未分類日記以前の天童の家RSS|

宝珠山立石寺

80530-10.jpg


宝珠山立石寺

2000年にインターネットでお友だちになって以来 まだ一度も会ったことがない Kさんと30日に逢った。
はじめて会ったという気がしない。メールのやりとり、電話での話はしていたが、初対面である。
なのに、もう何年来の親友が、久しぶりに再会したような対面となった。

山形道関沢IC あたりは小雨だったが、「天童の家」さくらんぼ畑は日差しがまぶしく、色づきを増したさくらんぼが Kさんたちを喜ばせる。
さくらんぼは、ネットを張ったこともあり鳥に食われることもなく、初夏の彩りを感じさせ、被写体としてよい情景だった。
遠来の客の訪問に 色づきが間に合い、苦労した甲斐があったなぁとホッとする。

さくらんぼ狩りの後、「天童の家」で小休憩、そしていよいよ山寺へ。
Kさんは、1015段の石段を上りきれるか心配のようすであったが、Kさんの妹さん(仮にTさんと呼ぶ)、運転手(Nさん)、妻と私の5人で根本中堂から上りはじめる。
Nさんは、職業柄 山寺をよく知っており Kさん・Tさんにいろいろと説明してくれるので、私と妻は大助かり。
Kさんは、仁王門の急な石段を上りきって Nさん・妻と3人で五大堂へ。Tさんと私は奥の院まで行く。

風が少しあったけれど、さいわい天気に恵まれ 宝珠山立石寺参拝は完遂され、みんな喜ぶ。
遅い昼食を済ませ、Kさん・Tさんは、Nさん運転する車で蔵王温泉(宿泊)へ。
31日は、月山へ向かう。

80530-20.jpg


80530-30.jpg


80530-40.jpg


今朝の気温10度、雲多い
スポンサーサイト
  1. 2008/05/31(土) 05:40:17|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

Kさんたちのみちのく

80528-10.jpg


Kさんたちのみちのく

29日、小雨
「寒くてズボン下を履いた。パパもはいたら...」と妻がいう
ズボン下は、もうしばらく前からはいていない。(はこうかなぁ)と思うほどの寒さを覚える。
このような日に、九州からKさんたちがやってくる。今日は中尊寺も 同じような気温だろうか。

うう、中尊寺も雨降りかもしれない。折角の旅行なのに... 晴れてほしかったなぁ

       五月雨の降り残してや光堂   芭 蕉

元禄二年(1689年)五月十二日、芭蕉は平泉中尊寺を訪れて上の句を詠んだ。
「おくのほそ道」は旧暦で記され、藤原三代の棺を納め、三尊の仏を安置する金堂は、梅雨の中にあった。
あぁ、雨降りだからこそ見られる情景ってあるものだなぁ
新緑滴る みちのくの晩春、みちのくの古都「藤原王国」の雨もまた一興かもしれない...

『南部道遙かに見やりて、岩手の里に泊まる。』(おくのほそ道)
Kさんたちも芭蕉と同じに、30日に「天童の家」へ来られ、 宝珠山 立石寺(いわゆる山寺)へ向かう。
さくらんぼシーズン前で、あのお祭りのような賑わいがないぶんだけ、落ち着いた山寺になるだろう。

『山形領に立石寺という山寺あり。慈覚大師の開基にして、殊に清閑の地なり。』

       閑かさや岩にしみ入る蝉の声  芭 蕉
       眉掃きを俤にして紅粉の花   芭 蕉

芭蕉が、おくのほそ道へ来た頃、紅花栽培が盛んだった。その頃 さくらんぼの栽培はまだで、もし さくらんぼを芭蕉がみたら、いったいどんな名句が生まれたろう
Kさんたちの山寺、さくらんぼ狩り(べにさやかの味はダメなので、情景だけ)が楽しんでもらえるといいなぁ

80528-20.jpg


80528-30.jpg


今朝の気温11度、雲多いけれど朝日が眩しい
  1. 2008/05/30(金) 05:38:32|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

『藤沢周平と江戸を歩く』

『藤沢周平と江戸を歩く』

『藤沢周平と江戸を歩く』といういい本が、光文社からでた。著者は、高橋敏夫・呉光生。
藤沢周平の作品で、江戸が舞台になっている物語の中から24作品を選んで、「物語を読む」(作品鑑賞のエキス抽出)を高橋が、「物語を歩く」(舞台となった現場確認)を呉が 書いている。
大好きな作品(物語)に、高橋・呉の両者がさらなる深みを増すことば、絵図や地図、豊富な写真(なかなか美しい!)等が加わって、物語の世界はますます広がり、再読を誘われる。
うん、とてもいい本になっている!

著者のひとり 呉 光生は、「百さん」である。本名 百足光生(ももたりみつお)。
「百さん」とはずーっと以前からのお友だちで、特に私のエッセイ集『妻の手』の上梓に際し、たいへんお世話になった。
友人だからと特におべんちゃら言うわけでなしに、『藤沢周平と江戸を歩く』は藤沢作品愛読者にはとても面白く読めることまちがいない。

「百さん」は、すでに『大江戸ビジネス』(経済界リュウ・ブックスアステ新書)、『大江戸見聞録江戸文化歴史検定公式テキスト・初級編』(小学館)などの著作がある。
以下の写真は、『藤沢周平と江戸を歩く』の表紙と本文の中で豊富に使われているものから撮った。

80529-91.jpg


80529-93.jpg


80529-94.jpg


80529-95.jpg

  1. 2008/05/29(木) 17:53:59|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

花鳥風月

80527-a.jpg


花鳥風月

花鳥風月といえば、この世での美しいものをさす言葉。
人々は、それら花や鳥、風や月などに美しさを感じ、認めてきたのである。さもありなんと納得する。

っふふ その花鳥風月を「花蝶風月」と思いこんでるおバカさんがいた(かくいう自分のこと)。
結婚の祝い歌に、~蝶よ花よとなぁ育てた娘 ~ の歌詞がある。それを連想した間違い(勘違い)であろう。
考えれば、うふふ 可笑しいが、ありそうな?間違いだなぁ

最近、蝶にはまっているから(蝶頭になってる)なおさらであろう
でも、また考える。っふふ tyo- といえば、人々はなにを思い浮かべるだろう...
蝶、それとも鳥?

どちらも可愛い。
しかし、誰しもが(可愛い)はずと思うのは大きな勘違いで、鳥が嫌いだったり、蝶が好きでない人もいる。
かくいう自分が、そもそも勘違いしていた。鳥も蝶も可愛くないはずはないと...

可愛いとか、憎い、好き嫌いは感情であり、それぞれの人によって好悪の感情がちがうのは当然である。
ある人は、蛇は少しもこわくないが、ミミズが怖くて草取りができないという。
ミミズに怖さの感情をもたない人は、怖いという人を笑うことはできない!
かくいう自分は、蛇が怖くてしかたがない。もちろん、というかミミズはちっともこわくない。

人の感情は、人それぞれである。
花鳥風月という言葉は、最大公約数的なもので決して絶対ではない。鳥や蝶を好きでないという人がいてちっとも不自然ではない。
むしろ、鳥や蝶は可愛いものと決めつけることこそがおかしいことであろう。

80527-b.jpg


80527-c.jpg


80527-d.jpg


今朝の気温10度、小雨。少し寒い感じ
  1. 2008/05/29(木) 06:24:30|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

ニセアカシア

80522-10.jpg


80522-20.jpg


80522-30.jpg


あっさり巣立つ

       井戸桶にトマト放せば寄りあいてぶつかりあいて水あふれたり     長野県・沓掛喜久男
清冽な情景が目に浮かぶ。今は冷蔵庫が使われ、井戸の冷気を利用することは少なくなってしまった。水で冷やしたスイカやトマト、彩りも鮮やかで絵になるなぁ

       村に千 国に百万蛇をりて年に五億の蛙呑まれる           いわき市・馬目弘平
っふふ いかにも馬目さんらしい?歌だなぁ 

       ひと月を見守りいたるメジロの巣三羽の雛連れあっさり巣立つ      松戸市・猪野富子
猪野さんの気持ち(気分)が伝わってくる。それに似た旅発ちが人間社会にもあるなぁと感じ入る。

