、この日記を書いている。こころ穏やかなひとときである。

「背中が痒い。掻いて」妻が書斎にやってきて背中を向ける。
「はい、はいよぉ」二つ返事で背中を掻いてやる。へへ なんとも絵にならない情景だなぁ

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今朝の気温20度、雨
  1. 2008/08/21(木) 06:45:19|
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コムラサキ

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コムラサキ

蝶図鑑には美しい姿や色の蝶たちが並んでる。
散歩道でもいくつかの美しい蝶を観ることができる。これまでも「天童の家」でアップしてきた。
ただ、図鑑に見るような紫色の蝶は、唯一 カラスアゲハ のみで、(もっと紫色のに出合えたらなぁ)と思ってきた。

先日よやく ルリタテハ に出合え、1枚撮れた。(16日のブログでアップ)
そして、続いて コムラサキ を数枚撮ることができ、喜んでいる。今日の画像で、それを並べる。
クルミの幹で樹液を吸っていた。それも4匹もで 嬉しくなった。

よく見ると、羽根の色がちがう。名前のように紫なのと、紫色のないのとが一緒にいる。雄と雌なのだろう。
午後4時近い時刻で、光の射す条件がいまいちで、思うような撮影が難しかったが、それでもこころ弾ませながらシャッターを何度もきった。
蝶は、通常は羽根を閉てた状態で止まる。
うう きれいな紫色は羽根を広げた状態で見える。
閉じた羽根と広げた状態では焦点距離が微妙に違う。広げてる状態は瞬間で、ほとんどは閉てた姿である。広げたそれにピントを合わせるのが難しい。

ピンぼけ画像が多く、う~む 紫色がきれいにでているのがほとんどない。
もっと短焦点レンズを使えばもうすこしシャープに写るのだったがなぁ
まぁ 欲張ったってしかたない。この目でしっかり見たのだから、満足すべきだろう

図鑑には、『よく樹液に集まる』などと書いてあるが、このように4匹も集まって一心に樹液を吸っているのは、はじめて見た。
こうしている時は、警戒心もうすれるのか、撮影に近づき、多少動いても逃げていかないから嬉しい。
こういうチャンスがあるのは、めったにないが、たまにあるから散歩が楽しい。

季節により観られる蝶がちがうから、これから秋にかけ はたしてどうのようなのに出合えるか楽しみである。
考えてみれば、これまでだって出合ってたはずなのに見えなかった(気づかなかった)。
蝶に関心をもつようになってから、いろいろな蝶に出合えるようになった。

っふふ、大袈裟に言えば、これだから人生は楽しい

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今朝の気温22度、青空がだんだん明るくなってく
  1. 2008/08/20(水) 05:35:13|
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寿 命

いつまで生きられるかは、だれにも分からない。
寿命が尽きるまで生きるしかない。いくらもっと生きたいといってもできない相談である。
この歳(68歳)にもなると、もうもうけものの人生のような気分で毎日を生きている。
ウソでもはったりでもなく、正直な気持ち。

だからなのかしらないけれど、毎日が満ち足りているし、感謝の気持ちもわいてくる。
もちろん、些細な不平不満がないわけではない。それは生身の人間だからしかたない。
法要へ着ていく半袖シャツが用意されていない、とか... もう少し早く学童から帰ってこれないのか等々の些細な不満がある。
でも、それは贅沢というか、愚痴だろう

定年まで働き、その後は年金で暮らしているが、経済的に困るというほどでもない。
三度の食事がいただけ、猛暑といえどもクーラーがあり、暮らしはわるくない。
ガソリンが高騰してるといっても、1月に2千円以上も高くなったわけでなく、なんとかなる範囲である。

オリンピックをきれいなデジタルテレビで観て楽しみ、好きなカメラで写真を撮り、気侭に散歩している。
腹が出張ってきたけれど、別にぐあいわるいところもない。
妻とも仲良くしている。
これで不満があれば、へへ それは贅沢といわず、なんと言うべきか?

