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ナツズイセン


台風発生、5日連続は史上初

16日,、台風19号が発生した。5日連続で台風ができたのは史上初めてのことだそうな。
台風ができるのは、1月~8月では平年13個くらいですが、すでに19個とハイペース。
また、8月12日の台風15号の発生から5日連続で台風ができたことになり、統計開始以来初めてのことだという。

長い日照り、そして豪雨、連続の台風と、なんとも極端な気候に(異常だなぁ)とため息が出る。
それでも植物は時季に応じて花を咲かせる。
今年もまたナツズイセンが咲いた。

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 加


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  1. 2018/08/18(土) 05:10:27|
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花  火



今日の花火も2015年に撮ったものである。

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  1. 2018/08/17(金) 05:19:43|
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天童の家 1

天童の家 1

   天 童 の 家

嫁にやった娘には男の子が3人います。
今年は「だんご3兄弟」という歌が流行りました。娘の子どもたちも3兄弟です。その孫たちをみて、他人はよく「ああ、だんご3兄弟」といいます。そう言えば、あやかりだんごが売れたようですね。
あやかる(肖る)とは、すぐれた、あるいはしあわせな人に似てその状態になる、謂いです。(日本語大辞典 講談社)

あやかることはわるいことじゃないと思います。誰だってすぐれた人やしあわせな人のようになりたい、あるいはなれたらいいなあと思うでしょう。そう望むことで、そういう状態になるよう努力するのは、むしろ大切なことです。
ただ、自我防衛機制のひとつである「同一化(同一視)」に終わってしまわないことが大事だろう。同一化とは、無意識に自己を他者と同一化する(他者の諸性質を取り込む)ことによって、不安をしずめたり、満足を求めたりすることです。

一方、「取込み」という防衛機制があります。取込みとは、人の意見や価値観・理想・考えなどを自分のなかに取り込むことを言います。この機制は、他の人のようになりたいという願望が根底にあって、その模倣からはじまり、だんだんに自分自身の思想や感情として取り入れていくことです。
ですから、単なる同一視ではなくて、取込みによって同一化が完了すれば、むしろあやかりが動機となって望むべき状態を実現したのですから、とてもいいことであると考えます。

ところが、世の中にはあやかるというよりも便乗することが多いですから、ややこしくなります。「だんご3兄弟」のCDが売れてるということにあやかって、というよりもその流行った歌に便乗してあやかりだんごを売っているという、なんかこんがらかるような状態です。

でも、だんごくらいなら格別な実害もなくて、ほほえましいものです。ですが、選挙などの便乗となりますと話しは俄然違ってきます。どこそこの選挙とは言いませんが、有力候補に国会などでは対立する政党がなんか賑やかに相乗りしているのは、なんとも奇妙な印象を受けます。
(便乗とは、ついでの車・船などに相乗りすること。機をとらえ、うまく利用すること。相乗りとは、車などに一緒に乗ること。共同で物事を行うこと。)

機をとらえることは、とても大切なことです。シャッターチャンスが写真の良否を決定することがあります。共同で物事を行うことも大事です。相乗作用・相加作用という言葉もあるように同じ力でも効率よく利用できるからです。
しかし、政党の相乗りはいただけませんですね。

ああ、話しがとんでもないところへ行ってしまいました。戻しましょう。

娘の子の長男 みつくんは、幼稚園の年中組です。次男 かつくんは、この春に保育園へ入りました。三男 たかくんは、間もなく1歳になるところです。
娘は3人の子どもたちを連れて週に1回は家へ遊びに来ます。家には母と妻と私の3人しかおりませんから、孫たちが来るのをいつも心待ちにおります。

いつ来てもいいように冷蔵庫にはアイスクリームやジュースや果物など、さまざまな物を欠かさないようにしてます。そのことを みつくん と かつくん は知っております。
かつくん は、家に来るとたいていは書斎にいる私の所まで走ってきて「じじちゃーん」と言います。その「じじちゃーん」という声がたまらく可愛いのです。その声を思い出しただけで私は幸せな気分になります。自分の子供たちを育てたときはこのような感情は経験したことなかったような気がするのですが、、、、