       軒先の乾きたる巣に燕二羽みずみずしき泥つぎたしてゆく       宗像市・巻 桔梗
「天童の家」の燕も、まったく同じようにして巣を作った。仔燕の誕生が楽しみである。

       たんぽぽもぺんぺん草も知らぬ子とバーチャルでない春の野に出る   群馬県・小倉太郎
あまりにも多くなってしまったバーチャルな世界。実際の世界がどんなにか素晴らしい!かに驚くことだろう。(と思いたい)

       集まれば歳は聞かずにこのごろは「前期」「後期」の線引きをする   上越市・工藤紀子
っふふ 後期高齢者の歌は、意識して捨ててきたが、工藤さんのこれは面白い! 「前期」「後期」は、すっかり定着?してしまったなぁ
「流行語大賞」有力候補だろう

       わが人生の最後の新車夏うぐひす     仙台市・長沼敏夫

            短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(26日付)より

80526-a.jpg


80526-b.jpg


80526-c.jpg


ニセアカシアとアカシア

明治期に日本に輸入された当初は、このニセアカシアをアカシアと呼んでいた。後に本来のアカシア(ネムノキ科アカシア属)の仲間が日本に輸入されるようになり区別するためにニセアカシアと呼ぶようになったが、今でも混同されることが多い。たとえば、札幌のアカシア並木も、アカシア蜂蜜として売られているものも、西田佐知子のヒット曲『アカシアの雨がやむとき』、石原裕次郎のヒット曲『赤いハンカチ』や北原白秋の『この道』に歌われる"アカシアの白い花"や、2000年代に入ってからは松任谷由実の『acacia (アケイシャ)』やレミオロメンの『アカシア』もすべてニセアカシアを歌った曲である。

                 wikipedia による

今朝(4時40分)の気温13度、空には雲もなく青空がだんだん濃くなってく
  1. 2008/05/28(水) 04:39:00|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

さくらんぼを守る

さくらんぼを守る

さくらんぼが色づき 美味しくなるのは、6月中旬。
さくらんぼ観光果樹園が開園するのは 6月に入ってからで昨年は1日、今年は2日である。
早生種の「セネカ」がやっと色づく程度で、本格的なさくらんぼ狩りは中旬以降である。
「天童の家」で昨年さくらんぼの写真をはじめて撮ったのは6月2日だった。受粉樹の「べにさやか」がやや色づいたようすをアップした。

Kさんたちが九州から「天童の家」に来るのが5月30日である。
さくらんぼなっているようすを観てほしいと思うのだが... 30日では、やはり早すぎ、色づいたさくらんぼを見るのはムリかなぁ
なんとか色づいているのを見てもらいたいと思い、観光果樹園をやっている友人に相談したが... 「30日ではとてもダメ。10日早いなぁ」という返事。

26日、「天童の家」のさくらんぼ畑に行き、受粉樹で早生種の「べにさやか」が少し色づいてきてるのが分かる。
天気次第では、30日にはどうにか見られる(写真に撮れるくらい)になるのでは... との期待をもった。
「パパ、それまで 鳥に食われないようにネットを張ろう。せっかく九州から来るんだから、ぜひさくらんぼのなっているのを見てもらおう」妻の言葉に、私は頷き、早速ネットでその木を包む作業にとりかかる。

ビニールテントを張れば、防鳥問題は片付くのだが... 時期が早すぎる。さくらんぼ全体を考えれば、まだビニールは張れない。
鳥たちは色づいたさくらんぼを目ざとく見つけ、食べにやってくる。その鳥たちからさくらんぼを守るには、べにさやかの木をネットで包めばいい。
Kさんたちに色づいたさくらんぼをぜひ見てもらいたい。妻と二人で べにさやかの木をすっかり覆う作業をした。これでさくらんぼは鳥たちに食われることはない。

あとは天気がよいことを祈るだけ。
ビニールテントを張ってしまえば、雨の心配も不要なのだが... 雨避けテントは6月に入ってから、雨で実割れがおきる、その直前に張る。
27日、防鳥ネットを張り終え、わずかに色づいたさくらんぼを撮る。あと3日後には、もっと色づいたのを見てもらえるはずである。

80527-10.jpg


80527-20.jpg


80527-30.jpg


正午の気温17度、雲が少し多くなった
  1. 2008/05/27(火) 12:00:43|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:6

アメニティ

80524-b.jpg


環境を選ぶ

散歩道は、立谷川に沿って作られたサイクリング・ロードであることは幾度も書いた。散歩道はそこだけではないのだが、いちばん多く歩く道である。
水量も季節や天気しだいでさまざまに変わり、瀬音も場所によって高低あり、両岸にはヤナギ・ニセアカシア・クルミ・ウツギ・コナラ・マツ・サクラ等々が季節を彩る。
川向こうは里山で、その裾を仙山線の電車が汽笛を鳴らし走る。その風景がお気に入りで毎日のようにそこへ行く。

散歩道の西北(左手方)には田圃や果樹畑があり、遙か向こうには月山や朝日連峰が眺められる。
カメラ片手に、散歩と撮影を楽しむ。最近は、蝶を追っかけている。蝶を撮る面白さがわかってきた。
飛んでいる蝶は、小さな違いが分からず、みんな同じ(蝶)に見えてしまうが、撮影し画像処理してはじめて個としての姿が見えてくる。
そう、ルぺーを使った時のように(あぁ、こんな模様・色なんだぁ!)という発見に似た感動を覚えるのである。

蝶は、動きが激しく、じーっと止まっていることが滅多にない。飛んでいる蝶を撮るのは容易なことでない。
だから、蜜を吸っている時が撮影のチャンス! その時を気長に待つか、それともラッキーな出会いに期待する。
景色や草花の撮影にも光や風、あるいは咲いている場所や時期があってなかなか簡単ではないが、被写体が動き回ることがないだけ落ち着いて撮影できる。
そういう点で、蝶は動きが激しいので出会いや撮影が限られてしまうのはやむを得ない。
逆に言えば、チャンスが少ないからこそ撮影できた時の喜び・感動が大きくなる。

カラスアゲハ かジャコウアゲハ、はたまたクロアゲハなのかを識別したく、また例の場所に行った。
蝶は、好きな場所があるらしい。明るさとか花の種類、そういう場所があるような気がする。なぜなら、蝶はどこにでも飛んでいるわけではなく、姿が頻繁に見える場所があるのに気づいた。
ウスバシロチョウは、明るく広々とした所をひらひらと気侭?に飛んでいる。一方、黒いアゲハは樹木が繁茂したあたりをうろちょろしたり、さーっとどこかへ飛んだりと落ち着かない。

ウスバシロチョウと黒いアゲハ蝶にも共通点があるのに気づく。どちらの蝶もスイカズラの蜜が好物のようだ。
したがって、目指す黒いアゲハ蝶の観察には、その蝶が好む環境に行ってじーっと待つ。
その黒い蝶は、その時も頻繁に姿をみせ、スイカズラに止まるのだが、葉っぱの陰になって撮影がままならない。数枚撮って諦め帰途につく。

スジグロシロチョウに出会ったのは、ニセアカシア樹下のヒメジョオン・ハルジョオンの咲いている散歩道の道端である。
はじめからスジグロシロチョウと分かって撮ったのではない。とりあえずカメラに収め、画像処理後にネットで調べて名前を知った。
ふふ 名前を知れば、ね 親愛感情がわいてくるから可笑しい。

80524-c.jpg


80524-d.jpg


今朝の気温15度、雲が一つ二つ浮かんでいるが青空。暑くなりそう
  1. 2008/05/27(火) 06:08:48|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

識別が難しい

80523-50.jpg


識別が難しい

一昨日 カラスアゲハ のことを書いた。なんとかもう少しましなのを撮りたいと...
そこで早速 カラスアゲハの撮影に出かける。先日たくさん飛んでいた所へ行ったが、いなかった。時刻が関係するのかなぁと考えながら少し川下の方へ歩くと、薄暗い木立の下にスイカズラが咲いてる。
そのスイカズラの蜜を吸ってカラスアゲハがいた!