車があり、クーラーがあり、テレビ・パソコン・ケイタイが揃ってる。
こんな便利な時代に生きてることをありがたいと思う。
明日、いや今死んでも、(最高の人生だった!)と考える。

これからのことはあまり考えないでいい。
もう一日いちにちが、健康で暮らせればそれでいい。
寿命がいつ尽きるか、分からないから、その日まで生きていることを味わいながらいきたい。

「50万あったら、九州旅行ができるか」妻が問う。
「それだけあれば充分に楽しめるよぉ」と私。
来年5月の連休あたりに、九州へ行こうかと話し合っている。


午前11時45分の気温23度、雨があがり職人たちは助かるだろう
  1. 2008/08/19(火) 11:44:24|
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人生の課題

人生の課題

 ● エリクソン(Erikson,E.H.)発達段階の要点
 前述したエリクソンの8つの発達段階の、各段階についてもう少し詳しく述べる
 まず、各段階と危機的課題とは、
   ①基本的信頼-不信 乳児期
   ②自律-恥と疑惑  幼児期初期
   ③自発性-罪悪感  遊戯期
   ④勤勉-劣等感   児童期
   ⑤同一性-役割混乱 青年期
   ⑥親密さ-孤独   壮年期
   ⑦生殖性-停滞   熟年期
   ⑧自我の統合-絶望 老年期
であり、各段階における獲得すべき徳目は、希望、意志、目的性、適格感・能力感、忠誠心、愛、世話、英知とした。
そして、望ましい解決を経て、徳目が獲得されることを通して準備されて、最終的に自己の中で統合されて獲得されるものと考えた。
現実的には、下記の全ての対立(例:基本的信頼-不信)において、例えば①の場合基本的信頼が100%-不信0%などとできるわけではないので、出来る限り、基本的信頼>不信 となるような努力が必要。

 ①基本的信頼-不信 乳児期
 基本的信頼が得られる場合、親(又は周囲)から、無償で愛されること、自分の存在を認めてくれることなどによって、自分に対する基本的信頼がつくられ、それが人格の土台となる。これが人生を歩むための基盤となる段階。
 逆に基本的信頼が得られない場合、不信となり、不安・無気力などへつながる。この段階は十二分に愛されることが望ましく、満たされない場合、将来、愛を渇望する傾向となる?

 ②自律-恥と疑惑  幼児期初期
 乳児期の「基本的信頼」に支えられ、周囲からの要求と自分の要求とのバランスをとることを覚え、自律性をもつようになる段階。養育者が安易に非難したり、支配し過ぎると、疑惑や恥を育ててしまうことがあるので、ある程度子どもの自律性に任せて見守ることも重要。

 ③自発性-罪悪感  遊戯期 又は 児童期
 自発性は、自分から物事を進んでしようとすること、又は自分の内的要求によって行われることであるが、これがうまく行かない場合、自分のしたいことと、周囲の要求のバランスが崩れ、自分に対する「罪悪感」を生む可能性がある。
出来る限り自発性を尊重することが重要で、あまり否定したり、手を貸してしまうと、自分のしたいことを主張すること=罪悪と思ってしまうこともある。

 ④勤勉-劣等感   児童期 又は 学童期
 あまり成果にはとらわれず、「一生懸命に精を出して励む」といったこと勤勉性を育てる段階であるが、それが親や先生の価値観により否定された場合などでは、劣等感となる可能性がある。内的要求と外的要求のバランスをとり、勤勉性を上回るような劣等感を育てないことが重要。

 ⑤同一性-役割混乱 思春期・青年期
 非常にデリケートな段階で、この段階の対立は、アイデンティティー←→アイデンティティー拡散 とも言われる。
 アイデンティティーとは様々な表現で言い換えられている。例えば、「自分は一体何の為に生まれてきたのか」「自分はどこから来て、どこへ行こうとしているのか」などである、言わば、自分をしっかり受け入れ、自分の一貫性・同一性を与えるもの、がアイデンティティーの意味である。

 児童期までは、他者と自分を「同一化」していたが、この段階から自分が自分に「同一性」を持たせようとすることになり、自分自身の「理想」と「失望」の間で揺れ動き葛藤しながら、アイデンティティーを確立してゆく。

 しかし、上記例の問いに対し、答えを得られない場合、アイデンティティー拡散や混乱の状態に陥ることになわけだが、現代社会においては、社会風土やらの諸事情により、その答えを出すことが難しい場合が多く、成人期や中年期になっても、アイデンティティーを確立できずにいる人も場合もある。