みつくんは、真っ先に冷蔵庫へ向かって走って行きます。アイスクリームなどを手にして私の顔を見にきますが、かつくんのように挨拶はしません。それでもなにか一言、「遠足に行って来たんだよ」などと、その時々に違ったことを報告するのです。いかにも兄貴然としたようすがまたたまらなく可愛いのです。

たかくんは、母が一番好きのようです。次いで好きなのが妻のようで、私はあまり好かれていないみたいです。私が「おいで たかくん」と手を出すと、たかくんは顔をそむけてしまいます。妻が私をかわいそうと思うらしく、たかくんを抱いてきて私に渡すのですが、たかくんは(わにて)泣いてしまいます。

孫たちが家にくると、もう本当に賑やかになります。3人プラス4人ですから、倍以上になるのですし、孫たちはちっともじーっとしてなくて駆け回ります。みつくんとかつくんは喧嘩もしますから、たいへんです。
でも、その賑やかさがたまらなくいいのです。夕方になって孫たちが帰って行ってしまうと、その後は妙に寂しく感じられます。

「ああ、嵐が去っていった! たいへん、たいへんだった」と、妻は「たいへん」を繰り返しますが、でも、孫たちが来ると真っ先に出迎えにいくのが妻なんですから、どれだけ本心で「たいへん」を言ってるのか疑問です。
「みつくん、かつくん、またおいでね。待ってるよ」 孫たちが帰るとき、妻は何度もそう繰り返して言うのです。

孫たちが帰ってから、妻は私に向かって言います。
「みつくんがね、『天童の家へ行きたい』ってせがむのですって。この家が好きなんだね、きっと」
「そうだろう、向こうでは、うちみたいに勝手わがままはさせないだろうからな」
「可愛がられることをちゃんと分かっていて、だから、『天童の家へ行きたい』などと言うのかしらねぇ」
「天童へやると、わがままになって困る、といわれないといいのだが、、、、」
「向こうでは、ちゃんと行儀よくやってますよ。みつくんもかつくんも分かってるんですよ。あれで、、、、」
妻の言葉に黙って頷いている自分に気付きました。
(『天童の家へ行きたい』か、、、、それは、わるいことじゃない、、、、)そう、私は思いました。

                                 1999年6月22日(火曜日)

  1. 2018/08/16(木) 08:22:03|
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表現すること

天童の家 214

  表現することって

組織にどっぷりと浸かって30年以上も過ごしてきて、定年退職ではじき飛ばされる時を迎えて、うろうろと狼狽えているさまは、へへへへ、他人から眺めれば、うふふふ、おかしなものでしょうね。
昨日の朝日歌壇で次のような歌を目にしました。

     着ぶくれて昼行灯を決めし翁 昔校長 今留守居番   名古屋市・浅井清比古

う~ん、浅井さん、ご自身のことでしょうか? もし、そうだったとしたら、なんというすごい歌でしょう!
夕べ、夕食の時に、妻にこの歌のことを話したところ
「校長を辞めてからシルバーセンターに登録し、今では、たのまれて障子張りをやっているということよ。校長までやった人がねぇ、、、、なかなか出来ないことだけど、いつまでも過去にこだわっているとね、、、、」と言うのです。私は、返事もなく黙って聞いていました。

「でも、生き方を切りかえるって、難しいことなのね。退職してから新しい生き方を探すまで2年かかってようやく納得できる、新しい人生を歩んでいるという話も聞いたし、、、、ほら、M さん(妻の従姉妹の旦那で高校教師をしている。彼は来年、定年を迎える)のお兄さん、県庁で局長まで勤めた人よね。今では、根っからの百姓姿だけど、、、、きっとそれなりの抵抗があったのでしょうねぇ」

う、ふっふうー「天童の家」にだって、畑はあるのです。さくらんぼ、ぶどう、啓翁桜、それに蔬菜を植えるスペースも、、、、有余るほどなんです。どうしましょう、、、、それに庭木もいっぱい、、、、

 『今野さんの使命の一つは「書くこと」ではないかと思っていたのです。だから何を言われ
  たとしても今野さんは書いて、それを他人に読まれることで進んでいかれるべきです。
  今野さんは本当の自分を探すために「天童の家」を書きはじめた。
  本来の自分をさらすことはつらい。当然悪路です。』
そうメールしてこられたのは、小山さんです。