先日たくさん飛んでいたその黒い蝶たち、動きが速くてなかなか撮れなかった。なのにその蝶は、蜜吸いに夢中のようで、動かない! こころわくわくしながら何枚もシャッターを切る。
が... 撮りながら、(なにか違う!)という思いがした。あの夕方に近い時刻に激しく飛んでいた蝶はもっときれいだった! 赤い斑点もようが美しかったのを思い出す。
じーっと動かないその蝶は、先日みたそれと色が違うみたいな気がする。

画像処理してみると、色味がうすいみたいだなぁ
でも、側面のそれをみると、たしかに赤い斑点がある。飛んでいるのを下から見れば、あんなふうにきれいに見えたのかなぁ
『釣り落とした魚は大きい』と言われるように、先日撮れなかったあの蝶は、だから美しく見えたのかも... あるいは個体によっても色彩や形態に違いがあるのかなぁ

画像処理を済まし、念のため「蝶類図鑑」を確かめる。ネットのそれは、蝶の科名・和名・色彩・環境などから調べることができる。とてもきれいな写真が並んでる!
ん? 自分が撮影した蝶は、カラスアゲハではなく、もしかしたらジャコウアゲハなのだろうか...
両方の説明文を読み比べ、写真を繰り返し見てみたが、どうもよく分からない。それにしてもなんと美しく撮った蝶!!だなぁ こんなにきれいに撮れる人がいるんだなぁ

さて、自分が撮ったそれは、いったいジャコウアゲハか、それともカラスアゲハなのだろうか?
名前を同定するのは、初心者には本当に厄介なものである。

以下に、その「蝶類図鑑」のURLを記す。みなさんの目にはどううつるかなぁ

               http://webzukan.hp.infoseek.co.jp/

80523-60.jpg


80523-70.jpg

                      
                キアゲハ


80523-80.jpg


                ヤマトシジミ


80523-90.jpg


                ホソバセセリ ?

今朝の気温18度、気圧の谷間のせいか雲多い

  1. 2008/05/26(月) 06:08:46|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

同時性の確保

80521-a.jpg


80521-b.jpg


80521-c.jpg


同時性の確保

「天童の家」ブログ、絵と文を毎日アップしている。
別にそれを自分の義務にしているわけだはないが、習い性というか、十年近くもこんなことを続けているとそれが当たり前のことになってしまった。
とは言え、それにはいつも一抹の不安というか、もしアップする絵や文がなくなりはしないかという危惧もある。

絵や文がなくなったその時は、休めばいい。思うだけで、なかなかそうならない。むしろ絵や文のストックがたまっていく。
できるだけその日、その時に感じたり考えたこと、あるいはその時節に合った情景をアップしたいと心がけている。
しかし、ストックが多くなると、撮影の時とオンエアーの時期に乖離が生じることがしばしば出来する。いちばんイヤなことである。アクセスしてくれる人は、その日の直近の出来事と考えるのは当然であるから...
なのに、実際は花等の開花日とそのアップ日が離れてしまうことが生じる。ストックが多ければ多いほどそうなり易い。

っふふ、どう処理するか? 簡単なことで、その日に書いた文や、撮った写真は当日に、またはできるだけ翌日にはオンエアーすればいいことである。
要するに、休むということになにも不安を覚えることはないのである。そのことを納得すればストックの必要もなくなり、時期のズレもなくなる。
う~む、ストック写真がいっぱいある。この際だからズレの生じないうちにアップしよう

写真にはつながりのないものもある。(ふむ、面白いなぁ)と思ってシャッターを切った1枚しかない情景写真のもある。
撮った日にちが違うけれど、似たような場面を写したのもあり、当然似たような風景となるのはしかたない。そういう景色が好きなのだなぁと理解してほしい。
と、まぁ 書きたい、書かねばならぬことがたくさんあるような気がするけれど、ぐちゃぐちゃ言うよりもストックしてるのをできるだけ少なくすることにする。

80521-80.jpg


80521-90.jpg


80522-w.jpg


80524-y.jpg


  1. 2008/05/25(日) 18:49:33|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

カンゾウ

80523-20.jpg


カンゾウ

 カンゾウ : ユリ科 ヤブカンゾウの母種で中国原産。漢名の萓草(かんぞう)は本種に該当。で、ホンカンゾウともいう。八重咲きのヤブカンゾウと違って、一重なので、花での区別はやさしい。

      蕾は金針菜の名で、中華料理のスープや八宝菜に使われる。日本では主に乾燥した蕾が売られているが、しばしばユリの花と誤称される。

                   「花おりおり」四 湯浅 浩史著 朝日新聞社より


和名 カンゾウ(萱草)
別名 ワスレグサ(忘れ草) 
学名 Hemerocallis fulva
科名 ユリ科
中国名,萱草 金針菜(花)
英名 daylily(一日だけのユリ)

*カンゾウに関するあれこれ

**甘草ではなく、萱草
 この草に甘草という漢字をあてる人がいるがまちがいである。甘草はマメ科の植物で根を甘味料に使うことで知られている。ここでとりあげるのはユリ科のホンカンゾウ(本萱草)、ノカンゾウ(野萱草)、ヤブカンゾウ(藪萱草)のことである。ニッコウキスゲの仲間だと言えばわかりやすいだろうか

 原産地の中国では、ホンカンゾウの根を潰瘍の薬に、花を興奮剤に使った。花や若い芽を食用にする。日本には薬草として持ち込まれたものが野生化しており、ノカンゾウ、ヤブカンゾウと呼ばれている。花はユリに似たオレンジ色で、ノカンゾウは一重咲き、ヤブカンゾウは八重咲きである

**カンゾウにまつわる言葉・文学作品

''忘憂''(ぼうゆう) 萱草の中国名のひとつ。花を食べると憂いを忘れることから。萱草の花には気分を高揚させる効果があるという。お酒のことも「忘憂」とよぶことがある。飲めば憂さを忘れるからだ。

''忘れ草'' 忘憂と意味は同じ。日本では「わすれぐさ」と呼ばれた。

以上はネットより(URLは以下)

http://www.chinjuh.mydns.jp/cgi-bin/chinwiki/uniwiki.cgi?mycmd=diff&mypage=%E7%8F%8D%E7%8D%A3%E3%81%AE%E9%A3%9F%E5%8D%93wiki%E3%80%8C%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%82%BE%E3%82%A6%E3%80%8D

80521-40.jpg


80521-50.jpg


80521-60.jpg

  1. 2008/05/25(日) 09:28:54|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

初咲き スイレン

今年はじめてスイレンの花が、昨日咲いた

80524-z.jpg


午前10時頃に撮影 (上)

それから1時間半後 (下)

80524-p.jpg


今日は「学童クラブ」の総会。これで総会シーズン終了

今朝の気温15度、雨
  1. 2008/05/25(日) 06:26:15|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

春の蝶たち

春の蝶

いつもの散歩道(立谷川沿いサイクリング・ロード)を歩く。
これまでと気分が少し違う。ふふ 蝶が気になるのである。これまでは蝶が舞っていても別にどうってなかった。
単に(蝶が飛んでるなぁ)としか感じなかった。何という蝶かなどと気にもとめなかった。

ところが、ウスバシロチョウをインターネット検索してから、蝶に注目するようになり、飛んでいる蝶の多さに驚いた。
注意して見ると、目の前を実にたくさんの蝶たちが飛び交っている。また、例えばウツギの花をじーっと見つめると、そこには密を吸っている蝶を見る。
色・形・飛び方もさまざまで、見ればみるほど、(蝶ってこんなにたくさんいあたのかぁ)とびっくり。

ネット上も賑やかで、うう こんなに蝶フアンがいるのだなぁ と、まぁ驚きの連続。
検索してみて、ページの多様性、また写真の上手な人がたくさんいるのにも感嘆! なんだか世界が広がってく思いがする。
この歳になって、新しい世界が見えてくるのは嬉しい!ことである。

たかが蝶と言いたい人もあろう。しかし、その蝶をきっかけにいろいろなことがわかり、新世界が広がってくのはわるいことじゃないなぁ
この日、出会った蝶は、ウスバシロチョウ・ベニシジミ・トラフシジミ・キアゲハ・カラスアゲハ。
その他にもモンシロチョウとか、なにかが飛んでいた。ひらひらしているのを見て、その名前がわかるはずもない。

心残りなのは、キアゲハとカラスアゲハ(?)を撮りきれないこと。
じーっと止まっていてくれない。自動でなく手動でピントを合わせているうちに飛ばれてしまう。
自動でやると狙った被写体にピントが合わないことが多く(ピントが花や樹木に合う)、どうしても手動でやってしまう。もっとAFを多用するべきかなぁと反省しきり。
特にカラスアゲハは、全体が黒っぽいし、動きが激しいから難しい。再度挑戦し、納得できるのを撮りたいなぁ

80522-p.jpg


              ベニシジミ(上・下)

80522-q.jpg


80522-r.jpg


              カラスアゲハ(上・下)?