 ⑥親密さ-孤独   壮年期 又は 成人期
 青年期にアイデンティティーを確立できた場合、成人期には現実的・具体的な課題に取り組むことになり、社会との関わりの中で、就職、結婚、生活様式の選択、といった具体的なことを課題として取り組むことになる。
 この人との関わりのプロセスの中で、「親密性」を育てたり、逆に「孤独」となったりする。
 アイデンティティーが確立されていない場合、対等な関係が築けない可能性がある。
 現代社会においては、アイデンティティーが確立できない未成熟な人も多いことでしょう。
 従来は、成人期は人格の完成時期とする考え方がありましたが、現在は、青年期と同じかそれ以上の課題と変化を含んだ時期という考え方が一般的。

 ⑦生殖性-停滞   熟年期
 (略)
 ⑧自我の統合-絶望 老年期
 (略)

 (参考文献)
 『心理学5発達』(有斐閣)・『心理学小事典』(有斐閣) ・『児童心理』(金子書房)
 『自我同一性~アイデンティティとライフサイクル~』(エリクソン,E.H.(1959)、小此木啓吾訳誠信書房1973)

以上は、次のHPから転載した(一部手直し)
         http://funwariyoko.blog103.fc2.com/?mode=m&no=183

うう 仕事柄、こんなことを勉強したものである。
っふ 懐かしい。アップすることにした。他意はない。
  1. 2008/08/19(火) 10:28:46|
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禍 福

禍転じて福に

先日 デジタルテレビを購入するかどうか妻と話し合っていることを書いた。
その結論を先に言えば、うふふ 買った。
「電激倉庫」が閉店(今月末)セールをしているので行ったが、もう品薄で買いたいのがない。(電気製品はこれまでずーっと「電激倉庫」で買ってた)
「YAMADA」で26インチのを妻が選んだ。部屋の大きさに見合った大きさの画面を選んだのだという。(部屋に据えると、店で見たよりも大きく感じる)

「YAMADA」のセールス・ポイントはポイント値引き。私はあまり好きでないが、「こじま」・「電激倉庫」がなくなってしまったからには「YAMADA」しかない。
ポイント・カードを作った。次回買う時には3万円ほど値引きなるという。
16日午前8時に、業者がテレビを運び込み、部屋(寝室)にセッティング。
これまでのテレビの不調原因が判明した。「電源コードが折れ曲がって剥き出しになって、熱をもってます。ほら、このままですと発火する恐れがありますね」と業者が言う。
見れば、たしかに銅線が裸になってる。タンスの蔭でコンセット部分が押され続け、コードの絶縁体が剥けてしまったのに、それに気づかなかった。

「パパ、買い換えてよかったねぇ。このまま放っていたら、たいへんな(最悪は火災?)ことになるとこだった」
「うう、洋服タンスの蔭だから、 まさかこんなになっているとは... おっかない(怖い)なぁ」
というわけで、テレビ買い換えで事故が未然に防げたことにホッと胸を撫で下ろす。

業者に残金を支払い、カードにポイントを入れられると言いながら妻がなにかを探しはじめる。
「なにをそんなに探している?」問うと、「カードがない。どこにしまったのかなぁ」と困惑顔。
「YAMADA」で私は金を支払い、ポイント・カードは妻がたしかに受け取った。そのカードをどこかにしまい忘れたという。

探しても、探してもカードは見つからない。
「捨てようと思ってた書類の間からビール券が出てきた。12本分よ」カードは見つからないが、思いがけなくビール券が6枚出てきたという。
「カードは、わけを話し再発行してもらえばいい。ママ、そう困ることじゃないよ」

ポイント・カードは、「YAMADA」で再発行してもらった。
その帰りにショッピング・センターでビール12本を買う。
「パパ、デジタル・テレビが観られるし、火事が防げたし、ビールが買えたし、今度のお盆はよかったねぇ」と妻が笑う。
「火事になるかどうかはしらないが、ビール券が見つかったのは へへ たいへんよかったで~す」
「パパ、私はまじめに言っているんだから...」妻の顔が、不満そうに膨れるから可笑しい。

カード紛失には、後日譚がある。
洋間のマガジン・ラックを片づけている時、そこに落ちているカードを見つける。妻が探してたポイント・カードだった。
しまい忘れたのではなく、妻は洋間でカードを落としてしまったのに気づかなかったのである。

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今朝の気温22度、雨
  1. 2008/08/19(火) 06:06:41|
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しがらみ

浮き世のしがらみ

17日、日曜日。雨が降ってる。
「グランド・ゴルフできる?」妻が問う。グランド・ゴルフがどんな競技なのか妻は知らないのである。
毎年やっている「隣組対抗グランドゴルフ大会」に、今年は妻が出場することになった。

本来なら自治会顧問の私が出るはずだったが、親類の法要があり、そちらに行かなければならない。
しかし、この空もようではゴルフはムリ。焼肉パーティの食材は注文済みなので、パーティとカラオケ大会をやるしかないだろう。
うう どんな懇親会になったことやら...