やはたさんは次のように書かれた。
 『数年前に定年を迎えた父の、その時の心の一部を覗いた気分です。
  数年後に定年をひかえた恩師の心境の一片に触れた気分です。
  今野さんが本音を見せて下さったからこそだと思います。
  「仕事(職場)」や「社会的立場」という人生の中の一部を失う。
  失おうとしているもの、失ってしまったもの、に対峙する姿。
  いわば、定年に対する喪の仕事とでもいえるでしょうか。
  今野さんの喪の仕事をさらに覗き見させていただきたいと思います。』

お二人のメールは、私には理解できます。書かれていることは本音でしょう。えへへへ、でもね、私には、へん、辛いのですよ。
繰り返しになりますが、精神分裂病者は秘密を保持することが苦手なのです。秘密にしておくことが辛いのです。私の場合は、分裂病のそれとは違うがという意識で、心の裡を書くことによって、同じような境遇にある、あるいはこれから歩む人たちに少しでも裨益できればという目的で、かなり明けッ広げに自分の弱さを曝け出してきました。
でも、やはり、こういう作業は、うん、辛いのです。
心の裡に起こった想念は、黙っていればなかなか分かるものではありません(言葉で表現しなくても、行動や表情から分かることはあります)。ですが、言葉で表現しなければ、具体的な内容はよく分からないものです。
いつかも書きましたが、例えば、心では(殺したいほど憎い)と思っても、それを口に出して「殺すぞ」と言わなければ脅迫罪にもならないのです。心の中では、なにをどのように思おうが自由なのです。勝手でいいのです。独りで何をどう考えようとかまわないのです。そうやって、綻びそうになる心を繕っているのです。
人の心とはそういうものなのです。弱い心も隠し通せるのです。恥ずかしい思いもすることがないのです。そうやって、どうにか世間体をつくろっているのです。

こころの裡では、もう、さまざまな想念(妄想に近いものまで)がわき起るものです。でも、それはあくまでも内面のことであって、言葉や行動には出さないのです(もし、それをストレートに表現すれば、それこそ病者として扱われます)。ところが、私は意識して心の裡を曝け出してきました。
いくら目的意識をもっていたとしても、それはやはり辛いものなのです。といいますか、恥ずかしいことなのです。他人は面白おかしく読まれることでしょうが、、、、へへへへ、そのことをいくら承知しているといっても、ふん、そう、辛いのはつらいのですね。
それを分っていれば、やめればいい。確かにそうです。その通りなのです。へへへへ、止めてしまえば一番楽なのです。そうすると、、、、「天童の家」の存在(目指した目的)は、どうなるの? う~ん、、、、

話しをかえましょう。
昨日、娘と孫たちがやってきました。みつくんがケーキを、かつくんがなにか包みを妻に渡しながら
「ばばちゃん、誕生日おめでとう」と口々に言います。そして二人してハッピーバーズデイの歌をうたいはじめました。(ああ、きっと何度か練習をしてきたのだろう)と思いました。だって、よく揃って「ハッピーバーズデイばばちゃーん」と妻に向かって歌うのです。
そのことを思うと、なんだか胸がじーんとしてくるのを覚えるのです。これは言えば、娘がやらせたことでしょう(私の時もそうでした)が、でも、みんなして妻の誕生日をこのようにして祝ってくれるのを嬉しく思うのです。
へへへへ、また、こんなつまらないことを書いてしまいました。

                                          2000年1月10日(月曜日)


  1. 2018/08/15(水) 17:43:45|
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奥山今日子の部屋 6

あの頃のブログ

この頃、どうも過去のことへ目が向く。
次のそれは、21年前、楽しんでた自分のサイトである。

   奥山今日子の部屋 6

火焔の滝 この滝に太陽光が反射し、さながら火焔のように見える
秘湯 大平温泉(米沢市)の湯船からこの滝が眺められる

上中下の写真(割愛)は同じ 火焔の滝 である。その違いは単にアングルだけでなく、時間や季節、その時々の天候などさまざまなファクターによって、滝は千変万化の表情をみせるのがたまらない。大雨後の 火焔の滝 はまるで天から太い太い水柱がズドンと落ちてきた様相となり、その地鳴りは腹わたまでふるわせ、まるで神が怒っているかのよう