80524-a.jpg


80522-s.jpg


              キアゲハ

80522-t.jpg


              トラフシジミ
  1. 2008/05/25(日) 03:55:13|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

ウスバシロチョウ

80521-10.jpg


ウスバシロチョウ

春の山野草、高山の花などの名前は、少しは知っている。しかし、鳥や蝶などの名前はほとんど知らない。
散歩していると鳥たちの鳴き声を聞き、また姿を見ることがあるけれど、その名前がわからない。
名前を知っていると、なぜか親しみを覚えるが、わからないものにはどうしても感興がわかないのはしかたない。

先日、散歩中にスイカズラの花に蜜を吸いにきている蝶を撮った。
その蝶は、人やカメラを気にせず、一心に密を吸い続けており、撮影は楽しかった。そのブログの見出しを『スイカズラ』とした。
考えてみれば 『スイカズラ』は ミスタイトルで、密を吸っている蝶が主役だったから、やはり蝶の名前とか、または蝶の動態を表現する見出しにすべきだった。

その翌々日に、同じ散歩道で 今度はシャクの花の蜜を吸っている蝶に出会った。先日見たあれと同じ蝶である。またカメラを向け 撮影を楽しんだ。
ミスマッチとはいえ、もともとスイカズラは大好きな花だし、悔いはなかった。しかし、今度は『シャク』では恰好がつかないなぁ
どうしても蝶の名前が知りたい。

インターネットで『春の蝶』を検索。
同じ蝶の写真がある! その蝶の名前は、ウスバシロチョウ
名前がわかると、なんだかとたんに親しみがわいてくるから可笑しい。そうか ウスバシロチョウという名前なんだなぁ

名前って面白いものだなぁとしみじみ思う。けっして単なる記号ではない。
その名からさまざまな思いやさらなるイメージがわいてくる。
ウスバシロチョウ という名を私はもう忘れない。

80521-20.jpg


80521-30.jpg


今朝の気温14度、晴れの予報だが...
  1. 2008/05/24(土) 06:13:15|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:6

しばしの風景

旧い家が解体され、新しい家が建つまで、しばしの間 見られる風景を記録しておこうと、今朝 書斎から撮った
他人が見たら、どうってない眺めだけど...

80523-x.jpg


80523-y.jpg


80523-u.jpg


8:15 の気温16度、雲ひとつない青空
  1. 2008/05/23(金) 08:17:31|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

新陳代謝?

80521-70.jpg


解体作業

家屋の解体って、もっとダイナミックに ガガァーッというぐあいに一気にやるのかと思っていた。
しかし、実際に見ていると、実に丁寧にちゃんと選別しながらやってくのに感心した。
屋根のトタンを剥がし、下に敷いてある黒い紙は、それだけを集めて大きな袋に詰める。トタン板はまたそれだけに纏めておく。
柱など太い木材は、重機の下に敷きながら作業場所をしっかり確保しながら解体・選別作業を進めてく。

畳は地上に敷き並べ、その上を大型トラックが移動する。なるほど、そうすることで道路が汚れないし、車両も安全だろう。
剥がされた壁は、壁だけ袋に詰める。電線、パイプ、プラスチック等々がそれぞれに選別される。
考えるに、選別は産廃処理上必要な作業なのだろうが、そうしたやりかたがいかにも合理的に思えてくる。
大きな袋に詰められた物は、トラックでそれぞれの廃棄場所に運ばれてく。

解体の主力は、なんといっても重機である。その重機が機械とは思えないほど細々した作業をするのに驚く。
重機を操縦するのは、もちろん人である。大きなパワーをもつだけでなく、じつに繊細な動きをする。
重機の動きが面白く、飽きずに眺める。っふふ 70近い男が、まるで子どものように見ている姿は可笑しいかもしれないなぁ

「今日で終わるねぇ」母屋がなくなり、小屋だけになってしまたのを眺めながら妻がいう。
「どうかなぁ... 解体って、けっこう手間暇かかるんだよぉ」
三十年以上もあった小屋が、なくなる。他人の物で、自分とはなんの関わりもないといえばいえるけれど、見てきた物がなくなってしまうのに、一抹の寂しさを覚える。

母屋がなくなり、更地になったそこは、いかにも(がらん)とした感じがする。
新しい家が建ち、整備された駐車場になれば、また落ち着いた空間になるのだろう。それにしてもずいぶんと大きな駐車場になるなぁ

80520-10.jpg


80520-20.jpg


今朝の気温16度、晴れ。暑くなりそう
  1. 2008/05/23(金) 05:56:50|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

眺めが...

80518-a.jpg


80518-40.jpg


景色が変わる

町内会に、隣組といわれる緩やかな組織(単位)がある。
当町内は156戸(世帯)で構成され、そこに15の隣組がある。「天童の家」の隣組は、1-2と位置づけられ11軒ある。
隣組対抗グランドゴルフ大会とか 公民館清掃、あるいは自主防災会組織での最小単位となる。

「天童の家」の隣家が、建て替えのために解体中(母屋と小屋)である。
二階建ての小さくない家だが、大きな重機を駆使して作業は順調に進み、母屋は4日間でほとんど更地状態になった。
作業員はわずか5人、その作業を眺めて(やっぱりプロだなぁ)と思う。あっと思う間にきれいに解体されてしまった。

建築にはけっこう時間がかかるけれど、解体はほんとうに(あっ!)と思う間というか、なにかあっけない気がする。
これまであった大きな家が、なくなった空間は広いようで狭いような... なんか寂しさが漂う。
母屋に続いて小屋が取り払われ、そのあとに今風の洒落た若者好みの家が建つのだろう。

過去のいろいろな出来事などに絡むそれは、もののみごとに取り壊され、まったく新しい風景が作られようとしている。
その現場を見ながら、(時の移りって、こんなふうなんだなぁ)などと妙に納得した気分になる。
それにしても、プロの仕事ってたいしたものだと改めて思う。

仄聞だが、これまで母屋があった所は駐車場になり、小屋があった場所に新しい家が建つようだ。
「天童の家」の書斎から眺めていた景色が、今後はどんなふうに見えるようになるのだろう。
半ば楽しみで、一方ではこれまで眺めてきた景色がどのように変わるのか、ちょっぴり不安もある。
新しい家は、秋までには完成するという。

80518-b.jpg


80518-c.jpg


今朝の気温12度、快晴。暑くなりそう
これから さくらんぼの消毒
  1. 2008/05/22(木) 05:06:27|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

スイカズラ

80519-70.jpg


探さなくなる時

       マスカラもロングピアスも週末のごほうびにしてママ三年目     高槻市・有田里絵
お子さん、大きくなられたことだろう。いつだって可愛いのだが、3歳あたりはもっともめんこい時。
ふんふん、週末の子守は誰がやってくれるのかなぁ...