親類の法要は、母の兄の七回忌。
本来なら母が行くべきところなれど、代わりに私が出席する。
日頃親しく行き来している間柄なので行くことになにも差し障りはないのだが... 私は、こういうことに参加するのが苦手なのだ。

できれば妻に行ってもらいたかったが、妻が「あなた行くべきよ!」と言われると、そうするよりしかたない。
妻は、「天童の家」では、絶対なのである。(ということにしておこう)
法要などでは、「家」がまだ生きている。婚姻でできた家と家との関係が厳然と生きている。血筋というか、本家とか兄弟の序列が席順に現れる。
それがどうということはないのだが、そういう序列にみんなが神妙?に従うから、臍がむず痒い。

午前10時からはじまった一連の行事が、えんえんと午後1時半まで続く。
ホテルの送りバスが来たのが2時だから、4時間が「法要」関連行事(食事等)にかかかったことになる。これが浮き世のしがらみ、交際なのだろう
ムダと考えるか、それともしかたない時間と思うかは、それぞれであろう。私は、しかたない時間だと思うことにした。

オリンピックは女子マラソン。それを観たい気持ちがあるけれど、オリンピックは4年に一度、法要はまったくの一回である。
オリンピックは録画がある。それを観ればいい。
そもそも、オリンピックと法要を並べ、比べることがおかしなことだろう...

1日の間に、グランドゴルフ・オリンピックマラソン・法要と並んだことがそもそもの不具合というか、アンラッキーなこと。
しかし、どれかに優先順位をつけ、それに散り組まなければ、浮き世は渡れない。
うう、たいした問題じゃない。しかし、これが浮き世のしがらみというか、こんな些細なことでいろいろと悩んだり、わだかまりをもったりしながら暮らしている。

毎日の暮らしは、しがらみというか、浮き世の義理を果たすために大きなエネルギーを使っている。
それが人生といえば、言えるだろう

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今朝の気温19度、雲多いけれど晴れの予想...
  1. 2008/08/18(月) 05:08:15|
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思い出づくり



正月とお盆は、日本人にとって特別なもの。休みをとって故郷へ向かう人々が多く、それが「民族大移動」などと報道される。
海外等へ出かける人々も多いが、圧倒的多数は故郷をめざす。
その時期になると、県外ナンバーの車が多くなる。列車や飛行機で帰省する人々も多いのだろうが、自家用車で帰ってくる人たちも多く、道路は長い渋滞となる。

故 郷  生まれ育った土地には数々の思い出が詰まっている
以前、友人の家が火事になり、すべてが灰になった時、なにがいちばん悔しい(残念)かを問うたことがある。
「写真が全部焼けてしまった。過去が消えてしまったような気がしてたまらない」という言葉に、深く頷いた。

出 自 中国残留孤児が、生まれ育った手がかりを求める気持ちがよく分かる。
自分がどこで、どのような生まれ方をし、そこでどのように育ったかは アイデンティティーを確かなものする根源的なこと。
自分史を書くのも、同一地平にある。

正月は 新たな出発、そしてお盆は ルーツ確認と生への感謝、そうした節目の時。

13日、散歩で川原に行った。そこで目にしたのが今日の画像である。
とまってた車は品川ナンバーだったし、子どもの喋りは都会のニュアンスだったから、(あぁ、親の故郷へ来た子どもだなぁ)と思った。
親の親(祖父)に連れられ、親が子どもの頃に遊んだ川原に来たのだろう。

祖父と孫 父(祖父の子)の故郷の河原で、子は思い出づくりをする。
子は都会で生まれ育ったのだろう。はたして豊かな自然があるのかどうか...
父の故郷 山と川と緑、鳥や蝶が飛び、爽やかな風が吹く川原でする魚獲り。祖父は、孫を見守りながら語りかける。

