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「天童の家」を毎日やっているが、一つの生きがいみたいになっている。
感動をだれかに伝えたい。こころの動きをあらわし、できれば感動を共有できれば嬉しい。
そんな気持ちで、毎日更新している。

はたしてどのように受け取ってもらえたか、知りたい気持ちがあるけれど、ふ~む、なかなかよく分からない。
『拍手』や『コメント』をみて、なんとなく(あぁ、なるほどなぁ)と推察したり、(ふふ、ありがたいコメントだなぁ)と喜んだりしてる。
誰でも『認められ』れば嬉しいし、励みにもなる。向上心は認められることが大きなモチベーションになるものだ。

世間を騒がせるいわゆる無差別殺人の犯人は、自分の存在が無視されているという思いが強い。
存在意味がない、というほど切ないものはない。人を殺すに刃物は入らない。ただ無視すればいい。
暴力などのいじめは、切ないけれど、それ以上に無視(シカト)は死よりもこわいのではないか。

認められていない。存在が無視されている。
それなら認めさせてやろうと、殺人という大それた事件を起こし、自分の存在を訴える。なんともやりきれない自己主張である。
人間って、なんとも弱い存在である。(もちろん、その反対のことも言えるが)

自分を認めてくれる人が、一人でもいれば強くなれる。
大勢の人々から認められることは嬉しいけれど、たった一人でも自分を認め、必要としている人がいればたいていの困難を超えて生きられる。
へへ 私には妻がいる。

「天童の家」をやりながら、アクセスしてくださる方々を思い浮かべる。
うう みなさんと繋がっている、と思うと毎日が楽しい。
暑さは、まだこれからだが、ね 健康で元気にいきたい。

今日の見出しを「檄」としたが、っふふ 暑中お見舞いのつもり
「檄」のタイトルは、ミスマッチだったかなぁ...

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鬼籍に入る

上の文を書いた後、新聞を読む。天声人語(26日付)をみて笑ってしまった。
以下は、天声人語から転載

 「鬼籍に入る」という言葉がある。その意味を女子大生にたずねたら、「長男の嫁になること」と答える者が多かったそうだ。
 中国文学者の一海知義さんが、人づての話として『漢語四方山話』(岩波書店)に書いている。
 この珍解答には腹を抱える人も、さて「憮然」や「檄を飛ばす」の意味をご存じだろうか。文化庁の「国語に関する世論調査」によれば、7割以上が意味を取り違えていたそうだ。

 「憮然」は、失望してぼんやりする様子。「檄を...」は、自らの主張を広く知らせて同意を得る。それが元の意味だ。
 だが多くが、前者を「腹を立てている様子」、後者を「元気のない者を叱咤激励する」と誤って使っていた。
 「日本語の乱れ」と嘆く向きもおられよう。だが、これらはもはや「誤」が「正」になった感がある。
 「憮然」から想像するのは仏頂面であって、失望の顔ではあるまい。歩く人が多くなれば、それが道になっていく。

 とはいっても、気になるのはカタカナ語である。多いと感じる人が8割を超す。開化期の文化人たちは、なだれ込む外国語と格闘し、「社会」「個人」「哲学」...と片っ端から新しい日本語の服を着せた。
 いまは裸のまま、ネットに雑誌にカタカナが躍る。席巻ぶりを、4割の人が「好ましくない」と見ている。

 ところで冒頭の「鬼籍に入る」は、人が亡くなることを言う。鬼の字はもともと、「人が帰る所」という意味があるそうだ。
 カタカナ語に虫食いにされ、美しい日本語がいつか鬼籍に入ることにならないか。心配である。

「国語に関する世論調査」の記事は、すでに前日に読んでいて知っており、上の文「檄」を書いた。
へへ 書いた後に天声人語をみたから、可笑しくなった。
誤った使い方も、代議士先生などが堂々と使っていると、誤りでなくなるような例がたくさんあるなぁ
例えば、「世論」... 「せろん」で通用してるしなぁ
叔父と伯父の使い分けなど、今もってよく分からない。誤って使い、指摘されたことがあるけれど、なかなか面倒な気がする。

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今朝の気温23度、青空。今日も暑くなりそう
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  1. 2008/07/28(月) 05:27:18|
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