       浅漬けの茄子を伊万里の皿に載せ日本の藍色二つ出会わす      岡谷市・茅野高子
色彩清々しい凜とした歌がいいなぁ 素敵な絵をみているような気分になるから嬉しい。

       野鼠の小さな穴に石入れてある日わたしに胆石できた        福島県・宮内陽子
うふふ、う~ん、そういう連想というか、発想が面白いなぁ 宮内さんは、穴に入れた石と胆石が無関係であることは先刻承知であるが、それでもこういう歌ができる。
こういう想いって、きっと誰にでもあるのかも知れないねぇ

       病院にも家にも庭にももう居ないあなたを探さなくなる時はいつ   福岡市・宮原ますみ
「喪のしごと」は、けっこうたいへんで時間のかかること。1年が経っても、ふと探している自分に気づくことさえあるかも知れない。
失った大切な人は、そう簡単に忘れられるものではない。

       疲れると一年生が呟きぬ     四日市市・盛野たね弘

              短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(19日付)より

80519-80.jpg


スイカズラは、「忍冬」とも書く。大好きな花である

80519-90.jpg


今朝の気温14度、雲多いが晴れてくる天気図
さくらんぼ消毒の予定だったが、風が強くようすをみる
  1. 2008/05/21(水) 05:51:26|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:4

サラサドウダン


サラサドウダンは、更紗満天星と書かれ、また 灯台・風鈴つつじ などの名で呼ばれる。
白い花もきれい!だが、紅色の釣り鐘のようなそれが開花すると、っふふ まるで 灯がともったようなイメージが好きだ。

サラサという言葉になんとなく異国的なイメージをもつが、はっきりしたところがわからないので調べてみた。

更紗。もとジャワの古語セラサから。ポルトガル語を介して、十七世紀初め頃までに伝来。
1.五彩で、人物・鳥獣・花卉など種々の模様を手描きあるいは捺染した金巾または絹布。もとインド西岸スラタやシャムから渡来。
2.花の色で紅白うちまじってサラサに似たもの。
       広辞苑(岩波書店)より

80518-10.jpg


80518-20.jpg


80518-30.jpg


18:15 の気温19度、荒れた天気だったが現在は夕焼け空
  1. 2008/05/20(火) 18:17:41|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

自然の力

自然のエネルギー

自然を相手に働いている人々は少なくない。
農業・漁業を営みにしている人々はもちろんのこと、いったいどのくらいの人々が自然を相手に、あるいは自然の影響を受けながら生活しているのだろう...

「泣きばあさん」のことを思い出す。
雨が降ったといっては泣き、また晴れたといって泣く「泣きばあさん」
雨が降れば、草鞋売りをやっている息子が、草鞋が売れなくて困るだろうと泣く。
晴れれば、傘屋をやっている息子が傘売れなくて困るだろうと泣く母親。

旅行を計画すると気になるのが空もよう。雨にならないかと心配し、てるてる坊主を軒に下げ 晴れるよう祈る。
植樹祭とか運動会の日は、やはり晴れてくれることを望む。
雨の日と晴れの日では、楽しさや景色の美しさも大きくちがってくる。

天気次第で結果が大きく影響を受けること、あるいは利害が左右される商売や職種がけっこうあるような気がする。
漁師は海が時化れば、出漁できない。天候さえ回復すれば出番がまわってくる。
しかし、農業の場合は事情がすこし違う。

昨年の台風9号は、ラ・フランスやりんごに大きな被害をもたらした。収穫を目前にして大量に落果した。
一年間、丹誠込めてつくってきた果樹が、わずか2時間の強風(暴風)で収穫できなくなった。落果したそれは商品価値がない。
天候回復を待っても、落下したラ・ンフランスやりんごは元に戻らない。まさに『覆水盆に戻らず』である。

稲作も同じようなものだ。低温・冷雨による不作は、稲作農家にとって死活問題であると同時に社会的なダメージを受ける。
農業は、自然エネルギーを最大に活用する産業である。最近は、都市(工場)での農業が話題になっているが、圧倒的多数が日光の降り注ぐ下で行われる。
農作物は、手を掛けただけの見返りがあるといわれるが、それでも自然の力を超えるものではない。
何千何万と数えきれない花々のしべが、高温による乾燥で受粉を果たし得ない事態を防ぐことができない。それが現今農業の世界である。
自然のエネルギーを根源の恵として農業が成立しているのを改めて思わずにはいられない。

サーバー・メンテナンス中で、順次復帰しているとのコメント(15:00)
間もなく画像アップできるはずである

今朝の気温14度、雨
  1. 2008/05/20(火) 06:22:52|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

期待のこし

80515-20.jpg


80515-40.jpg


実るには

昨日も さくらんぼ畑に行き、防鳥ネットを張る作業をした。
さくらんぼ が不作だと決まったわけではない。昨日のブログは 現段階での見通しを書いたのである。
妻も P さんの言葉を半分は信じながら、半分は信じようとしない。

「本当に落ちるの?」たくさんなっている小さな青い実を眺めながら妻が言う。
「受精していない実は、大きくなれないんだって... だから、これからばらばら落ちる」
「パパ、なにもそんな力を入れて『ばらばら落ちる』と言わなくてもいいじゃない。

専門的知識がない私は、『受精していない実は、大きくなれない』ということが信じがたい。現に目の前には小さな実がたくさんなっている。
受粉しなくても、花は実をつけるのかなぁ... 受精しないとなぜ大きくなれないのかなぁ 素人二人で考えをめぐらすが、なにも解決しない。
要するに、この小さな実が大きくならないで落下してしまうことを認めたくないのである。認めた時が「不作」を受け入れる時。
わずかでも望みをのこしておきたいから、Pさんの言葉を半分信じながら、半分に(もしかしたら)というあわい期待をもっている。
専門家からみれば、なんともおかしく見えることだろう。事実を見ないで、願望を眺めている姿は、ふ~む 哀れに思えるかも知れない。
でも、見ていやなものは見たくないし、不利な事実はなるべく認めたくない。

イヤなことを忘れ、二人で防鳥ネット張る作業に熱中する。
今は、その作業をやることが楽しい。赤くなったさくらんぼをみすみす鳥に食われないようにネットを張る。
「さくらんぼで生活しているわけでない。趣味的に楽しんでるんだから、ね 出来がよくなくてもしかたない」
「さくらんぼ農家はたいへんねぇ パパ、まだがっかりするのは早い。きっとちゃんとなってくる」
「うん、写真撮ったり、送ってやるぐらいは十分なるよなぁ」

空は晴れ、白い雲が西から東方に流れてく。五月の風がネットを揺らす。

80517-10.jpg


80517-30.jpg


今朝の気温13度、晴れ
  1. 2008/05/19(月) 06:35:04|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

天気の力

805815-e.jpg


しべが乾いて
異常気象の影響

毎日 さくらんぼ畑に通っている。『足音は田圃の肥やし』といわれるように、通うことで管理がうまくできる。病変を早めに処置したり、施肥を調整する。
(恰好いいことを書くようだが、へへ 実際はなにもわからないまま畑に行っているだけかなぁ)
昨日は、防鳥ネットを2面張った。雨避けビニール・テント(屋根)と側面ネット(壁)の他に、半円筒形の空間(家屋の切妻部分)がハウスの両方にある。
切妻部分のネットは、通年張ったままなので やはり傷みが早い。もろくなったので張り替えた。まだ2面残っているが、まだ時間的に余裕がある。

さくらんぼ の小さく青い実が日毎に大きく感じられるのが嬉しい。しかし、気になることもある。
比較的大きな実と、その実よりぐ~んと小さな実が混在している。その小さな実はいずれ落下してしまうのではないかという疑問...
まったくの素人栽培だから、その辺がよく解らない。

昨日の朝、友人で栽培の師と仰ぐP さんとさくらんぼ畑で話した。
「今年のできはどうなんですか?」と私。
「ダメだなぁ。あの天気(4月30日~5月6日の夏日)でしべが乾いて受粉しなかったんだ。今年のさくらんぼは、どこもダメ!」
「あぁ、やっぱりそうなのかぁ。この小さい実はぜんぶ落下してしまうんですね」心配が的中したことに驚く。