その祖父の歳は、私とそう違わない。私にも言葉を投げてくれる。私は素直に応じる。
「昔は、もっと水が豊富で淵もあって、子どもたちはみんな水遊びをしたもんだなぁ」
「プールよりこっち(川原)の方が面白かった。50年も前はねぇ」
大人の会話の脇で、子どもは魚を追いかけているが、網にはなかなかかからないようだ。

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今朝の気温19度、雨
  1. 2008/08/17(日) 05:09:18|
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活発な子ども

動くのが子ども

夏休みに入ってからお盆まで、午後2時から午後6時半まで 学童保育へ4回 手伝いに行った。
小学1年から3年生までの子どもたちがやってきてさまざまな遊びをして過ごす。
(主任児童委員からは、作文や宿題などをみてもらった)
そこで感じたのは、(子どもは、常に動いてる)ということである。

すべての子どもがそうであるとは言わないが、大多数の子どもは、少しもじーっとしていないで、動き回る。
3年生の子は、時々漫画本を読んでいるときだけ動かないでいるが、本やテレビ以外は身体を動かしている。
カードで遊ぶ時でさえ、座ったままではあるけれど身体を動かし、大声を張り上げる。

大人があのような激しい動きをしたら、疲れてダウンしてしまうだろう。が、子どもはちがう。
「子どもって、身体を動かさないと、こころも身体も育たないのよ」妻がうがったことをいうから可笑しい。
「子どもって、常にわるいことをしようとしている。どうころんでも よいことをやることはない」そう言って妻は笑う。
児童クラブに通って3年目、妻はそう体得したのだろう。うふふ (半分は、当たってるのだろうなぁ)と思う。

大人だったら、けっしてやらないだろうことを平気で、というか面白がってやる。
例えば、舞台の幕にぶら下がりターザンのような真似をする。そうしてわるいことを感じながら、反道徳的?なことをやって楽しんでいる。
盆踊り用として舞台に揃えてある太鼓(3個)を叩き、公民館事務長の注意を受けたのにかかわらず、スキを窺って叩こうとする。
叩けば音がするから、やってわるいことをしているのはすぐ分かるのだが、それを面白がってやる。大人(事務長)の反応を試している。

四谷小学校(東京・渋谷区)との交歓キャンプで使用した寝袋を講堂に積んである。その寝袋に上り はしゃぐ。
寝袋が、ずずずーっと崩れる。それがまた面白いらしい。結局、それを元通りにするのは指導員である。
たまには叱りつけ(注意)ることがあるけれど、そう叱ってばかりいては子どもたちもイヤになるだろう。

子どもたちはそうした一連の動き回りを通し、身体で、行動で学びながら成長していくのだろう。
だから3年生と6年生を見ると、成長の度合いがよく分かる。高学年になると動きの内容がちがってくる。
学童クラブに通ってくる子どもたちは、まだまだ学ぶことが多すぎるほどいっぱいある。

「叱ることでなく、褒めて分からせたい」妻がいうのを聞いて、私は深く頷く。

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ルリタテハ

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今朝の気温24度、雨があがり青空が見えはじめる
  1. 2008/08/16(土) 05:33:44|
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山形花火大会 2

花 火 その2

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次の画像は、ちょっと変わった撮り方をした

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午後2時45分の気温30度、雲多い
  1. 2008/08/15(金) 14:48:37|
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山形花火大会

夕べ、山形花火大会のそれを見てきた
たくさん撮ったので、少しずつ並べよう

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まだまだたくさんあるが...
午前11時半の気温26度、雲多いが青空も見える
  1. 2008/08/15(金) 11:33:36|
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似てくる



14日、久しぶりの雨。
午前5時起きし、ソバ畑の草取りをやり、朝食を済まし再び草取りに行こうとしてたら雨が降ってきた。
慈雨である。

草取りができないので、部屋(寝室)の障子張り替えをする。
へへ 何年ぶりかの張り替えである。破れた箇所を部分的に貼ってゴマカシてきたのだったが、隣の家も新築なることだし、張り替えた。
うう 部屋がぱーっと明るくなった。気分はわるくないのだが、っふふ 少々落ち着かない。