   氾 濫 汁 潮 汐 汗 汚 汝 江 池 活 涙 波 汲 決
   汽 沃 沈 浴 没 沖 沙 沢 泡 沫 河 沸 油 治 沼
   渇 沿 況 洞 泄 泊 泌 法 泣 泥 注 泳 浩 洋 酒
   洗 洛 津 漏 洩 洪 洲 淳 潤 派 流 浅 浜 浣 浦
   浪 浮 海 浸 消 渉 渡 湧 涌 涯 液 涼 淋 

「今日子、一体なにしてるのよ~ そんなに分厚い漢和辞典だして」
「うん、水に関する漢字を探してるの」
「ミズ?」
「さんずい、水偏の字・・・・」
「今日子、なぜサンズイなの?」
「なぜって、好きなのよ。瀧でしょ、瀑・渓・沢・瀬・淵・湖・沼・河もみんなサンズイよ。漣も大好き。海・波・浪・涛・浜・渚・港もそうよ。澪も好き。
涙・泪・泣もサンズイなのね。汲もあじがある字ね。湧・湯・流・洗・澄・潔・洌・浄とかもいいし。
でも、沈没・汚濁・消・淫などもサンズイなのね。」

「アッ・ハハア~・・そういうことなのね 今日子。それなら、なにも漢和辞典なんか見なくていいのよ。
かして、ねー、こうするんだ。このパソコンの中に、水偏の字がいっぱい詰まっているんだ。」 
朋子は、あっというまに「さんずい」の字を画面に並べてしまった。

水氷永氾汀汁求汎汐汕汗汚汝汞江池汢汨汪汰汲汳決汽汾沁沂沃沈沌沍沐沒沓沖沙沚沛没泛沢沫沮沱河沸油沺治沼沽沾沿況泄泅泉泊泌泓法泗泙泝泡波泣泥注泪泯泰泱泳洋洌衍洒洗洙洛洞洟津洩洪洫洲洳洵派海浅浙浜浦浩浪浬浮浸涅消涕涙涛涜液涵涸涼淀淘淙淞淡淤淦淨淪淫淬淮深淳混清淹淺添渉渚渇渋渊渙減渟渠渡渣渤渥温測渭港渾湍湎湖湛湟湧湮湯湶滋湿溌湾溂溏源準溘溜溝溢溥溪溯溲溶溷溺溽滂滄滉滑滓滔溺溽滂滄滅滉滑滓滔滕漠漣滝滞滬滯滲滴滷滸滾滿漁漂漆漉漏漓演漕漫漬漱漲漸漾漿潁滌潅潔潘潛潜潟澗潤潦潭潮潯潰潴潸潼澁澂澄澆澎澑漑濆澡澣澤澪澱澳澹激濁濂濃濛濕濘濟濠濡濤瀞濬濮濯濱澀濺濾瀁瀉瀋瀏瀑濳瀰瀲瀾瀕灌灘灑灣

「ふ~ん そいうことか 知らなかった。朋子は何でも知ってるんだねー」
「今日子もだんだん分かってくるよ こんなメカニックなことはどうってことないんだ。要は今日子のヒィーリングというか、マインド なんだからさ」
「うん、でも、朋子がパソコンでいろいろやってるのを見てると、凄いなと思う 私
朋子がいなければ、私、ホームページなんて考えられないもの」
「そんなこといいのよー ねえ~お腹すかない 今日子」
「焼飯でもつくろうか?」
「チョーベリグ~ね」

   つり橋を渡りて行けばまなかいに最上川源流の瀧見ゆ

   天高く轟き落つるこの瀧は最上川なる源流なりき


2月21日(金曜日)
祖母死す

一昨日 中国の 登 小平 氏死す
追加(鄧小平は、1997年2月19日21時8分に亡くなった)

昨日は雪でなく、雨降りだった。かなりつよく降り続き、雪もだいぶとけた
なのに、今日は ぼたん雪がつぎつぎとふってくる 3センチほどもある大きなぼたん雪
春先にはよくふるぼたん雪
人が死に 季節が移りかわる

半ばにて盲いし人よ今ここに九十余年の生を終わりぬ
                         (今日子 合掌)


  1. 2018/08/14(火) 09:37:08|
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