「ママ、Pさんと話したんだが... ことしのさくらんぼはダメなんだって。あの夏みたいな陽気の影響がやっぱり出たのだと言ってたよ」
「Pさんの畑も?」
「どの畑のさくらんぼもだって... しべが乾燥して受粉ならなかったって。去年に続いて、今年はもっと不作になるとPさん 言ってた」
「今年は楽しみにしてたのにぃ」妻が不満顔で言うが、返すことばがない。

早生種の正光錦は、花期がわずかに早かったこともありざくざくとなった。
佐藤錦は、受粉時の過高温とその後低温(まめこ蜂が飛ばない)というダブルパンチを受けた。強いはずのナポレオンさえ実つきがわるいという。
農業は、気候に大きな影響を受ける。気温・風・日照など、植物には環境が大切な要件なのである。
わかっているはずなのに、今更ながら改めて農業の難しさを思い知らされた。

80515-c.jpg


80515-d.jpg


今朝の気温11度、快晴
  1. 2008/05/18(日) 05:52:29|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:4

朋遠方より来たる

朋遠方より来たる

昨日、とても嬉しいメールが九州のKさんから届いた。(仮にKさんと呼ばせてもらう)
Kさんが今月末に天童に来られるという。初対面となるが、Kさんとお友だちになったのは、2000年のことである。
それ以来、メールはもちろん電話でもお話したり、地元の名産品を頂いたり、手作りのお人形や袋物などたくさんもらって重宝している。
交誼のきっかけは、インターネット・ホームページであった。

8年ぶりでやっとお会いできる。妻も喜んで期待に胸を膨らませている。
インターネットでお友だちになることができた方は、改めて考えてみるとたくさんいることに驚くが、Kさんとのおつきあいは私たち夫婦にとりはじめてのことだったから特別の感慨を抱いている。

「天童の家」へこれまで来てくださった方(いわゆるオフ・ミーティング)は、「ころ」さんご夫妻(2度)、あくあさん、阿蘇望亭さん。そして今年は tomokoさん(6月中旬)、そしてKさん。
インターネットで友人になれる、こういう関係性というか、こういう形での友誼は、学生時代のそれともちがい、大人のおつきあいが実に(いいなぁ)と思う。

以下は、「天童の家」ブログの庭についてのコメント
   立派な、そして美しいお庭ですねえ!
   何時かお邪魔したいものです。
   2008/05/15(木) 15:45:18   幻 椏

   時田さん 写真は、ふふ 時にウソをつくものです。じゃまなものを撮らない手も使います。
   それでもまぁ ありのままを撮ったつもりですが...
   時田さん ぜひ「天童の家」へおいでください。熱烈歓迎です。四季いつでもいいのですが、さくらんぼの時とか紅葉の季節もいいですねぇ
   2008/05/15(木) 17:58:15 こんの

   いやあ素晴らしいお庭ですねぇ。
   またお邪魔したいものです。
   2008/05/15(木) 20:07:54   あくあ

   あくあさん 大歓迎!! ぜひまたお出でくださ~い
   2008/05/16(金) 06:12:14 こんの

   こんのさんのお庭は実際に見ても全体が素晴らしいです。
   写真も全体を撮っても美しいです。
   私のところは全体を写すとボロだらけなのでいつも良いところだけ切り取って写しています。
   知らない人は全体がきれいだと想像しています
   から遊びに来た人はそのギャップにとまどっていますよ。写真にはだまされますね。
   2008/05/16(金) 08:10:00  こ ろ

   「ころ」さん っふふ、2度「天童の家」へ来てくださってますから...ねぇ 
   季節や花の咲きぐあいによっても景色はかわりますからね
   「ころ」さんの所も川が流れ、静かで、木立があって良い!ですよぉ
   2008/05/16(金) 16:17:43 こんの

80515-f.jpg


80515-a.jpg


80515-b.jpg


今朝の気温13度、晴れ。暑くなりそう
  1. 2008/05/17(土) 07:06:12|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:4

ねんきん特別便

80514-10.jpg


ねんきん特別便

「ねんきん特別便」が届いた。
年金特別便のことは、ずいぶん話題になって 待つ気分もあった。しかし、なかなか届かなかった。
先日、母に届いた。母は82歳になる。若い頃勤めたことがあったけれど、はたして厚生年金に入ってたかどうかわからないという。

自分の記録を見て、(う~む、ちゃんと記録されてるもんだなぁ)と思った。
記憶から忘却しているそれが確かに記録されてあった。(ふ~む、そうだったなぁ)はるか彼方の人生が浮かび上がってくる。
昭和33年(1958年)にはじめて就職した。実に50年前のことである。いろいろなことが思い出される。初月給が6000円ちょっとだった気がする。

東京に憧れ、昭和38年に東京北区蓮沼にある印刷工場へ勤めたのだったなぁ
Uターンして上山病院に勤務したのが昭和41年11月。それ以来定年退職までずーっと変わらず働いた。
うむむ、職歴というか、自分の歩いた足跡が記録されていることに、ある種の驚きと、感動に似た感慨を覚えた。

考えてみれば、こういう記録があるのは むしろ当然のことで、もし「ない」または「欠落」してるとすれば、それこそおかしなこと。
「もれ」や「間違い」があるとすれば、該当者はやはり憤慨するだろうなぁ
それは公的に不平等の扱いを受けたことになるからである。

公務員は、あらためて公僕などというつもりはない。ただ、職責はちゃんと果たしてもらわねば困る。
制度に忠実に従ってきた者がその恩恵にあずかれないとしたら、誰だって憤りを感じる。誰のための制度であり、宙に浮いた年金はいったいどうなるのだと...
親方日の丸的思考、お役人的仕事は御免被りたい。

この日本に生まれ、この国で暮らしてることが(よかったなぁ!)と思える。そこに愛国心がうまれる。
自分の国、生活しているこの地に誇りのもてる、それがいちばんだ。
医療(後期高齢者のそれも含め)・介護・年金など福祉制度がしっかりしていれば、額が多少高くても、国民は納得し納税に応じるはずだと考えたい。

年金問題ができるだけ早く、すっきりした形で解決されることを望み、年金加入記録回答票を返信した。

80514-20.jpg


80514-30.jpg


今朝の気温11度、快晴
  1. 2008/05/16(金) 06:09:38|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

さくらんぼ通信

さくらんぼが日毎に膨らんでく

さくらんぼ通信

天童 JA から「さくらんぼ情報」が届く。
 1.現在の生育経過 前年より7日程早く 平年より4日程早い
 2.着果の多い園地・樹では早めの摘果を
 3.新梢管理で明るさと樹勢の確保!
 4.葉摘みは最小限に

農協会員だからさまざまな情報が届く。ままごとみたいな農家であるから、その情報はけっこう役立つ。
今回は「摘果」について
さくらんぼは「芽摘み」も行うが、その技術をもっていないから「天童の家」ではしない(出来ない)。
摘果ならやれるので、妻はやっている。
芽摘み・摘果をやらなくても収穫できるのだが... やれば、果実肥大の促進、糖度・着色の向上が期待できるという。

無処理(摘果せず)と満開20日摘果の比較データが載っている
 一果の重さ  無処理 5.2g   摘 果 6.8g
 等級別割合    秀 10.0    秀 24.9
うむむ、やはり手をかけただけのことがあるのかなぁ

摘果など細かい面倒な作業は、妻に任せ、私は新梢管理をやる。
樹の上部や幹周り、主枝の背面に発生した徒長枝、また徒長枝を整理しても明るさが確保できない時、混みいった枝を間引く。
友人・知人から仕入れた耳学問を応用したもので技に自信がない。まねごとでやっている。
うう、こんなことでいいのかなぁ...

80514-50.jpg


        「天童の家」の庭 昨日ぱちり

80514-60.jpg


今朝の気温9度、雲厚いけれど青空が見え、日射しある
  1. 2008/05/15(木) 05:58:42|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:6

ある気鬱

ある気鬱

りんごの花摘みがだいたい終ったようだ。
りんごの花が終わると、北国の賑やかな果樹たちの春がひとまず落ち着く。もちろん多彩な花々はつぎつぎと咲いてる。
果樹地帯であり、圧倒的に面積の多い果樹の花期がすぎれば、あの百花繚乱の風情はない。花摘みという人手が加わるからなおさらのこと...