「天童の家」あたりでは、今日がお墓参り。
「雨が止んだ時、墓参りに行こう」妻が言う。お墓の草取りは先日妻と一緒にやった。
墓参りを早めにし、その足で兄貴の家や娘の家へ行き、その後「山形花火大会」の花火を観に行く予定であるが... はたして、雨が止むかどうか

花火大会は、14日・山形、15日・左沢(大江町)、16日・大石田と続いてるから、今日が中止でも(明日と明後日あるからいいやぁ)と思う
これが今日だけの花火だったら、(ぜひ晴れて!)と願うところだろうが、へへ 人間は勝手だなぁと可笑しくなる。
予報では、雨は夕方には止むという。

「天童の家」にはテレビが、茶の間・洋間・そして自分たちの寝室にある。茶の間・洋間のテレビは 地上デジタルに切り替えになるときまで買え替えないつもりだが、寝室のテレビが不調になった。
この際だから、(デジタルテレビにしようかなぁ)と思い、妻に提案する。
「あちら(茶の間・洋間)のを替えてからでしょ」と妻の返事。
「だってあちらのはどこもわるくないし、いますぐ替える必要はないけど、これ(寝室)は、映りがわるいのだから、こっちのから先に替えるべきだよ」と私。
「まだ全然観られないということでないし...どうしてそう買い急ぐの?!」そういう妻の顔が険しい。
「ママ、そんなにおっかない(恐い)顔しなくてもいいじゃないか。せっかくのいい顔がだいなしだよぉ」
「パパに似てきたのよぉ。パパだってすぐにおっかない顔するじゃない」
「あっ はっはっぁ 長年一緒に暮らしてると、ごしゃく(怒る)顔つきまで似てくるんだなぁ まいった、まいった」

と、まぁ そういうわけで、「天童の家」でもやっとデジタルテレビにしようかなぁと話し合っているが... ふふ、まだ結論がでない。
テレビ一つで仲違いしてもつまらないから、お互い納得した上で結論をだしたい。

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今朝の気温24度、曇
  1. 2008/08/15(金) 06:29:55|
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旱 天

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野菜がおがらない

繰り返し書いてることであるが、今年は毎日暑い日が続いてる。雨が少ない。
散歩していて分かるのは、葦や茅さえ葉っぱが丸くなってぐんにゃりしてる。
川の水が少なくなって、湧き水は別にして、流れる水が温くなってるのに驚く。

雨が降らない。夏特有のあの雷雨さえない。これでは渇水になるのは当然だろう。
とにかく暑い! こんなに毎日暑い日が続くのは珍しいのではないかなぁ
空気が、空の色が、吹く風が、秋を思わせる。
トンボが飛び交い、ススキの穂が風に揺れてる。

暮らしていて、いちばん不都合なのは、野菜類が例年と比べて半分もならない。
ササゲ、ナス、キュウリなど毎日食べきれないほど採れたのに... 今年はダメ。
「娘の家に持っていってあげるどころか、自分の家で食べるのさえ やっと。今年はおかしい」妻が呆れ顔で言う。

ナスは実が大きくならず、里芋などは葉っぱさえ大きくならないから、芋そのものは推して知るべしだろう
農作物の不作は、春の異常気象(さくらんぼ開花時の高温等)から引きずってきてる。
さくらんぼ不作、その他の野菜や果物もおもわしくない。

ところがスイカやカボチャは美味い。スイカは甘く、カボチャはほくほくして香ばしくうまい。
モモはいまいちだなぁ
稲は、詳しいことは分からないが、散歩道で見る限りは豊作だろう。

とにかく『過ぎたるは猶及ばざるが如し』だなぁ
やはり暑すぎ、雨が降らないのは困る。
月遅れのお盆で、民族大移動がはじまった。みんなにはどのようなお盆になるのか...

この気象変化が、地球温暖化と結びつくのかどうか分からないけれど、とにかく野菜の不作は、食卓に如実に現れる。

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今朝の気温24度、曇
  1. 2008/08/14(木) 07:01:59|
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コンクリート打設

隣の家新築工事、昨日は基礎コンクリート打設だった
そのようすが面白く、眺めてた

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ふふ まるで子どもみたいに、こんな風景を見るのが好き(興味)である

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造る、または労働という姿が美しく見える

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学童保育は、今日からお盆休み(17日まで)
  1. 2008/08/13(水) 06:49:27|
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流星に願いを