りんごより先に開花したさくらんぼは、小さな緑の実を日毎に大きくしていく。そのわずかな膨らみが増してくようすがわかる。
「ネットを張ろう」綻びた防鳥ネットを張り替えようと妻が言う。曖昧な態度でいると、妻は掃除をはじめる。
「パパ、雨が降ってきた。ネットは別の日にやろう」

一昨日は、さくらんぼ畑に通じる道の草刈りをやった。ソバ畑の草刈りもやった。
自走式の草刈り機だから、仕事量としてそうたいへんなわけではない。しかし、慣れない作業だから、それなりに疲れる。
好きな山登りなどよりずーっと楽なはずだが... 食用菊の枯れた茎(昨年の)焼きとか除草もやって、身体が重く感じる。
それに雨模様というか、ぱっとしない陽気で好きなカメラもできない気鬱さがある。

会議への出席要請の電話がある。またある人から庭木の整理?についての相談がある。
(昨日、ウコギの生け垣を刈る。疲れが残る)
いってみれば野暮用みたいなものだが、民生委員という役目が絡むから無視もできない。
そういうしがらみみたいなことがあり、なんとなく身体もこころも重いような...

百花繚乱のリアクションなのかも知れないなぁ
春の憂愁...

80512-10.jpg


80512-20.jpg


今朝の気温11度、曇
  1. 2008/05/14(水) 06:00:05|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

キリの花咲く

80511-10.jpg


掌で計り

       あらがえぬ流れに呑まれこの街去りゆく吾はいっぽんの藁      夕張市・美原凍子
ふ~む、とうとう美原さんも夕張を去るのだなぁ 暮らす街に別れるまでの揺れるこころがわかるような気がする。
いや、そう簡単にわかるものではないかも知れないなぁ 長年住み慣れた街を離れるのは、辛いこと。しかし、居続けることはもっとたいへんなことだと...
抵抗できない流れってあるんだよなぁ

       産声が止みて今度は欠伸して春の灯しにゆばり噴きたり       香取市・関 沼男
うふふ、元気な男の子の放尿が噴水の如くにほとばしるようすが目に浮かんでくる。命の謳歌そのものというか... 女児じゃないよねぇ

       「原爆は落ちたんと違う。落とされたんよ」映画の中の静かな怒り 春日井市・松田 悟
自然に落下したのじゃない! 人間が、意図して落としたのだ。何十万人の命が失われることは事前にわかっていながらやったことなのだ。
言葉を曖昧にしてはならない、ということがよくわかる。

       掌で計り値段をきめる媼よりかひきし春のキャベツ一玉       福岡市・毛利朋子
スーパーでは一個何円で売っている。へへ、手に持ち、重い方を選んでしまう。
毛利さんが買われたキャベツは、きっと美味しいはずだ。毛利さんもそのことを知っているからそれを買い、歌にした。まちがいないだろう。

       定期券見せ合ってをり入学児     東京都・稲見康子
       花の咲く家が抜け道下校の子     横浜市・島田ひかる
       千鳥ヶ淵渡れるほどに花筏      東京都・若林杜紀子
       青蛙わが青春のごとき貌       豊田市・小澤光洋

               短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(12日付け)より

80511-20.jpg


80511-30.jpg


今朝の気温9度、雲多いけれど青空が覗く
  1. 2008/05/13(火) 06:05:55|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

非日常的な世界

80510-50.jpg


                 マルメロの花

80510-60.jpg


拡大された世界

虫眼鏡や望遠鏡をはじめて使った人は、きっと驚き あるいは感動したにちがいない。
生徒だった頃、顕微鏡を使ったときのことが思い出される。通常見ることが出来ない新鮮な世界がそこにあるのに驚きを覚えた。
望遠鏡を自分で作ったりした。余談だが、ここでのテーマとは違うけれど、虫眼鏡で点火したこともある。
双眼鏡、あるいはカメラの望遠レンズを手に入れたとき、新しい世界を手にしたような喜びを感じたりもした。

中学生の時 中耳炎手術を受け、難聴になった私は障害者手帳も手にした。それ以来ずーっと聴力コンプレックスを抱えてきた。
なんといってもいちばん困るのは、意思疎通が曖昧になることだった。相手が何を言っているのかよく聞き取ることが難しい。
いろいろな手をつかって聞き取ることに努力してきたが、失敗することも多かった。
補聴器を使ってみたが、その頃の器具は雑音がひどく使い物にならなかった。

しかし、職場で責任ある立場になり、難聴のままでは済まなくなった。ちょうどその時、パイオニアで優れた集音器をつくったのでとモニターを頼まれた。
それは雑音が少なく、人声を選択的に集める優れもので、さすが世界に誇る音響メーカーの製品であると納得した。
以後、その集音器を愛用するようになった。実は、それは音楽や観劇用として、オペラグラスと似たような目的で開発したものだったらしい。
しかし、発売以降は、軽度難聴者の補聴器として多くの愛用者の評判を高めることになったようだ。

常時 その集音器を用いているわけではない。はじめは会議時に使った。距離が離れていると聞き取りにくい程度の難聴だったからである。
しかし、加齢とともに難聴の度合いが進んで、最近では会話時にも用いるようにしている。面と向かって話している時は聞き取れるのだが、そうでない場合ダメになってる。
会話しない散歩時は、集音器はポケットにしまわれてる。
ところが、散歩中にウグイスの鳴き声を聞き、集音器を取り出しスイッチを入れた。

うう、そこにはさまざまな自然の音があった。あぁ、なんという豊かな音の世界だろう!
ウグイスだけでなしに他の鳥の鳴き声、チチチチチチ なんという鳥なのかわからないけれどさまざまな鳴き声が聞こえてくる。
カエルの鳴き声が意外に長閑に響いてくる。(あぁ、こんなにたくさんのカエルたちがいるんだなぁ)

立谷川の瀬音が大きく響く。
遠くから電車の音が小さく、だんだん近づいて音が金属的な轟音に変わり、ふたたびだんだん小さくなって電車は遠くへ走ってく。
健常者の場合、いつもこんなに多くの音・音・音を聞いているのだなぁ
いつもいつもこんなに大小さまざまな音を聞いていて疲れないのだろうか? 音で疲れたという人がいないのだから平気なんだろうなぁ
(音に疲れることは、あるかも知れないなぁ)

っふふ、今度からは会話時だけでなく、自然の中でも集音器を補聴器として使うことにしよう
豊かな世界があるのだから、今後は選択的にそれを享受することにした。

80510-70.jpg

                     カリンの花

80510-80.jpg


今朝の気温7度、快晴
  1. 2008/05/12(月) 05:50:13|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

ある戸惑い

80510-10.jpg


80510-20.jpg


ある戸惑い

最近戸惑ったことが3つある。一つは、すでに書いたように季節(陽気)の急激な流れぐあい。これは自然現象だからどうしようもない。
その二と三は、自身のことで、戸惑いは深刻?かもしれないなぁ
先日(4日)、蔵王へ行った時、「森林浴したい」という妻のリクエストに応え、下山途中に芳刈牧場へ入り、そのまま林道を走った。
その川沿いの林道は、まさに新緑が燃えるように鮮やかで、妻のいう森林浴を堪能できたのだった。

その林道(菖蒲ダム~蔵王エコーライン)は、妻にいわせると3度目だという。妻の言葉に私はびっくりする。たしかに通ったことのある道だが、3度も来ているという妻の言葉が信じられない。
妻は以前の状況をつまびらかに話すから間違いではないだろう。しかし、私にはぜんぜんその記憶がない。記憶からまったく脱落している。
別の人と来た時のことは比較的よく覚えている。だが妻とは今度が3回目だという。その記憶がちっとも思い出せないのである。

戸惑いの三は、やはり記憶に関すること。
秋の終わりにトレッキング・シューズを片づけた。8日、奥山寺へ行くためにその靴を履こうとしたが、えっ!? 靴がない。
いくら探しても、何処にもない! 妻にも話し、息子も一緒に小屋、家の下駄箱、車のトランク等々を探すが、見つからない。
1足ならまだしも2足だから、見逃すわけもなく、トレッキング・シューズは杳として行方不明となった。

以上の事態は、要するに 秋にしまった靴の場所が記憶から消えてしまったということで、これは痴呆症状の一つに間違いない。
そのことに大きな戸惑いを覚えた。うむむ、自分にもとうとう痴呆症が出たか...
知らないふり、記憶の脱落を無視しようとしたが、そんなことで誤魔化せるわけがない。

9日朝、古新聞紙を纏めて縛り、資源回収へ出そうと小屋へ運び、私は再度コンテナの中を探し、そこら中を眺め回す。
と... ふと秋にスイレン鉢として買った大きな甕が目がいった。(もしかしたら....)
靴は、その大きな甕の中にあった! 