散歩していてこころが動くとカメラを向けてぱちりする。
たとえうまく写らなくても、それはしょうがないこと。
プロでもないし、失敗したってなんの損害もない... もちろん、(残念だなぁ)とは思うけれど、すぐに忘れてしまう。

毎日30枚~200枚を撮る。ほとんどを捨ててしまう。「天童の家」で使うのは、そのうちの数枚。
デジタル写真は、ランニングコストを考えなくともいいから気楽だ。
わざわざ遠くへ出かけていくことも滅多にないから、ガソリン代とか排ガスの心配もない。

画像のほとんどを家の周りとか、散歩道で撮る。
いちばん多いのは、やはり散歩道である。毎日散歩しているが、ほとんど毎回シャッターをきる。そして最少でも1枚ぐらいの使える画像を得る。
そのことを考えると、ふふ (『犬も歩けば...』だなぁ)と笑ってしまう。ありがたいことである、と心底思う。

そうやって散歩していながら、どうしても実現できないこともある。
例えば、カワセミは幾度も見るけれど、撮影ができない。あの美しい瑠璃色の姿を写してみたいと思うけれど、できない。
カワセミは、美しい姿を見せながら(あっ!!)と思う間に右から左へ飛んでいく。左から右へ飛翔する。

肉眼では、確かに見る。しかし、その姿は一瞬で視界から消える。
そう、あの夜空の流星と同じ。
星が流れている間に、願い事を言えば、その願いが叶うと言われるが、それができない。(あっ! 流れ星)と思う間に消えてしまう。とても願い事などいう間がない。
よほど根気よくトライしなければ、流星もカワセミも撮れない。

カワセミの画像をBBSなどでよく見る。どうしたらあのような写真が撮れるのかなぁ...
まぁ、そういうこともあるけれど、欲張ったってしかたない。自分で出来る範囲内でやればいい。
身近かで出合う感動を大切にしていきたい。

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今朝の気温24度、晴れ。「雲がきれい」妻に促されカメラを向ける。もう秋の雲...
  1. 2008/08/13(水) 06:34:10|
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『大江戸ビジネス社会』

小学館 出版局から冊子小包が送られてきた
呉 光生 著 『大江戸ビジネス社会』 である
「謹 呈 」 著 者 とあり、呉 光生(本名 百足光生)さんからの恵送だった

百足さん いつも心遣いをいただき、ありがとうございます

石川英輔さんが、解説で次のように書いている
『私の知る限りでは、江戸の商工業についてこれほど広い範囲にわたって立体的に解説した一冊はほかにない。』
『江戸時代が265年も続いた理由も納得される』

おおぜいの方々から読まれるといいですねぇ。とても面白い本(文庫本・533円)なので、ぜひ読んで欲しいと思う。

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午前19時40分の気温226度、真夏の日射し
  1. 2008/08/12(火) 10:39:29|
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音いろいろ

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音いろいろ

       タケニグサ盆棚用の草ゆえに野道にあるを目星つけおく       飯田市・草田礼子
生まれ育った家(実家)では、お盆の仏前は細竹にササゲ・ナス・リンゴ・コンブなどを下げて飾るが、長野あたりではタケニグサを使うのだろうか?
散歩道で、自然薯の蔓に目星をつける。晩秋になったら掘り起こそうと考えるのが、へへ、これまで一度も実行したことがない。

       呼び出し音今日も鳴らずに日が暮れて充電器におさまる携帯電話   東京都・伊藤 緑
ちょっと寂しい気もするけれど、でも、う~ん、平穏な気持ちがなにより 今日も一日こころ穏やかに暮らせた幸せを思う

       もう限界畑返しましょうと言う妻の言葉に逆らい畑を耕す     我孫子市・坂谷三雄
坂谷さんご夫婦の暮らしが、思いが見えてくる気がする。
希望と諦めと意地とがせめぎ合って、それが生きている証。まだまだなんとかなるわい。

       「煎餅が好きだったの?」と問う彼に不意に秘密を持ちたくなる夜  神戸市・松内可織
ふむむ... なんとなく分かるなぁ

       風鈴の形いろいろ音いろいろ     習志野市・早川高士
       滝風に生活の匂ひ消しにけり      飯塚市・千代田景石

                短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(11日付)より

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今朝の気温24度、夏の陽が照りつけて今日も暑くなりそう
  1. 2008/08/12(火) 06:00:08|
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