「ママ、靴があった!」惚けたようだけど、自分で探せた喜びを妻に伝える。
「パパ、よかった! ボケたのじゃなくて、ど忘れ。誰にでもあることよ」妻と一緒になって喜んでる自分がそこにいた。
へへ、ボケたのじゃなくても、こんなひどいど忘れは、早晩 痴呆に通じるのではないかなぁ...

80510-30.jpg


80510-40.jpg


今朝の気温8度、曇
  1. 2008/05/11(日) 06:18:35|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:4

時間の激流

時間の激流

7日(水)、奥山寺へ行った。舗装された道(山寺~秋保線)が通っている。もちろん冬期閉鎖されているが、そろそろ雪が消え(一部残雪)て通れるはず...
ところが、昨年の台風9号で道はまるで荒れ果てた河原状態でかなり手前で通行止め。それは昨年秋に知っていた。
車を路肩に止め、歩きはじめる。道路の惨状は想像以上で、豪雨の恐ろしさを目のあたりにし、愕然とした。

ちょうど工事関係者が数名、現場検証?をやっていて、いよいよ復旧工事が始まるのかなぁと思った。
それにしても道路が数カ所にわたり巌や大木で塞がれ、道路が小山のように盛り上がっているのに呆然とする。瀧状態の豪雨が一気に巌や大木を押し流したのだろう。
水のエネルギーの凄さが思い知らされ、自然の力と、破壊された道路の脆弱さ、その両面を如実に見ることができた。

そうした道路の惨状を措いていえば、山は萌葱が、新緑が鮮やかだった。
そしてある種の戸惑いを覚えた。今年は里でもいろいろな開花が1週間から10日早いことが解っている。
山に来て、里のそれをふまえれば驚くこともないのだろうが、しかし萌葱から新緑に移る速度があまりにも速いのに戸惑いを強く感じる。

ヤマザクラもクサソテツ(コゴミ)もすっかり過去形だった。もちろんフキノトウはすっかり薹が立ってる。
標高につれ季節(陽気)の移りが感じられるもので、低い方ではフキノトウに薹が立っていても、標高のある所ではまだ若々しいフキノトウとして採れる。
それはコゴミでも同じなのだが、今年はフキノトウもコゴミも一気にほけてしまったようだ。
考えて見れば、4月30日からずーっと夏日が続いた。春の陽気をくぐり抜け、一気に夏日になってしまったせいだろうか。

萌葱から新緑に移り変わるまで、約1週間ある。一日毎に徐々に淡い黄色から緑色に変わり、やがて緑滴る新緑になる。
今年は、1週間の時間が、わずか2~3日で新緑に変わってしまった感じがする。春の時間の流れが、今年は激流!!だった。
そういう時(陽気)の流れに、大きな戸惑いを覚えるのである。

このような天気が続き、はたしてさくらんぼやりんごなどの果樹にわるい影響はないのだろうか?
へたな心配をしてもなにもはじまらない。青い宇宙船 地球号に乗っているわけだから、その運行に任せるしかない。

80507-30.jpg


80507-20.jpg


躍動の時

どこもかしこも新緑・新緑でもう新緑の海にどっぷりつかっている感じだなぁ
こんな中で、ふとあの真冬の景色を思い出す。みょうにな懐かしさを覚える。なぜだろう...
新緑は、たしかに(いいなぁ)と思う。だが、ちょっぴり落ち着きなさを意識する。なぜだろう。
生命が充実し、躍動する季節。いちばん活き活きした時、それに圧倒され、あまりの眩しさに心がうまく対応できないようだ。

さくらんぼ畑に行き、黄緑色の小さな小さなさくらんぼを眺める。
開花が不揃いだったぶん、実の付き方も木によって大小不揃いなのは当然。消毒時期(第3回目・満開5日後)がズレてしまい変色してる実もある。
(これぁ マズイなぁ)妻も同じく見たようで、「パパ、明日消毒しましょ」と言う。

変色した実を摘み取り、防鳥ネットを張りはじめる。雨避け用テントのパイプを補修したので、そこの所のネットを張り替える。
まぁたいした作業ではない。収穫を終えた後に丸めてパイプに結わえてたのを、位置をづらしながら改めて広げてく。
さくらんぼ栽培で気遣うのは、消毒・実割れ・鳥の食害である。せっかく美味しくなったさくらんぼでも腐れ・割れ・食害ではたまらない。
病虫害・雨・鳥との戦いといえば大げさだが、油断できない。

新緑は、たしかに新鮮で気分がいいものだが、その中でいろいろな気遣いが必要だ。
午後、再び防鳥ネットをメンテナンスし、明日は消毒作業だ。
う~ん、果樹が活気づけば鳥も虫も微生物(病原体)さえもが活動はじめるのは自然の道理、そして人々も忙しくなる。

春の空気は、ぼーっとしているようで実は活発なのだ。
すべてが躍動はじめるのが春。

これは昨日書いた。
早めに朝食を済まし、これから消毒作業をする。



消毒作業を済まし、風呂を使った後、庭の花たちを撮った
以下 ボタンを並べる

80510-a.jpg


80510-b.jpg


80510-c.jpg


80510-d.jpg


今朝の気温10度、空が明るい

午後1時半現在の気温12度、雲があるけれど時折陽が射す
  1. 2008/05/10(土) 05:30:51|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

萌葱~新緑

80504-h.jpg


似ているけど

       ももいろとさくらいろとは違うんだ知識ではなく感じる季節     枚方市・村上友香
ふふ、そう もも色とさくらのそれは明らかにちがう。実感できる季節が嬉しい! 納得し、あらためて花の個性に感動する。

       柔らかき青草ありて背中から倒れてそのまま見てたい青空      赤穂市・内波志保
内波さんと同じような気分になったことがたしかにある。青草でなく、真っ白に降り積もった雪に、背中から倒れて空を眺めたことは幾度もある。

       放卵の鮒がつぎつぎ迫り来ぬ真菰つつつつつつつつ揺らし      香取市・関 沼男
先日、沼の辺にさくらを観に行った時、関さんが詠われたと同じシーンを見た。昨年も見ている。

       人の世は解らなきものわがついの住処(すみか)異国の老人ホーム  ドイツ・レシュニックチズ子
誰にでも、自分の人生の終わりはどうなるかわからない。異国の老人ホームとはかなり予想外かもしらないが、まったく意外なわけではなく、それなりの必然性があったのだろう。
自分のそれを思うに、いささかの不安はあるけれど、結局はなるようになるというしかないだろう。

       失うという字の中に夫のいて「ノ」だけとなりてからの歳月     夕張市・美原凍子
「失」「夫」を並べてみたことがなかったが... うう、そういう身(立場)になった人でないと、詠めない歌だなぁ

       竹の子の竹に成らんとする速さ    東京都・石川理恵
       春出会い土の匂いのする貴方     横浜市・宮川末夫

              短歌・俳句は、朝日歌壇・俳壇(5日付け)より

80504-j.jpg


80504-k.jpg


今朝の気温14度、曇。寒く感じる
  1. 2008/05/09(金) 06:51:42|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2